
「集合と位相I」の期末テスト。テストの監督というのは、 気を抜くわけにいかないが、しかしひたすらヒマである。 仕方がないので、テストを受けている学生さんのうちで、 腕時計を着用するか机に置くかして使用している人がどれだけいるか数えてみた。 59人中19人という結果である。多くない。このごろはスマホを見れば用が足りてしまうから、 という説明をすぐに思いつくが、しかし、自分が大学2年生のときだって、 ひょっとして腕時計をもっていなかったかもしれない。
午前中、ネット環境の切り替え工事。
午後「数理論理学」テストの採点と最終的な成績入力まで済ませる。 明日にはもう集合と位相のテストをせにゃならんので、 数理論理学の成績は今日のうちにつけておかないと。 めんどくさがって後まわしにしていたら (「て日々」の更新が滞って困っているときのように) きっと後悔する。
午後、「数理論理学」の期末テスト。 小テストでやったような小さな問題をたくさん出したら、第9問までできてしまった。まあ、 ひとつひとつはどうということのない問題だ。
ひとつだけ、「おさらい」ではない問題を出した。 坪井さんのテキスト『数理論理学の基礎・基本』(牧野書店)の命題論理の論理式の構文は、 命題変数という文字と、論理記号 \(\neg\), \(\land\), \(\lor\), \(\rightarrow\) を用いる。否定記号 \(\neg\) だけがアリティ1で、他の論理記号はアリティ2だ。そこで、 否定記号をまったく含まない命題論理の論理式があれば、その記号列としての長さは奇数のはず。 そのことを、論理式の構成に関する帰納法で証明しなさい、という問題。
時間がかかったが、Nik Weaverの本 «Forcing for Mathematicians» の第21章を読み終えた。この章では、ホワイトヘッドの問題の肯定解を、 サイズ \(\aleph_1\) のアーベル群の場合に、強化されたダイアモンド原理 \((\forall S)\diamondsuit_S\) を仮定して証明する。それはいいのだが、 可算なアーベル群の場合の肯定的な解(Steinの定理)を証明せずに使っている。 だから、あとはその証明を補う必要があるわけだが、ひとまず先を急いでWeaverの本を読み終えることにする。 というのも、9月上旬に東工大で開かれるCTFM2015(Computability Theory and Foundations of Mathematics)という会合にNik Weaverが招かれてやってくる予定になっているからだ。 それまでに読んでしまいたい。
産総研の縫田光司さんが最近の研究結果について話すためにやってきたので、 談話会を開く。夜には懇親会を三番町の「十五万石」で開いた。
「新入生セミナーA」の最後の授業。 俺の担当するクラスの3チームのうちひとつがポスター発表で1等を取ったのは意外だったが嬉しかった。
夜、どこかで花火が上っているらしく、ずっと空がゴロゴロいってた。なんだか戦でもしてるみたいだった。花火は好きではない。 それより、なんかいい音楽のライブでも聴きに行きたい。
4月30日の日記に書いた連分数の問題が解けた。 すなわち、等式 \[ 1+\cfrac{2}{2+\cfrac{3}{3+\cfrac{4}{4+\cfrac{5}{\ddots}}}} =e-1 \] が確かめられた。使った道具は一般の連分数に通用するものだが、 この例のように値が綺麗に求まる例は多くないようだ。 設定をすこしだけ変えて \[ 1+\cfrac{1}{2+\cfrac{2}{3+\cfrac{3}{4+\cfrac{4}{\ddots}}}} \] を同じ方法で計算しようとすると、もう手に負えない。柳の下のドジョウは一匹だけのようだ。
「集合と位相I」の講義と演習、最終回。講義ではテキストの内容からはみ出して、 「濃度の比較可能性の証明」と「直線と平面の対等性の証明」をやった。
濃度の比較可能性を証明するには, 集合 \(A\) と \(B\) が与えられたとして, \(A\) の部分集合から \(B\) の部分集合への極大な全単射をツォルンの補題で取ってくればいい. なのだが, 写像の間の順序関係の議論が煩雑な気がしたので, 写像をそのグラフに置きかえて, \(A\times B\) の部分集合族の話に翻訳した.
\(A\times B\) の部分集合 \(E\) が条件(名付けて「フタマタ禁止令」) \[ \forall x\in A\forall y,y'\in B\big[\,\langle x,y\rangle, \langle x,y'\rangle \in E \Rightarrow y=y'\,\big]\\ \forall x,x'\in A\forall y\in B\big[\,\langle x,y\rangle, \langle x',y\rangle \in E \Rightarrow x=x'\,\big] \] をみたすとき, \(E\) をひとつの《縁結び》と呼ぶ. 縁結び全体のなす集合族は有限特性をもつので, Tukeyの補題により(包含関係の意味で)極大な縁結びが存在する. ひとつの極大縁結び \(E^*\) を考えよう. \(E^*\) は \(A\) の部分集合 \(A^*\) から \(B\) の部分集合 \(B^*\) への全単射を定める. \(A=A^*\) なら \(|A|=|A^*|=|B^*|\leq|B|\), \(B=B^*\) なら \(|B|=|B^*|=|A^*|\leq|A|\) である. あとは \(A\neq A^*\) かつ \(B\neq B^*\) の場合を排除できればよい. 極大縁結びでお相手の見つからない \(a\in A-A^*\) と \(b\in B-B^*\) が両方とも存在すれば, \(a\) と \(b\) のペアを追加した \(E^*\cup\{\langle a,b\rangle\}\) が \(E^*\) より真に大きな縁結びになってしまって極大性に矛盾するから, \(A=A^*\) と \(B=B^*\) の少なくともは成立している. したがって \(|A|\leq |B|\) と \(|B|\leq |A|\) の少なくとも一方が成立する.
講義では, 図をいろいろ描いて縁結びの条件の意味合いの説明を加えながら証明を進めた.
夕方、医者に行く。
俺がセガレに IchigoJam を買ってやろうかと思っているころ、妻は妻で、セガレに Scratch をさせることを考えていたらしい。二人とも、この方面にしかセガレの生きる道はないような気がしているのだ。もちろんそれはこれからセガレ自身が決めることではあるのだが。
茂木勇・伊藤光弘『微分幾何学とゲージ理論』(共立出版) の古本を注文してたのが届いたのだけど、オンラインの配送記録によると、 クロネコメール便が郵便受けに投函されたのが5時32分だったそうな。 なんというか、配達員さまお疲れさまです。いつもありがとうございます。
アーベル群の拡大の群 \(\mathrm{Ext}(A,G)\) が, いかなる意味で短完全系列 \[ 0\rightarrow G\rightarrow B\rightarrow A\rightarrow 0 \] の全体を体現しているのかを理解せねばならない. どうしたもんかと思っていたが, むかし圏論の本でちょっと読んだことのある「プッシュアウト」というのを使えばうまくいきそうだ. その当時は, プルバックはまだ理解できるが, プッシュアウトってのはどういう使い道があるんだろうと訝しく思っていたものだが, なかなかどうして働き者である.
きょうは海の日だが、うちだけは、ムスメのおかげでグミの日になっている。 この頃は中学校の家庭科の教科書に手作りグミの作り方が載っているらしい。
アーベル群の拡大の群 \(\mathrm{Ext}(A,G)\) の定義まわりのことを勉強している。
先日、古本を注文していた図書館協会の『日本十進分類法9版』いわゆるNDC9が届いた。 数学科の図書室の資料の整理の参考にしようと思っているのだ。
朝のうちまだ暴風警報が出ていたので、午前中の講義が休講になった。 外の雨風もなかなか激しくて、こりゃ確かに授業どころではないわい、と思っていたら、 暴風警報は朝8時すぎに解除されて、規程により午後は講義をすることになった。 しかし、「集合と位相」を始めとするわれわれの学科の2年生向け専門科目は、 午前に講義と午後に演習でワンセットになっているので、このサイクルが壊されると少し困る。 それで、午後の演習もお休みにして、進行を1週間遅らせることにした。
それでまあ、思わぬ空き時間ができたので、自室の本の整理と部屋の掃除をした。
夕方から例によってピアノのレッスン。 インベンション10番では俺のモチベーションが上らないのを見かねた先生が、 他の曲にすることを提案。13番をやることにした。これと2番と、 あとシンフォニアの2番はマスターしたい。
レッスン後はジュンク堂に行き、それから元町珈琲へ行く。和田純夫『今度こそわかる ファインマン経路積分』(講談社2014年)を買ったので、移動の電車と元町珈琲でひとまず第1章を読む。 ここでは、2重スリット実験における量子の振舞いの考察から「すべての経路にかんして積分する」 という発想が自然に出てくることを、やさしい言葉で丁寧に説明してくれている。 このあたり、牟田淳『身につくシュレーディンガー方程式』(技術評論社2015年) がシュレーディンガー方程式について試みる導入を経路積分についてやってくれる、 ということかもしれない。俺のような半可通の数学者が量子力学の数学的構造について考えると、 どうしても「ヒルベルト空間ありき」で話が始まってしまうのだけど、 そこのところを基本から考えたいと思っているところなので、こうした本はたいへんありがたい。
量子論理の名の下に、 ヒルベルト空間の閉部分空間の束の束論的研究ばかりが積み上げられてきたことが、 本当に物理に即して適切なことだったのかを、この目で見極めたいと思っているのだ。
第1章を読み終えたところで本を閉じて、ホモロジー代数の勉強に戻る。ようやく、 アーベル群のねじれ積 \(\mathrm{Tor}(A,G)\) の定義が飲み込めたあたりで、閉店時間となった。
台風が来て気圧が下がっているのと、木曜日には授業の予定がないのと、 このところ少しばかり睡眠不足ぎみだったのとで、ほとんどまる一日、やる気ゼロで過ごした。 しかし明日の講義の準備だけはしておこうと、夜になってから講義ノートだけは書いた。 しかし、明日は休講の可能性が濃厚だ。
妻が仕事に出ているので、代わりに夕食を作った。豚しゃぶを主菜に、生野菜を添え、 副菜に大豆もやしのおひたしをつけて、さらに枝豆と鮭とばをプラス。

数理論理学の講義では \(\models\) の第1の定義、すなわち構造 \(M\) が論理式 \(\varphi\) をみたすとはいかなる意味か、の定義を解説した。 次回が最終回で、\(\models\) の第2の定義すなわち 理論 \(\mathit\Gamma\) のすべてのモデルが論理式 \(\varphi\) をみたすとき \(\mathit\Gamma\models\varphi\) と書くことを説明して、完全性定理のステートメントとその意義と使いみちを説明することになる。 完全性定理の証明には到達できなかったが、まあ仕方がない。
きょうはそのほかに数学科図書室の整備について \(O(t^2)\) さんと相談したり、金曜日の授業の内容を頭の中で組み立てたりしていた。
M2ゼミではレブ(Löb)の定理をやった。Löbの定理というのは次の主張だ:
ペアノ算術を拡大する原始再帰的で無矛盾な理論 \(T\) において, \(T\) の公理の集合を表現する原始再帰的論理式 \(\tau(x)\) と \(\Pi_1\) 文 \(\pi\) について, \[ T\,\vdash\,\pi\rightarrow\mathrm{Con}_\tau \] かつ \[ \mathbb{N}\models\pi \] であったとすれば, \(T\) の公理の集合を表現する原始再帰的論理式 \(\tau'(x)\) をうまく取りなおすことにより \[ T\,\vdash\,\pi\leftrightarrow\mathrm{Con}_{\tau'} \] が成立するようにできる.
この定理の不思議さは、\(T\) としてペアノ算術をとり、\(\pi\) としてたとえば \(\mathrm{Con}_{\mathrm{ZFC}}\) をとってみればわかる。ペアノ算術の公理の数えあげ方を変更することで、その無矛盾性を主張する文が、 ツェルメロ・フレンケル集合論の無矛盾性を主張する文と同値になるというのである。
さてそうすると「ペアノ算術の無矛盾性を主張する \(\Pi_1\) 文」の全体が、 ペアノ算術のもとでの含意の意味でなす順序構造というものに興味が出てくる。これについてはフェファマン(Fefermann)の次の結果がある:
ペアノ算術を拡大する原始再帰的で無矛盾な理論 \(T\) において, \(T\) の公理の集合を表現する原始再帰的論理式 \(\tau(x)\) が与えられたとき, \(T\) の公理の集合を表現する原始再帰的論理式 \(\tau'(x)\) をうまく取りなおすことにより \[ T\,\vdash\,\mathrm{Con}_{\tau}\rightarrow\mathrm{Con}_{\tau'} \] かつ \[ T\,\not\vdash\,\mathrm{Con}_{\tau'}\rightarrow\mathrm{Con}_{\tau} \] が成立するようにできる.
つまり、ペアノ算術を拡張する算術の形式体系の無矛盾性の主張は、 証明可能の意味で真に弱くできる。このことは繰り返し適用できるので、 無矛盾性の主張の強さの無限降下列が得られる。 このフェファマンの定理と先のレブの定理を組み合わせれば、 算術の形式体系 \(T\) の無矛盾性の主張全体は、 真な \(\Pi_1\) 文の全体のうちで、証明可能の意味での強さの擬順序関係に関して、 最小要素をもたず、上向きに閉じた集合をなすことがわかるのだが、 では真な \(\Pi_1\) 文の間に含意で順序づけした擬順序集合はどんな順序構造をもつだろうか。
新入生セミナーAの授業。先週と今週は全体のハイライトであるポスターセッション。 理学部の1年生全員が、4〜5人のグループを作り、 身近な疑問から自然科学の知見に繋がるテーマを選んで調査して、ポスターを作って発表する。 いつも司会をなさる \(M_2(\mathbb{R})\) さんが急用のため来られないので、代役を務めてきた。
ムスメが昼食を作ってくれた。今度はオムライスだ。本人の好物でもあり、 なかなか上手に作っていた。昨日大事をとって寝ていたおかげか、熱も引き、 だいぶ調子が戻ったので、昼食後はひとりで近所の温泉に行った。
そのあと、ムスメが市立三津浜図書館に行きたいというので、電車で連れていった。 道順が一度わかってしまえば次からは一人で行けるだろう。
かつては三津浜銀天街と呼ばれ連日多くの人で賑わった三津浜商店街も、 ご多分に漏れず大手スーパーマーケットの勢いに押され、商店の後継者もなく、さびれる一方であった。 それがこの数年、クリエイティブな若い人達が集まり、この街に店を出し、イベントを開催して、 街を盛りたて再生させようとする試みが始まっている。古い建物をそのまま利用して、 カフェやアトリエ、陶器の店や雑貨の店ができている。 ただし、これといったイベントのない日曜日とて、きょうの三津浜商店街は静かなもの。
俺はそういう試みはとてもいいものだと思う。 古い物を壊さずに活かして使うということであり、また若い人々にチャンスを与えるということでもあるから。 しかし、土地の老人たちには、このまま静かな住宅街になってしまってかまわないのだ、 という意見の人が多いと、陶器店の若い店主が教えてくれた。 それに、他所の若者が入り込んでくることを快く思わない人もいるようで、 ビルの側面の壁にスプレー塗料で「三津の事は三津の者だけで!!」と大書きされた所もある。 決して一筋縄ではないのだ。
クスリの効力は切れているだろうに、まだフラフラすると思ったら、微熱がある。 これは仕方がない。一日寝て過ごした。
午前中のほんの一時だけだが、ひどく激しく降って、 とうとう伊予鉄高浜線の衣山〜西衣山間で線路が冠水し何時間も電車が停まってしまっていた。
昨晩飲んだ安定剤は強力すぎたようだ。なんだか力が入らない。 しかし、きょうは授業が2コマあり、これはなんとしてもこなさなければならない。 無理な動きはしないことにしてエネルギーをセーブしながら臨み、なんとか切りぬけたが、 いきおい、それ以外の時間は水槽の中のオオサンショウウオほども使いものにならず、 部屋でぐでーっと横になっていた。
そんな状態なので、ピアノのレッスンもお休みさせてもらうことにした。 これはもう、無理して行っても指が動かない。
仕事、とくに学生さんたちのことに関しては、 後ろ向きなことは極力言わないように心がけているのだけど、 テストの採点などということをしていると、どうしても「あちゃーこりゃいかん、 俺は何のために柄にもなく教壇に登って必死で喋っていたんだ」と言いたくなることはある。 正課のテストで論理が破綻した解答が複数の解答者から出てくるとしたら、学生さんたちが悪いというより、 俺たち教員が何かをしくじったからで、そういうことを見つけたなら早めに対処すべきなのに、 中間テストの採点をだらだらと3週間も先延ばしにしたのは慚愧にたえない。
ともあれ、自宅で妻を相手に「これこれこういう答案があってまいった」と 愚痴をこぼしかけたのだが、妻には話が通じない。そりゃそうだ。通じるはずがないのだ。 俺が妻の仕事上の愚痴を聴くときだって、わからずに適当に相槌を打っているだけのことが多いので、 そのことはかまわないのだが、今回は要するに「俺の言葉が学生たちに通じていない」 という趣旨のことを訴える言葉が妻に通じなかったわけで、もうなんというか、 《俺の言うことなんか、誰も聞いていないし、誰にも理解できない》という絶望的な気持ちになった。
こんなのは久しぶりだ。かなり自暴自棄な気持になってしまったので、 そういうときのために医者に処方してもらっていて妻が管理している精神安定剤の厄介になることにした。
水曜日はいつものように、数理論理学の講義。今回から第4章「構造」に入る。 きょうの講義が済めば、残りあと2回の授業で、論理式の真偽を議論する土台ができたことを説明し、 どうにか「述語論理の完全性」という結果の意義を理解してもらえるようになる…はずだ。とはいえ、 完全性定理の証明をすることは諦めなければなるまい。
講義のあと「集合と位相」の中間テストの採点にとりかかった。
途中で採点基準が揺らがないように、小問ごとの点数を決めてから、 大問1問ごとに61名の答案を横断して採点していく方式だ。午後3時半にとりかかり、 7問のうち第3問までやって午後6時すぎだったので、もうひと頑張りして第4問も採点した。
そのあとで、きょうの数理論理学の小テストの採点と点数の入力をして、 時刻は8時ちょっと前。そこからは自分の勉強の時間だ。例によって元町珈琲に行き、 児玉之宏の本でホモロジー代数の基本のところを勉強する。
講義の前には、 これまでに書きためたホモロジー代数の手書きノートをスキャナでデジタル化する作業もしたし、 いくつか仕事の打合せのメールのやりとりもしたし、俺にしてはめずらしく時間を有効に使えた一日だった。 それで自分なりに充実感を覚えながら帰宅したのだが、どっこい、家には家の事情があり、 俺のちっぽけな充実感など、家族の知ったこっちゃないのだった。ああ。
51歳の誕生日。妻子が新しいパジャマをプレゼントしてくれた。 何人もの人からおめでとうの言葉を貰った。ありがたいことだ。

児玉之宏『位相幾何学』(森北出版)の第5章を読んでいる。 ホモロジー代数の基本のところだ。だから、「自由アーベル群の部分群はすべてまた自由アーベル群である」 という定理が証明されている。ところがその証明が俺にはどうも理解できない。途中にある 《これこれこういう条件をみたす要素をとってきなさい》という、そういう要素が存在する保証がされていない。 それでまあ、仕方がないので、この定理だけは他の本で勉強することにして、本田欣哉『アーベル群』 (これは永田雅宜『代数群』との合本で共立出版から出ている)に当った。それはそれでいいのだが、 この分ではいつWeaver本に戻れるやら。
朝食後に、なぜか「きょうは昼飯に焼きそばを食いたい」と思った。それでそう言ったら、 ムスメが妻と相談して作ってくれた。豚肉とキャベツとタマネギを具に、 ウスターソースと醤油で味つけして、俺が食いたいと思っていた焼きそばの味にかなり近かった。 俺も嬉しかったが、ムスメも思いのほか上手に作れたのが嬉しかったらしい。

昼食後、少し昼寝をして、ひとりで道後の温泉街へ出かけた。といっても、 風呂に入ろうというのではなくて、職場の建物内で履く草履を買いに行ったのだ。夏場は草履がいい。 道後温泉の土産物店なら、普通の店ではなかなか手に入らない藺草の草履が常備されているのだ。 ついでに、妻に頼まれたものを買いに回る。 道後温泉本館の向い側にある「夢蔵人」で、雨に濡れると桜の花の柄の浮き出る雨傘を買い、 「伊織」で子ども用のタオルを買ったら、けっこうな散財になった。道後温泉駅前の広場でひと休みして、 大学へ草履を置きに行き、歩いて帰った。
いまセガレが「テラリア」というRPGに夢中なのだが、いままではこれを俺の常用している iPad でやっていたもので、夕方早く帰るたび、休日のたびに iPad を奪われていた。これでは仕事にさしさわる。昨年 (ある業務のために書いたWebサイトのテスト目的で)私費を投じて買い、 現在は使い道のないまま研究室に保管されている中古のNexus7を持ち帰り、 コンビニで買ったGoogle Playのプリペイドカードを使って「テラリア」を購入してやった。 Android では制限つきアカウントでのアプリの使用許可を アプリごとに個別に設定できるのでありがたい。 セガレにはテラリア以外ほとんどなにもできない制限つきアカウントだけ使わせて、 機材自体は妻に管理してもらう。 おかげで iPad は奪還できた。これにはダウンロードした沢山の数学論文とか、 過去に「なげやりアカデミア」などで公開した資料の改訂作業中のPDFとか、 いろいろと貴重なデータが入っている。セガレのオモチャではないのだ。
ムスメのところへお友達から電話がかかって、夜市に出かけていった。 お誘いがよほど嬉しかったと見えて、電車で7分のところへ、待ち合わせの1時間20分前に出かけた。 はやる気持を抑え切れずに飛び出したムスメは、せっかく母親がやると言ったお小遣いを受けとるのも忘れている。 まあ、書店での待ち合わせなので、早く行ったからとて退屈はしないだろうが、 無一文で夜市に行くのはつまらんだろうから、俺が1時間後の電車で届けてやることにした。
土曜夜市の時間に、松山市駅界隈を往来する人たちは、やはりなんというか、 華やいだ感じがあり、色気がある。とはいえ、 娘に小遣いの2,000円を届けコンビニで買った缶ビールを飲んだらさっさと帰ってしまう俺だけは例外だが。
予定どおり「集合と位相」の講義で「極大元・極小元・鎖」について話した。 テキスト(大田春外『はじめての集合と位相』(日本評論社))の方針に従って、《「鎖」は「さ」だが、 1音だけの言葉で言いにくく聞きにくいので「チェイン」とも言う》を公式見解とした。
ピアノのレッスンに行き、半年ぶりにむこう6か月間の月謝を先払いした。レッスン後は、 例によってジュンク堂に寄って帰った。
英語の “chain complex” の訳語である「鎖複体」は「さふくたい」か「くさりふくたい」か。
俺はこれをずっと「さふくたい」 と読んでいたのだが、昨日から読みはじめた児玉之宏『位相幾何学』の索引では、この語が「空集合」のあと、 「群」の前にある。ということは、著者か、あるいは索引の編纂者が、 この語を「くさりふくたい」と読んでいるのは間違いない。
研究室にある位相幾何関連の和書をひととおり調べてみたところ、 “chain complex” はたいてい「さふくたい」または「チェインふくたい」だ。 「くさりふくたい」の例は児玉先生のこの本だけだった。 しかし(嘉田さんの報告によると)前原昭二『数理論理学序説』(共立出版,1966年/復刊2010年)では、 半順序集合の全順序部分集合を意味する「鎖」を索引の «K» の区分に入れている。ということは、「くさり」と読んでいる。
何人かの同僚に確認したら “chain complex” は 「さふくたい」と読むという意見が大勢を占めたが、「チェインふくたい」と言うという意見もあった。
ついでに言うと、«chain» を学術用語として用いるにあたって「チェイン」と表記している本は少なからずあったが、 これを「チェーン」と書く例はなかった。いっぽう、学校から一歩外へ出れば、 «chain store» や «chain-saw» を 「チェインストア」「チェインソウ」と表記する例は、 皆無でもなかろうが、少数派だろう。 何か、言葉に関する習慣の違いというべきものが、両者のあいだに確かにある。
ただし、念のために言えば、 «chain» を「チェーン」と書かず「チェイン」と表記する学者たちとて、 それをことさらに[ちぇ・い・ん]と発音したりはしない。 学校の外とまったく同じように[ちぇ・え・ん]あるいはむしろ[ち・え・ん]と言っている。
脱線ついでにさらに言うと、 そもそも、表記と発音は必ずしも一致しない。 言葉の世界にどっぷり使っているわれわれは、 そんなことを気にもかけずに普段は暮しているが、 表記どおりに発音されない言葉は、探せばいくらでもある。 たとえば、あの「ぞうさん」の歌を 「ぞーうさん ぞーうさん おーはなが ながいのね」と[う]を強調して歌ったら不自然で、 「ぞーおさん ぞーおさん おーはなが ながいのね」と歌うほうがよほどマトモだ。 それでも俺はここで、《ぞお》と表記するのが正しいというつもりもなければ、 [ぞ・う]と発音すべきだと主張するつもりもない。ただ、言葉というのは《そういう》[そ・お・ゆ・う] ものなのだ。
さてさて、学術用語の読み方が多様であると指摘したからとて、 決して「規範」とか「統一」とか「標準化」とか言うつもりはない。 言葉というものはつくづく面白いなあと思うばかりだ。 とはいえ、明日の「集合と位相」の講義では、順序集合の理論に関連して「鎖」の定義を講じる。 これは「くさり」か「さ」か「ちぇいん」か「ちぇーん」か。 授業する側としては、心ならずも、態度をどれか一つに決めねばならない。やっかいだ。
こんなふうに言葉について長考して過ごしたり、 行列環の極大可換部分環のことを考えたり、 元町珈琲に行って明日の「集合と位相」の授業の準備をしたり。そんなふうに、 なんとなくダラダラと過した1日だったはずなのだが、 なぜか今日に限って、Twitterのフォロワーが1日のうちに20人も増えて驚いた。 なにしろ、理由にまったく心当りがないのだ。
このごろ夜更かし朝寝坊が続いたが、きょうは6時前に起きた。 早起きしたおかげで一日が長かった。
OS Xが10.10.4にバージョンアップした。 昨日インストールしたAquaSKKはいまのところいたって快調。
きのう途中までしか読めなかった «Forcing for Mathematicians» の第20章を朝のうちに読み終えた。この章は「すべての定常集合 \(S\subseteq\aleph_1\) について \(\diamondsuit_S\) が成立する」という命題の無矛盾性を、第16章で導入した半順序の 積をつくることで証明する。普通に「集合論してる」ところだから、俺には難しくない。
次の第21章では無限アーベル群に関する Whiteheadの問題 を扱い、 《サイズ \(\aleph_1\) のアーベル群 \(\mathcal{A}\) のすべての \(\mathbb{Z}\)-拡大が自明であれば、\(\mathcal{A}\) は自由アーベル群である》 という命題を、上に引用した強化されたダイヤモンド原理 \((\forall S)\diamondsuit_S\) から導く。しかしこの分野については俺はほとんど何も知らず、仮定の \(\mathrm{Ext}(\mathcal{A},\mathbb{Z})=0\) という式の左辺が何を意味するのかがわからないので、 この式がまさに 《\(\mathcal{A}\) のすべての \(\mathbb{Z}\)-拡大が自明である》という意味だ、 と言われても「へぇぇ、そうなのぉ」と言うしかない。 それでは情ないので、 «Forcing for Mathematicians» を読み進む前にそのあたりの知識を補充することにした。最初は Northcottの 『ホモロジー代数入門』(共立出版 2010年) を開いてみたのだが、数ページめくっただけで頭がパンクしそうになったので、 それは書棚に戻し、代わりに 児玉之宏『位相幾何学』(森北出版 1972年) という古い本の第5章を読むことにした。 抽象的な位相空間論と代数トポロジーの間を架橋しようと試みるこの本は、 誤植が多かったりして少々とりつきにくいが、他に類書のない有意義な本だと思う。 苦手な分野なので急がずゆっくり勉強してから «Forcing for Mathematicians» に戻ることにする。
午後の数理論理学の講義では「演繹定理」の証明をそれなりにきちんとやった。