て日々

2024年6月

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午前中は、吉川忠夫『竹林の七賢』(講談社学術文庫, 2024年)を読んだ。面白いが、薄い本で、すこし物足りない。竹林の七賢は晋の時代の人々で、必ずしも世捨て人というわけではないが、俗事から離れて神仙の境地に遊ぶのをよしとしたとされる。このあたり、後の唐宋の時代の禅仏教に通じるものがある。そうした文化的伝統の下地に老荘思想がある。そのあたりのことをもう少し知りたくなる。

午後には、月曜日に読みかけて中断していた浅田秀樹『宇宙はいかに始まったのか — ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』(講談社ブルーバックス, 2024年)を読み終えた。これまた面白いが、タイトルの「宇宙はいかに始まったのか」という問いについての結論らしきものは与えられていなかった。これはまあ、タイトルをつけた人、おそらく出版社の企画・編集の部署の人の責任だ。そういう大きな問いに答えることは、もともとこの本の目的ではない。この本は、サブタイトルの「ナノヘルツ重力波」について、その観測がなぜ重要で、どのような方法で観測が試みられ、今までにどんな成果が得られたかを詳細に語った本で、そういう観点からは有意義だった。ただ、なにしろ文章が上手くなくて、かなり読みづらかった。

昨日やり残した資金の移動をひととおり済ませた。ボーナスがきれいになくなった。

伊藤直『戦後フランス思想 — サルトル、カミュからバタイユまで』(中公新書, 2024年)を読み終えた。バタイユは確かにサルトルやカミュの同時代人なのだが、並行して論じられているのは珍しいと思った。そしてボーヴォワールをサルトルの亜流へと単純化せずに論じることは、21世紀の現在では避けて通れないことだと思う。パリ解放の直前である1944年6月に、ピカソのアトリエでサルトル、カミュ、エリュアール、ラカン、ボーヴォワールといった人たちが一堂に会している写真があって驚いた。

午前中の大学院の解析学概論の講義では、滑り台問題(最速降下曲線問題)を解いてサイクロイド曲線を導出してみせたうえで、こんなふうに明示的に解が見つかるのはとてもラッキーなケースだぜ、と強調した。

さて6月末とて些少ながらボーナスを頂戴した。とはいえ、頂戴したお金の行き先はおおむね決まっている。自分にもらった金だと思わず、すぐさま色々の資金移動をしてしまおう。まず市役所に行って固定資産税を納め、ついでにマイナンバーカードの電子証明書の更新をする。それから、アレとソレのためにお金をあっちとそっちの口座に移動し、次にコレの支払いを、と思ったら、1日の引き出し限度額というのに引っかかった。こりゃいけない。また明日。

家でぼんやりしていて気がついたら午前中が終わっていた。こりゃいけない、とか思っているうちに夕方になっていた。

松山三越のジュンク堂書店で伊藤直『戦後フランス思想 — サルトル、カミュからバタイユまで』(中公新書, 2024年)を買って読み始める。構造主義以後のいわゆる「フランス現代思想」ではなく、それに先立つ実存主義を中心とした戦後のフランスの論壇について21世紀のわれわれの観点から振り返る本で、カミュを愛読してきた俺としては素通りできない。著者はうちの職場のお隣の松山大学の教授だという。ベイクウェル『実存主義者のカフェにて』の印象が新鮮なうちに読んでしまおう。ジュンク堂書店ではもう一冊、吉川忠夫『竹林の七賢』(講談社学術文庫, 2024年)を買った。これまた、知的で自由な生き方という観点から無視できない。

このところずっと天気がよくない。洗濯物が溜まらないうちに洗って内干しにする。

午後には卒業研究ゼミをやる。代数的実数が可算個しかないことの証明などをたどって、テキスト第2章の本文を終わらせた。次回からしばらくは20問ある第2章の演習問題にとりくむ。

夜にはピアノのレッスンに行く。8月末に演奏する曲についてどう表現したものか相談した。

昨晩は21時過ぎごろに「ちょっとひと息」のつもりで横になったらそのまま朝までぐっすりおやすみモードになってしまった。前夜が前夜だから、まあ仕方がない。朝には《自然言語処理のプログラムをBASICでスクラッチから開発する夢》を見て、おもしろがりながら目を覚ました。

サラ・ベイクウェル『実存主義者のカフェにて — 自由と存在とアプリコットカクテルを』(向井和美訳, 紀伊国屋書店, 2024年)を読み終えた。実存主義と現象学の共通テーマである《ありのままに向き合うこと》について、改めて考えさせられた。どこか別世界から仕入れたような夢も高すぎる理想の裏返しにすぎない卑下も現象学的エポケーのカッコに入れてしまい、いまの自分をそのままに見て、そして行動すること。人生の残り時間はもう多くはない。

引き続き、浅田秀樹『宇宙はいかに始まったのか — ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』(講談社ブルーバックス, 2024年)にとりかかる。宇宙開闢のときに迫る重力波天文学という興味深い話題なのだが、読みやすくはない。

朝6時ごろに帰宅。すぐに旅の荷物を片付けて、少し休む。10時からZoomでNPO法人数学カフェの年次総会に出席した。会員でありながらこの頃は何の貢献もできておらず、大変心苦しいので、これからはできることを手伝おう。雨が降ったり止んだり、天気はよくないが午後には電車で街へ出て、ジュンク堂に行ってきた。お目当ての本はブルーバックスの新刊の谷岡一郎・荒木義明『ペンローズの幾何学』だったのだが、結局それは買わず、同時発売の浅田秀樹『宇宙はいかに始まったのか』を買って帰ってきた。

宿をチェックアウトしても、午前中はすることがない。北野天満宮にお参りして茅の輪くぐりをし、白梅町近くの喫茶店で本を読んで過ごす。このあいだから、サラ・ベイクウェル『実存主義者のカフェにて — 自由と存在とアプリコットカクテルを』(向井和美訳, 紀伊国屋書店, 2024年)を読んでいるのだ。サルトル、ボーヴォワール、ハイデガー、メルロ=ポンティといった、実存主義の時代の哲学者の生涯と思想をめぐるノンフィクションで、大変面白い。

白梅町の天下一品で早めの昼飯を済ませ、嵐電北野線に乗って、母校・京都府立嵯峨野高校へ行く。きょうは、学校内のホールで部員の家族たちを主な聴衆として開かれる「ぐりーん・こんさーと」と題するミニコンサートである。10曲ほどが演奏され、そのうちOBが参加するのは中ほどの「風になりたい」「Camarade」「Paradise has No Border」の3曲だ。あえてビートの利いたわかりやすい曲を合同演奏に持ってきてもらったのだろうけど、昨年末の60周年記念演奏会とは違って今回はOBの数も15名と少なく、現役部員の演奏にちょっと混ぜてもらう感じだった。それはそれでいいのだけど、俺はどうだったかというと、練習不足のうえ病み上がりであるから、もうひとつノリがつかめないまま終わってしまった。ちょっと残念だが身から出た錆である。次回また頑張ろう。(最近どこかで演奏するたびにこんなことを言っている気がする。)

アナウンス役の現役生が「嵯峨野高校吹奏楽部」と口にするたびに、胸に懐かしい風が吹くのを感じる。俺たちが学んだ古い校舎はもう影も形もないが、それでも「あゝわが母校」という感じであった。

さて終演後は打ち上げということもなく、予定していた娘との会食もなんだかんだで空振りになった。山陰線の太秦駅から京都駅へ移動し、構内の穴場「塩小路カフェ」でビールを飲んだあと、ひとりでしばらくポルタ周辺をうろうろし、三喰撰酒 三重人で夕食をとって、夜行バスで松山に帰る。

朝起きると、だいぶ快復していると感じた。油断は禁物だが、これなら明日もなんとかなるだろう。午前中は大学院の解析学概論の講義をした。前回例に挙げた汎関数について、変分がゼロになるという条件から変関数の微分方程式を導いてみせたあと、一般論に移り、変分学の基本補題と、オイラー・ラグランジュ方程式を説明した。次回は滑り台問題の解の導出をやる所存。

夕方の電車で京都へ移動した。倅や娘と合流して晩飯を食うつもりで行ったが娘とはタイミングが合わず、倅と二人で木屋町でホルモンを食ってきた。明日の夕食は娘もまじえて一緒にとることにする。

京都に来た用件は、母校・府立嵯峨野高校の吹奏楽部がOBと共演する明日のミニコンサートだ。これまでの練習にはさすがに出られていない。下手と練習不足は、もはや居直るしかないレベルなので、邪魔しない程度に楽しくやらせてもらう。

もう熱はないようなので朝風呂をする。

午後の集合論Zoomゼミでは、等式 \(x\times \dfrac1x=1\) を示し、次に実数の順序の連続性を証明して、集合論における \(\mathbb{R}\) の構成の議論を一段落させた。これでテキストの第4章を読み終えた。

話が一段落したところで、コメントを挟んだ。ここまでで、集合論の公理をひととおり紹介し、関数や関係の用語を集合の言葉で定式化し、自然数の集合 \(\mathbb{N}\) や実数の集合 \(\mathbb{R}\) を集合論の枠内で定義した。これができるのが、集合論が数学を基礎づけるといわれる所以なのだけれど、しかし、関数とは何か、自然数とは何か、\(\mathbb{R}\) とは何か、そうしたことを前もってある程度知っていなければ、それらを集合論の中でどう定式化していいのかわからないだろうし、たとえ定式化を見せられてもさっぱり何をやっているのかわからないだろう。論理的にはたしかに集合論の中に数学の(ほとんど)全部が埋め込めるわけだが、実践的には、集合論がわかればすべてがわかるとか、集合論がわからねば他の数学が何もわからないとか、そういうことは決してない。

ともあれ、不用意な記述が多くてなかなか厄介なテキストだった。このテキストをこれ以上追いかけるのはやめて、次からイェックのテキストに替えることにする。それと、発表者くんの要望によりゼミのペースを落とす。次回は2週間後だ。

夕方からTGSAセミナーがあった。Nicolò Zavaさんの大規模幾何学の講演だった。アミティエでのワインパーティーにも顔を出したが、体調が悪くて楽しめなかった。こういうのは自分も残念だし他の人にも申しわけない。山口瞳の本にもあるように、健康と上機嫌は礼儀作法の基本なのだ。気をつけなくては。

熱は下がったようで下がっていない。家で養生していたいが、いろいろそうもいかない。自転車でコミセンの図書館に行き、本を返却した。その足で大学へ行き、明後日の変分法の講義に備えて講義ノートを更新した。そのあと、学部のリモート会議があって、さらにそのあと、来月の公開講座の会場で発表者のパソコンの接続テストと打ち合わせをする。わずか30分の間ではあったが、冷房のよく効いた部屋にいたので、風邪ひきの身にちょっとコタエた。スーパーで少しの食材を買って(これも寒くてコタエた)さっさと帰宅しておとなしくする。明日の朝、熱がひいていないようなら、さすがに医者に行くことにする。

昨日は色々のことを放棄して寝てばかりいた。昨日より少しは楽だ。熱は落ち着いたと思いたいが、うちにある体温計はどれも信用ならない。新たにテルモの電子体温計を買ってきて測ってみると、37.5℃と出た。まだいけない。

ゼミくらいはできると思ったので電車で大学へ行った。ゼミでは連続体濃度 \(c\) が \(2^{\aleph_0}\) であることの証明をした。

ピアノのレッスンは休ませてもらう。

ASUSのパソコンX515JAは修理のために旅立っていった。

昨晩からどうも熱っぽい。家でおとなしくしておくのだが、給料日でもあるので、家族のために色々の資金の移動もせにゃならん。しんどいけど仕方がない。

お昼前、ちょっと暑いが散歩に出た。30分ほど歩き、山西から高浜まで電車に乗って、高浜から松山観光港まで歩いた。出がけにスーパーで買った昼食を観光港のロビーで食べて、また歩いて高浜まで戻って、電車で帰宅。少し昼寝する。平日はどうせ授業とかゼミとかのことを考えにゃならんから、土日に集合論のことを考えようと思ってはいるのだけど、今日はついついダラケてしまった。

バイトでちゃんとしたシャツを着ないといけないという倅のために、ワイシャツを洗濯して送ってやる。

今年の土曜夜市の初日である。まあ俺は夜市に用はないが、午後には久々に浴衣を着てパルタジェに出かける。大街道はそれなりにけっこうな人出だった。

第2クォーターの大学院の専門科目「解析学概論B」が開講した。3人の担当教員が週1回ずつ講義する。先日から書いているとおり、俺は金曜日の午前中に変分法の話をする。きょうはまず「滑り台問題」と称して最速降下曲線を求める問題のセッティングを紹介し、汎関数とその変分という概念を丁寧に解説し、汎関数 \(J[u]\) の簡単な例と、それに対する変分 \(\delta J\) の計算例を示した。

実をいうと、それらの例で \(\delta J=0\) という条件が微分方程式に帰着することを、その途中で使う「変分学の基本補題」という大層な名前の命題まで含めて話すつもりで準備していたのだが、いつものように説明がクドかったか、話してみると尺が足りなかった。次回はそのあたりから話してオイラー・ラグランジュ方程式に話をつなげることになる。とすれば、きょうは案外キリのいいところで終わったと言えなくもない。

今回は、講義ノートのPDFを某所に置いて受講生に見てもらうことにした。といっても講義ノート自体が未完成なので、更新途中のものを見せることになる。そこで、最終更新日時をPDFに明記したい。LaTeXには現在の日付を表示する \today というマクロが定義されているが、現在の時刻は、\time という、今日の0時0分からの分数を収めるカウンタがあるだけだと思っていた。これで時刻は表示できなくもないが、例えば朝10時5分なら \time は605と表示されるわけで、わかりやすくはない。どうしたものかと調べていたら、jsclasses のドキュメントに解決策のヒントがあった。LaTeXは \time の他に \hour\minute というカウンタを持っているという。そこで、

\makeatletter
\newcommand{\jikoku}{\two@digits\hour:\two@digits\minute}
\makeatother

と、自前マクロを作って使うのだ。

天気がよくて、少々蒸し暑い日である。

午後の集合論Zoomゼミは実数の積の話をした。ふたつの正の実数の積を定義し、ゼロや負数を含むすべての実数の積に拡張する。実数としての1が掛け算の単位元になっていることを確認し、ついで、正の実数の逆数を定義した。正の実数の逆数がまた正の実数であることの確認までで時間になった。なので、次回は逆数が本当に逆数であること。すなわち \(x\times\dfrac1x=1\) であることの検証から始める。

解析学概論の講義ノートの明日話すつもりの分は昨日のうちに作ったけれども、なにしろ初めて受けもつ内容の授業だから、実際に話してみないと分量の見積もりもできない。それで、今日は来週の分のノートを用意した。2回分のノートがあれば明日はさすがに大丈夫だろう。しかし今日の作業はけっこう時間がかかった。とくに、サイクロイドを定める微分方程式 \[ 1+(u')^2+2u''u=0 \] を解いて解が本当にサイクロイドになっていることを確かめるのに、ずいぶん手間どった。面白かったけどね。

朝5時前に目が覚めたので起きてしまう。シャワーを浴びて調子よく一日のスタートを切ったのはいいが、朝10時過ぎになると眠くなってしまった。わはははは。昼休みに少し昼寝をして帳尻を合わす。

明後日から毎週金曜の朝に大学院の講義がある。今年は変分法がテーマだ。「なんで、私が解析学概論担当に?」などと予備校の広告のようなことを思いながら、いそいそと準備する。

卒業研究ゼミでは濃度の演算の基本的な性質をやった。\(\aleph_0\cdot\aleph_0=\aleph_0\)とか、\((\alpha\beta)^\gamma=\alpha^\gamma\beta^\gamma\) とか、そのあたりのことね。ただ、濃度の指数法則のうち、\((\alpha^\beta)^\gamma=\alpha^{\beta\gamma}\) というのだけは難しかったらしい。これはつまり関数の集合 \((X^Y)^Z\) と \(X^{Y\times Z}\) とが対等であるということで、関数値の関数を2変数関数と思いなおすカリー化ということを考えなければならない。しかし初学者にはまずもって関数値の関数というのがどうも概念的につかみにくいようだ。

夜にはピアノのレッスンに行く。夏の演奏会で弾く曲は、何をどう弾きたいか、ある程度のイメージはできているし、そこに至るまでに超えなければならないハードルもある程度は見えているので、練習あるのみ。

少し理由があって昨年3月に買ったASUSのX515JAなるノートパソコンを久々に起動した。倅にMSIのノートパソコンを買ってやったときに一緒に買って、Ubuntuを入れて使っていたのだけれど、SKKのヘビーユースのためか、内蔵キーボードのJとLのキーが半年ほどで不調になり、それ以来お蔵入りにしていたものだ。外付けキーボードの助けを借りて、ソフトウェアの更新やらデータのバックアップやらの作業をしているうちに、これはこのまま廃棄するのはさすがにもったいないという気がしてきたので、有料にはなるが、メーカーに修理に出すことにした。外箱を残しておいてよかった。

雨は昨晩のうちに止んで今朝は薄曇りだ。弁当を作って大学へ行く。午後は晴れた。

ずっと手が止まっていた本の執筆を再開する。既存の部分の作り込みの粗いところも多々あるが、細部に入っていく前に、何はともあれまず全体を書いてしまうべきだ。なので構成可能的集合の宇宙 \(L\) の定義まわりの議論の下書きを用意する。自分の頭の中を整理整頓しているような感じだ。

朝から雨である。Apple Musicで古い音楽を、クラウス・オガーマン・オーケストラの «Watusi Trumpets» とかボブ・ミンツァー・ビッグバンドの «Incredible Journey» とかドヴォルザークの新世界交響曲とか、いろいろかけながら本を読んで過ごす。

ムスメはお昼前に出かけた。きょうは友達と遊び、夜のバスで京都に戻るという。

改めて、Ralf Schindlerの本 “Set Theory, Exploring Independence and Truth” (Springer, 2014)に取り組もうと思った。昨日と今日で第1章と第2章をざっと読んだ。このあたりはまだ知ってることばかりだったが、ルベーグ零集合の定義やベルナイス-ゲーデルの公理系の設定の細かい点でおやっ(?)と思わされるところがあり、油断がならない。

あと、Tai-Danae Bradley, Tyler Bryson, John Terilla 原著/小森洋平 訳『圏論によるトポロジー』(森北出版, 2023年)という本を手にとってみた。訳者まえがきに

数直線は実数が隙間なく詰まっている集合とは見えていない現実に合わせて, 普遍性のようなほかの対象との関係で数学が語られる時代が今後訪れるかもしれない. 本書はその時までの過渡期の産物のような気がする.

とあった。もっぱら実数の集合でメシを食っている者としては、これがどういう意味なのか、少し気にかかっている。

京都で働くムスメが帰省してきた。一緒に食う相手がいれば、それなりに少しは人間らしい料理をしようという気にもなるというものだ。

というわけで今月分の「て日々」は試験的に数式を KaTeX でレンダリングすることにした。さっそくテスト。\(\sqrt{2+\sqrt{2+\sqrt{2+\cdots}}}=2\) とか \(\dfrac{1}{2\pi i}\displaystyle\oint_\Gamma\dfrac{f(z)}{z-a}dz=f(a)\) とか。まあしかしこの頃たいした数式は書いてないのだけれども。

午後の集合論Zoomゼミでは実数(というのはここでは有理数のデデキント切断の下組) \(x\) に対する実数 \(-x\) を定義して、まずこれも実数であることを確かめた。そこで次に \(x+(-x)=0_{\mathbb{R}}\) であることを検証しようとしたところで詰まった。あんまり先送りばかりしていてもいけないので、ゼミの後で少しがんばって考えて証明をPDFで書いて関係者に回覧した。夕方からはまたしてもTGSAセミナーで、今回の発表者は数年前にシャクマトフさんの指導で学位をとっていまは中国の南開大学にいるメキシコ人のウーゴくんだった。ウーゴくんは、記述集合論の大家であるSu Gaoさんのもとで助手をしているらしい。

今日も天気がよい。コミセンの図書館に本を返しに行き、新たに5冊借りた。県立図書館の本は今度の土曜日が返却期限だが、土曜日に出向けない可能性があるので、今日のうちに返してきた。こちらで新たには借りなかった。

「て日々」では数式を MathJax で表示している。先日バージョン2.7からバージョン3に移行させたところだけど、これを KaTeX に変更しようかなと思いはじめた。

卒業研究ゼミではシュレーダー=ベルンシュタインの定理の証明を丁寧に見たあと、濃度の和と積の定義を吟味した。発表してくれたU2くんと話した感じでは、“AまたはB” と “AでなければB” の論理的同値性は案外盲点のようだ。

ゼミの後、昨年度までの科研費の成果報告書を書いて、またしてもおおいに肩の荷が降りた。

昨日書いたようなTeXのフォント設定が研究室のWindows PCのpTeXでどうなっているか確認しようとしたら、そもそも TeX Live が2019年版のままだった。これはいけない。急いでアップデートした。アップデート後の設定ではデフォルトで「原の味フォント」を埋め込む設定になっている。まことにけっこう。というか、こうなるとDebianではどうしてフォントを埋め込まない設定がデフォルトなのかがわからない。研究室のUbuntu PC でもDebianの設定を受け継いでフォントを埋め込まない設定になっていたのでこれも修正した。

夜はピアノのレッスン。相変わらず進捗がない。あるわけがない。練習ができていないのに進捗したらそれは何かが間違っている。

Debian GNU/LinuxにTeX LiveをインストールしてレガシーなpTeXを使うとき、PDFに和文フォントが適切に埋め込まれていない問題があったのだけど、奥村黒木本を見たら直し方がわかった。TeX Liveに含まれるkanji-config-updmapという長い名前のコマンドを使うと和文フォントの埋め込みの設定ができるのだ。詳しくは奥村黒木本(奥村晴彦・黒木裕介『LaTeX美文書作成入門』技術評論社)の和文フォントの章と、付録の「基本マニュアル」のkanji-config-updmapの項目を参照してね。自分用の文書なら、今後はLuaLaTeXで作るけれども、出版社のフォーマットを使う原稿執筆や何人かの共同作業のときは、まだまだpLaTeXが主流だと思うので、Debianでの和文フォントの問題が解決したのは、地味に嬉しい。

夜にAmazon Prime Videoでミュージカル映画《ジーザス・クライスト・スーパースター》を視聴した。いつだったか(10年以上前)出張先のホテルのテレビで後半だけ見たので、一度全編を見たいと思っていたのだ。面白いというかなんというか、1970年代前半という時代の色と匂いを感じた。俺には、ユダとピラトは悪いやつに思えなかった。それと、三野博司が書いていたカミュの『異邦人』とイエスの受難との関連についても考えさせられた。

オーケーオーケー、原稿を編集さんに送ったぞ。さしあたりボールは相手コートに渡った。それにしても、この原稿のおかげで少なからず数学的な刺激を受けた。ありがたいことだ。こうなったら、誰かを道連れにして木田良才『離散群とエルゴード理論』(共立出版, 2024年)か Su Gao «Invariant Descriptive Set Theory» (CRC Press, 2009)あたりを読むセミナーとかやりたいな。ともあれ、いったん肩の荷が降りたのでパルタジェでワインを飲んできた。