きょうもずいぶんと寒い日だった。自転車で大学に行ってこまごました用事を済ませた。
『0の裏側 数学と非数学のあいだ』の第3章「レンマ界の集合論」を読むにあたって、竹内外史先生や千谷慧子先生の非古典論理上の集合論とくに量子集合論に関する文献をおさえておきたいなと思ったが、たいていのものはすでに研究室にあるか、またはネットで手に入った。便利な時代になったものだが、さて。
きょうもずいぶんと寒い日だった。自転車で大学に行ってこまごました用事を済ませた。
『0の裏側 数学と非数学のあいだ』の第3章「レンマ界の集合論」を読むにあたって、竹内外史先生や千谷慧子先生の非古典論理上の集合論とくに量子集合論に関する文献をおさえておきたいなと思ったが、たいていのものはすでに研究室にあるか、またはネットで手に入った。便利な時代になったものだが、さて。
朝食のあと、いつものようにエルベに鶏肉を買いに行った。昨日にもましてさわやかな、いい天気だ。気の早いツバメが家々の間を飛び交っている。ちと肌寒いが気持ちの良い日である。
昨日リハーサルしながら、それに本番を終えてから、思ったことを、メモとして残しておこう:
とはいえ、何をやりたいか自分で必死で考え全力で練習しないかぎり、音楽の神さまも降りてきてくれないから、やはり普段から練習しないといけない。ピアノもサックスもだ。
いままで、恥ずかしいからと本番が済むまで練習中の曲名はウェブに書かずにいたのだが、先週の吹奏楽の本番と昨日のピアノの本番を経て、そういうみみっちい心がけではいけないと思い知らされた。それに、秋の発表会で弾く曲については、いろいろ書いてもJASRACが来たりはしないだろうから、先に情報公開してしまおう。J.S.バッハの3声のインベンション(シンフォニア)の第2番ハ短調(BWV.788)をやろうと思っている。もちろん技術的にはとてもハードなのだが、チャレンジが大切だと学んだばかりだし、生きてるうちにやっておきたい、大好きな曲のひとつだからな。
昼食後にいつものカレー作りをする。BGMにApple Musicで阿川泰子の古いアルバムをかける。この人も、さっさとジャズ・フュージョンテイストのアイドル歌手という路線を明確にしておけばよかったのにと、今更ながら思う。しかし1980年代に一世を風靡しただけあって、一聴して懐かしい気持ちにさせられる。
カレー作りが済んだら、再び出かける。外を歩くと、普段の日曜日と比べて妙にクルマが多い。春風に誘われたか、あるいはみんな花見にでもいくのか知らないけど。西堀端の満開の桜の下を通って地下BALに行く。常連仲間のけんけんが今月限りで東京に転勤になるので、きょうは送別会モードである。しんみりしたムードになるかと思って行ったのだが、なかなかどうして千客万来で、まるっきり 花のない花見 だった。それはそれでめでたいことで、俺も楽しかったし、けんけんもありがたがっていた。けんけんは、名前を言えば誰でも知っている大企業の管理職として愛媛にやってきて、6年半を過ごし、ここの土地柄をとても気に入ったらしい。そして、地下BALという店やそこでの仲間に出会えてよかったと、何度も繰り返し言う。まあ、生きていればまた会えるでしょう。これからもお互い健康第一でがんばりましょう。花発多風雨。人生足別離。
ピアノの本番の日だ。今朝もちょっと寝坊した。外はとてもいい天気で、まさに今日演奏する曲にふさわしい。いつになくエレピの周りを掃除したりしながら、ゆるゆると練習する。iPhoneのリマインダーAppに「演奏前にApple Watchを外す」と書き込み、リマインドの時刻と場所を指定する。会場は楽器店2階のスタジオ、開演時刻は17時で、俺の出番は18人中の6番目だ。
いつまでリハーサルしても十分ということはない。適当なところで見切りをつけて出発する。歩いて会場近くまで行ったがまだ早すぎるので、かなり久しぶりにコミセンの図書館に立ち寄って本を2冊借りた。
開演してみると、常連ももちろんいたが、今回は初出場の人が多かった。
俺が弾いたのは中村由利子の「ディア・グリーンフィールド」だ。これを人前で弾くのは2回目になる。どうにか大きな事故もなく弾き終えて安堵した。ここ数年の出番のあといつも言っていた「何がやりたいのか自分でわからん」という段階は、今回どうにか脱却できたものの、こんどは思っていたことの半分も表現できなかった。やはりアガってしまって表現どころではない。そこへいくと、他のみなさんの演奏はどれもスケールが大きかった。俺みたいに「大きな事故もなく弾き終えて安堵」だなんだと言っていてはいけないと思い知らされた。もっともっと、やりたいようにやるべきだ。
中でも圧倒的だったのが、ブルグミュラーのあの「アラベスク」をジャズ=ロック調とでもいうべき激しいアレンジ(田淵紗恵子編曲)で演奏した田坂さんと浮田さんのコンビで、これには聞いていた全員ブッ飛ばされた。すごいすごい。
池野さんが弾いたリスト編曲の「エルザの大聖堂への行列」もよかった。これは吹奏楽経験者にはうれしい選曲である。
俺と同じテーブルについたのが、松山のジャズ界の重鎮でここの常連出演者の玉貫さん、東京で子育てと仕事に忙殺されていると言いながらチャイコフスキー「ドゥムカ」の情感あふれる演奏を聞かせてくれたアラサー美女の矢野さん、大トリでショパンの「舟唄」を安定した技術力と表現力で聞かせてくれた足立さんという、演奏会大詰めのすごい人たち三人衆である。こんな人たちと同じステージに乗れて、親しくお話しさせてもらえるのは、啓発され鼓舞されて、ありがたいことだ。
さて、またひとつ本番が終わったので、すぐまた次に向かって進むことにしよう。音楽教室での11月の発表会の曲はもう決まっている。それと、この「大人の音楽会」には、これまでピアノで何度も出演させてもらっているけれども、一度サックスで出てみたいとも思うのだった。
年休消化のための休日。朝食とシャワーのあと、明日の本番に備えてピアノに向かうが、焦りが出てどうもよくない。本番直前にスランプなんてことになったら話にもならないので、いったん楽器から離れる。
昼食のあと、少し昼寝をして、歯医者に行った。今日の処置は短時間で済んだ。帰宅後もしばらく何もする気力が起きない。まあ俺は普段からクタバリ気味だが、今週はとくにひどい。しかしクタバリきってしまうわけにもいかない。夕食のあと、もう一度ピアノに向かう。十分ではないかもしれないが、それなりに練習もしてきたのだ。できるはず、弾けるはずなのだ。落ち着いて事に当たりさえすればいいのだ。音楽の神さまに、できるだけのことができるようにお祈りして、あとはお任せするのだ。そのように自分に言い聞かせながら、なるべく気を楽にして練習を続ける。
年休を消化するため今日と明日はお休みをとる。朝、気がつけば10時を回っている。活動開始はほとんど11時前になった。ちょっと損した気分だが、だからといって、そのぶん夜に頑張るというのも違う気がする。せっかくの休みなのだから、無理しないで気楽に行こう。
そんなわけで朝飯は食えなかった。昼には手打ちピザを作った。
先週の東京出張の折に池袋のジュンク堂書店で買った 中沢新一・千谷慧子・三宅陽一郎『0の裏側 数学と非数学のあいだ』(コトニ社, 2025年)を昨晩から読み始めている。数に対する非数学的な観点からの考察には、俺も以前から少なからぬ関心がある。この本では華厳経にみられる数に対する考察を手がかりにして展開する中沢新一のレンマ的知性の追求を、千谷慧子が専門とする非古典論理上の集合論という方法を得て、さらに深めようという試みらしい。とても面白そうである。ただまあ、普通のまじめな数学者や論理学者にはカケラも理解できそうにない内容だから、その反動で、彼らからひどい評価を受けるだろうなとは思う。
結局、昼間はぐだぐだと過ごした。これは身体が休息を求めているんだと解釈しておこう。夕方には医者に行く。普段は自転車で行くが、きょうはあいにく雨が降ったり止んだりの天気だ。気温は暖かいが財布が寒いので、交通費をケチって歩いていくことにした。おかげでいい運動になった。行きつけの医院は受付の時に血圧を測ることになっている。小一時間歩いて到着してすぐに測ったものだから、168/90とかそれくらいの高い値が出た。まあ仕方がない。
夕食後に、つくりおきのお惣菜3品(かぼちゃの煮付け、かみなりこんにゃく、春雨の酢の物)を作った。それからピアノの練習をしたが、1時間も続けると疲れて集中が途切れがちだ。落ち着いて弾けば大丈夫なところでも、集中が足りないと、あり得ないような弾き間違いがいろいろ発生したりする。そうなると、やればやるほど雑念が湧いてきたりして、せっかくの練習が逆効果になりかねない。深呼吸したり、体をほぐしたり、楽器から離れて少し歩いたりして、気分転換をはかる。
吹奏楽の本番が終わったら次はもうすぐピアノの本番だ。朝に少し時間をとって練習する。だいぶ弾けるようになってきたが、まだまだ表現しきれてないし、普段の練習が足りないぶん、どうしても体に余計な力が入って、変なところで弾き間違えてしまう。夜にも時間をとって、気になるところをゆっくりと練習した。本番直前の悪あがきとして、明日と明後日もこの調子で練習しようと思う。
夕方には大学で数年前に定年退職された土屋卓也先生の数学談話会が開かれたので聴講してきた。お話は「普通の」数学者向けの有限要素法の解説で、さすがにプロの解説だけあって面白かった。お金がないので懇親会は残念ながら欠席。
とても暖かい1日だった。なんとなくぼんやりと過ごしてしまった。昨日返事を書いたメールに関連して、『ゲーデルと20世紀の論理学, 第4巻 集合論とプラトニズム』所収の松原洋さんの論説「集合論の発展 —— ゲーデルのプログラムの視点から」を再読した。
夜はピアノのレッスンに行く。土曜日の本番直前のレッスンである。表現についてのいくつかの注意と改善点を頂戴した。
きょうは大学の卒業式があった。例年のように学部のパーティーでタダ飯タダ酒。
一昨日届いたメールについて考える。どこかの大学で数学を専攻していたという人から、連続体仮説あるいはその否定というZFCからはみ出した仮定の今日における現状を知りたいとのご要望だ。どう答えたものか。
質問者は、境正一郎先生の《作用素環における可分性・非可分性とダイヤモンド原理》を読んで連続体仮説に関心をもったという。これは俺も読んだ。確かに作用素環論は集合論の深い応用がなされる、あまり数多くない分野のひとつだ。では、その作用素環論において、ダイヤモンド原理や連続体仮説などの応用が理論のメインストリームに関わっているかどうかとなると、さてどうなのだろう。集合論の専門的な研究の進展でいろいろな知見が蓄積されていることは確かだが、それが現代数学の主流とどう関連するか、それはまったく明らかでない。そして、蓄積されたその知見について、日本語で非専門家向けに解説した文献がほとんどない。そのあたりを正直にお伝えして、できるだけの文献を挙げることにしよう。専門誌の掲載論文というわけにもいかないので、
と3冊の本を挙げ、連続体仮説あるいはその否定のどちらかが正しいとか間違いとかいうことはさしあたり考えられていなくて、ZFC集合論で決定できない数学的な命題があれば、それを証明あるいは反証できる集合論的原理は何であれ動員して、その命題の立ち位置を明らかにするのが先決だ、とお答えした。
もっとも、メールで質問を受けるのは、本当は嫌なのだ。今回の質問者は、丁寧な文面で身元を明かし、質問の意図をはっきりさせてくれたからまだいいが、たいていはもっとカジュアルに「藤田先生の訳された本のここがわかりません」くらいのノリでメールをよこしてくる。中には、質問に見せかけて議論をふっかけてくる奴もいる。相手が大学生なら、これは俺の仕事の一環だからまだいい。しかし、見ず知らずの一般の人に、個人的な電子メールのやり取りという閉じた情報環境で、回数無制限の無料個別指導なんてことは、ハッキリいって、やってられない。あんまり気楽に、仕事モードの俺をタダでチャーターしようとしないでくれ。一つの質問メールへの返事の文面を練るのに、俺がどれだけ時間をかけているか想像してみてくれ。
コンサート当日である。思いのほかたくさんのお客さんが来てくれた。今回の演奏曲目は
レコード大賞メドレーの「襟裳岬」でソロを担当した。まあブチコワシにはしなかったけれど、なかなか思うようには演奏できないものだ。
今年は、うちあげでちょいと酒を飲みすぎた。来年は会場の都合で市民会館大ホールを使う予定だそうだ。
朝、少し寝坊した。朝飯をとって薬を飲んだら着替えてコミセンへ向かう。昨日のリハーサルで見つかった不安なところを午前中にできるだけやっつけておきたい。フルスコアも見せてもらおう。
YouTubeのいろいろな音源を何度も繰り返して聴きながら楽譜を追いかけて、「バーバ・ヤガー」から「キーウ」に向かうややこしい繋ぎの仕掛けを確認する。自分がヘタなのはもはや仕方がないが、何をやっているかわからんままステージに乗って本番を終えるのは悔しいからな。
コンビニでパンを買って早めに昼飯にしてから、楽器を取り出し、2階の楽屋に移動して不安な場所をさらう。午後はホールではジョイント相手の市立内宮中学校のバンドが夕方までリハーサルをしている。たまに様子を見にいく。プログラムが10曲もあり、当然リハーサルも長時間になるが、疲れたりダレたりした様子がない。いやあ、若さって素晴らしいね。
夜はわれらが白石バンドのリハーサルだ。昨日とは驚くほどにサウンドが違う。まるで子供と大人だ。どうやら、昨日の合奏でやっと加減がわかったのは俺だけではないらしい。おかげでリハーサルは楽しかった。ただ、長時間なこともあって、だいぶ疲れた。アンブシュアはそれでもまだもったけど、肩がこって仕方がなかった。
リハーサル終了後は川尻さんと軽く夕食をとって帰った。明日に備えて休養をとらねば。
きょうは休日出勤の代休をとった。朝のうちに郵便局に荷物を取りに行ったり、歯医者に行ったりした。午後はコミセンに行って少し練習した。夕方からは1回目のリハーサルがあった。今回演奏する曲をざっと通してもらったおかげで、要所がだいぶわかるようになった。特別ヤバそうなところを、明日の午前中また少し練習する。
忘れていた証明は、昨日の羽田空港のロビーで飛行機の時間待ちの間に考えて、無事に再現できた。今度は忘れないうちにと思って、朝食後にLaTeXでノートを清書した。10時半までその作業をして、パソコンを置いて楽器を持って、電車でキャメリアホールに向かう。日曜日の吹奏楽の本番に備えて、今日明日のうちに楽器の調子を確かめ、楽譜もさらっておきたい。
というわけでキャメリアホールで練習してきた。とはいえ、本番は日曜日なのだから、それまでにバテてしまうわけにはいかないので、けっこう休み休み、ゆるゆるとやる。《バテないこと、まだバテないこと、いまバテないこと、ちから抜くこと、ダメになりそうなとき、それが一番大事》などと昔のヒット曲のようなことを思いながら、たびたび休憩をとり、とはいえ、ヤバそうなところとか、オイシイところとかを重点的に練習した。
今回はMacBook Proを持ってきていないので、日記の下書きをSimplenoteで書いている。macOSでもiOSでもLinuxでも使えて自動でテキストが同期されるので大変便利である。
朝5時半起床。シャワーを浴び、ひげを剃る。朝食をとったらすぐにでもチェックアウトして早稲田に向けて移動を始めよう。
さてチェックアウトしてみたら、外は雨だった。ホテルの送迎バスが品川駅に着くタイミングで、大粒の霰がバラバラと降ってきて驚いた。山手線の車窓越しに電光が見え雷が聞こえる。電車が高田馬場に着く頃には雨はみぞれ混じりになり、会場についてロビーでひと息つきながら外を見た時には、もう雪にしか見えない。いやはや、えらい天気だ。
朝の7時台も前半だから電車は比較的空いていた。といっても、もちろん愛媛県基準では十分混んでいるのだけどね。天気が天気なので高田馬場から早大正門までバスに乗った。東京に来るといろいろ乗り物に乗らねばならぬかわりに、交通費はまあまあリーズナブルで、ここだけの話だが、愛媛県にいるよりよほどSuicaの使いでがある。早大正門でバスを降りたのが8時。ちょうど正門が開くタイミングだった。会場に早く着きすぎるのも良くないのだが、遅刻してせっかくの若手集合論者たちの講演を聞き逃すよりはマシである。
学会のセッションが始まって講演が進むうちに外はどんどん雪模様になっていって、どうなることかと思ったが、午後には雨も雪も止み、晴れ間も見えた。
昼メシは大学の同期生の難波さんと待ち合わせて、キャンパス内の食堂で食べた。難波さんは情報セキュリティ関連の会社を定年退職して、いまは予備校の数学のテストの採点・添削などの仕事をしているとのこと。俺もそろそろ、定年後どう生きるか考えねばならん。
さて午後の丸山善宏さんの特別講演が済むと、数学基礎論および歴史分科会のセッションはすべて終わりである。名古屋の吉信さん、大阪の嘉田さんと一緒に高田馬場のカフェ・コットンクラブでお茶を飲んでひと息入れて、解散後は1人で池袋のジュンク堂書店に行った。
こういうことがあるたびに思うことだが、俺もたまに都会へ出てきたり人に会ったりして刺激を受けねばならん。1人でモチベーションを維持できるほどの向学心も何もないからな。(その点、どんな環境でもバリバリ仕事と勉強に精を出すわが妻はえらいと思う。ただし身体は心配。)
朝の開場待ち以降、空き時間には、一昨日ひととおり解けたと思ったGillman-Jerisonの演習問題の答えの清書をしようと、紙に証明を再現しかけた。しかし1箇所どうしても議論の思い出せないところがあって手が止まってしまっている。研究室のホワイトボードに書いた解答の写真くらい撮っておけばよかった。忘れっぽいんだからノートはこまめに取るべきだ。これで一昨日のうちにホワイトボードを消してしまっていたら目も当てられないが、さてどうだったか。不安を覚えながら、羽田空港の待合ロビーで引き続き頭をひねる。
朝5時前に起きて朝食をとりピアノの練習をして、7時前に出かける。伊予鉄道で今日からICOCAやSuicaが使えるというのでさっそく試してみた。とはいえ、乗った駅がまだ駅員さんの来る前だったし、カードリーダーはまだカバーがかかったままだったので、念のために切符も買った。降りる駅で試したらちゃんとカードが通った。切符を買うまでもなかったわけだが、まあ払い戻しはあきらめよう。バスに乗り換えて空港に着いたのが定刻の1時間40分も前である。さすがに張り切って早く出てきすぎたな。待合ロビーでコーヒーを飲みながら本を読んだりして待つことにする。
持ってきたパソコンはUbuntu化したSurface Goで、なにしろ軽くてかさばらないから旅行のお供にはいい。ただし、画面が小さいので目にはやさしくない。
持ってきた本は2冊ある。竹内洋『教養主義の没落』(中公新書)とカルロ・ロヴェッリ『ブラックホールは白くなる』(NHK出版)だ。ひとまず『教養主義の没落』を読む。
飛行機と電車の中で本を読みながら高田馬場まで行き、そこから歩いて早稲田大学まで行った。日本数学会の年会に顔を出すためだ。本当は午前中の河野友亮さんの量子論理に関する特別講演が聞きたかったのだけど、さすがに間に合わなかった。会場で講演を聞く合間に、何人かの知人、とくに6月にお世話になる東北大の横山さんや、久々に顔を合わせる名古屋の吉信さんと少し話した。その後はとくに意味もなく新宿に行って、適当に早めの夕食をとって宿へ移動した。宿は天王洲アイルの東横インである。
宿で『教養主義の没落』を読み終えた。明治の末から大正期にかけて旧制高校を中心に教養主義が形成され、戦後の高等教育の大衆化にともなって変容・没落していくさまが、各種の統計や引用に裏打ちされながらたどられている。読み進むうちに、自分の中にも残っている教養主義あるいはスノビズムに気付かされ、いつの間にか信じ込んでいた価値観が相対化されて、なかなかおもしろい読書体験だった。教養そのものはともかくとして、教養主義は「象徴的暴力」だと、この本では明言している。教養主義は、かたや上から目線の源泉になり、かたや劣等感の温床となるからだ。俺の中にも間違いなくこの「上から目線」と「劣等感」の両方が巣食っている。教養というものがそういう、自他の間に線を引くためのものでしかないなら、そんなものは断固として捨ててしまうべきだ。必要なのは自他の溝を埋め、人と一緒に生きる技術と気概だと思う。それこそが真の教養でなきゃならない。
空が明るく陽光がいい具合に降り注いでいるが、風があってずいぶん寒い。当分はこんなふうに暖かい日と寒い日が交代しながら続くんだろうな。
きょうは日中すこし雨が降るという天気予報だったので電車で大学に行ったが、雨が降ったようには思えない。取り越し苦労だったようだ。リモート会議が2件あった。そのあと、給料日なので仕送り等の資金の移動をした。
夜は少しピアノの練習をしてから、明日の出張の荷造りをして、早めに寝てしまおう。
昨日に引き続き雨である。春先のこの時期の雨はいろいろ大切なのだけどね。
火曜日から水曜日にかけて出張があるので、今週はいつものカレー作りはお休みにする。さてその出張だが、予報によるとあまり天気が思わしくなさそうだから、荷物は極力少なくしておきたい。一泊の出張だから着替えは下着と靴下だけでもいいが、さてパソコン周りをどうしたものか。そんなにゴリゴリ使うとも思えないが、仕事で行くと思えば、何かは持っていくべきである。
コロっと話は変わる。初めて使ったLinuxマシンに allegro というコードネームをつけて以来、俺はLinuxマシンの名前をalで始まるものに統一している。これまでに
などという名前をつけてきたが、そろそろネタ切れになってきた。いくらalで始まるといっても、さすがに「アルコール依存症」とか「アレルギー」とかいう名前はつけたくないし、次はどうしようかと思っている。まあ、このうち現役で稼働しているのは4つだから、古い名前から使いまわすことにしようかな。いずれにせよ、どこかに一度書いておきたかったというだけの、どうでもいい話だ。
ほぼ一日中家でダラダラする。少し数学をやった。先日ちょっと考えていて、詳しく調べるのがなんとなく気が進まないなあと思っていたことが、Gillman-Jerisonの古い本の演習問題でばっちり扱ってある。おかげでこの場合についてはだいぶクリアになった。さてこれをどう一般化したものか。
各学部の数学系教員が集まって、定年退職とか転勤とかの人たちの送別会をやった。会場は二番町の「銀次郎」である。なかなか楽しかった。きょうもきょうとて、帰り道を歩いた。春らしい暖かい日だった。
気づけばMacBook ProのVS CodeでLaTeXの構文ハイライト表示がおかしくなっている。Ubuntu版と比較すれば一目瞭然である。そんな理由でLaTeX文書だけUbuntuで編集しようとまでは思わないが、なんだか気に入らない。
歩いて大学に行くのは久しぶりだ。普通に歩けるのが嬉しく、ありがたい。きょうは学生との面談が2件あった。あまり進捗がないなりに少し数学をした。先日注文したキーボードとSSDが届いたので、研究室のWindows PCのハードディスクを取り外してSSDに換装し、Ubuntuパソコンとして再生させた。これで、Windows 10のサポートが終わってからもまだまだ働いてもらえる。
帰り道を歩きながら、自分はこれまで、人生の難問とやらを自分で作り上げて、自分の作った問題が解けないことに悩んでいたんだ、それは悩んでるつもりになっているだけだから、やめてもいいんだ、という考えに至った。その時思いがけず、声を上げて笑ってしまった。だが、すぐに「いま笑ったのは誰なんだろう」と思った。解けるはずのない問題を作っで俺に投げかけたのは誰なんだろう。カラクリに気づいて笑ったのは誰なんだろう。もちろん自分なのだが、だとしたら、自分というのは随分と厄介な代物ではないか。
午前中は後期日程の入試監督をやった。午後は少し数学をした。夕方から大街道の「イスタンブール・テラス」に行って卒研ゼミ生に晩飯をご馳走した。
昼間はぼんやりしてしまって進捗がない。
年が明けてから何日かあった休日出勤の代休と、あと2日残った年休を、年度内に取らねばならない。出張も会議も卒業式もあるので、選んでいる場合ではなく、公的な予定のない日がぜんぶ休日になってしまう。ううむ。
夜にはピアノのレッスンに行く。行く前から、自分は普段から力の入れ方・抜き方の加減がおかしいのではないかと反省して、電停から教室までは、わざとに力を抜いてゆっくり歩いて行った。先日からの足の肉離れは、もうすっかり治ったようでありがたい限りだが、おそらくこれも、歩く時の力の入れ方・抜き方が適切でないことが原因で起こったことだ。普段から脱力を心がけるほうがいい。その一方で、周辺機器の調達(≒研究費の残額の消化)も年休の消化も、面倒が年度末に集中しないように、時間の余裕があるうちに、つまり楽なうちに、行動すべきなのだ。俺はいつも面倒を先送りして最後に慌てる。そういう普段の生活態度が、音楽をやるうえで反映しないわけはない。というわけで月末の本番にはリラックスして柔らかい音で楽しんで弾けるように、がんばって(ただし無理なく)練習を続けなくてはならない。
自転車で大学に行った。教室のWebサーバの証明書の期限が近いので更新作業をした。昨年もやったけど、たいがいやり方を忘れていた。研究室のWindows PCの “Windowsじまい” のために、いろいろの周辺機器を改めて調達することにした。年度内に納品完了が条件ということもあって、選定にけっこう時間をとられた。
夕方は歯医者に行った。いろいろ大工事だったらしく、今回はちょっと時間とお金がかかった。
気温は高くないが、おだやかに陽光が降り注ぐ春めいた日になった。午前中にエルベに食材を買いに行ったので、昼ごろは調理タイムになった。いつものカレーとタンドリーチキンを作った。ここ最近タンドリーチキンに手羽先を使っていたが、今回は手羽元を使った。調理中はBGMにマーラーの7番と8番をかけた。7番はともかく8番はシンフォニーというよりむしろオラトリオで、言葉がダメだとなんのことやらわからない。後半のテキストになっているゲーテの『ファウスト』は高校生の頃に翻訳で読んだことがある。再読してみようかな。
天気のいい休日に部屋にこもってばかりではもったいないので、陽の高いうちに散歩に出かけることにする。あちこちの家電店を見て回っていろいろの作戦を練るが、さしあたり何も買わない。
今年も花粉が絶好調で飛んでいるらしく、ちょいと目がかゆい。とはいえ、薬は欠かさず飲んでいるので、そのうち平気になるでしょう。
けっこう普通に歩けるようになったのが嬉しくて、リハビリテーションと称してだいぶ歩き回った。一万四千歩くらい。とはいえ、油断しちゃいけない。
昨日あんなことを言ったが、枕元に積んであった数年前の手書きノートをふと見たら、昨日に劣らず、その頃も文字がグチャグチャである。つまり普段から悪筆なのだ。丁寧に書けばそれなりに読める字になるのだが、考えながらメモを書き残している段階では、そうも言っていられない。大急ぎで書くので文字もグチャグチャになろうというものである。
ようやくいい天気の日になった。1週間ぶりに自転車で大学に行った。いやあ今週はだいぶ伊予鉄道にお金を払ったなあ。きょうはもっぱら、この数日のあいだ考えていた数学をLaTeXで清書する作業をした。まあ、たいした内容ではないが、昨日模様替えしたデュアルモニタのUbuntuパソコンで作業したらなかなか快適だった。
昨晩の勢いがあるうちにと思って昼間は少しだけ数学をした。連続関数環 \(C(X)\) の二つの素イデアルの和がまた素イデアルになる証明を追いかけたが、選択公理を本質的に使うやや込み入った証明だった。この命題に本当に選択公理が必要かどうか確かめるのも、それはそれでひと仕事になりそうだ。しばらくノートをとるのをさぼっていたせいで、手書きの文字がグチャグチャで、自分でイヤになった。
あと、もうすぐWindows 10のサポートが切れる古いデスクトップPCのデータをバックアップして、いろいろの役割を隣のUbuntuパソコンに移す作業をした。Windows PCのモニタをUbuntu機につなぎ替えてデュアルモニタにしてみたが、ふたつのディスプレイの発色の違いにびっくりした。
夜にはMONKに関谷さん(Gt)石本さん(Pf)の演奏を聴きに行った。出だしが1980年代のフュージョンっぽいサウンドで懐かしい気持ちがしたし、最後にチック・コリアの「アルマンドのルンバ」をやってくれたのも嬉しかった。
だいぶ普通に歩けるようになってきてありがたい限り。まだ本調子ではないが、それでもきょうは一万二千歩くらい歩いた勘定になった。
久々に6時起床。あいかわらず天気がよくない。脚の不調はだいぶ治ってきたとはいえ、まだ徒歩通勤はつらいので、電車で早めにでかける。それで、7時半には大学に着いた。これは、自分でも早すぎると思ったが、山﨑さんの部屋はすでに電気がついていた。えらいもんだ。午前中ちょっとした業務と教室会議があった。
午後には新年度の卒研ゼミの配属が決まり、新ゼミ生が研究室に集合する…ことになっているが、集合時間を30分過ぎても新ゼミ生4名のうち1人しかこない。やれやれ。気を取り直してTeamsで連絡をとり、テキストを前原昭二『記号論理入門』(日本評論社)に決める。
夜もだいぶ更けてからようやく数学を進める体勢になるのがどうもいけない。引き続きGillman and Jerisonを読んでいろいろ考える。日付の変わる頃合いに、妻の提案でZoomをビデオ通話状態にしてお互いに黙々と作業するというやつをやった。それはいいのだが、妻の無料アカウントでやったものだから、程なくシャットダウンされてしまった。次回からは俺の有料アカウントを使うことにしよう。
今日も朝から雨なので電車で大学に行く。少しは数学を進捗させたいが、眠気が勝ってしまって、どうも調子が出ない。それでもまあ、考えたことをLaTeXでファイル化しておく。午後には先日の入試の合否判定会議と、明日の業務の打ち合わせがあった。そのあとはピアノのレッスンに行った。妙なところで力んでしまうのをなんとかしたい。
明日も朝から仕事なので無理せず早く寝ることにする。
明け方4時前に、田中尚夫先生の数学の講義のテストを受ける夢を見た。《集合 \([\omega]^\omega\) の濃度が連続体濃度であることを証明せよ》とか《順序数 \(\eta>\omega\) と \(\omega\) の間のジェネリックな全単射を付け加える半順序を与えよ》とかいう問題が出ていた。
朝起きたら、外は雨・風・雷でひどい天気だ。いつものように弁当と朝食を作り、電車で大学に行く。9時すぎに大学に着いたら、雨はもう落ち着いていた。数学にはこれといって進捗もない。いくつか事務仕事をする。夕方には歯医者に行って歯型をとってもらった。
このあいだの月曜日に2度目の「ピキっ」をやった右のふくらはぎはだいぶ回復してきたが、ここで油断して3度目に傷めたら目もあてられない。慎重に治さないと。
天気は良くないが洗濯をして内干しにする。脚がそんなだから長距離は歩けないし、雨では自転車で出かけるわけにもいかない。電車で行ったらせっかくの特売のメリットがない。そういうわけで、きょうはエルベに行かず、近所のスーパーで鶏肉を買って、いつものカレーを作った。このごろ米と野菜が高いので困る。
そんなわけで3月になった。午前中は毎年恒例この時期のあの仕事の仕上げ作業のための出勤であった。どんよりとした曇り空の下を、わけもなくカルロス・ガルデルの名曲 El Dìa Que Me Quieras (想いの届く日) を脳内再生しつつ、自転車で出向く。
業務が済んで、帰り道のスーパーで食材を買って帰り、昼食には作り置きのカレーを食べ切った。明日また鶏肉を買ってきて1週間分のカレーを作る所存である。そのほかに、ひよこ豆の水煮と、ほうれん草のおひたしと、手羽元のタレ焼きを用意しておこう。