て日々

2015年8月


2015年8月31日(月)くもり

どうにか8月中に Nik Weaver«Forcing for Mathematicians» を読み終えた。9月には、 他のことはともかく、Kenneth Kunen«Foundations of Mathematics» をなんとしても読み終えねばならない。 この本に関してはいいかげんサボりすぎだ。


2015年8月30日(日)くもり

ひさしぶりに手作りピザを焼くなど。


2015年8月29日(土)あめ

午前中、県立図書館に行って、角田譲先生の著書を借りた。 昼過ぎになって帰るころから雨が降りだして、 そのあとは夜まで、けっこうよく降った。


2015年8月28日(金)くもり

けさ未明、神戸大学名誉教授の角田譲先生がなくなったと、 菊池誠さんから連絡があった。享年六十九。

角田先生は集合論が専門の研究者であり、名古屋大学数学基礎論グループの大先輩であった。 のちに名古屋基礎論グループのボスになったわが恩師の篠田寿一先生は角田先生の無二の親友であり、 そのこともあって、角田先生には、たびたび名古屋のセミナーに顔を出していただいた。 ちょうど改元のころから数年にわたって、 篠田先生と角田先生が共同で企画した、集合論と帰納的関数の理論に関する研究集会のシリーズが、 名古屋、神戸、下関など会場をいろいろ替えて開催された。 京大数理解析研究所を会場とした第2回の集会のときが、ちょうど、 集合論の一大画期となったマーティン・スティールの定理の証明の出版されたタイミングで、 その論文を解読して角田先生と篠田先生に三日間にわたりご進講する役目を仰せつかったりして、 これは、博士課程に進んだばかりの俺にとってとてもいい勉強になった。 また、下関の研究集会のときに野倉嗣紀先生(名古屋で篠田先生の同期生であったというから、 角田先生の1年後輩ということになる)にお会いしたことが縁で、いま俺が愛媛にいるのでもある。

研究集会に姿を見せるときの角田先生は、常に親分然とした風格を漂わせていた。 いつも最前列に陣取り、われわれの発表に、ときには厳しく、しかし常に適切に、コメントをくれるのだ。 まあ、あんまり親分風を吹かせるものだから、 何人かの学者たちからは「おじき」と呼ばれ敬遠されてもいた。なにしろ、 医者に何を言われても酒も煙草も決して止めない。セミナーのあとには必ず酒を飲んだ。 弟子や後輩を従えて、無限に飲んでは喋り、喋っては飲む。 このあたり、倉田令二朗先生とあい通じるものがある。

そういえばこんなこともあった。ある年の、 神戸の宿泊研修施設での集会のとき、夜も更けてそろそろみんな寝ようというころになって、 その日のセミナーに来ていなかった角田先生が、施設に現われた。 大学運営の仕事のあとの飲み会でもあったのだろう。 すっかり酔っぱらった状態で、たまたま玄関に一番近かった俺の宿泊室をノックして 「おいフジタ。菊池くんの部屋はどこや!! 探してこい!!」と命令する。 そんなこと言われても、全員の部屋割を把握しているのは菊池さん本人だけなのだ。 仕方がないから、俺が片端から部屋をノックして回る。 角田先生がそのとき菊池さんに何の用事があったのかは、俺にはわからない。だが最終的には、 要するに主な参加者を叩き起こして、深夜のラウンジで飲み直しである。 この角田先生の飲み方にとことん付きあったのは、やはり篠田先生だけだったろうと思う。 この二人は本当に仲良しだった。

哲学を含めて数学の基礎に対して幅広い関心をずっと持ち続けたことも、 角田先生と倉田先生に共通する。とはいえ、教育者としての両者の方向性には違いがあったかもしれない。 角田先生の著書『数理論理学入門』(朝倉書店 1996年)は、文理両系の読者を対象に、 数理論理学のうんとベーシックな部分を厳密に、しかし実に丁寧に解説する教科書である。 ここには、威張りちらす親分の姿はない。普段の物腰とは裏腹の、 学生思いの教師としての角田譲の姿が、かいま見える。

大学の運営管理の功績も忘れてはいけない。 たとえば、神戸大学の集合論グループの基礎を築いたのも、ほかならぬ角田先生である。いま、 神戸大学の集合論グループは、渕野昌さんとヤーグ・ブレンドレさんをはじめとして、 何人もの世界レベルの学者を擁し、彼らの努力の甲斐あって、 国際的にも一目も二目も置かれる集合論研究の一大拠点に成長している。

あと、このあたりについては、 菊池誠さんが近いうちにもっときちんとしたものを必ず書いてくれるはずだけど、角田先生は、科学基礎論学会でも重要な地位にあり、集合論に留まらず、無限にかんする哲学の論文もあり、 超準解析に対するモデル理論を用いない独自の定式化という研究もあり、 近年は、情報の流れという観点からデザイン理論の構築に注力していた。 とすると、角田先生の活動は、数学基礎論というディシプリンに留まらず、哲学的な意味での科学の基礎、 さらには、研究活動の基盤となる大学の研究環境や教育まで含めた、きわめて広い意味で、 数学の基礎全体をカバーしようとするものであったのだ。

その一環として関心は当然コンピュータにも向かっていて、 往年のVzエディタの自作マクロに熱中したり、 研究室にいち早くNEXTのあの黒い箱形のコンピュータを導入したり、 けっこうなコンピュータマニアでもあった。

母校の先生というわけでもないのに、たびたび直接間接の指導を受け、 本当に角田先生にはお世話になった。何度か脳溢血で倒れ、長く闘病しておられたという。 謹しんでご冥福をお祈りする。

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後日追記:追悼文一色になってしまったが、この日に何もしなかったわけではない。 ご遺族に弔電を打たせていただき、TGSAセミナーがあり、ピアノのレッスンに行った。 いや、本当は余事をすべてさしおいて神戸へ駆け参じるべきであったことくらいわかっている。 遠隔地に暮らし、貯金というものがないので、訃報を受けても身動きがとれぬ。恥かしい話だ。 たしかに、いまの世は不景気であるが、俺が貧乏なのは世の中が悪いわけではない。 いまの俺はすでに、角田譲先生が『数理論理学入門』を上梓した年齢を過ぎて、 それはつまり、恩師篠田寿一先生が急逝した年齢にそろそろ達するということでもある。 いい歳をして、いつまでも助教の安月給に甘んじていると、 生活苦から家族と不必要な衝突をすることになり、 知人・友人に不義理をすることになり、 そしてなにより、先達のみなさんに受けた学恩に報いることができぬ。 慚愧。(8月30日)


2015年8月27日(木)はれ

午後、会議に出る。医者に行く日なので夕方からの数学談話会は欠席させてもらう。 ちょっと早めに出て医院の近所の書店に寄り道。ただし、何も買わない。 医者にかかって薬局で薬を受け取ると夕暮れ時だ。天気がよく風が涼しいので、 散歩を兼ねて歩いて帰る。まあ、医院がいまの場所に移転してしまってからというもの、 いろいろ交通の便が悪いので、よほどのことがない限り歩いて帰るのだが。

帰り道にまた別の書店にも寄る。でも、やっぱり何も買わない。 面白そうな本がないわけではないのだが、このごろの俺はまるで金太郎飴で、どこを切っても「金がない」が出る。 きょうの会議で学部長が言うところによれば、これは大学も同じのようだ。 そして、どうやら日本国中のたいていの場所が同じ金太郎飴になっている。

とはいえ、「お金がない」ということは、「楽しいことがない」ということを必ずしも意味しない。 お金をかけないように工夫しつつ、それでも諦めずに、楽しさ・面白さを追求すべきだとは思う。

まあそれで、 子供のデザートのミニシュークリームと自分の缶ビールと妻の缶チューハイだけは買ったのだ。


2015年8月26日(水)くもり

夕方、妻が大学まで車で迎えに来てくれた。さる土曜日にも行った大浦の海岸で、 ばうたちがバーベキューをやってるからご相伴しにいくのだ。石手川公園に行った前回との大きな違いは、 ばうの高校生の息子をはじめとする「おにいちゃん」四人衆がいて、 うちのセガレをふくむ小さな男の子たちの遊びをリードしてくれたことだ。 おにいちゃんたちが夜の海でゴムボートに乗ったりして、悪ガキらしく羽目をはずしているのを見て、 俺らもこれくらいの頃はこうやったなあ、若もんのノリは基本的に変らんのやなあと思った。

焚き火と花火と

とはいえ、おにいちゃんたちもこの時期に海に入ったら寒かろうと思い、 枯れ枝を拾ってきて焚き火をしてやった。そしたら小学生以下のチビずが真似したがって困った。


2015年8月25日(火)あめ

雨は昼過ぎには止んだが夜まで強い風が吹いた。体調がすぐれず、家で過ごす。

Weaverの «Forcing for Mathematicians» の第28章をノートにまとめた。 内容は、連続体仮説 \(\mathrm{CH}\) を仮定して、カルキン環 \(\mathcal{C}(\ell^2)=\mathcal{B}(\ell^2)/\mathcal{K}(\ell^2)\) が外部自己同型をもつことを証明するというもの。 細部を埋めるのが大変ではあったが、直前の第26章・第27章と違って、証明はきちんと書いてあった。 これで残すところあと第29章だけで、ここでは \(\mathrm{OCA}\) を仮定して、 今度はカルキン環が外部自己同型をもたないことを証明する。これは第27章の \(\beta\mathbb{N}\setminus\mathbb{N}\) の自己同相写像に関する結果に類比的で、いわばその 「非可換化」といえる。そして証明にもある程度の並行関係が認められる。 そのためか、第27章で省略された、 部分空間ごとのローカルな結果を\(\mathrm{OCA}\) を使ってグローバルにまとめ上げるステップに話が限られている。 なんというか江戸の仇を長崎で討つような、銀行で借りた金を郵便局に返すような、妙なぐあいだが、 両方の結果の概略はつかめるということに、一応はなるのだろう。


2015年8月24日(月)くもり

仕事に行くが手足に力が入らず立つとフラフラする。 PCのキーボードをタイプするのにも難儀するぐらいで、どうしたことかと思ったが、 どうやらいつもの薬を2日続けて飲み忘れているようだ。早めに帰ってさっさと寝てしまう。


2015年8月23日(日)はれ

昼食にちゃんぽんを作った。スーパーで買ってきた1玉38円の麺はいまひとつだったが、 スープを念入りに作ったのでけっこう美味かった。


2015年8月22日(土)はれ

午後、妻のプリウスのブレーキランプが故障したのでトヨタに修理に行って、 それから北条の大浦海岸までドライブ。いい天気で気分がよかった。

大浦海岸 大浦海岸

谷口義明『クェーサーの謎』(講談社ブルーバックス2004年)を読み終えた。 著者の谷口義明は現在われわれの愛媛大学の教授であり、宇宙進化研究センター長の任にある。

数年前までこの「て日々」に何度か登場していたイデウエお姫さまは、この谷口教授の弟子である。

クェーサーとは数十億光年の彼方にある、通常の銀河の100倍以上の明るさで輝く天体で、 どうやら銀河の中心核にある超大質量ブラックホールが周囲のガス雲を吸い込むことで光を発しているものらしい。 クェーサーがどうしてできたのか、いかにして輝いているのか、なぜわれわれの天の川銀河の近くの宇宙には存在しないのか、 そうした疑問の解明が、この本の主題だ。だから、ここでは主たる関心の対象は銀河で、 太陽などの恒星も銀河を構成する細胞のようなものにすぎず、現象のタイムスパンは億年単位だ。 考えていることのスケールが違いすぎる。近年とみに喧しい「その研究は世の中の役に立つのですか?」という問いなど、 ここではさすがに一顧の余地もない。この本の中でも、 研究というものはとにかく虚心坦懐に観測と分析を積み重ねていくものだ、と繰り返し説かれている。


2015年8月21日(金)くもり

先週の水曜日に県立図書館で借りてきたうちの一冊、 ダニエル・ケネフィック『重力波とアインシュタイン』(松浦俊輔訳, 青土社2008年) を読了。これは重力波についての解説書ではなく専門的な「重力波論争史」だった。 重力波が存在するか、存在するとしてエネルギーを運びうるか否か、 いかなる機構によって発生するか、そうしたことをめぐっての、相対論学者間の長い論争を辿るのがこの本の主眼で、 細部はよくわからんなりに、数学と物理学のスタイルというか考え方というかの違いがいかに大きいものか、 思い知らされた気がする。

俺はずっと一般相対論というのを古典電磁気学と同様の場の理論に違いないと漠然と考えていて、それで、 重力波の発生する機構のことも、質量が加速度運動することで発生する場の変化が伝播していくのだろうと思っていた。 ところが、そうした電磁場とのアナロジーによる理解が適切かどうかが、そもそも大いに疑わしいらしい。 重力波によるエネルギーの散逸が実際に起こりうること自体は、 連星パルサーの観測データの分析を通じて確かめられているらしいが、 重力波を直接観測する実験は現在のところまだ成功していないようだ。


2015年8月20日(木)くもり

「面白いことがない」というのは、実は「面白がる心が枯れている」ということかもしれないと思い直すなど。


2015年8月19日(水)あめ

松山はずっと雨だったが、種子島から国際宇宙ステーションへ資材を運ぶ輸送船「こうのとり」が打ち上げられたそうだ。妻とセガレが«ニコ動»の中継に夢中であった。


2015年8月18日(火)くもり

このところずっと読んでいた Nik Weaver «Focing for Mathematicians» の第27章をどうにか読み終えた。しかし主な結果の証明が完結しているわけではないので、 原論文にあたる必要があるようだ。いずれ原論文を読むとして、次の第28章に進もう。あと一息だ。

第14回松山TGSAセミナー。今回は(次回も)講演2本立て。 なのだが、どちらの講演も途中から記憶がない。お盆休みからそれほど日が経ってもいないのに、 どうも疲れているようだ。懇親会はJALシティのレストラン。


2015年8月17日(月)くもり

今年の数セミ6月号に、 小澤正直先生のいわゆる「小澤の不等式」の実験による検証をめぐる鼎談が載っていたのを、遅まきながら、 さる12日にジュンク堂でバックナンバーを見て知った。きょう大学に着いたらまっさきにその記事を読んだ。 やはり、数学者と物理学者では話が通じにくい、ということから話が始まっていた。 鼎談に参加しているあと2人の先生は実験物理学者なので、ここでは小澤先生は《数学者代表》みたいな立場になっている。 しかし、数学者のコミュニティに登場するさいには、物理に関する数学の問題を物理学者のように考えて解く「数理物理学者」 というカテゴリに小澤先生は入ってしまう。ジャンルに縛られない研究をしているのだから当然といえば当然なのだが、 不確定性原理という話題が話題だけに、これはなんとも興味深い重ね合わせ状態だと思った。


2015年8月16日(日)くもり

妻子が戻った。さっそくウルサい。と、10日前にも同じこと書いたけど。

妻が帰省中にiPhone 5Sを水没させてオシャカにしてしまったので、 近所のauショップに行ってiPhone 6に機種変更したうえ、 ウィルコムを解約してauのガラケーをセガレに持たせるために新規契約をするなど。 景品のホームベーカリーやらセット契約のAndroidタブレットやらで、妻が一挙に物持ちになった。 それはいいのだが、auショップに行っても何もすることがなかった俺は、 何のためにわざわざついて行ったのかわからなかった。


2015年8月15日(土)はれ

神戸在住の数学専攻大学院生であり、ツイッターで相互フォロー中のひむらさんが 一人旅で四国をめぐって松山にやってきたので、 朝から一日観光案内をさせてもらった。湯築城跡、道後温泉、湯神社、伊佐爾波神社をみて、道後商店街で昼食、 そのあと石手寺を訪れ、坊っちゃん列車で市街地に移動。坊っちゃん列車の切符で《くるりん》に乗り、 高島屋のスカイドームでピアノの弾き語りを聴き、千舟町の白木屋の跡に最近できたというカフェで一服して数学談義をし、 県庁裏の道から城山に登った。お盆の松山まつりに合わせて、 松山城公園もきょうまで夜間も営業(というのか)をしているのだ。 天守閣を見て、本丸広場で夕焼けを見てから、ロープウェイで山を降り、 アーケード街を歩いて市駅前に戻り、《ダイニング槇》で夕食をとって解散。いや、よく歩いた。それにたくさんビールを飲んだ。 (←飲んだのは俺だけ。ひむらさんは一切酒を飲まない。)

勝山上から見た夕暮れ時の松山市内
城山公園から見た夕刻の松山市内

松山城の売店やダイニング槇でうちの学科の学生さんが働いていたのはまあ驚くには当らないが、 ひむらさんが高校時代には吹奏楽部でトランペットを吹いていて、 同じ部活の先輩に(こないだまでドミトリ教授のところの院生だったA Smooth Not Big Bandの)フージーくんが いたとか、現在のひむらさんのゼミの指導教員が、かつてわれわれの学科にいた(ヒラノ学部長の前任者の)Tさんだとか、 いろいろと世間の狭さを感じさせる偶然が重なったのは面白かった。


2015年8月14日(金)くもり

お盆休み3日め。 体調のこともあってか、前回の妻子不在のときと比較して、数学の勉強があまり捗らない。


2015年8月13日(木)くもり

お盆休み2日め。


2015年8月12日(水)あめ

お盆休み1日め。昨日の熱は幸い一日で下がった。 日曜日が返却期限だった本を返しに県立図書館にいって、物理関係の本などなどを新たに借りた。 県立図書館のあとは、ジュンク堂に行って本をいろいろ見たが、いま買うべきじゃないぞと可能な限り自制。迷った末に、 ブルーバックスの物理学事典の新しいのを買ってきた。旧版はすでにヲタク多聞天(物理学科2回生のNくん)に譲ってある。

借りてきた本と買った本


2015年8月11日(火)くもり

昨晩ずいぶん涼しかったせいか、夏風邪を引いて、38℃ちょっとの熱が出た。 仕事を休んで家で寝ることにする。本当は前学期の成績評価に関わるいろいろの打ち合わせの予定があったのだが、 メールして延期させてもらう。お盆休みあけの17日がしめきりなので滑り込みセーフとなる予定。

寝込んでいる俺のことは心配しつつも、 妻子は予定通り山口県の実家でお盆を過ごすために出発。 まあ、こちらも一日寝ていれば大丈夫なはずだからね。


2015年8月10日(月)はれ

夜には、先週のオープンキャンパスのスタッフ打ち上げに行く。 学部長を相手にちょっと毒を吐いたというかいろいろ愚痴を言ってしまったのだが、 俺の生活が苦しいのはなにもこの人たちのせいではない。 やる瀬ない気持ちとおぼつかない足取りで家路をたどる途中、堀之内公園のベンチに座り込んで長考。 まあ、客観的には単なる酔っ払いだが。


2015年8月9日(日)はれ

セガレの小学校で地域の防災訓練というのをやるというので、妻とセガレは朝から出かけた。 ムスメは夏休みの宿題が焦げつき気味なので残る。俺も家にいることにする。昼食にカレーを作った。 昼食後はムスメの宿題の作業が一段落するのを待って図書館に本を返しに行くつもりが、 予定がずるずる遅れてとうとう行けずじまい。

吉田洋一『ルベグ積分入門』ちくま学芸文庫版がこのほど刊行され、きょう届いた。初版は培風館から1965年の刊行という古い本。コーシーの定積分概念から、リーマン積分、 ルベーグによる改良までをわかりやすく書いた序説と、集合と位相の要領よくまとめた第2章があるおかげで、 学習者にとって取りつきやすい本になっているいっぽうで、ルベーグ測度の扱いは明快なうえ厳密であり、 決して初学者向けにレベルを落とした話になってはいない。その両方の意味で優れた教科書だと思う。 可算集合のことを「可付番集合」と言ったり、和集合のことを「結び」と言ったりと、 言葉づかいの古くささは多少あるが、その内容は少しも古くなっていない。


2015年8月8日(土)くもり

竹内薫『量子重力理論とはなにか』(講談社ブルーバックス 2010年)を読む。 よくわからんなりに、へぇ〜っと思うことが多数あり、面白かった。 県立図書館から同じ日に借り出した同じくブルーバックスの古い本、中西襄『相対論的量子論 ‐ 重力と光の中にひそむ「お化け」』(1981年)もわかりやすく内容豊富でおもしろそうだが、 読み終えるまえに返却期限が来てしまいそうだ。図書館で本を5冊借りて、 3週間のうちに1冊読めればいいほうというアリサマは、 自分でもなんとかしたいところ。


2015年8月7日(金)はれ

セガレの友達が大挙して遊びにきたので挨拶をしてから仕事に出る。

Weaver本の第26章を読む。補題26.1の長い証明のあと、定理26.2の証明は 概略を言葉で書いてあるだけだ。第23章と第24章を読んでいれば、この説明で方針はわかるし、 詳細を書いても新味がないからと Weaver が言うのも一理あり、 これで仕方がないかもしれないのだが、ちょっとバランスが悪い感じがする。


2015年8月6日(木)はれ

妻子が戻った。さっそくウルサい。

数日かけて読んでいたWeaver本の第25章をノートにまとめた。 そしたら、補題25.2の証明に出てくる部分群 \(\mathcal{C}_0\) の存在証明が、 本文中に示唆すらされていないことに気付いた。それ以外のところは行間もなんとか埋められたのだが、 ここだけはまったく明らかにならない。読み終えても、なんとも据わりが悪い。Whiteheadの問題については、 定理21.1 (可算Whitehead群にかんするSteinの定理) の証明が省略されていることもあり、 巻末の文献リストにあるPaul Eklofの論説 [Paul C.Eklof Whitehead's problem is undecidable, American Mathematical Monthly, December 1976, pages 775--788] などで勉強しなおす必要がありそうだ。


2015年8月5日(水)はれ

明日と明後日、大学のオープンキャンパスが開催される。 俺は昨年模擬授業を担当したので今年は役目はないが、〇下さんの求めに応じて、 昨年の出し物の準備段階で作ったJavaScriptのプログラムを展示ブースのPCで表示できるように設定した。

そのなかの一つはたとえばこういうやつ。たぶん古いIE6では見れません。

ここにグラフィクスが表示されます


2015年8月4日(火)はれ

ひとりで考えこんでいると、どうもよくない。


2015年8月3日(月)はれ

金曜日に実施した「集合と位相I」の期末テストの採点を、 今度はどうにか1日で済ませた。これから中間テストや演習の結果を加味して、 成績評価をせねばならない。誰か他の人のやったことに点数をつけ評価するというのは、いつもながら、 イヤなものだ。


2015年8月2日(日)はれ

家にいても暑いばかりで仕方がない。大学に来た。金曜の夜から集中して、 Weaver本を第24章まで読んだ。有限サポート反復強制(第22章)によるマーティンの公理 \(\mathrm{MA}\) の無矛盾性証明(第23章)。\(\mathrm{MA}+\neg\mathrm{CH}\) からのススリン仮説の証明(第24章)。 これらは集合論を勉強する人が必ず通る道である。

夜には元町珈琲に行って、 境正一郎の論説「作用素環における可分性・非可分性とダイヤモンド原理」(日本数学会編『数学』第60巻第1号所収, 2008年)を読む。 作用素環研究の長年にわたるリーダーである境先生がAkemann and Weaverの結果を解説したもので、 問題の背景やこの結果の意義の説明も含めて、 «Forcing for Mathematicians» よりもずっと詳しい。 それでも、論説の性質上どうしても記述が駆け足になることもあり、 細かいテクニカルな話はいまの俺にはさっぱりわからない。 一度にすべてを理解しようとせずゆっくり確実に進むしかない。


2015年8月1日(土)はれ

次の木曜日まで妻子は帰省。夕食に一人分の野菜炒めを作った。