て日々

2013年8月


2013年8月31日(土)あめ

午前中、【息子】と二人で近所の温泉に行った。午後はほぼ一日中家にいて、ヒルベルト流演繹体系と自然演繹NKとの同等性の証明を書いた。これはヒルベルト流の体系に関する演繹定理の証明を含む。演繹についてはこれくらい書いておけばさすがにいいだろう。次に等号の扱いを書こう。

演繹についてはそれでいいが、考えてみればまだ構文論のところを書いていなかったし、そもそもいまの構想では、構造と解釈の話がどうしても手薄になってしまうきらいがある。とはいえ、セミナー当日まであと2週間しかないので、計算論がらみのもっと大事な部分を先に片付けないといけない。

いや、【息子】を風呂屋に連れていったのは日曜の朝の話だった。


2013年8月30日(金)あめ

午後から天気が崩れ、雷は鳴るわ大粒の雨は降るわの荒れ模様になった。夕方からはピアノのレッスンに行ったが、その頃すでに郊外電車は落雷の影響でストップしていたらしい。レッスンが終わって帰るころには電車は動きだしてはいたがダイヤが乱れているとかで、松山市駅の改札前で駅員さんがメガホンを持って案内していた。まあ、しばらく様子をみるか。こんな時こそ先日行った 立ち飲みワインとピザの店BAL に行こう。と思ったが、こういうときには誰しも同じことを考えるものと見えて、カウンターだけの小さな店は満席(いや立ち飲みバーだから席というほどのものはないのだが)である。まあいいや、その隣の 珈琲館 に行こう。

珈琲館で小一時間、書きかけのヒルベルト流演繹体系についての講義ノートの続きを考える。炭火珈琲はまあまあ美味かったし、お客さんが少なくて店内は静かだったし、ウェイトレスのおねえさんは美人だった。おかげで、まあそれなりに、計算も捗った。電車はダイヤが乱れていてもバスは普通に走っているはずで、たしか20時ちょうどに出るバスがあったはず。時計を見れば19時50分。さてそろそろ帰ろうと地上に出て、バス停へ向かう。たしかに意中のバスがそこに停まっているのが見える。うむうむ。うい奴じゃ。苦しゅうない。余が乗ってつかわすからそこで待っておれ、と歩み寄るうち、あと10メートルほどのところでバスは にゃにゃーっと走り去ってしまった。なんと、20時ちょうどとは俺の勘違いで、発車時刻は19時55分だった。

次のバスは20時40分である。もうこうなったら歩いて帰ってやる、と意を決して、三番町ローソンあたりまで歩いたころ、済美高校前交差点の踏切を電車が通過していった。時計を見れば20時1分。ほぼ時刻表どおりの運行だ。バスを逃した時点で駅へ引き返していれば、あの電車に乗れたわけだ。いちいち裏目に出る。まあ、そんな日もあるわ。いよいよ仕方がない。急ぎの用があるでもないし、さいわい雨も止んでいるし、途中のドラッグストアで買いものしたりしながら、のんびり歩いて帰った。歩きながら、思い込みが激しくちょっとのことですぐに視野を狭く限ってしまう自分の考え方の癖を反省した。


2013年8月29日(木)くもり

写真は、義経ファンの娘が描いた絵。わが妻みろりのヘタ絵の味を継承しながらも、こういうのを描かせると妙にうまい。

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(フルサイズ画像にリンクしています)


2013年8月28日(水)はれ

いままであまり論理学プロパーな話題にコミットすることがなかったから知らなかったが、LaTeXで証明図なるものを書くには、あのサミュエル・バスさんが開発した bussproofs.sty なるパッケージを利用するのがいいようだ。

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俺でもすぐにこんなのが書けるようになった

最初は「なんじゃこりゃメンドクサイなあ」と思いながら使っていたが、慣れてくると紙にいちいち証明図を書きおこさなくても直観的にコードできるようになる。さすがによく考えてある。ありがたい。

サミュエル・バスさんは、有界算術 (bounded arithmetic) という弱い算術体系の証明論的な分析を通じて、悪名高い P vs NP 問題をはじめとする計算量の理論にアプローチしようという研究を始めた人。俺が修士課程の学生だったころに名古屋の基礎論グループのボスであった故柘植利之先生が主催したカンファレンスのゲストとして来日なさった折に、俺も一度お目にかかっている。といっても、先方は俺のことなど覚えてもいるまい。あのカンファレンスは、柘植先生が持ち前の政治力とコネクションをいかんなく駆使して世界中の主なロジシャンをみんな招待してしまったもので、もうデイヴィスは来るわキースラーは来るわサックスは来るわ、マーティンは来るわウディンは来るわ、竹内外史先生もカナモリさんもケクリスもスレイマンも来るわ、まさに夢の豪華キャストだったのだが、当時ようやく修士論文の構想を練りはじめたばかりの俺には、要するに猫に小判だった。もちろん、猫に小判という残念な状態であるのは、猫であるこちらの責任であって、なにも小判が悪いわけではない。

まあそんなわけで、夜は市民コンサートの機関誌作業。Microsoft Wordという、便利なのか不便なのかわからん親切なのか気が利かないのかわからんソフトウェアと格闘する。TeXシステムとは、ある意味両極端。


2013年8月27日(火)はれ

朝から研究室の引越し。荷物の搬入搬出は午前中に済み、午後はネットワークの設定などなどの作業。ゼミのテキストなどはすぐに出して棚に並べたが、それ以外の本は必要に迫られない限りできるだけ箱詰めしたままにしておきたい。なにせ手狭な仮オフィスだからね。まあ、これから半年間はダンボール箱に囲まれて過ごすことにしましょう。キャンパスのはずれの建物で、あまり人通りはないし、部屋の窓からは中庭の緑が見える。環境は悪くない。

MacBook Pro の ACアダプタも届いてひと安心。がんばりましょう。


2013年8月26日(月)あめ

研究室の引っ越しを明日に控えて最終的な荷造り作業。捨てるか持っていくか、ギリギリまで迷っていたようなものは、結局は最後に捨てる側に放り込まれる運命なのだった。同じフロアの住人のうち、俺とワニさんだけが明日の搬出なのだが、D教授、N元教授、M准教授の部屋は、きょうのうちに運び出しが済んでしまう。夕方俺が退出する頃には、フロアがなんだかゴーストタウンみたいになった。

ある遠方の友達から先週木曜日の消印で、上高地に行ってきましたと絵葉書が届いた。返事を送るすべとてないので、代わりにここに書く。読んでくれているみたいだから。

ありんこさま。絵葉書をありがとうございました。オフィスの引っ越しを控えてバタバタしていますが、こんなことでもないと研究室を片付けないので、貴重な機会だと思っています。なにせ22年前の着任時からずっとこの部屋に居住していますので、あなたが生まれる前から溜まっていた古い資料などなどもあってびっくりです。ご存知かもしれませんが先日 のうこ と みやたにさん と 3人で宮島に観光に行ってきました。その3日前には娘を鞍馬寺に連れて行ったあと山陽の瀬戸内海沿岸を電車で山口まで行きました。そんな関連で、このほど岩波文庫版『平家物語』を読み始めました。原文だけではとても理解できませんが、この版は注がたくさんついているのでわかりやすいです。上高地は涼しそうで羨ましいです。俺もどこか涼しいところにリゾートしたいところですが、今年の夏休みに限っていろいろなことが一度にやってきて大変です。そんなこんなで、まあ、わたくしたちはみんな暑い中でもどうにか元気に過ごしています。残暑が厳しいのでくれぐれもご自愛なさって下さい。ではでは。


2013年8月25日(日)あめ

日中は妻がいつものアルバイトに行っている。天気がよくないので俺と子供らはお出かけもせず。

《数 y が形式的証明(の数値表現)である》ということが原始再帰的述語であることの証明を iPad の Good Notes に手書きしていた。論理をヒルベルト流でやることにしたので、推論規則は必要最小限。そのかわり「公理(の数値表現)であること」が原始再帰的述語であるという検証がやっかいだ。とはいえ、いろいろの概念をきちんと把握して、ゆっくり見ていけば、手数こそかかっても、さほど困難なく理解できるはず。

夕食には生姜焼きを作ったが、生姜の香りがいまひとつ効かず、少々ぼやけた味になってしまった。生姜の種類のせいか、あるいは生姜なんてものにも季節があるのか、よくわからないが残念。


2013年8月24日(土)あめ

講義ノートづくりを再開したいがあいにく MacBook Pro はACアダプタが壊れていて充電できないから、おいそれとは使えない。かといってWindows環境では作業がやりにくいし、作業する場所も研究室に限られるし、そもそもその研究室が引っ越し間近で、そろそろデスクトップPCは梱包せにゃならん。代わりにDebianをインストールした古いThinkPad X40を使う。8年前のマシンなので少々苦しいが、ちゃんと使える。大したもんだ。シェルとTeXのソースを入力するgeditとPDF出力をプレビューするDocumentViewerをそれぞれ別のワークスペースに表示させて使ってみたら、WindowsのコマンドプロンプトとEmEditとAdobe Readerの組み合わせに比較して、ThinkPadの小さな画面でもかえって快適なくらい。


2013年8月23日(金)はれ

朝飯。ロールパンにスライスチーズとパストラミビーフ。それに一昨日黒幕にもらったレタスを挟む。普段は飲まない牛乳を採用。コップがバリィさんカップなのは見逃してくれ。

朝食

きょうも一日、研究室で荷造りをする。夜、妻子がようやく戻ってきて、騒々しくも幸せな日常に復帰。


2013年8月22日(木)はれ

朝食に、うどんを茹で、刻んだハムと昨日もらったレタスを乗せて、イタリアンドレッシングをかけて食った。それなりにうまかった。

バリィさんのお酒
山丹正宗バリィさんカップ

昨晩と今晩はこの酒を飲む。このカップは子供が喜ぶかもしれん。中身は口当たりよく飲みやすい。


2013年8月21日(水)はれ

岩波文庫版『平家物語』(二)を読了。巻六まで読んだことになる。

古代中世には、伊予国のいまでいう東予を「道前」中予を「道後」南予を「宇和」と読んでいたとの記述が岩波文庫版『平家物語』(ニ)「巻五飛脚到来の段」の注記にみえる。なるほど「道後」は「松山」よりも古く広い呼称なわけだ。ふむふむ。本を読めば得るものがあるなあ。

他にも、愛媛県のこのあたりの、オチとかノマとかアマヤマという地名は少なくとも奈良時代にまで遡り、伊予国風土記にあったらしいことが知られている。地名というのは面白いものだ。

夜は市民コンサートの機関誌作業に行く。黒幕のキヨミさんにレタスをいただいた。


2013年8月20日(火)はれ

日中、とてもいい天気だった。久しぶりに「しらゆき」を洗ってあげた。

干されるしらゆき
靴下やなんやかやと一緒に干されるしらゆき

この数日、ちっとも作業が進んでいない気がして憂鬱だったが、きょうの夕方ごろになって気づいてみるとだいぶ引っ越し準備が進んでいる。捨てるものは捨てるもので一箇所に集めたし、たいていの本や書類がダンボールに収まった。

ところがそうなってしまってから、MacBook Pro の AC アダプタがおシャカになってしまった。まあ扱いが粗かったから仕方がない。備品のこととて、大学生協の担当の人に頼んで取り寄せてもらうことにしよう。ただ、夜なのですでに店舗は閉まっているし、メールしようにも連絡先のわかりそうな書類や名刺はすでにダンボールの中だ。うわっこれは困ったぞと、一瞬パニックになりかけたが、落ち着いて考えれば、あす改めて店舗に出向けばいいだけのことである。


2013年8月19日(月)はれ

とにかく研究室の片付けをする。書類棚から自分の修士論文が出てきた。もちろん、自分が大事にとっておいたんだから出てくるのに不思議はないのだけど。

修士論文
せっかくだからいちばん見映えのしそうなところだけ晒す

俺が修士論文を書いたのは昭和63年の12月。使ったパソコンは大学の計算機室にあったPC-9801RAだったか、当時出たばかりの386マシンだった。「リアス式エディター」の異名をとった RED++ で編集して、ASCIIから出ていた日本語TeXで組版。図版だけはMacintosh IIfx上のMacDrawで作りImageWriterでプリントアウトしたものを切り貼りした。確かあの研究科では初めての、日本語TeXで組版された修士論文だったはずだ。内容は hyperdegree と countable admissible ordinal と Cohen real の三題噺みたいなものだが、まあ、どうということはない。

それにしても、もうかれこれ24年。ずいぶん前の話だなあ。俺はその頃、いまの半分の年齢だったわけだ。で、いまの俺。人間的にも学問的にも、少しも進歩していない。あのころと比較して、エネルギーが散逸して気力が薄くなっただけみたいだ。あーあ。


2013年8月18日(日)はれ

昨日に引き続き大学で引越し準備。引越し作業をしながらも後期の授業の心配もしないといけない。卒業研究ゼミのテキストである前原昭二『数学基礎論入門』(朝倉書店)を他の本と一緒に段ボールに入れてしまったかと思い込んであせったが、よく探せば作業中のテーブルの上の荷物に紛れているのがちゃんと見つかった。ああよかった。後期に半年間だけ三回生ゼミというのをやるのだが、そのテキストはこちらが提示した候補の中から学生さんたちに選ばせようと思っている。とすると、9月の終わり頃にはその本がすぐに取り出せる状態になっていないといけない。講義の指定テキストなんかもそうで、来週の引っ越しのあとすぐにでも取り出して授業の準備をしないといけない。

いっぽう、さして広くない仮オフィスで蔵書を全部陳列するというのはまったく現実的でなくて、「どうしてもあれが必要」とならない限り箱から出さない本もあるわけだ。だから、ある程度は利用頻度に合わせて詰める箱を変えないと困ったことになる。


2013年8月17日(土)はれ

所用があって大学へ行く。火曜日にあった用件の続きなので、同じ日にできないならせめて翌日にやりたいところなのだが、16日までは特に事情がないなら大学に来てくれるなと言われているし、同僚にはお盆に子供を親元へ連れ帰りたい人だって当然いるのだから、まあ仕方ない。午後の1時からの一時間ほどでその用が済んだあとは、研究室の片づけだ。引っ越しに備えて、古紙を紐でしばり、ペットボトルを袋に入れ、本を段ボールにどんどん詰めていく。夜の8時過ぎまでそれをやって、大学近くのなか卯で夕食をとって徒歩で帰宅。

昨日街に出たついでに岩波文庫版「平家物語」を買った。きょうは(一)の巻一から巻三までを読んだ。見開きの右ページが本文、左ページがすべて注釈である。この注釈のおかげで、原文をいとやすう読みうるこそ有難けれ。あ、いかん言葉が伝染した。いや、話の前半には清盛が政権を握るまでの紆余曲折がもっと描かれるのかと思っていたら全然そういうことはなく、あっという間に政権につくや否やたちまち横暴を始めたので、ちょっと拍子抜けした。


2013年8月16日(金)はれ

二日連続で家でくすぶっていても仕方がないので、用もないのに街へ出かける。湊町の円光寺は浄土真宗の寺で、昼間は庭を子供の遊び場、銀天街を通る人の休憩所として開放してくれている。ありがたいことだ。写真は円光寺の黒猫。

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縁側でのんびりしている

だらだらしている
安心しきっているのか、人に腹を見せる
どうも、訪れる人に、
阿弥陀如来さまにすべてをお任せするとはどういうことか、
身をもって教えてくれる係であるらしい。

でも、眼光は鋭い

のんびり暮らして、人を煩わさず、満ち足りていて、人に媚びず、ときに縁台の下から世の中へ鋭い眼差しを投げかける。なんというか、こいつを羨ましいと思う人、こういうキャラクターでありたいと願う人は多そうだ。

昼食は炎やラーメン。夕食は自分で作る。ゴーヤと豚肉の味噌炒め、もやしの和え物。


2013年8月15日(木)はれ

家でボケボケして過ごす。大学までお盆休みになってしまったのだから仕方がない。家族もいない仕事もないというのは、気楽なようで大変寂しい。家族は騒々しいし仕事は煩わしいのだけど、生きている以上それは仕方がないことなのである。両者から解放されたら極楽かというと、そうでもないのだ。

いや、本当は、仕事から解放されてなどいないのである。やるべきことはいっぱいあるのだが。


2013年8月14日(水)はれ

朝5時に起きて昨晩予約しておいたタクシーに乗って松山観光港へ。6時25分出港のフェリーに乗って広島に来た。のらんぶる (@nolimbre) と のうこ (@noukoknows) に会うためだ。日曜日にJRに乗ってこのあたりを素通りした ばかりなので、なんだか妙な気分である。先週から、京阪神から瀬戸内沿岸にかけてをぐるぐる回っていることになる。

フェリー:松山観光港にて
松山観光港にて、朝6時10分ごろ。搭乗開始前。

のうこを原爆ドームに案内したあと、広電を乗り継いで、主な目的地である宮島に行く。厳島神社に御参りし、宝物殿を見て、名物あなご飯を食う。

音に名高い宮島の大鳥居
なるほどこれは絶景である

厳島神社の鎮座は推古帝の時代にまで遡ると伝えられる。われらが大三島の大山祇神社もそのくらい(こちらは楠木の樹齢などから推理できる)であるから、きっとそのとおりなのだろう。厳島神社は弥山を中心に島全体を御神体として崇敬し、大山祇神社は鷲頭山を御神体とするという共通点もある。距離的にも大きくは離れていない。古来両者は同一の文化圏にあったと推測してあながち間違いではあるまい。

電車も汽船もない古代、神と崇められていた島は、明け暮れこれを対岸から眺める者にどんな畏敬の念を起こさせただろうか。あるいは、平安末期、平家の信仰を集めて荘厳された厳島神社の威容を海上から眺めるのは、どんなに素晴しい体験でありえただろうか。

しかしここは今では国内有数の観光地。それも天気のよいお盆休みとて、なにしろ人でいっぱい。もちろん俺たちだってワッセワッセと詰めかける観光客の仲間にすぎないから、観光客らしく、美人に目を奪われたり、鹿にたこせんべいを奪われそうになったりする。そして、そのあいまに、遠い古代の空と海に思いを馳せるくらいで、ちょうどバランスがいいのだろうと思う。それにしても、観光パンフレットや美術書に出てくる人っ子ひとりいない清浄静謐な佇まいの厳島神社の写真というのは、いったい、いつどうやって撮影したのだろう。

宮島の鹿
牡鹿。角が立派だ

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宮島ビール
ドゥンケル風に 少し甘く濃い味わい
(作っているのは新潟の工場だというのは内緒だ)

アーケードのぷよぷよ
アーケード版ぷよぷよ、しかも初代

15時半ごろに広島駅に戻り、17時15分出港のフェリーで松山へ戻る。帰りの船の後甲板に並んだ古いゲーム機3台のうち一つが初代「ぷよぷよ」だったので、2クレジット(つまり200円)を投じて楽しませてもらった。

宮島は大にぎわいの人だらけだったが、松山からの行き帰りのフェリーはそれほどの混雑でもなく、気楽な日帰り旅行を楽しむことができた。突然割り込んだ俺を快く受け入れてご相伴させてくれたことをのらんぶるとのうこに感謝したい。ふたりとも今度は松山に来ておくれ〜。

のらんぶるの安定した高度なダジャレ力を間近に見て改めて感服。いや、ダジャレに限らず彼は言葉というもの全般に対して広く深く関心をもっているのだけどね。そして、のうこがダジャレ力を上げてきていることにも感心した。

遊んでばかりいたと思われるのもくやしいので書くけど、行き帰りのフェリーではHRTの第III章3節の演習問題を考えていた。数日前からゆき詰まっていたものだが、船中でていねいに考えなおしたおかげで、帰宅後に解くことができた。ペースが落ちてきた時こそ、シブトさが必要。あきらめずに考え続けることが大事 という教訓を得た。第III章の演習問題3.10を解くために第I章の補題4.3の証明をきちんと復習する必要があった。この部分はたしかにノートを取りながら読んだのだが、そのとき「この函数は唐突に出てきた感があるなあ」と思いながら突っ込んで考えていなかった函数の挙動が、この問題の鍵だった。読み込みが足りなかったせいで即座に応用が効かなかったわけで、けっきょくこの補題の証明全体を再読せにゃならんことになった。細部のチェックをサボって時間が節約できたと思ってはいけない というのが、もう一つの教訓。もっとも、最初に読んだときに詳細をきちんとたどっておけば今回その問題がすぐに解けたかどうかは不明。それはまた別問題。


2013年8月13日(火)はれ

すこしだけ仕事をして、それから研究室の引っ越しに備えて本の整理を始める。20日までに戸棚を空にしておけというお達しが出たから大変だ。しかし箱詰めしてみると、研究費で買って図書館蔵書扱いになっている本は案外少なかった。問題は私費で買った本のほうだ。分量でいえば研究費で買った本の倍どころでなくある。いやほんと。読めもしないのに買うものではない。まあ、整理してすっきりさせるよい機会が与えられたと感謝することにしよう。


2013年8月12日(月)はれ

朝のうちに柳井からフェリーで松山に戻る。午後から仕事があるのだ。あまり時間がないので三津の港からタクシーで自宅に帰り、とにかくも旅行中の汚れものを洗濯機にかける。大学に行く前に最寄り駅で い〜カード にお金をチャージしようとしたら、カードリーダーが反応しない。やれやれ。また壊れたらしい。あとで松山市駅の窓口で交換してもらうことにして現金で切符を買う。昼食は大学で弁当を買って食う。まだ旅行中のような慌ただしい気分である。

大阪在住で先日から仙台に帰省中のはずの のうこ (@noukoknows) が呉まで来ているらしい。医学科5年生としてはそろそろ研修の病院を決めなければならず、先輩の伝手を頼って、あすは病院訪問だそうだ。あさっては広島でのらんぶる (@nolimbre) に会うというので、もしよかったらとご相伴させてもらうことにした。

松山市駅でい〜カードを交換してもらったあと、いい機会なので まつちかタウン に最近できた 立ち飲みワインとピザの店BAL に寄る。これ、前から気になっていたところ。

「立ち飲み」というだけあって、椅子ではなくサドルをつけた杖のようなものに腰を預けて飲み食いする。姿勢が安定しないので気をつけていないといけないのだが、おかげでお行儀の悪いことはできないし、軽い緊張があるぶん飲みすぎない。手頃な価格でおいしいワインとピザが味わえる。店番のお姉ちゃんも気さくで面白い人だし、仕事帰りらしき他のお客さんたちとの話もはずんで、楽しい時間を過ごせた。これはいい。また来ることにしよう。


2013年8月11日(日)はれ

昼食にすだちおろしうどんを作る。ただし、真夏の京都で本物のすだちが手に入るわけもないので、瓶詰めの果汁を使う。俺がうどんを茹でて冷水でしめ、子供たちに大根をおろさせ、すだち果汁と醤油をかけるだけの簡単な料理。副菜には、茹でてけずり節をかけたオクラ。

昼食後、荷物をまとめて実家を出発。娘を連れて山口県下の妻の実家へ移動するのだ。昨日の新大阪駅の混雑を見ているだけに戦々恐々としていたのだが、さいわい、新幹線は新大阪から広島まで指定席が取れた。ただし喫煙席である。座れるだけありがたいので喫われるほうは我慢する。

広島から在来線に乗り換えるのだが、広島駅が思いのほかの大混雑。まあ広島と言えば大都市であるから混雑するに不思議はないが、下り線ホームの乗車位置に長い列ができていて、お巡りさんまで控えている。「なんかお祭りでもありますのん」とお巡りさんに聞いてみたら、名高い「宮島の花火大会」だそうだ。なるほどそりゃ大変だ。俺たちは花火大会に用はなく、宮島を越えて柳井まで行きたいのだが、他に方法はないので花火大会のお客さんに混じって岩国行きの電車に乗って行く。平日朝の山手線みたいな混雑だ。ただまあ、言ってみれば「浴衣美人の詰めあわせセット」の中に放り込まれたようなものだから、通勤電車の不快さはない。確かに宮島口で電車はいっぺんにすいて、座ることができた。あらためて窓の外の、波のない瀬戸内の海を見る。平家物語の舞台になった海を眺めながら、あとはいたって平穏無事に岩国で乗り換え、いつもは妻の運転で自動車で通る大畠の瀬戸を通って柳井に着く。

柳井駅の階段の上り下りで、改めて両脚のふくらはぎの筋肉痛を自覚する。昨日の立ち番プラス鞍馬寺拝観の影響がいまになって出た。歩くのが大変なくらいなので、妻に頼んで薬屋に寄ってもらってサロンパスを買う。妻の実家では義父が牛肉のたたきを作って歓迎してくれた。手土産に水茄子の漬物と壬生菜の漬物と伏見の酒を持ってきた。買ったのは新大阪駅の売店だが、どれも京都の名産であり、とくに水茄子は夏場にしか出回らないちょっとした珍品だ。水茄子の漬物を肴に飲んだ伏見の酒(銘柄失念)は、ほどよく甘くて僅かに炭酸が出ている口当りのよいものだった。


2013年8月10日(土)はれ

さて一夜あけて、きょうはまず新大阪駅で娘を出迎えにゃならん。朝9時前に宿を出るが、さて、大阪駅構内のカフェはどこも満員だ。梅田では朝食を食う場所に事欠いて、新大阪駅に行ってから、キヨスクでサンドイッチを買って立ったまま食う。娘の到着は10時20分ごろで、それまでこの調子で待っていないといけない。お盆前の移動の、きょうがピークなのだろう。新幹線・在来線乗り換え口付近は相当な混雑だ。人が多く暑くうるさい通路で1時間半立ったままで待つ。冷静に考えれば、京都まで買った切符が無駄になるのはやむを得ないとあきらめて一度改札を出て、どこかのちゃんとした店で座って朝飯など食い、本など読みながら時間をつぶしていればよかったのだ。やはり頭が働いていない。

小学6年生の娘にとっては、新岩国から新大阪まで山陽新幹線でのこの移動が、いわば初めての一人旅である。電車に乗っている間は黙って本を読んでいればいいが、新大阪に降り立ったあと、慣れない土地の人混みの中で指定された待ち合わせ場所へ行かねばならない。本人よりもこっちが不安になる。電話で「のりかえ口ってどこぉー」なんて言ってくる娘に指示を出し、なんとか合流。在来線で京都へ向かう。こういうとき、みんな新快速に乗りたがるが、長時間立っていた俺は普通列車で座っていくことにする。電車を待つ間に飲もうとキヨスクで缶ビールを買ったら飲み終える前に電車が来てしまう。そりゃあ我々だって、電車が来ると思えばこそホームで待っているわけだが、同じ来るにしても、俺が缶ビールの栓をあける前、あるいはそもそも買う前、そうでなければ飲み終えてから来てほしいところだ。まあ、えてしてこういうタイミングになる。イッキ飲みするわけにもいかないので缶を持って乗る。かっこ悪い。電車がすいていたのがまだしも幸いだった。

正午ごろに実家に到着。母に昼食の焼きそばを出してもらう。それを食ってひと休みしたら、また娘と二人で出掛ける。娘が今回京都に来たがった理由は、牛若丸・源義経ゆかりの史跡を訪ねるためだからな。妙心寺前から木辻の「義経かどで地蔵尊」「牛若丸かどでの井戸」を見て、西大路通でバスに乗る。目的地は鞍馬寺だ。

仁王門と愛娘
鞍馬寺仁王門にて

大杉権現や不動堂にお参りして、「この杉の木の入り組んだ根っこから根っこへ、牛若丸がジャンプの練習をしたと言われています」とか「この不動堂のあたりで牛若丸が鞍馬天狗から兵法を習ったと言われています」「この虫はナナフシという虫で木の枝に化けるのが得意です」とか案内してやると。娘はいちいち「おおーっ。ここで…」と感慨にふけっていた。

ナナフシ
「背比べ石」の前でみかけたナナフシ

不動堂
鞍馬寺不動堂

由岐神社
由岐神社拝殿(国重要文化財)の由緒書を見る愛娘

時間があれば奥の院から貴船を回って帰りたいところだが、俺には夕方からOB会の吹奏楽の練習があるし、正直なところ、朝の立ち番に加えて久しぶりの山歩きで、早くも脚が棒のようだ。それで不動堂とその脇の義経堂にお参りしたところで引き返し、由岐神社を通って下山。電車で出町柳へ戻る。鞍馬よりも貴船口からの乗客のほうがずっと多かった。浴衣姿の女性もたくさんいたから、きっと貴船で流しそうめんを食べてきたのだろう。

実家に戻ったのが18時すぎ。すでに練習の集合時間を回っている。汗だくで脚はフラフラおまけに腹ペコで、これから楽器を演奏するなんて悪い冗談のようだ。母にも「シャワーくらい浴びなさいよ」と言われながら、実家に至近の練習会場へ向かう。

で、OBバンドの練習。9JとTkmさんには先月会ったが、その他はみな少なくとも10年ぶり。とはいえこのOBバンドの創部50周年記念演奏会に向けての練習自体はこれで4度めか5度めで、京都を遠く離れて暮す俺が参加できないでいるだけである。この人たちに会うのは10年ぶりだが、吹奏楽にフルートで入るのはざっと25年ぶりである。いや、何がいかんというて、息が足りない。このままでは悔しいので、10月の本番までにリハビリ練習するぞ。

俺が練習に行っているあいだ、娘は従姉弟たちと妙心寺のお精霊さんに行っていた。俺が娘と一緒に京都に来ていると知った後輩のミヤちゃんが「先輩にあげるんとちがいますよ。娘さんに。」と、高級なチョコレートをくれた。ありがとう。


2013年8月9日(金)はれ

大阪府立大学で開催されるセミナーに出るためにバスに乗って大阪に出てきたのだが、バスが梅田に着いたのが朝の6時ちょっとまえ。セミナーは13時からだ。時間がありすぎる。どうやって午前中の時間を過ごすか、考えてもいなかったし、なんの備えもない。どこかのファーストフードで朝食を食ってそれからどこかのカフェで勉強するというのが最善なのだが、あいにく最近の梅田に土地勘がなく、昨晩あまり眠れなかったおかげで頭の回転もよくない。なんとなく阪急に乗って、理由もなく嵐山に来てしまった。どうも、数学を教えるのがなりわいの人間のやることではない。

中之島公園から渡月橋をのぞむ

中之島公園に腰をおろして景色を眺める。渡月橋の川下数百メートル。上空でハトの群れと数羽のカラスが制空権を争っている。それにつられて水面のカモが大騒ぎ。仲間のカモたちが聞きつけて、中洲の叢からノコノコと水面に出てくる。中洲には一羽の鷺が、この騒ぎにも超然と立っている。中洲へトンビが一羽飛来したときには、この鷺も一瞬身構えたが、駆けつけたカラスとカモがトンビを追い払った。すると鷺はまた超然とした立ち姿に戻る。

鷺の目の前で水面に伸び上がって翼をバタバタさせるカモ。鷺に喧嘩を売ってでもいるのか、あるいは単に大げさな身振りで会話でもしているのか。「こないだ、こーんなおっきい魚を捕まえたんだぜぐぁっぐぁ〜」とかなんとか。しばしあって鷺は飛び去り、中洲にはカモたちが残って和気藹々。つまり、あの中洲はカモたちの「家」なのだろう。それで「鷺さん、あんたちょっとそこジャマ。ここはあたしたちの家なんだからぐぁっぐぁ〜。バタバタバタ」と話していたのかもしれない。

朝8時前ともなると、対岸の観光バス駐車場から修学旅行の高校生たちの嬌声が聞こえだした。この桂川を隔てても、若い女の子たちのかしましさが十分に伝わってくる。そろそろ移動しよう。ひさびさに嵯峨釈迦堂(清涼寺)に行きたかったのだが、どうしたわけか、嵐電嵐山駅にコインロッカーを見つけられなかった。大きな荷物を引きずって行くにはあの距離はちょっと厳しいので、野宮神社に詣でて、方向転換して嵐電に乗って車折神社に向かう。

嵐電を車折で降り、車折神社に詣でる。小さい子供の頃に何度か来ているはずだが、はっきりとは覚えていないし、それ以来、自分の意思で足を運んだ記憶はない。本殿に参拝したあと、傍の、芸能の神様を祀った一角を訪う。本殿は掃き清められて清々しい佇まいだったが、千社札だらけですごいことになっている。朱色の板垣の一枚一枚に、奉納した芸能関係者の名前が大きく書かれている。お社に向かって左側の板垣の、筆頭は千宗室様、末筆がはいだしょうこ様だった。五木ひろし様、コロッケ様、ユースケサンタマリア様の名も見える。では、無数の千社札は、奉納金を張り込めない芸人さんたちの願いのしるしというわけだろうか。

午前九時前、有栖川でふたたび嵐電に乗り、蚕ノ社で降りる。できれば一休みさせてもらおうと実家に電話するが、母は不在のようだ。まあ、これは仕方があるまい。どこか喫茶店で一服と思わぬでもないが、どこの店もちょっと入りにくい。

午前十時すぎ、花園駅からJRに乗り、京都駅のキオスクで、府立大への手土産の生八つ橋を買って、梅田に戻り、すぐに地下鉄御堂筋線で中百舌鳥へ移動。午前十一時、中百舌鳥の大阪王将で早めの昼食をとり、正午ごろ大阪府立大学のセミナー会場に到着。セミナーは午後一時半からだが、マメで気の利く嘉田くんがすでに会場の前に看板を出し部屋のエアコンをかけてくれている。メールで一言してから、部屋で一休みさせてもらう。

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そういう状態で参加したセミナーなので、はずかしながら前半の話の記憶が全然ない。後半はちゃんと聴いた。とはいえ、今回の発表者(この「関西集合論セミナ」では話題提供者と呼ぶ)である名古屋の南くんの \(F_\sigma\) イデアルの Katetov-Blass 順序という話題に関しては、俺の立ち位置は、戦力外とまでは言わないが、めったに打球の飛んでこないライトフィールドの奥深くといったところだ。

それでも、\(\omega\) 上のイデアルという組み合わせ論的な対象をポーランド空間に棲む解析的オブジェクトとして捉え直すことができれば、そこから何かが見えてくるかもしれないと思って少し筆を動かしてみたりもする。

これは何もいい加減なことを言っているわけではない。\(F_\sigma\) あるいはより広く \(\Sigma^1_1\) なイデアル \(\mathcal{I}\) と \(\mathcal{J}\) があれば、両者に \(\mathcal{I}\leq_{\mathrm{KB}}\mathcal{J}\)とKatetov-Blass順序がついているという命題は \(\Sigma^1_2\) 文だからジェネリック拡大のもとで不変であることがわかるし、とくに \(F_\sigma\) イデアルはカントール空間の \({}^\omega\!2\) のコンパクト部分集合から生成されるので、コンパクト部分集合全体にハウスドルフ距離を入れて得られる \(\mathcal{K}({}^\omega\!2)\) というコンパクト距離空間の点が \(F_\sigma\) イデアルのコードとしての役割を果たすのである。

こうして、\(F_\sigma\) イデアルのKatetov-Blass順序 \(\leq_{\mathrm{KB}}\) がコンパクトなポーランド空間の上の \(\Sigma^1_2\) 擬順序関係とわかったからには、記述集合論における擬順序関係の一般論から

すべての実数がシャープをもつという仮定のもとで、\(F_\sigma\) イデアルのKatetov-Blass順序 \(\leq_{\mathrm{KB}}\) には、完全集合をなす反鎖が存在するか、さもなければすべての反鎖の濃度は \(\aleph_1\) 以下であろう、

と、ある程度の自信をもって予言できる。実際には \(\leq_{\mathrm{KB}}\) の反鎖を系統的に作り出す手法に事欠いているのが現状なのである。いまはまだほとんど何もわかっていない以上、大きな道具も小さな道具も使えるものは全部使うのがいいのだ。

今回の南くんの発表の主定理は、\(F_\sigma\) イデアルのKatetov-Blass順序 \(\leq_{\mathrm{KB}}\) の共終部分集合の最小濃度が連続体濃度未満になることがZFCと整合的というものだった。

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夕食は中百舌鳥駅近くの焼肉屋「ひびの亭」だ。夕食の参加者は kadamasaru, y_bonten, usb_usb, patho_logic, hymathlogic, tenapi と、ツイッターでフォローしあっている人たちばかりで、ちょっとしたツイッターオフ会になった。となると、ここに noukoknows がいないのが何かの間違いのような気がしてくる。のうこは仙台の親元に帰省中なのだ。焼肉を堪能したあとは、梅田に移動して地下街のカフェでコーヒーとケーキで談笑。宿は梅新東のプラザ梅新。


2013年8月8日(木)はれ

初代iPadを買ってしばらくしてHARD OFFで買ったBluetoothキーボードつきのiPadケース。出張を控えて、ひさしぶりに使ってみた。iOSのバージョンも上がっているので、日本語変換がだいぶマシになってきている。二年前に比較してはるかに文章の入力は楽になった。

ただ、日常づかいにするには、難点がないでもない。初代モデル用の製品だけにカメラが使えなくなる。ノートパソコン的な使い勝手になるだけにノートパソコン並みのサイズと重さになる。さりとて本当のノートパソコンと同等の機能・性能がiPadにあるというわけでもない。Bluetoothを常時オンにしていたのでは電池の消耗が早い。このさき、たいていのことがiPadで済むように環境整備をしてしまったら、キーボードつきケースに収めたiPadを他の荷物と一緒にトランクに詰めて出張に持っていくにはいいだろう。だけど、普段の通勤カバンには、このキーボードつきケースは大きすぎる。

ところで、実は、このキーボードつきケースは、キーボード部分が取り外し可能なのだ。ケースとは磁石でくっつけてあるだけだ。そこそこ強力な磁石らしく、こんなふうにキーボードが黒板に貼りついたりする。

黒板にペタシ

といっても、黒板につくかどうかが問題なわけはない。ただ、この部分だけならそれほど邪魔にならないから、この部分だけを持って歩くということが当然考えられる。いろいろ工夫の余地がある。

一番大切なのは、実際に日々の作業をちゃんとこなすことで、そのためにこそパソコンやモバイルデバイスの環境を整備する必要がある。周辺機器をどうするかなんてのは、結局はその問題の一環でしか意味をもたない。


2013年8月7日(水)はれ

午前のうちに、【息子】は母親に連れられて愛媛大学ミュージアムで開催中の「昆虫展」に出かけた。松山市駅前でお友だちと待ち合わせていく計画だ。子供たちは、展示を3回も見て回ったという。妻の送ってきた写真からは子供たちが夏休みを満喫している様子が伺える。それに、学校がお休みでも連日のようにいっしょに遊んでくれるお友だちとがいるというのは、なんともありがたいことだ。ただまあ、引率係の妻はかーなーりー大変だったようす。

【娘】は時々思い出したように「今年は京都に行けるのかなあ」と独り言のようにいう。断られることに慣れてしまった【娘】流の、ちょっと屈折したおねだりである。うーむ。明後日の俺の大阪出張の翌日、一日だけ京都観光に連れて行ってやることにした。だが、そのためには、【娘】が京都まで、というか少なくとも新大阪まで、一人で来なければならない。自分も行きたいと言い出すかと思った【息子】は、話を聞いて、案外ドライに「うんわかったー」といってくれた。妻や実家の母も巻き込んで、行程じゃ出発時刻じゃ待ち合わせ場所じゃと、いろいろの段取りを相談する。まあ、なんとかなるでしょう。あとのことはまあ、当日の日記で。


2013年8月6日(火)はれ

はて、どんな日だったか。そうそう。俺は普通に仕事をしていたが、妻は【息子】を連れて合唱コンクールの県大会(小学校の部)を聴きにひめぎんホール(県民文化会館)へ行ったそうだ。【息子】と仲のよいマーくんとミリちゃんもそれぞれお母さんに連れられて来ていたそうで、妻を含むお母さんチームで今後のパワーアップ作戦についてあれこれ話し合ってきたらしい。この子たちが六年生になる三年後に、はてさてどうなっているか。


2013年8月5日(月)はれ

Sacksの “Higher Recursion Theory” の第II章を読み終えたので、 hyperdegree と Turing degree の類似と相違についてツイッターでごちゃごちゃつぶやいていたら、計算論家トリイロさんこと木原くんが相手をしてくれた。そのやりとりは togetter でまとめておいたのでそちらを見てもらうことにするとして、hyperdegree の研究は、幾つかの重要な未解決問題が残っているにもかかわらず、停滞しているとしか言えない状況のようだ。

以下、面倒だから hyperdegree と Turing degree のことをそれぞれH次数・T次数ということにする。H次数の未解決問題のうちで一番の難物は、Sacks の問題《H次数のどんな可算集合も極小の上界をもつか》だろう。これはT次数についての類似の結果を知っていれば当然考えられる問題なのだけど、かなり限定された結果(KP集合論のなんらかの整礎的可算モデルに属するH次数の全体の極小上界の存在)しか得られていないようだし、Mathscinet で検索してもあまり多くの文献は見つからない。突破口を開く新手法が開発されないうちに時が過ぎて旧手法を使いこなせる人たちがみんなリタイアしてしまった、そういう状況なのだろう。なので、若い人たちにはこの領域の研究は勧められない。俺のような取り残された人間が取り組むのがぴったりの、取り残された問題という気がするのだ。


2013年8月4日(日)はれ

日曜日ではあるが仕事で気がかりなことがあって大学にいく。用を済ませてから少し勉強して、小学校の防災訓練に行っていた妻子と堀之内公園で合流。【息子】が自由研究のために本をえらぶのを手伝う。日射しは強かったが風があって外を歩くととても気持ち良かった。夕方、少し降雨。

メモ代わりに記録しておくと、図書館で借りきれなかった本にも面白そうなのはあるわけで、たとえば、

北野天神縁起を読む
竹居明男編
吉川弘文館 2008年
978-4-642-07154-3

多数決とジャンケン 〜ものごとはどうやって決まっていくのか
加藤良平
講談社 2006年
4-06-213497-7

この2冊はいずれ読むことにしよう。


2013年8月3日(土)はれ

昼食に焼きそばを作った。市販の塩だれを使い、具は豚肉とゴーヤとキャベツとピーマンと玉ねぎ。子供の口に合わぬかもと思ったが、【娘】はおかわりをしたし、【息子】も問題なく完食。うちの子供たちも、ゴーヤを普通に喰えるようになったのだなあ。

ゴーヤと豚肉のオイスターソース炒めは俺の大好物なのだが、【娘】が乳離れして以来、子供の口に合わんものを俺ひとりのためだけに作る気がしなくて、毎年夏になってゴーヤのうまい季節になっても我慢してきた。今回初めての試みで、ちょっと冒険するつもりで使ってみたのだ。先日家族で焼肉に行ったのも、妻の実家でやるバーベキューを別にすれば、初めてのことだ。これには金銭的な事情もあったが、幼児を連れていって焼き人間にしてしまってはいかんと、ずっと思っていたから。

家族の相互の認識はどこかで固定してしまって容易には書き改められない傾向があるが、そうこうするうちに子供はどんどん成長する。それで時々はびっくりさせられるというわけだ。

夕方、【娘】の算数ドリルを買いに書店に行ったついでに 樋口毅宏『タモリ論』(新潮新書)を買ってきて、夕食後に通読。面白かったが、オビの「革命的芸人論」は言いすぎだと思った。


2013年8月2日(金)はれ

仕事が終わらないのにピアノの時間が来た。仕方がないのでレッスン後に仕事に戻り、日付が替わるころに帰宅。週末のこととてMacBook ProとiPadとSacksの本などなどを持って、深夜のこととて歩いて帰った。重かった暑かった遠かった。

スペースインベーダーを積み木で作ったぞ
写真は【息子】のお気に入りのキューブ積み木で作ったインベーダー

秋の発表会の楽譜、全音ピアノピース版が届いた。音楽之友社の曲集に収録されているのを持っているのだけどね。で、楽器店のピアノで少しだけさらわせてもらったら、両方の版がずいぶん違っている。ふむ。両者を見比べて、O野先生と相談しながらどう弾くかを決めにゃならん。これからの練習が楽しみ。


2013年8月1日(木)はれ

なんじゃかんじゃ言っているうちにもう8月である。

昨日の日記に書いたようなわけで、午前のうちに今度は県立図書館に行き、森毅の本ばかり5冊借り出した。

日頃の怠慢のせいで、いろいろ仕事が溜まっている。「やらなければいけない面倒なこと」を後回しにして、そのことが気がかりになっていると、俺はしばしば「一番やりたいこと」をも自分に禁じてしまって、しまいには、自分が何をやっているのかわからない状態になって自己嫌悪に陥ってしまう。せめて、「やらにゃならないこと」か「やりたいこと」かどちらかだけでもやれば、事態か自分の気持か、どちらかは改善するだろうに。

いや、だからといって、テストの採点と研究室の引越し準備を同時にするもんではない。最後には何が何やらわからなくなった。