て日々

2016年6月


2016年6月30日(木)くもり

火曜日と木曜日には数理論理学の講義をする。述語論理の構文の話。項の定義と例。それから原子論理式の話。昨年よりは少しペースが早いが、考えてみれば、これでもずいぶんゆっくりなペースかもしれない。午後には卒業研究ゼミ。そのあと、固定資産税なるものを納めに市役所へ。版元から、翻訳した本 «キューネン数学基礎論講義» が印刷にまわって、7月下旬にはもう市場に出る運びであるとの知らせ。ありがたいことである。


2016年6月29日(水)あめ

昼ごろ、全開のシャワーのようなえらい勢いで雨が降った。思うところあって、A.Kanamoriの名著 «The Higher Infinite» を最初から読み直すことにした。内容の難しさもさることながら、字が小さいのがつらいな。


2016年6月28日(火)あめ

午前中、数理論理学の講義。命題論理のコンパクト性の証明を済ませ、述語論理の話に入る。形式的体系に用いられる記号の説明だけだが、「これこれこういう記号を使います」と一方的に言うしかないので、喋っていて少し居心地がわるい。せめてもの理解のよすがにと、群の言語、環の言語、集合論の言語の例を挙げて説明する。


2016年6月27日(月)あめ

朝のうち晴れていたが、午後から夜にかけて雨がよく降った。夜は例によってピアノのレッスン。先生に促されるまま普段よりしっかりダイナミクスをつけて弾いたら、それだけのことで、なんだか貧血を起こしそうになった。いかに空腹時とはいえ、ナサケナイ。普段の運動不足が祟っているな。


2016年6月26日(日)はれ

午後、妻のところに盟友ばうとパートナーのレナさんが登場。なにやら相談したいことがあるらしい。そういう大人な話のとき、ゲームさえできりゃOKのセガレはともかく、中途半端に大人な俺とムスメは邪魔でしかないので、俺がムスメを散歩に連れ出す。近所の書店そのほかを回ったが、ブックオフのお客さんになぜかきょうに限って美人さんが多くて、なんとなく居心地がよくなかった。


2016年6月25日(土)くもり

昨晩ちょっと深酒をして、薄着で寝たら、きょうになって腹をこわした。いわゆる「雷さまにおヘソを取られた」状態だ。勉強や体力づくりの結果も、不摂生の結果と同じくらい覿面に表われてくれればいいのに、なんて言ってみたくなるが、考えてみればこのごろは勉強にせよ体力づくりにせよ、ちっとも努力していない。それはともかく、きょうは外出を控えて家でおとなしくしておく。少しピアノの練習。少し読書。


2016年6月24日(金)くもり

昨日と同様、明け方にはひどい雨。大学に向かう10時ごろには小降りになって、午後は曇り。皆様先刻ご承知の事情によりエアコンが入らず研究室は蒸し暑いが、いつものとおりCooper本講読ゼミをやる。チューリング機械で掛け算をするコードの話など。先週、俺の都合でゼミをお休みにしたので、きょうはゼミのあと東京みやげのお菓子をふるまう。そのほか、今月7日に実施したテストの採点にやっとのことで着手。


2016年6月23日(木)はれ

明け方にはひどい雨が降っていたが、日中は晴れ間が見えた。数理論理学の講義はゲーデル数の話を少しして、命題論理のコンパクト性の証明の途中で終わる。どうも区切りがよくない。午後の卒業研究ゼミはようやくKDくんと038くんが揃ったので、お互いに過去のゼミ内容を振り返る回になった。


2016年6月22日(水)あめ

研究室にある本のうち大学の蔵書の棚卸し的なことをする。1冊ずつタイトルと請求記号を照合しては、リストにチェックを入れていく。270冊あまりが俺の研究室の所蔵として登録されているが、数学図書室の改修前に書庫に移動してしまっていた本が80冊ちょっとあって、実際に研究室にあるのは190冊弱。しかし中央図書館に報告せずに勝手に書庫に移動した本についても、もちろん俺の責任でその所在を確認せねばならない。それらを含めておよそ180冊を数学図書室に配置替えしてもらうことにした。


2016年6月21日(火)くもり

数理論理学の講義、真理値割当て、トートロジー、充足可能性。


2016年6月20日(月)あめ

KDくんの卒業研究ゼミ。目印をつけた定規を滑らせる操作を許せば任意の角の三等分が可能になる、などの話。夜はピアノのレッスン。ツェルニー三十番の第27曲。右手アルペジオ左手メロディのときのバランスが悪い。

「游明朝」を「MS P明朝」より優先的に選択するように「て日々」のスタイルシートをもう少し変更した。これで、Windowsでも以前より少し読みやすくなったはず。


2016年6月19日(日)くもり

山口真美『発達障害の素顔』(講談社ブルーバックス 2016年)を読了。慣れない分野だからか、俺には少々読みにくかった。

この「て日々」のスタイルシートを少しいじって、OS X では《クレー》フォントで表示できるようにしてみた。どんなフォントかは下の画像をご参照。すっきりと読みやすくて上品でいいと思う。

クレーフォントで表示した「て日々」のスクリーンショット


2016年6月18日(土)はれ

昼過ぎの飛行機で松山に戻った。飛行機の窓から見える瀬戸内海の島々の風景が好きだ。

夕方、県立図書館に本を返し、何も借りずに帰る。今年も土曜夜市が始まった。


2016年6月17日(金)はれ

11時45分の飛行機に乗って、羽田に着く。モノレールと山手線を乗り継いでひとまず池袋に向かう。メダカカレッジの大上丈彦さん&森皆ねじ子さんにお会いしてお話しする。ツイッターで俺が昼から夕方まで時間をもて余しそうだとつぶやいていたら、急遽都合をつけてくださり、会っていただけることになったのだ。医師兼イラストレーター兼ライターのねじ子さんには初めてお会いするが、だいたい自画像どおりの人だった。オオカミさんは今回も人間の皮をかぶって登場なさったが、やわらかい物腰の奥に潜む鋭い眼光が、やっぱりオオカミさんだった。

ツイッターでも「て日々」でも特に話題にしなかったが、栗原康『学生に賃金を』(新評論 2015年)を先日俺が図書館で借りて読んだことを、図書館で借りた本の写影から、オオカミさんはきちんとチェックしていた。こちらにその準備がなくてちゃんとはお話しできなかったが、オオカミさんは高校数学の考え方・教え方の徹底的な洗い直しをする一環として、必然的に、学校という制度についても広く深く考えておられる。ゆくゆくはそういう話題も含めていろんなことを語りあいたいもので、そのためにも、俺はメゲてばかりいないでもっと勉強しなくちゃならん。

オオカミさんねじ子さんと分かれて丸の内線に乗り、某所で某出版社の編集者さんにお会いする。編集者さんお勧めの珈琲専門店でひさしぶりに美味しいモカマタリを堪能しながら、少し仕事の話をする。

再び丸の内線に乗り、茗荷谷の共立出版へ移動。今回の上京の主目的はここで講演をすることなのだ。共立出版の文化事業のひとつとして「数学文献を読む会」というのが年4回開かれていて、きょうが第175回だという。その会合で今回は俺が《アンリ・ルベーグの「解析的に表示できる函数について」と記述集合論》というタイトルの講演をする。1905年のルベーグの論文がいろんな意味で記述集合論の源流となったようすを後づけるのだが、俺は数学史の専門家じゃないから、どちらかというと数学の内容に沿った話になった。常連の数学史の先生方のほかに、田中尚夫先生、菊池誠(神戸の)、早稲田に移った薄葉くんが聞きに来てくれた。あと池上大祐くんは来る予定だったけど風邪でキャンセルだそうだ。田中尚夫先生には本当にひさしぶりにお会いできた。お元気そうでなによりだ。

調査不足であまり深くは触れられなかったが、発見者のススリンとルジンによって1917年の発表当初“A集合”[les ensembles (A)]と呼ばれていたものが、10年ほど後になってルジンによって“解析集合”[les ensembles analytiques]と改名されたように思われる。しかも、1927年の論説でルジンは、“解析集合”の名づけ親の役を、自分ではなく1905年のルベーグにクレジットしている。発表当初はComptes Rendusの凝縮されたスタイルに合わせて簡潔に“A集合”と呼んだが、それはもともと1905年のルベーグ御大にまで遡る由緒正しい“解析集合”という正式名称の略記に過ぎないと、ルジンは後になって主張しているようなのだ。このあたり、どんな事情があったのだろう。調べたら面白いに決まっているが、俺の手には負えそうにない。

終了後、共立出版近くのガストでビールを飲みながら雑談。菊池誠(神戸の)が毒入り数理哲学エンドレストークをくり広げ、俺は無責任にチャチャを入れ、薄葉くんは呆れ顔で聴く。…というのはいつものことなのだが、田中尚夫先生をこれにつきあわせたのは申しわけなかったかも。


2016年6月16日(木)あめ

数理論理学の講義第2回。命題論理の論理式の構成にかんする帰納法。真理値表。

夕方にはフジグラン松山に回って靴を買い、3階の時計屋で腕時計の電池を調べてもらう。電池に問題はなかったというので、時々止まるのはムーブメントの故障かもしれない。4階で千円の安い時計を買って明日に備える。

サッポロビール 至福の苦み
最近のお気に入りはこれ


2016年6月15日(水)くもり

朝のうち、散髪に行った。2か月ぶりに頭が軽くなった。JR松山駅から5番の電車に乗り、上一万で降りて大学へ向かう。

夜、足立恒雄先生が17日金曜日の講演のことをツイートなさっている。岡本賢吾先生や田中尚夫先生が来聴なさると知って一気にハードルが高くなった。迂闊なことが言えないなあ…ってもちろん、誰が相手でもいい加減なことを喋ってはいけないのだが。


2016年6月14日(火)くもり

大学では今週から第2クォーター。数理論理学の講義が始まった。大体において昨年度のやり方を踏襲する。命題論理の論理式の概念の帰納的な定義をテキストどおりに紹介し、次にはテキストにはない構文木の概念を説明。午後は予算運用におけるコンプライアンスと研究倫理に関するe-Larning教材を視聴。


2016年6月13日(月)くもり

明日と木曜日の講義の準備。講演のスライドづくり。図書室の作業。再校刷りを版元へ返送。


2016年6月12日(日)あめ

(6月19日記) 日記は溜めるものではない。どんな日だったか思い出せないが、金曜日の講演に向けてスライドづくりをやっていたに違いない。


2016年6月11日(土)くもり

松尾義之『日本語の科学が世界を変える』(新潮選書 2015年)を読了。ちょっと褒めすぎな気もするが、基本的な科学技術用語がすべて日本語化されていて大学の専門教育が日本語でできるというのは世界でも珍しいことだというのは本当である。先人が築きあげたこの日本語の科学という文化的土壌をグローバル化の美名のもと安易に切り捨ててしまうのは考えものだ。


2016年6月10日(金)はれ

午後、Cooper本講読ゼミ。今回から第3時限に変更になった。めずらしく、おやつ付き。


2016年6月9日(木)くもり

ご近所でご不幸があったので喪服を着て出向くなど。


2016年6月8日(水)あめ

今週から来週にかけていろいろの用事が立て込んでいるが、片付けるには一個ずつやるしかない。図書室の作業をした。院生の通称ねげろんと数学の話を少しした。訳本の再校刷りを一段落させた。来週の講演に向けてスライド作りに着手した。


2016年6月7日(火)くもり

朝のうち雨だったがほどなく止んで夕方には少し晴れ間も見えた。「集合と位相I」の期末テスト。6月初旬に期末テストも変な話だが、クォーター制を導入した結果としてこうなっている。クォーター末テストなんていうわけにもいかないしね。引き続き訳本の再校刷りを読む。

夜遅くに、正木晃『知の教科書 密教』(講談社選書メチエ2004年)を読了。


2016年6月6日(月)くもり

朝からいろいろあってやる気が出ないが仕事だから仕方がない。訳本の再校刷りを読む。


2016年6月5日(日)くもり

昨日から今朝にかけて、筒井清忠『日本型「教養」の運命 歴史社会学的考察』(岩波書店1995年)を読んだ。これは20年来の宿題だった本だ。本当は昨日のうちに読み終えるつもりだったのだが眠ってしまっていた。そんな俺には「教養」について語れることなどない。20年前にはいろいろ考えることもあったし言いたいこともあった(気がする)のだけどね。これからも、ともかくいろいろな本を読み続けようと思う。


2016年6月4日(土)あめ

ずいぶん寝坊してしまった。午前中に輿水精一『ウイスキーは日本の酒である』(新潮新書2011年)を読み終えた。ブレンダーという仕事を通してウイスキーの魅力を語る本であった。このあいだの日曜日に借りた本をひととおり読んでしまったので、昼食後、また県立図書館に行く。

どうやら梅雨入りしたらしい。


2016年6月3日(金)はれ

「集合と位相I」の講義はきょうが最終日。タッキーの補題の応用で集合の濃度の比較可能性定理を証明した。Cooper本講読ゼミではテューリング機械の議論が始まった。テキストの記述も発表のペースもちょっと駆け足なので、俺はともかく聴講のNM2さまと持国天さまにはつらそうだった。


2016年6月2日(木)はれ

夕方にTGSAセミナーがあるので、医者の予約時間を午前中に変えてもらった。医者のあと、普段なら歩いて自宅へ帰るわけだが、今回はそういうわけでバスと電車を乗り継いで大学へ向う。天気がよいので日中の外出は気分がいい。医者の待ち時間と仕事の空き時間に栗原康『学生に賃金を』(新評論2015年)を読んだ。全面同意とはいきかねるが、なかなか痛快で、読後はちょっと元気になった。

TGSAセミナーの発表者は早稲田の江田先生。ソレノイドと呼ばれる特別なコンパクト位相群に対する無限重被覆空間の構成の話。懇親会でワインを飲みすぎた。ほぼひと月ぶりの飲酒なので、ちょっとコタえた。


2016年6月1日(水)くもり

小日向京『考える鉛筆』(アスペクト2012年)を読んだ。鉛筆への溢れんばかりの愛を感じさせる本。鉛筆を使うさいに感じる触感・音・香りなど、些細な感覚をはっきりと言葉にしているのがすばらしい。