て日々

2016年12月


2016年12月31日(土)はれ

妻の実家では基本的に食事の用意は義弟のヨースケくんが博多のレストランで仕込んだ腕前を発揮してくれるので何の心配もないのだけれど、俺とて何もしないでいるわけにいかない。昼食に回鍋肉を作った。7人前というのが感覚的にわからないので苦労したが、それなりにみな上機嫌で食ってくれたので安心した。それと、今年も夕食のあとの年越し蕎麦を作った。思ったより薄味になったが、これもそれなりにみな上機嫌で食ってくれたので安心した。18日に天山のイオンで買った千代の亀は期待に違わぬ美味さだった。というわけで来年もよろしく。


2016年12月30日(金)くもり

ムスメを連れて午後の船で柳井に渡り、妻の実家に行く。船はけっこう混んでいた。例によって、缶ビールをケース買いして持っていった。


2016年12月29日(木)くもり

晴天が続かないのに寒さは続く。

この数年、財布の小銭を貯金箱に貯めていっては、時たまムスメ名義の通帳に入金する。前回の入金から1年経って、また貯金箱がおおむねいっぱいになったので銀行へ持っていった。塵も積もればなんとやら、6,104円あった。

昼食には再び回鍋肉。豚肉を使ってしまいたいので、晩飯にも野菜炒めを作る。「たのしいRuby 第5版」をゆるゆると読み進めて、第18章を読み終えた。


2016年12月28日(水)はれ

やっと晴れの日が巡ってきた。朝のうちにたまっていた洗濯を済ませ、ほんの数枚だが年賀状を投函する。放射冷却のせいか、かなり寒かった。昼食は家で適当に済ませ、夕食にはムスメを伴なって松山市駅前の「や台ずし」に行った。

Outlook365の仕事のメールが常用しているMacBook ProのSafariで読めない状態が続いていて困っていた。そのほかに、ツイッターで表示されるリンクがたどれなかった事例などもあった。なんのことはない、これらは、AdBlockを使っていたせいだった。AdBlockはありがたいが、副作用もあるわけだ。

そもそも俺がAdBlockを使うようにしたきっかけは、Facebookで論外な広告がいろいろ表示されるのに辟易したからだ。そこで、試しにAdBlockを一時停止した状態でFacebookにアクセスしてみた。そうしたら、さっそく怪しい広告がやってきた。«Xtra-PC»というやつだ。「このデバイスをUSBに挿入してリセットするだけで、遅くなったあなたのPCを高速にします」と謳っている。カラクリは明らかだ。ググってみればわかるが、案の定、その正体はなんらかのLinux系OSをインストールしたUSBフラッシュドライブにすぎない。そんなものくらい俺でも作れる。こんな広告を平気で載せてるFacebookもどうかと思うのだが、古い友人たちとのつながりを保つためにも、辞めてしまうわけにいかない。というわけで、普段はAdBlockを有効にしておいて、必要に応じて一時停止しよう。

Rubyの実習だけは少し進めたが、なんだかぼんやり過ごす時間ばかり長かったので反省している。


2016年12月27日(火)くもり

朝、ムスメの弁当を作る。けっこう手作り率が高い。

オカズを詰めたところ
肉じゃが、白菜と油揚げの煮びたし、大豆もやしのおひたし、チーちく...

昨日作りおきしたお惣菜のおかげできょうはほとんど料理せずに三食済んだ。というか、昨晩調子にのって4品も、しかもいつもの感覚で4人前ずつ作ってしまったので、きょうは何よりそれを食わねばならなかったわけだ。

べつだん読む本がなくて困っている状態ではない(むしろ本を読む力がなくて困っている)のだが、そんな俺の事情にはおかまいなしに、興味を引く本は次々と出る。まず、ちくま学芸文庫で吉田夏彦『論理と哲学の世界』と前原昭二・竹内外史『数学基礎論』が1月10日刊行予定。LaTeXユーザ必携の虎の巻の改訂版、奥村晴彦・黒木裕介『[改訂第7版]LaTeX2ε美文書作成入門』(→技術評論社の書籍紹介ページ)が1月24日に出る。他のものは我慢しても、これらは買うつもりである。


2016年12月26日(月)あめ

三連休に三連勤のインストラクター業務が済んだ妻は今朝にはセガレを連れて帰省してしまう。俺としては寂しいが、妻とて遊びに帰るわけではなく、身体の不自由な母親の手伝いに行くのだから仕方がない。俺は明後日まで仕事があるし、ムスメは学校で補習だか図書委員会の作業だかがあり、塾もあるので残る。朝出かける前に妻が俺とムスメの弁当を用意してくれていた。

午前中は例によってRubyの自習をする。午後には、年明け早々の業務に関する説明会に出ねばならん。その後にはトロント大のFrank Tall先生を招いてのTGSAセミナーもある。説明会が済んで、TGSAセミナーまで1時間ちょっと。やれやれ少し勉強できるわい、と思ったところへ妻から電話。ムスメが今朝学校へ行くときに家の鍵を持たずに出て、家に入れず困っているという。なんてこった。

俺の交通手段といえばもっぱら徒歩で、家まではうんと急いで30分。ゆっくり歩けば40分である。最寄り駅までの電車はあるが、乗り継ぎのタイミングが悪ければ歩くより遅いことだってある。緊急時とてタクシーを利用するということも考えられなくもないが、あいにく手元に現金がほとんどない。仕方がないから雨の中を歩いて家に向かい、家の軒下で本を読みながら待っていたムスメのために鍵を開けてやり、すぐに大学へ取って返した。今度ばかりは、自分が車を運転しないでいることを恨みに思ったぞ。しかしまあ、必死で歩いたおかげでTGSAセミナーにはどうにか間に合った。

集合論研究者なら知らぬ者とてない集合論的トポロジーの第一人者であるFrank Tall先生の講演は、《記述集合論的な意味で定義可能な位相空間が開被覆の可算列に関するメンガーの性質を持つ場合、その空間はσ-コンパクトか》という(一部未解決の)問題をめぐる諸結果を述べるものだった。少なくとも前半は俺のもともとの専門分野の話でもあったのでよく理解できたし、全体にとても興味深く聴けた。それで講演後にちょっとだけ議論させてもらった。嬉しいことに、Tall先生は俺のことをちゃんと覚えてくれていた。だが「それで、お前は記述集合論のどのあたりを研究してるんだ」と聞かれた時には、最近ほとんど研究らしいことをしていないわが身を省みて恥入るばかりだった。

その後はTall先生を交えての懇親会が開かれるわけだが、俺はムスメの夕食を作らねばならぬので急いで帰宅する。年内最後のピアノのレッスンもお休みさせてもらう。帰宅して、豆豉醤と豆板醤と味噌を調合した自分流のソースで回鍋肉を作った。ムスメにも好評で「また作ってね」と言ってくれた。さて、そのムスメは、妻が忙しい中せっかく作ってくれた弁当を「食べるの忘れてた」などという。なんてこった。そして、ムスメは明日も学校に行くので、やはり弁当がいる。ううむ。明日の朝になって慌てずに済むように、夕食後に「白菜と油揚げの煮びたし」「肉じゃが」「豆もやしのおひたし」の作りおき。さらには、朝食のおかずの足しに「かみなりこんにゃく」も作った。さすがにこれで明日の朝食と昼食は安泰だ。結局、帰宅してから3時間ほど、ほとんど料理ばっかりしていたことになる。

なんだかんだで「ムスメのためならエンヤコラ」な一日であった。しかし(普段と違って)誰かのために力を尽すということができたわけだから、充実した一日だったと言えなくもないな。


2016年12月25日(日)くもり

きょうも日中は妻がいない。

Wii Uこそ貰えなかったが、低スペックとはいえ自分専用のPCを貰ったセガレは上機嫌である。初期設定を手伝ってやったが、WiFiになかなか接続できず、けっこうイライラした。

昨日、出来合いの麺とスープでチャンポンを作ってみて、これなら俺にも作れると思ったので、きょうの昼飯には、スープベースに創味シャンタンを使って自己流チャンポンを作った。昨日はエビを買ってきて入れたが今日は先日妻が買ってきた豚肉を入れることにして、買い物は麺のみ。幸い、子供らには好評であった。そのうち妻にも食わせてやろうと思う。

昨晩妻が俺の枕元に置いてくれたプレゼントはPORCO ROSSOの革の財布だった。愛用のCOACHの財布がいいかげんクタビレてきているのを妻も見ていたのだろう。ありがたいことだ。俺から妻にはこれといってプレゼントしなかったので、何かお返しをしようと思った。散歩を兼ねて、特に作戦もなく出発してフジグランに出向く途中で、ムスメが「ママは疲れ気味だし、いま使ってる枕はカバーがいいかげん汚れているから、新しい枕を買ってあげよう」と提案してくれた。それで、フジグランでは低反発枕と、カバーにするための(クマちゃん柄の)布2種類を買った。妻は喜んでくれたようだ。


2016年12月24日(土)くもり

妻は早朝から仕事に出ていった。ムスメも午前中から友人たちと遊びに行った。セガレと二人の昼飯だが、スーパーにチャンポンの麺とスープのセットが売ってあった。キャベツやらニンジンやらの野菜は冷蔵庫にふんだんにある。そこで、むきエビとじゃこ天を買って、野菜が多めのチャンポンを作ることにした。

昼食後、セガレはサンタさんにWii Uが貰えると勝手に思い込んで、Wiiが壊れる前に買ってやった「大乱闘スマッシュブラザーズX」のディスクを探しまくっていた。どっこい、今年もサンタさんはWii Uなどくれないのだ。今年はそれでも少々奮発して、2人の子供らには今月2日にドン・キホーテに出向いて仕入れた「ジブン専用 PC&タブレット KNWL10K-SR」をプレゼント。サンタさんへの期待で手前勝手に興奮したセガレが真夜中過ぎても眠れないと騒いでいるので、枕元には置けず、リビングのクリスマスツリーの下にプレゼントを置く。サンタさんのお手伝いも一筋縄じゃないね。その後、疲れてウトウトした俺の枕元に、妻がなにやら小さな包みを置いていった。


2016年12月23日(金) 天皇誕生日くもり

今日から三連休。だが、妻はこんな時期というのに三日連続で発達支援なんちゃらとかいう講習会にインストラクターの一員として出向くという。仕方がないから俺が子供らの面倒をみる。昼食後、セガレは児童館に遊びに出かけた。ムスメはクッキーを焼きたいから材料やら何やら買いに行きたいという。それで、ムスメと二人でマルサンパントリーに行った。俺は料理ができないこともないが、まあ必要に迫られてお惣菜を作るくらいで、お菓子づくりなんてことはやらない。しかしこういうお菓子づくり専門店なんて所に行って、いろいろな材料や道具を見ていると、これもなかなか面白いものなのだろうとは思った。シチリア島で飲んだマルサラ酒がケーキの材料のひとつとして売ってあったのは感慨深かった。


2016年12月22日(木)くもり

「たのしいRuby 第5版」第14章の練習問題に、1から9999までの整数の漢字表記、たとえば「七千二百三」から整数値7203を得るようなメソッドkan2numを作れ、というのがある。ある種の有限オートマトンの構成問題ということになる。午前中これを考えて、どうにかうまくできたので、改良して「垓京兆億万」にも対応できる(ということは、1以上999999999999999999999999以下の整数に対応できる)メソッドkan2num_deluxを作った。

実行画面とソースの一部

あとで気づいたが delux というのは綴りが変で、deluxe とするべきだった。


2016年12月21日(水)くもり

一日中ひどい肩凝りに悩まされる。「たのしいRuby 第5版」は第13章に入った。

shouten-calender

このあいだの日曜日に子供らとテレビの《笑点》を観た。番組の最後に宣伝していた「笑点カレンダー」なるものを子供らが欲しがったのでAmazonで注文したら、思いのほか早く届いた。


2016年12月20日(火)くもり

土曜日から3日続けてよく歩いたし、午前のうち小雨がパラついていたので、電車で大学へ。

3年生ゼミはハイティング代数の定義と、直観主義命題論理の意味論。先日までの自然演繹の論理計算は、いってみれば算数の四則演算を習っているようなものだから、概念的な難しさは全然なかった。しかし抽象的な束論に基づくハイティング代数となるとそうはいかない。そこへ持ってきて、テキストの記述は定義をひととおり述べてすぐに先に進むという具合で、ずいぶんサラッとしているものだから、発表する学生さんたちは、それぞれ苦労しているようだった。

夕方から会議が2つ。とある書類を俺がExcelで作ることになった。データの重複チェックをするのに、先日から勉強しているRubyの知識がさっそく役立って嬉しかった。その作業を終え、夜9時ごろに大学を出て、歩いて帰宅。オライリー本《JavaScript: The Good Parts》(Douglas Crokford著, 水野貴明訳, オライリー・ジャパン2008年, ISBN978-4-87311-391-3)が届いていた。いやしかし、Ruby本を読み終えるまでこれはオアズケだ。


2016年12月19日(月)はれ

「たのしいRuby 第5版」の第9章を読んで自前で演算子を定義する要領がわかったので、自分なりに四元数を扱うクラスを書いてみようと思った。四元数どうしの演算を定義するのはそう難しくなかった。しかし、四元数を本当に数として扱いたいのであれば、実数や複素数などのNumericクラスのサブクラスのオブジェクトとの演算ができてほしい。たとえば整数(Fixnumオブジェクト)の1に (0+1i+2j+3k) という四元数オブジェクトを足して (1+1i+2j+3k) という四元数オブジェクトを得る、ということができてしかるべきなのだが、テキストのここまでの記述では、これを実現する方法がわからない。なにかいい方法が用意されていると期待するのだけれども。

卒業研究ゼミでは円に内接する四角形についてのシムソンの定理をやった。定理の主張を理解するために、3人で紙に作図してみたが、補助線がやたら多くなって大変だった。

夜はピアノのレッスン。『ブルグミュラー18の練習曲』の第2曲「真珠」が通った(ということにしてもらったが、完成度は低い)。


2016年12月18日(日)はれ

いい天気で、家にこもりっきりではもったいない。お昼前に子供らを連れて出かける。松山市駅から歩いて、まず井手神社に行った。お参りをしておみくじを引いた。中吉である。それから立花町を歩いてイオンまで行った。イオンのフードコートで昼食。ムスメははなまるうどん。セガレは味千拉麺。俺はリンガーハット。こういうところでも足並みが揃わない。そのあとはしばらく3階をそれぞれ思い思いにうろついた。ムスメに文庫本を一冊買ってやった。1階に戻って日本酒(内子の千代の亀)を試飲して、年末の帰省用に一本買い、さらに自分用にスコッチ(エンシェント・クラン)を一本買い、セガレにサーティーワンのアイスクリームを食わせた。

いよ立花から電車で松山市駅に戻り、コミセンまで歩く。キッズジョブとかいう催しの最中だったもので、かなりの人出だ。ムスメが図書館のカードをなくしたので再発行に行ったのだが、その図書館もいつになく人が多くて落ち着かなかった。俺は何も借りないが、セガレが子供向けの日本史の本(「まんが日本史キーワード 一揆いろいろ」さ・え・ら書房1989年)を借りていた。再発行したばかりのカードでは本が借りられないので、ムスメは残念そうであった。あとで思うに、俺のカードで代わりに借りてやればよかった。

理数系に向いているとばかり思っていたが、セガレはどうやら理科よりも社会科に関心があるようだ。

コミセンからの帰りは、型どおり大手町から電車に乗ろうかと思ったが、直前に思い直して古町まで歩いた。


2016年12月17日(土)はれ

愛媛大学交響楽団の第67回定期演奏会に行ってきた。曲目はリストの交響詩《前奏曲》、尾高尚忠のフルート協奏曲(フルート独奏: 渡部 寿珠)、カリンニコフの交響曲第1番。フルート奏者のアンコールはドビュッシー《シュランクス》、オケのアンコールはチャイコフスキー《花のワルツ》だった。

松山にいて尾高のコンチェルトが生で聴ける日がくるとは思わなかった。ありがたいことである。第2楽章がとくによかった。カリンニコフは初めて聴くが、大変美しかった。この曲は、久石譲ファンの妻なんか大喜びするんじゃないだろうか。演奏のほうは、もうちょっと弦楽器が鳴ってほしいところだが、全体として悪くなかった。最初のリストではちょっと調子出てないなあと思ったが、最初心配させておいて後になるほど調子が出てくるのは「アマチュア楽団あるある」だから仕方がない。

それより、ステージに乗っている3年生が少ないのが心配なのと、お客さんも決して多くなく、とくに学生さんが少なかったのが残念だ。俺ですらコンサートとかライブとかに足を運ぶのはかなり久しぶりなぐらいで、みんな忙しいのだろうな。そうかと思ったら、パンフレットに挟まれたチラシのほうは、けっこう多かった。演奏する人、ライブをやりたい人は、むしろ増えている。だが聴く人がいなければ音楽は成立しない。市民コンサートとケンカ別れしてから出不精になってたけど、俺ももっといろんな音楽を聴きに出掛けないとなあ、と思いつつ、夜の街を歩いて帰ったのだった。


2016年12月16日(金)くもり

きょうもRubyを勉強する。『たのしいRuby 第5版』の第8章。クラスの使い方。いつも思うのだが、このあたりの話には「クラス」「オブジェクト」「インスタンス」「エンティティ」「リファレンス」といった用語が頻出して、形而上学っぽい。きっとそれはプログラミングというきわめて汎用性の高いものについて一般的に語る必要性からくることだと思う。


2016年12月15日(木)くもり

卒業研究ゼミ。うちの学科では、例年1〜3年生向けにゼミ紹介を中心にしたパンフレットを作っている。ゼミ生によるゼミ紹介文がなかなか書けなくて担当の大学院生くんに催促されているので、きょうのゼミの時間を借りて僭越ながら作文を手助けすることにした。iPadとBluetoothキーボードをゼミ室に持っていって、相談しながら文を仕上げた。2人のゼミ生から「先生のゼミをとってよかったと思ってますよ」とベンチャラにせよ言われたので嬉しかった。ありがたいことだ。

そのあとはCooper本講読ゼミの時間なのだが、先週に引き続き、今週もあいにくこの時間に会議が入った。暖房の効きの悪い部屋で3時間近く話しあったおかげですっかり身体が冷えてしまった。510くんの報告によると、きょうのゼミは学生さん3名の都合が合わず流れてしまったそうだ。ところが、俺の方は来週もまたまた同じ時間に会議がある。年内のCooper本ゼミはそれで終わってしまいそうだ。ううむ。

話は変わる。昨日書いたようなわけで、先日から久々にRubyの勉強をしている。高橋征義+後藤裕蔵『たのしいRuby 第5版』(SBクリエイティブ 2016年, ISBN978-4-7973-8629-5)を、サンプルコードをMacで打ち込み実行させながら読み進めて、月曜日から今日までで500ページ弱の本のうち100ページまで読んだ。第1部で言語の概要を知り、文法の基本を説明する第2部の半分を読んだくらいで、まだ制御構造がわかった程度。言語仕様だけに限っても、このあとにクラスとか例外とかの説明がまだまだ続く。先は長いのだが、とても読みやすい本なので助かっている。言語自体も Perl などと比較して覚えやすいように感じる。そんなわけで、この先も楽しんで読み進めようと思う。


2016年12月14日(水)くもり

きょう公開された、ネットで活動するライターであるヨッピーさんによる、数学者の千葉逸人さん(九州大学)へのインタビュー記事(IT系人材派遣会社「インテリジェンス」のサイトに掲載)を読んだ。記事には全体として好感が持てるが、見出しの《「数学者は変人ばかり」って本当?》がイカニモな感じで引っかかる。

インタビューの中では、ヨッピーさんも千葉さんも決して「数学者は変人ばかりだ」とは言っていない(「変人は多いですよ」とは言っている)のだが、同じブログでの物理学者や工学系大学院生たちへの過去のインタビューの際に聴きつけたという「数学者は変人しかいない」とか「人格破綻してる」とか「狂人の巣窟ですよ」とかの噂が、今回の取材の背景にあるらしいのだ。

だが実際問題として、優秀な数学者であって、かつ健全な常識人である人の例は、いくらでも挙げられる(具体的に知人の名をいろいろ挙げようかと思ったが本人たちには迷惑なだけだろうから止めとく。俺自身は数学者としても三流以下だしあまり健全な人間でもないから何の証拠にもならない)。「数学者は変人ばかり」という主張はそれで却下される。数学的というか論理的には、それだけのことである。

思うに、健全な常識人というものはどうしても人々のアンテナにひっかかってこない。そして、それと同じくらい、数学者の消息も人々の耳に届きにくい。結果として、優秀な数学者であり、かつ奇矯な言動で突出した人がいたら、その人が世の中から「数学者代表」みたいな扱いを受けてしまう。今回のインタビューにしても、結局、変人数学者の実例として真っ先に挙げられているのは、またしても加藤和也先生(シカゴ大学/東京大学名誉教授)である。たしかに加藤先生の数々のエピソードは数学界では有名である。だがこう毎度毎度、変人数学者の例が加藤和也先生なのは、むしろ変人数学者の例がそれほど豊富ではないことを意味するのではないか? 変人数学者といえば、いつも出てくるのが、加藤和也とグレゴリー・ペレルマンである。この二人の例をもって「数学者は変人ばかり」と結論するのは、一対の三角定規をみて「すべての三角形は直角三角形である」と結論するようなものである。

ついでに言えば、俺はグレゴリー・ペレルマンの言動を変だとは思わない。自分の考えに忠実であらんがために賞を辞退するというのは誠実さである。そして、趣味のキノコ狩りに文句をつけられる筋合いはない。各種の賞を辞退するのと同じ理由で地位をも求めないとすれば、隠棲して趣味のキノコ狩りを楽しむというのは、マトモな選択ではないか。

誰かを変人扱いするというのは、その人と自分のあいだに線を引いて、自分をマトモな側にいれるということ。自分と他者の間の線引きというものは、誰しもやることではあるが、その線の引き方で、自分が測られるのでもある。誰かを「変」と認定することで「マトモ」が再定義される。だから、頻繁に他者を変人扱いしたくなるような人は、それだけ自分の「マトモ」の範囲が狭い人、あるいは「マトモ」が揺らぎがちな人なのである。逆に、懐の広い、許容範囲の広い人は、それだけ他者を変人扱いすることが少ないはずだ。

さて、数学者が変わっているように見えるとしたら、それは、マトモであることを強制されることが少ないからであろうと思う。髪をセットしてスーツを着て黒いビジネスバッグを提げて通勤するサラリーマンだって、休日に家で寛いでいるときにはジャージにトレーナーを着ていてよいわけだが、数学者はしばしば、そのジャージにトレーナーで仕事に行ったりする。心の狭い人に言わせれば、もうそれだけでじゅうぶん「変な人」だろう。では、逆に、家で寛いでいるときもスーツを着てネクタイを締めて黒い靴下を履いて夜もそのままの格好で布団に入って寝てしまうのが日常の人が仮にいたとして、その人と、許されているがゆえにジャージとトレーナーの姿で仕事をする人と、どちらが「変」だろうか。

いや、決して「変くらべ」をしようというのではない。つまり、「変人」なんてのは人の行動を外から見た他人が勝手に決めることだ、と言いたかったのだ。そして、誰かを変人呼ばわりするのは、言う側の心の狭さである。「マトモであれ」という強制のないところ、自由が認められたところでは、人の行動は多種多様になるのが道理だろう。

たとえば、フリーランスの男たちはヒゲをたくわえがちである。若い男性の数学者(に限らず若い男性の学者)にもヒゲ男は多い(俺も若いころにやりました)。意識しているかどうかわからないが、彼らはそうやって自由を楽しんでいる。ヒゲが生えるのは自然の掟である。それを毎日剃ってから会社に来いというのはサラリーマンの掟である。サラリーマンの掟のほうに従っているほうが、世間からすればマトモなのかもしれないが、ここでのマトモ/変の線引きは、記号論でいう「恣意的分節」というやつで、文化圏が変われば線の引きかたも変わるのだ。

この件について、山形さん(a.k.a 証蔵さん)はツイッターで

「数学者は変人ばかり」は事実でなく「数学者は変人でも許容され得る」が事実ではないかと思う(限度はあるにせよ)。画家や小説家、音楽家など何らかの特異な才能のある人びとがそうであるように。

と言っていた(→ソース)。俺の意見は上に長々と書いたとおりで、山形さんの意見に概ね賛成だが、そもそも「変人」という概念自体が俺には疑問だ。そして、マトモを強制されたがために、山形さんの言う「何らかの特異な才能」を封印せざるを得なかった人が、世の中にはたくさん隠れているに違いないと思っている。

やる気のないあひるやる気のないあひるやる気のないあひる

話は変わる。かつては俺もWeb掲示板のCGIスクリプトを自作したりしたものだが、このごろはそういうこともすっかりご無沙汰である。Perlの文法なんかもだいぶ忘れてしまった。だけど、何度も書いているとおり「てなさく世界」もスマホで快適に見られるようにそろそろリニューアルしたいところだ。これまで書きためたけっこうな量の文章も、お化粧直しをしたい。となると、フィルタプログラムでテキストファイルの一括変換処理をしたくなる。確かに、そういう用途にPerlはうってつけであった。とはいえ、今からやり直すにしても、長いブランクがあったおかげで、どのみち勉強しなおす必要がある。それなら、このさいRubyに乗りかえよう。


2016年12月13日(火)あめ

3年生セミナーは『学んでみよう!記号論理』の第8講。命題論理の自然演繹において、排中律と背理法と二重否定除去が《同等》であることの検証などなど。

そのあとちょっとした会議があって、夜は学生さんたちの開催する学科の忘年会。会場は白椿。院生や教員の参加率は高いが、3年生が思いのほか少ない。たとえばさっきの3年生セミナーの4人は来ていない。それに、うちの卒研ゼミ生たちも来ていないな。たぶん、俺の日頃の行いがよくないのだろう。というわけで、一次会のみで失礼させてもらった。料理はそれなりに旨かったが量が少なかったので、帰宅後にもう少し食う。


2016年12月12日(月)あめ

午前中天気がよかったので、寒がりの妻に成り代わって洗濯物を干して出かけたら、午後には雨になった。まあ、洗濯物は妻が気づいて片付けてくれたようだけど。

卒業研究ゼミでは九点円の定理をやった。0z8くんが定理を述べたあと、3人それぞれに、紙に作図してみる。どうしても誤差が出て9つの点が綺麗に円周上にはなかなか揃わないのだが、こうやって手を動かしてみれば、定理の言わんとするところはハッキリと把握できる。複素数を使う証明は、これまでに学んだ知見を動員すれば、意外とアッサリと済んだ。

夜はピアノのレッスン。音階を急速に駆け上がるパッセージの練習について技術的な指導をもらう。そして、両手のオクターブ・ユニゾンでの速い動きなどは、頑張って弾くより、両手のタイミングを揃えることで力強く鳴ってくれることなど。

先日の発表会の写真が届いた。毎回同じ衣装で発表会に出て、それを毎回同じアングルで写真に撮るので(だってピアノの演奏中の写真をステージの下から撮るなら、他に撮りようはない)毎年同じような写真で、ただモデルの俺が年ごとに老けていっているだけだったのだが、今年は会場が変わったので、少しムードの違う写真になった。それと、レッスン前に半年分の月謝を払いに楽器店に行ったら店員B嬢に「フジタさん雰囲気づくり上手ですね」「ああいう曲が似合いますよね」と、ベンチャラにせよ言われて嬉しかった。こちらからは、発表会の日にお土産にもらったスタインウェイのロゴ入りマグカップのお礼を言った。

雨は止んでいるので、レッスン後は久々に歩いて帰宅。宮西のブックオフに寄ったら、なんだかムードがこれまでと変わっていた。これまでと同じスペースに同じように本とCDが詰まっているはずなのに、なんだかこれまでになくスカスカな感じがした。だがそれがどうしてなのか、どうもわからない。奇妙な印象だ。

帰宅すると、本日発売の『数学セミナー』の最新号(2017年1月号)が届いていた。実はこれの特集「目に見えない図形を扱うには」に、拙文を掲載してもらったのだ。幾何の特集なのだが、俺は現代幾何に何の見識も持たない。では何を書いたかというと、「集合のことばで幾何をあつかう」というタイトルで、位相構造というものの発想について解説したのだった。よかったら読んでください。

いつも思うのだけど、編集者さんは美容師さんみたいだ。俺が書いた文章はいわば「すっぴん」で、編集者さんの手を介してはじめて、人前に出られる顔になる。


2016年12月11日(日)はれ

金曜日に買った Microsoft Universal Mobile Keyboard には、昨日書いたとおり、充電に関する不安があった。ためしに充電器に一晩つないでおいたのに、けさ確認してもやっぱり充電されていなかった。バッテリー周りの初期不良と判断し、店に持って行って交換してもらうことにした。保証書やケースは職場にあるので取りに行かねばならない。いい天気なので大学まで歩いて行き、大学から電器店(宮田町のエディオン)までは電車を使う。電器店のカウンターで事情を話すと、症状の簡単な確認のあと、快く交換してくれた。

実を言うと同じ製品をAmazonで買うと2,000円以上安く上がることを後で知って、その時はコンチクショーと思ったのだが、通販で買ったものに初期不良があった場合に、交換にいたるまでの手続きで感じるストレスを思えば、こんな具合にスタッフが充実している店で買うのもそれはそれで悪くない。今回余分に払ったお金は、親切に対応してくれた店員さんへのチップと思えばよいのである。(もちろん、たとえ通販であっても、向こうにいるのは人間だということを忘れてはならないけどね。)

交換後のものは、もちろん、ちゃんと充電できて、快適に使えている。

エディオンから家まで、散歩がてら歩いて帰り、昼食はムスメのリクエストによりお好み焼き。パルティ衣山の「徳川」に行った。


2016年12月10日(土)はれ

朝、昨日買ったMicrosoft Universal Mobile KeyboardでiPadに文字打ちする。

キーボードとiPadの写真

iOSでサードパーティーのキーボードを使うと日本語配列にならないのでまごつく。この場合、バッククォートとバックスラッシュが仕様上は入力できない。バックスラッシュが入力できないのは、TeXのコードの入力を諦めねばならないことを意味するので、俺にとっては決定的にマズイ。しかし、実際にいじってみると、説明書に記載はなかったが、[enter]キーのすぐ左隣下側の[} ] 」む]のキーでバックスラッシュが打てることがわかった。バックスラッシュが打てればTeXで文書や数式を普通に入力する分にはなんとかなる。バッククォートはJavaScriptやシェルスクリプトで使えれば便利だし、TeXでもスタイルファイルをいじりたい場合などに用いるが、まあ、モバイル端末でその必要に迫られる可能性は高くないだろう。

あと、バックスラッシュはiOS日本語入力で「ばっくすらっしゅ」を変換して出すこともできる。しかしTeXである程度まとまった文書を作ろうというときに、いちいちそんなことはしていられない。いずれにせよ、こんなことでまごつくくらいなら、最初からUS配列のキーボードを選べばよかった。(ただし、このMicrosoft Universal Mobile Keyboard に関しては、日本国内ではJIS配列のものしか発売しないらしい)

いつも思うことだが、タブレットから手を離して操作してしまうと、今度はキーボードから手を離してタブレットの画面に手を伸ばすのが面倒になる。つくづく人間というのは(いや、すべての人に一般化してしまっては申しわけないから、俺は)ズボラである。しかしまあ、まとまった分量の長文をバシバシ入力したい場合や、プログラムのコードのように「約物」が多い文書を書く場合にはフルキーボードが使えた方がありがたいのは確かだ。

持ち運ぶことを考えて。脱着可能なフタがついている。フタはタブレットのスタンドを兼ねている。そんな具合で、このMicrosoftのキーボードのデザインはシンプルで機能的で、そこは気に入っている。俺がMicrosoftの製品で一番気に入っているのはWindowsでもOfficeでもなくてマウスである。なにしろ、Microsoftのハードウェア製品は、Appleのものと違って冒険していない。というと、貶していると思われるかもしれないが、マウスやキーボードのような小物の場合は、そのほうがかえって好ましいのだ。2年ほど前にエレコム製のBluetoothキーボードがオシャカになってから、iPadでは外付けキーボードを使っていなかったが、今後は必要に応じて使うことにしよう。

と、ひととおり褒めた後ではあるが、モバイル用途に供するにあたっては致命的かもしれない不安材料がある。上の写真ではUSBケーブルでACアダプタに接続している。まだじゅうぶんに充電できていないらしく、充電ケーブルを外すと使えないのだ。どの程度充電できているのかを知る方法がないのは不安である。

昨日電源が入らなくなっていたWindowsタブレットは、ひと晩充電したら起動した。妻が自分のアカウントを設定したので、ますます内蔵ストレージが足りない。


2016年12月9日(金)はれ

パソコンで三角形の外心と垂心を求め九点円を描くプログラムを書くことは難しくない。その部分はひととおりできたので、次には頂点をつまんで動かし、三角形を変形させられるインタラクティブなプログラムにしたい。(「て日々」を休載していた)3年前に、複素数に見立てた平面上の矢印の先をつまんで動かせるプログラムを、高校生向け講演のデモンストレーションとして作った。それを見て必要な処理を思い出しながら、三角形を変形させるプログラムを作る。JavaScriptのリファレンス本としては古籏一浩さん『JavaScriptポケットリファレンス』(技術評論社2011年)を利用する。これを読むと加速度センサを利用する方法もわかった。スマホやタブレットで見ている人は、デバイスの傾きによって色が変わるページというものを作ってみたので、ちょっと開いてみてください。肝心の三角形を変形させるプログラムは未完成。

昨日妻に貸し出した激安Windowsタブレット、きょう見ると、なぜか起動しない。電池切れと踏んで、充電させつつ放置。夕食後に、明日の昼飯に備えてトマトソースを作る。


2016年12月8日(木)くもり

妻の仕事用ノートパソコンが不調のため修理に出た。その間は仕事ができないので、ひとつ温泉旅行でも、なんていうわけには、もちろんいかない。先週の金曜日にドンキで(子供のクリスマスプレゼントとは別に)自分用に買った激安Windowsタブレット、恵安KBM-89-Wを貸し出すことにした。なにしろ非力なデバイスで、ストレージはかつかつ、画面が小さくて、デスクトップ機用のソフトウェアは虫めがねでもないと使えない。ほとんど実用にはなるまいと思っていたが、妻はこれで仕事用ドキュメントをなんとか仕上げたとのこと。いや、役に立ってよかったよかった。

今週からCooper本講読ゼミは木曜日の午後に移ったのだが、きょうはたまたま大事な会議が入ったので、学生さんたちだけでやってもらうことになった。俺の部屋を使ってもらってもよかったのだが、学生さんたちにしてみりゃ、主のいない教員研究室の居心地がよいはずもないので、空いているセミナー室を使ったようだ。


2016年12月7日(水)はれ

このごろだいぶ下火になった「数学科お茶会」だが、きょうはわりと多くの人が集まっていた。とはいえ、用意された数学の問題にとりくむのではなく、立体図形の教材で多面体を組み立てたり、思い思いのテーマで少人数でディスカッションしていたり、まあ、それぞれであった。


2016年12月6日(火)はれ

数学においては「あたりまえ」あるいは「簡単」なことでも、というか、そういうものこそ、一度は自分の手で計算なり証明なりした上で納得すべきだ。

というだけでは何の話かわからない。複素平面上の3点α,β,γがなす三角形の外心と垂心を複素数α,β,γの式であらわすことを考える。途中の計算を省いて結果だけ言うと、外心の式はこうなる

三角形αβγの外心を与える式
(今回の式は長いので小さい画面で見る場合のことを考慮してMathJaxでなく画像にした)

そして、垂心の式はこうだ(タップで拡大表示できます)

三角形αβγの垂心を与えるとても長い式
セミナーのテキストでは、
これと同値な、
短かいが少しわかりにくい式が
与えられている。

面白いことに、ここで与えた式は、「何か」から外心を引いた形になっている。この「何か」つまり

外心と垂心の和を与える式

の正体を確かめるべく、さらに計算を進めるうちに、垂心の式の二つの分数の間のマイナスをプラスに換えた

垂心の式をちょっとだけ変えた式

が、α+β+γに等しいことに気がついて驚いた。もちろん、この式を普通に計算すれば簡単にわかることだが、それは後知恵というもので、最初からそんなことわかるはずがない。なにしろ、外心が原点に一致する三角形の場合垂心がα+β+γに一致するという定理を昨日の0z8くんのセミナーでやったので、この「何か」もα+β+γに関係があるに違いないとアタリをつけて、とりあえず「何か」の分母にα+β+γをかけてガチャガチャ計算して気がついた、という順番だったのだ。

ともあれ、ここで、

垂心+外心×2=三頂点の和

という式が得られたわけだ。これはいったいどういうわけだ、と考えてみると、つまり、

三角形の重心は、
垂心と外心を結ぶ線分を
2:1に分かつ点である

という事実をあらわしているのだった。そうすると、さきほどの「何か」つまり

外心と垂心の和を与える式

についても

何か=九点円の中心×2

となって、意味づけがハッキリする。

こうしたことはすべて、テキストで与えられた式を鵜呑みにしている限り気がつきようもないことである。テキストの式は正しそうだけど、3頂点の入れ換えに関する対称性が明らかでなくて、なんだか気に入らない。それに、導出の詳細は「読者に任せる」となっている。そういう理由にせよ、自分で計算してみると、テキストにないことがいろいろわかって面白い。それで話は最初に戻って、一度は自分の手で計算なり証明なりして納得すべきだ。


2016年12月5日(月)くもり

コートを着て歩いて大学へ行ったら汗をかいた。師走とは思えない暖かい日である。しかし、コートなしでは、夜の帰り道が寒くて困る。

卒業研究ゼミ。今日のお題は三角形の内心と傍心だったが、前回の三角形の外心と垂心の複素数表示を使えば、そろそろ九点円の定理に手が届きそうだ。それで、ゼミが終わったあと部屋に戻って、いくつか三角形を紙に描いて九点円を作図してみた。話に聞くだけでは「そんなもんかいなあ」としか思わないが、自分の手で作図してみると、これは感激する。何の役に立つわけでもなかろうが、印象的な定理だ。

九点円の作図

夜には例によってピアノのレッスン。


2016年12月4日(日)あめ

朝起きたら、いつのまにか子供を連れてエミフルMASAKIに行くことがすでに決定していた。妻は夕方までアルバイトに行くので俺が子供らを連れ歩かねばならない。いい天気でもないし、お金や時間があり余って困っているわけでもないのだが、まあ仕方ないかと思って行った。やっぱりセガレはゲーム機のデモに夢中だった。雨だったので館外に出る気にもなれず、昼飯はマクドのテイクアウトをテラスのベンチに座って食べた。日清の「どん兵衛」のマスコットキャラクターのキツネが来ていた。その「どん兵衛」とのタイアップとかで、ひめキュンフルーツ缶のミニライブがあった。本物のひめキュンを一度ナマで見てやろうと思って行ってみた。歌が始まって10秒で気が済んだ。中にはどん兵衛やチキンラーメンを山ほど買い込んで「握手券」をゲットしている人もいたみたいだけど。

電車で帰るのだが、けっこうな雨降りだったので、エミフル内のダイキで傘を買った。他には大した買い物もせず、まあ、何しに行ったのかわからない。


2016年12月3日(土)はれ

午前中、昨日が返却期限の本を返しにコミセンの図書館に行った。先日たくさん本を買ったばかりでもあり、今回はなにも借りない。コミセンでは、関西の私立大学の出張入試があり、循環器学会の会合があり、古本市があって、いつになく人が多かった。

昼食というか、おやつくらいの時間だったが、ペペロンチーノを作ろうと思ってネットで調べた作り方をまねてやってみたのだが、汁気が多いわりに塩気が足りず、あまりうまくいかなかった。もうちょっとちゃんと調べて次回はうまくやりたい。


2016年12月2日(金)はれ

朝、家から歩くこと1時間。土居田のドン・キホーテ松山店に行った。ドンキというところに行くのは初めてだが、俺はああいう猥雑さが意外と嫌いではない。子どもたちのクリスマスのプレゼントを買いに行ったので、何を買ったか、詳しいことはまだ書けない。大きな荷物を抱えてまた1時間歩いて帰るわけにいかないので、土居田から郡中線で松山市駅へ行き、市内電車で大学へ。

第3クォーターの大学院の講義の成績をつけた。レポート課題に「次に挙げる命題のうち1つの証明を書き、どこで選択公理が用いられたかを指摘せよ」というのを出した。その命題というのは、(a) 体の代数閉包の存在、(b) チコノフの定理、(c) ハーン=バナッハの定理、(d) 実数の正比例でない加法的関数の存在、(e) 無限基数の積の冪等性、の5つ。今年のM1は代数ゼミの院生が多いので「体の代数閉包の存在」が一番人気だった。


2016年12月1日(木)くもり

KDくんの卒業研究ゼミ。1°の整数倍の角が定規とコンパスで作図できるのは3°の整数倍になっている場合であるという事実。正5角形、正6角形は定規とコンパスで作図できるが正7角形はできないという事実。そのことは3次方程式 \[ 8y^3+4y^2-4y-2=0 \] が作図可能な解をもたないという事実に対応すること。などなど。

【後日追記】あ、この方程式間違ってますね。2017年12月7日の日記を見てください。

ダイソーで買ったクリスマスの飾りなどなど

帰りがけにダイソーでクリスマスの飾りものをいくつか購入。ツリーと電飾は去年作ったものを流用しているけど。