て日々

2023年8月

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10月の研究集会に向けて、参加予定者や講演者とメールのやりとりをしたり、少しずつ準備をする。まだ講演申し込みが少ないので、追加で募集をかけねばならない。

山本正身『日本教育史』(慶應義塾大学出版会、2014年)を読み終えた。政治と教育の関係についていろいろ考えさせられる。「制度としての教育」すなわち近代教育は「国家による国民形成」をめざすものであった。そして現時点でそうした近代教育は制度疲労の状況にあると見られる。それはそのとおりだと思う。さてそれで「次の一手」をどう打つかという話になると、誰にも確実なことは言えない。著者はここで近代教育を「個々人の生の充実」をめざす教育へと組替えていくべきだと提言する。俺もそれには賛成だ。そしてそうした組替えを現実のものとするためには、俺たちは政治に棹さすことを厭うわけにはいかない。その一方で「個々人の生の充実」をめざす教育を実現するためには、公教育の制度改革を待っていてはいけないとも思っている。もちろん俺とて公教育の一翼を担う大学教員のハシクレであるから、その時その時の制度の枠内でできるだけのことはするのだが、究極的には教育は社会全体の営みであるということを忘れてはいけない。

とかなんとか言っていたら、前々から打診されていた共著についての正式な執筆依頼が版元から届いた。このところサボりがちで脳味噌のシワが伸びきった俺にはちょいと厄介なテーマだが、がんばって書いてみよう。

朝、外が明るいので洗濯をした。ところが午後から雨の予報だ。まあそんな日もある。内干しにして出かける。昼間は雨は結局降らなかったが、夜に例によってそこらへんをほっつき歩いている間に少し降ったようなので、まあ、結果オーライである。

カズノさんに誘われてMONKのライブを聴きに行った。関谷さんのギター、栗田さんのピアノ、岩崎さんのベースに、松原さん竹内さんのヴォーカルが乗っかるという編成。夏の終わりの切ない幸福感に浸らせてくれる気持ちいい音楽だった。が、俺たちの隣のテーブルで一人で聴いていたお姉さんが、ノリが良すぎたというか、元気すぎたというか、つまり、少々うるさかったので、こちらはかえって音楽にのめりこめなかった。ノリの良いのが悪いわけではないが、なんだか残念である。

いい天気で暑いが、夏の盛りが過ぎたように感じられる。きょうはなぜかセミの声も聴こえない。

夜はピアノのレッスン。少しずつ進捗している。というか、ちゃんと練習すればもっと進捗するに決まってるんだからがんばろう。

昨日の疲れが少し残っている。無理のない範囲でゆるゆると作業する。

夕方、自分のアルトサックスを一色楽器に持っていってオーバーホールを頼み、ついでに街をうろついていたら、毎週の集合論Zoomゼミを忘れそうになった。定刻の直前に気付いて慌てて参加者に連絡し、急いで帰宅してゼミをやる。20分遅れである。ゼミの題材は、無限公理のモデルの話、推移的的集合の話、羃集合の公理の話。今回もテキストの記述にいろいろおかしなところがあって、対応に追われた。

京都に来たからには、娘と倅を連れて、母の暮らす老人ホームを訪ねなくてはならない。朝8時に宿を出発して近所の「やよい軒」で朝食をとり、朝9時に倅を寮に迎えに行き、マクドナルドで朝食を食べさせた。電車を乗り継いで、老人ホームに着いたのは10時すぎ。娘は別行動で先に到着している。老人ホームの母の部屋は、テレビのほかには何もないようなところだ。訪問者のない日は母はここで一日中テレビをみて過ごしているという。あのアクティブ老人だった母のえらい変わりように胸が痛む。さりとて、こればっかりは、俺にはどうしてやることもできない。

11時半ごろに老人ホームを出発。イオンモールに行って娘と倅と3人で昼食をとり、店内を見てまわる。とはいえ、特に買いものはしない。イオンモールを出たところで子供らとは別れて、午後14時すぎに京都駅に到着。自分の乗る電車は15時すぎに来る。キオスクで缶ビールを買い、混雑した新幹線コンコースで所在なく時間をつぶす。新幹線も予讃線の特急も、けっこう混んでいた。しかしいつものことながら、予讃線の特急しおかぜが松山に着くころには、車内はけっこうガラガラである。フジグラン松山のマクドナルドで軽い夕食をとって、20時すぎに帰宅。きょうは京都の炎天下をけっこう歩いたので汗だらけになった。歩数計カウント15,910歩。すぐにシャワーを浴びて、旅の荷物を片付けたら、ウィスキーを一杯ひっかけて、さっさと寝てしまう。

きょうは久々にサックスを吹く予定で、そのせいかどうか、明け方にウィンドシンセ組立キットなるものを夢に見た。自分用の楽器と預かっていた楽器と、アルトサックスを2台もって電車で京都まで行かねばならない。譜面立てはリュックサックにも楽器ケースにも収まらないので、別に持つ必要がある。リュックサックの中身は最小限にしたし、ひとつひとつの荷物はそれほど重いわけでもないのだが、楽器ケースを2個もっての移動は、やってみるとけっこう大変だった。

四条烏丸近くの宿には、15時ごろ着いた。OBバンドの練習は18時からだ。少し時間があるので、いつものように、河原町BAL地下の丸善に行った。本を2冊買い、錦小路の市場街を通って宿に戻る。この市場街もこのごろはすっかり観光名所化していて、ガイジンさんでごったがえしている。

で、高校の部活のOBバンドの練習。12月の「創部60周年記念コンサート」に向けての練習だ。「40周年」にはテナーサックス、「50周年」にはフルートで参加した。今回は、いろいろの事情でアルトサックスで参加することにした。いまのところ、詳しいパート割もできていないというか、そもそも出演者がまだ確定していないし、まだまだ合奏にメンバーが集まらない。まあ、いつものことではある。

いざ合奏に参加してみると、自分の普段の練習不足もさることながら、どうも楽器が不調である。これまでにもあったことだが、G♯のタンポがトーンホールにへばりついている。応急処置でトーンホールに紙を挟んで掃除してみたが、それでもレスポンスが悪くてお話にならない。そういえば、預かりものの楽器は先日一色楽器でメンテナンスしてもらったが、自分のアルトサックスのことはすっかり忘れていて、2年ほどもケースに入れっぱなしで放っておいたのだった。松山に戻ったらさっそくこちらもオーバーホールに出さなければならん。テナーでならば演奏会でやったこともあるリードの第2組曲を含めて、もらった楽譜は当然のことながらすべて初見だし、そんなこんなで、とても合奏を楽しむどころではなかった。いや、そうは言っても、皆とこうしてまた一緒に演奏できるのは嬉しいんだけどね。

練習は21時半に終わった。同期のKz、オカモト、チサと4人で西京極のガストで夕食をとりつつ話す。この、練習後のファミレスというコースは現役の時代から変らない。歳ばっかりとっても、俺らは進歩せえへんなぁと笑いあう。

電車で大学に行くが、事務に書類を出す他はろくにすることがなかった。もちろん学者たるものそんなときこそ勉強すべきなのだ。だが俺は脳味噌のシワが延びきっていて、すっかりダラケている。しかも、学者稼業を始めてからとか最近になってからとりたててダラケ始めたのではなく、なにしろ物心ついた頃からずっとダラケている。ダラケ道の達人である。たぶん死ぬまでこの調子である。どうしようもない。だが若い頃には、それでもたまに心に火がついて熱心になにかするということもあった。あれはどういうものなんだろう。そのときの心持ちを思い出せれば、まだ望みはあるのかもしれないね。

とかなんとか言いながら、夕食は冷奴と塩鯖の炙ったの。夕食後に小松菜の煮浸しとかみなりこんにゃくを作りおきする。

朝のうちに、非常勤先に来年の採用に関連した書類を提出しに行き、その足で県立図書館に行く。借りていた本の返却期限である明後日には行けない予定なので、前倒しで返却に行ったのだ。借り換えたり期限延長した本の新しい返却期限は来月の14日。この日はこの日で、東京出張の真っ最中だ。やれやれ。なかなかピッタシいかないねえ。まあ、そんなことより、読むべし読むべし。

朝から雨だ。電車で大学へ行く。きょうは大学院入試の日で、俺は午前中いっぱい研究室で待機していなければならない。午後には会議もある。夜はパルタジェで定期的に開催しているワイン講座の席に空きができたというので、ピンチヒッターとして頼まれて出席してきた。おいしいスペインのワインを頂戴したが、どうも俺の柄じゃない会合である。

昨日の日記にも書いたとおり、朝10時前から夕方4時ごろまで、高校生を対象にした講習を担当した。「やさしい事例で学ぶ整数と2次の無理数」と題して、午前中はA4とかB4のコピー用紙の規格に含まれる\(\sqrt2\)や\(\sqrt3\)といった無理数の役割について話し、午後には三角数が平方数でもあるような場合をすべて求めるために、ペル方程式 \(x^2-2y^2=1\) のすべての自然数解について考えるという話をした。受講者は3名だった。

夕食に來來亭のラーメン定食を食って、夜にはピアノのレッスンに行く。レッスンの首尾はまあまあ。帰宅して夜も更けてから、10月に京大RIMSで開催する集合論の研究集会に関連して、英文メールのやりとりなどの仕事を少しだけした。

実に11日10日ぶりに大学へ行った。明日の高校生向け講習の午前中の部では、A4とかB4のコピー用紙の寸法を題材にして話をする。受講者にも実際に紙を折ったり切ったりして試してほしいので、そのように用紙や定規やハサミなどなどを準備し、話の運びかたを考える。午後の部では、いつぞやオープンキャンパスで題材にし数学合宿の問題にもした、三角数が平方数でもある場合をめぐって話をする所存である。こちらは案外理屈っぽい話なので、必要な機材としては、数値例を計算するための電卓があれば十分だ。

夕方には雷が鳴り、少しだが雨も降った。なんてったって夏なんだから、たまにはこういう日もなくちゃね。

夜は例によって集合論のZoomゼミ。テキストに1階述語論理の等号公理などの説明がないことや《帰納的集合》の定義に「空集合を要素にもつ」という条項を含めていないことなどから、いろいろ脱線の多い回になった。とにかく不備の多いテキストだ。読んでいて面白いのではあるが、この先も俺の力で不備をカバーできるかどうかは保証の限りでない。

Zoomゼミのあと、夜の散歩を兼ねて、家からちょっと離れたスーパーへ買い出しに出た。近所の店では買えないひよこ豆が朝食に欠かせない食材なのでね。

昼食は残りものでお好み焼きを作った。フライパンで作ったら裏返すときにしくじって形が崩れたが、食ってみれば、まあまあの味であった。午後、バスで京都に戻るムスメを見送った。

この10日間、久々にいろいろ料理した。一緒に食ってくれる人がいると張り合いがある。明日からは日常に復帰してちゃんと仕事をしよう。

ムスメがリビングでオンライン集中講義を受けている。俺は邪魔しないように気をつけて、洗濯をしたり買い出しに行ったりする。昼飯はあごだしで煮干し系ラーメンを作った。午後はひとりでパルタジェに出かけて火曜日の講習に備えて整数の計算をちょっとした。夕食にはレバニラもやし炒めを作ったが、またしても、もやし炒めの難しさを再確認する結果となった。

雨が降るような降らないような天気予報だったので少し迷ったが洗濯を決行したら、結局雨は降らなかった。昼飯には久々にナシゴレンを作り、晩飯には出来合いのソースでイカ墨のスパゲティを作り、ムスメのリクエストにより野菜料理をいくつか追加する。来週火曜日の高校生向けの講習のために教材の調達と若干の数学の計算をやる。

先に倅が京都の寮に戻ることになったので、JR松山駅まで見送りに行った。午後は家でだらだら過ごす。そろそろ日常に復帰せねばならんのだが。昼食はそうめん。夕食は塩鯖の焼いたやつ。久々に、即席でない味噌汁を作った。

本当ならムスメは昨日のうちに京都に戻っているところなのだが、台風の影響でバスが運休になってしまって、仕方なしにきょうも松山にいる。新幹線等々、そうでなくても例年Uターンラッシュで大変な交通機関が、台風のせいで大混乱であるらしい。まあ、松山はそこそこ天気もよく、ここにいるぶんにはいたって平和である。

昼食は手打ちピザ。ピザを焼くならアンチョビを乗せたいと言って10時半ごろ買い出しに出かけたムスメは買い物ついでにそこらへんをブラブラと散策していたらしく、11時半を過ぎてようやく帰ってきた。どうやらこのムスメは父親に似て極楽トンボらしい。夕食はかに玉と、ひき肉の味噌炒めレタス添え。あと適当に作った中華スープ。

あまり天気がよくない。昼食はゴーヤと豚肉の塩焼きそば。夕食にはしばらく前に地域のコミュニティ紙(ウィークリーえひめリック)に掲載されていた魯肉飯(るーろーはん)なるものをを見よう見まねで作ってみた。子供らはうまいと言って食ってくれたが、俺にはちと味付けが甘かった。

まだ山本正身『日本教育史』の第一四章でもたもたしている。「近代教育の再編(その三) — 戦争と教育」と題したこの章は、一九三〇年代から一九四〇年代前半の戦時中に、教育環境が軍事優先の政策のためにいかに歪められてきたかを、制度史の面から記述していく。しかし完全に冷徹に制度の記述に徹するわけではない。次に引用するパラグラフはとくに印象的だ

こうして、この国のすべての学生・生徒は、その人間としての成長が国家の教育によって保証され促進される権利を有する学習者というよりは、むしろすべてが国家の軍事的・政治的目的に対する無条件の奉仕を義務づけられた人的資源として、国家から認識され、国家の体制内に位置づけられていく。「制度としての教育」を推進する最大の契機としての政治の力は、その強大さゆえに、ひとたびその権力の志向が「教育」との親和性の最も希薄な「軍事」へと突き進むとき、組み立てられていた「教育」の構造を土台から崩壊させ解体させる特異な自己否定的作用を身にまとってしまうのである。(山本正身『日本教育史』p.305)

昭和十五年に立法府が「大政翼賛会」へと再編されたことで実効性を失ない、《閣議決定》によって軍事優先の教育政策が次々と打ち出されていく様子を読むにつけて、議会が空洞化し閣議決定ばかりで政治が進行している現今の状況にも、どうしてもきな臭いものを感じざるを得ない。そんなこんなで、意図していたわけではないが、結果的に終戦の日にふさわしい読書になった。

夕食後、倅とムスメにA4版・B4版等々の用紙の寸法に関連した数学小噺をした。この題材は、来週にやる高校生相手の講習に使わせてもらう。

昼食に親子丼を作った。午後は娘・倅と3人でフジグラン松山へ出かけた。夕食は倅の好きなはま寿司に行った。

昼食時は倅が出かけていて不在なので、娘と2人でスパゲティを食べた。夕食時は娘が友人と遊びに行っていて不在なので、倅と2人で塩鮭を焼いて食べた。

本読みは第一四章にさしかかる。まあ、子供らの飯の心配をしているから、というのを言い訳にして、本を読むのをサボっているというのもあるが、第一三章から第一四章にかけて、日中戦争から太平洋戦争に至る戦時体制のために教育政策がワヤクチャにされる時期の話で、読んでいていたたまれない。そんなこんなで、ここへきてなかなか読みすすめないのでもある。

夕食にハンバーグを作った。つけあわせにフライドポテトを作ったら倅が喜んだ。

まるで昨日書いたとおりで、食事の段取りのことしか頭が働かない。まあ俺の頭が働いていないのはいつものことだけど。朝食はピザトースト。昼食は焼きそば。夕食は麻婆豆腐。

夕食後に青柳いずみこ『パリの音楽サロン』(岩波新書)を読了。誰がどのように文化を担うのか、という、俺がいつも気にしているテーマについて、19世紀末から20世紀初頭のパリという時と場所の場合を紹介してくれている。『日本教育史』は第一〇章と第一一章を読んで、ようやく半分を超えた。どうでもいいことだけど、章の番号が漢数字で10進表記なのは奇妙だな。

オープンキャンパスを開催している大学で、中庭に集まった高校生たちを窓の外に見ながら大学院のゼミをする。確率微分方程式の求積法で解けるケースについていろいろ計算しながらテキストを読み進めた。

午後は娘と倅が揃って帰省してきた。久々におさんどんになって、昼食にチャーハン、夕食に唐揚げを用意してやる。おさんどんモードのときは昼飯の片付けが済むとさっそく晩飯の段取りばっかり考えてしまうので、読書のノルマを達成する心持ちになりにくい。なんだかんだ言って、昼寝なんかもしてしまったし。それでも、夜遅くに『日本教育史』の第九章と『パリの音楽サロン』の第X章だけ読んだ。

山本正身『日本教育史』の第七章と第八章を読んだ。ときどき箸休めに、青柳いずみこ『パリの音楽サロン』(岩波新書)をちょっとずつ読む。

夕方には集合論のZoom自主ゼミをやる。いつも月曜の夕方にやっているあれを、発表者の都合できょうに振り替えたのだ。和集合の公理のモデル、分出公理のモデル、それと自然数の定義について考えた。

台風6号の影響だろうか、夜にはずいぶん風が強くなってきた。

昨夜から降っていた雨は昼前には止んだ。先月末の期末テストをひとりだけ病欠していた受講者の追試をして、前期の授業とその評価を一段落させた。

夜はピアノのレッスン。わずかずつとはいえ進捗はあるのだからあきらめずに頑張ろう。

山本正身『日本教育史』を、昨日は第二章まで、今日は第六章まで読んだ。全部で十八章ある。この調子で進めればいいな。

さる土曜日に書いた鹿島茂『思考の技術論』(平凡社)での野矢茂樹『論理学』(東京大学出版会、1994年)の引用について、研究室に野矢『論理学』があったので確認してみた。論理的な命題とは,言葉遣いの正誤というチェックだけから,その主張の真偽が決定しうるようなものにほかならない.(野矢『論理学』p.6)というのがその引用文なのだが、この文の置かれている文脈が問題だ。

野矢『論理学』においてこの文が置かれているのは冒頭の「序論」であり、ここで野矢は、そもそも論理とは何か、論理的であるとはどういうことか、と読者に再考を促している。そして、引用文はその文脈のなかでも特に「論題」という演習問題的な位置づけの文の中にある。その論題では、頭がよく素直だが「論理的」という言葉の意味をまったく知らない小学生 (すべてを根本から考えなおそうとする哲学者の営みの擬人化のようなもの) を想定して、次のような見解について,先の子供であればどのように応じるだろうか.さまざまな角度から検討してみよ.と問われている、その「次のような見解」の結論部分なのだ。この「論題」の直後の議論で、上記の見解を子細に検討しようとすれば「言葉遣いの正誤」をどう判定するかというところに「論理的な整合性」というものを想定せざるを得ず、話が堂々めぐりになってしまうことが指摘されている。つまり野矢はここで、論理的な命題というものを上述のように定義する試みはうまくいかないと指摘しているわけで、鹿島が言うように野矢が命題をこのように定義しているわけではないのだ。

「論理的な命題」「論理命題」について野矢は『論理学』の189ページから190ページにかけて (ゲーデルの不完全性定理において何がどう不完全と示されたのかと述べる目的で) 次のように説明している:

    論理学がその肯定か否定の証明に責任をもつべきような命題を「論理命題」と呼ぶことにする.
    \(P\land Q\)は論理命題ではない.\(P\)と\(Q\)に具体的な命題,例えば「無門は禅僧である」と「無門は酒飲みである」が入り,その命題の真偽に応じて\(P\land Q\)の真偽が定まる.そして,「無門は禅僧である」と「無門は酒飲みである」の真偽を決定するのは,しかるべき調査,おおげさな言い方をすれば,世界の在り方を調べる調査にほかならない.\(P\land Q\)の真偽の確定には,いわば論理学の論理外の要素が関わってくる.
    これに対して妥当式(古典命題論理の場合はトートロジー)と矛盾式は,論理的な考慮だけで真偽が定まるべき命題,すなわち論理命題を表している.それゆえ,もし論理命題に関してその肯定も否定も証明できないのだとしたら,その論理体系は不完全だということになるだろう.

このあたり、深く追求しだすとなかなか大変なのだが、ともあれ、土曜日の日記で、「ジャンヌは俳優である」が論理学でいう命題ではあるが論理的な命題ではないと俺が書いたことの裏付けはとれた。ジャンヌが俳優かどうかは、それこそ世界の在り方を調査してはじめて判断できることだからだ。原文においては、論題として検討せよとて提示された文言を、鹿島がどうして「あっ、これが定義なのかな」と軽はずみに引用したのか、さらにまた、その直後に野矢が展開する議論をすっ飛ばして、どうして鹿島がミスリーディングなパラフレーズをしたのか。返すがえすも残念だ。

だがまあ、このあたりのことを差し引いてもなお、鹿島茂『思考の技術論』は読みごたえのあるいい本だとは思うのだ。

一日中、雨が降ったり止んだり。午前中は昨晩の夜更しのせいで使いものにならない。午後には教室会議と今月下旬にある大学院入試の準備作業があって、少々くたびれた。

「文理の分離」についての情報源として山本正身『日本教育史』(慶應義塾大学出版会)にとりかかる。これまた厚めの本(本文450ページ弱)なので、今月中に読めるように一日のノルマを決めよう。

午前中は家にいて、洗濯をしてから、玉村豊男『パリのカフェをつくった人々』(中公文庫)を読んで過ごす。半分ほども読んだところで昼になったので、パスタを茹でて昼食にする。午後1時半にはもう洗濯物は乾いていたので、とりこんで片付けてから、読みかけの本をバッグに入れて街へ出かける。夕方、出かけている間に少し雨が降った。洗濯物を早めにとりこんで正解だった。

『パリのカフェをつくった人々』は深夜に読み終えた。カフェはオーベルニュから、クレープリーはブルターニュから、ブラッスリーはアルザスから、それぞれパリに出かせぎに来た人たちによって作られて、パリ中に広がっていった。パリは上京者のつくる街なのだ。それで、オーベルニュ出身のマスターが経営するビストロでブルターニュ産の牡蠣をアルザス出身のエカリエ(殻剥き職人)に剥いてもらって食べる、というようなことが起こる。大まかに言えばそういう話だが、取材旅行の紀行文としても楽しめる。

午前中は家で本を読み、午後、県立図書館に行って本を借り替えた。堀之内には制服の中学生と運送業者の大型トラックがいっぱい。そうか、きょうは吹奏楽コンクールの日なのだな。ちょっと気にはなったが、会場の市民会館に足を運ぶことはしなかった。

図書館を出てから、いつものパルタジェに行って、いつものようにひとしきり油を売った。夕方の街には浴衣姿の男女がちらほら。というのも、きょうは三津浜の花火大会の日なのだ。ということは、夜7時8時の電車は混み混みになるに決まっているので、街で少し時間を潰して、9時過ぎの電車で帰った。それで帰りの電車はすいていたが、今度は反対向きの、三津浜から戻る電車の混雑がすごかった。まあ毎年のことだ。

なんというか、へそまがりの俺は、あの花火大会というものがそれほど好きではない。いやまあ、遠くから見て綺麗だねと言っているぶんにはまだいいが、間近で見るものではないと思う。近くに行くと、わけのわからん人混みにまぎれにゃならんし、ドンパチドンパチと戦争みたいな音がするし。

三津浜の花火大会もそうだけど、場所によっては囲いの中に有料の観覧席を作って無料の見物人との差別化をはかり、著しいところになると、有料席の環境を保証するためと称して、高さ4メートルもの囲いを築いた大会もあると聞く。そんなことでいいのだろうか。というのも、そもそも夏の花火大会には、お盆の迎え火という厳粛な意味があったんじゃなかったろうかと思うからだ。

とかなんとかぼやきながら、話は変わる。

だいぶ日数がかかったが、鹿島茂『思考の技術論』(平凡社、2023年)を読み終えた。570ページにわたる浩瀚な本で、デカルトの『方法序説』から出発し、パスカル、コンディヤック、ヘーゲル、吉本隆明、楠木建、野矢茂樹といった著者たちの本を繙き、また鹿島自身の経験した事例も織り込みながら《正しく問いを立て、答えを導くにはどうすればよいか》について広く深く考察している好著である。語り口は平明で、議論は難しすぎることもなく、また易しすぎることもない。ベテラン学者にしてベテラン物書き、プロのインテリである鹿島の筆運びに魅了されつつ、ふむふむと楽しく読み進めていった。

だが、全体の終わり近く、論理学について書かれたあたりになって、話がだんだん危なっかしくなってきた。

ひとつだけ、読んでいて看過できないと感じた思い違いを指摘したい。504ページで鹿島は、野矢茂樹『論理学』(東京大学出版会)における記述「論理的な命題とは、言葉遣いの正誤というチェックだけから、その主張の真偽が決定しうるようなものにほかならない」をパラフレーズして「論理学でいう命題とは、言葉遣いの正誤というチェックだけから、その主張の真偽が決定しうるような平叙文である」と言い換えた。だがこれは誤読だと言わざるを得ない。たとえばの話、次の505ページで鹿島が「要素命題」の例に挙げた「ジャンヌは俳優だ」の真偽を、言葉遣いのチェックだけで決定できるわけはないのだ。「ジャンヌは俳優だ」は命題ではあるが、野矢の定義する意味での論理的な命題には当てはまらない。「焼き肉が好きな女子は焼き肉が好きである」(論理的に真な命題)とか「フジタはポンコツであり、かつ、フジタはポンコツでない」(論理的に偽な命題)のように、「焼き肉」や「女子」や「ポンコツ」の意味内容に訴えずに論理だけで真偽が判定できる命題のことを「論理的な命題」と野矢は言っているのだ。「ジャンヌは俳優だ」のように論理以外の何かを参照せねば真偽が判定できない命題は、数理論理学の用語では、non-logical な命題とよばれる。だが、これは決して非論理的 (illogical) な命題というわけではない。(このパラグラフの記述は、後日、研究室か自宅の物置に置いてあるはずの野矢茂樹の『論理学』を読み直して書き直すかもしれない。)

大学院ゼミでは、修士論文のテーマになりそうな話題がないか相談した。演習室のエアコンが不調なのか、室温が30度より下がらず苦しかった。

『午後三時にビールを — 酒場作品集』を読み終え、鹿島茂『思考の技術論』を少しだけ読み進めるが、あまり調子が出ない。

サボっていた中間テストの採点を済ませた。予定していた期末テストの追試験は延期になった。

鹿島茂の本と並行して、中公文庫の『午後三時にビールを — 酒場作品集』というアンソロジーを読んでいる。日本の文士たちが酒場をめぐって書き残した随筆を集めた本なのだが、内田百閒の「タンタルス」を読めばビールを飲みたくなり、池波正太郎の「藪二店」を読めば蕎麦を食いたくなり、開口健の「鯨の舌」を読めばおでんを食いたくなって、どうもいけない。

後期の三年生ゼミのメンバーが決まったようだ。4人が配属される見込みだが、第一希望で俺を指名した人は誰もいないので、何をやるかよく相談して進めたい。

前期の授業があらかた済んでしまって、学生さんたちの姿も少なくなり、キャンパスはずいぶん静かになった。

期末テストの採点はたしかに昨日のうちに済んだ。しかし、申しわけなく情けないことに、5月29日に実施した中間テストの採点が (何度も追試を試みねばならなかった等々の言いわけはできるにせよ) 手付かずだったので、これを今日と明日のうちに片付けることに決めて、今日は5問中3問までマルつけをした。

いや、しかしこれは本当に申しわけなく情けないことだ。中間テストは、決して単なる初夏の年中行事ではない。その本義は、コースの中程で到達度を確認し、コース後半の授業の方針を立てることにあるはずだ。その意味で、期末テストより中間テストこそ、すぐさま採点して受講者にフィードバックすべきだったのだ。ごめんなさい。ごめんなさい。

俺にしては珍しく一日で期末テストの採点を済ませた。その他、3年生の研究室訪問を受けたり、その他にもこまごました業務があった。

いい天気だが風があるので、外にいても日陰ならけっこう心地よい。むしろ冷房のない屋内がダメだ。一旦帰宅して洗濯物を片付けたりしてから、ピアノのレッスンまで30分くらいのスキマ時間があったので、冷房を入れずにピアノに向かって練習をしていたのだが、滝のように汗が出てまいった。ともあれ、先週も書いたが、練習するごとに、少しずつだが進捗するのだから、これからもがんばろう。