て日々

2024年1月

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朝は卒業研究ゼミで、今週も、ゼミ生たちが発表会の準備をするのを見守る。その合間に、午後の講義の準備もする。午後の講義は大学院向けの幾何の最終回で、バナッハ-タルスキの定理を証明し、レポート課題を出す。先週の日記に書かなかったが、球面 \(S^2\) が \(\mathrm{SO}(3)\)-逆説的であるというハウスドルフの定理の証明が済んでいるので、バナッハ-タルスキの定理の「複製バージョン」まではあと一息だ。そこから《パチンコ玉のサイズの球を分解して組み立て直すことで太陽のサイズの球が作れる》と解釈できるバナッハ-タルスキの定理の「拡大バージョン」を導くには、もう一工夫いって、そこの説明が今日の講義のカナメということになる。先週のハウスドルフの定理の証明の無理やり感とは違って、今日はわりかし丁寧に説明できたと思う。

昨晩、思うところあって過去の「て日」と「て日々」の文章からのキーワード検索ということをした。まだ子供らが小さいころの日記に《帰りの車の中で子供たちはぐっすり》なんて記述を見つけた。情景が思い出されて、なんだか懐かしかった。いつも言っているとおり、最初はパソコン関係のちょっとしたメモのつもりで始めたウェブ日記だったが、IT関係の話題なんて、数年後には反故同然である。過去の生活と意見についてもいろいろ書いたが、振り返ると痛い内容もある。むしろ、子供らのことを折に触れて書き残しておいてよかったと思う。

朝には集合と位相の講義をした。きょうのお題は同値類と商集合と自然な全射をめぐる話だった。授業のあと、ある1年生が、数学基礎論の勉強がしたいんだけど、そういう授業はないんですか、と聞きにきた。確かに、俺は数学基礎論をやっている(ことになっている)けれども、現在の大学のカリキュラムにはそれ系の科目はない。3年の後期以降のゼミでやってもらうしかない。それまでは、集合論が数学でどう使われているか、とか、そのあたりに関心を払いつつ「普通の数学」を勉強してもらうしかないな、と言って、尾畑伸明『集合・写像・数の体系 数学リテラシーとして』(牧野書店2019年)を貸し出した。

そのあと院生MBRくんが研究室にやってきて、修士論文の最後の仕上げをして、印刷と製本まで済ませた。明日が締め切りのところを、今日のうちに無事に提出できて、まことに結構。午後は非常勤の授業の成績をつける作業と、今週金曜日の集合と位相の演習の問題と小テストを作る作業にあてた。MBRくんの修士論文と非常勤の成績提出ができたので、だいぶ肩の荷が降りた。ありがたいことだ。

そんなこんなでいつもの火曜日より帰りが遅くなったので、家にあるもので簡単に夕食を済ませて、いつものピアノのレッスンに行った。表現についての先生の指摘がだんだん厳しくなって、難しくなってきた。

朝は少し寝坊してしまった。授業がないとなると覿面である。非常勤の講義は済んだが、これから評価をせねばならない。午前中に家でその作業に取りかかる。

午後は3年生セミナーの最終回。最後は作用素の極分解の話だった。任意の作用素 \(B\) に対して部分等長作用素 \(U\) と正値自己共役作用素 \(A\) が存在して \(B=AU\) と書ける。複素数 \(z\) を \(z=re^{i\theta}\) と極表示するのに似た結果だ。テキストでは極分解の存在と一意性が述べられているが、存在を示したところで時間切れとなった。ちょっとだけ時間を延長して、自己共役作用素と実数の間のアナロジーおよび正規作用素と複素数の間のアナロジーから発想して、著者(竹内外史)は量子論理のもとでの数学という構想を抱いていたんだよという話で、全体を締めくくった。その後、院生MBRくんとオンラインで修士論文の仕上げの相談をしているところへ1年生が「集合と位相」の質問にやってきた。

夜には今週末の高大連携イベントに関連した作業を少しした。月末締め切りの仕事がいろいろあって、それなりに大変である。

仕事らしい仕事もせず、基本的に家でだらだらして過ごした。ただし、修士論文について院生MBRくんと若干のやりとりはした。そろそろ提出締切が近いから、完成を急がないといけない。

天気がよくて、久々に洗濯物を外干しできたのは嬉しい。借りた本を返しに県立図書館に行き、コートの直しが済んだので受け取りに行った。

朝は集合と位相の演習をやる。問題を作った時点で「ああ、この問題のここは手が止まるだろうなあ」と思っていたところで、案の定、どうやればいいんですかとの質問が多発した。問題はこうだ:\(k\in\{0,1,2,3\}\) に対して \(A_k=\{\,4n+k\,:\,n\in\mathbb{Z}\,\}\) と定める。このとき \(\mathbb{Z}\) の部分集合族 \(\mathcal{D}=\{A_0,A_1,A_2,A_3\}\) が \(\mathbb{Z}\) の分割になることを示せ。分割の条件(1)は \(\bigcup\mathcal{D}=\mathbb{Z}\) となることで、これをどう示したらいいかわからんと言われそうだとは、事前に予想できた。しかしその一方で、たとえば整数11はどの \(A_k\) に属するか、6はどの \(A_k\) に属するか、と尋ねてみると、これには皆ちゃんと答えられる。そこで次に、それをどうやって判断したか答えてもらう。その返事を踏まえて、整数 \(x\) を4で割った商を \(n\) とし余りを \(k\) とすると \(x=4n+k\) かつ \(k\in\{0,1,2,3\}\) だから \(x\in A_k\) になるよね、だから \(A_0\cup A_1\cup A_2\cup A_3\supseteq\mathbb{Z}\)だよね、と説明するとわかってもらえる。まあ、そういう順序で説明して回った。

中間テストの採点ができたので、何人かの受講者が答案を取り戻しにやってきた。その中の一人が相談に乗ってほしいというから、何かと思ったら「この科目ほんとうにわからなくてやばいんです」とのことだった。演習の時間などでもどうしていいかわからない。説明されるとなるほどと思うけれども応用が効かない、という。答えていう。一つ学んだからってすぐに他の問題に応用が効かないのは、それは最初は無理もないことだ。場数を踏まないと応用できないから、最初は説明されたことをそのまま自分で書く。次には、理解したことをちょっとだけ変えて、それこそ \(A\) と書いたところを \(B\) に変えるくらいでもいいから、自分の手で書き直してみるとか、具体例にしてみるとか、そんなふうに小さく変化させてみるといい。それでもわからないことがあったら、何でもすぐに聞いてくれ。あなたたちはお金を払ってる側、こちらはお金をもらって仕事でやってる側であり、俺も中島先生もTAのMRKくんも、わからないという学生に対して怒ったりバカにしたりは絶対しない。とにかく、わからんわからんと言って手を止めている時間をなくそう。

この最後の「わからんと言って手を止めている時間をなくそう」と言うのは、完全にブーメランである。つまり、自戒というか、自分への反省を込めて言っているわけだ。それで、この頃は、たとえばキッチンシンクに下げた食器を見て、ああ洗うのメンドクサイなあと思ったら、一度「それ、あとまわしにしたら、どんなええことがあるん?」と自問する。それで「何もないわ」という結論が出れば、手が動く。まあ、それでもやっぱりメンドクサイ、となることもあるのだが。

あと、その相談主は今月7日の「おいでや!!」のときMONKに来ていて、俺を見かけたらしい。

寒いが昨日ほどではない。午前中は大学院ゼミで、修士論文の手直しのため、久々に数学らしい議論をした。

午後には1年生向け集合と位相の講義。集合の分割というものを定義し、分割から同値関係が作れること、写像から分割が作れることを説明した。来週には同値関係から分割が作れること、すなわち類別して商集合を作ることを説明し、さらに商写像というものについて考えることになる。

あと、夜中までかかって先週実施した集合と位相の中間テストの採点を済ませた。

昨日に輪をかけてきょうも寒い。予報ではきょうの予想最高気温は4℃どまりらしい。朝の気温は0℃だった。寒いのと、起き抜けにiPhoneのOSのアップデート作業をしたのとで、朝の出だしがいつもよりだいぶ遅くなったが、弁当を作って朝食をとって薬を飲んで少しだけピアノを練習して、それでも普段どおりか、むしろちょっと早めの時間に大学に着いた。結果オーライだが、気持ちはちょっと慌しかった。普段は朝食後に、お茶なりコーヒーなり飲んで「まったり」する時間がとれるのだ。やはり朝は早起きするに越したことはない。

朝の第1時限は卒業研究ゼミだ。ゼミ生たちが発表の打ち合わせをするのを見守りつつ、裏番組でMBRくんの修論の原稿をチェックする。明日の大学院ゼミの時間にいろいろ議論して、原稿の手直しもしよう。

ゼミ室の窓から見える小学校の校庭では、1年生か、ひょっとしたらどこかの幼稚園の子供だろうけど、小さい子たちが、大はしゃぎで凧揚げをしていた。外気温1℃で風もあり、とても寒いはずだけど、とても楽しそう。元気があれば寒空の下でも楽しめるというわけだね。

松山にしては珍しく寒い。一日中気温が5℃より上がらなかったんじゃないだろうか。

朝一番に1年生向けの集合と位相の講義をやり、同値関係の定義と例について話した。いいかげん、先週金曜日の中間テストの採点をせねばならんので、重い腰を上げる。

夜にはピアノのレッスン。この曲をどう弾きたいのか、どういう音を出したいのか、もっと自分で意識しながら弾かないと、音楽にならない。これまでろくな考えもなく漫然と弾いていたことに気付かされる。

ピアノに限らない。他のことでもそうだ。アンパンマンの主題歌ではないが、何をやりたくて何が嬉しいのか、それすら考えもせずに、俺は惰性で生きている。それで時折、急に「これじゃいけない」と不安になり、焦っておかしな行動をとっては、周囲に迷惑をかけたり心配させたりするのだ。ジタバタしてもバカが一朝一夕に治るわけはない。見苦しい悪あがきはやめよう。

というわけで、ヘタはヘタなりにちゃんと練習しよう。練習してもすぐには上手になるわけではないが、それでもヘタなりに人前で演奏しよう。バカはバカなりにちょっとは努力しよう。努力してもすぐにはバカが治るわけではないが、それでもバカなりに考えを表現しよう。

などと愚考するばかりで、院生MBRくんに原稿のチェックを頼まれていたことをすっかり失念してしまっていた。ごめんなさい。

朝は非常勤の講義の最終回で、例年どおり「フェイクニュースとメディアリテラシー」という題目で話した。これで肩の荷がひとつ降りた。いったん帰宅して、郵便局に用を済ませに行ったあと、昼食をとり、書店に寄り道しながら大学まで歩いて行った。午後には3年生ゼミがある。あいかわらず自己共役作用素の大小関係とスペクトル分解についての議論が続く。このゼミは来週で終わりなのだが、うまい着地点が見つかるだろうか。

さて、夜はパルタジェ常連仲間のゴンさんに呼ばれて、あるホテルで開かれたあるパーティーに紛れ込んだ。たくさんのビジネスパーソンが集まる懇談会で、来賓代表として市長がスピーチしていたり、サンドアートや日本舞踊のアトラクションがあったり、愛媛の地酒24種類が飲み放題だったり、とても俺みたいな者のいるところじゃなさそうだったのだが、全然構わないとゴンさんは言う。それでまあ、ありがたくタダ飯タダ酒にあずかり、たくさんの人と名刺を交換して、各種お土産までもらって帰ってきた。

朝のうち、天気がよくないが、洗濯をして室内干しにする。昼食にポークソテーを作った。フライパンに残った肉汁にぶなしめじを加え、バターとガーリックと醤油とウィスキーでソースを作ったら、そこそこ美味しかった。昼食後は少し昼寝をし、天気が回復するのを待って散歩に出た。

午前のうちに月曜日の非常勤の講義の準備をした。午後は洋服のお直しの店に古いコートを修繕に出しに行き、それからジュンク堂に行った。カズノさんに頼まれていた (水曜日に買えなかった) イタリア語のテキストを買いに行ったわけだが、ついでに高原文郎『新版 宇宙物理学』(朝倉書店, 2015年)という本を買った。ただし、いま読んでいる本は、玉村豊男『料理の四面体』(中公文庫)と、真貝寿明『宇宙検閲官仮説』(講談社ブルーバックス)である。

朝には集合と位相の中間テストを実施した。病欠が1名あったので追試をせねばならないし、試験をしたからには採点をせねばならない。数学を教えるのは楽しいが、教えたあと、到達度を評価するのはつらい。というのは、受講者の到達度を評価するということは、ひるがえって、講師自身が評価されるということだから。

午後には1ヶ月ぶりにカラオケでサックスの練習をした。今回からテナーに戻る。

朝、せっかく作った弁当を忘れて大学に来てしまった。昼休みに食べに帰ってもいいのだが、午後から雨の天気予報を気にして電車で来てしまった。往復の電車賃のほうがランチ代より高くなってしまう。泣く泣く諦めてコンビニで買った昼食をとり、弁当の夕食に回せる部分は夕食に回すことにする。

木曜日の午前中は大学院ゼミだが、いまは院生のMBRくんが修士論文を作成するのをひたすら見守る時間である。その合間の時間を利用して来週の授業の準備作業をする。午後には1年生向けに集合と位相の演習をやった。

午前中は卒業研究ゼミで、来月の発表会の準備を進める。まずは、喋る内容を決める。相談しているうちに証明の改善案を思いついたりもして、なかなか面白い。午後は大学院向けの講義。群の集合への作用の復習から始めて、\(G\)-分割合同とか\(G\)-逆説的部分集合とかの定義をした。ランク2の自由群 \(F_2\) がそれ自身の左からの作用のもとで \(F_2\)-逆説的であることを証明し、さらにバナッハ-シュレーダー-ベルンシュタインの定理を証明した。今回も盛りだくさんで難しかっただろうと思う。ともあれ、目標であるバナッハ-タルスキの定理がそろそろ射程距離内に入ってきた感じだ。

授業のあと少し事務仕事を済ませてからパルタジェに行った。いつになくお客さんが多く、川尻さんもいた。お客さんの一人が、フランスの若い友人に送ってもらったというシャブリを皆で試飲している最中だったらしい。俺もご相伴に預かった。キリッとした口当たりながら、葡萄の香味がほのかに残っていて、なかなか美味しかった。途中で席を外してジュンク堂にも行った。カズノさんが毎月NHKテレビのイタリア語のテキストを買っているので、じゃあ2月号を買ってきてあげようと言って出かけたのだが、テキストの発売日は明日だった。いや、これはしまった。で、玉村豊男と辻邦夫の文庫本を1冊ずつ買って戻った。

朝は1年生むけの集合と位相の講義をした。全射と単射に関する定義と例。これまでの経験からすると、このあたり、特に全射の概念の習得に苦しむ学生さんは多い。慎重に進まねばならないところなのだが、今年度はいろいろの事情で、授業が駆け足になりがちでどうもいけない。

午後は早めに帰宅して家で休んだ。憂鬱な気分が募っていけなかったので、ちょっとだけサックスを吹いた。またこいつと一緒に人前に立って演奏するんだと改めて心に決めたら、少し前向きになれた。

夜はピアノのレッスンに行った。本番まであと1ヶ月ちょっと。やさしい楽譜を選び、前回とは比較にならないくらい練習時間もとっているとはいえ、それでも表現の道はなかなか険しい。

午前中は非常勤の講義だった。いつもと違う装備で出かけたら、職員証を忘れていて、講師控室に入るために教務の人の手を煩わせてしまった。そのせいというわけでもないが、いつもと比較して手際も歯切れもよくないグダグダした講義をしてしまったように思う。講義終了後、いったん帰宅して、家に溜まっていた小銭を揃えて郵便局に持っていき、令和6年能登半島地震の義援金として日本赤十字に寄付した。申しわけないような少額だが、地震で困っている人の役にたててもらえれば嬉しい。たくさんの1円玉の処分に困っていたところでもあり、自分も助かった。家で昼食をとってから、大学へ向かった。午後には3年生ゼミがある。竹内外史『線形代数と量子力学』を読んでいるが、先週から取り組んでいる命題の証明が妙に難しいうえ、ちゃんと証明になっている気がしない代物で、これには大いに困った。この命題については別に調べることにして、先に進もう。夕方にはある1年生が集合と位相の演習問題について質問に来た。

少し寝坊したがどうにか朝のうちに洗濯と明日の授業の準備を済ませた。午後は街に出て新しいコートを買った。店の人によるといま着ているコートの袖口の傷みも洋服のお直しの店で修繕できるらしい。これはこれで気に入っている一着なので、そのうちどこかの店に持ち込むとしよう。

今朝は、旅行に出かけた見知らぬ土地で妻子とはぐれて一人ぼっちになってひどく寂しい思いをする、という夢を見て目が覚めた。

朝から夕方まで、このシーズンならではの、あの仕事だ。6時に起床し、朝食と弁当を作り、少しだけピアノの練習をして、いつもよりちょっと早めに自転車で出勤する。いろいろ緊張する場面の多い仕事だが、無事に済んでよかった。

今日は授業のない日なので、いつだったかの休日出勤の代休をとった。やることがないわけじゃないのに、寒いのと膝の痛いのにかこつけて、一日中グータラしてしまい、なんだか自己嫌悪に陥ってしまった。夕方からは、少し気を取りなおしていつもの集合論Zoomゼミをやり、そのあと非常勤の授業に関連した作業を少しした。明日は一日仕事だから、まあ、続きは日曜日にやるわ。

午前中は大学院のゼミというか修士論文の指導があり、午後は学部1年生向けの集合と位相の講義をした。夕方には土曜日の仕事のブリーフィングがあった。夜はパルタジェに寄り、緑町のトルバドールという店を紹介してもらった。昔なつかしいハービー・マンとかフューズ・ワンとかのLPレコードをかけてもらって、とても嬉しかった。電車がなくなる時間までいたので歩いて帰ったら、荷物が重くてけっこう大変だった。

朝のうち雨だったので電車で大学に行く。午前中は卒業研究ゼミをやる。来月中旬の発表会の準備を始めた。午後には大学院の講義をする。自由群の定義をし、回転群 \(\mathrm{SO}(3)\) がランク2の自由群を含むことを証明した。この証明が、今回のコースのうちで一番厄介なところだ。その後、夕方までは、とあるZoom座談会に出た。これについては今はまだ詳しくは言えないが、そのうちまた書くことにする。

夜、ミヤちゃんのところのユーヤくんの就職が決まったとの連絡が入った。それはめでたい。

年明けはだいぶガッツリと休ませてもらったが、今日から普通に仕事である。といっても、きょうは月曜日スケジュールの授業なので、午後の3年生ゼミだけだ。自己共役作用素(ただし有限次元)のスペクトル分解に関連する話題をやった。

夕食に回鍋肉を作って食べて、夜はピアノのレッスン。そろそろ表現をどうするかという話になって、改めて難しくなってきた。

夜遅くなってから、明日の授業の準備をするが、なかなか身が入らず情けない思いをした。

今日も随分寒い。基本的に家で過ごすが、Apple Watchに促されるようにして、散歩にも出かける。県立図書館に行って本を5冊借り出した。そのうちの一冊、芥川也寸志『私の音楽談義』(青木書店 1956年, 音楽之友社 1959年, ちくま文庫 1991年)は、子供の頃に実家にあったの(たぶん音楽之友社版)を読んだ覚えがある。名著だと思う。

夕食は一人鍋にした。寒いから早めに寝てしまう。

午前中、黒澤明監督の古い映画『酔いどれ天使』(東宝, 1948年)をAmazon Primeで視聴した。戦後すぐの闇市を舞台にした話だが、例えば妻のような公衆衛生に関わる人にはいろいろ思うところがあるだろう。この映画が描いた時代から75年を経て、闇市もドブのような沼も無くなり、結核の脅威も退いて、世の中の衛生状態はとても向上した。さてそれでは、この映画のテーマはまったく過去のものになったかというと、俺にはそうも思えない。

夕方から夜遅くにかけて例のパルタジェ常連組(カズノさん・かおりん・三瀬さん・前田さん・木下さん・俺)で「おいでや!!Jazzストリート」に出向いた。もっぱらMONKにいて、松竹栗雅・栗田敬子トリオwith尾方隆子・松山銘曲倶楽部・GGSと聴いていく。

いや、実はMONKの第1セットの松竹栗雅のあと、第2セットはキーストーン上義幸さんのテナーを聴きに行こうとしたけど、満席で入れなかったので、STAND ALIALIで腹ごしらえタイムとなったのだ。MONKのビルとキーストーンのビルの間にちょうど挟まれるようにSTAND ALIALIのビルがある。音楽イベントの待ち合わせにはちょうどいい店というわけだ。

それで、第3〜第5セットはMONKに腰を落ち着けることにした。第3セットの尾方隆子さんの歌と栗田敬子トリオの演奏は大変楽しく、会場が盛り上がった。第4セット松山銘曲倶楽部の瞳ちゃんは綺麗可愛くてとても素敵だったが、それよりなにより、伴奏する関家マスターのすごさを改めて認識した。クラシックギターの世界に「ギターは小さなオーケストラ」という諺があると聞くが、それはジャズギターにも当てはまる。

さてさて、先月17日の日記に書いたようなわけで、俺だって演奏が上手くなりたい。プロたちの圧倒的な演奏を生で聴きながら、音楽をやるということについて考えさせられた。ひとつはもちろん、楽器が身体の一部になり、思うがままに出したい音が出せるようになるまで練習するということなのだろう。そしてもうひとつ、自分が何がやりたいのかをちゃんと認識することだ。ただ演奏するというだけでは、いかにも漠然としている。(大先輩であり恩師とも言えるトランペッター川嵜淳一が常々いうとおり) 楽譜に並んだ音符たちが音楽としてどう表現してもらいたがっているかを感じとらなくてはならない。だから、時間を見つけて楽器を練習し、今日のようにいろんな演奏を聴いて圧倒され、また先日のように機会あるごとに人前で下手な演奏を披露して恥をかくことを、俺はこれからも繰り返そうと思う。

昨年末の研究集会やら先日の倅の部屋の片付けやらの関係で大量のペットボトルがあるのだが、今朝がそのペットボトルの回収日だということをすっかり忘れて寝床でダラダラと過ごしてしまった。また二週間待たねばならぬ。まあ、しゃあないな。

一昨日の娘のパソコンの無心については、まあ新品を買わせることにしたが、その関連で昨年までUbuntuを走らせていたDell InsprionをWindows PCとしてリカバリすることにした。業者に頼もうかと思って問い合わせたりもしたのだが、どうにか自力でリカバリとWindows 11へのアップデートができそうだ。

昨日は妻が出発して、今日は倅が出発する。出発間際になって普段使っている電子辞書がないと言い出したり、出発してから歯磨きセットとカミソリを忘れたと言い出したり、倅は倅で通常運転である。もっとも、電子辞書が見当たらなかったことに関しては、妻の責任も多少ある。妻は帰省するたびに、掃除とか整理とか称して、つまりよかれと思って、家の中をいろいろひっくり返して回りがちなのだ。かつて何度も意見したが、治るものではないと、今ではすっかり諦めている。妻は妻で通常運転である。

電子辞書はあとでちゃんと見つかったので、歯磨きセットともども宅配便で送ってやろう。

妻は昼過ぎに実家方面へ出発した。妻のおかげで、この10日ほど、うるさく、かつ楽しかった。妻が出発する日になって、急にまた気温が下がって寒くなった。倅は倅で、明日の昼過ぎには京都に戻ってしまう。友達にお土産を持って行きたいというので、夕方からフジグラン松山に行ってお菓子を買い、フードコートで夕食にした。娘からLINEで連絡が入った。パソコンを買い替えたいから相談に乗ってくれという。相談というのはスペックに対することと費用のことと、両方だろうなとすぐにわかった。まあ、助けてやることにする。

もうくわしく書く気もしないけど、波乱万丈の年明けである。でも、めげずにがんばろうね。

昼飯はラーメン。晩飯はおでん。家族のために食事を用意せにゃならんと思うと、他のいろいろなことが考えられなくなるのは俺の弱点だ。

きょうはまた羽田空港で事故があり航空機の火災が発生したという。昨日の地震の被災地へ救援物資を運ぶ飛行機が旅客機と接触して炎上したらしいのだ。痛ましいことだ。だが、俺たちには何もできない。できるのは、何かできることがあればしようと決意しつつ、関心を持ち続けることくらいだ。

次に引用するのは、2011年の東日本大震災の時に誰かがツイートした言葉だが、そのアカウントは現在は活動していないらしい。他の人が「この言葉にずいぶん救われた」と紹介していたのを見かけたものだ。

“緊急時に、何もしないことが最良でありうることを認め、何もできないことを受け止め、何かした気になることを戒め、何かしないと不安になることと戦うことの別名を、祈ると呼ぶ”

俺たちはひとまず、祈るしかない。そして、何ができるか考えよう。

夕食後、はやしさん (@t_hayashi) とすこし議論したので、久々にtogetterでまとめを作った。題して t_hayashiは形式化したい という。

ううむ。元日早々、能登半島のあたりが地震でえらいことになっている。このたびの地震と津波の被害に遭われたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。