て日々

2026年7月

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高校時代の現代国語の教科書に、梅棹忠夫の「行動中心の読書」というエッセイが収録されていた。これを再読したいと思った。調べてみたところ、1960年ごろに刊行された岩波新書『私の読書法』に収録されている。中央公論社版梅棹忠夫著作集では、第11巻『知の技術』の392〜398ページにある。ただ、これがわかるまでがなかなか大変で、結局、大学図書館へ行って著作集別巻の総目次を目視でスキャンせねばならなかった。この著作集第11巻と、ついでに見つけた岩切正介『男たちの仕事場 近代ロンドンのコーヒーハウス』(法政大学出版会)を借り出した。

というわけで図書館に行って収穫は大いにあったのだが、閲覧室で職員証を落としてしまい大慌てだった。誰かがサービスカウンターに届けてくれていて事なきを得たのだが、これには肝を冷やした。なにせ職員証は、身分証明書にとどまらず、大学図書館のカードとセミナー室のカードキーと職場の建物のカードキーと大学生協の組合員証も兼ねていて、なくしたら大変なのだ。

それで「行動中心の読書」を46年ぶりに再読した。本なんて読まなくてすむならそれにこしたことはないという梅棹が、必要に迫られて仕方なく読んだと言いながら、とんでもない幅広さで読みまくっている様子が伝わってきて、正直なところびっくりした。知識人コワイ。高校生のころは、これを読んでも「へえ、そういうもんなんか」とスルーしていたんだから、無知とは恐ろしいものだ。

昨晩は暑さがそれほどでなかったようだ。おかげでよく眠れた気がする。朝、窓の外のクマゼミたちの声で目が覚めた。シャワーを浴びて洗濯をする。

朝のうち、卒業研究ゼミをやる。嘉田『数理論理学』§5.6で束縛変数の取り替えの構文論的な正当性をやり§5.7で極大無矛盾集合について学んだ。演習問題5.8をやって時間切れとなった。夏休みまでに、来週もう一回ゼミをやる。

昼休みには生協の書店に行った。文庫・新書の現品は三冊以上買うと一割引だというので岡野原大輔『ヒトとAI』(岩波新書)と加藤節『ジョン・ロック』(岩波新書)と斎藤哲也編『哲学史入門 II デカルトからカント、ヘーゲルまで』(NHK出版新書)を買った。きょうのうちに『哲学史入門 II』を読んでしまう所存。

午後には学生との面談が1件あった。久しぶりに研究室に掃除機をかけ、テーブル(というか卓袱台)の上を片付けた。

帰宅して軽い夕食をとって、ひと休みしてから『哲学史入門 II』を未明に読み終えた。教科書的な固定観念を解除してテキストそのものに向き合う姿勢を学んだ。デカルトやスピノザの「神」にしても、ヘーゲルの弁証法にしても、知識としていくら収集しても、ホルマリン漬けの標本では仕方がない。

さて、早いとこ、M.H.ニコルソン『ピープスの日記と新科学』を読んでしまおう。

午前中、小林章夫『コーヒー・ハウス 18世紀ロンドン、都市の生活史』(講談社学術文庫)を読み終えた。40年ぶりの再読である。まだ京都で暮らしていた若い頃に読んで、そのときは、文学やジャーナリズムの揺籃としてのコーヒー・ハウスという文化への憧れだけが残った。今回読み直してみて、ピューリタン革命から王政復古に至る激動期に、コーヒー・ハウスに集った人々が声高に政治を論じる姿などが印象的だった。世界史の教科書の記述からだと、この時期のイギリスの人々はクロムウェルに振り回され呆れ顔で右往左往するばかりだったような、そういう印象をもつが、必ずしもそうではなかったらしい。

1970年代日本の喫茶店や現代のカフェと比較すると、17世紀〜18世紀ロンドンのコーヒー・ハウスは、人と人が出会い交流する場所、情報センターという色合いが濃い。そして、17世紀末ごろのコーヒーハウスでは政治や風俗に混じって科学についても真剣に議論されていたことも知った。1662年に王立協会が設立されたこともあって、一般市民の科学への関心が高まっていたこと、そもそも王立協会が、科学者たちと科学ファンたちの自主的な勉強のサークルが合併することで始まったこと、その成立にはオクスフォードの「ティリヤード・コーヒー・ハウス」が関わっていたことなど、いわゆる「新科学」の成立について考える材料も得られた。

午後の早いうちに学部生YYくんの集合論自主ゼミを見る。最大・最小・極大・極小などなどの定義と例をコマゴマとやる。

夕方からは非常勤の「データサイエンス入門」の最終回の授業をした。これからレポートを採点せねばならんが、やれやれ、肩の荷が下りたわ。

授業の後、非常勤先の大学図書館に行き、M.H.ニコルソン『ピープスの日記と新科学』(白水社)とジョン・ヘンリー『十七世紀科学革命』(岩波書店)を借り出してきた。この時期のイギリスの科学の受容についてすこし勉強してみよう。

深夜に、いつものカレー作りをした。

朝早くにシャワーを浴びて洗濯をした。大学には8時前に着いた。

午後は明日の非常勤の授業最終回の段取りをした。最終回は新しい話はほとんどせず、全体のまとめをする。

授業の準備が一段落した時点で、MacBook ProのOSをmacOS 26.6にアップデートした。

夜はいつものようにピアノのレッスンに行った。

午前中は9月修了の学生の修論発表が3件、9月卒業の学生の卒業研究発表が2件あった。

午後は大学院向けの解析学の授業で、変分法の最終回だ。変分問題の厳密解が求められる保証はないので、よくわかった関数にいろいろのパラメータを入れたモデルを最適化してほどほどの近似解を得る作戦を取る場合もある。そうなると、話はいわゆる「数理最適化」になってくる。そういう議論をして簡単な例を示した。最後に最小値の近似のための勾配降下法を紹介して20分ばかり時間が余ったので、アドリブでニュートン法の紹介をしようと思ったら、詳細が思い出せずに見事にしくじった。この歳になってもまだまだ修行が足りない。

中山元『はじめて読むフーコー』(河出文庫)を読んだ。ここにはまだ詳しく書かないが、自分が構想していることに関連してフーコーの著作とくに『監獄の誕生』や晩年の《性の歴史》シリーズ、それから『言葉と物』を読まねばならんと再認識した。それ以外にもいろいろ刺激的だった。いわゆる「自己の技術」に関連して引用されたストア派の哲人エピクテトスやマルクス=アウレリウスの言葉が、アルベール・カミュと共鳴している気がした。エピクテトスが散歩を好んだという話から、カントとかルソーとかニーチェとかの散歩に思いが広がった。アウグスティヌスによるアダムの原罪の釈義には息を呑んだ。などなど。

さっそく、(ChatGPTさんの示唆によって)コミセンの市立図書館にフレデリック・グロ『歩くという哲学』(山と渓谷社)を借りに行った。そのほか小林章夫『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)などなど、なんだかんだ合計9冊も借りてしまったのは自分でもアホかと思う。市立図書館の貸し出しは10冊まで2週間という決まりなのだが、2週間で10冊読む力量はどこかで貸し出してもらえるんだろうか。

電車で行ったが、帰りは歩くことにした。三番町の市民病院の向かい側の新しいバーに寄ってビールを一杯飲んだあと、散歩がてら宮西のブックオフに寄ったりフジグラン松山に寄ったり、ゆるゆる歩いたので、帰宅がずいぶん遅くなった。

三番町のバーでビールを飲みながら、市立図書館で借りてきたサラ・ベイクウェル『実存主義者のカフェにて』の索引を調べる。なんでそんなことをするかというと、ChatGPTと対話している時に俺が「サルトルは、普段友人としてつきあっているカミュがエピキュリアンっぽいのに、ものを書くと急にストイックになってしまうのをぼやいていますよね。」言ったら、《いま検索した範囲では、そのサルトルの発言の正確な出典や原文までは確認できませんでした。逸話の趣旨はカミュの人物像によく合いますが、引用として使う場合は出典を確かめたほうがよさそうです。》と返ってきたからだ。裏を取らねばならん。この本か、伊藤直『戦後フランス思想』のどちらかにあったはずだ。

早朝に目がさめたので、読みかけでおいてあった結城浩『AIと生きる』(SBクリエイティブ)を読み終えた。先般完結した「数学ガール」本編シリーズのエピローグ的な位置づけの作品だと思った。AIとの対話、友人との議論、自分の考えを持つこと、自分の言葉を持つことの大切さと難しさ。そうしたことがいくつかのエピソードで語られる。そして、ラストには「数学ガール」シリーズの決定的な終わりの徴がある。2007年の第1作から20年以上つきあってきた俺にとっては、実に感慨深い。

朝飯兼昼飯に、冷蔵庫に残っていた豚ひき肉を使って餃子を包んだ。29個できた。たぶん俺が20個くらい食って、残りをムスメが食った。野菜と塩が少なくて生姜が多かったので、味については自分でちょっと不満が残ったが、まあいい。

昼から午後にかけて、ロイ・ポーター『啓蒙主義』(見市雅俊訳、ちくま学芸文庫)を読み終えた。新しい知見を得て、啓蒙思想についての考えがいろいろ改まった。たとえば、多くの啓蒙思想家が君主制の庇護者であり、ルソーはむしろ例外だった。フランスは啓蒙主義のセンターというよりむしろ特殊事例だった。文庫版解説にあるように、ヨーロッパの近代化と奴隷貿易とは不可分であり、市民政府を論じたジョン・ロックにしても奴隷貿易をする王立アフリカ会社に多額の投資をしていた。啓蒙思想は、われわれが思うほどには革命思想ではなかったのだ。

なんで数学教師の俺がいまさら啓蒙主義について勉強を始めたのか、それについては、もう少し考えがまとまってから話す。

例によって夕方には一色楽器に油を売りに行った。いつもの川尻さんと島谷に会い、D中学で吹奏楽部の指導をしているY先生に会った。この人も白石チルドレンの一人だ。吹奏楽コンクールが近い。Y先生もいろいろ大変だろうと思う。俺が言うのも烏滸がましいが《音楽を大事にしてください。生徒は勝ちたがるだろうけど、音楽として納得いく演奏をしてください。それで審査結果が思わしくなかったら、バカ審査員めと心の中で言ってください。》と伝えた。

Don't worry that it's not good enough for anyone else to hear. Just Sing!

土曜夜市の最終日なので屋台のたこ焼きを買ってきて一色楽器にいた皆で食った。

来月仕事で京都に行くという川尻さんに、河原町御池のアイリッシュパブ「ダブリン」と堀川下長者町の寿司「大源」をお勧めした。

そのあといつもの悪習慣で地下BALに行ったら、うちの職場近くのH中学で音楽部の指導をしているもう一人の白石チルドレン、M先生に会った。学校事務の若い方二人と一緒に飲みに来られたのだ。いやはや、松山はなんとも狭い街だ。

今日も謎に暑い一日だったがまあそんなことはいい。授業も会議もない日なので、もっぱら物書き作業に時間を費やした。夕方にリモートでの打ち合わせがあった。

版元とのリモート打ち合わせを済ませて散歩に出た。ゲームセンターその1の横を歩いていたら、どうしたわけか道にゲーム用のメダルが2枚落ちていた。それを拾ってゲームセンターその1に入って、なんか小さいゲーム台に1枚入れたら、幸運なことに15枚当たった。これはいいやと思って二匹目のドジョウを狙ったら2枚失った。で、残った14枚をどうしたかというと、あちらのマシンでなにやらメダルゲームをしていたギャル三人組に「あげます」といって置いてきた。どうせ元手ゼロ円なんだから、これでいいのだ。

そのあと少し歩くとゲームセンターその2がある。200円を投じてクレーンゲームをやったらちょっと大きめのクマさんがゲットできた。調子に乗って大きめのアヒルさんを狙ったら、これは200円×3回でとれなかったので諦めた。前回は別の機材に入っていたこのアヒルさんを300円×2回で手に入れたのだが、持って帰ったらすぐにムスメに奪われたのだ。まあそれはそれでいい。

クマさんをかかえてブックオフに行った。クマさんをかかえていろいろ見て回った。結城浩『Java言語で学ぶデザインパターン入門・マルチスレッド編』(SBクリエイティブ)という、あの「おばけ坊や」の初出文献があったりして、クマさんをかかえつつ、それなりに刺激を受けたが、こちとら読む本がなくて困っている状態でもない。そもそも本を買う気がないのにわざわざブックオフにクマさんをかかえて行ってるのが、自分でもわけわからないのだが、とにかく何も買わず、クマさんをかかえて家に帰った。

朝早めに起きてシャワーを浴びて朝食をとり、自転車で大学に行った。学部生YYくんのゼミを見たのだが、写像の像と逆像がどうしたとかいう学部1年生レベルの演習問題を延々とやったこともあって、途中でついつい居眠りしてしまって申しわけなかった。

きょうは月曜日の時間割で授業をする日なので、午後に大学院の解析の講義をした。束縛条件のある変分問題の事例として懸垂曲線を求めるというのをやった。

洗濯をし、ロイ・ポーター『啓蒙主義』を読み、肉じゃがをつくり、物書き仕事をする。きょうは授業がお休みだが、来週までに非常勤の授業の最終回のスライドも作らねばならない。のんびり構えてばかりはいられない。

朝から暑い。自転車で大学に行く。朝のうちは大学院のゼミで様相命題論理のクリプキ意味論を検討した。午後にはリモート会議があった。

ふと気づけば、前歯の差し歯がダメになっている。やれやれ。歯医者に行かねばならない。

グレース・リンゼイ『モデル オブ ザ マインド』(市川大祐・高柳慎一・牧山幸史訳, 技術評論社)を読み終えた。過去100年以上にわたる脳神経科学の発展を、数理モデル・物理モデルの構築という観点に重みをおいて、最先端の理論の概説に至るまで語る本で、このあいだから七転八倒しているデータサイエンスの教材開発に大いに参考にさせてもらえそうである。数学に棹さす者として、最終章で触れられていた「自由エネルギー原理」と、トノーニのφの理論については、もう少し詳しく知りたくなった。

とはいえ次に読むのは、日曜日にブックオフで見つけたロイ・ポーター『啓蒙主義』(見市雅俊訳, ちくま学芸文庫)である。このあたりの事情はまた改めてどこかに書く。

夜はピアノのレッスンに行った。進捗があまりないが、あきらめずに練習を続けよう。

午前中は寝てばかりいた。

午後は歩いて買い出しに行き、ダイソーで細々したものを買った。外を歩いてとても暑かった。

夕食に手羽元の唐揚げをたくさん作った。P.K.ディックの『ヴァリス (新訳版)』(山形浩生訳, ハヤカワ文庫)を読み終えた。久しぶりの再読で、細部をきれいに忘れていたので楽しめた。なんだか妄想を誘う怪しい魅力のある小説だ。読後につい「VALISの神学」を語りたくなる。危ない危ない。

『モデル オブ ザ マインド』も連休中に読み終えるつもりだったが、そちらは果たせなかった。

昼間はずっと『ヴァリス』を読んでいた。

夕方に高島屋で飲み会があるので、会場まで歩いて行く。途中にちょっと涼む目的でブックオフに寄ったのだが、池内紀訳『ファウスト』集英社文庫版を見つけてしまった。こりゃいけない。素通りできない。

白石バンドの何人かが白石先生を囲んで飲み会をした。昨年の7月6日と同趣旨の飲み会で、昨年のメンバーから何人か増えて10人になった。

二次会にはゴスペルで二宮孝裕のトランペットのライブを聴いた。二宮さんも白石チルドレンの一人であり、今年3月の白石バンドの演奏に参加してくれた。現在は、スタジオミュージシャンとして、あるいはタレントのバックバンドのメンバーとして、東京で活躍している。ピアノは真鍋智子さん。二宮さんと元同級生たちを中心に白石バンドのメンバーが集まり、白石先生もやってきて、ライブはなかなか盛況であった。

三次会まで行って、帰りがすっかり遅くなった。

『モデル オブ ザ マインド』を第9章まで読んだ。『ヴァリス』を読み始めた。午後にはいつもの一色楽器に行った。いつもの川尻さんと島谷がいた。出雲大社で買った縁結びのお守りを島谷に手渡した。

夕方はまっすぐ帰ればよかったのだが、一杯だけと思って地下BALに寄ったら、とあるくだらない理由で、なかなか帰れなかった。

給料日なので母と倅にそれぞれ仕送りをした。

ChatGPTと対話していて、体が資本だという話になって、「お酒を控えるべきだというアピールを500字程度で書いて下さい」と頼んだら、返ってきたのが次の文章だ。

酒は古くから人類の文化とともにあり、人と人を結びつけ、喜びや悲しみを分かち合う場を豊かにしてきた。適量であれば、食事をよりおいしく感じさせ、会話を弾ませることもある。しかし、「飲み過ぎ」は話が別である。アルコールは肝臓だけでなく、脳や心臓、睡眠の質にも影響を及ぼし、長く続けば生活習慣病や認知機能の低下、がんなどのリスクを高めることが知られている。また、酔った勢いでの失言や事故、人間関係の悪化は、健康診断の数値には表れない大きな損失である。

とりわけ、研究や創作に携わる人にとって、最も大切な資本は身体と頭脳である。優れた発想は、一夜の徹夜や深酒から生まれるように見えても、それを育て、形にし、世に送り出すには、何年にもわたる集中力と健康が必要になる。年齢を重ねるほど、その重要性はいっそう大きくなる。

酒をやめる必要はない。むしろ、良い酒をゆっくり味わい、翌日に仕事や研究への意欲を残せる程度で切り上げることが、本当の意味で酒を楽しむということではないだろうか。一杯を惜しむのではなく、未来の自分が考え続ける時間を大切にする。その積み重ねが、人生で本当に成し遂げたい仕事を支える力になるのである。

というわけで、明日からの三連休には、飲み過ぎないように気をつけて、グレース・リンゼイ『モデル オブ ザ マインド』を読み終え、さらにフィリップ・K・ディック『ヴァリス』を再読しようと思っている。

まあそうはいっても、日曜日に飲み会の予定がすでに入っているのだけどね。

朝は卒業研究ゼミで嘉田『数理論理学』の§5.5「定数の一般化」を読んだ。

午後は野水克己『現代微分幾何入門』(裳華房)を読んで多様体の勉強をするのだが、疲れてけっこう長い時間ボンヤリしていた。夕方からはグレース・リンゼイ『モデル オブ ザ マインド』(技術評論社)を少し読み進めた。

3月に北上に行ったときにファミマで買ったボールペンを使い切ったので同じやつを松山のファミマで買った。ボールペンなんてどれでも同じかと思ったが、ダイソーのやつなどは、使えないことはないけど何かが微妙に違うのだ。俺にとっては筆記具はいわば商売道具なので、ダイソーの110円(税込)よりファミマの198円(税込)のほうが使い勝手がいいならそっちを使う。とはいえ、なにもパイロットのアクロボール一辺倒ということは決してなくて、ゼブラのスラリ三菱のジェットストリームも使うんだけど、太さは0.7mmと決めている。

俺が松山でパイロットのボールペンを買って、やっぱりこれがいいかもなんて思っているときに、関東で公衆衛生関係の大学教員をしている妻は、産業保健の授業のために学生を引き連れてパイロットの工場に見学に行っていたらしい。文具メーカーならではの産業保健的課題をいろいろ学んで面白かったとのこと。

午後には非常勤の講義に行く。きょうのテーマは「大規模言語モデル」である。トランスフォーマーが何をしているのか、とか、ハルシネーションとは何か、とか、いろいろ話したが、授業後のフィードバックに「データサイエンスの授業からAIの授業になってしまってますが、」とあったのは耳が痛かった。とはいえ、今後はAI抜きでデータサイエンスを語れないだろうから、AIにある程度深入りするのは仕方のないことだし、次回の最終回で軌道修正して伏線を回収すればいいのである。

朝6時半ごろに起床した。そのときすでに気温は27度であった。なんだこれは。朝からいきなり暑いじゃないか。と、文句を言っていても仕方がないので、早めに家を出て、7時すぎに自転車で大学に来た。

午前中に大学院のセミナーをやった。様相命題論理S4とかS5の定式化についての細かい話のあと、クリプキ・モデルの話に入った。

午後には学部生YYくんの集合論のゼミを見た。同値関係の例とか分割との関係とか同値類と商集合とかの話だった。

火曜日の夜なのでピアノのレッスンに行く。そのあといつもの地下BALで一杯ひっかけた。閉店時間近くに一人でやってきた男性のお客さんといろいろ話した。介護系の仕事をしている人で、高齢のお父様を連れて県外から松山に観光に来ているとのことだった。ひょんなことから俺が大学の数学の教員であると知ったその男性と、妙な方向で話が弾んで、地下BAL閉店後にその人を俺がリュードバックにご案内する流れになった。数学が大嫌いだったというこの人の話を聞いてみるに、いろいろの事情で高校時代にいい思い出がなく、とくに数学の先生との相性が悪かったらしい。まあよくある話だが、残念なことである。

われわれ大学教員としては、教職志望の学生さんを(というかそれに限らずすべての学生さんを)きちんと育て上げて世の中に送り出さねばならん。そうでないと、この国の将来に禍根を残す。

どうやら梅雨はすっかり明けたのだろう。きょうも猛暑の予報だ。

先週木曜日にやり残したオンライン研修を朝のうちに済ませ、小さく肩の荷を下ろした。先月の14日の公開講座の報告書も(催促されて)午前中に書いた。

午後には大学院向けの解析学の講義をする。束縛条件のある変分問題を扱い、ラグランジュの未定乗数法を紹介した。これはそのまま束縛条件が複数ある場合に拡張できるよ、と言って、その理由を説明しようとしたら、線形代数の補題のところでつっかえてしまったので、次回はそこから再開することになる。これは2年前の日記に書いた話で、そこにも書いたとおり、証明の基本のアイデアをきれいに忘れてしまっていた。

夜にはいつものカレー作りをした。

午前中は母の見舞いに行った。10時半すぎに行ったのだが、この特養ホームでは毎週日曜の午前中は映画鑑賞会だそうで、ホールで皆が映画を見ている。介護士さんが母を呼んでくれたが、母は映画の続きが見たいというので、放っておかれた俺は横でパソコンを広げて仕事をしていた。映画は往年の名画『卒業』だった。

映画が済んだら母の個室に戻って一昨日の出雲の話や昨日の吹奏楽の練習の話をする。そのうち昼食の時間になった。母は左半身が動かないが右手でどうにか一人で食事ができているようだ。とにかく動かせるところよう動かして、よう噛んで食べてやと言って、俺は特養を辞した。

それから京都駅に移動し、自動券売機で帰りの切符を受け取った。このごろはネット予約ができるから便利でいい。午後は部活の同期の、昨日とは違うメンバー (タイコちゃん・キナコ・ヒキ・俺) と、駅近くのBeer Thirtyで3時間ほど飲み食いし、ヨモヤマな話をした。帰省のたびにこうやって集まってくれるのはありがたい限りだ。

夕方の新幹線で京都を出発し、岡山で特急しおかぜに乗り換えるいつものルートで、夜9時半過ぎに松山に帰った。2泊3日フルに楽しめた有意義な旅行だった。

さて、一夜明けて、午前のうちに京都へ移動する。松江を7時すぎに発車する上りの特急やくもで岡山に行き、新幹線に乗り換えて11時ごろ京都に着いた。昼過ぎに京阪祇園四条駅で倅と合流して木屋町で昼飯を食い、河原町BAL地下の丸善京都店に行き、四条河原町のエディオンに行って、午後3時ごろ四条河原町で倅と別れ、西洞院の宿に入った。

7月も11日となれば、四条通界隈では祇園祭の鉾の組み立て工事が始まっている。長刀鉾・函谷鉾・菊水鉾・月鉾と、どれも骨組みができあがりつつあり、通りかかる観光客たちがしきりに写真を撮っている。

丸善では、倅の大学でテキストに使われるという伊藤清三『ルベーグ積分入門』(裳華房)を買ってやり、自分は小林昭七『接続の微分幾何とゲージ理論』(裳華房)を買った。伊藤『ルベーグ積分入門』は俺も持っている気がしたが、まあ授業の教科書だというなら新たに買ってやろう。

夕方にふたたび出かける。右京ふれあい文化会館に行って、高校のOB吹奏楽団の練習に顔を出した。出席者は8人と、とても少なかったが、それなりに楽しかった。練習終了後、部活の同期の4人 (クゼ・オカモト・ナカイ・俺) でファミレスで晩飯を食って夜中まで語った。OB吹奏楽団の次の演奏会は、ちょうど松山で仕事がある日なので、残念ながら出演できないのだけど、練習にはまた顔を出したい。

先月の休日出勤の代休をとって島根県にやってきた。朝一番の特急しおかぜで岡山まで行き、特急やくもに乗り換えて出雲市に行き、松江在住の旧友YOの案内で、羽根屋の出雲そばを食い、出雲大社にお参りし、出雲弥生の森博物館を見学してから、松江に移動し、和多見町の4Gats(クアトロガッツ)で晩飯を食った。長年の念願が叶って出雲大社にお参りできたのが嬉しいし、4Gatsのシードル酒と料理はとても美味かった。旧友YOに感謝。

出雲大社本殿は噂どおりの壮大な殿舎だったが、破風の紋所や柵の装飾などが、安土桃山時代か江戸時代の様式を感じさせる。調べてみれば、Wikipediaにも《現在の社殿は延享元年(1744年)の造営による》と明記されているわけで、驚くべきことではないのだが、こちとら手前勝手に「古代っぽさ」を期待して行ったもので、少し残念だった。

旅のお供の本はグレース・リンゼイ『モデル オブ ザ マインド』(技術評論社)と加藤文元『リーマンの数学と思想』(共立出版)だ。『モデル オブ ザ マインド』は脳や神経細胞の物理的・数理工学的研究の歴史を語る本で、面白く勉強になる。先日から七転八倒しているAIがらみの教材開発に大いに役立ちそうだ。さらに、思うところあって微分幾何の勉強もせねばならんと思っているので『リーマンの数学と思想』もありがたい。

宿はJR松江駅近くの煎(SEN)というレンタルオフィス兼レジデンスにとった。3階のコワーキングスペースに取り揃えられた本のコレクションが興味深い。ざっと見ただけでもC.M.ビショップ『パターン認識と機械学習 上』、安宅和人『シン・ニホン』、西郷甲矢人『圏論の地平線』、柄谷行人『力と交換様式』、マイクル・ポランニー『暗黙知の次元』、ユング&パウリ『自然現象と心の構造』を含む、技術系と哲学・思想系の本がたくさんあった。受付のおねえさんによると、ぜんぶ社長の蔵書なのだそうだ。

自転車で大学に来た。朝、キャンパスでクマゼミが鳴くのを聞いた。今年初めてだ。夏だ夏だ。夏が来た。

木曜日の朝には卒業研究ゼミをやる。嘉田『数理論理学』の§5.4で、二重否定除去、対偶法、∀と∃の双対性、矛盾、背理法などなどをヒルベルト流の体系で扱う。そろそろ手応えがあり面白くなってくるところだが、学生にとっては、対象理論とメタ理論の行き来が難しくなってくるところでもある。

午後は何人か来客があり、小さな打ち合わせがあり、それに(財)研究公正推進協会の研究者倫理教育コンテンツの履修を済ませた。今月中に受講せねばならない教員向けオンライン教育コンテンツがこのほかに6つもある。きょうはそのうち4つまで済ませたところで疲れて離脱。

夕食にゴーヤと豚肉のオイスターソース炒めを作った。スーパーで買ったゴーヤがいかにも《苦瓜》で、まことに結構である。オイスターソース炒めは、俺は味見をしたくらいだが、娘が爆食いしていたから、美味しかったのだろう。

いい天気の日になった。暑くなりそうだ。

午後には非常勤の講義に行った。「機械学習の諸相」というテーマで話したが、内容はニューラルネットワークの仕組みと学習のことだった。

授業のあと、JR松山駅に行った。明後日の朝早くに特急に乗るので、切符を先に買っておくことにしたのだ。

松前健『出雲神話』(講談社学術文庫)を読み終えた。とても面白かった。三浦佑之の解説によると、1976年初版のこの本は、出雲周辺でその後あった数々の考古学上の大発見を踏まえていない点で、その所説に修正を要するところがあるが、かといって価値のなくなった本ではなく、むしろ松前健のような学際的研究のできるスケールの大きい神話学者が出現してこの本の先まで進んでくれることを期待する、とのことだった。このあとは、1年前に読んだ三浦佑之『100分de名著books 古事記』(NHK出版 2014年)を再読せねば。

それと、橋本幸士『ホログラフィー原理とはなにか』(講談社ブルーバックス, 2026年)を読みおえた。これがまた面白かった。7年ちょっと前レオナルド・サスキンド『ブラックホール戦争 — スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』(日経BP社2009年)を読んだ、その続編というか解説というかアップデートというか、そういう本だ。先日地下BALに買ったばかりの『ホログラフィー原理とはなにか』を持って行ったら、たまたま横にいた常連仲間のカオリちゃんがいたく関心をもったようだったので、こんど貸すことする。

明日も朝からセミナーなので早めに寝る。

誕生日である。62歳になった。これからも、というか、これからは、もっと健康に気を使うべきだ。お酒も減らした方がいいぜ。

早めに起きて、洗濯をすませてから電車で大学に来て、午前中は大学院のセミナーをやる。午後には小さな打ち合わせがある。

昨日書いたような事情で、来週の非常勤の授業の準備に普段より早めに着手した。第14回のテーマは「大規模言語モデル」で、いよいよ全体の天王山である。これまたChatGPTさんと相談しながら授業の構想を練る。

夜はピアノのレッスンに行く。表現の相談、つまりはどこにヤマを持ってくるかの相談をした。

レッスン後はまた授業の準備に戻る。少し頭が煮詰まったのでシャワーを浴びてリフレッシュし、夜中までかかって来週の授業スライドの案を作った。

雨なので電車で大学に行き、朝のうちは学部生YYくんの集合論の自主ゼミを見る。第2章第3節あたりで、関数 \(f\colon A\to B\) や関数集合 \(B^A\) についての細かい議論が続く。あまり面白くはないが、さりとてなおざりにもできない。

お昼に会議があり、午後には大学院の解析学概論で変分法の講義をする。2変数関数についての変分法とか、第2変分とかの話をした。最初のうち調子が出なかったが、しゃべっているうちに感覚が戻ってきて、結果オーライだった。しかし、授業の質の保証ということを考えると、最初から頭スッキリで臨むべきなのである。

空き時間をフル活用して、水曜日の非常勤の準備を一段落させた。一晩寝かせて、明日最後の確認をする。今週末はお休みを頂戴しているので、来週の非常勤の授業の準備も前倒しでやっておかねばならない。

夕方には雨が止んだので、歩いて帰った。

非常勤の授業準備進捗80パーセントくらいのところで気分を変えて街へ出かけた。文庫本を一冊だけ買った。このごろChatGPTさんに随分お世話になっているので、このさい課金ユーザ(という言葉は俺には誤用に思える。正しくは有料プランユーザ)になることにした。

ChatGPTのことを「ちゃっぴー」と呼ぶ人が多いらしい。俺と妻はその流れに逆らって「ちゃぴこ」と呼んでいる。いや別に性別のことは考えていないのだけれど。

けっこうな雨が降る。非常勤の授業の準備はなかなか進まない。ChatGPTさんと相談しながらちょっとずつ進めて、進捗60パーセントくらいにまでは持っていった。確率的勾配降下法SGDについて、ChatGPTさんが「どちら向きにパラメータを修正するかを世論調査で決めるようなものです」と言ったのにはびっくり感激した。というのも、この授業の以前の回で、「統計的推定」について、内閣支持率の世論調査を題材に説明していたからだ。その話がこんなところで活きてくるというのは、なんだか嬉しい。

来週お休みをもらって出雲市に小旅行を敢行するので、スキマ時間に息抜きをかねて松前健『出雲神話』(講談社学術文庫)を読み進めている。これはとても面白く、出雲に対する認識が随分改まった。

来週水曜日の授業は機械学習がテーマなので、ニューラルネットワークの仕組みについて話すことにする。その準備としてたとえば橋本幸士(編)『学習物理学入門』(朝倉書店)や、甘利俊一『脳・心・人工知能〈増補版〉』(講談社ブルーバックス)などを紐解く。

朝のうち雨である。昨晩もだいぶ降ったようだ。早めに家を出て、電車で大学に行く。

セミナー室で学生たちが来るのを待っていると、窓の向こうの御幸寺山から霧がモクモクと立ち登るのが見えた。大雨が降るたびに「こんだけの水が空の上にあるのが不思議だ」と言っていたが、なるほど、上がる時にはこんな勢いで上がっていくものなのだなあ。

卒研ゼミでは嘉田『数理論理学』の§5.3「等号がみたすべき性質」を読んだ。演習問題5.4はゼミ生たちには難しかったようなので俺が解説した。けっこう大変だった。

午後、仕事で久しぶりにPOV-Rayを使う必要があったので、MacPorts版をインストールして動かしてみたがなぜかうまく動かない。HomeBrew版やUbuntuパソコンのLinux版は普通に動作するので、MacPorts版バイナリになにか不具合があるようだ。

いつもの医者に行く日だ。バスで行き、帰り道は歩いた。

さて七月だ。今月も健康第一でがんばろう…って、どの口が言うんだか。俺の最近の暮らしはとても健康的とはいえないし、がんばっている気もしないからな。まあ、しぶとくふにふにと生き抜きましょう。

静岡大学で8月下旬に開催される数学基礎論サマースクール2026の打ち合わせをお昼休みの前後にリモートでする。前にも書いたが、今年2度目のピンチヒッター案件で、巨大基数公理について歴史を交えて話すことになった。もともとこのサマースクールには聴講のみのつもりで申し込みをしていて、申し込みフォームのコメント欄に老婆心から「最先端の研究成果よりも、分野の裾野を広げる初学者向けのベーシックな講義を手厚くしてください」と書いたのだったが、まさかその初学者向けのベーシックな講義を自分がやる羽目になるとは思わなかった。

夕方から非常勤の講義に行く。シラバスには「推定マシンとしてのAI」というテーマで話すと書いておいたが、下書きを書いても書いてもそういう話にちっともならなかったので、居直って「AIをめぐる4つの観点」というテーマに変更してしゃべってきた。喋り75分、テスト15分だから、前回と比べるとずっといい時間配分だった。必死で喋ったので暑いのだと思っていたが、実は教室の冷房を入れ忘れていた。俺がデータセンターのGPUの冷却の話をしている最中、学生たちは暑さをこらえていたわけだ。ごめんなさい。

さてさてこの授業も残すところあと3回だ。次回・次々回はもっと本格的に機械学習とLLMの中身に踏み込みたい。

それに、今朝の打ち合わせのとおりサマースクールの講義の準備もせにゃならないし、物書き稼業も進めにゃならない。

いろいろ勉強させてもらえてありがたい。いやマジで。