朝食のあと軽くシャワーを浴びて、きょうもクマゼミがじゃあじゃあじゃあじゃあ鳴く中を弁当をもって自転車で大学に来た。
午後にはちょっと長めの会議があるし、3年生の研究室訪問もあるし、TGSAセミナーもある。いろいろ重なる日があるものだ。これがために、前期の卒業研究ゼミを1週間早く終わらせることになってしまったのだが、まあ仕方がない。
夕食にはCookDoのソースを使って麻婆茄子を作った。夕食後には例によってお惣菜の作りおきをする。鳥肝の煮物と、白菜の煮浸しを作った。
朝食のあと軽くシャワーを浴びて、きょうもクマゼミがじゃあじゃあじゃあじゃあ鳴く中を弁当をもって自転車で大学に来た。
午後にはちょっと長めの会議があるし、3年生の研究室訪問もあるし、TGSAセミナーもある。いろいろ重なる日があるものだ。これがために、前期の卒業研究ゼミを1週間早く終わらせることになってしまったのだが、まあ仕方がない。
夕食にはCookDoのソースを使って麻婆茄子を作った。夕食後には例によってお惣菜の作りおきをする。鳥肝の煮物と、白菜の煮浸しを作った。
弁当を持って自転車で大学に来た。きょうもよい天気で暑い。このごろ雨が少なくてちょっと心配だね。
きょうは3年生の研究室訪問が2件あった。それと数学談話会を聴講した。理化学研究所の園田翔さんが深層学習理論における誤差評価の不等式を改善する手法について話してくれた。細かい議論はわからなかったけれど、いろいろと考えを刺激される話だった。俺は基本的に妄想癖が勝っていて、わけのわからん考えからだんだんアイデアがまとまってくるところがあるので、専門外のこういう話をもっとたくさん積極的に聴いて妄想を刺激された方がいいのである。
夕食は先日の手作りスパイスカレーを使ったカレーライスにした。夕食後寝落ちしてひどい夢をみたが、詳細は書くまい。
このごろ酒を飲み過ぎで、きょうはちょっと胃が重い。きょうとあすくらいは酒を休もう。
夕方には歯医者に行った。右下の奥歯をだいぶ削って、型をとった。削る時はちょっと痛かった。あと、失くしたと思った診察券は、あとでふと見たら普通にカード入れに入っていた。見つからないときは、目の前にあるものでもなぜだか見つからないものだ。
火曜日のこととて、夜にはピアノのレッスンに行った。多少の進捗があったとはいえ、そのぶん、弾けないところ、難しいところがハッキリしてきたとも言える。練習しなくては。
そろそろ3年生ゼミのために学生さんたちが研究室訪問ということをする時期になった。きょうは学生さんのアポが3件ある。いつものように適当に作った弁当を持って自転車で大学に行く。
ある3年生が、フジタの訳したキューネン『集合論』(日本評論社, 2008年)を高校生のころに見かけて、うちの大学にくれば訳者の俺の指導でこの本が読めると楽しみにしていたらしい。ありがたいというか、酔狂なというか。で、その学生がそろそろ自分もこの本を読めるかもと思って注文しようとしたら、版元品切れになっているらしい。それは残念な話だが、このキューネン本の内容は、いまでは決して新しいとはいえない。さりとて日本語で読める他の集合論のテキストはそれほど多くない (その学生さんは「英語も読めます」と言っていたが)。まったく困ったもんだが、俺たちは困ったもんだなどと無責任なことを言っていてはいけない。俺たちがなんとかせねばならない。
思い出せば、俺が集合論を勉強しようと思って田中尚夫先生の『公理的集合論』(培風館, 1982年)を手に入れたのも大学3年生のとき(1985年)だったな。かれこれもう40年になるのか。この本と、翌年(1986年)に雑誌「数学セミナー」に短期間連載された志賀浩二先生の「無限への志向の一軌跡」(後に『無限からの光芒』(日本評論社, 1988年)に収録)が、その後の俺を決定づけた。何度も書いているとおりだけど。
ムスメから取り返した洗濯機もどうやら故障気味で、任せっきりにしておくと脱水してくれない。そもそも標準耐用年数ギリギリだし、どうしたものか。そういう意味では、先日処分した前の洗濯機なんか20年以上働いてくれていたわけで、そりゃ故障もするわという話だった。
そういう不機嫌な洗濯機をなだめすかすようにしてどうにか洗濯を終わらせて、外のかんかん照りの青空の下に干す。きょうも暑くなりそうだ。
昼食は出来合いのピザ生地に家にある具材をテキトーに乗せたピザで済ませた。やはりムスメが持ち帰った古いほうのオーブントースターのほうがピザの焼き具合が断然いいぞ。
ネットでレシピを調べて、夕食に棒棒鶏を作った。それ以外に、きょうは、あす以降のために、おからの炊いたのと、青梗菜と舞茸と厚揚げをテキトーに煮たものと、豚ひき肉の味噌炒めを作った。夕食後、少し長めに宵寝をして、深夜にふたたびクッキングタイムとなり、いつものカレーを作った。今回ちょっと油が多かったかな。味を整えるのに少し苦労した。
話題がなんだか料理したとか洗濯したとかばっかりだ。つまらなくてもうしわけない。
朝食には冷奴と味噌汁と野菜サラダと、あとはお漬物。洗濯して外に干してから天気予報を確認したら「もうすぐ雨だぜ」との予報だったのであわてて内干しに変更した。確かにその後から雲が増えてきたが、さて降るのか降らないのか。まあ、松山ではよくある話だ。
昨日の夕方締切った集中講義のレポートを読んで採点する作業を午前中に済ませ、あちらの事務に結果を提出した。レポートを提出した人は全員それなりに合格だから安心せい。
昼にはすだちおろしうどんを作る。爽やかな食感が暑いこの時期に合うのだが、そもそも夏のこの時期の大根は硬くて辛いし、真夏にすだちというのもおかしな話で、本当はすだちおろしうどんなんてものは、秋から冬にかけての食い物なのかもしれない。
午後は三越のジュンク堂書店に行った。午前中に青空文庫でオマル・ハイヤーム『ルバイヤート』(小川亮作訳)を読んだので、岩波文庫版を買って解説(長くて詳しくて面白い)を読むのだ。オマル・ハイヤームは、当時の代数学の最先端の研究課題であっただろう三次方程式の幾何的解法を研究した数学者であり、暦法の改革にも携わった天文学者であり、現実の政治にコミットしていたという説もあり、そのうえ歴史に名だたる詩人なのだ。なんともマルチな人材ではないか。現代の、特に日本の社会は、こういうマルチな人材を極力生みださないようにできているのかもしれないけど、そのあたり、どうなんだろうね。
ジュンク堂ではこれと岩波文庫版『ダフニスとクロエー』(松平千秋訳)そのほか、あわせて4冊を買った。あとの2冊についてはいずれまた。
ジュンク堂を出たあと、堀之内公園を通った。おじさん4人組のバンドがいろいろなつかしい歌を演奏していた。堀之内でビヤガーデン的なイベントをやるらしいが、時間的にまだ早かったし、すでに片手に缶ビールを持っていたので、バンドのリハーサルをひとしきり聴いてから、何も飲み食いせず退散した。
それから、例によって一色楽器に行って油を売ってきた。毎回暖かく迎えてくださって、とてもありがたいが、これは完全に仕事の邪魔をしている。ほどほどにせねばならない。
帰宅してみるとムスメは外出している。晩飯をどうしたものか。
昨晩未明にきょうの講義の準備作業をしたので、ちょっと睡眠不足で大学に来た。とにかく大学院の解析学概論の講義をする。きょうが千秋楽だ。無限次元ヒルベルト空間では、自己共役な有界線形作用素でも固有値を持つとは限らないという例を見せて、コンパクト自己共役作用素の場合は固有ベクトルによる直交分解ができるという結果を証明した。本当ならこの結果を積分方程式の解析に応用するという話をしたかったわけだが、先月仙台行きのために1度休講にしてしまったせいで回数が足りなくなったのだ。
その仙台での集中講義のレポートが今日締切なので続々とメールが届く。折り返し確認のメールを送る。17人から提出があった。まあこれくらいでしょ。ざっとレポートを確認してみると、講義内容のレポートと問題の解答のほかに、感想を書いてくれている受講者もいたり、なんなら講義に全然関係なく《「て日々」の更新を楽しみにしてます》とかまで書いてあって、ちょっと面白い。
夕食には山かけ蕎麦と豚の冷しゃぶを作った。けっこうお腹いっぱいになった。
朝食は厚揚げの煮付けと小松菜の煮浸しと野菜サラダ。午前中に学生のアポがあるので、弁当を持って大学へ行く。午後には卒業研究ゼミで『記号論理入門』第4章を済ませた。きょうのうちに明日の大学院の授業の段取りをせねばならんが、その前にせねばならん晩飯の段取りが気になってとりかかれない。親子丼にした。授業の準備は夕食後に一眠りして深更にゴソゴソとやることになった。締切ギリギリにあわててレポートを提出する学生と、やっていることはまるきり同じである。ということで、明日が締切の東北大の集中講義のレポートもギリギリまでちゃんと待ちますからね。
昨日の熱は1日で下がった。今朝は《大学のキャンパス内に老舗の大きな酒屋があってオシャレな角打ちまでやっている》という夢を見た。そんな素敵な大学があったら、すぐにでも転勤したいぞ、などと寝床でぼんやり考えているところへ、玄関が開いて、ムスメが到着した。朝6時半ごろだ。こちらも起き出して飯を炊く。朝食には、ひじきの炊いたのと冷奴と野菜サラダを出し、即席のしじみスープを添えた。
熱は下がったし喉の痛みも咳もだいぶおさまってきたが、大事をとって、今日も自宅で作業する。先日の依頼原稿を版元へ送った。教室のウェブサイトの更新作業をした。午後にはリモート会議がある。
昼は手作りカレーでライスカレーにした。リモート会議のあと、お惣菜の追加でおからの炊いたのを作った。今回はなんだか薄味になったがまあいい。池波正太郎『食卓のつぶやき』(中公文庫)を読み終えた。さて次はなにを読もうかな。うん、あれとあれにしよう。
夕方には歯医者に行った。診察券をどこにやったか、見当たらない。あいかわらず物品の管理がイーカゲンだ。歯医者の診察券はまだ取り返しがきくが、マイナンバーカードやなんかをこの調子でなくしたら、まったく洒落にならないから、気をつけよう。
晩飯はキハダマグロの山掛け丼にした。きょうはムスメが帰ってきたおかげで少々舞い上がってしまったようで、だいぶ食費につぎこんだ。明日からはもうちょっと堅実にいこう。
朝起きたら少し熱っぽい。微熱だが、きょうは大人しくしておく。ピアノのレッスンもお休みさせてもらう。
ムスメの荷物の搬入は無事に終わった。結構大量だが、どうなることやら。んで、ムスメ本人は、明日の朝に松山に着くそうだ。
そろそろ公表するが、ムスメが京都のアパートを引き払って、いっとき松山に戻ってくる。明日には荷物が搬入されるので、朝のうちに、散らかり放題のムスメの部屋を少し片付け、表のカーポート周りをざっと草引きした。
先日うちの洗濯機を処分したのも、このことと関係がある。ムスメが京都で使っていた洗濯機は、俺が2018年9月にアパート住まいを余儀なくされたときに買ったものを持っていったのだ。松山の自宅で使っていた洗濯機が故障気味だったので、ムスメの引っ越しを期に、ムスメが使っていた洗濯機を取り返すことにして、松山で使っていたぶんを処分してしまった。
それとオーブントースターだ。これも俺が2018年に買って使っていたものを運んでムスメが京都で使っていた。松山の現有のオーブントースターも悪くはないのだが、どうも火力がおとなしく、ピザを焼くと歴然とした違いがある。できればオーブントースターも取り返したい。
あと、うちにはいまヘアドライヤーがない。俺自身はそれほど困っていないが、ないとムスメが困るだろうから、これも持って帰らせる。
さてきょうは海の日だ。軽い昼食の後は、電車で高浜まで海を見に行った。高浜から観光港まで歩き、ロビーで少し涼んでから引き返して帰りは梅津寺から電車に乗るという、おなじみのコースをたどった。日差しが強烈で空も海も真っ青だった。気温はしかし29度から30度で、ひどく暑いというわけではない。
夕方からはかみなりこんにゃく、ひじきの煮物、それからいつものカレーを作った。
朝食・服薬のあと、自転車で参院選の投票に行ってきた。今回は比例区でだいぶ迷ったぞ。まあそれはともかく、投票を済ませて、その足でエルベに行っていつもの鶏もも肉を買ってきた。とはいえ、先週作ったカレーがまだ少しだけ残っているので、次のカレー作りは明日にする。
倅は、なぜか未明に目が覚めたので、眠れないことに居直って投票所に一番乗りして空票確認してきたのだそうだ。
昼食後に 根本橘夫『新版「自分には価値がない」の心理学』(朝日新書, 2025年) を読み終えた。大事なことをいろいろ学べる本だが、読むこと自体が楽しい本というわけではないので、3日もかけてしまった。並行して、池波正太郎『食卓のつぶやき』(中公文庫, 2021年)をつまみ食い的に読む。こちらはとても楽しい。他書肆と比較して、中公文庫は飲食に関するエッセイ本のラインナップが充実している気がする。
午後にはMONKへ、関家さんと石本さんの «The DUO» のライブを聴きに行った。関家さんがMCで湊町の 炎やラーメン (このごろは えんや と表記しているっぽい)を強くお勧めしていた。ライブの後にカズノさんと食いに行ったら、同じライブに来ていた他のお客さんも三々五々やってきて面白かった。
朝からいい天気である。絶好の洗濯日和だが、洗濯機がない。まあ、近所のコインランドリーに行くことにしよう。洗濯が済むのを本を読みながら待ち、乾燥機は使わず、持ち帰って天日に干した。乾燥機でパリパリのふわふわに乾かすのもなかなか楽しいものだが、きょうはなにしろいい天気だし、時間もまだ朝の9時半だからな。
午前中は、ぶなしめじの佃煮を作り、原稿書きをした。5月の下旬に依頼を受けた小さな案件で、主な部分は6月中に書いてあったが、それだけでは論旨の説明がいまひとつ十分でなかったし、また分量的にも足りなかったので、いろいろ書き足して、一応の形にした。締切は再来週の週末である。推敲する時間はまだだいぶある。
いやしかし、これから月末まではやることがたくさん溜まっているなあ。
昼食はマルちゃんのやきそばで簡単に済ませた。具はピーマンとちくわと桜エビと天かすだった。昼食の片付けをしたあと、小松菜の煮浸しを作った。
洗濯物を取り込んでから街へ出かけ、いつものように一色楽器で油を売ってきた。きょうの一色楽器ではなんやかやと事件が起こった。いやあ、生きていればいろいろあるわ。
昨晩寝ている間にけっこうな雨が降ったらしい。電車で大学へ行く。市内電車を普段なら赤十字病院前で降りるのだが、きょうは思い立って平和通一丁目で降りた。赤十字病院が建て替えられてからは、ちょっとの違いでこっちの電停のほうが病棟には近い感じになってしまった。いやまあしかしきょうは病院には用はない。電停近くのセブンイレブンに入ったことがなかったから、ちょっと寄ってみようと思ったのだ。理学部の裏の店と品揃えが微妙に違って面白い。珍しくエナジードリンクなんぞを買ってセブンイレブンを出たら、雨は小止みになっていた。
金曜の午前には大学院の解析学の講義をする。有界線形作用素の共役(随伴作用素)の話、自己共役作用素の話。自己共役作用素のノルムについての評価式 \[ \|A\|=\bigl\{\,|\langle Ax,x\rangle|\,:\,\|x\|=1\,\bigr\} \] の証明を丁寧にやったら、固有値の話をする時間がなくなった。この授業は次回で終わりである。なんだか尻切れトンボになりそうだ。どう着地するか決めねばならない。それに成績評価もせねばならない。
と、ここまで書いて次のパラグラフに何を書こうかと思っていたら、Visual Studio Code に組み込まれた Copilot さんが、次のような提案をした:
この授業のために、成績評価の基準を明確にしておく必要がある。学生たちには、講義の内容をしっかり理解してもらいたいし、最終的な評価に反映させたいと思っている。
具体的には、講義の出席状況、課題の提出状況、試験の成績などを総合的に評価する方針である。学生たちには、これらの基準を理解し、自己管理を徹底してもらいたい。
俺はあんまりそういうことを言わないし言いたくない。しかし時代の流れなんだろうね。
今日の午後は、午前中の講義で触れた話題に関連して、実対称行列の固有値と、その行列が定める二次形式の値との関係について考えた。ホワイトボードにごちゃごちゃ手計算したり、Desmos 3D で作図したりして、けっこう楽しかった。\(2\times2\) 行列の場合は簡単だし、\(3\times 3\) 行列の場合も感じはわかったが、これ、一般次元で成立する話なんだろうか。
ここは今後のために、少し詳しく書いとこう。2次の実対称行列 \(A\) の固有値は、\(\bm{x}\) を実単位ベクトル全体にわたって動かしたときの、二次形式 \({}^t\bm{x}A\bm{x}\) の最大値と最小値である。そして最大値・最小値を与える単位ベクトルが、それぞれの固有値に属する固有ベクトルになっている。このことはすぐにわかる。3次以上の実対称行列になると、固有値が3つ以上になり、最大値・最小値だけではすまないので厄介だが、3次実対称行列 \(A\) について Desmos 3D で作図してみたところ、\(\lambda\) が \(A\) の固有値である場合に、二次曲面 \({}^t\bm{x}A\bm{x}=\lambda\) と単位球面 \({}^t\bm{x}\bm{x}=1\) との交わり方に顕著な特徴があるように見える。この「顕著な特徴」をうまく定式化し、より高次元の場合に発展させられればいいのだが、最大でも最小でもない固有値のときの扱いが難しい。まあ、とっくの昔に誰かがすでにやっているとは思う。だが、これが複素数係数のエルミート行列や無限次元の自己共役作用素の話になると、さてどうなんだろうか。(Copilot が思いのほか詳しく知っているかのような文をあれこれ提案してくるので面白がっているが、採用しない。)
そして、ここまで書いたあと Copilot さんが提案してきたのは次の文だ:
帰り道は自転車で帰る。自転車で帰るのは久しぶりだ。やっぱり自転車はいいなあ。自転車で帰ると、家に着くまでの時間が短い。歩いて帰ると、家に着くまでの時間が長い。自転車で帰ると、家に着くまでの時間が短い。
いろいろコメントする気にもならないが、一言だけ言えば、きょうは歩いて帰ったのである。
午前中に母と倅に仕送りをする。午後の卒研ゼミでは『記号論理入門』の付録 I 前半と、第4章§5をやっつけた。ちょうど卒研ゼミの始まる時間ごろに、雨がざあざあ降り出した。夕方まで降ったり止んだりである。夕方には医者にいかねばならないのだが、大学に自転車を置いていくと、明日の出勤が面倒だ。まあ、しゃあない。小雨がパラつく中を、自転車で医者に向かう。
三浦佑之『100分de名著books 古事記』(NHK出版 2014年)を読んだ。三浦は古事記が天武天皇によって語られ稗田阿礼によって伝えられたという序文の記述に疑義を呈している。そういう公的記録であるにしては、出雲国をはじめとする敗者の記述が丁寧すぎ、かつ、皇家の権勢争いのドロドロした記述が詳しすぎる、というのだ。ちょうど平家物語が敗者平氏でも勝者源氏でもない人々によって語り継がれたように、古事記も、大和でも出雲でもない人々の観点から語られた物語であろうと、三浦は見立てる。大和朝廷が日本を統一する前には、日本海側に筑紫から出雲、
弁当を持ってきょうも徒歩出勤で、滝のような汗と右のかかとの靴擦れ。研究室に着いたら一時的に半ズボンに履き替えてしまう。きょうも教育・研究の現場そっちのけで文書とメールが飛び交う。まあこれも仕事だから仕方ない。
いつものようにサボりサボり読んだのでずいぶん時間がかかったが、柄谷行人『定本 日本近代文学の起源』(岩波現代文庫)を読み終えた。難しい本だった。俺が受け取ったことを、うんと約めていえばこうだ。日本では明治20年代に近代国家としての制度面が確立していくのだが、それと並行して日本近代文学が確立していくことが、たんなる偶然ではないという話だった。というのも、政治制度という権力装置は国家をつくるけれども、国家(あるいは民族)として統合された国民の意識をつくるためには別の装置が必要であり、それがすなわち共通の言語だというのだ。共通の言葉の確立という役割を、望むと望まざるとにかかわらず担うのが、文学である。言文一致という新しい書き言葉の成立が、日本近代文学を始めると同時に、近代国家としての日本もそこで始まったというわけ。この考察が全体のサワリだと思うけど、そのほかに「風景」「内面」「遠近法」などのキーワードをめぐって議論が展開される、刺激的な本であった。
夕方からは、一番町のサルバトーレで菊池誠(神戸の)を迎える。これがあるのできょうは自転車通勤ができなかったのだ。ともかく、懸案のあの(詳細はまだ言えぬ)企画について話し合う。知らん間に企画の面白さが増えていて、さらに、俺の関与すべきところも増えていて、ううむ。大丈夫なのか。
曲がりなりにも研究打ち合わせが済んだところで、河岸を変えて、ロープウェイ街のむかい酒店の角打ちで初雪杯を飲みつつ、今度は放談である。一階述語論理が世界制覇できたのはどこかで道を誤った結果ではないか、とか、近代のあれやこれやの思潮の範例としてニュートンの力学が考えられないか、とか、リーマン幾何学をちゃんと勉強してから権力論に応用すればいいんじゃないか、とか、まあ無茶苦茶なのだが、こういう話を面白がってできる相手は松山にはいないし、菊池誠(神戸の)が言うには神戸にもいないらしい。そのうちこういう無茶苦茶な話題を巡ってなにか著作をものして、皆にボロクソに批判されるのも、あるいはオツなものかもしれない。
雨上がりだった昨晩から今朝にかけて、ずいぶん涼しかった。一夜開ければ太陽の光が強烈な普通の夏の日だ。昨日やり残した公開講座の残務を済ませよう。案内板を倉庫に戻し、アンケートを整理して、報告書を書く。後援してくれた部署への報告書に書く数字を間違えて委員長に指摘されたり、多少のやらかしをやらかしながら、どうにか片付ける。
夜にはピアノのレッスンに行く。運指の決まっていないところがいくつかある。片手ずつゆっくり練習して、指づかいを決めよう。
昨晩はリビングで寝落ちしてしまい、気づけば朝6時だった。作ったカレーで朝食にし、弁当を適当に詰めて、電車で大学へ行く。
なにしろ天気が悪い。いろいろやる気が出ない。昨日使った案内板を返しに行くのも雨では厄介だ。せめて昨日の公開講座のアンケートのスキャンくらいはやっとこうか思ったときにはもう遅く、14時半にD教授ととある文書案のやりとりをした後に、急遽家に帰らねばならん事情ができた。
というのも、いろいろの事情で洗濯機の処分をリサイクル業者に頼んだら、もろもろ調整の結果、きょう取りに来ることになってしまったのだ。ということで家に帰って、さしあたり洗濯機の周囲のものを移動させて待った。搬出はあっという間に済んだ。あらためて確認してみたら2002年製造の洗濯機で、20年以上にわたって働いてくれたことになる。ありがたいことだ。それにしても、取り除けられた洗濯機の下の空間の、まあ汚かったこと。
さて、次の洗濯機が届くのは来週の22日である。1週間は洗濯機なしで過ごさねばならん。
夕方には歯医者に行った。右下の奥歯に銀歯をかぶせてもらった。
きょうは理学部公開講座のために出勤する。10時半ごろに大学に着き、案内板などを設置した。公開講座が始まるのは13時半で、ずいぶん余裕があると思っていたが、会場の設営などなどしていると、けっこう忙しく時間が過ぎて、あっというまに開始時間となった。
講義は2件あって、非線形シュレーディンガー方程式でモデリングされる光ファイバー内で電磁波のエネルギーが散逸する様子の解析の話と、自由エネルギーという観点から化学反応の向きやタンパク質分子の形などの現象を予測するという話。どちらも面白かった。去年も思ったが、質疑応答などみていると、「一般参加者」のなかに、驚くほどレベルの高いことを聞いてくるひとがある。くれぐれも、一般ぴーぽーを侮ってはいけない。
Zoomでのオンライン配信もしているので、会場に来る人はすこし少なくて、事前申し込み11名に対して、欠席1名、申し込みなしの参加者2名、それに、別系統の高校生向けチャネルから来た2名がいて、計14名に、スタッフ・関係者が10名ほどいたかな。主催者側発表としては会場に24名いたことになる。オンライン参加者の人数はどうだったかな。
公開講座が済んで撤収作業をしていたら、会場に忘れ物があった。いろいろの身分証明書の入ったカードケースだ。これは大変。持ち主に連絡をとろうにも、事前申し込みなしの参加者で、名前以外は聞いていない。ひょっとして取りに戻って来るかもしれないと思ったので、同じ会場で引き続き行われた高校生向けの講演会を聴講しつつ待っていた。講演は宇和海の漁業で用いられた集魚灯の変遷という話で、なかなか面白かった。講演がそろそろ終わろうかというころ、忘れ物の持ち主が現れ、無事に返却できてひと安心。よかったよかった。
帰り道には、日曜日の恒例でエルベに寄って、肉やらトマトの缶詰やらの食材を買った。先週と同様に、まずスペアリブをフライパンで焼く。次はひじきの煮物なのだが、スペアリブを焼く前に乾燥ひじきを戻す工程を始めておけばよかった。そしてまた油揚げを買うのを忘れた。それに生姜を買うのを忘れたのでいつものカレー作りができない。急遽、近所のスーパーに走って生姜を買い足し、さて、カレー作りだ。前回のカレーは何をどう間違えたのか、旨味というものがぜんぜんなかった。その反省をしつつ、さていつものカレーをどう作るか。
朝食のあと、シャワーを浴びて洗濯をする。洗濯機はなにしろ故障気味で、きょうもぐずぐず言いながら動いている。洗濯が終わってしまえば、気持ちよく晴れた空の下で乾しておける。きょうも暑くなりそうだ。
この洗濯機を近々処分する。新しいのを買うのであれば、家電店が回収を引き受けてくれるから話は簡単だが、今回はそうではない。だから、こちらが処分費用を負担することになる。自分は車を運転しないから、リサイクル業者に回収に来てもらうことにする。洗濯機を手放すといったからとて、洗濯機なしの生活を始めようというわけではないのだが、その話はまた今度。
というわけで午後から出かける。リサイクル業者に話をつけ、古本屋を冷やかし、いつもよりちょっと早めに一色楽器に行ったら、俺のと同じ型のテナーサックスを最近購入した元プロスポーツ選手の人が来ていたので、初心者なりの練習の仕方について少し話をした。ずいぶん感謝されたが、たいした話はしていない。できるわけない。ただ、力を抜くこと、楽な姿勢で楽に息を吐くこと、羊羹みたいにまっすぐな音を出すのを常に意識すること、自分の理想の音のイメージを持つこと、そういうアドバイスをしたまでだ。そしたら、理想のテナー吹きということで、Angello Torres というプレーヤーを教えてもらった。うんうん。これはいいぞ。
その後、炎やで赤ラーメンを食い、ひさびさにオレギョに行った。なかなか充実した1日で楽しかった。
さて、俺にとって理想のサックス吹きは誰だろう。サム・テイラーとマイケル・ブレッカーはすぐに思い浮かぶが、両者の路線が違いすぎる。チャック・マンジョーネのバイ・プレーヤーだったクリス・ヴァダラとか、初期のリターン・トゥ・フォーエヴァーにいたジョー・ファレルは好きだが、ちょっと好みがニッチだ。清水靖晃の音楽もいい。だけど、それではそういう音を出したいかというと、ちょっと違う気がする。スタン・ゲッツ、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン… どうなんだ。ううむ。まだまだ勉強が足りない。
朝一番から教室会議があり、それが済んだらすぐに大学院の解析学の講義である。講義では、ヒルベルト空間でのリースの表現定理をやり、有界線形作用素の定義をして、射影作用素が有界線形作用素であることなどを証明して、共役作用素の議論に入ったところで時間切れとなった。この講義の残り回数はあと2回なのだが、さて、どこまで話せるだろうか。
午後には、明後日の理学部公開講座の段取りを進める。会場へ誘導するための案内板、受付デスクの表示、参加予定者リスト、アンケート用紙などなどを用意する。学部長に開会の挨拶をしてもらうことになっているので、念のために開会時間を知らせるメールを送る。昨晩一斉送信した案内メールが配信できなかった参加希望者には、電話連絡もせねばならない。
あと、夕方にはもう一件、8月に実施するある事業の打ち合わせで1時間ほど話し合った。
そんなこんなで、きょうはふつうの人なみに仕事をした。おかげで、帰宅して飲んだビールがなかなか美味しかった。
歩いて大学へ行き、パソコンに向かっていろいろの事務仕事をする。教室のホームページに載せるデータを整理し年度ごとのPDFにする。今週末の理学部公開講座の案内メールを送る。月末のTGSAセミナーの告知をWebに載せる。それに、明日の大学院の講義の心配もせねばならん。
神戸大学のブレンドレさん(Jörg Brendle)の還暦記念のカンファレンスが9月の頭に神戸で開かれるので、出席することにして、宿をいつだったか泊まった湊川神社の前のあそこに手配した。9月の第2週には、今回18回目となる Asian Logic Conference が京都産業大学で開催される。こちらのほうが数学基礎論研究者にとって重要な大きなイベントなのではあるが、いろいろの事情で不参加とさせてもらう。関連して、いつもの3人、菊池誠(神戸の)・黒川英徳(金沢の)・池田真治(富山の)に連絡をとったら、菊池誠(神戸の)が来週松山を訪ねてくることになった。
帰り道も歩く。ブックオフに寄って、飲食にかんする本を何冊か買った。
スーパーで牛すじと大根と厚揚げを買ってきて、煮物を作る。牛すじは小さく切り、大根は6つ割りに切る。油で肉を炒め、肉の色が変わったら大根を加えてさらに炒め、だし汁と醤油を加えて煮る。15分煮てから厚揚げを加え、ほんのちょっと水を足して、さらに30分煮込む。
鍋でコトコト煮込みながら、今日届いた G.E.Hughes and M.J.Cresswell, “A New Introduction to Modal Logic” (Routledge, 1996)を吟味する。来年度あたりゼミのテキストにどうだろうかと思って取り寄せたのだ。最初の章をちょっと読むだけでも、たいへん丁寧に書かれた教科書であることがよくわかる。「フジタさん、公刊から30年近く経つこの名著を今まで読んだことなかったんですか」という
Open Logic Project というプロジェクトが Creative Commons ライセンスのもとで公開している様相論理の教科書 “Boxes and Diamonds — An Open Introduction to Modal Logic” を Amazon.co.jp が印刷・製本したものも同時に取り寄せた。安かったからな。しかし Open Logic のコンテンツは随時更新されるようなので、こちらは製本版より、最新のPDF版をPCなりタブレットなりで見る方がよさそうだ。
この頃はピアノのレッスンに行くたびに「もっと表現せんか」「こぢんまりとまとまってどないすんねん」「何をやりたいかもっと考えたらどや」と先生に(いや、もうちょっと柔らかい言い方ではあるが)言われている。これまでの演奏を振り返るに、それは的確なアドバイスである。この「て日々」の過去ログをちょっと繙けば明らかなことだ。思うに、俺は何か根本的なところで練習の仕方を勘違いしているのかもしれない。なんというか、俺が思っている「ちゃんと弾ける」ということが、音楽として聴けるかどうか以前の、楽譜をミスなくさらえているか、というレベルに止まっているのだろう。
たとえば就職なり入学なりの試験で面接をするときに、志望動機やらなにやらを、いかに美文調のけっこうな文章にまとめてもらっても、それを抑揚のない棒読み口調で話されては台無しだ。それよりも「なんじゃコイツは」と思わせながらでも、自分の言いたいことを自分の生きた言葉でしゃべるやつの方が、よほど印象に残る。ピアノの演奏でも、「あの人、何が言いたいのか結局わかりませんでしたなあ」と言われるよりは「あの人、自分のやりたいようにやりまくってましたなあ」と言われるほうが、まだしもいい。
それはそうなのだが、表現以前のところで、楽譜がさらえていないのではどうしようもないというのも、俺には本当だと思える。本番で安心して弾ける状態でなければ、表現もへったくれもない。この「表現せにゃ意味ないぞ」と「楽譜ちゃんとさらわんといかんぞ」を調和させる道はただひとつ。練習あるのみだ。
昼休みに教室会議があった。その後に弁当を食べて、今週末の理学部公開講座の準備作業を少しした。『カレー記念日』を読み終えた。このごろこういう飲み食いの本ばっかり読みたくなる。
今年も誕生日がきて、61歳になった。
Wikipediaには7月7日という項目があり、過去の7月7日にどんな出来事があったか、7月7日生まれの有名人にどんな人がいるか、なんてことが載っている。7月7日生まれの有名人といえば、作曲家グスタフ・マーラー、ウェザー・リポートのシンセサイザー奏者ジョー・ザヴィヌル、ビートルズのドラムのリンゴ・スター、歌手の上田正樹や研ナオコ、作家の塩野七生や池澤夏樹、画家マルク・シャガール、などなど。行事や記念日としては、七夕のほかに「冷やし中華の日」なんてのもあるらしい。
7時過ぎに起きた。朝食にスパゲティを食べた。そのあと、きのう買って昨晩寝床で半分読んだ村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫, 1999年)を読み終えた。村上春樹ならではの気の利いた紀行文と奥さんが撮ったという色鮮やかな写真に誘われて、スコットランドやアイルランドに行ってみたくなった。
きのう買ったもう一冊の本は中央公論新社編『カレー記念日』(中公文庫, 2024年)だ。カレーをめぐるエッセーを集めたアンソロジーである。こちらは読み終えてもインドに行きたくはならないだろう。たぶん。
『カレー記念日』を読みながら豚スペアリブをフライパンで炙る。冷蔵庫から出したスペアリブをフライパンに並べてスパイスを振りかけ、蓋をしてしばらく(今日の場合は40分ほど)置いて常温に戻す。これまでは強火で調理していたが、どうやらそれは悪手であったようだ。まず強火でフライパンを温めてから、弱めの中火か、なんなら弱火で、時間をかけて(今日の場合はまず骨を上にして10分、裏返して5分)焼くのがいいと学習した。フライパンに残った脂にトマトケチャップとウスターソースを混ぜて(って、脂とケチャップは混ざらないけど)焼けたスペアリブにつけて食べた。なかなかおいしかった。
スペアリブの残りを冷蔵庫にしまったら、今度はいつものカレー作りをする。いつものように作るのだが、最初にクミンシードを油で煮るときに弱めの火で時間をかけたり、玉ねぎを炒めるプロセスで火加減に気をつけたり、そのあたりを初心に帰って丁寧にやったつもりだ。だが、鶏肉を切るところと、トマトを潰しながら炒めるところは、ちょっと雑だったかもしれない。それと、思いのほかカイエンペッパーを入れすぎたかもしれず、普段に増して辛口になった。まあそれはそれで、悪くはない。あと気をつけたのは、これまで鶏肉とほぼ同時に鍋に入れていたピーマンを、鶏肉に火が通った頃合いに入れるようにしたことだ。これまでは煮すぎたピーマンがヒモみたいになってしまっていたので改めたのだ。そのほうがピーマンの味が効いて、カレーの風味に奥行きを与えてくれる気がする。
さて、夕方からはあの白石バンドの飲み会がある。シャワーを浴びて浴衣がけで出かけた。会場はいよてつ高島屋8階のビアビュッフェ。参加者は8人。平均年齢高めの飲み会なので俺としても気楽だったし、白石先生にとっても気軽に好きなことが言える会だったらしく、始終ご機嫌そうだった。なによりのことだ。
飲み会の席の隣のテーブルに、ムスメの同級生と倅の同級生のダブルママ友的な人(っても俺はママじゃないけど)がいて、ものすごく久しぶりにご挨拶できたのは嬉しいサプライズだった。ムスメの同級生のお嬢さんがモデルさんみたいな美女になっていてびっくりした。
朝3時半ごろに目が覚めて、しばらくはゴロゴロしながら本(柄谷行人『定本 日本近代文学の起源』(岩波現代文庫, 2008年))を読んでいた。4時半ごろに起きてシャワーを浴びた。5時過ぎに朝食。そのあと7時すぎまで二度寝。
今日は大学院入試のための休日出勤である。業務は9時からだけど、少し早めに出よう。荷物を少なめにして、歩いて行く。8時過ぎに大学に着いた。
入試の実際について書くのはさすがに控えよう。11時半ごろに業務は終了した。街へ歩いていく。ロープウェイ街のスパイスカレー屋さんライラックデイズカフェで昼食をとり、それから花園町のマツヤマ楽器に行った。きょうは誰でもスタインウェイを弾かせてもらえるというので、自分もネタを仕込んで行ったのだ。用意した曲は「マイ・フーリッシュ・ハート」で、これはコードだけを紙にメモして行った。あと1曲、いつも弾いている「ジェルソミーナのテーマ」を、こちらはソラで弾いた。どちらも素人芸だが、まあそれはそれで許してもらう。この2曲くらいは、いつでもどこでも弾けるようにしておきたい。
俺の後には小学生の男の子2人兄弟が「君をのせて」と「翼をください」を弾いた。傍で聴かせてもらって「どっちも大好きな曲だよ、ありがとう」と、これは嘘ではない。
そのあとにも子供たちが順番待ちをしていたようだが、俺はそこで(まことに結構な記念品をもらって)失礼して、いよてつ高島屋の紀伊国屋書店に行った。文庫本を2冊買った。
地下BALに行った。ビール1杯で済ませるつもりだったが、常連仲間のヨシコさんが来たり、酒癖の悪さで定評のあるアメリカ人のRnDが来たりしたので、結局4杯飲むことになってしまった。RnDはシラフのときはとても知的な男で、酔っ払ってもその片鱗(と、わけのわからないプライド)は見え隠れしている。きょうも俺に、酔っ払いならではの赤い顔で「数学の問題を出せ」というから、小学生でも解ける幾何の簡単な問題を出したら、さすがに即答した。いや計算問題を出せ、というので、 \[ x+y = 1 \\ xy = -2 \\ x^2+y^2=\text{?} \] というのを出そうとしたら、これは店主ミチコさんが先に解いてしまった。RnDに類題 \[ x+y = 1 \\ xy = -2 \\ x^3+y^3=\text{?} \] を出したら、これはわからなかったらしい。\((x+y)^3\) の展開の公式を知らなければ仕方がない(いや、知らなくても、正直に展開して整理すればいいじゃんかとも思うし、2次方程式の解と係数の関係を知っていればなんとかなるのだが)。ううむ。それならいっそ \(x^4+y^4\) を尋ねればよかった。これなら2乗の展開式の繰り返しで話は済むからな。いずれにせよ、RnDの口車に乗せられて、ずいぶん無粋なことをしてしまった。
そのあと一色楽器に社長の顔を見に行って、そのあとは萱町のエルベで鶏肉やら何やらを少し買って帰宅した。
午前中に大学院の解析学概論の講義をした。ヒルベルト空間の閉部分空間への直交射影の存在証明をし、連続線形汎関数の定義をして、有界性と連続性が同値だということを言い、いくつかの例を示したところで時間切れになった。というわけで、リースの表現定理は次回に持ち越しである。
あしかけ3日がかりで佐々木敦『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書, 2025年)を読み終えた。俺も仕事でものを書くことがないでもないので、参考にしよう思って読んだのだ。著者は、音楽や映画や文学の批評を主なフィールドとして書くことを長年仕事にしてきた人で、その著者が「書くこと」という不思議な行為について考え、かつ、仕事としての書く実践について語っている。哲学とまでいうとちょっと大袈裟かもしれんが、この本の中身はもっぱら「書くこと」についての省察である。間違っても、最近の書店の棚を埋め尽くしているような「すぐ役立つハウトゥ本」の類ではない。読んでみて、参考になったというか、いろいろ考えるべきことが増えた感じだ。しかし、それはそれとして、あれもこれも書かねばならないという事情に、変わりはない。
木曜日には午後に卒業研究ゼミがある。教員採用試験が近いため2名が欠席。就職のためなので、まあ仕方がない。前原昭二『記号論理入門』の第4章§4まで進んだ。6月と7月はうちのゼミが演習室の掃除当番なのだが、先月26日は俺が不在でゼミがなかったので、きょうのゼミ終了後に6月分の掃除をした。今月末31日のゼミの後、きょう欠席した2人に今月分の掃除をしてもらう予定。
ゼミの後は明日の解析学概論の講義の準備をする。閉部分空間、直交射影、連続線型汎関数についてのリースの定理などについて話す予定だ。時間が余るようなら線形作用素のことにも触れよう。
卒業生の上甲さんが研究室を訪ねてきた。来週開かれる、村上水軍の末裔だという画家の個展《画家 AMA COODER MURAKAMI 色想う次元の旅 目に見えない色の世界を描く》の、実行委員長を上甲さんがやっているというので、チラシを何枚かもらった。来週8日から13日まで。会場は萬翠荘だ。時間をみつけて行ってみねばなるまい。
夕方に研究室の電話が鳴った。外線から研究室にかかる電話には出ないことにしているので、留守電が反応するままに放っておいたけれど、参議院選挙についてのRDD世論調査だった。2021年と去年には同様のRDD調査がスマホにかかった。今回が3度目だ。国政選挙のたびに電話がかかるとは、ずいぶんと調査が大規模化しているのだろう。
かつて電話調査には膨大なマンパワーが必要だったが、電話をかけデータを集めるところが機械化された結果として、このごろは調査のコストもずいぶん下がったのだろう。広く調査すればするほど推定の精度が上がり、調査の信頼度が増す。そうすればデータの価値も上がる。調査会社としては可能な限り大規模に調査したいところだし、調査の信頼度が増せば、少々高い金を払ってでも調査結果を買いたいという陣営も出てくる。当分この傾向は続くだろうな。
少し気になったのは、今回の電話は、固定電話にかかった調査であり、番号からも固定電話であることが事前にわかっていたはずなのに、調査の前に、電話を受けた世帯には何人の有権者がいるのかとか、そういうことを一切尋ねられなかったことだ。もしも一般家庭の固定電話にかかったのであれば、有権者が複数いる可能性を考慮する必要があり、複数の有権者からさらに無作為に1人を選ぶ必要がある。従来、調査の公平性(ということは抽出の無作為性)を担保するために、RDD電話調査はそのように行われていたはずなのだ。今回そのような手順を踏まずにいきなり選挙にかんする質問が始まったのは、こちらが個室のオフィスであることを、事前に知ってでもいたのだろうか。そうとも思えないので、ちょっと訝しかった。
青空文庫で嘉村礒多『途上』(1932年)を読んだ。Wikipediaで嘉村の作風は「破滅型私小説」と評されている。醜悪さ弱さを背負って刻苦する自分というのがテーマであり、読んでいて楽しくはないが、先日読んだ堀辰雄「不器用な天使」や梶井基次郎「冬の蝿」と比べると、自分に酔う感じが少ないからか、多少の好感がもてる。
午前中は完全にぐったりしていた。とても仕事にならん。午後は気を取り直して、少し文献を読んだ。昨日ちょっと事情があってやり残していた資金の移動の最後の詰めも済ませた。夕方から歯医者に行った。奥の虫歯にかぶせる銀歯の型取りをしてもらった。作りおきのカレーで夕食後、散歩に出かけ、帰宅してシャワーを浴びてから、おからを炊いた。
本と出会うことについて考えた。
本と出会うことは、人と出会うことと同じで、どんな本でも、最初は他人行儀なものだ。いままで読んだことのない著者の本なら、なおさらである。最初の数ページはどうしても「なんじゃこの本は」という気持ちになりがちだが、その違和感は乗り越えるべきだし、乗り越えられる。それで初めて、深い付き合いが始まったり、あるいは始まらなかったりする。というのはつまり、相手との適切な距離が取れるようになる。人との出会いと同じだ。
直感の9割は正しいなんて本もブログも無数にあるし、対人関係での直感的な判断力を自慢する人もいるが、俺にはそんな判断力はない。(くやしまぎれに、彼らが直感と呼んでいるものは実は直感ではないという論陣を張りたくなるが、それはまた別の機会に。)俺の場合、直感で、というか初対面の好き嫌いで判断すると、しばしば間違ってしまう。本との出会いも、同じである。最初の違和感を多少我慢して読み進めて、それからでないと確かな判断はできない。忍耐も必要だ。
初対面の人と、違和感を抱えつつしばらく話をして、それで、ああこの人はこういう考え方話し方をする人なのだと、だんだんとわかってきて、それによってこちらの相手への態度も決まる。表面的な挨拶だけで終わる出会いもあるだろうし、人生を変える出会いもあるだろう。
それにしても、本との出会いと人との出会いがこのように通じ合うのだとしたら、積読ばかりの俺の書棚は何を意味するのか。
また話は変わる。
数年前からこの「て日々」を Visual Studio Code で書いている。最近、このエディタに Copilot との連携機能が追加された。便利になったといえば便利になったのだが、文章をレビューしてもらうと、パラグラフをやたらと短く区切ることを提案してくる。それで、きょうの日記は昨日とはスタイルの違ったものになっている。
もう七月である。夏である。海である山であるリゾートである(←どこの世界の話だ…)
昨日に引き続いて、いろいろの資金移動をした。というのも、一度に全部を済ませようにも、ATMで一日に引き出せる金額の上限があるからね。ともあれ、今回も、ボーナスの行き先はだいたい決まっている。つねづね言っているとおり、給料なんてものは、自分にもらったと思わず、預かったと思っておかねばならん。
昨日の日記に書いたとおり、豊島与志雄の「非情の愛」を青空文庫で読んだ。この連作小説『秦の憂愁』の「後記」によると、主要な登場人物は秦啓源と波多野洋介だ。そこへ魚住千枝子という人物が関わってくる。「塩花」はただもう千枝子のキャラクターを印象づけるためだけに挿入された楽章である。冒頭であたかも主人公かのように扱われている山口専次郎なんて、まったくいい面の皮である。秦啓源・波多野洋介・魚住千枝子、この三人の主要人物は、しかし、ドラマチックな大立ち回りを演じることはない。そのため、読み終えたとて何のカタルシスもない。いや、何の事件も起こっていないわけではない。人の生死に関わるけっこうドラスティックな事件が、表題作「秦の憂愁」などでは起こっていて、続く「秦の出発」につながっていくのだが、そうした物語の進行はすべて舞台裏で行われている。表面上は、登場人物たちはただ川蟹を食ったり酒を飲んだり碁を打ったりしながら、ときおり意見らしいものを交わす。それぞれにいろいろな活躍の場を持っている者たちの、その活躍ではなくて、酒や碁の合間のやりとりを、語り手の「私」が書き取っていく。その書き取りが、これら連作小説である。読者は書き取られたやりとりの向こうで展開しているドラマと、それに関わる登場人物たちの心の動きを見てとらねばならない。まあその程度のことは、普段から小説というものを読み慣れている人には当たり前のことなんだろうけれども、小説などほとんど読んだことのない無粋な俺には、これは謎な体験である。
火曜日なので夜にはピアノのレッスンに行った。先週が先週だったから進捗というほどのことはない。引き続き練習する。安心して弾けるようになることと、あとは、何をどう表現したいかをちゃんと意識するのが肝要だ。