て日々

2013年3月


2013年3月31日(日)くもり

昼飯にラーメンを作り、そのあと昼寝をしていたら、その間に妻子は実家に向けて出かけてしまっていた。

昼飯のラーメン
ピリ辛味噌味のスープは我ながら上出来
多めに作って残ったスープは夕食に流用し豚肉を煮て食った。これまたうまかった。

昼寝から目がさめると妻子がおらず、代わりに清水義夫『記号論理学講義』(東京大学出版会)が届いていた。妻からその後メールが届いたりしているところを見ると、べつだん妻子が魔法で本に変えられたというわけではないのであろう。

そこで、もしも魔法で本に変えられるとしたらどんな本に変えられたいか考えてみる。俺を中途半端に知る人は、「どうだ難しいだろう」といわんばかりの難しい本に俺がなりたがると思うかもしれない。だが、そういう俺のような一見小難しい人間に限って、奥底では誰か自分を理解してほしいという切望があるものだ。というわけで、俺はミステリー系ジュブナイル小説になりたい。なぜなら、そうすれば少なくともわが娘には読んでもらえそうだからだ。

だがもちろん、周囲との間にせっせと溝を掘りみずから望んで難しい人間になっているのは、他ならぬ俺自身なのだから、本に変えられるなんてそんな回りくどいことをしてないで、普段からわかりやすい態度で人に接し明快な言葉を話すように心がけるべきだ。


2013年3月30日(土)はれ

昨日と逆のコースを松山まで戻る。生名島の立石山の麓には、弥生時代から残るメンヒルがある。

生名島立石山麓のメンヒル
写真じゃわかりにくいが目測では高さ6メートルくらいだ

どこからどうやって運んできたものか、この島に産出する石材ではないらしい。今回は行けなかったが、立石山の頂上にも多数の石が配置されて磐座(いわくら)を形成しており、調査してみると多数の石器が出土したという。山全体が、祭祀の場か軍事的要塞か、よほど特別な場所であったのだろう。

因島フラワーランドなるところを訪ねたあと、ラーメン屋で昼食。それからしまなみ海道を四国に向かって走り、途中で大三島に立ち寄る。目的は大山祗神社だ。

乎知命御手植の楠
大山祗神社境内の乎知命御手植の楠
樹齢2600年というクスノキだ
越智姓は愛媛県に多く、その祖神である乎知命が大山祗神社の礎を築いたとされる

子供らが裏の公園で遊んでいる間に、俺は宝物殿を見る。平安時代から伝わる古い太刀や鎧などが並ぶ。中には刃渡り170センチの太刀なんてものもある。さすがに人間が実戦で扱える代物ではないはずであるから、最初から神さま用に作られ奉納されたのか、あるいは武将が自らの武力を象徴する呪物として所持していたのかもしれない。鶴姫が着用したとされる鎧もある。他の鎧と比べて小ぶりで、胸郭のあたりが広く腰のあたりが狭い形がいかにも女性的な印象を与える。鶴姫伝説が事実かどうかはわからないが、本当の戦であったか戦を模した祭祀であったかはともかく、この鎧を着た人が女人であったことは確かに思われる。そんなことを思いながら、古代・中世の世界にしばし思いを馳せる。

神社裏手の公園から鷲ヶ頭山を望む
鷲ヶ頭山は山そのものが大山祗神社の御神体とされる
むき出しの岩がどこか超自然的なものを感じさせる

鷲ヶ頭山については昨年6月17日の日記も見てください。

妻になかば無理やり連れだされた一泊旅行ではあったが、いろいろ楽しかった。立石山の頂上の磐座や、生名島の今回行かなかった反対側にある蛙石(がーるいし)など、見れなかった名所もあるようなので、またいずれ来てみたい。


2013年3月29日(金)はれ

年休をとり、子どもたちと一緒に妻に連れられて、しまなみ海道のドライブへ出かける。妻がきょう所要で上島町の生名島と魚島に行くので、ついでに弓削島に泊まって観光してしまおうと発案したのだ。

因島までしまなみ海道をたどり、土生港から生名島の立石港へ連絡船で渡る。午前10時から、生名島で妻の最初の仕事がある。それが済んだら、すぐにまた橋をわたって佐島、それから弓削島へ渡る。魚島への船は下弓削の港から出ている。

ニューうおしま2号

とはいえ魚島には家族で出向いたわけではない。魚島と弓削の港と因島の土生港を路線バス的に結ぶ渡し船に乗って、妻ひとりで行く。その間、俺と子供らは弓削島で待つ。

港や役場のあたりをうろうろ歩いていると、郵便局の裏に公園らしきものがあることを【娘】が発見した。そこでなら遊具で遊んでひとときが過ごせるという【娘】の提案を受けて行ってみると先客がいる。地元の6人のママ友集団が、小さな子どもたちを遊ばせながら、桜の木の下でお花見をしているのだ。子供たちは0歳から4歳くらいまでだろう。8人だったか10人だったか、女の子ばかりだった。先ほど港の近くでは小学生くらいの男の子たちが遊んでいたから、女の子しか生まれない島だなんてことはない。あるママさんに「この島には男女は別々に育てねばならぬというルールでもあるの」と聞いてみたら、もちろんそんなことはなく、男の子のママさんもくる予定だったが都合で来れなくなったというだけのことだそうだ。うちの子らも遊具で遊ぶうちに幼児のうち何人かと打ち解けて一緒に遊びだした。【娘】はさっそく頼もしいお姉さんぶりを発揮していたし、【息子】も(小さな子供にマイペースを乱されて憤慨するといういつものやり方で)それなりに子どもたちと関わっていた。そのうち、子どもたちのうちでいちばん活発そうな子が俺のところへ来て砂をかけ始めた。この子は遊具で遊んでいる【息子】を真っ先に追いかけ始めてうちの子らが幼児たちと遊ぶきっかけを作ってくれた子だ。【息子】はもとより【娘】にも期待できないこういう積極性は、ちょっとうらやましい。別の3歳くらいの女の子はプリキュアのおもちゃをもってきて「わるもの、たおした」と俺を一撃で《退治》してくれた。

どこかの店で昼食をとるつもりだったが、子供らがそれなりに楽しそうだったので、俺が農協のスーパーへ弁当を買いに行くことにした。子供らのためにおにぎりセットと巻きずしを買い、自分用にカキフライ弁当なるものを買った。ところが、うっかり割り箸をもらってくるのを忘れたもので、俺だけ昼食がお預けになってしまったというお粗末。ともあれ、午後2時前に妻が戻ってくるまでの間、退屈するどころかとても楽しいひとときが過ごせた。子どもたちとママ友軍団に感謝。

四つのテスト:言行はこれに照らしてから
宿の近くに立てられた石碑

宿は国立弓削商船高専の目の前にあるインランドシー・リゾート・フェスパというところ。言ってみれば国民宿舎なのだが、モダンに改装されたオシャレな宿だ。妻がいったいどういう交渉をしたのか知らんが、12畳もある和室に通され、けっこう贅沢な気分を味わうことができた。ゆっくり温泉に浸り、レストランで魚料理を食う。


2013年3月28日(木)はれ

新共用PCの設定をする。紀要委員長としての仕事の締めくくりをする。

三番町の「郷土料理 五志喜」で昼飯を食った。一家4人で行って、SPCのランチパスポートを利用してひとり500円で食ったのだけど、たいへん充実した内容だった。1,000円でもおかしくない。かなりお得感がある。夜は23時までやっているというし、愛媛の地酒がいろいろ飲めるようだ。県外からのお客さんが来たときに連れてこようと思う。

次に、五志喜のとなりの松山中央郵便局に行く。四半世紀前に親から仕送りを受けるために使っていた郵便貯金の古い通帳を新しい通帳に変えてもらうためだ。ちょうど24年前の平成元年3月27日づけで1,306円の残高があり、その後これに214円の利子がついて、19円課税された。だがこれでまあ、休眠口座あつかいは避けられたわけだ。

その次には、千舟町の「カフェダイニング 蓮」に行っていろいろの計算をする。ここは廉価なランチを出すので評判だそうだが、今回は喫茶だけ。「ほっとコーヒー」は350円でポット1杯、コーヒーカップ2杯半くらい。これまた、かなりお得感がある。

自分が料理したわけでもなくこれから食うだけの食いものの写真をブログに載せる風潮は気に入らないので、たとえこういう話題であっても、写真は載せない。


2013年3月27日(水)あめ

先日関西すうがく徒のつどいに参加して得たアイディアを形にするべく、「数理論理学(地獄の)ゼミ合宿」なるものを実施することを思い立った。最初は8月の最後の週末にやろうかと思ったのだが、その時期は小中学生のためのイベントが目白押しなもので会場がとれない。それで9月中旬の3連休に、京都府立ゼミナールハウスで開催することにした。参加者の交流や親睦のための時間を全くとらず、朝昼晩と講義と演習をやり、数理論理学の初歩から出発して「あの定理」までを二泊三日でマスターしてもらう。当然かなりハードな内容になることが予想される。4月に入ったらさっそく参加者募集をかけるつもり。

日頃ぐうたらで電話嫌いの俺が、きょうに限ってそんなことで張り切って、施設の電話予約などということまでしてしまったものだから、ごらんのとおりの雨模様であった。わははは。


2013年3月26日(火)くもり

妻のいない朝、子供らに朝食を作ってやる。妻は今回ずいぶん恐縮して、朝食の下ごしらえまでしていくと言っていたのだが、俺が自分の好きなようにやりたいからという理由で断わり、そのかわりキッチンをきちんと掃除して、玉子と食パンを買っておいてくれと頼んだ。妻は実にきちんとそのとおりにしてくれたが、根がゆきあたりばったりな俺は玉子を使わずじまいだった。ごめん。

朝食のチーズトースト

ゲーデルの不完全性定理の原論文をどうにか読み終えた。先月27日にスタートしたのできっちり4週間かかった計算だ。この論文は、実は内容のほとんどをあらかじめ知っていたので、これでドイツ語の論文を読む力がついたと自惚れることなく勉強を続けよう。さて次はゲンツェンかカントールかハウスドルフか。


2013年3月25日(月)くもり

大学の卒業式。今年はただ一人の卒研ゼミ生0-1くんが内部進学することもあって、俺にとっては卒業式ムードが省エネモードである。学科単位の記念写真には参加したが、例年顔を出す学部主催の祝賀会(昼食会:数少ないタダ飯タダ酒のチャンス)には行かず、部屋でゲーデル論文を読んで過ごす。妻がどうしても今夜のうちに広島にわたっておかねばならないというので、謝恩会も一次会だけで失礼させてもらって早く帰った。ところが、今年の謝恩会の一次会は和気藹々ではあったものの実にサラっとしていた。俺にとっての卒業式ムードが省エネでも、卒業生にとっては一度きりの卒業式のはずだし、そもそもこの学年は(成績優秀なうえ)けっこう互いに仲良しで、間違っても卒業式の夜にサラリと別れるようなドライな奴らではないはずだと思ったが、これはつまり、最初から二次会でハジケる計画であったらしく、翌日に聞いたところでは、二次会ではミキ教授に着せるために全身網タイツなるものまで用意してあったそうだ。ミキ教授は「二次会ではそりゃもうヒドイ目に遭った」と笑っていた。わははは。そりゃあ見たかった。残念だ。何人かの女子学生に「ええー先生帰っちゃうんですかあ二次会行きましょうよー」とベンチャラにもせよ引き止めてもらえたのがせめても慰め。

卒業生たちのそういう計略のおかげで、思いのほか早く帰れたのだが、帰宅してしばらくすると妻は出掛けてしまう。子供らはそういうときは実にいい子でおとなしくしている。この日も夜9時前には「パパのお勉強の邪魔しちゃいけないから早くねます」と言って、二人で二階に上って寝てしまった。

それで、その後はゲーデル読みの続きを少しやって、それから金曜日に買ったプラトンの『ゴルギアス』を読み終えた。『ゴルギアス』は、ソクラテスの思想を叙述する初期プラトンから、独自の形而上学を展開する中期・後期プラトンへの移行期の作品だそうだ。弁論術の意義から正義論・政体論へと話が展開し、ソクラテスが弁論術の教師や政治家と対話しながら、アテネの有力な政治家は市民の“快”の増大しか心がけていないが、人々を“善”へと導くのが政治家の真の使命であり、その意味では、自分だけが真に政治をやっていると言い、さらには、自分はそのことが理解できないアテネ市民によって、あるいは死刑にされるかもしれないという意味のことを言う。つまり、これはあの『ソクラテスの弁明』を再現・敷衍する内容になっているわけだ。弁論術をはじめとする実学に対して、魂の世話をする哲学の価値を称揚し、その立場から政治の現状を批判するソクラテスの言葉は、いまのわれわれの社会のことを言いあてているような気がした。


2013年3月24日(日)くもり

向こう岸の大学の教育学研究科に進んだ元ゼミ生のTk8くんが修士論文をもって訪ねてきて、要旨を説明しくれた。数学教育については俺も他人事ではないので、お土産のもみじ饅頭を食いながら、いただいた修論を読ませていただこう。Tk8くんは4月から中学校の教員として働くそうだ。どうか新天地でも元気でがんばってほしい。


2013年3月23日(土)くもり

昼食のうどんを作った。具は刻み揚げと菜の花。ブタさんの顔の蒲鉾を三きれづつ入れて「三匹の子ブタうどん」

udon-20130323.jpg

夜にはN教授の教え子たちが集まる飲み会にご相伴。ざっと18年ぶりに顔を合わせる卒業生もいて大変懐しかった。お土産に先週の京都のお土産の「八つ橋チョコクランチ」を配った。二次会には一番町の日本酒専門のバーに行き、歩いて帰宅。先日のネコは今夜はいなかった


2013年3月22日(金)あめ

一日のうちに、晴れたり曇ったり雨が降ったり天気の神さまも年度末で予定の消化にお忙しいと見える。小学校で卒業式がある。【娘】は今回まだ見送る側だが、4月からとうとう6年生。早いものだ。

多少迷わぬでもなかったが、職場の新共用PCには、セキュリティアップデートがやりやすく、俺としても使い慣れたDebianを入れることにする。これに従来のMac miniにあったユーザーアカウントとデータを移植して各種設定をしてから共用スペースに移動する。夜、そのための参考資料を求めてジュンク堂に行き、ついでにプラトンの『ゴルギアス』の岩波文庫版を購入。


2013年3月21日(木)くもり

春休みのうえ学会出張シーズンでもあり、大学がたいへん静かだ。これまで職場内の某所で某用途に用いていたMac miniのOSがいまだにLeopardである。セキュリティ面からもいいかげんアップグレードしたいが、それにはSnow LeopardのインストールDVDを購入し、次にSnow LeopardからLionに、次にMountain Lionへとオンラインアップデートしないといけない。しかもそのさい、決まったApple IDでカード決済で購入せにゃならんと来ている。大学組織内の共用パソコンには、それはちょっと面倒すぎる。そこで新しいPCを張り込んでフリーのOSを入れて代用にすることを考えた。そのPCがきょう納品されてきた。Core i7, 3.5GHzというプロセッサを積んだものだ。月末までにこいつの設定をしてMac miniと置き換えないといけない。


2013年3月20日(水) 春分の日くもり

朝、妻が子供らを「フェンシング体験」に連れていっている間に温泉に行って身体を温める。Free Pascal の最新版2.6.2がリリースされているのを知ってさっそく自宅PCとMacBook Proにインストールした。


2013年3月19日(火)くもり

普段より早く大学に着いたので、四日間中断していたゲーデル読みを朝のうちにやる。定理VIすなわち「第一不完全性定理」の証明が終わった。15時半から長い会議が二つ続いた。仕事で三崎町まで遠出していた妻が、夕食は外食で済ませようというので久万の台のココスに行き、家族4人でいろいろ注文して分けあって食べた。


2013年3月18日(月)くもり

天候が思わしくなく、予讃線の運転一時見合わせの報が届いたりして心配だったが、俺の乗った列車はさほど遅れることもなく、無事に松山に帰ることができた。今回一年ぶりに「つどい」に参加して、いろいろなことをもっと勉強したほうがいいなと改めて思った。


2013年3月17日(日)くもり

第3回関西すうがく徒のつどいの二日目。いくつか聞いた講演のなかでは、Aさん(@alg_d)の選択公理関係の講演が面白かった。主な結果は俺も知っていたが、たとえば実数の連続体濃度の集合で二点間の隔たりがつねに無理数になるものを具体的明示的に与える式など、細部には初めて聞く話もあり、Aさんの話が上手だったこともあって、なかなか楽しかった。いっぽう、のうこ(@noukoknows)がNatural Deductionを紹介する講演では、証明の形式化という着想自体に聴衆の理解が得られにくいようで、のうこは苦労している様子だった。

京都大学旧農業統計研究施設
散歩中に見つけた京都大学キャンパス内の美麗トマソン物件
農学部の旧農業統計研究施設であるらしい

数学の勉強会をやろうというツイッター上での呼びかけに、高校生を含む100人を超える人が全国から集まる。俺や証蔵さんのような「社会人」も運営スタッフに名を連ねてはいるが、実際に計画を立て舵取りをしてすべてを運営したのは、ことりんと ふゅーりーを中心とする学生のグループである。学生を始めいまの若者たちはちょっと可哀想なほどひどく世の中に叩かれているが、こうして見ると、なかなかどうして、社会性も実行力もあるし、目標を明確に設定し、話し合って物事を決めるということができる。たいしたものである。

さて少し手前味噌なことを言わせてもらうと、「つどい」に参加した感想として、数学の他の分野と比較して、数理論理学の認知度の低さが、今回気になった。論理学にかぎらず、どの発表も、発表した人自身にとってはそれなりに得るものはあっただろうが、さて今回の「つどい」で数学の一分野としてのロジックを聴衆に認知してもらえただろうか。講演者たちの努力をじゅうぶんに認めた上でなお、俺には疑わしく思われる。

この状況を改善したい。そのために何ができるだろうか。究極的には、大学の数学科にロジック関連の科目がほとんどないのが一番大きな原因なのだが、もちろんそのことをいきなり変えることはできない。もっとずっと前の段階の話になるが、若い研究者たちにもっとロジックの実質的な知識をつけてもらうために働きかけよう。たとえば「すうがく徒のためのゲーデル教室」という集中講義をしてはどうだろうか。

昼食はぼんてん(@y_bonten)と証蔵さん(@finitist)と3人で京大理学部近くのインド料理店。Aさんが講演で触れた「バナッハ・タルスキーの定理の異常さは選択公理とは関係がない」という言葉の意味をぼんてんが知りたがったので、奇妙さが何に由来するかは、証明を読んできちんと見極める必要があるというAさんの見解を敷衍するために、選択公理が必要となる一歩手前の、自由群のパラドクシカル分解のところまでを解説してみせた。自由群のパラドクシカル分解は、部分集合をうまく平行移動すると自由群自身のコピーが2つできるというトリックで、これがバナッハ・タルスキーの定理の数学的からくりのひとつになっている。そして、そこには選択公理は全然必要ない。バナッハ・タルスキーの定理は、これを球体というイメージしやすい図形の話に移し替えたところに主眼がある。そこでの選択公理の役割は、この自由群の作用についての軌道同値関係に関する同値類の代表元の完全系をつくるという、選択公理の用例としてはまったく平凡なものだ。だいぶ以前(2011年9月8日)に「グラフが平面の稠密部分集合になるような関数」の話をした時にも言ったが、「奇妙さ」の責任を選択公理ひとりに負わせるわけにはいかない。

ぼんてんは「殿下の個人授業を受けたぞ」と喜んでいたが、もちろんそんな大層なものではない。

閉会のあとは、打ち上げには行かず、ジュンク堂で数学セミナー4月号を買って帰って亡父の霊前にお供え。夕食には、実家で母とすきやきを食った。


2013年3月16日(土)はれ

朝6時過ぎに新大阪でバスを降り、電車で京都へ向かう。思いのほか寒い。京都からは地下鉄で烏丸今出川、そこからバスで百万遍へ移動。百万遍の「すき屋」で朝食をとり、老舗カフェ進々堂で珈琲を飲みつつ、ちょうど集合時刻までに、志賀浩二『数学という学問Ⅲ』(ちくま学芸文庫)を読了。

今回で3回めとなる「関西すうがく徒のつどい」が京大で開かれる。会自体は10時開始だが、運営スタッフは9時に集合して、打ち合わせと準備をする。「顧問」などと肩書きだけは大層だが、しかし、俺は若い運営スタッフたちがテキパキと作業するのを呆然と見ているだけである。もっとも、何もしなかったわけではなく、一応は山元の90分講演と田尻くんの30分の研究報告の座長を務めた。ツイッターのタイムラインをにぎわす《宇宙賢者》《海》《四時》《みややわぎょー》《Aさん》《市民》といった人たちに、今回初めて顔を合わせる。昨年秋に会った《のうこ》《山元》《証蔵》《ぼんてん》とも再会を喜び合う。「つどい」はセミナーあるいはシンポジウムの形式をとっているが、本来は交流会、つまりはオフ会である。俺が出向いてきたのは、普段タイムラインで親しく話している何人かの人たちに会うためだが、「つどい」がいつのまにか百人を超える規模の人気イベントになってしまって、一人ひとりとゆっくり話をする時間はなかなかとれない。みややわぎょーが懇親会のあと「飲みにいきませんか」と誘ってくれたのだけど、前夜の夜行バスでの移動の疲れもあったのでお断りしてしまった。もうしわけない。


2013年3月15日(金)はれ

昼間は2月中の休日出勤の代休をとって家にいた。夕方から今年度いっぱいで退職するボスのN教授の送別会がある。深夜の大阪行きのバスに乗るつもりなので、わりと大きな荷物がある。恩人の送別会なのでスーツくらいは着ようと思うが、そのままバスに乗る気はしない。なので、昼前に一度研究室に行って荷物一式を置き、夕方は、家でスーツに着替えてから送別会の会場に向かうことにした。旅行の荷物と一緒にスーツも研究室に置いておけばよかったのだが忘れていた。家でスーツに着替えるのはいいが、バスに乗る前にもう一度着替えたいとなれば、そのための服を置くためにまた研究室へ行かねばならん。なんだかややこしいことになった。

送別会の会場は道後の高級旅館「ふなや」の宴会場である。温泉無料サービスつきだというのでお開きのあとにひと風呂浴びてきた。なかなか気持ちよかった。


2013年3月14日(木)はれ

先週の金曜日に書いたとおり、D.A. Martinの1985年の論文を読んでいる。Moschovakisの本 Descriptive Set Theoryの第二版(American Mathematical Society, 2009)の6F.6の証明に小さい穴があると思ったからだ。元ネタのMartinの論文[Martin1985]に遡ればその穴を埋められるのではないかと思ったが、証明の同じ部分でもっと豪快に穴があいている。どうやらMoschovakisの記述はMartinの原論文の説明不十分なところを改善するためにいろいろと工夫がされているようだ。しかも、そう思って先週Moschovakisを読みながらつけたノートを見ると、俺が「穴がある」と判断した理由のほうが勘違いである可能性が浮上した。それで、述べられた結果については、Moschovakisの解説が適切だというところに落ち着きそうだ。近々にそれを確認して、つぎはMartinの1990年の論文を読むことにしたい。そのあとはMathscinetでこの[Martin1990]を引用している最近の論文を探そうと思っている。

《2013年3月21日記入》前日夕方に発送した荷物はこの日の夕方にはちゃんと届いたらしい。


2013年3月13日(水)はれ

はて、どんな日だったっけか。(3月18日記入)

《2013年3月21日記入》そうそう、某県某所の某女子高生にバレンタインデーにもらったプレゼントのお返しに四国の産品を発送したのだった。愛媛県産ブルーベリージャム、高知県産ゆず果汁、バリィさんのキャンディ、今治産のタオル、それにみきゃんのメモパッド。喜んでもらえるといいが。


2013年3月12日(火)はれ

午前中、後期日程の入試があった。文房具の入った封筒に「黒マジック」と書いてあるのを見て「なんか、わるい魔女みたいだ」と思った。


2013年3月11日(月)はれ

朝のうち、ひどく目が痒くて参った。くしゃみや鼻水はたいしたことないし、大学で過ごすうち午後になると痒みが引いて、それから何度か途中外出したにもかかわらずぶり返さなかったので、案外花粉が痒みの原因というわけではないのかもしれない。よくわからないけれども。

せっかく水曜日に再開したのに昨日また結局一日ゲーデル読みをサボってしまったのできょう少し多めにやったらそれで一日の大半を過ごしてしまった。これはもちろん、あまりいいことではない。仮にも学者である(すくなくともそのふりをする)ならば、ゲーデルの原論文のみならずもっとピチピチした活きのいい論文をたくさん読まねばならんのだ。なので、そういうもっとマトモな方向へと、これから徐々に復帰していくつもりでいる。それに、ゲーデルのドイツ語原論文を読んでいるのだって、一応は戦略があってのことなのだし。つまり何が言いたいかというと、いま俺がやっていることの意義に対して否定的な評価がありうることは十分想定したうえで、それでもやめない。いままでの俺は、やめるほうばっかりが早すぎたのだ。もうちょっと諦め悪く、しぶとく続けることにする。そのうえで、少しづつやることを広げていこう。

あと、一日の作業のおおまかな時間割的なものくらいは作っておくべきなんだろうと思う。そうすれば「て日々」の更新が一週間も滞ったりはしないのだ、きっと。

特集記事「新入生のための数学書ガイド」の一部を執筆させてもらった雑誌『数学セミナー』4月号が届いた。なので、みなさん読んでください。


2013年3月10日(日)くもり

毎年恒例の「城山サーキット」に参加してきた。【娘】はお友達と一緒のチームを作って別行動なので、【息子】と俺たち夫婦の3人チームで城山に登ってきた。【息子】くんと一緒にコースを回りたいと言ってくれるお友達もいたし、コースを一周して公民館で昼飯食ってるころへわざわざ【息子】を遊びに誘いにきてくれるお友達もいて、このマイペース【息子】もちょっとづつとはいえ社会性を身につけていることがわかる。それなりに成長しているのだなあ。

選択公理をめぐる数学史の基本文献との評判の G.H.Moore: “Zermelo's Axiom of Choice -- Its Origins, Development, & Influence” (Springer-Verlag, 1982)Dover版(リンク先はAmazon.co.jp)がやっと届いた。かれこれ1年以上待った。このごろ日記に載せる写真が書影ばっかりだから今回は写真なし。


2013年3月9日(土)はれ

もう小学校の三学期も大詰めである。子供らにはこの一年のおさらいをしてもらうことにしよう。妻が担任の先生から聞いてきたところによると、【娘】の場合は新しいドリルに取り組ませるより以前にやったことを振り返ってできなかったところを埋めるというやりかたがいいのだそうだ。それならそういう方針でやってもらうことにして、【娘】がお絵かき教室に行っている朝のうちに【息子】を連れて本屋に行ってみた。【息子】は算数はけっこうよくできるので、これから春休みにかけて国語のドリルをやってもらうことにして、漢字と読解の「二年生のおさらい」ドリルを各一冊買う。それと、あの「ルドルフとイッパイアッテナ」シリーズの新刊が昨年11月に出ていたのを今さら知った。これは素通りできない。

表紙
斉藤 洋:作/杉浦 繁茂:絵『ルドルフとスノーホワイト』(講談社,2012年)
スノーホワイトはメスネコだが、べつだんルドルフのガールフレンドってわけではないぞ


2013年3月8日(金)はれ

体調は戻ったが、黄色く粘った鼻汁がとめどなく出る。脳みそが溶けて流れてるんとちゃうか、というくらいの勢いだ。時々はこれにクラゲのようなピンク色の膜状の組織が混じる。この調子でいろいろ出つづけたら、頭の中が早晩カラッポになってしまうぞ。まあ、悪性の老廃物が掃き出されているだけだろうとは思うが。

モシュコヴァキス (Yiannis N. Moschovakis) の “Descriptive Set Theory” 第2版(2008)のセクション6Fでは、初版(1980)では部分的な扱いに留まっていた「ボレル集合の決定性」の、完全かつ新しい証明が述べられているというので、今さらではあるが読んでみた。すると、補題6F.6の証明に小さなギャップ(つまり証明の議論が不十分である箇所)が見つかった。埋められるかどうかすぐにはわからないので、この定理の原論文にあたることにして、マーティン(Donald A. Martin)の “An Extension of Borel Determinacy”(1990)“A Purely Inductive Proof of Borel Determinacy”(1985) をプリントアウトする。前者から読み出すが、問題になっているモシュコヴァキスの6F.6に相当する部分の証明は後者の1985年の論文を引用して済ませているようだ。仕方がないので後者を先に読むことにする。

夕方、ピアノのレッスンに行く前に県立図書館に寄る。市立図書館で借りた村岡晋一『対話の哲学 ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜』(講談社,2008年)が思いのほか面白かったので、ヘルマン・コーヘンについての本がないかと思ったが全然ない。しかし同じく『対話の哲学』で扱われているローゼンツヴァイクの『救済の星』(みすず書房,2009年)があったので、俺に読めるかどうかわからないが借りてきた。


2013年3月7日(木)はれ

0-1くんが「卒業研究のまとめ」を持ってくる。数学的な内容はいいのだが文章がよくない。一つの事態を色々に言いかえて最適の表現を探すということを、彼には意識して身につけてもらわないといけないようだ。いつも言っていることだが、「赤の他人に向けて語るための言葉づかい」こそ、大学で学ぶべき最重要の項目だと俺は思っている。それを0-1くんに伝えながら、一緒に文章の改善策を検討する。

「言い直す」ことの重要性を説くついでに《井伊直弼》の駄洒落を伝授したのはたんなる蛇足である。さすがに0-1くんは井伊直弼の名と桜田門外の変を知っていたので、いつぞや寒い夜に娘に暖い上着を着せてやりながら《高橋是清》の駄洒落を伝授したときのように空振りはしなかった。


2013年3月6日(水)はれ

仕事に復帰。午前中は、新年度から始まる全学的なテニュアトラック制度の説明会を聞きにいく。もちろん勤続22年で歳ももうすぐ知命に逹しようという万年助教の俺が今さらテニュアトラックに乗るというのではなく、講習の講師としての立場での参加である。出席してみると、説明会といっても内容は質疑応答がメインで、説明会に見せかけたヒアリングというべきものだった。手本とすべき前例などどこにもないところで、われらが愛媛大学が全国的に先駆けて新しい制度を本格運用しようというのだから、まあそれくらいのことはあるだろう。大物教授たちの学長とのやりとりはなかなか見物だった。正午ごろに説明会が終わり、出席していた数学科教員のうち、俺とミキ学科長、P山准教授、Og2助教と100,000,000助教の5人は、数学科の建物の外で30分ほど立ち話。しかし一騎当千の若手研究者が職を探して右往左往する就職難の時代に、はっきりいって俺の立場はますます庇護困難である。なんとかせねば。

午後は教室会議が3時くらいまであり、今年の夏のこの建物の耐震改修工事のことなどを話しあった。


2013年3月5日(火)はれ

妻が俺専用に昨日買ってくれた新しい低反発枕を使って熟睡したおかげで、だいぶ熱は下がり、頭痛も軽くなった。大事をとって一日家で過ごす。土曜日からこっち、ドイツ語を全然やっていないのでなにか書き取りだけでもやりたいが、さりとてリフィルがないのでゲーデル論文をやるのは気が進まない。それでゲンツェンの «Untersuchungen über das logische Schließen I» の最初のいくつかの段落を書き写して辞書を引きながら読んだ。


2013年3月4日(月)はれ

熱が上ったり下ったりでどうもいけない。念のため医者で検査してもらうがインフルエンザではなさそうだ。熱も洟もつらいが何より頭痛がつらいのでロキソニンを飲んで寝てしまう。


2013年3月3日(日)はれ

妻が喘息になって寝込んでいる。妻はそうでなくてもいつも鼻をすすっていて、常から呼吸器系が弱いに決まっている。その妻が、もうすぐ40歳になろうというのに若いときと同じ気分で無理をするものだから、イザというときに寝込んでしまう。仕事はどうしようもないが、家事に関しては俺がヘルプに立つ。このごろはほとんどの土曜日と多くの日曜日に、俺が家事をし子供の面倒を見ているのだ。その俺も、きょうに限っては家事ができる状態ではない。なさそうだが、他にやる奴がおらん。どうしようもない。どうしようもないので、俺がやる。鼻が詰まって味がわからんのに料理をせにゃならんというのは大変に心苦しい。

夜、ようやく妻が復活したころに、今度は俺が発熱38度。


2013年3月2日(土)はれ

午後は妻がおらん。子供ら二人はやりたいことが噛みあわないので困るが、本の返却期限でもあるから、倅には留守番をさせ娘を連れて図書館に行く。5冊借りてその日のうちに読み終えてしまうような娘なので、2週間の貸出期間が終わるのを待たずに毎週のように図書館へ行く。本当は、毎日図書館に籠って過してもらったほうがいいくらいなのだ。自分は数学の本を3冊のほか『岩波講座言語の科学8 言語の数理』(岩波書店,1999年)と村岡晋一『対話の哲学 ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜』(講談社,2008年)を借りる。俺が昨年のゴールデンウィークに和辻哲郎『人間の学としての倫理学』を読んで「どうにも理解できん」と言ったヘルマン・コーヘンについて、『対話の哲学』で一章を設けて論じている。ただしこちらが扱うのはヘブライ思想を再評価しいわば思想的に転向したあとのコーヘンである。これはこれで大変興味深いのだが、和辻が引用している議論とはまったくといっていいほど重なってこない。


2013年3月1日(金)はれ

新年度の卒業研究ゼミ生は二人。大学院のゼミと合わせて水曜日はゼミまみれになる予定。

いつものようにパソコンと文献と、あと明日図書館へ返すつもりの本をもってピアノ教室に向かったら、弁当箱やらルーズリーフのリフィルやら大事なものをいろいろ忘れていた。