て日々

2025年9月

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朝からいい天気なので溜まっていた洗濯をする。自転車で大学に行った。数学の勉強で懸案だったMansfield-Solovay定理の \(\Pi^1_1\) の場合に、どうにか自分の言葉で(といってもChongとYuの本の議論をなぞっただけだが)証明をつけられたので嬉しい。

午後には学部4年生と大学院生向けの解析学の講義をする。英語で書いて日本語でしゃべるというのは、やってみるとなかなか難しい。板書だけで伝わるように英語のセンテンスをちゃんと書かねばならないし、日本語の語りの部分をあまり盛り上げて板書していないことを喋りすぎてもいけない。というわけで、いつになくスピード感のない授業になってしまう。そのぶん丁寧に進むことにするが、目標としているカーネル法の応用の話まで到達できるだろうか。

夕方からはピアノのレッスンで、引き続きバッハのシンフォニア第2番をやる。この曲で11月の発表会に出るのだ。で、レッスンのあとに今週末のサックスでの出番のリハーサルをしてもらった。2週間前よりはちゃんと吹けたと思う。サックスのときはなぜかピアノのようには緊張しないし、ヘタクソなりに、ここはこう演奏してみようかなんて考えも浮かんでくるので面白い。

関係ないけど、昨晩茹でた豚肉はきょうのうちにムスメが全部食ってしまったらしい。わはは。などといっているうちに9月が終わり、秋の深まる10月がやってくる。来月もがんばりましょう。

朝から空は雲に覆われ、なんだか雷の音も聞こえる。しばらくすると大粒の雨が降り出した。雨の中を朝の授業に行くのは大変だけど、まあそういう日もある。めげずに頑張りましょう。昨晩作った肉じゃがを朝食にして、ミルク入りコーヒーを飲んで、歩いて非常勤の授業に向かう。非常勤の講義の第2回は「可視化」がテーマだ。さいわい、グダグダになることもなく話を終えられて、ひと安心。

午後は3年生セミナーの初回をやった。といっても、テキストを配布し、セミナーの担当順を相談して決めさせ、短い序章を読んで解説して終わり。その後は明日の解析学の講義の準備を少しやって、すっかり雨も止んだ秋空の下を歩いて帰宅した。ムスメが用意してくれていた夕食をとったあと、近々またラーメンを作るつもりなので、豚肉を茹でる。授業の準備だけでなく自分の数学の勉強も夜になってから少しは進捗があったのでよい。

今日の昼間は火曜日と金曜日の解析学の講義の準備をした。テーマは、再生核ヒルベルト空間の理論と、分類問題と回帰分析へのカーネル法の応用だ。さしあたり最初の2〜3回はヒルベルト空間の復習で、実をいうと第2クォーターに大学院生向けに講義した内容とだいぶカブるのだが、学部と大学院の科目を同時に講義する関係上、大学院生のみなさんには、まあ我慢してもらう。それ以後の再生核ヒルベルト空間とカーネル法の話になったら、第2クォーターとはぜんぜん違う話になるし、いま風の機械学習への応用も視野に入ってくるし、だいぶ面白いはずだ。木曜日の日記に書いたような事情で、講義ノートを英語で準備する。きょうのようにヒルベルト空間の復習をしているうちはまだいいが、回帰分析とかの話になってくると、日本語でもそこまで詳しくないうえに英語の文献などまったく読んだこともないので、だいぶ苦しくなる予感がする。まあ、よく調べて早めにちゃんと準備しましょう。

昨日作ったおでんを昼と夜の2食で食べ切った。夕食後にキッチンに立って牛すじを使った肉じゃがを作った。

非常勤の講義の準備をした。コミセンの市立図書館に行って本を返した。一色楽器に行って社長と四方山話をした。夜におでんを作ったが遅くなったので食べるのは明日にしよう。

ちょっと体調よくないが大学に来た。今回の第3クォーターと同じく「再生核ヒルベルト空間と回帰分析」というテーマで一昨年に講義したさいの手書きノートが、雑ながら残っている。これは助かる。今度はちゃんとした英語のノートをLaTeXで作らなくてはなるまいな。それと、非同期遠隔ながらルベーグ積分の授業もあり、Moodleで公開するためのノートを作らなくてはならない。毎週の非常勤の講義のことも忘れちゃいけない。

しかし今日もぜんぜん頭が働かないなあとか思っていたわけだが、例によって夕方から少し働きだした。今日は近藤-AddisonのBasis定理の証明を(基本的にShoenfieldやMoschovakisの議論の焼き直しではあるが)スクラッチから自分の言葉で書けたのでそれが嬉しい。

これまで名古屋(2002年ごろ)でも神戸(2004年2月)でも那覇(2023年2月)でも記述集合論のレクチャーをする機会をいただいてきたが、いろいろの事情もあって、この定理に手が届かなかった。今年6月の仙台の集中講義でようやく証明を話すことができた。そのさいは、Moschovakisのスケールの概念を用いた議論をした。スケールを用いた証明におけるMoschovakisの狙いは、近藤-Addison定理を射影階層のより高いレベルへと持ち上げるために抽象化・一般化することにある。スケールの概念自体の重要性のこともあるから、集中講義でスケールを用いた証明を紹介したのは、教育的観点からしても、決して間違いではない。しかし、俺にとって、スケールを用いた証明は、結局のところ借り物の証明だ。今回、自分でスクラッチから証明を再構成してみて、30数年前に学んだ近藤-Addison定理がようやく自分の頭にちゃんと入った気がして、たいへん気分がよい。

天気がよくない。そのせいというわけでもないが、ちと寝過ぎた。

昨日書いたようなわけで、すこしは数学の本を読もう。Chong and Yu “Recusion Theory” を読んだら、昨日さんざん考えて自分でダメ出しをしたのとほとんど同じ議論が、別の結果の証明に使われていた。ほとんど同じ議論だが、昨日の自己ダメ出しだって間違っていないはずだから、まったく同じ議論ではなく、どこかにヒトヒネリあるはずだ。どこが違うかをよく確かめねばならん。

来週火曜日から始まる学部4年と大学院の解析学の講義について、スウェーデンからの留学生も受講するから英語対応してねという連絡が入った。これは、配布資料を英語で書き、板書を英語で書き、しかし喋りは日本語で喋る、ということを意味する。喋りまで英語にすると、俺もしんどいし、なにより、日本人学生たちが困ってしまうからね。来週の火曜と金曜はヒルベルト空間の復習だ。準備しなくては。

macOSがTahoeになって困ったことがひとつある。俺は普段VS Codeをダークテーマつまり黒背景で使っている。このたびのmacOSのアップデートで、ダークテーマのウィンドウでは日本語入力の変換候補の表示も黒背景で表示されるようになったのはいいのだけど、このとき文字も黒いままなのだ。これでは何が表示されているのやら、さっぱりわからん。たぶん近いうちのシステムアップデートで修正されるだろうけど、しばらくはVS Codeをライトテーマに変更して使うしかないような。

午後は大学に行った。ある学生さんの履修登録に関する相談のために面談をした他は、夕方まで大学で数学のことを考えていた。Mansfield-Solovay定理の証明をすこし精密化したら \(\Pi^1_1\) 集合についての既知の結果《実数の \(\Pi^1_1\) 集合がquickly constructibleでないメンバーを含めば完全集合を含む》をキレイに示せるだろうという楽観的な見通しでいろいろ考えたのだが、どうもうまくいかない。夕方に大学から帰宅してからも、夕食を作って食ったり明日以降に備えて豚バラ肉の角煮を作ったりしながら、あれこれ考えては自分でダメ出しをするということを、夜中まで一人で繰り返した。結局いろいろダメだったのだが、それなりに頭がフル回転して、なかなか楽しかった。この調子で続けるしかない。

いやまあ、続けるしかないのだが、他の人の考えたことを学ぶことも必要だ。これまで何度も書いてきたが、俺は《思而不学則殆》のクチである。きょういろいろ考えたことにしても、もう20年以上前からのレパートリーの使い回しに過ぎない。それで進捗があったら世話はない。たまには頭に新しい風を入れよう。

夕食は回鍋肉にした。夕食後に作った豚バラ肉の角煮は、けっこう上手にできたと思う。まあ、もっと厚切りでもよかったかな。

お休みなのでのんびり過ごす。しかし、非常勤先は、俺の出勤日ではないだけで、普通に業務をしているらしく、来年度の授業についての問い合わせの電話がかかってきた。それで過去のメール履歴を読み直したり、懸念事項を伝えたりした。あとは本務校の受け持ち学生からのメールを受け取って返事を返したり、後期のセミナーの日程を決めて部屋を押さえたり、まあそんなふうに、ほんの少し仕事をした。

そうはいってもお休みなので、午後は軽く飲みに出かけた。やたらよく喋る女の客がいた。しかも、俺が大学教員だと知ったら、なんだか知らないが、なおのこと喋りがスピードアップした。まあ上機嫌っぽかったからいい。いろんな人がいるわ。帰りは萱町のエルベに寄って食材を買った。

数学の勉強の話。昨日Shoenfield絶対性定理の証明で \(\Pi^1_1\) 集合のtree representationをやったので、その流れで今日はMansfield-Solovay定理の復習をした。

朝は今シーズンの非常勤の講義の初授業だった。いつものようにデータサイエンスに関する導入の話をした。EBPM(エビデンスに基づく政策立案)に関連して、昨日の日記に書いたように、このたびの国勢調査の話も織り込んだ。

本務校は先週土曜日の出勤の代休日ということにしてあるので、非常勤の講義を済ませたらさっさと帰宅してもよかったのだが、たまにはいいだろうと思ってコメダ珈琲に入った。モーニングのあんトーストを食いながら、お昼前まで、いろいろの作業をした。

午後は家に帰って数学の勉強、というか、遠い昔に学んだことの振り返りをした。Shoenfieldの絶対性定理というと、とても有名で、よく利用される定理だが、これを真の宇宙 \(V\) と可算モデルとの間で使ってはならない理由などなど、考えだすと面白い。もちろん、単に振り返りのための振り返りではなくて、前進するためにいろいろ再確認しているというところなのだけど。さてさて…

夕食には、初めての試みとして、愛媛の郷土料理「いもたき」を作った。難しい料理というわけではないが、今回はちょいと味付けが甘かったかもしれない。これは機会をみて再挑戦だな。

あと、きょうは東北の某所にいる妻から地元産のお米とリンゴが送られてきた。ありがとうありがとう。

明日の非常勤の授業の「確認テスト」の手配がまだだったので忘れないうちに済ませた。それから洗濯をした。いい天気で、けっこう秋らしい爽やかさを感じる。暑さ寒さも彼岸まで、というやつだ。その爽やかな空気と光を感じながら、近所のスーパーに食材の買い出しに行ったら、駐車場では、来月7日の地方祭に向けて神輿の準備をしているグループがある。確実にまた秋がやってきているのだ。

国勢調査の書類が届いた。俺はすぐにオンラインで回答したし、妻もきちんと回答すると思うが、倅が面倒くさがらないように注意してやらんならん。調査結果が政策を決める基礎データになる。若い一人暮らしの人が回答しないと、その人たちのための政策が作られない。この話、明日の非常勤の授業で、さっそくネタにしてやろう。

大学のイベント「秋のオンキャンパス説明会」のために出勤した。去年などと比較して、今年ははっきりと閑古鳥が鳴いていた。参加者よりスタッフの方が多かったくらい。まあ、参加者ゼロではなかったので、それなりに意味はあったと思いたい。

他のコースと同様に、数学専攻の学生二人に手伝いをお願いした。高くもない時給で拘束したので、せめてもの労いに晩飯を奢ることにして、「ふしおん」に行った。それなりに飲み食いして解散し、電車で帰ろうと夜の街を歩いた。

夜の街を歩くと、いろいろな人に出会う。詳しくは書かぬ。いろんなことがある中でみんな一生懸命自分の人生を生きている。まあしかし、俺の言えた義理でもないが、大人なら他人を巻き込むなよ。みっともない。(必ずしも俺が巻き込まれたわけではない。しかし、ハタで見ていて、健気に相手をしてあげている関係者のことが気の毒であった。)

Chi Tat ChongとLiang Yuの本 “Recursion Theory” (De Gruyter, 2015) のセクション3.3から3.4にかけてを読んだ。面白く有意義だが、ところどころ議論がおかしいところがある。それも含めて面白い。

夕食はムスメが蟹玉丼を作ってくれた。

macOS Tahoe 26がやってきた。さっそくMacBook Proのシステムをアップデートしてみる。30分ほどで無事にアップデートが済んで、Finderのアイコン周りなど、見た目がだいぶ変わった。MacBook Proのシステムアップデートを待つ間にUbuntuノートのソフトウェアアップデートもしたぞ。俺の人間性のシステムアップデートもこれくらい簡単だったらいいのに。

詳しくは書かないが、俗っぽい雑事は呼ばれなくてもやってくる。受け身でいたら、そんな雑事で人生がいっぱいいっぱいになりかねない。なので、自分の関心事に関心を持ち続け探究を続けることは、決して簡単なことではない。いろいろのことに広く関心をもったほうがいいというのも本当なのだろうが、いろいろの広い領域で才能を発揮し続けるなんて芸当は普通の人間にはできない。だからこそ、これと思ったことに関心を持ち続けることが大切なのだと思う。(そう思うと、わが妻のブレなさは賞賛に値するな。あんなふうに強く生きられたらいいな。)

毎度のことだが、どうも新学期直前は気持ちが鬱々してしまう。ところがいざ授業が始まってしまうと意外と平気だったりする。憂鬱になるのは、普段ぼんやりとして、物事を先送りしているのがいけないのだ。ちゃんと手を動かして準備しよう。というわけで、まずは髭をそってスマホで写真を自撮りして、非常勤先に出す履歴書を作った。非常勤の講義はもう来週月曜日には始まってしまうので、スライドの準備等々もする。シーズン前半は従来通りであまり問題なさそうだけど、冬ごろにするAIまわりの話を今年度はアップデートさせたいので、初回である来週のスライドにもそれを反映させる。

6月の東北大学での集中講義のノートと、あとでぃぐセミナーでこれまでに話したときのスライドを掲載して「なげやりアカデミア」を更新した。

暑いが大学に行く。ちょっと調子が出ない。午後にリモート会議が1件あった。夜はピアノのレッスンに行く。10月初旬にまた楽器店主催の「大人の音楽会」があり、今度はサックスを吹かせてもらおうと思っている。伴奏を先生にお願いしているので、今日のレッスンの前に初めて合わさせてもらった。サックスはピアノ以上に練習不足なもので、すぐに息が上がってしまった。どこかで練習しておかなくては。あと、ピアノのお題(バッハのハ短調のシンフォニア)はだんだん面白くなってきた。がんばりましょう。

午前のうちにシャワーを浴びて洗濯をして、ちょうどお昼頃になったが市立中央図書館に行って、『至福の超現実数』と、それ以外はデータサイエンス入門関係の本をひと山借りてきた。いやほんと、1週間後からまた例年どおり非常勤のデータリテラシーの講義をせにゃならんので、ぼちぼちエンジンを温めておかねばならん。いつまでもお休み気分を満喫していてはいけないと、わかってはいるのだ。

自分に解けるとは思っていないし、なんとしても自力で解きたいとも思っていない集合論の問題を一つ、MathOverflowに投げてみた。こういう問題だ:実数の \(\mathbf\Sigma^1_3\) 集合がすべてルベーグ可測なら \(\forall x\in\mathbb{R}(\aleph_1^{L[x]}<\aleph_1^V)\) となる。逆は言えない。しかし \(\forall x\in\mathbb{R}(\aleph_1^{L[x]}<\aleph_1^V)\) のときになんらかの半順序で基数を壊さずに \(\mathbf\Sigma^1_3\) 集合のルベーグ可測性を強制できる可能性はあるように思うがどうか。これは20年以上前に吉信康夫さんに教えてもらった問題だったと思う。その後、何人かの集合論研究者(誰とは言わないが)に聞いてみたこともあるが、はっきりした答えは返ってこなかった。それでまあ今回のMathOverflow投稿ということになったわけだが、さてこの問題、回答がついたとして俺に理解できるだろうか。

この投稿に対してHanul Jeonさんが、日本にいるんなら、Brendleさんに聞いてみれば?とコメントしてくれた。それはまさにそうすべきだったかもしれない。

いずれにせよ、専門的な数学研究の領域という意味では、俺は集合論のメインストリーム(というのがあるのかどうか知らないが)からは大きく外れていて、むしろ計算可能性理論の拡張領域である hyperdegrees とか admissible ordinals とか、そんなものにばかり興味がある。そのことがこの半月ほどでますますハッキリしてきた。修士論文を書いた頃から何も変わってないな。まあ、しゃあない。それならそれで、今後は腹をくくって fine structure theory とか class forcing とかを真剣に勉強すべきだ。

夜遅くに久々のカレー作り。

Chi Tat Chong and Liang Yu, “Recursion Theory” の98ページにある演習問題5.3.5の主張が間違っている気がしたので、これこれこういう理由で間違っていると思うんだが、とMathOverflowへ質問の形で投稿した。初質問である。しばらくしてYuさん(喩良さん)本人から、確かにそうだ、条件が足りなそうだ、との返事があって嬉しかった。

午後にコミセンの市立中央図書館に行ってみたら休館日でスカをくらった。クヌースの『至福の超現実数』(松浦俊輔訳, 柏書房, 2004年)を借りに行こうと思ったのだが、なんだか8日から今日までお休みだったようだ。明日は開館しているらしいのでまた来るとしよう。萱町通を歩いてエルベに行き、いくらか食材を買って帰宅。

先日 MathOverflow を見たら、Liang YuとPhilip Welchが \(\omega_1^{\text{CK}}\) についてやりとりしていた。Joel Hamikinsの名前も見かける。いろいろ胸熱なので、このたび自分もサインインした。ある質問について回答を投稿していくつか「いいね」を頂戴した。これは数日前に考えた問題に関連していたので、答えがすぐわかったのだ。いわば特別にラッキーなケースだ。だが、焦らず謙虚になろう。これから、勉強させてもらいつつ、できれば議論に参加していこう。

とかなんとか言いつつ、今日は数学をサボってずっと散歩していた。午後2時ごろに家を出て、しばらくは適当に歩いていたのだが、若草町の合同庁舎前で、学生アパートのカードキーらしきものが道端に落ちているのに気がついた。特に急ぎの用もないので、不動産屋に電話して、30分ほど歩いて届けに行った。そのあとジュンク堂書店に行き、ドンキに行き、一色楽器に行った。一色楽器では白石先生に会い、ムジカニアの徳本さんに会った。その後適当に酒を飲んで適当に夕食を食って、ゆるゆる歩いて帰宅した。歩数は久々に二万歩を超えた。しかしそんなところで充実感を覚えている場合ではないとも思うので、明日は数学をやろう。

暑さは少し和らいだ気がする。自転車で大学へ行く。きょうはJockuschとSoareの1973年の論文を読んだ。明快で面白かったし、大学院時代に世話になった柘植利之先生の名前も出てきた。それで次はD.A.Martinの1976年の論文に取りかかる。1ページだけの短い論文だ。しかし読みにくい。Martinの論文はいつもそんなで、数学がバリバリできる上によほど英語が堪能でないと近寄りがたい感じだ。俺は数学も英語もどっちもダメだからいつも苦労している。ただ、構成のキモのところは昨日読んだLiang Yuの論文にも引き継がれているように思われる。

そしてよく見ると、昨日読んだLiang Yuの2011年の論文の証明は、Chi Tat ChongとLiang Yuの共著書 “Recursion Theory – Computational Aspects of Definability” (De Gruyter, 2015) に収録されている。しかしこの本にもHarringtonの定理の証明は載っていないようだ。それにしても定価が164.95ユーロもしてびっくり。いつ手に入れたか忘れたが、円が安くなる前に買っておいてよかった。

夜もふけてから気がついた。自分でもすっかり忘れていたが、今日読んだJockuschとSoareの論文の結果について、俺は2012年9月5日の日記にもいろいろ書いている。が、そこでJockuschとSoareの結果が最善であることをSolovayが示したとか、HA-encodable=recursive in \(\mathbf{E}_1\) とか書いているのは大間違いだ。確かにSolovayはHA-encodableな実数の範囲を決定したが、それはrecursive in \(\mathbf{E}_1\) よりずっと広い。最小の \(\Sigma^1_1\)-reflecting ordinal \(\sigma\) について \(L_\sigma\) に属する実数の全体がHA-encodableな実数の全体と一致するという。

なんてこった。Solovayの論文にはっきり書いてあることを、ちっとも読みとっていなかった。恥ずかしい。この日の日記自体を無かったことにしたいが、そうもいかないので、注意書きだけ書き加えておこう。

いろいろアホであることが判明していくなあ。しかしめげずに頑張りましょう。

朝のうち晴れている。洗濯をしたが、夕方からまた雨の予報なので油断はできない。

遠巻きに周囲をぐるぐる回っているばかりでは仕方ないのでLiang Yu論文の本丸である第2節にとりかかる。いつものように反故にしたコピー用紙の裏にノートをとっていくスタイルで読み進む。なんとか読めそうだ。

しかしやはり難しかった。朝の9時から始めて、途中に昼飯を食ったり雷の音を聞いて洗濯物を急いで取り込んだりの時間はあったものの、この第2節を読み終えるのに16時までかかった。まあ、難しいとはいえどうにか理解できたと思う。

夕方には医者に行く。雨の心配はなくなったようなので、歩いて行くことにした。10年ほど前に歩いて行ったときには40分かかったし、その後順当に老化して歩くペースも落ちているので、予約時間の1時間前に出発したが、張り切って歩いていたら、30分で医院の最寄りのコンビニまで来てしまった。このまま行って待合でぼんやりするのもアホらしいので、コンビニで飲み物を買って外のベンチで一息入れて行った。この休憩時間を含めても50分弱で着いたから、がんばれば以前と同じペースで歩けるのかもしれない。

医者の待合ではRogersの古いテキスト«Theory of Recursive Functions and Effective Computability» (McGraw-Hill, 1967)を開いてproductive setcreative setの定義を復習した。大学院のゼミでこの概念に触れてから、かれこれ38年になるが、これのどこがクリエイティブなのか、いまだにわからない。

医者からの帰り道にはproductive setの定義を頭の中で反芻しながら歩いた。思いがけない方向に考えが発展して楽しかった。そういう意味ではプロダクティブかもしれない。

そのように計算可能性理論前半の復習をしつつ、Friedman予想に関連する文献を引き続き読むことにする。Friedman予想の最初に出版された証明はD.A.Martinの1976年の論文で、Liang Yuの2011年の論文の次にはこれを読むべきなのだが、このMartinの論文で引用されているJockuschとSoareの1973年の論文を先に読むことにする。なんだか古文書ばかり読んでいるわけだが、究極的な目標である未解決問題が1975年のSimpsonの論文に端を発するわけだから、ある程度は仕方がないのだ。

きょうは一日中ぽつぽつ雨が降る。ほぼ一日ぼんやり過ごした。

数学のことは少しだけ考えて、Liang Yuの論文に書いてあることの行間を埋めた。なるほど、Friedman予想はHarringtonのこの古い定理からたちまち出てくるわ。それはそうだけど、肝心のHarringtonの定理の証明がわからない以上、俺としてはYuさんの論文を読んでFriedman予想の証明を理解するのが先決だ。

今朝はLaTeX研修の講師を務めるのだ。時間通りに会場に着き、準備を始めるが、まずプロジェクターが不調である。Skim.appのプレゼンテーションモードでだけはMacの画面をミラーリングしてくれるが、画面の左側が少し見切れてしまっている。それに、他のモードになると途端に画面が真っ暗になる。なんだこれは。急遽、会場にある特大の液晶モニターを借りて対応する。受講者は一人だからこれでいいのだ。

ところが、そのただ一人の受講者が、開始時間を15分過ぎても現れない。事務方が受講者に連絡を取ろうとするが、なかなかつながらない。俺は呆然とするしかない。30分ほど経って真相がわかった。受講者は昨晩のうちに受講登録システム上でキャンセルの操作をしていたが、システムの設計上、キャンセルの連絡が事務担当者に届かない仕様になっている。それが行き違いの原因だったようだ。そんなこんなで研修は中止となった。

大学教員の学会出張のハイシーズンであるこの時期に研修がスケジュールされていることもあって、受講者は毎年少ない。あと、昨年の同時期の日記にも書いたが、LaTeXの知識は、必要とする人とそうでない人が綺麗に分かれていて、必要な人は大学の教員になるずっと前の時点ですでに使い倒している。それでまあ、この研修プログラム自体の必要性に疑問の余地がある。これまで十年以上、請われるままに講師を務めてきたが、テニュア・トラックの研修プログラムは毎年見直しをしているというので、その頃合いに、LaTeX研修はなくしてもいいんじゃないかという意見を上げてみよう。

さて、午前中の予定が空いた。研究室に戻って、昨日の続きでhyperdegreeのことを考えた。

CTFM2015というカンファレンスが田中一之先生の還暦記念を兼ねて東工大で開催されたのがちょうど10年前だ。そのカンファレンスにStephen Simpson先生やLiang Yuさんが来ていて、少し話をさせてもらったわけだが、そのとき彼らに尋ねた問題にかんして、俺のところではその後なんにも進捗がない。ただ、この問題に関しては、世界のどこでも進捗してないのと違うかと思っている。ともあれ、あのときYuさんが言っていたとおり、\(\Pi^1_1\) hyperdegree determinacyは集合論的に見て全然強くないということに、ようやく納得がいった。Yuさんが2011年の論文で言及していたLeo Harringtonの古い定理を使うと、細字クラスの \(\Pi^1_1\) hyperdegree determinacyが \(\mathbb{R}\nsubseteq L\) と同値であることがすぐにわかってしまうのだ。しかし、Harringtonのこの未刊行の結果の証明を俺は自力で再現できるだろうか。なにしろYuさんの論文で、この証明を「極度に精巧」(extremely sophisticated)と評しているくらいなので、さぞかし込み入った議論が必要になるのだろう。

メモとしてそのHarringtonの古い定理というのを書いとこう。証明を知ってたら教えてください。

実数の \(\Pi^1_1\) 集合 \(A\) が完全集合を含むと仮定する. 順序数 \(\alpha\) を \(x\in A\) かつ \(x\notin L_{\omega_1^x}\) となる実数 \(x\) に対する \(\omega_1^x\) の最小値とする. このとき, \(\omega_1^y>\alpha\) であるような任意の実数 \(y\) に対して, 実数 \(z\) が存在して \(y\equiv_h z\) かつ \(z\in A\) となる.

そんなようなわけで、少しは数学をめぐって頭が回転しだした。うん。いい傾向だ。

午後には学部の会議があった。これもわりと短時間で終わった。

それでまあ数学のことを考えながら帰宅し、適当に夕食を食い、きょう考えたことをLaTeXで文書化して、ちょっとだけ酒も飲んでひと息入れたのはいいが、ピアノのレッスン日だということをすっかり忘れていた。気づいた時にはもうレッスンの時間が半分ほど過ぎていて、テレポートでもしない限りレッスン終了時間までに教室に着けない。仕方がないので、平身低頭で先生にメールした。ごめんなさいごめんなさい。なんのことはない。研修キャンセルをくらって始まり、レッスンキャンセルをかまして終わる一日だった。

朝、少し出遅れたが、朝食と弁当を作り、自転車で大学へ来た。くもり空である。10時半から、ちょいとした打ち合わせがある。昼までかかるかと思ったが、思ったより短時間で済んだ。午後のオンライン会議も思いがけずあっさりと済んだ。それで、隙間時間には、一般化再帰関数理論の超算術次数(hyperdegrees)についての懸案の古い問題を蒸し返して考えた。一日や二日考えてもどうしようもない難問であることはすでにわかっているので、こまめにノートを残しながら、しつこく考え続けよう。あと、コンウェイの著書 «On Numbers and Games» を研究室の書棚の奥から発掘してきた。これが超現実数の理論の原典である。

夕方には数学談話会がある。藤澤将広さんという機械学習の若手研究者が汎化誤差解析について話してくれた。立板に水の勢いで澱みなく滔々と話す、とても優秀そうな人であった。ただ、講演時間は60分だと聞いていたのに、70分を過ぎても終わる気配がない。ずいぶん押しているのに、司会の大西さんも平気で進行を続けている。これはどうしたことだろうと思っていたら、どうやら、この談話会はデータサイエンスセンター主催のDS研究セミナーを兼ねていて、そちらの予定ではもともと90分の枠があったらしい。普段の数学談話会が60分なせいで、最初に担当者が間違った連絡を流していたのだった。まあ、そんなこともある。藤澤さんの発表は途中に質問の時間をはさみながら、85分でちゃんと終わった。えらいもんだ。

さすがに疲れていたので寝坊した。朝9時に起きて旅行中に着た衣類を洗濯する。きょうもいい天気である。

金曜日までのカンファレンスでせっかく学術的な刺激を受けたのだから、俺も気を取り直して少しは努力しようと思った。超現実数についてのジョエル・ハムキンスの木曜日の講演のスライドが、本人のウェブサイトですでに公開されている。木曜日の日記に書いたとおり、このテーマに関しては俺にもやりたいことがある。だから、止めていた手をもう一度動かそう。コンウェイの本をちゃんと読もう。

フィリップ・ウェルチの水曜日の講演を聞いて、何度もこの日記に書いているあの古い問題にチャレンジせにゃならんことを思い出した。俺の考えでは、この方向で何か意味のあることをいうには古いサックスの論文のほかに、クラス強制法に関するサイ・フリードマンの本を読まねばならないわけだが、あれが超難しい本であることにはフィリップも同意してくれた。(フィリップはサイの本のさらに源流にあるジェンセンのコーディング定理についての最初の本の共著者なのだ。)苦しい道のりにはなるかもしれないが、生きてるうちは努力しよう。

できるかどうかはともかく、試みるべきことはいくらもある。手を動かそう。

仕事で神戸まで来ておいて京都の母の顔を見ないで帰るのもどうかと思ったのが、昨夕京都まで足を伸ばした理由だ。宿をチェックアウトして、まずはバスに乗り倅の住むアパート近くまで行った。倅のアパートの室内をチラッと見せてもらってから、二人で母の暮らす施設へ行った。いつも言っているとおり、会いに行ったところで何ができるわけでもないのだが、そんな理由で会いに行かないのも間違いである。30分ほど三人で話をした。そのあと、倅を連れてタクシーで京都駅に移動して、蕎麦屋で昼飯を食い、倅に少しの小遣いを渡して帰らせた。そのあとは駅周辺を一人でぶらぶらして、午後の電車で松山に帰る。

帰りの新幹線も予讃線の特急も比較的空いていてのんびりと移動できたが、さすがに疲れたので移動中は寝てばかりいた。日が暮れてから無事に松山に到着した。家に戻り、すぐに旅の荷物を片付け、シャワーを浴びた。

雨とラッシュアワーを避けて宿を遅めにチェックアウトし、神戸大学に来た。いよいよカンファレンスの千秋楽だ。

午前中の一人目の講演者はTristan van der Vlugtで、Specker-Edaの基数不変量 \(\mathfrak{se}\) をめぐる研究の沿革と、高次ベール空間 \({}^\kappa\kappa\) で定義される基数不変量の話をした。ブレンドレさんと江田先生の名前はもちろん、嘉田さんや加茂先生の研究も引用されていた。二人目はMiguel Cardonaだ。\(\text{non}(\mathcal{N})\) などなどの基数不変量をコントロールするための強制法の新しい方法論の話らしかった。

午後のセッションはまず渕野昌さんの講演で始まった。巨大基数概念を巻き込んだ強制法絶対性の原理のいろいろな定式化の関係の話。次は山添隆志くんの講演で、ミラー強制法の一般化についての現在進行中の研究の話だった。それから、MAD族に対応して現れる基数不変量についての南裕明さんの講演まで聞いた。遅くならないうちに京都に移動せねばならんので、最後のMichael Hrušákの講演を聞かずに、早めに会場を後にした。

今回のこのブレンドレさんの還暦祝いカンファレンスには、そんなわけで頭と尻尾を落としたスーパーマーケットの鮮魚みたいな仕方で参加した。ともあれ、オーガナイザーのみなさん、特に依岡輝幸さんとディエゴ・メヒアさんの努力には頭が下がった。内容はほぼ「基数不変量まつり」だったから、俺にはちょっとわからない話が多かったが、今回少なくともPhilipとJoelの話は俺には刺激的だった。いつも言っているとおり、俺も時々はこうやっていろいろな人の話を聞いて刺激を受ける必要がある。

JR線で夕方に京都につき、いつものホテルにチェクインして服を着替えて、また出かける。夜には高校の部活の同期が何人か集まってくれて、四条東洞院の串焼き「満天」で飲み会になった。アイリッシュパブ「field」で軽く二次会をしてお開きになったのだが、2人ほどカラオケボックスで朝を待つというので、俺も朝3時くらいまで付きあい、少し歌い、OB会の活動についてのいろいろの話を聞いた。吹奏楽部のOB会といえども、たくさんの人の集まる団体であるから、運営するとなると、どうしても一筋縄でいかないものである。

カンファレンス3日目だ。朝一番にシャワーを浴びて、雨の予報だから傘を持って出かける。今朝もコンビニで買ったパンで朝食にして、早めに会場入りした。

一人目の講演者は後藤達哉くん。この人はかつて愛媛大学の学生だったことこともあり、510くんとかでぃぐとかの名前で「て日々」にたびたび登場している。愛媛ではモデル理論や計算可能性理論を一緒に勉強したものだ。初めて会った時から優秀な奴ではあったが、かれこれ10年を経て、すっかり立派な研究者に成長した。この頃はだいぶ貫禄もついてきた。すばらしい。講演はCichońのダイアグラムに登場する基数不変量のどれかを保ちながら他の基数不変量をコントロールするテクニックを改良するという話らしかった。

二人目の講演者はDilip Raghavanだった。大学の仕事の関係で残念ながら来日できず、Zoom経由の講演となった。selective ultrafilterの条件を一般化したいろいろな超フィルターの存在と不存在を強制法で実現する話であるらしかった。

午後のセッションの一人目はJoel Hamkinsで、コンウェイの超現実数のクラス上に定義されるある構造が、集合論の宇宙と相互に解釈可能であるという話であった。大変面白かったが、若干の不満は残った。コンウェイが生きていたら、おそらくハムキンスによる超現実数の定式化(これはノーマン・アーリングの提唱した定式化と同じように思われる)を良しとしなかったように思うのだ。コンウェイの著書 “On Numbers and Games” の第2版のあとがきを読むと、他の超現実数に先立って順序数が定義されていなければならないような定式化はイヤだと書いているからね。

超現実数とコンウェイのゲームの概念については15年前に俺もちょっと考えていたのだが、何か出てくる前に考えるのをやめて昼寝とかしてしまうのが俺の悪い癖である。俺がサボっている間にハムキンスたちがいわば予想どおりの結果を今回出したわけだが、当時の俺の構想はもうちょっと欲張っていて、コンウェイのゲームの公理論をスクラッチから構築して、右オプションが空であるようなゲームとしての「集合」のクラスをそこで定義し、遺伝的集合の全体が通常の集合論の宇宙になっていることをこの公理論で証明したいというものだ。できたら面白いのでまた考えてみよう。

次はオーガナイザーのひとりであるDiego A. Mejíaの講演である。ディエゴ自身の来歴と、ブレンドレさんと出会って以来の研究歴から語り始めて、実数の集合論における強制法の方法論と、その分野でのブレンドレさんの業績を紹介する内容だった。ブレンドレさんの業績が紹介されるたびに、その論文のコピーと、ディエゴがそれを勉強したときの実に丁寧な手書きノートがスクリーンに映された。すごいすごい。

今日のセッションの最後の講演はAndrés Uribe-ZapataのCichońのダイアグラムに関する話であった。講演の終わり近くに、ブレンドレさんの弟子たちの系図が紹介された。ブレンドレさんは、ユウリや依岡さんやディエゴをはじめとして、これまでにたくさんの弟子を育てたし、立派に成長した弟子たちがいまでは孫弟子たちを育てている。子孫繁栄というやつだ。

さてセッションが済んで、Joelに講演(と彼の日本滞在記)の感想を述べ、超現実数について上に書いたようなことを少し話した後、俺は一人でJRに乗って元町へ移動した。夜にはメリケンパークのオリエンタルホテルで記念パーティーがある。オーガナイザーたちは三宮からシャトルバスに乗るように勧めていたが、調べてみれば元町からはすぐ近くだ。運動不足解消のために歩くことにした。しかもちょっと遠回りして、南京町の中華街を通ることにした。途中の屋台で角煮バーガーなるものを買って食ったりして、プチ観光の気分である。

なにしろブレンドレさんのためのカンファレンスだから、参加者は実数の集合論のうちでも基数不変量の専門家が中心だ。となると、宮元さんにしても俺にしてもPhilipにしてもJoelにしても、少しばかり専門外である。菊池さんなんかなおさらだ。もちろん誰しもブレンドレさんの還暦を祝うには吝かでないにせよ、話ができる相手がどうしても限られてしまう。だからというわけでもないが、俺はパーティーの席ではPhilipとハイパー計算論の話などをしていた。これは、それなりに有意義ではあった。

パーティーがお開きになったら、俺と菊池さんは降り出した雨の中を二人で歩いて元町に戻り、手頃な小料理屋で飲み直した。今回のカンファレンスの感想を言いあい、数学での仕事に関することと哲学での仕事の構想をまじえて、例によって色々と無責任なことを語りあった。

ホテルの部屋でぼんやりしていても仕方がないので早めに出発した。朝食はコンビニで買ったパンを駅前のベンチで食って済ませ、ドトールでコーヒーを飲みながら船蔵颯『言語の数理とLLMの知能』の第3.3節を読んだ。何度か出てくるソフトマックス関数というものの説明が書いてないように思ったので、ネットで調べた。そしたら、直前の3.2節に載っている式(3.14) \[ o_i = \frac{\exp(h_i)}{\sum_{j=0}^{|\mathbb{V}|-1}\exp(h_j)} \] の右辺のことをソフトマックスと呼ぶらしい。それならそれで、3.2節に一言そう書いておいてくれればよかったのだが、書いてないのである。この本にはちょっとそういう不親切なところが散見される。まあしかしそれでも、LLMの核になるトランスフォーマーというモデルがどういう処理をしているのか、その概略はこの3.3節を読んで追うことができた。基本は行列計算の塊で、必要に応じてときどき活性化関数やソフトマックスが適用される。なんでこのモデルがそんなにうまく働くのか、それはまだ研究中ということらしい。引き続き読み進もう。

さてそれで、六甲の坂道を登って今日も神戸大学にやってきた。朝一番の講演は池上大祐さんだ。選択公理を仮定しないZFのコンテキストで強制法のいろいろな性質を論じていて、とても面白かった。次のTristan Biceの講演はカリー-ハワード対応に基づく依存型理論の新しい定式化の話だった。これはまさに先日から船蔵本を読んで気になっているテーマでもあり、その意味もあって興味深かった。午後の講演一人目はPhilip Welchだ。二階算術の \(\Pi^1_n\)-MI のモデルが集合論のある種の非標準モデルから作れるよ、という話を、\(\Pi^0_3\) 集合の有限ブール結合に関する無限ゲームの必勝法の複雑さの解析に応用しようという話だった。\(L\)-階層の構造についての深い理論に裏打ちされた、秘儀めいた話だが、二階算術の逆数学の観点からも重要な結果と思われる。

そのあと長い休憩時間になり、フチノさんやPhilipと少し話をした。Philipが俺のことをちゃんと覚えてくれていたのはうれしかった。Philipは、この10年ほどですっかり変わってしまった俺の姿形を見てもわからなかったけど、声を聞いて思い出したと言ってくれた。話しかけてよかった。フチノさんとPhilipのおかげで昨日感じたアウェイ感はだいぶ軽減された。ありがたいありがたい。

この「て日々」にもPhilip Welch(俺はこれまでの日記で彼の姓をウェルチとかウェルシとか表記してきたが、本人の発音ではウェルシュと聞こえる)が何度か登場している。だが俺が彼に初めて会ったのは東京での4th Asian Logic Conferenceの時だから1990年で、もう35年になる。当時はまだ俺も名古屋で博士課程の学生をしていた。その頃のPhilipは、イギリスの知識人らしい気品を感じさせる、ちょっとした美青年だった。その数年後に来日した時には松山にも数日滞在してくれたので、ロンドン留学の経験のある友人を誘って3人で夕食(確か中華料理)をとったりしたこともある。

で、今回のカンファレンスにPhilipが招かれたのは、今回の主役であるJörg Brendleさんが着任する少し前にPhilipが角田譲先生に招聘されて神戸大学で教えていた時期があったからで、比較的短期間とはいえ、Philipは神戸でJörgの同僚だったわけだ。

今回のBrendle 60カンファレンスには、Philip WelchのほかにTomek BartoszyńskiやMartin GoldsternやMichael HrušákやJoel HamkinsやDavid Aspèroといった高名な集合論研究者が参加している。主催者である依岡さんとディエゴ・メヒアさんが、ブレンドレさんに縁のある人たちに声をかけて回ったら、これだけの数のすごい人たちが集まったわけで、ブレンドレさんの実績と人望がうかがわれる。それはもちろんブレンドレさんの手柄なのだが、そのカンファレンスがここ神戸で開催されるのは、ある意味では、角田譲先生が蒔いた種が大きく育ったということでもある。

休憩時間のあとZoom経由の講演が2つ続いた。Vera FischerがMAD族やMED族の濃度の話をし、Saharon Shelahが無限基数上の組合せ論の話をした。Shelahの講演は黒板を数式でいっぱいにしながら話す講演者を自動追尾カメラで追いかけるというもので、言葉は聞きとれたものの、カメラの解像度が低いせいで板書がまったく判読不能だった。これではまるでヴォイニッチ手稿だ。それはともかく、さすがは世界最高峰の集合論研究者Saharon Shelahの講演とあって、オンライン聴講者のなかには、かのAdrian Mathiasの姿もあった。

カンファレンスのあと、皆にご相伴して三宮あたりで食事をしてもよかったのだが、なんとなく今夜も一人で夕食をとることにした。今日はひとつ楠公前(湊川神社界隈を神戸ではそういうらしい)まで阪急で帰ってやろうと思って六甲から高速神戸まで乗ったら、運賃が330円ついた。JRの六甲道から神戸までなら200円だ。阪急も六甲から神戸三宮までなら200円なので、山陽電鉄との相互乗り入れの関係で高くなるのかもしれない。

昨日と同じ「笑e」に入った。昨日があんまり愉快だったので、さっそくリピーターになることにしたのだ。今夜はお客は俺だけだったが、店の二人の気さくなお姉さんたちとの会話はそれなりに楽しかった。明日の夜は予定があるから、今回の出張でこの店に来るのは今夜までだけど、神戸に来た時は必ずまた寄るよ。

今日から神戸に出張だ。張り切って早起きして、ヒゲも剃らずに6時15分には家を出てJR松山駅に着いたけれど、次の岡山行き特急は7時20分発である。こればっかりは仕方がない。待合所でパソコンを広げて作業していよう。そんなことならヒゲくらい剃ってくるべきではあった。

予讃線の特急しおかぜは、振り子型車両とかいうやつで、ひどく揺れるので困る。2時間40分も乗るのに、こう揺れては本も読めないパソコン仕事もできない。一瞬で乗り物酔いしそうなのだ。酔い止めを飲んで来なかったのが悔やまれる。なるべく遠くの景色を見るようにしておとなしく座っておく。ともあれ、旅行自体は無事に済んで、JR六甲道駅に降り立ったのが11時すぎだ。吉野家で早めの昼食をとり、駅周辺を少しぶらぶらしてから、バスに乗ってカンファレンス会場の神戸大学工学部へ行く。カンファレンスはちょうど昼休みで、またしても1時間ほどの待ち時間だ。

さてそれで、午後のセッションから参加したカンファレンス初日は、それなりにわかる話もわからない話もあったが、わかる話、とくに Yurii Khomskii の発表は刺激的だった。Martin Goldstern の発表では、なんだかんだで付き合いのある510くん(でぃぐ)こと後藤達哉くんの目覚ましい結果が紹介されていて印象的だった。日本からも、優秀な若い人がどんどん育っている。これまたありがたいことだ。

さりとて、最先端の集合論研究からとうの昔にドロップアウトしている俺としては多少のアウェイ感も覚えざるを得なかった。そのこともあり、かつ、旅の疲れもあったので、セッション終了後は他の参加者とやりとりする気力もなくて、さっさと宿に向かうことにした。

宿は湊川神社前のSK HOTELである。チェックインして旅装を解き、少し休憩してから、夕食に出かける。近所のビルの地下の小料理屋をチェックしたら、スマホで注文してくださいという。ファミレスならともかく、小料理屋でそれはないだろう。そんな理由で隣の居酒屋「笑e」に入ることにした。これが大当たりだった。常連の気のいいお兄さんとの話がずいぶん弾んだし、その後にやってきた家族連れともそれなりに交流できて、ちいさなお姫さまに遊んでもらった。もちろん客同士の交流ができたのは単純にラッキーだったとも言えるが、食い物がうまくて価格がリーズナブルで店員さんが好印象だったのは店の手柄である。今後もSK HOTELを神戸の定宿にしようと思っているので、となると、この「笑e」のリピーターにもなる気がする。

「笑e」で十二分に楽しんだあとホテル併設のコンビニで〆のカップラを買ったのはいいが、ホテルの部屋に戻って、さてそれでは食おうという段になって、コンビニのレジでいつもの習慣どおり「箸いらない」と言ってしまっていたことに気づいた。これは詰んだ。箸なしでカップラーメンをどうやって食うんだ。仕方がないから、いっぺん脱いだ靴下をまた履いて、いっぺん脱いだ靴をまた履いて、下のコンビニまで箸をもらいに行く人生だった。生きていればいろいろある。気を取り直して明日もがんばろう。

昨晩の夕食のあと例によって寝落ちして、ロープウェイ、女性シンガー、Pascalで書いたリストのプログラムなどなどの登場する、わけのわからん夢を見た。いや、Pascalのプログラムが夢に出てきた理由はわからないでもない。昨日の日記に書いたとおり布団カバーを買い替えたわけだが、そのサイズがダブルロングサイズだったので、そこからの連想で

#include <stdio.h>

int main(void){
    printf("%lu\n", sizeof(long double));
    return 0;
}   

というCプログラムのことをぼんやりと考えながら寝落ちしたのだ。Cといえばポインタだろうとか思いながら寝入ったのでリストのプログラムの夢になったと思われる。言語がCからPascalになった理由はわからない。なぜロープウェイか、なぜ女性シンガーかもわからない。

あっというまに、もう9月である。大学というところは8月9月が夏休みということになっていて、休みというのは授業が休みという意味だから、学生さんにとっては休みかもしれないが、給料をもらっているわれわれにとっては休みでもなんでもない。むしろ夏ならではの仕事がまだまだ続く。その一方でそろそろ後期の準備にも本腰を入れねばならない。いつもながら、なかなかエンジンがかからないのだけどね。

朝のうちに洗濯を済ませ、ムスメが食いたいと言っていたチリコンカンをネット上のレシピを頼りに作って冷蔵庫に入れて、自転車で大学に来た。来週火曜日のLaTeX講習の準備をする。明日からの出張に関連して研究集会のプログラムを印刷する。

夕食は野菜炒め。