て日々

2013年12月


2013年12月10日(火)くもり

午後、3年生むけの位相の講義。ウリゾンの距離づけ定理の証明をきちんとやった。さて、来週は何をしゃべろうかな。

夜、フジグラン松山の3階紳士服売り場に行った。きょうは店員さんの私服勤務の日で、いつもと雰囲気がちょっと違っていた。けど、俺にはむしろこのほうが心地よい。少し奮発して、チャック・マンジョーネみたいな帽子を買った。(帰宅して妻に見せたら、やや呆れ顔で「どこ目指しとるん?」と言う。はい。モテたいだけです。)それから1階のアーリーブルーメルで少し本読みをして、食材を買って、歩いて帰宅。歩数計カウント21,287歩。


2013年12月9日(月)あめ

朝からどんよりと曇り、午後は雨。午前中、3年生のゼミをやる。いまのテキストは年内に読み終えてしまいそうな流れになってきた。年明けからは何をやればいいんだ…。午後は研究室の本の片付けを少ししたほかは、10月から取り組んでいる翻訳を少しだが進めた。家のMacBook ProのデータをDropboxに上げるのを忘れて出てきたこともあって、きょうはパソコンに向かって訳文を打ち込むのではなく、大学ノートに手書きした。やはりこのほうが集中できる。きょうは相部屋の二人が現れず、大部屋にずっと俺一人だった。どうも張り合いがないので、朝のうちに家でダウンロード購入しておいた『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」を合間合間に繰り返し聴いて自分を励ます。

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先日 ask.fm で記述集合論の面白い定理について説明してくれという質問を受けた。

質問はこうだった:記述集合論の成果で特に面白い、重要であると感じる物を、なるべく他分野の数学の人間にもわかりやすいように説明してください。

この質問、どこか微妙に失礼な感じがしないでもない。が、真面目な質問からは逃げるまいと思っているので、2時間ほどもかけて回答した。ところがどうもあのサービスは回答欄にも字数制限があるらしく、途中までしか書けなかった。おまけに、どうも読みにくい。なので、こちらに全文再掲したうえ続きを増補してやる。というわけで,以下,回答:

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ボレル集合の特徴づけにかんするススリンの定理を挙げましょう。説明が長くなるから覚悟しなさいよ。

ボレル集合族は確率論や測度論でよく引き合いに出されるのでご存知の方が多いことでしょう.数直線のボレル集合族とは「すべての区間を含む最小の \(\sigma\)-加法的集合族」のこと.ボレル集合とはボレル集合族のメンバーのことです.

これは標準的な定義ですが,集合族の定義がメンバーであるボレル集合の定義に先立っていることに注意してください.ですから,数直線の特定の部分集合 \(A\) がこの定義をみたすかどうかを正直に確認しようとすれば,「すべての区間を含むσ加法的集合族」のすべてにわたって「それが \(A\) をメンバーとして含むかどうか」を確認しなければならないという話になります.しかも,そうした\(\sigma\)-加法族のうちには,定義されようとしているボレル集合族も当然含まれているわけです.ある種の暗黙の自己言及がなされています. ボレル集合族の定義に限らず「〜のもとで閉じている最小の集合」という形の定義は数学で頻出しますが,そうした定義はみな,この暗黙の自己言及を含んでいます.

では,個々の点集合がボレル集合であるかないかを,その点集合自身の性質として決定することはできないのでしょうか.ススリンの定理は,この疑問に答えます.

その前に「ボレル集合の階層」についても説明します.

位相空間論では「開集合」「閉集合」という基礎概念から出発して,\(G_\delta\)集合,\(F_\sigma\)集合,\(F_{\sigma\delta}\)集合,\(G_{\delta\sigma}\)集合…など,点集合の分類が考えられます.これらはすべて「ボレル集合族」の部分族をなします.

\(G_\delta\) とは「可算個の開集合の共通部分」ということ
\(F_\sigma\) とは「可算個の閉集合の和集合」ということ
\(F_{\sigma\delta}\) とは「可算個の\(F_\sigma\) 集合の共通部分」ということ
\(G_{\delta\sigma}\) とは「可算個の\(G_\delta\)集合の和集合」ということ

以下同様に,共通部分と和集合をどんどんとっていきます.

この「開集合と閉集合から出発し」「前に得られた集合の可算和と可算共通部分をどんどん作って新しい集合族を生成する」という操作を繰り返すと,いずれボレル集合族が生成されます.現代の記号を使って説明しましょう.

\(\Sigma_1\) 集合とは開集合のこと
\(\Pi_1\) 集合とは閉集合のこと
\(\Sigma_{n+1}\) 集合とは可算個の \(\Pi_n\) 集合の和集合のこと
\(\Pi_{n+1}\) 集合とは可算個の \(\Sigma_n\) 集合の共通部分のこと

ですから \(\Sigma_2=F_\sigma\),\(\Pi_2=G_\delta\),\(\Sigma_3=G_{\delta\sigma}\),\(\Pi_3=F_{\sigma\delta}\)…ということになっています.では,これらをすべてあわせた \[ \Sigma_1 \cup \Pi_1 \cup \Sigma_2 \cup \Pi_2 \cup \Sigma_3 \cup \Pi_3 \cup \cdots \] がボレル集合族でしょうか? 残念ながら違います.区間 \([n,n+1)\) に含まれる \(\Sigma_n\) 集合 \(A_n \)を考えたとき,その全体の和 \(A_1 \cup A_2 \cup A_3 \cup\cdots\) がどれかの \(\Sigma_n\) や \(\Pi_n\) に属する保証がないからです.そこで,

\(\Sigma_\omega\) 集合 とは \(\Pi_1\cup\Pi_2\cup\Pi_3\cup\cdots\)に属する可算個の集合の和集合のこと
\(\Pi_\omega\) 集合 とは \(\Sigma_1 \cup \Sigma_2 \cup \Sigma_3 \cup \cdots\) に属する可算個の集合の共通部分のこと

として新しい集合の「レベル」が考えられることになり,さらに,\(\Sigma_{\omega+1}\) 集合, \(\Pi_{\omega+1}\) 集合,\(\Sigma_{\omega+2}\) 集合,\(\Pi_{\omega+2}\) 集合,などなどを考えなければならなくなります.可算和と可算共通部分の操作を可算回反復しただけでは,ボレル集合族全体には到達できないのです.それでも,個々のボレル集合は,こうした可算的な操作の《超限的な》反復のどこかに現れるので,区間を材料として,可算和と可算共通部分という可算的な操作を可算回適用した結果として,すべてのボレル集合が得られることになります.

ボレル集合族について最初に与えた「すべての区間を含む最小の\(\sigma\)-加法族」という定義が「上からの定義」だったのに比較して,素材としての「区間の全体」から可算和と可算共通部分を一歩一歩積み重ねていくこの特徴づけは,ボレル集合族の「下からの定義」ということになります.

下からの定義によれば個々のボレル集合は材料である区間と可算和・可算共通部分を適用する手順であるレシピによって明確に定義されることになり,暗黙の自己言及という悪循環は回避されます.

しかし「下からの定義」にも問題はあります.

この方法ですべてのボレル集合を得るためには「可算順序数の全体」にわたって操作を続けた結果を考えなければなりません.個々の「可算順序数」は数直線上で有理数の整列部分集合として具現化されていますが,可算順序数の全体の順序型である「最小の不可算順序数\(\omega_1\)」は,数直線上に実現できないし,可算順序数に対する可算的な演算や操作で作り出すこともできません.

「すべての区間を含む \(\sigma\)-加法的集合族」のすべて,という目に見えないものを追放した代償として,不可算順序数 \(\omega_1\) という,別の目に見えないものを呼び寄せてしまったわけです.\(\sigma\)-加法族全体とか可算順序数全体とかの「途方もないもの」を用いない,具現的な対象だけによるボレル集合の特徴づけはないのか.ススリンの定理は,この問いに答えたのです.

いくつか定義をします.

【定義1】平面の部分集合 \(B\subseteq\mathbb{R}^2\) の射影とは,\(p[B] := \{\, x\,:\,\exists y[\,\langle x,y\rangle\in B\,]\,\}\) という集合 \(p[B]\subseteq\mathbb{R}\) のことである.

【定義2】自然数の有限列(空な列を含む)の全体の集合を \(\mathbb{N}^*\) と書き,自然数の無限列全体の集合を \(\mathbb{N}^\infty\) と書く.有限列 \(s\) が無限列 \(\alpha\) の最初の部分になっている(\(\alpha\) が \(s\) の延長になっている)ということを \(s\subset\alpha\) と書く.

\(\mathbb{N}^*\) は可算集合であり, \(\mathbb{N}^\infty\) は連続体の濃度をもつ不可算集合です.

【定義3】\(\mathbb{N}^*\) を添字空間とする添字つき集合族のことをススリン系という.ススリン系 \(\{ A_s\,:\,s\in \mathbb{N}^* \,\}\) に対して,集合 \[ \bigcup_{ \alpha \in \mathbb{N}^\infty } \bigcap_{ s\subset \alpha } A_s \] を,そのススリン系の核と呼ぶ.

このとき数直線の部分集合 \(A\) について次の各条件が互いに同値になります:

  1. 平面のボレル部分集合の射影である
  2. 平面の \(G_\delta\) 部分集合の射影である
  3. ある連続函数 \(f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}\) のもとでのボレル集合の像である
  4. ある連続函数 \(f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}\) のもとでの \(G_\delta\) 集合の像である
  5. ある連続函数 \(f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}\) のもとでの無理数全体の集合の像 \(f[\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}]\) である
  6. 閉集合からなるススリン系の核である

【定義4】上の各条件をみたす集合のことを解析集合とよぶ

上の条件(f)を用いるとボレル集合が解析集合になることがわかりますが,その逆は成立しません.解析集合の定義にはボレル集合族の定義に出現したような途方もない超越的なものが介在していないことに注意してください.さて,ススリンの定理というのは次の定理です:

【ススリンの定理】数直線の部分集合 \(B\) がボレル集合であるための必要十分条件は \(B\) 自身と補集合 \(\mathbb{R}\setminus B\) がともに解析集合となることである.

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さて,ask.fmの回答で書いたのはここまでです.以下は今回あらたに増補した内容.

つぎに,この定理の意義がどこにあるかについては,歴史的な観点から話すのがよさそうです.

なにより,解析集合の理論によってボレル集合の範囲を越えた実数の集合が初めて具現的に与えられたということが,たいそう重要です.解析集合の発見は1920年ごろ,モスクワ大学のルジンのセミナーにおいてです.そしてそれ以前には,実数の具現的な集合と言えるものはボレル集合しかないのではないか,と考えられていました.

かのアンリ・ルベーグも,1904年のジャック・アダマールへの書簡で「ボレル集合でないルベーグ可測集合の存在は証明できるけれども,そのようなものを具現的に与えることは誰にもできないのではないかと疑っている」という意味のことを書いています.ボレル集合族よりルベーグ可測集合族のほうが真に大きいことは,集合族の濃度の比較によりすぐにわかるのですが,それならボレル集合でないルベーグ可測集合を具体的に定義してみせてくれ,と言われると,誰にもできなかったわけです.ルベーグは1905年の論文で,\(\omega_1\) までの超限帰納法と対角線論法を使ってそうした例を構成してみせましたが,上に述べたような理由で,ルベーグ自身はその例を具現的と認めませんでした.

ところで,「実数の具現的な集合」とは,ひとつひとつの実数がその集合に属するかどうかの判定基準が,曖昧さのないきちんとした定義で書き下せるように与えられた集合であり,現行の言葉づかいでいう「定義可能な集合」ということにおおむね対応しますが,それよりは多少強い意味をもっているようです.残念なことに,当時は,具現的ということ自体を具現的に定義する方法がなかったのです.

さきほど引用したルベーグの書簡は,ツェルメロの選択公理をめぐるエミル・ボレルとアダマールの論争の中で書かれ,ボレル,アダマール,ルネ・ベールに回覧されたものですが,(後に彼らは,誰がいちばん積分論に寄与したかをめぐって喧嘩し,仲違いしてしまいますが)選択公理についての論争に関するかぎり同志というべき,ボレルとルベーグとベールのあいだでも,何をもって具現的というか,その認識には微妙なニュアンスの違いがありました.

それでも,数直線や有理数全体の集合や連続関数といった解析学の対象が具現的なオブジェクトであるという点では,当時の誰しも見解が一致していました.だからこそ,解析集合の発見は思いがけないブレイクスルーであったわけです.

ススリンの定理は,この解析集合が単に,具現的でありながらボレル集合の階層を超越した存在として重要であるばかりではなく,むしろ,ボレル集合の階層に新たな光を当てるものであることを示しています.実際,こんにちでは,これこれの仕方で構成される集合がボレル集合である,という形の結果を証明するために,その集合と補集合が解析集合であることを検証しススリンの定理に訴えるという方法がごく普通に使われます.この方法が禁じ手になって,いちいち可算和と可算共通部分と補集合の言葉による構成の手順を書き下さねばならないとなると (あえてそれを実行することが有意義になる場合も多いのですが) どれだけ大変なことになるでしょう.

なお,ルベーグは実は解析集合の発見に思いもよらぬ形で貢献しています.それについては志賀浩二先生の『無限からの光芒』(日本評論社)とか,グレアム&カンター『無限とは何か』(一灯社)などで読むことができます.

このフランスのビッグネーム4人の論争については,いつか詳しく論じたいところです.わたくしたちの後知恵で見ると,具体的・具現的に与えられるものだけに数学的対象を制限せず,単なる存在証明で満足すべき領域をも認めるべきだというアダマールのほうに慧眼があったわけですが,具現的に与えられるものこそが真に重要だというボレルたちの意見にも一理はあります.

解析集合(というより実はその補集合である補解析集合)という集合のクラスは,ルベーグが一度は試みすぐに自ら拒否した「ボレル集合の階層全体にわたる対角線論法」を具現的に実現しています.可算和と可算共通部分という集合構成原理が作り出す階層を横断する新しい集合のクラスが提示されたことで,可算和と可算共通部分だけでは構成できない範囲にまで,集合の具現的な構成が延長されることになります.そして,そうした「階層の延長」の鍵は対角線論法にあるわけです.(対角線論法というと,その破壊的あるいは「脱構築的」な効果ばかりに注目されがちですが,本来その効果はとても創造的なものなのです.)

この現象の意義は,解析集合の発見から少し後の,数理論理学の発展と計算論の勃興によって明らかになりました.

計算論(Computability Theory)の重要なトピックの一つに,自然数の集合や函数の複雑さの階層の探求があります.ボレル集合の階層の理論とはまったく独立した動機づけで始まったこの探求ですが,1940年代になると,両者のあいだに緊密なアナロジーが成立していることが指摘され,このアナロジーの根拠の解明の努力が,現在「エフェクティブな記述集合論」と呼ばれているものの始まりを記したのです.このあたりのことは,Y.N.Moschovakisの “Descriptive Set Theory” (North-Holland/AMS) の序文(Introduction)に詳しいです.現在では,ボレル集合の階層と自然数の集合の階層とは,計算論的階層の例という形で統一的に捉えられるようになりました.

集合の構成原理にもとづいてひとつの階層が与えられ,それが飽和すると,対角線的オブジェクトを与えてその階層を抜け出し,さらに,対角線的オブジェクトが翻ってもとの階層の構成の全体像を明らかにしてもくれる,そのことが繰り返され,この繰り返し自体が改めてひとつの構成原理となって,より高次の階層を形成するに至る.これは,計算論だけでなく,集合論においても,内部モデルの微細構造理論や,\(0^\sharp\) の理論,より新しくは普遍ベール集合の階層の理論などに見られる,ひとつの指導原理となっています.

この流れの源流に,ススリンの定理が位置するわけです.


2013年12月8日(日)はれ

午前中、地域の集会所で餅つき大会というのをやっているので行ってみた。大規模ではないが、近所の人たちが大人も子供も集まって楽しい集まりになっている。俺もつくのを少し手伝ったよ。みかんを皮ごと入れてつく「みかん餅」や古代赤米を入れてつく祝餅などのバリエーションもあった。

みかん餅
地域の小学生がみかん餅をついているところ

午後、落ちついて本が読みたくて近所のカフェに行ってみたが、映画館の近くであるせいか、ほとんど満席で読書どころではなさそうだったので、通りを隔てた別の喫茶店に目的地を変更。昨日図書館で借りたタロットの本を読み、それと仕事がらみの専門書を少し読む。一時間ほどして、近くのスーパーに妻が買いものに出るというので合流。


2013年12月7日(土)はれ

午前中はアクティブウォーキング教室に参加して、大学から石手寺まで歩いてきた。帰り道には道後プリンスホテルの足湯に立ち寄るというオマケつきだ。温泉街からは少し離れて建つプリンスホテルの足湯は穴場なのだ。

大学へ戻る道を歩きながら、スタッフの男子学生さんに「大和屋あたりの足湯だとけっこう若い女性も来てますよ」なんて言ったら「本当ですか?!」と目が輝いている。おっといけない、この人たちと俺とでは【若い】の範囲が違うんだった。「いやまあ、俺にとっては20代はみんな若いんだけどね」と言うと、

学生さん「ぼくなんかにとっては、中学生ですよもう。このごろの中学生は凄いんですよ。」
俺「中学生? ダメやろそれ」
学生さん「一時期女子高生の時代とか言われてたですけど、いまは中学生。お化粧とか付け睫毛とかしてて綺麗なんですよ」
俺「ダメやろ。まあ確かに、このごろは普通のJKでも小綺麗で垢抜けてるとは思うな。俺らが高校生の頃とは比較にならん。」
学生「でしょでしょ。それがいまは中学生で」
俺「だからダメやろそれ」

話はしばらく平行線であったが、

俺「うちには小学6年生の娘がいるからな。わが娘がそんなことしたら、玄関の外に更衣室作って《その格好でこの家の敷居をまたぐな!!》って言うし」
学生「あ、自分の娘がって思うと、そりゃダメっすね」

やっと「ダメ」の意味が通じた。男というのは馬鹿なもので、家族と他所で出会う女を、なかなか同列には見れない。俺も人のことは言えぬ。この学生さんくらいの年齢になったら男は他所に配偶者を調達にいかねばならない、というのは、開闢以来かわらぬ人類普遍の掟なのであるから、彼が中学生に目の色を変えるのも仕方がないといえば仕方がないのだが、他所で出会う女にも、人格というものがあり帰る家というものがあり家族というものがあるということは、ゆめゆめ忘れてはいけない。

うーん。「よく晴れた冬の朝、郊外へのウォーキング」というこの上なく爽やかで健康的な話題のはずだったのに、なんだこの妙にセキララな日記は…

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夏から秋にかけて頭を坊主にして、いま元通り髪が伸びるのを待っているところだが、ずっと放っておいたら少し見苦しくなってきたので、いつもの床屋で整えてもらう。それからコミセンの図書館に行って本を借り替える。ジュンク堂へ足を伸ばし、娘に読ませる百人一首の解説本などなどを書い、近くの珈琲専門店Le Jardin de Qahwah(ル・ジャルダン・ド・カフワ)でひと休み。

妻の従姉の長女で、俺の日記に「双子の美男美女のうち美女カナちゃん」としてたまに登場していたカナちゃんが、就職3年め、20代半ばの身でありながら、このほど宅建の試験に合格したという。よく知らなかったが、宅建は合格率が15パーセントを越えないようにコントロールされている狭き門だそうだ。カナちゃんは昨年も受検したが不合格で今年が二度目のチャレンジ。合格祝いのプレゼントを手渡すからお前も来いと妻がいう。そりゃお祝いするに吝かではないが、

  1. 営業中の店舗に、
  2. 若手の一社員に過ぎない人の親戚が、
  3. 顧客としてではなく、
  4. 取引先としてでもなく、
  5. さして緊急というわけでもない私用のために、
  6. 一家総出で、
  7. 訪ねていく、

なんてのは、俺としてはなんとしても気が引ける。だが、どうも妻はそのあたりの感覚が俺とはまるで違うようだ。まあ仕方がないので、訪ねて行ってひとことお祝いを言い、妻とカナちゃんが話をしている間、お店の営業に邪魔にならないように、【息子】を外に連れ出した。しばらくして呼び戻されたので、何事かと思ったら、なんとカナちゃんはこのたび婚約したという。それはすばらしい。もっと本格的に一席設けてお祝いをせねばならん。


2013年12月6日(金)はれ

金曜日はゼミ三連発。4年生の卒研ゼミと910くんのM2ゼミはそろそろ「終りかた」を考えないといけない時期になった。夕方はピアノのレッスン。ツェルニーが全然弾けない。レッスン後は珍しく松山市駅のドトールコーヒーに寄る。コーヒー代のかわりに電車代を浮かせるため、徒歩で帰宅。


2013年12月5日(木)はれ

朝、職場につく直前にまたまた鍵を忘れていたことに気付いて家まで引き返す。家から再度の職場への移動は妻に車で送ってもらった。いつものとおり「集合と位相」の演習の授業をやり、そのあとは、1年生向けの「英語統一試験」というやつで、TOEIC Bridgeの監督をした。

業務が終わったら自分の作業。しかし夜にひとりで大部屋にいるのはイヤなので、フジグラン松山のアーリーブルーメルに移動して原稿の見直しをする。1時間ちょっといて、歩いて帰宅。そんなこんなでよく歩いた。歩数計カウント21,902歩。


2013年12月4日(水)はれ

このごろツイッターではろくな発言をしていないのに、フォロワーがとうとう1,200人を越えた。これまた、ありがたいことだ。200人レベルのころはフォローしてもらっている数より多くフォローしようと努めていたけれども、このごろはその努力は放棄していて、フォロー数は460人くらい。しかし、500人くらいを目標にいろいろ探索してみようと思う。

先日の出番のおかげで、すっかりヴォーカリスト衝動をリリースしてしまっている。世の中には一生かかっても歌いきれないくらいたくさんのいい歌がある。歌わずに死ぬのはもったいない。Facebookで、参考音源としてエセル・マーマン「ショウほど素敵な商売はない」来生たかお「マイ・ラグジュアリー・ナイト」を挙げて、(大人ならではの歌という意味で)こういう歌をオシャレに歌える合唱団があったら即座に入団したいと発言したら、旧友ヒノさん(樋上千聡)から「つくれば?」の一言。おおっ!! その発想を長らく忘れていた。そうだ。なければ作ってしまえ。なにも数十人規模の合唱団でなくていい。女声2+男声2の4人でいいのだ。誰か、一緒にやろうぜ。

ところで、このあいだのPTAコーラスの多木さんのワークショップには、なにやら次の動きがあるらしい。ありがたいことだ。

歩数計カウント12,382歩。


2013年12月3日(火)はれ

位相の講義。先週のうちにウリゾンの距離づけ定理の証明のノートを作ってあったのだが、きょうはそれを話さずに、前提となる「開基」「稠密集合」「第二可算空間」「可分空間」「リンデレーフ空間」などについて話す。その後は部屋に戻って眠気に耐えたり耐えきれなかったりしながら翻訳原稿の見直しをする。その間じゅうずっと、同室のP山講師は学生さんたちの対応に追われていた。しかもその一部はたまたま部屋にいなかったOg2さんが担当している3年生ゼミに関する問いあわせだった。つくづくP山さんには頭が下がる。しかし学生さんたちにも「事前の確認もアポもなしにいきなり来る」というのをそろそろやめにしてほしいのではあった。いや、俺のところにはそんなこと言わなくても誰も来ないけどね。

帰宅して夕食後、少し散歩と称して小一時間の外出。ブックオフに行ったがお金がないので何も買わず、ニッセンのカタログだけ貰って帰ってきた。それも含めて、歩数計カウント12,939歩。


2013年12月2日(月)はれ

冬場に雨の翌日晴れるというのは寒くてかなわん。

昨日の疲れか、あるいはけさ子供の忘れもの等々のために頑張ったせいか、日中眠くて仕事にならなかった。まったく困ったものである。


2013年12月1日(日)あめ

PTAコーラス発表会当日。えひめこどもの城 に出むくのは今回が初めてだ。

各校区のPTAコーラスが4団体。この発表会のためのPTA連合会のコーラスワークショップが3団体。小中学校の部活の出演が3団体。あわせて10団体というと、けっこう賑々しいプログラムだが、人口50万超を数える松山市にして、校区のPTAコーラスが4団体しかないというところに悩みのタネがある。とはいえそれは「俺の」悩みではないがな。それらPTAコーラスの出しものがどれもこれも、子供が歌えば感動的かもしれんが人生の悲哀や辛酸を知った大人になってからそれはないだろうという夢見がちな曲ばかりで、ちょっとばかり辟易した。ワークショップの演目はさすがにそんなことはなかった、と言いたいところだがごにょごにょごにょごにょ… 歌に歌詞というものがあるのはよいことなのだが、俺のようなヒネクレ者にとってそれは時に躓きの石である。

そんなわけで、音楽的な完成度から言っても俺の躓きの石の面から言っても、今回のステージは浮穴小学校合唱部のひとり勝ちだった。『朝のワルツ』は聴いてて涙が出た。

われらが多木紀隆ワークショップの出しものは3曲。「宇宙戦艦ヤマト」「耳すま版カントリー・ロード」それからゴスペルに取材し多木さんが独自にアダプトした「SONG OF MATSUYAMA」だ。10団体のうち「男声」が入るのは西中学校合唱部と多木ワークショップだけであり、それが多木ワークショップの最大の特徴である。それを思うと「宇宙戦艦ヤマト」は絶妙な選曲だ。「SONG OF MATSUYAMA」は今回初披露だそうだが、シンプルにしてソウルフルなこの歌は、多木さんが言うとおり松山のオヤジとかあちゃんが誰でもいつでもどこでも歌えるような歌として広がってほしいと思う。主観的には、「PTAの歌」(春日紅路・西条八十作詞/古関裕而作曲) みたいな偽善的・ファシスト的なのより、こっちの方がよほどいい。

そういういろいろの御託は並ぶが、ともあれ本番のステージは楽しかった。なんだかんだ言って、俺はこういうのが好きなのだ。妻よ、罠にはめられたとか言って怒ったりしてすまなかった。