て日々

2019年1月

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朝、「カントール饅頭」とか「ワイヤストラス煎餅」とかの土産物を買う夢をみて、なんやねんそれとツッコミを入れながら目を覚ます。なんだかんだで月末である。日記の月次進行などを自動化することを考えねばならんのだが、どうも気乗りしない。テキスト処理の自動化プログラミングに限らず、たいていのことに気乗りしないのは、小雨のふる薄暗く寒い日だから、ということにしておこう。

午後にTGSAセミナー。博士課程の学生イヤネスくんがシャクマトフさんとの共同研究について発表。

午前中は卒業研究ゼミ。キューネン本第II章の演習問題を3題解いた。うちの学科の卒業研究には卒論の審査はないが「卒業研究のまとめ」というレポートを例年提出してもらっていて、その進捗をnCoくんに聞いたところが「鋭意難航中です」「順調に滞ってます」との答え。この師匠にしてこの弟子ありというか、なんというか。

午後はこのシーズンならではのあの件に関する打ち合わせ。18時30分までかかった。帰宅して夕食後、共著の原稿に、昨晩考えた証明を追記し、他にも何箇所か説明を補った。昨日に引き続き早めに就寝。

朝の飛行機で東京から松山に戻る。いったん家に荷物を置き、天気がいいので洗濯をしてから、羽田空港で買ったおみやげを持って大学へ行く。午後は学生さんたちの質問に何件か答える。夕方、鏡に映った自分が、いつになく疲れた顔をしている。帰って、買いだめしてあった食材で適当に夕食。早めに寝ることにしよう。昨日ヨリオカくんから注文がついた補題の証明は、夜に布団に寝ころがりながら考えてどうにか目鼻をつけた。

ツイッターとフェイスブックで、春さんと健太さんが本日入籍との知らせ。おめでとうございます!!

東京2日目。日中ずっと、窓のない会議室に缶詰になって、昨日の作業の続きを皆でやる。夕方、月島で皆と別れ、地下鉄大江戸線で大門へ。明日が早いので、きょうは浜松町のプレッソインに宿をとったのだ。夕食は、N.Yとたんじぇを誘って恵比寿で飲み食い。住もうとは思わないけど、たまに出てくるには東京は面白いところだ。あ、しかしこれでは京都に帰省したときの感想とまるっきり同じだな。

研究の相談のために東京にやってきた。いつものように早朝の飛行機で羽田に着き、豊洲の芝浦工大でイケガミくんたちに会う。

夕食は月島でもんじゃ焼き。なにかアニメ映画の舞台にもなった店らしい。なかなかおいしかった。立ち飲みバーで22時ごろまで飲み直し、右手にスカイツリー、左手に東京タワーを見ながら、佃大橋を渡って宿へ歩く。宿は新富町の銀座キャピタルホテル。忘れもせん19年前、新婚のころに夫婦で泊まったところだ。

県立図書館に行き、それからフジグランのミスドに行って連載原稿に入れる題材を練り直した。本文は夕方に書き上げたので、夜には図を作る。なかなかイメージどおりの図が作れない。

連載の原稿を進める。夜遅くまでがんばって書いて、分量的にはいい具合に進捗したのだが、自分で書いていてどうも面白くない。23時過ぎに打ち切って寝てしまう。こういうときは、一度頭を休めにゃならん。

午前中は銀行に行っていろいろの手続をした。貯金というものの大切さを再認識する日々。これからまた少しずつ貯金しよう。午後は楽器店にミニコンサートの参加手続きに行ったあと、大街道のフライング・スコッツマンで炭焼珈琲を飲みながら連載記事の下書きをする。しかしテーマがテーマだけに昨年本に書いて出したような話しか思い浮ばず、ちょっと困ってしまう。

齋藤孝『夜型人間のための知的生産術』(ポプラ新書2017年)を読んだ。齋藤さん意外なことに夜型なのだそうだ。自分は夜型なのか朝型なのか、自分でもよくわからない。午前午後とも、7時から9時ごろが元気でそれ以外はヘバっていたりするので、ひょっとしたら12時間サイクルで一日を二分割して生活しているんじゃないかとすら思う。ともあれ、夜に誰にも邪魔されずに自分の世界を広げ深めようという提言には賛成だ。

午前中は卒業研究ゼミ。キューネン本(1980)第II章の演習問題を2問。ダイアモンド原理と同値ないろいろな命題。ススリン木を自分自身と直積するとススリン木でなくなることの証明。木の直積の定義をすっとばしたまま話が始まって終わったものだから、次回はそれに関連する演習問題(2つのアロンシャイン木の直積がまたアロンシャイン木になることの証明)をやってきてもらう。

午後は研修と会議に出て、原稿の再度の読み返しを終わらせて変更点をファイルに反映させ共著者にメールで送った。これで明日と明後日は連載の原稿のことに集中できそうだ。

さる20日日曜日と今日は休肝日。今後も、基本的に水曜日は休肝日にしたい。それと可能ならば週にもう1日、月曜なり日曜なりを休肝日にする。頻繁に夜遊びに誘ってくれるような友人もいないので、自分の心掛けしだいで可能なはずなのだ。あと、これはあまり強いルールではないけど、なるべく夜にコーヒーを飲まないようにしたい。寝付きが悪くなるから。あとは毎朝の体操。

何も進捗らしいものがない。まあ、何もしなかったわけでもない。原稿の読み返し。TGSAセミナーで話す内容の確認。学生さんの質問への対応。コンビニで買ってきた「ペヤング」で大学の研究室で夕食を済ませ、帰宅後はシャワーを浴びて、久々にビートルズやら、ビゼーの「アルルの女組曲」やらを聴いている。

ちょっと寝坊して、ゴミを出せなかった。やはり疲れていたらしい。

先日の合宿で取った写真のバックアップ、TGSAセミナーのウェブサイトの更新など、細かい作業をする。1か月後には自分もTGSAで喋らにゃならぬ。次に、連載記事3月号分のゲラ読み。4月号分の原稿は手付かずだが、すでに締切が近い。

ピアノのレッスン。来月のミニコンサートで弾く曲は決まった。本番までにレッスンはあと2回しかないが、なんとかしよう。

年に一度のあの仕事。けっこう疲れたが、トラブルもなく無事に済んだ。

先日、市立図書館で借りたクリスチャン・ザイデル『女装して、一年間暮らしてみました。』(長谷川 圭訳,サンマーク出版)を読み終えた。面白かった。実業家として社会的にそこそこ成功してきた中年男が、防寒具をさがしているうちに、婦人もののストッキングのあまりの快適さに驚き、それをきっかけにつけ乳房・化粧・ウィッグ・ハイヒール・ワンピースと、女装の「実験」にのめりこんでいく。そのことが感覚や意識のみならず体質にまで影響を与える様子と、その経験を踏まえた男女の問題の考察を綴っている。TVプロデューサー、ジャーナリストとしての経験を踏まえて、その考察は知的に冷静だ。

かつては男性のものとされていた領域に、女性はすでに進出している。ズボンをはき、企業の重役にもどんどん登用されている。それなのに男はまるで銅像だ。昔からネクタイをして、ずっと同じ格好のまま。男が車を飛ばし、サッカースタジアムで大声をあげ、世間体のために妻をめとろうと躍起になっている横で、女性は女性にバラの花をプレゼントしはじめた。かつて、女性にバラを贈るのは男の役割だったのに!

努力と想像力を武器に、女性は古めかしい女性像を取りはらい、過去の慣習から自分を解放することに成功した。ところが、男の多くはそれを進歩とはとらえず、男の領域を侵食する脅威とみなしているのが実情だ。

「燃え尽き症候群」や「競争によるストレス」といった言葉が新聞の見出しをにぎわしている現代こそ、男性も古いイメージを脱ぎ捨てる必要があるのではないだろうか。(92〜93ページ)

「じゃあ、お前の目から見て、男は何をすべきなんだ?」トビアスは僕の言葉に真剣に耳を傾けている。

「大きく変わらなきゃダメだ。女性を隅に置いやって『そこで自由にやってろ』と言っているようではダメだね。自分が何をしたいか、女性自身が決定できるようにならないと。そのためには、男が身を引いて、女性にスペースをあけ渡す必要がある。女性のために男はドアを開け、コートを取り、アクセサリーをプレゼントするけど、平等な社会参加は認めようとしない。いま必要なのは女性の進出じゃなくて、男の撤退なんだ。おれはそう思う」

「なんか難しい話になってきたな」(247ページ)

実際のところ、この本を「読んだ」とレポートするだけでもちょっとした心理的抵抗を感じるくらいに、性の問題はやっかいだ。内容をチェックもせずタイトルだけ見て「あーなるほど、あなたもそっち系?」などと言ってくるいわゆる常識人が必ずいそうだし。

合宿研修2日目。成果発表だ。どのグループもそれなりにちゃんとした発表をし、質疑にもちゃんと受け答えしている。もちろん、教員である俺たちの目にはアラが見えはするが、それでもなかなかたいしたものである。たった一日の準備でも、真剣にやればこれだけのことができるんだという経験は、参加者の財産になってくれることと思う。午後、チャーターしたバスで大学に戻る。センター試験の真っ最中だから、構内にバスが乗り入れることもなく、正門前に横付けして荷物を降ろし、言葉少なに解散。抜き足さし足で帰路につく。

合宿研修は、1〜2コマの講義に相当する内容を演習形式で自力で進んでもらう、いわば、道案内はいるが進むのは自分の足というガイドつき山登りのようなものだ。俺は差分方程式についての比較的やさしい問題を出したが、バナッハ・マズールのゲームの理論ひととおりをいくつもの小問に分けて辿るという問題を出した教員もいたし、グーグルのページランクの数理の紹介もあった。

発表の相互評価で優勝したのが、エルデシュ・ウラムの問題《平面の稠密部分集合でどの2点間の距離も有理数であるようなものが存在するか》に関連するアニング・エルデシュの定理《任意の自然数nに対して、平面上にn個の点を、どの2点間の距離も整数で、どの3点も同一直線上にないように、配置できる》の証明へと誘導する問題に取り組んだグループで、巧妙なアイデアが上手に説明されていて、これはとても面白かった。聞くところによると、エルデシュ・ウラムの問題はいまだ未解決で、あのABC予想との関連も指摘されているという。

すっかり恒例になった、大洲青少年交流の家での数学教室の合宿研修に出かける。教員6名がそれぞれに工夫して用意した、ちょっと高度な数学の問題に、学生さんたちがグループごとに取り組む。その成果を、明日の午前中に発表してもらうのだ。学生さんたちがあれこれと議論している間、俺たち教員は思い思いの作業に没頭できるはすだから、俺は原稿の2度目の読み返しをしようと思っていた。とはいえ、議論が煮詰まってしまった学生さんたちへのアドバイスもたまにするし、教員どうしで仕事の相談もするし、他の教員のところへ珍事件が舞い込んで皆で騒いだりするし、いろいろの面白いことが割り込みをかけてくるので、思うほど読み返しは進まなかった。

一日じゅう天気がよかった。午前中、体操と食事と掃除と洗濯を済ませてから、学部長候補者選挙の投票のため大学に行き、投票権を行使する。自分の一票にどれだけ意味があるのかはわからないが、こういうことをないがしろにしていると、いずれ足元が危うくなる。

いま、沖縄には県民投票の投票権の保証を求めてハンガーストライキをしている若者がいる。それは何もその若者や沖縄の人々がこれまでことさらに政治を軽んじていたせいではない。俺たち国民がひとしなみに選挙や政治参加に億劫で、流れに任せ続け長いものに巻かれ続けた結果、いま世の中がどうにも信じられないような状況になっているのだ。それはもう、さすがボンクラの俺も、いいかげんイヤになってくるくらいに。それを思うと、意義がよくわからない投票でも、棄権する気にはなれない。

それから銀行に行って別居中の家族に仕送りをして、昼食をとりに一旦帰宅。昼食と並行して洗濯の2ラウンド目をやり、そのあとコミセンの市立図書館に行って、妙ちきりんな本をたくさん借りる。市立図書館では、一度に10冊まで借りられるのだ。貸し出し期間は2週間で、とても読めるとも思えないのだけどね。

帰路、「自家焙煎珈琲モア」に立ち寄り、ひさびさに美味しいコーヒーを堪能。図書館で借りてきた本を家に置いたら、また大学へ行っていろいろの用を済ませる。メールの返事を書いたり明日に備えてカメラの電池を充電したり関数電卓を用意したり、11月に借りて借りっぱなしだった什器を倉庫へ返しにいったり。そのあと例年のアレの説明会のために教育学部に行った。去年は工学部だったし今年は教育学部だし。うん。俺、理学部の教員なんだけどね。

説明会が済んだら医者に行く。いちばん弱いやつだそうだけど、血圧を下げる薬が初めて処方された。アレルギー性鼻炎の薬も出してもらったし、飲む薬が増える一方だわ。一昨日質問に来た学生さんがまた聞きたいことがあるというので、医者のあと、フジグラン松山3階のフードコートで会う。例によって群論の問題だ。代数には苦手意識があるが、このあたりはまだどうにか答えられる。30分ちょっと質問に答えたあと、4階のツタヤに行って雑誌のバックナンバーを2冊、2割引で買って帰宅。木曜日らしからぬ盛り沢山な一日だった。

午前中はnCoくんの卒業研究セミナー。キューネン本1980の第II章の本文が済んだ。これからは来月の卒研発表会の練習を交えつつ、第II章の演習問題をちまちまと進めてもらう。院に進んで読んでもらう予定の論文には、ダイヤモンド仮説とマーティンの公理という相容れないふたつの仮説が、両方とも関連してくるのだ。(これだけ言えばスルドイ人には何をやろうとしているのかわかるかもしれないな。)昨年の今ごろは寺澤順さんの『現代集合論の探検』を読んで「何のことかわからないんですけど」と言っていたnCoくんだが、さすが若い人の成長は早い。

午後は原稿の読み返しをひととおり済ませ、赤ペンで書き入れた変更点をソースに反映させる作業。それが済んで関係者にPDFを送ろうとして、まだ残っていた数学上の間違いに気付いてあわてるなど。さらに、送ってしまってからも、いろいろ間違いは見つかった。やはり、考えを一度原稿から離して頭をリセットしないと、客観的に読み返すことはできないものだ。

数学セミナー2月号が届いた。自分の書いている連載記事が載っているのだ。それと今号には、拙著『「集合と位相」をなぜ学ぶのか』の沼津高専の松澤先生による書評が載っている。こわごわ読んでみたら、内容を丁寧に紹介してこれから数学を学ぶ人にも勧められる本と結論づけてもらっている。嬉しい嬉しい。

学生さんが質問に来たので対応。素数位数の巡回群が自明な部分群(単位群と全体)しか持たないという話をしたので、とにかく「p個」という言葉が連発される。自分で「p個」と言うたびに頭の中をヒヨコが通り、しまいにヒヨコだらけになって喋れなくなった。

昨晩書き上げた原稿のこと。午前中は文献リストをつけ、午後は読み返しをやった。夜までかかって第0章〜第3章のうち第1章まで見返した。原稿がみるみるうちに赤ペンの書き込みだらけ、付箋だらけになる。帰宅して夕食後、深夜までかかって短い第2章を読み、そこで打ち切り。続きは明日の午後だ。

午前中から、途中に食事の用意をしたり昼寝をしたり散歩に出たりしながらも、夜22時くらいまでかけて、どうにか原稿をしまいまで書いた。あとは各セクションにええ具合のイントロを書くことと、参考文献リストをつけること。まあそれは明日にする。

日記の定型部分のタグの生成をいいかげん自動化したい。そのほうが間違いがなくなるだろうし。そして月末までには月替わりの処理の自動化ということも考えないと。そういう機能を、久しい昔にPerlで実装したのだが、このとおりデザインも変えたことだし、ひとつPython3で実装しなおそう。(いつになることやら)

休肝日。

昨日と打ってかわってすばらしい晴天。朝食後に洗濯をし、自転車で温泉に行く。必要最小限の現金と風呂の道具だけ持っていったのだが、スマホどころか時計すら持たずに行ったので、時間がわからない。温泉から戻るともうお昼前だ。簡単な昼食をとり、一息入れてから1時間半ばかり原稿にとりくむ。しかし、こう天気がいいと家にいるのがもったいない。14時から3時間、散歩に出た。例によって城山に登る。いつもと違って黒門口登城道を使う。本丸広場はきょうもなかなかの人出だった。下山して銀天街に行き、銀天街GET!のフレッシュバリューで少しだけ食材を買って、昨日行ったばかりだけど県立図書館にちょっとだけ寄って、昨日記録し忘れた本の情報をメモして帰る。夕食は、じゃこ天入りのきつねうどん。

それから夜22時半ごろまでかかって、ルベーグ不可測集合に関するセクションを書き終えた。今日のところはここまで。次はいよいよ最後のセクションで、数列のなすバナッハ空間について書く。

天気がよくないのでいつもの温泉は明日か明後日に延期して、さっとシャワーを浴びる。今朝も朝食の用意の合間に「朝飯前体操」をした。筋肉痛は昨日よりはいくぶんマシだ。

県立図書館に行って江沢洋『物理学の始点 力学・確率・量子』(培風館)という少し古い本を借りた。目当ては巻末に収録されている江沢洋と倉田令二朗の対談だ。ここで倉田先生が「パウリはいつもメフィストフェレスを気取っている」という趣旨の発言をしたのを、昨日ちょっとしたきっかけで思い出したからだ。あと、一昨日ちょっと騒ぎになった機械学習に関連して杉山将『イラストで学ぶ機械学習』・谷口忠大『イラストで学ぶ人工知能概論』(ともに講談社)を借りた。拙著『「集合と位相」をなぜ学ぶのか』は貸出中になっていた。ちょっと嬉しい。

原稿は第3章セクション1の、ルベーグ不可測集合に関連する部分をひととおりやっつけた。

軽い二日酔いと脚の筋肉痛でどうも気分がさえない。

複数選択原理から選択公理が導かれる証明を書き、いま取り組んでいる原稿の第2章までがどうにか埋まった。あとは第3章で、ここは自分の得意分野のことを書くので、さほど不安はない。

朝、少し寝坊したなあと思いながらiPhoneを手に取ってTwitterのタイムラインを見ると、なんだか機械学習の問題と集合論でいう連続体問題とに関係があると主張する論文が話題になっていて、いっぺんに眠気がふっとんだ。機械学習の専門的な話はさっぱりわからんが、機械学習のある数理モデルが解をもつことと、可算濃度と連続体濃度の間に基数が有限個しかないこととが同値だと言われては、読みに行かないわけにいかない。それで、きょうの昼間はずっと、いま書いている原稿での選択公理がらみのことと、その機械学習の論文のこととを、並行して読んだり考えたりしたものだから、なんだか頭がこんがらかりそうだった。

その論文:Shai Ben-David, Pavel Hrubeš, Shay Moran, Amir Shpilka and Amir Yehudayoff, “Learnability can be undecidable,” Nature Machine Intelligence vol.1, pp.44–48 (2019)

話は変わる。俺のような者にこそ適度な運動が必要だということが、樋口満『体力の正体は筋肉』(集英社新書)を読んでようやく腑に落ちたので、朝飯の用意の合間に軽く体操する。まずは下半身と体幹を鍛えるのがいいらしい。といっても、右膝の関節が悪くて不安なので、キッチンの流しの縁に手を添えた状態でスクワットをした。慣れないものだから、きょうは一日じゅう膝がわらっていたし、夜には筋肉痛が出た。まあ、その日のうちに痛みだすのは、まだしもいい傾向である。

午前中は卒業研究ゼミ。2月の発表会で使うスライドの案を見せてもらった。nCoくん、スライドもしゃべりも、初めてにしてはずいぶん上手だ。発表内容はまだ内緒だが、関連して前回のゼミの時から考えていた問題が二人で議論しているうちに解けたのは嬉しかった。よもや新しい結果ではあるまいが、なかなか面白い話題である。

午後はiMacにインストールしたDebianの設定を片手間にやったりしながら、ちょっとずつ原稿を進める。ハーン・バナッハの定理の証明を書いた。夕方、食材を少し買って帰宅し、簡単な夕食のあと、ベクトル空間の基底の存在に関するハメルの定理から複数選択原理が導かれるというA.ブラースの証明を読んだ。とても巧妙な証明で、どうやってこんなこと思いついたのか、まったく不思議だ。複数選択原理はZF集合論のもとでは選択公理と同値なのだが、それには基礎の公理が必要だ。基礎の公理は素朴集合論には置きどころのない公理で、その意味では本当を言えば自分の担当の範囲を越えてしまうのだが、まあ、そのあたりも含めて書いてみよう。そのかわり、体の代数閉包の話は思い切ってボツにする。代数学での重要性はわかっているが、選択公理の応用例としては凡庸だし、それ以外の部分での議論が長くなりすぎていけない。

夜になってから、つくりおきのかぼちゃの煮付と大豆もやしの和え物を作り、蕎麦茶を飲んで、少しだけピアノの練習をする。休肝日。

午前中は家にいて、原稿をちまちまと進捗させる。昨日に引き続き、体の代数閉包の存在と一意性について考える。雪江明彦『代数学2』(日本評論社)にある存在証明が、ヘンキンによる述語論理の完全性定理の証明に酷似していて面白い。代数閉包の存在証明で、多項式ごとにつけ加えられる新しい変数は、まぎれもなく、ヘンキンの証明で用いられたスコーレム定数なのだ。そう考えると、超準解析の方法で代数閉包の存在証明が書けそうにも思えてくる。

午後、大学でいろいろの文献を調べる。齋藤正彦の名著『超積と超準解析』(東京図書)や学生時代のテキストであった永尾汎『代数学』(朝倉書店)をひもとく。永尾本の代数閉包の存在証明は雪江本とほぼ同じ論法だし、これはまたファンデルヴェルデン『現代代数学』(東京図書)に銀林浩がつけた訳註にある証明とほぼ同じである。T.イェックの «The Axiom of Choice» (North-Holland / Dover) やJ.L.ベルの同名の本 (College Publications) では、少し違う証明を与えている。それらを踏まえて、さて自分はどう書くか。

体の代数閉包のほか、数学の定理のうちで、選択公理への依存がわかりやすいものとして、ハーンとバナッハの定理をとりあげる。これはあとの章で用いられるからでもある。

少し寒いがいい天気。実質的な仕事始めである。

隣県の国立大学からある学生さんが訪ねてきた。大学院に進むことになったのでこれまで独学していた数学基礎論を専攻したい。経済的な事情でいま住んでいる街を出られないが、地元の大学には指導できる先生がいない。どうしたものかと、現在の指導教員の先生から相談を受けたのだ。会ってみると、普通に優秀そうな青年である。拙訳『キューネン数学基礎論講義』を読んでいるところで、現在の卒業研究の指導教員に形式上は引き続き指導教員になってもらって、独学を続けるつもりらしい。それは本人もさることながら指導教員の先生(位相幾何がご専門)が大変だろうから、僭越ながらこの先も相談に乗ることにする。といって、いますぐ何かを決めることはないのだが、修士課程での研究テーマ選びやその他のやりとりのために、nCoくんを交えて3人でLINEのグループを作ることにした。

リニューアル作業を進めていたが職場のウェブサイトを夕方に一般公開した。これについても、確実な一区切りがついたので、肩から荷を一度降ろすことにする。どうせまた背負うのだけどね。

夜はピアノのレッスン。来月半ばにミニコンサートをするけど出るか、と言われる。出る出る。成人の日とか建国記念日とか、祝日が重なってレッスンの回数が足りないが、道楽で好きこのんでやっている身で、ヘタだから、うまく弾けないからといって、出番を見送る手はない。しかし出し物をどうするか。サックスやフルートを吹くなら伴奏してあげると先生はおっしゃるが、サックスで伴奏譜のある曲となると、選曲に困る。やはりピアノで出させてもらうことにして、短かい期間で人前に出せそうな曲を手元にある楽譜から選ぶ。何をやるかは、もちろんまだ内緒。(しかしこういう機会はこの先もあるだろうから、サックスの楽譜も探しておこうな。)

夕食はフジグラン松山のフードコート。それから少し食材を買って帰宅し、明日に備えてもやし炒めを作る。雪江明彦『代数学2』(日本評論社)の第3章で体の代数閉包の存在証明を勉強しながら寝落ち。休肝日。

朝起きて、蕎麦茶を飲みながら、昨日編集部に送った原稿を読み返す。文章のつながりが変なところがある。終わり方も気に入らない。直して差し替えをお願いする。落ち着いて考えれば、締切は月曜日だが、編集部とて日曜はお休みなさるはずで、急いで昨日のうちに送る必要はなかった。早く楽になりたくて、かえって後の手間が増える。「慌てる乞食はもらいが少ない」と、子供のころ親によく言われたもんだ。直した原稿を送信してから、トーストと味噌汁というワケのワカラン朝食。きょうは飯を炊かない。

午前のうちに新年度のシラバスを書く。といってもたいていの科目は今年度のとほとんど変わらないからそれほど苦労はない。ただ、大学院の講義は今回新たにゲーデルの不完全性定理を扱うことにしたので、イチからシラバスを書かねばならない。

昼食には昨晩用意したトマトソースを使ってピザを焼いたが、いろいろの不具合が重なってあまり美味しくない。夕食はフェットチーネ。これにも手作りトマトソースを使った。野菜サラダを添える。なんだかんだで、家から出ぬまま一日を終えてしまった。そうでなくても不健康なのに、これではますますよろしくない。

7時過ぎに目覚める。8時間ちょっと寝たらしい。いつもの温泉はいつもより人が多かった。ひとり妙に声高に咳払いをする人がいた。湯につかっていると洗い場からしきりに「ドゥア!!」「ハッ!!」と大声が聞こえる。最初はうるさいなあと思っていたが、「なんや、温泉にウルトラマンがきてるんかいな」と思ったら、うるさく感じなくなったどころか「どうしたもっとやれ! 戦えウルトラマン!」と応援する心持ちになった。うるさく思うか愛嬌と思うかはこちらの心持ち次第。ジョークの平和利用ができてうれしかった。風呂から上がって体重計に乗ると、先月下旬と比べて体重が1キロ増えていた。正月太りというやつ。これから食事と運動に気をつけねばならぬ。

午後から夕方にかけて連載原稿を仕上げる。夕食後、明日に備えてトマトソースを作る。

仕事がらみ以外にもいろいろ読むべき本があるが、生活習慣・健康管理といった内容についての本が手元に何冊かあるから、そのあたりを読んでしまおうと思う。何にせよ、作戦というか順序づけは必要だ。ここは枝雀落語の登場人物の言葉を借りて「どっからなといかな」でさしあたりの作戦を立てることにする。

午前中、大学へ行くが教員はほとんどいない。本格的な仕事初めは週明け7日になりそうだ。事務室へ京都のおみやげを持っていったら、総務チームに新しく配属された女性をチームリーダーが紹介しているタイミングだった。いっぽう、昨年末に退職(というか当局の冷酷無比なルールにより皆に惜しまれつつも5年で雇い止め)となった学科事務のKsnさんは今日が引き継ぎのための最後の出勤だ。5年間ありがとうございました。

昼過ぎに退出し家で昼食後またパソコンに向かうが、ほとんど進捗がない。本も読まねばならず原稿も書かねばならず、年末にあらかた食い尽した食材の確保も必要だ。いろいろすることがあるのに、計画とか作戦とかが皆無なので(どれから手をつけていいかわからず結局)何も進まない。さしあたり、作りおきの惣菜を調理しながら、樋口満『体力の正体は筋肉』(集英社新書)を開く。夕食の味噌汁の具に、少し気が早いようだが菜の花を使う。休肝日。

朝8時半ごろ実家を出発し、京都駅で漬物と生八つ橋を買って新幹線に乗る。下りの新幹線はすいていた。岡山でままかりの酢漬けと、昼食の炙りままかりの押し寿司を買い足した。下りの特急しおかぜもすいていた。京都の漬物とままかりの酢漬けは自分の食事。生八つ橋はゼミ生らへのおみやげだ。13時すぎに松山に到着。荷物の片付けをして洗濯をして、一段落したら自転車で井手神社に行く。初詣は北野天満宮に行ったわけだが、こちらにも改めてお参りし、改めておみくじを引く。正月とて、普段は置いていない籤箱から棒を引いて、普段はいない巫女衣装の女の子に紙を出してもらう。大吉が出た。その足でイオンに行き、安物だがセーターを一枚、それと食材を少し買って帰る。

夜、この「て日々」を再開する作業。ごらんのとおりデザインを一新した。レスポンシブデザイン化とか過去ログの処理とかコード生成の自動化とか、やるべきことはたくさん積み残しているのだが、ある程度時間をかけてコーディングせねば解決するものでもないし、急がねばならぬ仕事がたくさんある現状だし、デザインを完成させるより日記の中身を書き始めるほうが先決だと思って、現状でとにかく公開してしまう。

初夢は、よくわからないけど、なにか休憩室のようなところで、学生が何人かぐーぐー寝ていた。暮れに姪と母に食わせて好評だったラーメンを昼食に再現する。こんどは6人前なのでちょっと忙がしかった。昼食後、弟の一家が帰ってしまうと、実家は急に寂しくなった。そのかわり、原稿は多少進捗した。休肝日。

新年の抱負

他にもあるが、ここへあんまりたくさん書くわけにもいかぬ。なににせよ、健康に留意し、きちんと学び、計画的に行動するようにしよう。

初詣は北野天満宮。妻子も自分もフォロワーのみなさんも、みな学業の人だから、みなの学業成就を祈願して絵馬を奉納した。おみくじは小吉だった。《学問:高望みせねば入学できる》なんて、天神様ともあろうお方が学問を何だと思ってなさるのだろう。それに《家庭:別離は不幸の根源です親子夫婦仲よくせよ》とのこと。すみません。というか、大きなお世話です。

夕食は兄の作るすき焼き。上等の牛肉で美味。