て日々

2015年5月


2015年5月31日(日)くもり

午後、ばうと彼氏と子供たちが石手川公園でバーベキューをするというので、 皆でご相伴してきた。JRの鉄橋があるあたりだ。俺たちが行った時点ですでに先客が3世帯。 ばうのところのちびちゃん3人の他に、子供が4人くらい。 そのあとも、いろいろな「友達の友達」が入れ替わり立ち替わり現れ、 しまいには誰が誰の知り合いやら誰にもわからない状態になりつつ、なごやかに飲み食い。 こういうことを可能にしてしまうのが、ばうの人柄の良さであり、 そしてパートナーのレナさんの料理の腕前である。

ムスメの髪に花。
摘んできた花で女の子たちの髪を飾る
写真はうちのムスメ

久々にサックスやフルートを吹いた。案の定、ろくに音が出なかった。 妻がトランペットを吹き、ばうがトロンボーンを吹いて、3人で「アンパンマンマーチ」を合奏するなど。

初対面の子供たちを交えてフリスビーやボールで遊んだり、 松山大学に来ているという外国人研究員らしき人たちと英語でしゃべったり、 ちょっと目を引く「アメリカ育ちの美少女」が実は男の子と聞いてびっくりしたり、 よちよち歩きの子たちを連れて川原に花を摘みにいったり。

ムスメは自転車に乗って颯爽と現れたかっこいいお姉さんにくっついて離れず、 さっそく似顔絵を描いてプレゼントしていた。 俺がビールをしこたま飲んで寝入っている間に、 うちのアホ息子は川に入って全身ずぶ濡れになって泳いだらしい。 なんとも幸せな、愛と平和に包まれた午後だった。


2015年5月30日(土)くもり

初夏らしい気候になってきたので、昼食は今シーズン初のそうめん。その後、 例によって長々と昼寝。このごろ、予定のない土曜日はたいていこのように過ぎていく。


2015年5月29日(金)はれ

まさに「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天香具山」ってな空模様だった。

数学記号の書き取り練習帳が欲しいねって話がツイッターで出た。 かつて暗黒通信団からドイツ文字書き取り練習帳というのは出ていたらしいが、 持っている人に版面の写真を見せてもらったところ、 ドイツ文字の活字体を並べて小学校の漢字ドリル風に仕立てただけのもので、実用性には乏しい。

ラテン文字の立体と筆記体、ギリシャ文字、ドイツ文字の筆記体、それから主な数学記号を、 読みやすく書けるようになるというのは、教育上、意外と大事なことと思われる。 本格的な練習帳を作れるといいが、それには数学の本を書くのとはまた別の苦労もありそうだ。

pという文字の筆順について
手書きの画像をツイッターで公開してこのように白状したら、
「殿下」の誤字を指摘されてしまった。恥ずかしい。

ピアノのレッスンでは久しぶりにあの曲の中間部を弾かせてもらった。 嬉しかったが、なにせ急に言われたこともあって、少々おっかなびっくりの演奏になった。


2015年5月28日(木)はれ

講義の準備は明るいうちに済んでいたが、夜には元町珈琲に行った。 これまでは見栄を張って(?) 520円のストレート珈琲を飲んでいたのだけど、 なにせ予算が乏しいので、今度から420円のブレンド珈琲にする。 来月からは、給料日に10枚綴り3,600円のコーヒーチケットを買ってそれで1か月分ってことにしよう。 これはけっこう差額が大きい。


2015年5月27日(水)はれ

数理論理学の講義。今回から述語論理に入る。論理式の概念の定義まで準備してあったが、 言語の定義の説明をゆっくりやっていたら、項の概念の定義と例で終わってしまった。 まあ、無理に先を急いでも仕方がない。これでいいのだ。


2015年5月26日(火)はれ

職場の定期検診なので朝食抜きで早めに出かける。 聴力心電図身長体重視力血圧採血胸部X線。それからバリウム飲んで胃がん検診。 当然、細切れの待ち時間が発生するが、見知らぬ美人職員さんの隣に座れて嬉しかったり。

11時すぎ、朝食抜きだったので昼食を早めに取る。松屋萱町店。

M2ゼミのあとは明日の講義の準備。夜になってから、 マーラー第3交響曲の第4楽章といういささか中二病的な音楽を聴きながら家に帰る。


2015年5月25日(月)はれ

学科の図書室に残された段ボール箱を2か月ぶりに一掃した。 研究者なんかより教師なんかより、こういう寡黙な作業の方が自分に合っているように思う。

あいかわらず吉田耕作『ヒルベルト空間論』(共立出版)の最初のあたりを追いかけている。 夜、寝床で吉田本のある定理(p.20, 定理10.1) のことをぼんやり考えていたら、やがて「真に正値な自己共役有界線形作用素 \(H\)」が、 人あたりのよく健気な明るい女の子に擬人化された。 周囲の人たちの間をとりもちながら笑顔で働くその人を見て、 俺は「ああ、いいなあ」なんて思っている。つまり、すでに眠りに落ちかけていたらしい。


2015年5月24日(日)はれ

ムスメがうちでは落ち着いて勉強できんというのでフジグラン松山へ連れていく。 電車に乗ってもいいが、天気も悪くないし、散歩がてら歩く。 ムスメが裏通りの風景みたいなのが好きであることはすでにはっきりしているので、 いつもと違う細い横道にどんどん逸れていく。ただし、遠回りはしない。

先週も書いたが、 俺たちに言わせれば古ぼけたとしか言えないような景色をムスメは好むし、 路傍の花にもいちいち「あたしは、この色が好き!」と足を止める。 小さな頃からそうだが、わがムスメの「お楽しみ能力」は見上げたものだ。 俺も見習わねばならないと思う。

フジグラン松山に3時間ほどいて、持ってきた分の宿題を終わらせ、宮西のブックオフを見て、 それから歩いて帰った。


2015年5月23日(土)くもり

なんだかんだで、先週は美術館に行けなかったので、 ムスメを連れて愛媛県美術館の「思い出のマーニー×種田陽平展」を観に行った。なかなか見ごたえがあった。 アニメ映画の設定というものが本当に詳しく、大変細かいところまで作りこまれているのだということがわかった。 喜んで見て回りながらも、ムスメが「あたしこれ映画観てないからなあ」と繰り返すので、俺が 「大丈夫。何年かしたらテレビでやる。」と言ったら、立番のお姉さんが笑った。


2015年5月22日(金)はれ

きょうの講義では、シュレーダー・ベルンシュタインの定理の証明をやった。

【シュレーダー・ベルンシュタインの定理】2つの集合 \(X\) と \(Y\) があって, \(X\) から \(Y\) への単射 \(f\colon X\to Y\) と \(Y\) から \(X\) への単射 \(g\colon Y\to X\) が存在するとしよう. このとき, \(X\) と \(Y\) は対等である. すなわち, \(X\) から \(Y\) への全単射が存在する.

大田春外『はじめての集合と位相』(日本評論社 2012年)の記述(定理6.23)に従ってやったので、 よくある《\(f\) による像の \(g\) によるそのまた像, そのまた \(f\) による像…》 を考える論法ではなく、 \[ A^*:=X-g(Y-f(A)) \] で定められる*-操作の不動点を見つけるために \(A\subseteq A^*\) をみたす集合 \(A\) すべての和集合を考える。この二つの証明を比較しながら、ぼんてんぴょん (@y_bonten) と議論していてわかったのだが、この*-操作の不動点はただ一つしかない。つまり、 \[ X-D = g(Y-f(D)) \] をみたす \(X\) の部分集合 \(D\) はただ一つに定まる。 シュレーダー・ベルンシュタインの証明は何種類かあるのだが、 どのように考えるにせよ、\(f\) と \(g^{-1}\) を切り貼りして全単射を作るのだとしたら、 その方法は一つしかないわけだ。

ピアノのレッスンに向かったが、ちょっと早く着きすぎたので、 時間つぶしに南堀端のセブンイレブンに行ってみた。 そしたら、いつになく混んでいた。なんだか俺たちくらいの世代のご婦人方でいっぱいだ。 いつもの炭酸水を買って音楽教室に戻る途中にも、その年代の女性とたくさんすれ違った。 (あとで調べたら、松山市民会館で槇原敬之のコンサートがあったらしい。ということは、 彼女らは、まあ確かに俺たちくらいの世代ではあるが、俺よりはすこしばかり若い年代のはず。 「俺たちくらい」は、ちょっと失礼だったかもしれない。)


2015年5月21日(木)はれ

午前中、iPhoneにつないだイヤホンから流れるホルストの「木星」を聴きながら散髪に行く。 この曲はこういうスカッとした快晴の空の下で聴くべきだと思う。 こう天気がいいと、この世界がいいところのように思えてくる。なんとも無責任な話だけど。

帰りがけ、西の空にかかる三日月と金星がとてもきれいだったので、 お前も見ろ、ムスメにも見せろと妻にメール。


2015年5月20日(水)はれ

数理論理学の講義。昨晩遅くに用意した小テストの問題文と、今日になって作った解答例の、 どちらにも間違いがあった。さいわいその場で気づいて訂正できたが、これはちょっと恥ずかしい。 ともあれ、予定通り命題論理のコンパクト性を証明して、 坪井本の第2章を済ませる。《授業改善のための中間アンケート》を実施した。 「楽しい」「先生が楽しそう」という感想を書いてくれた学生さんがいたのが面白かったが、 板書のまずさを指摘するコメントもあったので気をつけなければならんと思う。

さて、毎週水曜日の午後、講義のあとの時間が、一番気楽な心持ちになるのだが、 あんまりのんびりしすぎるとあとで困るので、解放感を味わうのもほどほどにせにゃならん。 夜は早めに帰ろうと思っていたはずなのに、仕事部屋の片付けをしていたらいつもように8時をまわっていた。 帰ろうとしたら天気がちょっと怪しかったので、徒歩はやめて電車で家路を辿った。

アオスジアゲハの写真
写真
は勝山中学校前でみかけたアオスジアゲハ

月曜日に書いた共役作用素の定義域の件, ようやく理解した. \(y\in\operatorname{dom}(T^*)\) となるためには \[ \exists\alpha\geq0\forall x\in\operatorname{dom}(T)\big[\, |(Tx,y)|\leq\alpha\cdot\|x\| \,\big]\tag{*} \] が必要, かつ十分である. だから可分ヒルベルト空間の稠密部分空間で定義された線形作用素の場合, その共役作用素の定義域は一般に \(\mathbf\Sigma^0_2\) 部分空間である.

吉田本では \(\operatorname{dom}(T^*)\) が稠密である前提で再共役作用素 \(T^{**}\) を定義する. \(\operatorname{dom}(T^*)\) が稠密にならない \(T\) についての \(T^{**}\) は「定義できない・存在しない」とするわけだが, そのように考える理由はこうだ: 始空間のベクトル \(x\) が \[ \exists\alpha\geq0\forall y\in\operatorname{dom}(T^*)\big[\, |(x,T^*y)|\leq\alpha\cdot\|y\| \,\big] \] をみたすという意味で \(\operatorname{dom}(T^*)\) に属したとしても, \[ \forall y\in\operatorname{dom}(T^*)\big[\, (x^*,y)=(x,T^*y) \,] \] をみたすターゲット空間のベクトル \(x^*\) は, 一般には一意に定まらず, \(\operatorname{dom}(T^*)^\bot\) の要素のぶんの不定性が生じる. だから, \(\operatorname{dom}(T^*)^\bot\neq\mathbf{o}\) である場合には \(T^{**}x\) を決められない, というわけだ. 同じ理由で, 吉田本では \(\operatorname{dom}(T)\) が始空間で稠密でないかぎり \(T^*\) は定義できず存在しない, と考える.

俺は, そのように考える必要はないと思う. ターゲット空間のベクトル \(y\) が条件(*)をみたすという意味で \(y\in\operatorname{dom}(T^*)\) であれば, \[ \forall x\in\operatorname{dom}(T)\big[\, (Tx,y)=(x,y^*) \,] \] をみたす \(y^*\) は, 一般に複数あるものの, そのようなもののうち \(\operatorname{dom}(T)\) の閉包に属するものはただ一つに定まるからだ. そこで, \(T^*\) を, 条件(*)をみたすベクトル \(y\) 全体を定義域とし, \[ \begin{gather} \operatorname{rng}(T^*)\subseteq\operatorname{cl}.(\operatorname{dom}(T))\\ \forall x\in\operatorname{dom}(T)\forall y\in\operatorname{dom}(T^*)\big[\, (Tx,y)=(x,T^*y) \,\big] \end{gather} \] (ただし cl. はノルム位相に関する閉包演算子) によって定まる線形作用素と定義すればいいのだ.

このように考えると, \(\operatorname{dom}(T)\) が稠密であろうとなかろうと \(T^*\) は定義され, \(\operatorname{dom}(T^*)\) が稠密であろうとなかろうと \(T^{**}\) が定義される. このとき \[ \operatorname{dom}(T)\subseteq\operatorname{dom}(T^{**}) \] は明らかに成立するが, しかし一般には \(T\subseteq T^{**}\) とならず, \(x\in\operatorname{dom}(T)\) のとき, \(T^{**}x\) は \(Tx\) の \(\operatorname{cl}.(\operatorname{dom}(T^*))\) への正射影に等しい. こうして, 線形作用素 \(T\) が可閉 \((T\subseteq T^{**})\) であるための必要十分条件は, \[ \operatorname{rng}(T)\subseteq\operatorname{cl}.(\operatorname{dom}(T^*)) \] ということになる.


2015年5月19日(火)はれ

午後、SKくんのM2ゼミ。 倉橋太志くんの論文を読むのだが、現在はその前提になっているLindström本を追いかけている。 そろそろ倉橋論文に戻れると思われる。

その後、溜めた日記を書いていたら夜になってしまったので、 明日の講義の準備は元町珈琲に移動して済ませる。 夜にならないと調子が出ないというのはどうもマズいのだが、さてどうしたものか。 なにごとにつけ行き当たりばったりなやり方を改めねばならない。 なんのことはない、ムスメに説教する言葉がそっくりそのまま自分に返ってくる。


2015年5月18日(月)あめ

月曜日はどうもダメだ、というのは、俺だけではないのだろうが、先週に引き続きかなり鬱々としている。

先日からたびたび話題にしているとおりヒルベルト空間論の勉強をしている。 数学者の看板をあげて商売をしていながら、恥ずかしいことに、非有界作用素のことをまったく理解していない。 非有界作用素の共役をどう定義するか、というのは、吉田耕作の古い本『ヒルベルト空間論』(共立出版 1953年) にとてもエレガントで明快な定義があったのでよい。だが、共役作用素の定義域がどうなっているか、などと少し突っ込んで考えると、 もうわからない。共役作用素は閉作用素なので、直積空間の部分集合とみたとき、ポーランド空間になっているはず。 そういう意味では、定義域はもとの作用素のターゲット空間の \(\mathbf\Sigma^1_1\) 部分集合なのだが、 なにせ写像のグラフの射影だから、ルーシンの一意性定理によって、実は \(\mathbf\Delta^1_1\) になっている。 いっぽう、もとの作用素が可閉作用素でなければ共役作用素の定義域は稠密ではないし、もとの作用素が有界作用素でなければ、 共役作用素は全域で定義されているわけでもない。ということは、非有界な作用素の共役作用素の定義域となりうる部分空間、 というものを、俺が納得するためには(ということはつまり記述集合論的に特徴づけするには)ひと仕事が必要と思われる。 わかれば簡単なことなのかもしれないが、このへんで、具体例を知らないということが致命的となってくるわけだ。 まあ、そんなこと言ってないで勉強します。

秘密にするようなことでもないだろうから, 吉田本で見たエレガントな定義というのをここに書いてしまおう. 以下では, 内積を \((*,*)\) と表記し, 順序対を \(\langle*,*\rangle\) と表記する. ヒルベルト空間 \(\mathcal{H}_1\) と \(\mathcal{H}_2\) があったとして, 直積集合 \(\mathcal{H}_2\times\mathcal{H}_1\) には, 成分ごとの線形演算と, 内積 \[ \big(\langle a_2,a_1\rangle,\langle b_2,b_1\rangle\big) =(a_2,b_2)_{\mathcal{H}_2}+(a_1,b_1)_{\mathcal{H}_1} \] によってヒルベルト空間の構造が入る. \(\mathcal{H}_2\times\mathcal{H}_1\) の部分ベクトル空間 \(\mathcal{K}\) が, \(\mathcal{H}_2\) の部分ベクトル空間を定義域とする線形作用素のグラフになっているためには, 条件 \[ \langle 0,x\rangle\in\mathcal{K}\Rightarrow x=0 \tag{U} \] が必要かつ十分である. いま, \(\mathcal{H}_1\) の部分ベクトル空間を定義域とし \(\mathcal{H}_2\) をターゲットとする線形作用素 \(T\) があったとして, \(\mathcal{H}_2\times\mathcal{H}_1\) の部分ベクトル空間 \[ \mathcal{K}=\big\{\,\langle -Tx,x\rangle\,:\,x\in\operatorname{dom}(T)\,\big\}^\bot \] を考える. 右肩の \(\bot\) は直交補空間という意味だ. この \(\mathcal{K}\) が条件(U)をみたすためには, \(\operatorname{dom}(T)\) が \(\mathcal{H}_1\) において稠密であることが必要かつ十分である. そこで, \(T\) が \(\mathcal{H}_1\) において稠密に定義された, \(\mathcal{H}_2\) をターゲットとする線形作用素であるとき, \(\mathcal{K}\) は \(\mathcal{H}_2\) のある部分ベクトル空間において定義され \(\mathcal{H}_1\) をターゲットとする線形作用素のグラフになる. そして, この線形作用素が, \(T\) の共役作用素 \(T^*\) である. この定義から, \(x\in\operatorname{dom}(T)\), \(y\in\operatorname{dom}(T^*)\) のとき \[ (Tx,y)_{\mathcal{H}_2}=(x,T^*y)_{\mathcal{H}_1} \] となることは直ちにわかる. 問題は, いつ \(y\in\operatorname{dom}(T^*)\) となるか, だ.


2015年5月17日(日)くもり

…という理由で待ちぼうけの週末を2週連続で過ごすのはゴメンであるから、宿題の進捗を聞かず午後にはムスメを連れ出す。 ムスメがお友達の誕生日プレゼントを買うというので、BE-FLATのアニメイトに行った。ムスメは友人と何度か来ているらしいが、 俺はアニメイトはもちろん初めてだし、BE-FLAT(というのは、湊町商店街のテナントビル)に立ち寄ること自体、もう十数年ぶりだ。 俺には意外だったのだが、アニメイトの客層としては、若い女子が圧倒的に多い。 アニメにせよ漫画にせよ、俺たちの若い頃とは幅広さも違うし、平均的な画力もずいぶんアップしていると思う。 新しい文化が生まれたなあと思うばかりだ。

それからムスメを井手神社に連れて行って、お参りをしたあと、 神籤を引かせる。俺は中吉だがムスメは大吉を引き「学問 安心して勉強しなさい」との神託を頂戴していた。 俺の方は「学問 雑念を捨て早めに目標を」だ。

先日セガレを連れて行ったときは天山のイオンまで足を運んだが、 今回は、立花から石手川公園のあたりにかけての時代から取り残されたような町並みを、 ムスメが好むかもしれないと思って連れて行ったので、大音寺で弁天さまと水かけ地蔵さまにお参りしたあと引き返した。

昭和30年代〜40年代を思わせる俺にとっては懐かしい、古臭い風景をムスメはたいそう好むのだが、 平成13年生まれ、21世紀生まれのムスメにとって、それはもちろん懐かしいものではなく、むしろ新しいものとしてある。 そして、街並みが時代から取り残されているのには、やはりそれなりの理由がある。俺としては、 そのことをムスメに語らずにはいられない。細かい事情はそれぞれの土地にあるのだろうが、要は、 そこに住む人が自ら家を建て替えることもなければ、他所から入ってきたお金持ちが 「ここの土地を買って開発すれば儲かる」という判断をすることもなかった、そういう理由だ。 もしも金になると分かれば、歴史的な価値がどうだろうと、古い街並みがどうなろうと、どこかのお金持ちが、 必ずやそこを工事するだろう。そういうことを思うと、俺は古い街並みに懐かしさと同時に悲しさも感じる。 そこでは、古さが価値のあるものとして守られているというより、価値のないものとしてうち捨てられているのだからだ。

そのような意味のことを俺が話すと、ムスメは答えて言う「それはそうかもしれないけど、 わたしはこの古いさびれた街並みを綺麗だと思うし、《古い・薄汚れてる・きたない》じゃなくて《古くて素敵だ、綺麗だ》 っていう人がいた方が、やっぱり街もそこに住む人も嬉しいでしょ。」

たしかにそうだ。きょうはひとつムスメに教えられた。 赤ちゃんのころからものを熱心に観察する子供だったムスメは、絵を描くことが大好きで、 将来は作家か編集者か挿絵描きか、とにかく本を作る仕事につきたい、と言っている。 ムスメがこんなふうに自分の意見を語れるくらい成長しているのを親として (一方ではもちろん、あれしきの宿題くらい楽勝でこなせるようにならないと作家にも編集者にもなれないぜ、 と諭しもするが)やはり嬉しく思う。

石手川公園にて

写真は、石手川にかかる、 伊予鉄道横河原線・石手川公園駅のホームを兼ねた鉄橋。 水不足になりがちな松山平野にあって上流にダムを持つ石手川が、こんなふうに清流然として流れているのを見るのは、 実は珍しいことだ。


2015年5月16日(土)くもり

先週末もムスメを美術館なり書店なりに連れて行ってやりたいと思っていたのだが、 ムスメどうやら宿題を溜めてしまっているらしく、今日も今日とて、外出もままならぬという。 親心のわからぬ奴め。


2015年5月15日(金)はれ

朝のうち、どこかでホトトギスが鳴いていた。演習の授業中、廊下の窓の網戸にハナムグリが引っかかっていた。 夏は近い。

助けて放してやったハナムグリがあとで恩返しに来て、女房にしたのはいいが、 この女房、ちょっと物音がするとすぐ気絶するし、《ここが一番落ち着く》といって布団の中で食事するし、 食ったら片付けもせずそのまま寝てしまうので、困っている。

夕方はピアノのレッスン。まだ第4インベンション。だいぶ弾けるようになったようでいて、まだまだ硬い。 一つ指摘されてそこに気が行くと他が崩壊する。 それでも、今後はバッハと並行して、発表会向けのショパンも見てもらうことに。 お金がないのと、どうせなら明日ムスメを連れて行ってやろうという思惑もあって、レッスン後のジュンク堂書店訪問はなし。

レッスンからの帰りの電車で向かいに座ったリクルートスーツの若い女性、着席するなりメガネを外し、 バッグからハンカチで包んだドリンクの缶を出して、音を立てぬようにそっと開けて、 とても幸せそうに瞑目して飲んでいた。隠してるところからすると飲んでいるのはお酒なんだろうけど、 飲んでいるときの笑顔がとても素敵で、見ているこっちまで幸せな気分になった。 もしも俺が缶ビールだったとしたら、やっぱりあんな風に美味そうに幸せに飲まれたいもんだと思う。 そのときたまたま俺のバッグにも缶チューハイがあったので、よほど「かんぱーい( ^ ^ )/□」しようかと思ったが、 周囲に与える印象などなどを考慮して自重。


2015年5月14日(木)はれ

書くこともないので先日県立図書館から借りてきた 牟田淳『身につくシュレーデインガー方程式』(技術評論社 2015年)のことでも書こう。

俺は物理に関してはまったく門外漢で、大学の教養課程の程度の知識しかない。 先日からヒルベルト空間の理論を復習していて、一般論はまあわかるし、それなりに面白いけど、 具体例がいっさい出てこないのでは、だんだんと不安になってくる。 いったい何のためにこんな大仰な構造を人々は考え出したのか、というストーリーを知りたくなる。

ヒルベルト空間は、ダフィト・ヒルベルトが積分方程式の研究のために考えた函数空間を、 量子力学の数学的な定式化のためにジョン・フォン・ノイマンが抽象的なセッティングで捉え直したものだ。 それ以降ヒルベルト空間の理論はもっぱら微分方程式の解析の強力なツールとして発展したわけだが、 その一方で、ヒルベルト空間の射影作用素の束の理論が《量子力学の論理学》の意味をもつであろうという指摘が フォン・ノイマンとギャレット・バーコフによってなされ、「量子論理」の名の下に活発に研究されてもいる。 20世紀半ば以降、量子物理学にインスパイアされた新しい数学が次々と生み出されるなか、 竹内外史先生によって「作用素環の理論を量子論理下での複素数の理論と考えられないか」というアイデアが (著書 Two Applications of Logic to Mathematics [PDF](日本数学会/岩波書店 1978年)や『線形代数と量子力学』(裳華房 1981年)において)提示され、 そのアイデアは小澤正直先生の研究に受け継がれている、そうしたことが、 すでに2008年11月の日記にも書いているとおり、俺はずっと気にかかっているのだ。竹内先生のテーゼは実に興味深く、射影作用素のブール代数によるブール値モデルなどの数学的な結果に裏打ちされてもいる。 小澤先生は量子集合論への移行原理を確立してZFCの定理を量子の世界の記述に応用できるぞ、と論じておられる。 だが、数学にとってまだまだ未開拓の新世界である量子の数理の世界で、いまさらZFCでもなかろう、という気もする。 それに「量子の世界の数理は、古典論理での数学を量子論理に翻訳したものと考えられる」とまで竹内テーゼを拡大してしまうと、 さすがに無理があるだろうと思う。思うのだが、さて、それでは何がどう無理なのか、そのあたり、やはり数学としてはっきりさせたい。

先ほど引用した2008年11月の日記では「その哲学的含意も含めて」と書いている。 だが、数学や物理をろくにやらないままで数学や物理の哲学をやるわけにいかない、 そもそもあまり哲学哲学した哲学は俺の性分に合わないような気が、だんだんしてきた、 とも思っていて、おかげさまでどっちつかずのコウモリ状態で何年も過ごしている。

さてそんな俺が、じゃあ物理でのヒルベルト空間の使われ方を知りたい、となったら、 当然、量子状態の推移を支配するシュレーディンガー方程式と、 それをめぐる量子力学の定式化をきちんと学ばねばならない。そういう俺にとって、 とてもありがたい解説書、それがこの『身につくシュレーディンガー方程式』だ。 版元の技術評論社は近年、理工学各分野の「啓蒙書と専門書のスキマを埋める」 ということを目標とした本づくりに取り組んでいると聞く。思うにこの本もその一冊で、 数式は遠慮なく使うが、その数式の出てくる背景、数式と数式の間でなされる操作、 そうしたものの説明に大変神経を使っている。もちろん、そもそも物理の本であるから、 数式ではなくモノ(物)のコトワリ(理)を論じる本であり、その部分がとても明快で丁寧なので、 俺のようなソコツモノが物理を学ぶとっかかりとして重宝しそうだ。

表紙の黒猫

あと、シュレーディンガーというとネコだが、表紙のキュートな黒猫は、本文にはまったく登場しない。


2015年5月13日(水)はれ

ムスメの中学理科の教科書のこと。

砂糖と重そう

「重曹」を「重そう」と表記しているのだが、 「重そう」は《おもそう》としか俺には読めない。こういう漢字の制限はバカげていると思う。 教育漢字は中学校までの教育課程で必ず学んでもらうことになるが、 そうでない漢字だって必要な時に学んでもらうことにすればいいじゃないかと思うのだが、どうだろうか。

それに、教科書の版面が編集過剰というか、レイアウトが大胆すぎて、 文章を順番に読んでいくということができない。 長い年月のうちに、教科書もずいぶん様変わりしたものだと思う。


2015年5月12日(火)はれ

午後には大学院のゼミをやり、それから明日の講義の準備をする。

命題論理のコンパクト性の、坪井先生の証明がどうにも頭に入ってこない。 大変巧妙な証明で、しかも「命題変数が可算個しかなければ命題論理の論理式も可算個しかない」という あたりの議論もうまく回避して、簡潔な議論になっている。しかし、自分の頭に入ってこないものを 講義で話すわけにいかないので、自前の、愚直な証明でやることにする。初等的だが、場合わけが多くなる。 それで、明日は可算な言語のゲーデル数化のアイデアを中心に話をして、命題論理のコンパクト性の証明は 来週に回すことにした。


2015年5月11日(月)はれ

先日からヒルベルト空間の復習をしている。 いつぞや引用したハルモスの教えにしたがって、できるだけ自力で考えようとするのだが、 凸集合への射影の存在と一意性がどうしてもわからんので、 伊藤正之『ヒルベルト空間入門』(サイエンス社1976年)という本で調べて勉強した結果。

ヒルベルト空間 \(\mathcal{H}\) の閉凸集合 \(C\) が原点を含まない \((0\notin C)\) として, \(\rho\) を \(C\) の要素の長さの最大下界: \[ \rho=\inf\big\{\,\|x\|\,:\,x\in C\,\big\} \] としよう. いま \(\varepsilon\) を \(0<\varepsilon\leq\rho\) となるようにとり, \(y\) と \(z\) を \(C\) の要素で \(\|y\|,\|z\|<\rho+\varepsilon\) となるものとすると, \[ \|y-z\|<\sqrt{12\mathstrut\varepsilon} \] となる. (このことは, 原点から \(C\) までの最短距離を与える点がただ一つ存在することを保証してくれる.)

上の不等式の説明図実2次元の平面の問題だったら次のようになる. Cは凸集合であるから, Cのすべての点は, 原点0からの距離がρである青で示した直線(最短距離を与える点Qを通り, Qの位置ベクトルと直交する直線)の向こう側にある. したがって, 半径ρ+εの赤円とCとの共通部分に属する点 y と z が, 赤円において青直線の定める弦の長さ以上に離れることはない. 平面だとこれだけのことで, 一般のヒルベルト空間でも同様の結果が成立するのだが, 抽象的なヒルベルト空間において青直線に相当する超平面の存在をアプリオリに仮定するわけにいかないところが, 少しばかり厄介だ.

この結果は, 内積空間のノルムに特有な「中線公式」 \[ \|y+z\|^2+\|y-z\|^2=2\big(\|y\|^2+\|z\|^2\big) \] からわかる. 俺はこれまでこの中線公式を少々軽く見ていたのだが, 見直してやらねばならぬ.


2015年5月10日(日)はれ

午後、セガレを連れて散歩に行った。井手神社、天山のイオン、アプライド、ジョープラ。 井手神社で神籤を引いた。「学問 雑念が多すぎる」とは、お見通しである。

久しぶりに行ってみると、アプライドはずいぶん地味におとなしくなっていた。 職場で使うマウスを自分好みのものに替えたいのだが、 比べてみると少しだけ安かったジョープラのエディオンで買った。

手作りブックバンド

夜、ダイソーで売ってるアクリルテープという平織りの紐と、 ホームセンターで買った金輪を使ってブックバンドを作る。 こうすれば、専用品などわざわざ買うに及ばない。2本作って材料費約250円。


2015年5月9日(土)あめ

昼ごろまで雨。夕方には空は晴れて、きれいな星空。

昼食のラーメンを作ったのはいいが、その後の昼寝が長すぎた。 おかげでお出かけの予定がパァ。このごろ土曜日はいつもこんな感じ。


2015年5月8日(金)くもり

「集合と位相」の講義&演習。 講義では商集合の例として小難しいことを語りすぎた。 煙に巻かれた学生さんが多数いた模様。反省している。

夕方はピアノのレッスン。歩いて行ったら汗をかいてしまって前半調子が出なかった。 一音一音愚直にさらう現在の練習方法は奏功しているようで嬉しい限り。 レッスン後、いつものようにジュンク堂に行くが、お金がないので何も買わない。


2015年5月7日(木)くもり

昨晩遅く、激しい雨音で目が覚めたが、朝のうちは嘘のような晴天だった。もっとも、午後からはやっぱりどんより曇り空になった。

ようやく普通の木曜日。と思ったら、大学では月曜日のスケジュールで授業をする。俺の担当の授業は第5限の1年生向けリテラシー科目。だが明日は金曜日なので講義の準備も忘れちゃいけない。


2015年5月6日(水) 振替休日くもり

昼食にピザを焼いた。 いつものようにバジルソースのが1枚とトマトソースのが1枚。 具はカルパスとベーコンとピーマン。 できれば、もうちょっと高い温度でパリっと焼きたいものだ。


2015年5月5日(火) こどもの日はれ

セガレを連れて県立図書館に行った。借りたのは、量子力学関係の本を3冊、数理哲学関係が1冊、Pythonの本が1冊。今日もお堀のハクチョウのヒナを見ながら歩いて帰った。

図書館で借りた本

『身につくシュレディンガー方程式』は、俺みたいな者にはいい本かもしれない。


2015年5月4日(月) みどりの日はれ

ヒルベルト空間について自習したことをLaTeXで清書して決まった場所に置く:ヒルベルト空間(PDF)。自分用のノートだから、読者にわかりやすいという保証は一切ないけど、よろしければどうぞ。時々思い出したように更新されます。


2015年5月3日(日) 憲法記念日はれ

昼食のラーメンを作る。スープのベースは味覇と白ネギ。味噌と豆板醤で味をつける。麺はフジで買った、江別市の菊水の「札幌生ラーメン」。美味かった。

一昨日遅れ始めて慌てさせられた腕時計のこと。電池を変えてもなぜか動かない。 どうなってるんだ。仕方がないから、同じときにかった懐中時計でしばらくしのぐことに。日頃時間にルーズな生活をしているバチが当たったか、どうも時計がよく壊れる。


2015年5月2日(土)はれ

コーナンに行ったりダイソーに行ったり。こまごました買い物をするなど。


2015年5月1日(金)はれ

今日は金曜日なのだが水曜日のスケジュールで授業をする。普段の金曜日なら「集合と位相」の講義と演習。水曜日の授業は「数理論理学」の講義だ。トートロジーの概念を解説し、次に充足性(充足可能性)の話をする。

部屋でのんびり昼飯食っていたらいきなり第3限の始業ベルがなってたまげた。腕時計が15分も遅れていたのだ。

ヒルベルト空間論の復習を開始。かなり最初の方からできるだけ自力で再構成を試みる。「内積空間の正規直交系が完全なのと極大なのは同値」なのだが、無限次元の場合は空間の完備性を仮定しないとこのことは必ずしも成立しない。しばらく考えて、次のような反例を思いついた

数列空間 \(\ell^2\) において, \[ \begin{split} u_1=&\;(1,0,0,\ldots),\\ u_2=&\;(0,1,0,\ldots),\\ u_3=&\;(0,0,1,\ldots),\\ \vdots & \end{split} \]のように \(u_n\) を定め, さらに \[ v = \Big(1,\frac12,\frac13,\ldots,\frac1n,\ldots\Big) \]としよう. そして, \(\{v\}\cup\{\,u_n\,:\,n\geq 2\,\}\) が生成する部分空間を \(\mathcal{V}\) とする. すると, 正規直交系 \[ u_2,u_3,\ldots,u_n,\ldots \] は \(\mathcal{V}\) において極大である. というのも, 一般に \(\mathcal{V}\) の要素はある \(m\in\mathbb{N}\) について \[ x=\alpha v+\sum_{n=2}^m\beta_nu_n \] という有限1次結合になっていて, これがすべての \(u_n\) (\(n\geq2\)) と直交するとしたら, まず \(n>m\) の場合を考えて \(\alpha/n=(x,u_n)=0\) したがって \(\alpha=0\) であり, 次に \(n=2,\ldots,m\) の場合を考えて \(\beta_n=0\) となるから. すべての \(u_n\) (\(n\geq2\)) と直交する \(\mathcal{V}\) の要素はゼロベクトルしかないのだから, 正規直交系 \[ u_2,u_3,\ldots,u_n,\ldots \] は \(\mathcal{V}\) において極大である. いっぽう, ベクトル \(v\) をこの正規直交系に かんして展開した場合 \[ \sum_{n=2}^\infty\big|(v,u_n)\big|^2=\sum_{n=2}^\infty\frac{1}{n^2} <\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^2}=\|v\|^2 \] となってパーセバルの等式は成立しない. したがって, \[ u_2,u_3,\ldots,u_n,\ldots \] は完全正規直交系ではない.

完備性を仮定しない場合、極大性から完全性は導かれないわけだ。しかし、この例の \(\mathcal{V}\)のように可算個のベクトルで張られる内積空間、あるいはそのような稠密部分空間をもつ (ということはつまりノルム位相にかんして可分な)内積空間では、 可算個の一次独立な生成元を並べておいてそれにシュミットの直交化法を用いれば、 完全正規直交系を作ることは常に可能である。可分性を落としたらどうだろう。 可分でも完備でもない内積空間で、いかなる正規直交系も完全でないようなものは、存在するだろうか。

問題設定が集合論の「ケーニヒの無限性補題」と「アロンシャイン木の存在」 の対比を思わせるので、ひょっとしたら重さ \(\aleph_1\) のヒルベルト空間 \(\ell^2(\aleph_1)\) にはそのような部分空間の例があるかもしれないと期待している。

連休前とて、ピアノのレッスンはなし。