て日々

2016年7月


2016年7月31日(日)はれ

なんとも暑い。だがそのぶんビールがうまい。これといってすることもない日曜日だが、せめて読書する。『元寇と南北朝の動乱(日本中世の歴史4)』を読み終えたので、鈴木芳行『日本酒の近現代史 酒造地の誕生』(吉川弘文館 2015年)を手にとる。ところどころ文章に違和感を覚えるが、酒造りについてはほとんど何も知らないので興味深く読む。


2016年7月30日(土)はれ

午後、ムスメと二人で県立図書館に行った。その後、近所のセブンイレブンでおやつを買って堀端のベンチに座わる。しばらくして、ムスメは塾に行く。俺は缶ビールを飲み終えてから、ジュンク堂に足を運ぶ。4階の数学書のコーナーに『キューネン数学基礎論講義』があることを確認。中原幹夫『量子物理学のための線形代数』(培風館 2016年)というのを発見。面白そうである。しかし書店では何も買わず、妻の求めに応じてマツモトキヨシで目薬を買って、電車で帰宅。図書館からは5冊借りてきた。まずは小林一岳『元寇と南北朝の動乱(日本中世の歴史4)』(吉川弘文館 2009年)から読み始める。


2016年7月29日(金)はれ

Cooper本講読ゼミでは、再帰的函数の表現可能性をめぐる議論をした。テキストでは、「あなたのお勧めのロジックの教科書でもこの証明の詳細については口をとざしがちのはずだ」などと書いて、証明が大幅にカットされ、初期函数が表現可能であることと、函数の合成が表現可能性を保つことの検証だけがなされている。もう概要ですらなくて、ごく一部分だけ紹介、というスタイルなのだ。仕方がないので、原始再帰が表現可能性を保つことの証明について、中国剰余定理をもとにしたベータ式というもの使ってこんなふうにやるんだよ、と補足説明をした。

論理の演繹体系として、俺は前原昭二『数学基礎論入門』で採用されたウカシェヴィツの公理系を愛用していたが、最近読んだ『キューネン数学基礎論講義』と坪井明人『数理論理学の基礎・基本』では、いずれも命題論理のトートロジーになっている論理式はすべて公理として採用する流儀である。不完全性定理の証明を書こうと思ったら大変なことになりそうだが、論理の基本のところを知ってもらう目的のためなら、この方法も悪くない気がしてきた。Cooper本の演繹体系は詳細には定義されていないのだが、どちらかというと坪井先生が採用している流儀に近いようだ。さて、学部生向けの数理論理学の入門講義で、初めて形式的な演繹体系に触れてもらうという場合、どんな流儀を採用するのがいいのだろう。

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ローレンス・クラウス『宇宙が始まる前には何があったのか?』(文藝春秋 2013年)を読んだ。宇宙の始まりについての科学的解説。素粒子物理学の知見と宇宙の観測結果によると、時間も空間も存在しない無から、神さまの介入なしにこの宇宙が生まれることは可能であるばかりか必然である、という驚くべき結論が得られるという。インフレーション宇宙論やマルチバース理論にも触れているが、興味深かったのは、宇宙を観測してビッグバンの痕跡を発見できるわれわれの宇宙のいま現在という時期は、実はことのほかラッキーな時期だ、という話。このまま宇宙が膨張を続ければ、いずれ遠くの銀河はすべて、光速で移動しても追いつけない彼方へ飛び去ってしまい、見えなくなる。いっぽう、近所の銀河たちは、重力のために互いに近付いて一つの巨大銀河になってしまい、そうなると星間ガスがたちこめて宇宙背景放射をも押し隠してしまう。ハッブル膨張も宇宙背景放射も観測できなくなった時期の天文学者は、ビッグバンと膨張宇宙論を支持する観測事実を得ることができなくなってしまうわけだ。いまから2兆年もすると、この宇宙はそうなってしまうという。さらに長い時間がたつと、この宇宙は無に帰してしまうともいう。面白かったが、奇妙な読後感を覚える本である。


2016年7月28日(木)はれ

朝はいつもと違って電車と路線バスという組合せで大学へ。午前中、数理論理学の講義の最終回。矛盾と背理法、述語論理の完全性。時間が余ることが予想されたので、ゆっくり丁寧に話す。それでもかなり早く終ってしまった。午後、卒研ゼミ。きょうはなんだか計算まみれだった。自室では一日エアコンを使わず節電に貢献した。

昨日読み始めたニコラス・エプリー『人の心は読めるか?』(早川書房2015年)を読み終えた。たいへん面白かった。いろいろの心理学実験の結果が解説されている。人には人の心を理解する能力があるが、他者の気持に対する自分の洞察力をついつい過信しがち。他人の気持ちを理解しようと思うとき、相手に関する情報が乏しい状態で想像力に頼るのはかえって危険であり、最善なのは相手が率直に本心が言える状態を作って直接話をすることだという。ふむ。想像力を働かせすぎて誤解するというのは俺もしょっちゅうやっている。もっと謙虚になったほうがいいらしい。それと、他人の目が気になって仕方がないというのも考えすぎなことが多いのだろうから、その点はもっと気楽になったほうがいい。


2016年7月27日(水)はれ

午前中には、滞っている原稿を少し進捗させた。午後、明日の授業の準備をする。完全性定理の証明はもとより放棄しているので、少し時間が余りそうだ。4年生の増長天さまの院試対策の勉強にちょっとだけ助言した。後期の3年生セミナーのことを聞きに来た学生さんに対応した。俺の授業で数理論理学に興味を持ったと言ってもらえて大変嬉しかった。

増長天さまが取り組んでいた問題は次のようなもの: 《\(f_0(x)\) を閉区間 \([0,1]\) 上の実数値連続函数とし, \(n=1,2,3,\ldots\) に対し \[ f_n(x)=\int_0^xf_{n-1}(t)\,dt \] と定めるとき, 各 \(n\geq1\) に対して等式 \[ f_n(x)=\int_0^x\frac{(x-t)^{n-1}}{(n-1)!}f_0(t)\,dt \] が成立することを示せ.》 部分積分で簡単にできるかというと案外そうでもなくて, 函数 \(F_n(x)\) を \[ F_n(x)=\int_0^x\frac{(x-t)^{n-1}}{(n-1)!}f_0(t)\,dt \] と定義して \(F'_{n+1}(x)=F_n(x)\) となることを示し, 数学的帰納法に訴えたほうがてっとり早い.

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ニコラス・エプリー『人の心は読めるか?』(早川書房2015年)を読み始める。まだ最初のほうをちょっと読んだだけだが、とても面白い。


2016年7月26日(火)はれ

例によって徒歩で大学へ。いつものことだが、汗が引くまでは仕事にならんな。午前中は数理論理学の講義。構造の具体例の話と、述語論理の健全性。これで次回の最終回に述語論理の完全性の話をすれば一応の目鼻はつくことになる。空き時間には竹村牧男『入門 哲学としての仏教』(講談社現代新書2009年)を読んだ。存在・言語・心・自然・絶対者・関係・時間と、現代の哲学にも通じるさまざまなテーマをめぐって、仏教においていかなる思索が展開されていたかを解きあかしてくれる本であったが、内容はまあ、これまでに読んできた仏教関係の本にも書いてあることではあった。


2016年7月25日(月)くもり

さてさて新しい一週間の始まりである。だが、セガレが夏休みだからと家でのんびりしているので、ついこちらにものんびりが伝染しそうになる。いかんいかん。前期の授業も終わり近くなったとはいえ、こちらはまだまだ開講期間中なのだ。きょうは卒研ゼミもあるし、明日の講義の準備もせにゃならんし、オトーサンは休みじゃないのだ。

昨日読んだ『バスカヴィル家の犬』が面白かったので、きょうは『緋色の研究』を読んでみた。訳者は同じく駒月雅子。ただし今度は子供向けの角川つばさ文庫版である。妻がセガレに買い与えたものを拝借して読んだのだが、すべての漢字に振り仮名が振ってある。それに、全訳というわけではないらしい。面白かったからいいのだけど。

妻のところへ東京からお客さまが家族連れでたずねて来ているので、妻子はきょうの昼間は双海へ海水浴に行ってきたらしい。


2016年7月24日(日)くもり

昨晩3時まで起きてNotion for iOSで楽譜(たいしたものではない)を書いていたこともあって、きょうは少し寝坊したうえ、一日じゅうダラケていた。やったことといえば、床下収納のボックスの掃除をしたこと、昼食のつけ麺を作ったこと、推理小説の古典『バスカヴィル家の犬』(駒月雅子訳, 角川文庫版) を読んだこと、昼寝をしたこと、セガレにつられてテレビの「DASH島」を視たこと、風呂あがりに伸び放題だった足の爪を切ったこと。ムスメが図書館で借りてきたのを読ませてもらったのだが、今更ながら『バスカヴィル家の犬』は面白かった。イギリスの田舎の風景を自分の目で見てみたくなった。


2016年7月23日(土)はれ

昨晩家族を放ったらかして楽しい時間を過ごさせてもらったから、今日は家族と上機嫌かつ丁寧に向きあうことを心がける。午前中はセガレの勉強を見て過ごす。昼に冷やしうどんを作り、午後はホームセンターに買い出しに行ったり図書館に行ったりスーパーで食材を買ったり。コミセンの図書館に行くのはけっこう久しぶりだ。セガレが夏休みの自由研究の参考資料を選ぶのを手伝ったが、自分の読む本はなにも借りずじまい。例によってなにか酒に関する蘊蓄の本でも借りりゃあよかったのだが。

そのほか、ピアノの稽古に時間をとる。これは今日が特別ということではなくて、この数週間意識して楽器に向かう時間を多めにとっている。最近のどうしようもない無気力な生活から抜け出すきっかけになればと思ってのことだ。現在のお題はツェルニー30番の第28曲。これはこの本の他の曲と比べて格別に弾いていて楽しい。もっとも、俺は指定のテンポの半分くらいの速さでしか弾けないけどね。あと11月の発表会の出し物もさらっている。ちょっとずつだが弾けるようになるのが実感できて嬉しい。ただ、実をいうと、うちの古いクラビノーバはサスティンペダルが故障していて、曲の表現の練習となると使いものにならない。もうそろそろ買い替えたいところだ。できれば発表会までに。しかし例によってお金がない。


2016年7月22日(金)はれ

昨日の反省を踏まえ、手を動かしてSoare本セクション2.4の演習問題を解く。なかなかむずかしいが、わりかしヒントもつけてあるので、頑張れば解けないこともない。こんな風に手を動かして問題を解くことをくり返さなくては長年サボったせいで失なわれたセンスを取り戻すことはできない。仕事が楽しいと思えるためにはまず仕事をせねばらないし、数学が面白いという感触を得るにはまず数学をやる必要がある。当たり前のことだ。

金曜日のお約束、Cooper本講読ゼミ。前々回と前回は持国天さまがお休みだったが、今回と次回は入れ替わりでNM2さまがお休み。きょうの内容は、ペアノ算術の可算超準モデルの順序型の特徴づけと、函数および関係のペアノ算術における表現可能性の定義と例。お楽しみ企画として、夕食にはCooper本ゼミのメンバーで寿司を食う。松山市駅前の「や台ずし」に行った。寿司屋だが、雰囲気は居酒屋っぽい。4人で寿司食って酒も飲んで9,000円強。安くもないが高くもなく、まあたまには悪くないかなという感じだった。


2016年7月21日(木)はれ

数理論理学の講義は、述語論理の言語に対する構造と、項や論理式の解釈の定義。午後は卒業研究ゼミ。あと、あれやこれやの打ち合わせ。共立出版のアリがと蟻さんがご来訪。新刊のカタログをいただき、少しお話をした。空いた時間にSoareの «Turing Computability» を繙くが、なかなか頭に入ってこない。これは本が悪いのではなく、たぶん俺の読み方がよくないのだろう。計算可能性理論は記述集合論との関係がとても密接だから、きちんと学び直したいという気持ちはある。暑さでダラケてばかりいないで、気を引きしめにゃならん。


2016年7月20日(水)はれ

クマゼミの声にとり囲まれながら、歩いて出勤。きょうもいい天気だ。日中の外気温は32度とかだが、オフィスは北向きで、風もあるし、これならエアコンなしで過ごせるかと思ったけど、やっぱり暑いね。ちょっと仕事にならない。ついダラダラしてしまう。さすがにそれではいけないので、ピーク時を過ぎるのを待ってエアコンを入れた。さて、数理論理学の講義の予定は明日を含めて残り3回。そろそろうまく着地させることを考えなくちゃ。それに期末テストの問題も作らないといけない。


2016年7月19日(火)はれ

来月の京都帰省時の予定について、ひのさんとやりとり。お声がかかっているうちが華ではある。昨晩まで迷っていたが、やっぱり行くことにする。

講義は演繹定理と一般化定理の証明。なんだか時間配分でしくじって最後のほうがえらくバタバタした。もうしわけない。

拙訳『キューネン数学基礎論講義』(日本評論社)の見本が届いた。ありがたいことだ。 献本先にも版元からぼちぼち届いているらしく、何人かの方からメッセージを頂いている。それとは別に自分で献本を発送しなければならない送り先があるので、大学からの帰り道にローソンでレターパックを買い、夕食後、郵便局の夜間窓口に差し出しに行った。妻が快く車の運転を買って出てくれた。いやほんと、俺がこれまでどうにかこうにかやってこれたのは、なにかにつけて妻の助けがあるおかげである。ありがとう。いつもすまない。郵便局からの帰路にスーパーでお酒を買って、訳書の刊行を記念して妻と乾杯。


2016年7月18日(月) 海の日はれ

きょうは祝日なのだが、わが大学では授業をする。さる5月2日を休講日にした埋め合わせである。それで午後から卒業研究ゼミのはずだったのだが、発表者のKDくんが発熱のため病欠でゼミが流れてしまった。まあ仕方がない。

ようやく梅雨明けしたとかで、空が明るい。少々暑かったが、研究室では窓とドアを開放しておけばエアコンなしでどうにか過ごせた。

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昨日言ったようなわけで、意味があるかないかはあまり気にせず、できるだけマメにその日に書けることを書くことにする。

明日の授業の準備をしていて気付いたこと。形式的演繹体系の「一般化定理」というのがある。閉論理式の集合 \(\Gamma\) と定数記号 \(c\) があって、\(\Gamma\) に属する論理式には \(c\) は出現していないものとする。このとき、論理式 \(\varphi(x)\) について、自由変数 \(x\) に \(c\) を代入した \(\varphi(c)\) が \(\Gamma\) から証明できることと、自由変数 \(x\) を全称量化した \(\forall x\varphi(x)\) が \(\Gamma\) から証明できることが同値になる、というのがその主張だ。

明日の講義でこれを説明しようと思うのだが、坪井先生のテキストのとおりだと少し具合がわるい。いま言ったことだけなら別に不具合はないのだけど、テキストではこれらのほかに、\(\varphi(x)\)の自由変数 \(x\) への代入条件をみたすある変数 \(u\) について \(\varphi(u)\) が \(\Gamma\) から証明できることも同値だと主張している。ここに問題がある。

たとえば環の言語の論理式 \(x+1=u+1\rightarrow x=u\) を \(\varphi(x)\) としよう。すると変数 \(u\) はたしかにこの \(\varphi(x)\) の自由変数 \(x\) への代入条件をみたす。代入の結果 \(\varphi(u)\) は \(u+1=u+1\rightarrow u=u\) という恒真論理式になり、これはなんらの仮定なしで証明できる。いっぽう、\(\forall x\varphi(x)\) は \(\forall x(x+1=u+1\rightarrow x=u)\) だから、環の公理からは証明できるが、恒真論理式というわけではなく、仮定なしでは証明できない。

こうした反例を排除するため、\(\varphi(x)\) における自由変数 \(x\) の出現箇所と、変数 \(u\) を代入した結果の論理式 \(\varphi(u)\) における自由変数 \(u\) の出現箇所が全体として同じでなければならない。言いかえれば、もとの \(\varphi(x)\) に \(u\) が自由変数として含まれない、という条件を追加する必要がある。


2016年7月17日(日)はれ

1日じゅう家でダラダラしていた。このごろダラケてしまっていて本当にいけない。生きてるんだから、もっと身体を動かさないといけない。たとえば、この日記の更新だって、ずいぶん滞らせたうえ、この内容の薄さである。たくさん書けないならせめて、内容は少しにして、そのぶん頻繁に更新すべきだ。

このごろ日記もこのとおりだし、ツイッターでの発言も減っている。まるで、気持ちとか考えとかを表明することを怖れているかのようだ。まあ、以前から無内容なくだらないことばかり書いてきたのだが、このごろは無内容なことすら書かなくなって、何のために続けているのかわからなくなってきた。くだらないことでいい。その日にしか書けないことがある。もっとマメに書こう。


2016年7月16日(土)くもり

夕方、セガレと妻と3人で土曜夜市に行く。ムスメは家で「名探偵コナン」を視たいというので置いていく。銀天街は出店が少なくてちょっと寂しかったが、人出は悪くなかったように思う。


2016年7月15日(金)くもり

日中、風があって比較的涼しかったので、エアコンなしで窓を開放して過ごす。ただし、Cooper本講読の時間は発表者のために冷房を使った。モデル理論の基本定理(完全性定理、コンパクト性定理、レーヴェンハイム=スコーレム定理)を述べ、ペアノ算術の非標準モデルの存在を証明した。


2016年7月14日(木)くもり

講義。等号の性質の導出。それから、仮定のある証明について。いやあ、しゃべってもしゃべっても、なかなかうまくいかないものだ。ズボンがチョークの粉だらけになった。


2016年7月13日(水)あめ

午後に学部の会議に出る。なぜだか知らないが、きょうは数学の先生たちがいつもより少なかった。


2016年7月12日(火)くもり

拙著『魅了する無限』の読者さんからお便りを頂いた。ありがたいことだ。さっそくお返事を書く。


2016年7月11日(月)あめ

朝は天気がよくなかったので電車で大学へ行く。卒業研究ゼミ。体の代数拡大についての議論なのだが、本当なら大量の計算が必要なことがテキストにはサラリと書いてあるので、行間を埋めるのに苦労する。あとは明日と木曜日の分の講義ノートづくり。

月曜日なので例によって夕方には街へ出向く。雨が止んでいるので徒歩で出かける。思いのほか早く着いたので、ドトールコーヒーに寄って少しだけ物書きをしてからピアノのレッスンに向かった。久々の休肝日ということにして、帰宅後はいつもより長めにピアノに向かっておさらいをする。


2016年7月10日(日)くもり

遅くまで寝て、朝食にそうめんを茹で、少しピアノの練習をして、シャワーを浴び、参議院選挙の投票に行く。そのあとフジグラン松山で皆で昼食。


2016年7月9日(土)くもり

1日じゅう、セガレの勉強をみる。ゲームを30分やったら、漢字ドリルを決まったページ数だけやって、またゲーム30分というサイクルだ。セガレはなにしろヒマさえあればゲームをしていたいわけだから、このサイクルを飽きずに何度も繰り返す。こちらは、ドリルを1ページやるたびに解答チェックを求められる。おかげで自分の作業は再々中断されるのだが、まあ仕方がない。


2016年7月8日(金)あめ

天気がよくないので通勤は往復とも電車を利用。昼休みに会議。そのあとCooper本ゼミ。今回はペアノ算術の形式的体系のうち、述語論理の部分の説明。持国天さまは本業(解析のゼミ)のためにお休み。


2016年7月7日(木)くもり

数理論理学の講義は論理の公理と推論規則。そして「証明」の概念。午後には卒業研究ゼミ。

Robert Soareの新しい本 «Turing Computability» (Springer 2016) が届いた。いろいろの事情で、これは自腹で買うことにする。夕方からいつもの医者に行く。待つことになるに決まっているので、さっそくSoare本を持っていって読みながら待つ。

52歳の誕生日。なんとも言えない年齢である。Facebookでたくさんの人からメッセージを貰った。妻が半袖のカッターシャツを2枚と缶ビールを1本プレゼントしてくれた。ありがとう。


2016年7月6日(水)はれ

午後はTGSAセミナー。そのあとは例によって飲み会になるのだが、どうも気分よく酔えない。職場がらみの飲み会では自分のペースで飲めず、毎回、つい飲みすぎてしまうのだ。


2016年7月5日(火)はれ

数理論理学の講義。論理式の定義と例。自由変数と束縛変数。

高校の同級生で、いまは関西でジャズミュージシャンとして活動する樋上千聡から、お盆休みにかつての同級生とライブをやるという連絡が入った。それは聴きに行きたい。じゃあこの夏は久々に京都へ行くとしようか...って、旅費は工面できるだろうか...


2016年7月4日(月)はれ

朝から晴天。さすがに暑く、歩いて大学へ行くとそれだけで汗だらけになるが、仕事部屋には涼しい風が通るので、エアコンを使わずに1日過ごせた。夜にはピアノ。


2016年7月3日(日)はれ

家庭内にいろいろ思うに任せないことがあって昼間からヤケ酒。だが、サントリー・オールドはそういう飲み方にふさわしくない。こいつは、もっとなんというか、大人の飲み方をせねばならん。


2016年7月2日(土)はれ

《君が夜半に、千代さんと八千代さんという二人の女性に刺されるという凶事に見舞われた。(彼女らが君に対していかなる恨みを抱いていたのかは僕にはわからないが、かく言う僕も、君の日頃の行いの悪さを、常々危惧していたのだ。)その時、医師の岩男先生がたまたま君の隣にいなかったら、君の命運は尽きていたことだろう。岩男先生の適切な処置のおかげで一命をとりとめた君は、いまもなお病院で治療を受けているが、固形物も茶碗蒸し程度なら食べられるくらいまで快復しているという。ありがたいことではないか。》…え? 何のことかわからん? いや、わからなくていいですから。

なお、妻の見立てでは、固形物の茶碗蒸しより前の、半固形物のムースくらいがよりよいのではないか、とのことだ。

きょうは一日じゅう、けっこう暑かった。昼食に冷し中華を作った。


2016年7月1日(金)はれ

早いものでもう7月である。

久々に晴れた。このまま梅雨明けしてくれたらいいな。午後にはCooper本講読ゼミ。ペアノ算術の形式的体系を説明する第3章に入った。510くんが要領よく説明してくれて、たいへんよい。