て日々

2013年11月


2013年11月30日(土)はれ

朝のうちかなり高レベルに壊れていて妻に心配をかけた。午後は少々持ち直した。晩飯のカレーを作ったが、水加減を間違えてひどく不味かった。夜、いろいろ思うところあって、結城浩訳『幸福の王子』を妻子に読み聴かせる。小さなツバメさんは貧しい人を救おうなんて思っちゃいなかったし、施す財を持っていたわけでもない。最初は王子に頼まれて一宿一飯の恩に報いただけだったし、その後も王子への個人的な好意からその命に従っていただけと言ってよい。それでもこのツバメさんほど尊い行いをした人はいないと俺は思う。ツバメさんがいなければ、その身体を財宝に覆われていた王子だって、その財がかえって呪いになったことだろう。まあ、読んでみてくださいな。


2013年11月29日(金)はれ

数学の役割のひとつは現実世界の数理モデルを提供することである。ユークリッドの幾何もそうだし、ニュートンの力学もそうだ。そうした数理モデルが現実の少なくとも一側面を正確に表現していることが、数学を有用にもするしまた面白くもする。ユークリッドの幾何もニュートンの力学も「現実世界のこれこれの事象は数理モデルとしてのこの数学的概念に正確に対応しているものと仮定する」と、殊更に言挙げしているわけではない。いっぽう、【チャーチとチューリングの提唱】は「計算のアルゴリズムをもつ函数とは再帰的函数のことである」という形で、現実世界の「原理的に計算可能」を数学的概念としての「\(\Delta_1\)-定義可能」に同定することを明言する。冷静に考えると、ユークリッドやニュートンがやったことと、チャーチやチューリングがやったことのあいだに、思想的にはそれほど違いはなく、表面上の言挙げのあるなしだけが違っている。

それでも、言われて初めて気がつくということは誰にでもあることだから、「そんな恣意的な仮説を数学という厳密な論理的体系に持ち込んでいいのか」という疑問が生じるのも、まあ理解できないことはない。先日からやっている Ask.fmそういう趣旨の質問 をされたので、そういう趣旨の回答をしたのだけど、実際のところ、数学とは厳密な論理的体系として展開されるべきものだという認識自体が、俺には恣意的な仮説そのもののように思われる。なんだか「人間とは人間のヘソから上のことだ」と言われているような、一面的な印象を受けるのだ。数学に興味があるならそんなこと言ってないで数学をやりましょうよ。


2013年11月28日(木)はれ

午前中の「集合と位相II」の講義の時間に中間テストがあったので、午後の演習の時間はその問題と解答の解説をする。これまでの演習で扱ったのと同じような問題ばかりだったと思ったが、学生さんにはそれなりに難しかったらしい。

夜は家族4人でキスケの湯で風呂に入り、夕食をとった。


2013年11月27日(水)はれ

だいたいが、学校行事というものは、一度始めたら終らせる踏ん切りがつかない腐れ縁みたいなところがあるわけで、誰も本気でやりたいわけでもないのにやめられなくて、じり貧になりながらだらだらと続くなんていう、不幸な人間関係のモデルケースみたいなことになりがちだ。それでも、新しい血というか新しい風というか、メンバーの入れ替わりがあれば、そこに復活の可能性が多少はある。

夕方から青少年センターで開かれる松山市PTA連合会のコーラスワークショップというものに初参加してきた。妻の勧めもあり、家でくすぶっているとろくなことがなさそうだという考えもあり、また、指導者の多木紀隆さんが旧来の知人ということもあり、軽い気持ちで行ったのだが、なんと次の日曜日に発表会を控えているというではないか。なんと、罠だったのか。妻の中途半端な社交性のおかげで時々こういう目にあう。ハメられたとは思ったけれども、だからといって何の罪もない他の参加者に迷惑をかけるわけにはいかない。歌うこと自体は好きなのだから文句を言わずに参加する。毒を食らわばなんとやらであるから日曜日の発表会にも出てやるよ。

ワークショップは21時に終わるが、青少年センターというのは少々不便な場所にあるので、この時刻になると自宅に帰る交通手段に困る。タクシーに乗る金銭的余裕もない。仕方がないから歩いて帰る。途中、繁華街の賑わいを横目に見て「俺はなにやってんだろう」と、正直なところ思わないでもなかった。財布に余裕があれば一杯ひっかけて帰るところなんだけど。

そんなこんなで、歩数計カウント18,112歩。帰宅後さすがに妻に長々と文句を言ったが、考えてみれば俺がやりたいことをやれないでいるのはなにも妻のせいではなく自分が悪いのだし、妻はこのごろの俺の苦境を見かねて出かけることを薦めてくれたのかもしれない。絡んだりして悪かった。


2013年11月26日(火)はれ

講義では予定通り「ウリゾンの補題」の証明をした。

なんだか流行っているみたいなので ask.fm というのに登録してみた。本気で知りたがっているとは思えないような質問のための質問もあるが、数学と数学教育をとりまく状況にかんするマジメな問いかけもあり、それにはマジメにお答えせねばならん。なんでもかんでも快刀乱麻というわけにはいかない。しかし、いままで見ないことにしていたテーマに、質問という形で目を向けさせてくれるケースもある。勉強する機会が与えられたと思うことにしよう。

きょうは小学校が早仕舞いだったそうで、子供らはそれぞれにお友だちと遊んで楽しんだらしい。【息子】は悪友HTくんとその妹のKNちゃん、それに、これも悪友と言うか、ガールフレンドのMRちゃんを家に招き、【娘】はお友だちの家に誘われていった。うちは小学校の正規の校区からは少し離れているのだけど、こうして訪ねてきてくれるお友達がいるのはありがたいことだ。妻のレポートによると、小学一年生のKNちゃんは数学ガール候補者のようだ。すばらしい。

あと、きょうは久々に歩数計をつけて出かけた。歩数計カウント12,490歩。


2013年11月25日(月)くもり

午前中、どえらい雨が降ってどうなることかと思ったが、ほどなく止んで、午後は晴れ間すら見えた。

午後、広島の のらっちゃん(@nolimbre) がフェリーに乗って松山にやってきた。数学談話会で講演してくれるようにお願いしてあったのだ。ただし、講演内容は数論幾何の最先端で、ボンクラ数理論理学者の俺には、まるで手に負えない。「数論」は決して「数理論理学」の略ではないのだ。

夕方には「じぃ家」で懇親会。俺とのらっちゃんと、代数系の教員4名で、愛媛の地酒を飲み、県内産の素材を使った料理を食う。実は今朝までは「五志喜」で懇親会を開くつもりでいたのだけど、先週の代数セミナーの打ち上げで行ったと聞いて、急遽変更した。「じぃ家」は俺にとっては「デフォルト」なのだ。お開きのあとは、大学のゲストハウスに泊まるのらっちゃんを伴って研究室(疎開先の職員会館の大部屋だからゲストハウスとは棟続き)に戻り、コーヒーを飲みながら、ツイッターでダジャレの応酬。ただし残念ながら のらっちゃんは現在鍵付きアカウントなので「トゥギャる」わけにもいかない。


2013年11月24日(日)はれ

松山東雲短期大学の開学50周年記念イベントで、テレマン室内オーケストラ&合唱団がヘンデルの『メサイヤ』を演奏するというので、家族で出向いて「芸術の秋」してきた。先日の『展覧会の絵』もそうだが、こんなの生で聴ける機会はなかなかない。「一糸乱れぬ」という形容が至当な整然たるアンサンブルを堪能。いややっぱり、音楽は生で聴くに限る。

ところで、イギリスでは「ハレルヤ」のときは全員起立が暗黙のルールなんだそうだ。なんでも、はじめての御前演奏のときに王様が感激のあまり立ち上がってしまい、臣下一同座っているわけにいかず全員立ったのが由来だそうだ。そんなん知らんがな。お行儀の悪い王様だなあ。うちのアホ息子でも最後までちゃんと座って聴けたのに。あ、でも、もともと乗り気でなかった【娘】は、第一部の休憩の時点で逃げだした。


2013年11月23日(土) 勤労感謝の日くもり

昼飯に鶏南蛮蕎麦を見よう見まねで作った。以下その手順。

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まず鶏肉を油で炒める

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酒を加えて蒸し、醤油とみりんで味付けする

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鶏とネギを煮つけながら、そばつゆを作ろう

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今回はこのだしの素を使い
鶏の煮汁を加え醤油を足した
つゆが真っ黒になった

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鶏肉に火が通ったころ

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他の器に移して蕎麦をゆでる湯をわかす

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あと一息
このあたりで妻子が出かける時刻が迫ってきてドキドキ

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できあがり

写真を見ればわかるとおり、ネギが煮すぎてクタクタになってしまった。先に鶏肉だけ炒め、ネギは煮つけの段階で加えたほうがよさそうだ。

仕事に行った妻を待つあいだ、子どもらには「忍たま乱太郎」のビデオを見せたり、YouTubeで「一休さん」のアニメシリーズ中の最高傑作と思われる「第9話 めでたくもあり、めでたくもなし」を見せたり。その背後で夕食の回鍋肉と冷奴と、あと白菜と油揚の煮浸しを作った。煮浸しの味付けには昼食のそばつゆの残りを使ったぞ。

昨晩テレビでやっていた『火垂るの墓』も悲しくやるせない話ではあるが、あれは一方的にやられる側の話だった。だがこの「一休さん」の話はそうではない、もっと深く人間の愚かさを抉り出している。この話を作った脚本家も演出家も声優もアニメーターも、俺のことを個人的に知っているわけではなかったはず。ということは、愚か者は俺だけではないのだ。それでも、わが妻は他の誰をもさしおいて、俺の愚かさを叱ってくれる。それは、妻が俺のことを他の誰をもさしおいて大切に思ってくれていることのあらわれだ。ありがたいじゃないか。


2013年11月22日(金)あめ

朝、妻が化粧を直しながら、俺の日頃の言動について、いつになく強い調子で苦情を言った。趣旨は何度も聴かされてきた俺の欠点だが、こんなに強い口調で早口で並べ立てるのは、15年近く連れ添ってきて、初めてのことだ。

夕方、ピアノ教室までの道を歩きながら、俺は考えた。白状するが、俺が心の底から叫ぶ言葉があるとしたら、それは唯一つ「モテたい!」だ。笑いたければ笑え。俺はロマンス中毒者であり、自分の身になにかロマンチックなことが起こってほしい、起こるはずだと期待しながら生き、そこら中のいい女が自分に微笑んでくれることを常に切望している。

さて、ここにひとりのいい女がいる。そのいい女は、この世界の誰よりも俺のことを知ってくれていて、俺のことを想ってくれていて、俺のことを心配してくれている。その特定のひとりのいい女が、俺に微笑んでくれないとしたら、それはどう考えても俺が悪いわけで、そしてそいつが俺に微笑んでくれない以上、その他のいい女が俺に微笑んでくれることは期待できない。それでもなお俺に微笑んでくれる人がいたとしたら、その微笑みは、俺のことを本当には知らない人が誰にでも向けるジェネリックな微笑みか、または、なにか思惑があっての打算的な微笑みなのだ。(そうでなければ、嘲笑、失笑、憫笑かもしれない。)

まず隗より始めよ、ではないが、俺は、他の誰を差し置いても妻を微笑ませにゃならん。そのためには、中身で勝負せにゃならん。しかし、男性諸君、勘違いしちゃいかん。中身というのは内面ではない。言動なのだ。


2013年11月21日(木)くもり

睡眠不足と宿酔で調子が出ない。演習の授業。それからいつもの医者に行って、この頃のことを長々と話す。帰りにはドラッグストアに寄って蕎麦麺を買った。週末には俺がこれを茹でて家族に食べてもらおう。


2013年11月20日(水)くもり

一日自宅にいて原稿の読み返しをしていた。


2013年11月19日(火)あめ

基本的に空は明るいのだけど、雲は多く、時折雨がパラつく。そういう天気。風もあり、かなり肌さむい。

講義では先週予告したとおりゾルゲンフライ平面がノーマル位相空間でないことの証明をやった。稠密性とかの用語が前期の講義資料になかったのを補足したり、けっこうていねいに説明したつもりだったのに、10分も時間が余ったのは意外だった。途中から、話が面白くて、説明するのが楽しくて、俺は喋りながらニヤニヤしていたはずだが、受講生にそれが伝わったかどうか。ともあれ、この講義は中間テストをせずに進むので、次回はウリゾーンの定理の証明をやる。

夕方からはとても久しぶりに市民コンサートの例会に行った。高橋礼恵ピアノリサイタル。プログラムはベートーヴェン『月光』、リスト『巡礼の年』からの3曲、そしてムソルグスキー『展覧会の絵』。すっかり例会から足が遠のいていた俺だが、これは聴きたい。

開演20分前のステージのようす
休憩中はピアノと花にスポットを当てておくというお洒落な演出
ただピアノ蓋の照り返しがホリゾントに映っているのが
なんだか幽霊みたいで、ちょっと残念

ピアノ独奏版『展覧会の絵』を生で聴く機会に恵まれるとは思わなかった。しかしなにより、リストで示された圧倒的なテクニックに打ちのめされた。客席から見ていて、腕の数がわからない、指が見えない、というくらいの動きが、なめらかに正確に繰り出され、強弱緩急を自在に表現する。これがプロというものか。職業的なコンサートピアニストというのはこれほど凄いものなのか。休憩中にトイレに立って、かく言う俺は何かのプロと言えるだろうかと自問してしまった。

終演後はすぐに歩いて帰宅。途中、宮脇書店に寄り、【娘】が欲しがっていた本を買うが、これは当分の間パパ預かりとしておく。


2013年11月18日(月)くもり

午前中の授業のために大学に行ったら財布を忘れていた。昼すぎに妻が届けてくれたので、その足で夫婦ランチ。このごろの妻子のお気に入りである久米の「いってつ庵」に行ってみたが、臨時休業だったので、束本の「シノア」に行った。

松山市束本の洋食屋さんシノア
俺は初めて来たが、ちょっと懐かしい、いい感じだ
妻が俺を連れて来たがっていた理由はよくわかった

先日から口論ばかりしていることを恥じた俺は、この移動中に、妻に「いまなら気持ちの余裕があるから、仕事の愚痴でもなんでも話してくれ」と言った。普段なら、そんなこと頼む前からエンドレストークを注ぎかけてくる妻だが、なぜだか「いまはいい」と話してくれない。それで話題を12歳の【娘】のことに移す。

自我の芽生え始めた【娘】はいろいろと母親と衝突するようになった。意見の調整が必要なときに、いままでの調子で母親が「○○なんでしょ?」とサジェッションすると、【娘】は敢えて「そうじゃなくて△△なんだよ」という。たとえ母親の言っていることのほうが本心であっても「うん、そうなの」と認めずに「自分はこうだ」と言いたいわけだ。だからこのごろは【娘】の本心を少し外してサジェッションするように心がけていると、妻はいう。

「あんまり色々言わんと聴く方に回ったほうがええと俺も思う。お前さんの仕事でやる《積極的傾聴》とかいうやつよ。」
「あー、そうやねえ。」
「あのスキルはお前さんの健康相談とかの仕事では必須なんやろうけど、あれは、伝授可能な技術なん? 教えてもろたら、俺にもできるもんなん?」
「うん、ああ。」
「俺は人の話を聴くのが苦手でそれで損してる所あるから、できるもんなら俺もそういうスキルほしい。」
「えーっと、うん、あのね。カウンセリングで相手の思うとおりにしゃべってもらうときと、こちらが質問を設定して答えてもらうインタビューみたいなときとでは、やり方が違うし、それを今度、専門学校で実習に取り入れようかなとか思ってる。看護学の実習ではまだまだ“心をこめて傾聴”みたいなことしか言うてないみたいやしね。育児相談するんでも、すぐに《わたしの場合は》って我田引水してるようやったら近所のおばちゃんと同じことやから…」

結局、仕事がらみのエンドレストークを引き出した。もちろん、余計な口を挟まずに聴いた。妻に直接「聴く技術」を教えてもらったわけではないが、すこし勉強になった。

(óдò) (ò∀ó) (óдò) (ò∀ó) (óдò) (ò∀ó)

ところで、妻が言うにはイヌも認知症になることがあるそうだ。といっても「みどりさん、あたしはまだエサを食べさせてもらってないワン」などと言ってご主人さまを困らせたりするわけではなく、歩いていて壁にぶつかっても進路を変えずに繰り返しぶつかり続けるとか、そういう行動をとるようになるという。

俺の場合はちょっとした壁にぶつかるとすぐに回避行動をとる。その行動が適切である場合はいい。だけど、ちょっと頑張れば打ち破れる壁であったり、ちょっと見回せばすぐ近くに扉があってそれを開きさえすれば通れるんだったり、ものすごく低くて簡単に跨ぎ越せるほとんど敷居と区別がつかないような壁だったり、そのような場合でも「そこに壁があること」を、前進しない理由、努力しない理由、自分の怠惰な姿勢を正当化する材料にしている。そうやって人間的な成長を放棄しており、そのような自分を、甘やかすか、いなすか、とにかく適当に付き合ってくれる相手とだけ仲良くしている。

こうして小さな壁を回避する行動パターン自体が、俺にとっての大きな壁になっている。不思議なことに俺はこの大きな壁にだけは何度ぶつかっても懲りない。つまり、反省して行動パターンを変えることをしない。だから、同種のトラブルに何度も遭遇する。まるでイヌの認知症だ。

俺は、変わらなければならない。といっても、何も劇的なことをしようというのではない。緊張に耐えられず結論を急いで極端な行動に走り墓穴を掘るとか、そういうのはさんざんやり尽くした。

もっと地味なことだ。日々の仕事(この場合、仕事というのは家事や子育てを含む)をもっと真剣に集中して、必要な時に必要な分量だけやる。逃げ隠れせずにいろいろな立場に伴う責任を果たす。水曜日に書いた「普通であるための努力」をする。

俺は、普通にならなければならない。


2013年11月17日(日)くもり

何もない日曜日。明るいうちから『亀齢』の4合瓶を1人でキレイに飲んでしまった…なんて洒落にもならんが、案に違わずよい酒だった。午後もだいぶ遅くなってから【娘】を連れてジュンク堂書店に行った。熊野訳『存在と時間』の(三)を買い、【娘】に青い鳥文庫の本を一冊買ってやる。妻とまた少し口論してしまった。妻子が寝入ってしまってから、俺も文句ばっかり言ってないで少しは家事をしようと、食器を洗い、炊飯器にコメをセットして予約をかけ、妻がカゴに入れたまま放って寝てしまった洗いあがりの洗濯物を物干しに並べる。


2013年11月16日(土)はれ

宿は東広島市役所近くの東広島グリーンホテルモーリス。新しいビジネスホテルの典型的なスタイルで、けっこう好ましい。朝食バイキングを多めに食べて、部屋に戻って昨日までの「て日々」を書いていたら9時半を回ったので慌ててチェックアウト。西条駅前の酒屋で義父へのお土産用と自分用に日本酒『亀齢』を2瓶買い、広島へ移動。県立美術館のシャガール展と、ひろしま美術館のオランダ・ハーグ派展を観に行くのだ。午前中もっと時間があれば比治山公園の現代美術館にも寄ったところなのだけど、「て日々」に時間を取られすぎた。酒瓶やMacBook Proをもって美術館めぐりというわけにもいかないので、JR広島駅から市電でいったん宇品港へ荷物を置きにいく。

途中の電停で乗ってきた女子高生と母親の親子連れの、紺の制服姿の娘さん。さらさらの長い黒髪が美しく、ぱっちりしたしかし人懐こそうでもある眼が印象的な、聡明そうな大人びた顔立ち。綺麗な娘だなと思った。その美人JKと、市電の車内で再々目が会う。そりゃ嬉しいけど、さすがになんでだろうと思った。こちらはあんまりジロジロ観るわけにいかないので素気なくしていたが、乗るべき電車を間違えていたというその母娘が乗り換えのため降りようとしたところで理由に思いあたった。昨日の朝、俺はその母娘と同じ船に乗っていたのだ。

昨日の8時25分に松山観光港を出港した呉・広島航路のフェリーは、平日の朝でもあり、かなり空いていた。俺は座敷で最初は『トニオ・クレエゲル』を読んでいたが、いつのまにか転寝をしていたようで、気付いたら出港後1時間半が経過していた。俺が前の船室に移動したときに、母娘は窓側のボックス席で食事をしていた。船が音戸の瀬戸を通るとき、娘さんが見晴しのよい前の椅子席に移動した。照明が減光されていて客室は薄暗く、顔はわからなかったが、長い髪のシルエットが印象的だった。俺も窓際に立って景色を見ていたので、そのときに娘さんが俺の坊主頭と革のジャケットを見たのだろう。そのあとすぐ、俺は呉で下船した。もともと乗客があまり多くないせいか、呉で降りたのは俺だけのようだった。

高校生が平日の朝に母親同伴でしかも制服姿で松山から広島へ渡る理由はわからなかったが、俺は仕事を控えているし、船に制服の女子高生が乗っていることくらい、基本的にどうでもいいことなので、船を降りてJR呉駅への道を歩いているうちに、すぐにその母娘のことは忘れた。

そしてきょう、俺は西条から広島へ当初の予定より1時間ほども遅くに来て、そのまま市内観光をしてもいいけどまあ宇品港のコインロッカーに荷物を置きに行こうと思って5番の電車に乗った。そこへ、紙屋町へ行くつもりのその母娘が、間違って俺と同じ比治山下経由の電車に乗ってくるなんて、事前に予想できた視聴者の方がいたら、賞品としてスポンサーから新製品スーパーナチュラルエキストラダメージケアマイルドハーブエッセンシャルシャンプー&リンスのセット百万年分ぐらいはプレゼントしていいのではないかと思う。(何を言ってるんだ俺は…)

それでも、美人母娘が下車してしばらくしたら、すぐさま俺は彼女らのことを再び忘れた。今朝未明に目覚めて『トニオ・クレエゲル』を読み終えた俺は、西条からの山陽線の車内で『ヴェニスに死す』にとりかかっていた。だから、できれば空いた席に座って続きを読みたかったのだ。宇品港のコインロッカーにキャリーバッグを預け、フェリーの時刻表をもらって、1番の電車で市街地へ引き返す。だが、途中の電停でブレザー風の制服の男子中学生がわんさか乗ってきて車内がこみ始め、どうにも読書に集中できなくなった。紙屋町に行くつもりだったが一つ手前の本通で降りた。iPhoneのYahoo!地図アプリによると、すぐ近くにセブンイレブンがある。昨晩ゆっちぃさん (永乃ゆち, @usagi820) が写真入りミニ歌集をA4一枚の折本で作って、ネットプリントで公開してくれている。それをプリントしたい。

俺はゆっちぃさんの短歌のファンである。技巧を弄することなく、情熱的で切なくて、ときどきエロティックで、俺にはとてもよくわかる。短歌だけでなく、ブログなどからは工芸にも造詣が深いように窺われるゆっちぃさんのことだから、自選した短歌に、歌ごとの気持ちに合った写真を自分のセンスで配置していけば、すてきな本ができるはずだ。とまあ、ゆっちぃさんに写真入りの歌集を作るように唆したのは俺だ。つい先日、水曜日の夜のことだ。ソソノカシた俺が言うのもなんだが、しかしこんなに早く行動に移してもらえるとは思わなかった。そして、この小さく美しいミニ歌集に収められた短歌は、普段ツイッターで読むゆっちぃさんの歌よりも、テーマとしてはるかに重いものと思われた。

美術館の前に昼飯だ。しかし土地に不案内なのでどうしたものか。適当に街をうろついて「鉄板屋 我んが」の汁なし担々麺というのを食った。麺は旨かったが、うっかり粉山椒をかけすぎたため、ちょっと舌が痺れた。

まずひろしま美術館の「オランダ・ハーグ派展」に行く。19世紀後半にフランス・バルビゾン派の自然主義の影響を受けてオランダで開花した自然主義運動の絵画なのだが、ハーグ派の風景画には、バルビゾン派の自然主義のスタイルに加えて、レンブラント以来の効果的なライティング手法が持ち込まれているのがわかる。さらに、ハーグ派の影響のもとで自分たちのスタイルを築きあげ現代美術への道を開いたゴッホとモンドリアンの作品も展示されている。抽象的な表現主義の絵画で知られるモンドリアンだが、初期には自然主義的な風景画も手掛けている。彼は年を追うごとに少しづつ写実から遠ざかるが、その中間の段階にあると思われる、雲を照らす月の光の効果を表現している夜の風車小屋の絵はすばらしいと思った。

それから、市街地を歩いて県立美術館へ移動。天気がよい。それに、このあたりの市街地は電柱がない。官庁が立ち並ぶビル街でありながら、空中の架線がないので空が広いのだ。それがまた心地良い。県立美術館は縮景園に隣接して建てられている。

「シャガール展」を観る。今回は、オペラ座の天井画や「ダフニスとクロエ」や「火の鳥」などのバレエの衣裳デザインなど、いわゆる「絵画」でない作品が中心だ。それがまたとても面白い。「ダフニスとクロエ」の衣裳は実物をマネキンに着せた展示もあった。土や草の穏やかな中間色を多用するハーグ派の自然主義とは対象的に、シャガールは原色の青と赤を惜しみなく使う。なによりもその鮮やかさが印象的だった。だがなにしろ、「ハーグ派展」と比較してこっちはちょっと人が多い。しかもなにしろシャガール展だから、眼福系美女も少なからず、しまいに俺はいったい何を観に来ているのかわからんという精神状態になった。こりゃいかん。少し早いが退散しよう。

県立美術館から出て少し歩くと、ほどなくJR広島駅に着く。この時点で午後3時ちょっと前。17時15分のフェリーに乗るために16時過ぎには移動するにしても、まだ一時間くらい余裕がある。どこかでコーヒーなりビールなり飲みながら本を読むのもいいが、さすがに人が多く、どこも落ち着かなそうだ。バッケンモーツァルトのお菓子を妻子への土産に買い、そのまま5番の電車に乗って宇品港に移動。売店で缶ビールを買ってベンチに座を占め、『ヴェニスに死す』の続きを読みはじめる。

いまさらここで俺がこの名作を云々するのも烏滸がましいだろうが、仮に俺がこの話を芝居なり映画なりにするとしたら、冒頭にアッシェンバッハが斎場の柱廊に見掛ける異国の男に、かの運命の人タッジオに通じる属性をなにか持たせるように試みるだろう。作品の原題 «Der Tod in Venedig» は直訳すれば「ヴェネツィアにおける死」であり、これを「ヴェニスに死す」としたのは実吉捷郎の名訳である。しかし俺にはこの原題は「ヴェニスの死神」という意味があったのではないかと思えてならない。タッジオがアッシェンバッハに取り憑いた死神だとすれば、冒頭の見知らぬ異国人はその使いあるいは化身とせねばならない。あまりにも姿形の違う二つのキャラクターを一人二役で演じるのは困難かもしれないが、両者はなんらか通底するものとして演出されてしかるべきだとは思う。

うんと早くに港に着いていた俺だが、また転寝をしてしまい、気付いたときには出港15分前だ。急いで切符を買って、フェリーに乗り込む。港に着いたときに「ひょっとしたら」とチラっと思ったのだが、予期に違わず、あの美人母娘が先に乗っていて、席でお弁当を食べていた。ほかにも制服の女子高生とその母親の二人連れを港でも船室でもたくさん見かけたので、あるいは有名女子大の推薦入試でもあったのかもしれない。お母さんは一貫して無頓着な様子であったが、お嬢さんと、傍らを通りかかった俺とは、また眼が会った。今度はさすがに、微笑して会釈を返す程度の厚かましさは持てた。きっかけがあれば話しかけて「制服女子高生渡海の謎・解決編」をやってもらいたいところであるし、昼の5番の電車に乗り合わせた偶然そのものが、両者の事情を突きあわせてみれば、じゅうぶん面白い話題になりえたはずでもある。しかし、こちとらむさ苦しいオッサンのことだから、厚かましさは「微笑して会釈」くらいに留めておこう。(期待した人、ごめん。)

船中では、本日3本めの缶ビールを飲み終え『ヴェニスに死す』を読み終えた。ビールの酔いとフェリーの機関の心地よい振動も手伝って『ヴェニスに死す』第四章---これはある種の美学論でもありプラトンへの注釈でもある---に酔いしれた。たとえばここで読み終えた『トニオ・クレエゲル』と『ヴェニスに死す』をあの美人母娘にプレゼントするような厚かましさは俺にはないが、両者とも、高校生くらいのうちに一度読んでおいてもらいたい本だとは思う。なので、読者のうちで美人のひと、あるいは高校生のひと、あるいは美人が好き、あるいは高校生が好きな人は、「て日々」なんか読んでないで、ぜひこの《実吉捷郎訳岩波文庫版の『トニオ・クレエゲル』と『ヴェニスに死す』》を読んでみてくださいな。

松山観光港には、妻子が迎えに来てくれていた。ありがとう。いや、それにしても眼福な一日だった。


2013年11月15日(金)はれ

先日の「お持ち帰り」発言の是非をめぐって妻と早朝から口論。しかし俺が不用意だったことは認めねばならぬ。妻よ、ごめんなさい。

普通に学校へ出かける子供ら、それにバスで高知へ向かうことになっている妻を、いつもの駅で見送り、自分は反対向きの電車に乗る。松山観光港を朝8時25分出港のフェリーに乗るためだ。呉で下船し、JR呉線に乗る、海田市で山陽線に乗り換えて、お昼ちょっと前に西条に着く。広島大学の代数学セミナーの講演者として招かれているのだ。広島大学を訪ねるのはかれこれ20年ぶりくらいだ。西条駅前のようすも、バスの窓からみる途中の景色も、キャンパスの様子も、ずいぶん様変わりしている。

今回のお招きはツイッターで知りあった のらっちゃん (@nolimbre) のおかげ。さりとて、もちろん俺に代数学を語れるはずもなく、実函数の差分についての古い話をしてお茶を濁す。LaTeXで作ったPDFファイルをiPadに転送しGoodReaderで表示してスクリーンに映写しながら説明し、きっかり60分で話を終えた。が、なんとスケジュールは90分であった。9月にのらっちゃんから今回の講演の打診を受けたときにたしかそのように聞いていたはずなのだが、このテの講演は60分であるという先入主がその記憶を完全に上書きしていた。不覚である。ごめんなさい。

東広島の西条といえば、ダイソーの本拠地でもあるが、伝統的な酒造業で名高い。それで、夕方からは居酒屋で日本酒を堪能する。さらにその後、今春広島大学の大学院を出て中学校の教員になった元ゼミ生のTk8くんがやってきてくれたので、ホテルのロビーでしばし語りあう。本人の口から以前「彼女と別れた」と聞いていたと思ったが、俺の勘違いだったらしい。ごめんなさい。


2013年11月14日(木)はれ

きょうの授業では、教壇の段差を降りた拍子にバランスを崩して転んだ。さいわい背中から上手に転ぶことができたので、さしたるダメージはない。しかしこの歳になって学生さんたちの眼前で転ぶのは恥ずかしい。床に仰向けにひっくり返った状態で、照れ隠しに「ころびましたあ」と大声で叫ぶ。

学科の学生さんらしき人、何人かに、ツイッターでフォローされた。なんとなく「あいつとあいつかな?」と見当はつくが、さしあたり、確認はしない。なにしろ、教員と学生のあいだには絶対的な立場の違いがある。学生さんは俺を好きにフォローしてよいが(というか、してして♪)俺が学生さんをフォローすると、監視しているように思われ、学生さんはフリーズするだろう。ユーザの同定についても同様だ。なので基本フォローしてもらってもほっておくが、相手によってはフォローし返すし、そうでない人も、ときたま発言をチェックさせてもらうことはある。今夜は、ちょっとやりとりした(学生さんらしき)人を俺がためしにフォローしたら、フォローされて嬉しいという意味の発言を(俺宛の @ だったらお世辞とも取れるが、そうじゃないツイートで)していたので、上で言ったような理由でいったんリムーブしかけたけど再フォローさせてもらうことにした。今後ともよろしくお願いします。


2013年11月13日(水)はれ

これまで自分は「特別な存在」であろうと努めてきた。とはいえ、なにかの分野で非凡な業績を挙げるために具体的に努力するということではなく、単に特別であると認めてもらうために奇矯な行動や発言をするという程度のことだったけど。

だが、俺にとって本当に必要だったのは、まったく逆の「普通であるための努力」だったようだ。普通の人と普通に交流することは、人がそれこそ普通にさしたる苦労もなくやっているように見えるだけに、簡単なトリヴィアルなことだと思われがちだが、実は決してそうではない。「普通」は、互いに気遣いあい意思を伝えあう不断の努力に支えられて、はじめて維持される。俺はずっと、その努力をサボっていた。俺は特別であろうとして、自分は特権的な存在だと思いこんで、トリヴィアルなもの、ちいさなもの、弱いものを、そうと知らずに踏みつぶしてきたように思う。気付くのが遅すぎた。だがまだ終わっちゃいないので、遅くてもやりなおそう。普通であることを受け入れる勇気が欲しい。ちいさなものに目を向ける心が欲しい。弱いものの側から考え弱いもののために働ける力が欲しい。


2013年11月12日(火)はれ

講義ではT1,T2,T3の三つの分離公理が任意個数の空間の直積のもとで保たれることを証明した。次に、T4分離公理についてはこのことが成立しないことを指摘。たとえば、ゾルゲンフライ直線はノーマルなのに、二つのゾルゲンフライ直線を直積にした「ゾルゲンフライ平面」はノーマルでない。この例題の前半の「ゾルゲンフライ直線はノーマルだ」という部分の証明を述べた。だから、次回はゾルゲンフライ平面がノーマルでないことの証明をするが、森田紀一『位相空間論』でも寺澤順『トポロジーへの招待』でも、これには「ティーツェの拡張定理」を使っている。

ティーツェの拡張定理:\(X\) をノーマル位相空間,\(A\) を \(X\) の閉部分集合とする.\(f:A\to\mathbb{R}\) は有界連続函数で \(|f|\leq m\) であるものとする.このとき連続函数 \(F:X\to\mathbb{R}\) を \[ F\restriction A=f,\quad |F|\leq m \] となるようにとれる.

ゾルゲンフライ平面 \(\mathbb{S}^2\) は濃度 \(2^{\aleph_0}\) の離散閉部分集合をもつので、仮に \(\mathbb{S}^2\) がノーマルであったなら、ティーツェの拡張定理により、連続函数全体の集合の濃度は \(2^{2^{\aleph_0}}\) 以上となるが、これは可分性と矛盾する、という論法。よく考えてみると、この論法ではティーツェの拡張定理の代わりにウリゾンの補題を使っても同様の議論は可能だ:

ウリゾンの補題:\(X\) をノーマル位相空間,\(A\) と \(B\) を,共通の要素をもたない \(X\) の閉部分集合とする.このとき連続函数 \(F:X\to\mathbb{R}\) を \[ \begin{gather} a\in A\implies F(a)=0,\\ b\in B\implies F(b)=1 \end{gather} \] となるようにとれる.

次回の授業ではウリゾンの補題を紹介してそれを認めたうえでゾルゲンフライ平面 \(\mathbb{S}^2\) がノーマルでないことを証明し、それからウリゾンの補題の証明にとりかかるとしよう。

昔、野倉先生からゾルゲンフライ平面がT4をみたさないことの別証明を教わった。直線 \(y=-x\) 上の有理点全体 \(A\) と無理点全体 \(B\) とが、開集合のペアで分離できない閉集合のペアの具体例になっていうことを直接証明する。詳細がいまちょっと思い出せないが、たしかベールのカテゴリ定理を使うのだ。上に述べた森田本・寺澤本の証明はエンゲルキングの教科書の方法を踏襲しているのだろうけど、背理法であって、具体的にT4の反例となる閉集合のペアが与えられるわけではない。


2013年11月11日(月)はれ

きのうはあれほど眼福だったのだが、きょうはコロッとだめで、道で美人さんとすれ違ってもさほど嬉しい気持ちになれない。こちらの気の持ちようも大きいのだろう。不思議なものだ。来年に向けてピアノの練習も仕切り直し。地味にがんばりましょう。


2013年11月10日(日)くもり

午前中、【娘】は模擬テストなるものへ出かけている。俺は【息子】を連れて公民館まつりに出かけた。町内の人々の手作り工芸品の人気投票をしたり、【息子】にわたあめを買ってやったり。外のテーブルでコーヒーを飲んでいると、たまたま来ていた近所の小学生と目が合った。驚くほどの美少女で、思わずお持ち帰りしたくなったが、実行に移すと、次は自分が警察の人にお持ち帰りされてしまうので断念。

さてさてきょうは学生祭二日め。午後には演習の授業のTAをお願いしている院生のUma2くんがトランペットを吹き同僚のP山さんがドラムを叩くジャズのライブがあるというので出向く。P+B+Tのリズム隊3人にラッパとテナーとボントロ。なかなかどうして本格的なコンボである。P山さんのドラムは普段の彼の佇まいと同じく端正で上品だった。

あとから来た【娘】がキャンパスに着いたというのでライブの会場を辞して出迎える。模擬店をざっと見て回り、科学体験フェスティバルにも寄った。会場をゆきかう女子学生たちがとてもとても綺麗だった。こちらがほろ酔い気分で見ていることも手伝っているのだろうが、これはやっぱり、お祭りのムードが女を(男も)色っぽくするのである。眼福の極み。とても幸せな気分になれた。

人生の美しい時期を生きている学生たちの美しい姿を横目に考えたこと。日頃教室でムスッとしている学生たちが、学祭やサークル活動となるとこんなにも活き活きとしているのを見ると、つい「結論が出ました。学生を不細工にするのは他ならぬ教室であります。」いう考えに傾きかける。とはいえ、もちろん「学祭だぁ? ぼっちの俺にはそんなもん関係ないっつうの。リア充爆発しろ!!」と近所のアパートで膝を抱えている学生さん(男女とも)の存在も忘れてはならない。学祭の会場にもサークル活動にも、その時その場を楽しめる人しか集まらない、ということを当然考慮すべきであろう。だが、学祭を楽しめないその人はその人で、世の中のどこかに自分の居場所を見つける必要はある。学祭でなくてもいい。サークルでなくてもいい。人はみな、文句を言うのをやめてそれぞれ自分が輝ける場所を探すべきだ。

科学フェスティバルの会場では旧知の県職員西崎さんと思わぬ再会ができて嬉しかった。その後、【娘】の望みでジュンク堂書店に行った。マン『トニオ・クレエゲル』の岩波文庫版を買い、子供らのために百人一首を一セット買ってやったら、財布が空っぽになった。おーい。明日から一週間どうやって過ごすんだよ。


2013年11月9日(土)はれ

午前中は小学校の音楽発表会。5年生が歌った歌に「人を許すこと。それができなければまだ半人前」とかいう歌詞があって、その曲には泣かされてしまった。この音楽発表会を見にくるのも、今年でもう6回め。【娘】にとっては最後の発表会である。最初に【娘】がステージに乗った5年前の発表会では幼稚園に入る前の【息子】が「おねえちゃんだけ楽器ずるい」と騒いでステージに駆けよるハプニングもあったが、いまではその【息子】も3年生。【息子】よりも年下の子たちがちゃんとステージに並んで演奏するのを見て、なんだか不思議な感興を覚えた。

学生祭と大学のホームカミングデーに合わせて、午後にはD教授を講師にした数学科の公開講演会を開催。松浦准教授が講演した昨年に引き続き、俺が幹事を担当する。今年は昨年にもまして宣伝がダメだったので学外の人はほとんど来ていないが、会場のキャパシティが小さかったのでそれなりに満員感はあった。準備と片付けを手伝ってくれた910くんと0-1くんに、講演会終了後、一番町のスリーバーチューで唐揚げとビールをご馳走する。


2013年11月8日(金)はれ

昨日の通り雨のおかげでもあろう。とても視界がクリアで綺麗な晴天。こういう日は笑顔でいたいものだ…

朝、姉弟で学校へ出かけたはずなのに【息子】だけ戻ってきて「電車に乗り遅れた」という。もう一本あと(14分後)の電車に乗って、降りてからの道を急げば、始業時刻には間に合うのだが、本人どうも母親に車で送ってもらいたいらしい。まあそういう日もあるが、そう問屋がいつもいつも卸すとは限らんぞ。まだ朝食も食っていなかったが、俺が学校までつきあってやることにする。電車は往復とも美人さんと同乗して眼福人生。

きょうは学生祭前日でその準備のために全学が休講なのだが、俺は来週の金曜日に出張の予定が入っているので、その振り替えでゼミをやった。朝10時20分から、昼休みと午後の短い休憩をはさんで夕方5時まで、ゼミ3連発。ラムゼイ型の独立命題についての詳細な議論を休みなしにこってり2時間半しゃべりまくったM2の910くんと、数学はできるが言葉がダメで有限主義的(finitistic)と有限(finite)を混同し仮定(assumption)と主張(assertion)を混同するM1の近藤くん(仮名)の大学院ゼミが、きょうはとくに体力的にきつかった。この二人はそれぞれのスタイルでとてもタフである。なにしろ、二人の年齢を足してもいまの俺ひとりの年齢に満たないのだ。つきあうのが大変だが、やりがいはある。やりがいはあるが、しかし近藤くん(仮名)もっと辞書を引けよ。

ゼミが終わってから明日のイベントの準備を少しだけして、ピアノのお稽古に行く。来年の発表会の出し物は、ショパンの『幻想即興曲』の6年ぶりの再演か、あるいはもう一曲の1980年代のある映画の音楽(詳細はいずれ)か。ショパンをやるなら、楽譜は案外ちゃんと覚えているので、前回クリアできなかった技術的な課題に再チャレンジし、かつ表現をもっと洗練させることになるだろう。映画音楽のほうはピアノアレンジが少し不満なのでそのあたりも検討しながら練習することになる。レッスン後の雑談で、発表会のあとのうちあげパーティーというのは本当によい企画であった、等々と先生に伝える。遮音カーテンをあけると、次のレッスンの生徒さん(美人)と先生(美人)が待っていた。演奏も雑談も聴かれていたに違いない。わはは。余計なことを言ってなくてよかった…


2013年11月7日(木)はれ

奥村本が改訂されるたびに、作図環境が MetaPost → Asymptote → TikZ と変化していく。今回 TikZ での作図を初めて試みた。作った文書は学生向けお楽しみ問題「X切片とY切片の和が一定という条件をみたす直線を描いていくと、エンベロープと呼ばれる曲線があらわれる。この曲線はどんな曲線だろうか。」というものに添えた図。こんな感じになる:

曲線族とそのエンベロープ
学生さんたちに考えてもらうので
答えを知っている人も黙っててくださいよ

数学科の若手教員たちが「数学お茶会」というのを開催していて、それは何をするのかというと、カリキュラムからはみ出したような、しかし数学として面白い問題に、お茶など飲みつつ気楽にとりくんでもらう機会を、学生さんたちに提供する。そういうことをやると恒久的に問題不足状態ということになるので、教室メンバーが協力して面白げな問題を提供する。いままで好意的静観の態度をとっていた俺も思いついて問題を提供することにした。上に挙げた問題のほかに「サインカーブの接線の全体は平面を覆いつくすだろうか。接線が平面を覆いつくす曲線にはどんな特徴があるだろうか。」という漠然とした問題を提供した。これ、前半はそれほど難しくないが、後半は完全な答えは俺にもわからん。


2013年11月6日(水)くもり

このごろ振替休日や学生祭などで月曜日がたびたび休講になるので、きょうは月曜日時間割の振替授業。第2時限に3年生のセミナーがある。今年度から第2時限は10時20分に始まる。いつもはちゃんとそれを認識しているしiPhoneのアラームも鳴るようにセットしているのだが、きょうのようなイレギュラーな日はだめだ。なぜか10時40分開始と勘違いしていた。10時28分に間違いに気付いて、あわてて研究室から飛び出した。教室は工学部講義棟。仮住まいの職員会館の研究室からは徒歩で7分かかる。走っていくが、南加記念ホールのあたりで力尽きて走れなくなった。身体を引き摺るように教室に到着すると、ゼミ生たちはすでに自分たちだけでゼミを始めていた。いや面目ない。

無理をして走ったもんで息が上がり、喘息が出てしまった。おかげで一日、ろくな声が出ない。普段の運動不足が祟っているわけだが、しかし去年まで、いや、半年前までの俺だったら、ここで「走っていく」なんて思いもよらなかっただろう。このごろの俺は少し変なのだ。


2013年11月5日(火)はれ

昼休みの終わりごろ、講義のために教室へ向かっていると、生協店舗前の広場でジャズバンドの生演奏をやっていた。ベース・ドラム・キーボードのリズム隊3点セットにテナーが2本。周囲にはちょっとした人だかりができていた。曲はよく知らないけどなんかフォービートで、のんびりした感じのテーマ。テナーサックス2本のユニゾンは、ソロとは全然違ったサウンドになることを再認識。ああ。やっぱり音楽は生がいい。

理学部にずっといると気付かないが、バンドが昼休みにキャンパスで演奏するというのは時々あるようだ。大学というのは、そういうことが起こる場所であってほしい、正統的なものも怪しげなものも一緒くたになった「文化のるつぼ」であってほしいと、俺は若いころからずっと思っている。大学生の時期が人生のなかでも特権的に楽しい時期である/あるべきだという認識は昔も今も多くの学生さんたちに共有されているだろう。俺はそれに加えて、大学のキャンパスというのが、楽しいことの起こる場所であるべきだと思っている。

さてそんなことを思いながら講義に向かう。直積位相の話。先週、有限個の空間の直積の話をした。きょうは一般濃度の直積位相の定義。ほとんど全部定義の説明だけで終わってしまった。講義を終えて研究室に戻ると、同室の3人がそれぞれに出張に出かけて、大部屋に俺ひとりである。これは寂しい。なんとかしてくれー。


2013年11月4日(月) 振替休日くもり

午後、音楽教室の発表会。

俺の今年の出し物はショパンの夜想曲嬰ハ短調遺作。自分で決めた出し物だが、練習を繰り返しても、気持ちがもう一つ入らなかった。同じショパンの夜想曲でも、有名な変ホ長調のセレナード風の曲では恋人たちが語りあいながら月夜の公園を逍遥する情景が浮んできてノッて弾けたのだが。嬰ハ短調の夜想曲は、人に言えない悩みをかかえて眠れぬ夜を過ごす、まさに「夜の想いの曲」である。だけど、悩みをかかえて眠れぬ夜を過ごすなんてのは、俺にとっては、現実だけでもう沢山だ。

そんなわけで、練習中、あんまり気が乗らなかった。だが、いつも思うことだが、本番の演奏の終わりは、とりもなおさず、その曲と共に過ごす時間の終わりなのだ。しかも、この曲の場合、再演する気になることはなさそうだ。つまり、一生の別れである。となると、本番の演奏は「縁あって半年ばかりつきあった女との、別れ話」のようなものである。話が合わん、暮しのセンスが合わん、一緒にいてもお互いのためにならんから別れて正解、という相手であっても、縁あって共に時を過ごした相手との別れに際して、なんらかの感慨は起こって当然。午前中に最後の悪あがきで通し練習を繰り返しながら「今日でお別れだと思うと、お前のこともなんだか愛おしくなってくるよ」と曲に向って語りかけるような気持ちになった。

で、開演時間に合わせて会場に行く。いつも思うのだが、客席で他の出演者の演奏を聴きながら順番を待つのはかなりつらい。ものすごく緊張する。舞台袖で出番を待つのだって、それはそれで緊張するのだが、何かが決定的に違うとは、以前から思っていた。それで、今回はO野先生と相談の上で、出番の20分ほど前には客席からステージ上手の通路に移動して出番を待ち、舞台袖から出入りすることにさせてもらった。

今回はヴァイオリンやチェロの人が多く、その人たちは客席で出番を待つことはない。ステージの横の通路に衝立を立てて作った仮設の楽屋で、楽器の用意をしながら順番を待っている。俺はピアノを弾くわけだが、そちらへ回って、ストレッチ運動をしたり深呼吸をしたりして、緊張をほぐそうと試みた。

思うに、客席で出番を待つというのは、先の出番で演奏する人の緊張しきった姿を見つつ、自分は客席にいわば縛りつけられて身動きを禁じられているという状態なのだ。体操は言うまでもなく、深呼吸も下手にはできず、おしゃべりもできない。そりゃあ余計に緊張がつのるというものだ。通路の奥の仮設の楽屋でも、俺の前に弾くチェロの女性がえらく緊張していたから「いや大丈夫ですから落ち着いてください」と声をかけ、しばし会話する。笑顔で言葉を交わすのは、リラックスするのに非常に効果があるはずだ。昔から俺は演奏会当日だけはテンション高くよく喋るのだ。今回もいろいろな人と話をして、少なくとも俺のほうには効果があった。相手にも多少なりとも助けになったと思いたい。

自分の番が来る。ステージに出る。椅子の位置を直し、少々行儀は悪いがペダルの踏み心地をぐいぐいと確かめる。昨年もその前もペダルで失敗しているので、今年は普段履き慣れないフォーマルな黒革靴ではなく、先日ダイキで買ったビニールの安いヒールの低い靴を履いてきたのだ。そのあと一礼して着座して、しばらく楽譜を眺める。「お前ともこれでいよいよお別れだ。さあ始めよう。」午前中に10回くらい通し練習をしたのがよかったのだろう。ところどころ変なところがあったけれども、大きな事故もなく弾くことができた。不思議なことに、途中からはもう失敗する気がしなくなったので、拙いながらも強弱緩急を自分なりに大胆に表現した。いや、自分がこんな風に演奏できるとは思わなかった。あきらかに実力以上のことをやってしまっていたと思う。まあ客観的にどうだったか、そんなことはわからないが、弾き終わったときはすでに、手前勝手に嬉しい気持でいっぱいだった。

ふたたびステージ上手のドアから退出して、ロビーの椅子に座る。やはり緊張していたので、いまさら足がガクガクして身体に力が入らない。しばし放心していると、上品な御婦人に「素敵でしたよ」と声をかけていただいた。うわあ。ありがたいことだ。だがこちとら放心状態であるから「ありがとうございますぅ」と妙なイントネーションで挨拶するのが精一杯だった。ごめんなさい。その御婦人は発表会の終わり近くにベートーベン『月光』の終楽章をすばらしいテクニックで弾いておられた。いや、怖れ入ります。

例年なら終演後はみんなで集合写真を撮ってお開きなのだが、今年は初めての試みとして「うちあげパーティー」がある。会場はおなじみ、花園町のカフェ・カバレ。さすがに全員参加というわけにはいかなかったけれども、出演者の半数くらいと、大半の先生と、教室の運営をしてくれている楽器店スタッフも参加して交流した。基本的に個人レッスンが主の音楽教室では、発表会があってもそれだけでは横のつながりを作りにくいものだから、パーティーは本当にいい企画だと思う。カフェのスタッフも教室の先生がたもみんな美人揃いで、それもすばらしかった。いやあ眼福眼福。


2013年11月3日(日) 文化の日あめ

家族でフジグラン松山へ行く。本来の目的は【娘】に持たせるスケジュール帳を選ぶことだ。だが、フジグランに行けば【娘】はTSUTAYAで本を見たい。【息子】はNintendo DSのデモ機で遊びたい。妻は別館の市民サービスセンターに住民票を取りに行きたい。俺は今日に限ってフジグランにさほど用はないが、宮西のブックオフで見掛けた本を買いに足を伸ばしたい。結局、【娘】と【息子】にそれぞれ本を買ってやったりもしたが、とにかく足並みが揃わんこと夥しい。子供が成長すると、幼児のときのようにずっとそばにいないと心配ということはなくなるが、別の種類の苦労はする。その後、冷蔵庫のドアポケットの割れた部品の代替品を受けとりにエディオンに行き、さらにドラッグストア・コスモスで食材と酒を買って帰宅。


2013年11月2日(土)くもり

妻に現金を借りて、最近刊行された奥村晴彦・黒木裕介著『改訂第6版LaTeX2ε美文書作成入門』(技術評論社) を書いに、ジュンク堂書店へ行った。帰り道、駅に行くと塾を終えた【娘】が本を読みながら電車を待っていた。うちにいると嵩張る【娘】だが、街で見かけると、やっぱり小さい。客観的には小柄な小学生なのである。


2013年11月1日(金)はれ

昨晩から【息子】が高熱を出してダウンしている。医者で診てもらったがインフルエンザではない。鼻水は出るが咳やくしゃみは出ないので、どうも原因がはっきりしない。ひょっとして、社会性の発達が心配な【息子】が 一昨日大張り切りで友達と遊んだ経験が知恵熱を出させたのかもしれない。そういえばM1の0-1くんも熱を押してきて、こちらの心配をよそに「もうすぐ第1章が終わるんです」とがんばってゼミをやっていった。見上げた根性だが、インフルエンザじゃあるまいな?