て日々

2009年11月


2009年11月30日(月)はれ

午前中、キューネン本を読むIくんのゼミ。昼休みには卒業アルバム用のゼミ写真の撮影。午後はネボスケくん(→27日金曜日)のための振り替えゼミ。それからTK大学からミキ教授を訪ねてやってきた大学院生を講師とした数学談話会。そんなわけで、朝から夕方まで他の人が数学の話をするのを聞く係だった。

妻の報告によるとホルン吹きHANAちゃんのライブはエンターティナーとしてのHANAちゃん(保育士/幼稚園教諭の免許あり)の才気が発揮されたとても素敵なものだったそうだ。よかったよかった。歩数計カウント11,268歩。それよりなにより、長らく日記の更新をサボってしまってごめんなさい。


2009年11月29日(日)くもり

昨日と今日は学科の合宿研修。午前中は学生たちが課題についてまとめた内容の発表。昼食後に少し自由時間があり、しかし早めに松山に戻る。今回はなんというか、学生たちのがんばる姿に触れて、彼らをだいぶ見直した。手当ても代休も出ない仕事ではあったが、行ってよかった。

妻の郷里からホルン吹きのHANAちゃんが松山にやって来た。明日は愛媛県こども療育センターの子供たちに演奏を聞かせてくれるのだ。アマチュアとはいえ、瀬戸内海を渡ってノーギャラで来てくれたので、せめて晩飯をご馳走しようと妻の車で 亜州茶館ロータス (→Komachiグルメパーク)(→夢の記念日) へ。ああいう「若い女性がおしゃれに楽しむための店」では、俺はちょいと落ち着かないけれど、そんなオッサンのぼやきはともかくとして、主賓のHANAちゃんには喜んでもらえたようだ。素敵なおねえさまに弱い【娘】は張り切りすぎたせいかお腹を痛くしてしまい、デザートのケーキを食べられなくなった。帰りがけに【息子】がショーケースのいちごショートケーキを指さして大声で「これ、おねーちゃんが食べたかった」と言ったのには、隣のテーブルの人たちを含め、一同苦笑。


2009年11月28日(土)くもり

大洲青少年交流の家にて、数学科の合宿研修。平成14年を皮切りにしばらく続き、その後長いこと途絶えていたものを、若い3人の助教がスクラッチから再構成してくれた。今回は3回生以上(つまりサケガノメル人たち)を対象に希望者のみ参加とし、数学の課題としてもちょっと難しいものを設定した。夕食には懇親会としてビールを飲みつつ鍋を囲んだが、その後も自主的に研修会場に戻って課題に関する議論を再開する学生さんたちが多数いたのには教員サイドは驚くやら感激するやら。

学生たちが課題に取り組んでいる昼の数時間は教員はこれといってすることがないので、俺は別室で自分の数学の勉強にゆっくりと時間が取れた。そのときは難しく考えすぎていたけれども、ある「未解決な部分」が、実はすごく簡単に解けることが、夜も3時過ぎになって皆がようやく寝静まったころ、ベッドでぼんやりと考えていたときにわかってしまった。個室であれば飛び起きてノートに書き付けるところなのだが、相部屋の若手二人がようやく寝付いたところだったので自粛。


2009年11月27日(金)くもり

朝のゼミが流れてしまった。発表するはずの学生が寝坊したからだ。ネボスケくんは午後にやってきて平身低頭。月曜の午後に振り替えゼミをすることにした。「卒業して社会人になってそんなことしたら即刻クビになるぜ」とだけ小言を言いましたとさ。夕方からピアノのレッスン。来年の発表会に備えてドビュッシーの曲を始める。それとツェルニーも再開。歩数計カウント8,170歩。


2009年11月26日(木)くもり

昨晩ウォッカを飲みすぎたせいで少々胸焼け。したがって本日は休肝日。いつもの医者に行って薬を出してもらい、帰りにフジグランのミスドでドーナツを買った。歩数計カウント9,334歩。


2009年11月25日(水)くもり

いつもauOne占いニュースフラッシュをみるついでに目に触れるだけなのだが、きょうは久々の1位だったので診断文を読んだら、総合運はこうだった…

運気は好調な日ですが、いつもと同じことをやっていたのでは、無難な日常のまま時間が過ぎてしまいそう。新境地が開けそうなので、今日は色々な知識に触れてみましょう。心を啓発し、未来の希望に結びつくことが見つかりそうです。哲学的な一日を過ごすと良いかもしれません。

いつもと同じことをやっていたのでは無難な日常のまま時間が過ぎてしまうというのは、今日に限らず普遍妥当的に正しそうだ。当るか当たらないかなんて野暮なこと言わずに「いろいろな知識に触れてみましょう」という部分に乗ってみることにする。どのみち生きているうちはずっと「心を啓発」しつづける必要があるからな。しかし、哲学的な一日を過ごしてもあまりいいことがない(「哲学的な毎日」でもあんまりよくない)のは体験済みだ。もっとも、なににつけても中途半端な俺なので、哲学が足りないのかもしれない。あらためて、哲学的な一日とはどんなものか考えてみる。まず空を見ながら歩いて池に落ちる。濡れた身体を温めるために風呂屋に行き、湯の中でインスピレーションを得て裸で飛び出す。飛び出した拍子に窓ガラスに頭をぶつけ、頭の周りを星が回るのを見て「それでも地球は回る」と言い、割れたガラスを見て「ワレ思う、ゆえにワレあり」と言い、ガラスの破片で怪我をして流れる血を見て「チはチカラなり」と言う。風呂屋に窓ガラスの代金を請求されると、お金でなくガラス現品で弁償しますと唯物ベンショウ法を提案する。…どうもろくなもんではない。しまいに毒杯を仰がされそうだ。

歩数計カウント11,733歩。


2009年11月24日(火)あめ

だいぶ冬らしくなってきて、朝はずいぶんと寒かった。午後から雨になった。火曜日なので講義をして、お決まりの授業アンケートをとる。このごろの中間授業アンケートは、肯定的な所見を先に書くようにアンケートフォームが作られている。そのせいか、授業に対する否定的な意見は少なかった。ほっとして胸を(というより緊張で痛くなりかけた胃のあたりを)なでおろす。何人か、ペースが遅い=早くもっと先の話が聞きたい、という意見があったのは真剣に受け止めにゃならん。ところがそのいっぽうで、いまのペースがちょうどええという意見もある。兼ね合いが難しい。学校に限らず、何かを習い覚えるグループ活動のあるところに常に付きまとうジレンマである。

雨が小止みになった隙をついて、早めに帰宅した。今夜はお酒もなし。歩数計カウント11,047歩。


2009年11月23日(月)/勤労感謝の日はれ

義父の日ごろの勤労に感謝して、昼食に「パパラーメン」を作る。夕方の船で松山に戻った。義父母に言わせると孫たちは帰省するたびに成長しているという。たしかに二人で遊ばせていればちょっとのあいだ目を離しているくらいのことはできるので、面倒を見やすくはなった。ありがたいことである。


2009年11月22日(日)あめ

徳山の周南市美術博物館へ行って「まど・みちお え てん」を観てきた。「ぞうさん」「ふしぎなポケット」などの詩が名高い まど・みちお の絵画作品。詩の世界を絵で表現した作品だったら退屈かもしれないと、正直なところあまり期待していなかった。だけど、「何かを描く」ことよりも、表現すること自体に没頭し、技法の面白さにわれを忘れて遊んでいるような無邪気さの感じられる、抽象的でポップな絵が多くて案外面白かった。とはいえ、創作ノートを見るとデッサン力だって相当なものだ。百歳を迎えた詩人の近年の直筆原稿も展示されていた。突き抜けた言語表現が爽快である。「俺が」「わたしが」という自己顕示が一切ない。何かよいことを言って世の人に聞いてもらいたいといった魂胆も一切ない。そこのところは絵画作品とあい通じるものがある。

かあさんが長いのね
かあさんも ながいのよ

まど・みちおの詩「ぞうさん」について。 ぞうさんぞうさんお鼻が長いのね と私に話しかけられて そうよかあさんも長いのよ と答えているのは、ぞうさん本人かそれとも私の連れか、という解釈をめぐって論争(というほどのものではないけどまあ、二様の解釈)があるようだ。だが、「長いのは何か」という点をどうして誰も問題にしないのだろう。

聞くところによると、そうよかあさんも長いのよ と私に答えてくれているのはぞうさん本人か私の連れかどっちですかと、詩人本人に尋ねる人がいるそうだ。困ったものだ。歌を聴いて、動物園の檻の前で楽しく会話する親子のイメージを思い浮かべている人がいて、また、ゾウに話しかけたらゾウが上機嫌で答えてくれたというイメージを思い浮かべる人(俺はこっち)もいて、両者とも詩から情景をイメージしている点は同じなのに、はたして正解は必要なのだろうか。詩の解釈に正解はあるのだろうか。あるとして、それは詩の作者が持っているものなのだろうか。言葉はただひとつの正しい意図を伝えるために使われねばならぬという考えは、詩歌の対極にある考え方じゃなかろうか。

昼食はザ・モール周南で外食。夕食は刺身。


2009年11月21日(土)くもり

マックスバリューで義母に頼まれた買い物。夕食はちゃんこ鍋。【娘】と【息子】を風呂に入れ、湯舟に浸かりながら【娘】に九九を暗誦させる。


2009年11月20日(金)はれ

日中は普通に仕事。セミナーでは述語論理のコンパクト製定理の証明をやる。慣れ親しんだ「ヘンキン工法」ではなく、スコーレム項の全体を領域とする「エルブラン構造」を用いる証明で、なかなか面白かった。ピアノレッスンなし。連休は妻の両親の実家で過ごすことに。11,949歩。


2009年11月19日(木)はれ

会議最終日。朝7時過ぎに実家を出発。JR京都駅のコインロッカーに荷物を置き、帰りの切符を買ってから、京阪七条駅まで歩き、神宮丸太町から楽友会館へ。昼休みはひとりで吉田神社を散歩。それから北白川の「天下一品」で昼食。吉岡書店に寄るが何も買わず。会議終了後は夕方5時13分の新幹線に乗って京都を出発。特急しおかぜが松山についたのは夜の9時半。帰宅したら子供たちは当然すでに寝ており、妻が齋藤孝『偏愛マップ』を読みながら待っていた。今回の9日間の出張は、名古屋と京都の懐かしい風景に触れて昔を偲び、かつ世界の壁の厚さを体験する旅だった。歩数計カウント14,307歩。ふうっ。長かった遠かった重かった。


2009年11月18日(水)はれ

一日で雨は上がったがずいぶん寒くなった。

会議三日目。自分の発表。英語の問題は心配したほどのことはなかった。むしろ発表の数学的内容のほうが問題で、有名な既出ネタの焼き直しに過ぎないことをたちどころに指摘されてしまった。これにはかなりヘコんだ。というのも、自分でもひょっとしたらそうかもしれないという予感があったのに確認を怠っていた、まさにその恐れていた事実を、ものの見事に指摘されたからだ。研究に対する真摯さが足りなかったせいで、かかなくてもよい恥をかいてしまった。まあ、恥は自業自得として、そろそろ疲れも出だす三日目の朝九時にわざわざ集まってもらった聴衆にも悪いことをしたと思う。

午後の嵐山への遠足をキャンセルし、一人反省会と称して別行動をとる。平安神宮の境内を歩き、京都会館の前に佇み、府立図書館に立ち寄り、国立近代美術館で開催中のボルゲーゼ美術館展に行った。ルネサンス期のボッティッチェリ、ラファエロらの貴重な絵画を見ることができた。それに実を言うと常設コレクションの長谷川潔も大好きなのだ。その後、疎水のほとりを散策し、地下鉄で京都駅に行って、かつてアルバイトしていたアバンティ銀座ライオンで軽くヤケ酒 (というか、やけビール) を飲んだ。帰りがけに「25年前のオープン時にバイトしていました」と言ったら、店員さんは最敬礼してくれた。当時の副店長で今では横浜の支配人をされているという西原さんはときどき京都に見えられるというので、くれぐれもよろしくお伝えくださるようにお願いした。夕方からの会食のために嵯峨嵐山へ向かう電車では、妻から慰めのメールをもらって、ちょっと泣いてしまった。その後ヨリオカくんたちも慰めてくれた。みんな、本当にありがとう。

会食は嵐山の竹むらで湯豆腐。本当においしい豆腐だった。リオネル・グエン・ヴァンテ (Lionel Nguyen Van The) というフランスはマルセイユから来ている若い学者に、「じぇとぅでぃえふらんせあんぷぅ」(j'ai étudié fraiçais un peu = ふらんす語スコシ勉強シマシタ)などと本当に久しぶりのフランス語で話しかけ、ひと時の会話をたのしんだ。少なくとも「何?」みたいな顔はされなかった。通じてよかった。朝の発表で赤っ恥をかいたにもかかわらず、尊敬するサイ・フリードマン先生に嫌われたわけではないと確認できたことも救いだった。午前中はなにせしょんぼりして、会食も欠席したろかと思ったけど、行ってよかったよ。今回の発表では涙を飲んだけど、なにも息の根を止められたわけではない。気を取り直して、明日からまた褌をしっかり締めて勉強しなおすだ。

会食前のほんのひとときの散策だけだったが、久々の嵐山はやっぱり懐かしい心休まる場所だった。会食後はこれまたなつかしい嵐電 (京福電車嵐山線) に乗って実家へ帰った。歩数計カウント14,593歩。


2009年11月17日(火)あめ

会議二日目。昨日の佐藤教授に引き続き、きょうはイリャス・ファラアに会いに作用素環論の大家である境正一郎先生がやってきた。とても気のいい、上品なご老人で好感をもった。セッション終了後はウスバくんサカイくん吉信くんと、熊野神社の からふね屋珈琲店 で雑談。その後バスで実家に戻る。歩数計カウント9,858歩。

夕食後、深夜まであすの発表の準備。すでに日本語で語るには十分すぎるほど繰り返し内容の確認はしてあるが、英語での発表はいまだに不安である。


2009年11月16日(月)はれ

毎年京都でこの時期に行われている研究集会。今年は研究所の建物が工事中という理由で楽友会館に場所を移しての開催だ。大正14(1925)年の建造物で国の登録有形文化財。オンボロではあるが、こちらの建物のほうが俺にはよほど好ましい。

京都大学楽友会館 京都大学楽友会館 京都大学楽友会館

吉田寮の隣とて、夕方になれば交響楽団のヴァイオリンやフルートの音が聞こえだす。向かいには京都市内唯一の、おそらく全国的にも例をみない 制服のない公立中学校 である市立近衛中学校が見える。もちろん服装の規定はいろいろあるのだが、「標準服」はなく、登下校の生徒さんたちは、思い思いのトレーナーや何かを着ている。

昼食には、サイ・フリードマンに会いにやってきた佐藤雅彦教授と謎の東洋人フチノさん、それに俺というメンバーで和食の店に行った。佐藤先生はカナ漢字変換システムSKKの開発者である。学生時代に名古屋で一度お目にかかっているが、覚えてもらっているはずもない。自己紹介をしつつ無意識に双方がお辞儀をすると、サイが面白がって真似をした。

セッション終了後、歩いて中心街へ向かう。東山近衛から三条京阪までは急ぎ足で歩いて25分だった。もっと遠いと思っていたが。四条通のジュンク堂を再襲撃し子供と妻のための本を何冊か購入。地下鉄烏丸線と東西線を乗り継いで実家へ戻る。歩数計カウント12,469歩。夕食後早めに床について、布団の中でケータイでゲームをしているときに、いきなり「こむら返り」になってぎゃあっと悲鳴を上げてしまった。


2009年11月15日(日)くもり

午前中は実家で過ごす。母は同窓会のため外出。俺が昼飯を作る。近所のスーパーで半生麺を買ってきてラーメンを作り、イカの煮物を作って、父と二人で食う。その後すこし昼寝をしてから、おもむろに街へ出向く。BALのジュンク堂で積分論の歴史に関連した本を2冊買い、奥の喫茶室に席を占め、先日得られた証明の細部を確認しながらノートを書く。夜は明日からのカンファレンスのために集まった外国からのゲストと会食。あの大変精緻で難しい論文を書くサイ・フリードマン (Sy David Friedman) が、大変気さくで、ほとんどお茶目といってもいい人柄だと知ってちょっと驚いた。サイ・フリードマン、ボーバン・ヴェリツコヴィチ (Boban Velickovic)、イリャス・ファラア (Ilijas Farah)、ポール・ラーソン (Paul Larson)、そしてわれらがヤーグ・ブレンドル (Jörg Brendle) 神戸大学教授といった一騎当千のスタープレーヤーたちに取り囲まれる。ファラアには「君はヤーグかテルユキ(ヨリオカくんのこと)の学生か?」と聞かれてしまった。人種が違うとなかなか年齢がわからないとはいえ、これはまたあまりにあんまりな見立て違いである。ブレンドルさんは俺と同年齢だしヨリオカくんに至っては5〜6年も年下である。とはいえ二人とも俺なんかよりうんと優秀な数学者であることを思えば、よしんば俺が彼らの学生であったとしても、まあおかしくはない。

歩数計カウント15,453歩。


2009年11月14日(土)くもり

昨晩遅く、タマちゃんとの共著論文が受理されたとの知らせ。いまは朝の7時半。窓の外は本格的に雨。この雨の中を大荷物をもってチェックアウトせねばならずちょっと大変。ラーソンさんのレクチャーは9時半からだ。先に名古屋駅に行ってバッグをコインロッカーに置き夜の新幹線の切符を買ってから大学に行くことにしよう。夕方は柘植先生のお通夜に行くから、京都に着くのは夜の9時をまわるだろう。

〜〜〜

名古屋駅で地下鉄東山線に乗り、本山で降りる。かつて本山に住んで徒歩で名古屋大学に通っていた俺には、ひと駅だけのために本山で名城線の電車を待つのがどうもアホくさく思えるのだ。思ったより早く着いたので、散歩がてらかつての住まいの近くを歩く。ほとんどすべての建物が建て替わっている中で、驚いたことにかつて寓居した木造アパートだけは20年前のまま残っている。

シマウマ書房
あのころカフェ「サンタジュール」やオムライスの「大正軒」などがあったところ
現在は古本屋さん

古いアパート
大家さんは生きていれば90歳か。
時代の変化に一軒だけ取り残された、かつての住まい

ラーソンさんのレクチャーは午後3時すぎに終了し、いったん解散。俺は午後7時からのお通夜までどこかで時間をつぶさねばならない。桃巌寺のモスバーガーでサカイくんと謎の東洋人フチノさんが共著論文の相談をするというので、俺とミナミくんも同席することにした。サカイくんは神戸の助手。ミナミくんは現在ウィーンのゲーデル研究所のポスドクである。実数の集合論のプロであるミナミくんを相手に、京都で話す予定のことをすこし詳細にまで踏み込んで語った。ここまでに証明できた内容とその背景を語るだけで京都での50分の講演には十分なようだ。だがもちろん俺自身はすぐにでも次のステップを踏み出さないといけない。

6時過ぎに今池に着く。7時のお通夜まで街をうろうろする。町全体が時代に取り残されてちょっとしょんぼりしているが、ウニタ書店名古屋シネマテークが健在であることを確認できたのはうれしかった。お通夜には同級生のアオキくんが下関から駆けつけていたほかには話す相手もおらず。先生の息子さんに普段着での参列を詫びつつおくやみを言ってから斎場を辞した。京都の実家に着いたのは夜の10時過ぎ。歩数計カウント17,549歩。


2009年11月13日(金)くもり

ラーソンさんのレクチャー二日目。普遍ベール集合 (universally Baire sets)、ワッジゲーム (Wadge games)、均質ススリン集合 (homogeneously Suslin sets) など、少しは勉強したことがある内容だったので、昨日と比べるとついていきやすい話だった。昼食は北部厚生会館の学食で台湾ラーメン。夕食はグランピアットで会食。

夕方、名古屋大学名誉教授の柘植利之先生が亡くなったとの知らせ。享年83年。俺がたまたま名古屋にいるときに逝かれたのもなにかの因縁か。近藤基吉の直弟子として記述集合論と再帰理論を学び、いくつかの重要な貢献をなした数学者であり、また大学人としては教養部長や図書館長を務め、名古屋大学の発展に寄与することの多かったひとだ。俺にとっては、書類上のという感じではあったが修士課程の指導教官。平成元年の春、俺が修士をとって博士課程に進むのと時を同じくして名古屋大学教養部を定年退官されたのだけど、最終講義の終わり近くに「こうした研究は自分の最初の弟子の篠田(寿一)くんに引き継がれ、最近のフジタくんの修士論文も、云々」と、いきなり俺の名前が飛び出して驚いたのを、いまだにはっきり覚えている。謹んでご冥福をお祈りする。明日の夕方には京都に移動するつもりだったが、せめてお通夜になりと顔を出さねばなるまい。

夜、なぜかThunderbirdでメールの送信ができない。状況が状況だけにちょっと困る。


2009年11月12日(木)くもり

四時半に目が覚めた。自分が思っているより血圧が高いのかもしれない。妻の低血圧も心配だし、俺が四十路の半ばにさしかかったこともあるし、そろそろ家にちょっとした自動血圧計のひとつも置くべきか。

昨日は俺が珍しく早めに日記をアップしていたので、それを読んだヨリオカ君が昨晩メールで「自分は明日の朝の新幹線で名古屋に着きます」と連絡をくれた。そこで、名古屋駅の高島屋でコーヒーを飲みながらこのひと月ほど暖めていた構想を聞いてもらう。ヨリオカくんが興味を示していろいろ訊ねてくれたおかげで、いままで以上に頭が回転して、その結果、きのう思いついた融合列がちゃんと使えるものであることがわかってきた。来週の京都での研究発表に目鼻がついてきた。誰かが興味を示してくれるというのはすごく大きな励ましになる。来週松山に帰ったら面倒がらずに妻の話を聞いてやろう。

名古屋駅高島屋にて
名古屋駅の高島屋にて
もちろん妻には真っ先に送ったよ

ラーソンさんのレクチャーは難しいが大変興味深い。そもそもΩ-ロジックは集合論の面目を一新しかねない大理論で、そういう話題に触れられる所にいられる、そのこと自体がかなりラッキーなことなのである。でもやっぱり難しい。

きょうのレクチャーが終わって、大学の近所で何人かの出席者と中華料理を食っていたら、奇遇にもヨネザワさんが同じ店で晩飯を食っていた。大学院時代の先輩で、なにかにつけ世話になった恩人である。数年前に同期のアオキくんの結婚祝を立て替えてもらっていたのを、ようやく払うことができたし、なにより長らく会っていなかったので顔を合わせられただけでもうれしい。

そんなこんなで、いろいろラッキーなことが続いた一日のしめくくりに、ホテルの温泉にいったら、お父さんとお祖父さんに連れられた小さな男の子二人が先に入っていた。宮城県からやってきた三歳の双子ちゃんだ。声をかけると元気よくかわいらしくいろいろ答えてくれたぞ。

歩数計カウント9,972歩


2009年11月11日(水)あめ

ウッディン (Hugh W. Woodin) の高弟でマイアミ大学准教授のポール・ラーソンさん (Prof. Paul Larson) が、明日から三日間にわたって名古屋大学でΩ-ロジックのレクチャーをするというので名古屋にやってきた。もっとも、初日のレクチャーは午後からだから明日の朝の移動したのでも十分間に合ったはずだというのは秘密だ。小牧の名古屋空港からのバスが正午ちょっと前に名古屋駅に着いた。駅前のビル街の地下で、おっさんらしく喫茶店の日替わりランチ。それから、笹島のミスドへ移動し、数学の続きを考える。

一週間ほどかけてさんざん悩んだこと、つまり融合列 (fusion sequence) をどう定義すべきかということについて、だいたいの方針が立った。だが定義した融合列が当初の目的に役立つものになっているかどうかは、また別の問題で、それをこれから考えないといけない。なかなか面白くなってきた。やっていることが以前に誰かがやったことと同工異曲の《車輪の再発明》にすぎないかもしれないという疑念も払いきれず、何か意味のある結果が出るのか、まったくのナンセンスで終わるのか、予断を許さない。そういう意味での面白さもある。そのあたりはまあ、どのみちもっと詳しく調べてみないとわからないことだ。

雨が小止みになった午後2時半ごろ、ホテルに移動し早めのチェックイン。ひとり旅なので、荷物は重いが身は軽い。ホテルは納屋橋のヒルトン!!ではなくて、その裏のクラウンホテル。王侯貴族がヒルトンにご投宿あそばすときに御者とか荷物もちが泊まるための‥‥いやいや、決してそんなことはない。クラウンホテルは俺にとっては名古屋での定宿だ。決して新しくもなく華やかでもないが、落ち着いたムードがむしろ好ましい。なにより都会のど真ん中にありながら天然温泉の浴場があるのが魅力。

クラウンホテルの一室
まあしかし室内は普通のビジネスホテル

そして、王侯貴族の皆様におかれましては、御者や荷物もちに至るまで全員ヒルトンに泊めてやるくらいの太っ腹なところをお見せくださいますよう、お願い申し上げます。

夕食は餅入り味噌煮込みうどん。決して食い物のノルマがあるわけではないが、名古屋に来ると、味噌煮込み、きしめん、手羽先、味噌カツ、台湾ラーメン、エビフライ等、ご当地メニューに事欠かない。

ここで ういろうを仲間に入れないのは甘いものがあまり好きでないことと、ういろうは山口産に限るという妻の主張を考慮してのことである。

歩数計カウント10,647歩。


2009年11月10日(火)くもりあめ

火曜日には講義がある。それから明日からの出張に備えていろいろの用事を済ませる。残念だが明日はあまり天気がよくないらしい。9日間の出張なのでどうしても荷物は大きくなるし、傘を持って飛行機に乗るのはなかなか面倒だ。まあしかし張り切って行ってこようと思う。なにしろ名古屋にいくのは案外と久しぶりで、日記を見るかぎり2006年2月以来である。久々に味仙の台湾ラーメンが食えるぜ。うひひ。

出張が入ったおかげで中間テストをするタイミングを逸した。だが成績評価のことがあるから、期末テストのほかにどこかの時点でテストのようなことはしたい。12月に入ってから中間ではなく三分の二くらいのところでテストをすることになるが、それでも最初より後であり最後より前であるから、トポロジカルには中間だ。講義名は位相数学、講義のテーマは距離空間の位相だから、ここはひとつ 《位相数学的中間テスト》 と称してやってみることにしよう。

久々に一万歩越え。歩数計カウント11,890歩。


2009年11月 9日(月)くもり

小学校と幼稚園の学級閉鎖が解除になった。俺はまあ、普段どおりに仕事に行っていたが、妻は自分が寝込んだことに加えて子供たちが一日じゅう家にいる10日間はそりゃもう大変だったそうだ。金曜日の日記で予告した数学ノートのPDF版をいつもの場所にアップロードした。たいしたものではないが、実数の集合論について「専門家はみんな知ってるけど、どこにも書いてない」三つの小ネタを書いた。興味のある方はどうぞ。今日も今日とて、アイディアを出したりポシャったり。目標を少し近くに設定しなおしたので現実味は出てきたが、俺のやろうとしている方法は、まだ同じところが引っかかっている。なにか大事な部品が足りない。

俺の考えている半順序があるいはマサイアス強制と同値であるという可能性も浮上してきた。それならそれでいいが、まだハッキリしない。このハッキリしないというのが曲者で、この状態がずっと続くとしまいに考えるのに疲れて どーでもよく なってしまうのだ。そうやって未熟なままに打ち捨ててしまったアイディアが俺にはたくさんあり、あとで他の人の論文を読んでこれはひょっとしてあのときのアレではないかと思うこともある。だが、そんなことはもちろん自慢にもならない。アイディアの墓場で終わらないためには、どんなに小さくとも前進しつづけないといけない。だがいまの俺は 発表の期日が迫っていることもあって どうしても功をあせる気持ちになっている。あせる心には魅惑の失敗さまに付け入られるスキがある。

歩数計カウント8,033歩。


2009年11月 8日(日)はれ

ピアノの発表会。ものすごく久々にスーツ着用。ただし上着は演奏のときには窮屈なだけなので脱いでしまう。シャツはワイン色。毎年このスタイルだ。予想通り出だしでしくじる。後半はなんとか持ち直したがなけどな。演奏を始める前にペダルの位置と踏み心地を確認するのを忘れていたので、いざ演奏を始めてみると、足先がペダルの支柱につっかえるような、おかしな足の置き方になってしまった。ところがショパンのノクターンには、足をペダルから離せる箇所というものがない。つまり足を置き換えるタイミングはない。おかげで踏み損ねる箇所がいくつか出来てしまった。やはりどこか緊張していたようだ。

家族はインフルエンザ後の外出禁止状態。他には発表会に招くような知人はいない。まあ、さびしがっていても仕方がないので、お嬢さんの伴奏でチェロを弾いたお父さんに「なんかうらやましいです」と話しかける。すると、お父さんは「ノーギャラのはずなんですけど、けっこう高くつくんですよ、着る服がないとか言われて」と苦笑する。男は毎年同じ服装で出演できるが、女の人はそうもいかないからだ。しかし、答礼のときのお嬢さんの笑顔を見ていると、きっと基本のところでお父さんのことが好きなんだろうなあと思える。奥さんも来ていたし、仲のよい家族ってすばらしい。このお父さんもきっとそうだろうけど、俺だってドレスの一着や二着いくらでも買ってあげちゃう(って、まあ、お金があればの話)。昨年と今年の(それと昨年の暮のミニコンサート [→2008年12月20日] でも)トリを務めたノゾミさんは、気負いも衒いも飾り気もなく楽しそうに演奏する姿が好ましくて、俺はひそかにファンだったのだが、今回が最後の発表会だという。ご両親が聴きに来ている。気安く声をかけるほど親しくはないので事情は聞かなかったが、きっと昨年のミニコンサートの頃に何度か見かけた彼のところにお嫁に行くのだろう。それはめでたい。発表会で演奏する姿が見られなくなるのはちょっと残念だけど。

歩いて帰宅し、O野先生にいただいた花を活ける。娘が喜んだ。


2009年11月 7日(土)はれ

またイライラが募って家族に八つ当たりしてしまった。ごめんなさい。あとで考えるといつもの抗鬱剤を昨日と今日飲み忘れている。そして当然の報いとして 魅惑の失敗さま [→今月2日] にまんまと魅入られてしまう。そしてイライラをさらに募らせる。ほかならぬこのスパイラルが魅惑の失敗さまの栄養源なのだ。俺は酒を飲むことは忘れないのに、薬を飲むことは時々忘れてしまう。困ったものだ。もっとも、酒並みに飲むのを忘れない薬はそれはそれでアブナイ気もするけど。


2009年11月 6日(金)はれ

この「て日々」は日記である。じゃがばっと、普通に仕事をしている人間の身に、しかも普通の平日に、面白いことが次々と降りかかるなんてことはない。だからといって「今日の夕食には何を食いました」だじゃどうじゃばっかり書いても、やっぱり面白くない。たいていそういうのは、誰かが普通に料理した普通の食い物の話になってしまう。エリマキトカゲやウォンバットやマンドラゴラを食うわけではないからな。だからどうしても、公開日記がつまらなくないようにするために、頭の中で考えたことをいろいろ書き込むことになる。ところが、ろくなネタ発表内容もないうちに再来週の京都でのカンファレンスで研究発表をすると宣言してしまった俺の頭の中は、心に浮かびたる由なし事 について そこはかとなく 考察を展開しているような 徒然なる 精神状態ではないのだ。

そして、「頭の中」のことを「脳内」というような、フタコトめには「脳」を持ち出す最近の風潮はあまり好きではない。昨年、小学校の授業参観に行って小学1年生のオトモダチが授業中の発言で脳がどうたら言っているのを聞いたときには心底あきれた。だって、45年生きている俺にしたって、俺自身の脳についても、近年の脳科学の進展についても、ほとんど何も知らないし、生き物の脳みその実物を間近に見たことさえ全然ないじゃないか。それに、医者でも生理学者でもない俺たち庶民が脳を引き合いに出して言うことのうちに、本当に脳髄という解剖学上の器官についての言説としてしか言いようのないことが、どれほどあるっていうんだ。そもそも、脳って本当にあるのか? 見たこともない脳の存在を信じているあなたが、同じく見たこともない神さまの存在を信じない理由は何だ? ちょいと説明してくれ。・・・あ、入院したときに頭の断面のCTスキャンは見たな。そのときの感想は「あ、ちゃんと脳みそ詰まってるやん」だった。

あと、「じゃがばっと」は妻の考案した「じゃが(but)」と「じゃあ遠慮なくガバっと頂戴します」と「ポテトサラダを山盛りに入れた平たい容器」という3通りの意味をもつ用語だ。

で、何が言いたいかというと、要するに、10月11月に入ってからの「て日々」がワケワカランくてつまらんかったとしても、仕方のないことなのだから許せ、ということだ。どうも「て日々」がつまらんくて残念だと思うなら、あなたが代わりに面白い日記を書いて読ませてください。まあそんなわけで、昨日の日記に書いたようなとおり、ここ数日のあいだに考えたことのノートを TeX 化、というよりPDF化した。隠すほどのことではないから公開してもいいのだけど、これはどう考えても「てなさく世界」の内容ではない。だからあちらでやることにする。ということは、アップロードは週明けか。

今度はルヴォー (Alain Louveau) のフランス語の論文にとりかかる。学生時代に第二外国語でフランス語をとり、二十歳代のころにグループレッスンで勉強したこともあるフランス語だが、おおむねすっかり忘れていて、たいていの文章はちょっとも読めないのだけど (あ、それは英語でもそうか。ひょっとしたら日本語でも同じことかもしれない。しかしまあともかく)、数学の論文であれば、数学のロジックの進行だけはなんとか追跡できる。フランス語の数学用語は英語と共通のものが多く、その点でも助かる。それでも、写像 (英: mapping) が アプリカシオン (application) だったり、ラムゼイ超フィルター (英: Ramsey ultrafilter, or selective ultrafilter) が絶対超フィルター (ultrafiltre absolu) だったりして、時々はナンジャコレと言わねばならなくなる。どうにも推測がつかなかったのが l'adhérence (粘着性?) というやつだが、これはどうやら閉包 (英: closure) のことらしい。

ピアノのレッスン。いよいよ発表会は明後日だ。問題は曲の出だしである。明日と当日、肩の力を抜いて気楽に出られるように練習しよう。それと、総ざらいの通し練習をしなくちゃ。明日の夜あたり、妻子をお客さんにしてやってみよう。あと、靴を磨いてシャツにアイロンをかけないと。

このところいまひとつ歩数が伸びないなあ。歩数計カウント9,360歩。


2009年11月 5日(木)はれ

論文を読みながらメモを取ったりちょっとした計算をするのには, クリップボードに反故にしたプリントの裏紙をはさんで水性ボールペンで書くのが自分では気に入っている. 高価なノートにはプレッシャーを感じて気軽に書き込めないが, これならなんだか勉強がはかどる. 調子が出てきたら何に書くかなんて関係ないのだが, 調子が出るまでの助走が大切だからな. ただし, のちの参考に書き上げた内容を保存しておこうとしたときにちょっと困る. あまりかっこよくないし, 裏側 (というかもともとの表側) に書かれた内容も目障りだし. ある程度考えがまとまった時点でどんどん TeX 化してしまうのがよさそうだ.

デスクデス

きょうは10年ほど前の初出時にコピーしたアイスヴォルトの論文 [Todd Eisworth, Selective ultrafilters and \(\omega\to(\omega)^\omega\), Proc. Amer. Math. Soc. vol 127 (1999) pp. 3067-3071] を読んだ. なんだかんだで放置して10年経ったのだけど, 思い立って読んでみたらとても面白かった. ラムゼイ超フィルターに関連したマサイアスのある定理 (円満家族論文の定理0.13を \(\mathbf{\Sigma}^1_1\) から \(L(\mathbb{R})\) に属するすべての集合へ拡張したもの. 同論文の補題5.5から導かれる) に使われたマーロ基数の仮定が取り除けないことを示している. その方法が強引なようで実に巧妙なコード化の手法で, \(\aleph_1\) 個の実数の超限列の情報をラムゼイ超フィルターに埋め込んでしまうのだ. ただ惜しいことに証明全体が背理法なので, せっかく巧妙な手口で構成したオブジェクトも結局は事実に反する仮定から矛盾を導くための方便, いわば砂上の楼閣に過ぎない. とはいえ見事な証明であることに変わりはない. 本当は同じマサイアスの論文にあった "頭にキタ一族" (MAD family) の不存在の無矛盾性証明に使われたマーロ基数の仮定の必要性如何が知りたいところだが, こちらはどうも, まだわかっていないようだ. マサイアス自身は \(\omega\to(\omega)^\omega\) から頭にキタ一族の不存在が導かれると予想していたのだけれども, どうなのだろう.

歩数計カウント8,583歩.


2009年11月 4日(水)はれ

妻も動き回れるようになったようなので安心して仕事に行く。お金もないし昨晩作ったお惣菜があるので弁当を自作。夕方までオフィスにこもって昨晩の着想をもうすこし詰めて考えてみる。レイヴァー強制の融合列 (fusion sequence) の美しく整った構造には感動すら覚える。が、自分のほしい結果に至る道はあと一歩のところで見えてこない。いろいろと面白い式が成り立つのを確認したが、どれも決め手にならない。夕方、部屋を片付けて帰ろうとした頃、このアイディアにはひょっとして反例があるのかもしれんと思い立った。家路をたどりながら、レイヴァー強制だけでだめなら、マサイアス強制やシルヴァー強制のような無限集合の可能性を絞り込んでいく強制概念の力を借りられんだろうかと考えた。帰宅後、案の定、レイヴァー強制の融合列をそのまま使ったのでは、自分の目的は果たせないことを示す反例をたやすく構成できてしまった。ダメであることがはっきりしたのはいいことだ。きょう一日、ありえないものを捜し求めていたわけだが、得るものはあったので無駄足を踏んだとは思っていない。いま考えている問題はそもそも ω上のフィルターに関連した問題なので、マサイアス強制が使えるかもしれない。次はそちらの可能性を追求してみよう。

オフィスは南向きで、きょうのような天気のいい日の正午ごろは暖房はおろか電灯もいらないくらい明るく暖かい。とても快適。だが、いい気分で仕事を続けて夕方になって、気がついてみると、部屋の空気も自分の身体も冷え切っていることがある。気をつけなくちゃ。日中とにかくオフィスから出なかったので、往復とも歩いたわりに歩数は少なめ。歩数計カウント8,376歩。

ところで、今朝 NHKのニュースサイトで知ったところでは、構造主義の主唱者として名高いフランスの思想家・文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースさんが先月末100歳で亡くなったそうだ。ブルバキの代数学者アンドレ・ヴェイユの協力のもと、群論の知見を未開部族の親族構造の分析に応用したことで、数学者にもその名を知られている人である。ご冥福をお祈りする。


2009年11月 3日(火)/文化の日はれ

昨晩から妻が寝込んでしまった。【息子】は朝からケロっと元気になっている。恐るべしタミフルの威力。発信源の【娘】は完治というのかなんというのか、なんともない。妻の様子を気遣いつつ子供2人の面倒を見てすごす。洗濯も食事の用意も買い物もするから、看護師兼保育士兼主夫である。まあ、世間の奥様たちはみんなこうなのではあろうけど。

午後、2階で休んでいると、【娘】が上がってきた。俺の物置棚のものを取ろうと無理やり狭い隙間に入り込もうとするのを無理に押し戻して (おかげで尻餅ついて、あとで見たら背中に小さなケガをしていた。ごめんね) 「ここは【娘】がそういうことしていい場所じゃないっ」と叱った。【娘】は「ごめんなさい」と素直に謝ったが、そのとたんにプッとおならをしたので、俺は思わず「ここは【娘】がおならをする場所じゃないっ」といって、それからふたりで大笑い。

この数日、うどんやおかゆが中心の病人食ばっかりだったが、子供たちの体調が快復したので、妻のぶん以外の夕食は普通の献立に戻す。その用意のついでに、もやしの和え物、オクラとわかめの和え物、きんぴらごぼうと、副菜3点セットを多めに作った。これで明日の昼食くらいまでは俺がいなくても病気の妻に料理をさせる気遣いはない。子供たちにメシを食わせ風呂に入れ薬を飲ませ、無理コやりコ布団に押し込んでから、2階で数学の続きを考える。

レイヴァー強制の融合補題については、そもそもレイヴァーの原論文で「あきらか」と一言で済まされている。バルトスツィンスキとユダアの本でも同様だ。イェック本には証明のようなものが書いてあるがよく読むと全然証明になっていない。ちゃんとした証明の要点はわかってしまえばなんでもないが、これに気づくのに小一時間悩んだ。つねづね俺はいろいろなことを知っているような風を装って日記を書いているが、実情はこのとおり。細かいところは全然理解してなくて、必要になるたびにドロナワ式にあわてて勉強する自転車操業である。これではいかんと常々思っているが脱却できない。と、自己批判はともかく、ここで悩んだことはかなり参考になった。いま考えている問題でレイヴァー強制を使うわけではないが、このアイディアは使えそうだ。

そして、ドロナワってカタカナで書くとなんかロシアの女の人みたいだ。アターシャ・ドロナーワとか。全然関係ないけど。

ふだんは1階の六畳の和室でみんな一緒くたに寝ているが、昨晩と今晩は俺だけ2階の自室の床に寝る。感染防止のためだから仕方がない。深夜、寝静まっているはずの階下で物音がするので様子を見に降りたら、ひたすら寝てばかりいたはずの妻が風呂に入っている。タミフルは処方されていないし10代の若者というわけでもないので、薬が引き起こした異常行動ではない。薬のおかげで楽になったのだという。まだ熱があるはずなので少々あきれるが、妻の声には力が感じられ、たしかに快復してきているのがわかって安心した。


2009年11月 2日(月)くもり

中途半端にうまくいくと、失敗を恐れる気持ちが生まれ、前進する足取りを重くする。成し遂げるべきことがあるのであれば、失敗を恐れてはいけない。といっても、もちろん失敗するのがよいわけではない。当たり前だ。してよいことなら、それは失敗ではない。

俺は今日もポカポカである。セミナーをしていたら訳本にまたまたミスを見つけたし(うわっ)、論文を読みながらノートを作ったら自明でない補題を2つ書き記していなかったし(なんぢゃこりゃ)そもそも手書きだと字がぐちゃぐちゃだし(あーあ)、かがみさんの日記に勇み足でコメントするし(ごめんなさい)。こんなぐあいで毎日のようにいろいろポカをやっている。が、だからといって命を落とすこともなく、このとおりのうのうと生きているところをみると、ひょっとすると俺は失敗でないものを失敗と思い込んでいるのかもしれない。(というより、周囲の人たちがフォローしてくれてなんとか助かっているだけなのかもしれないけど、いずれにせよ)、失敗のうちに入らない小さな失敗を過大評価する気の持ちようは改めるべきだ。絶対に起こしてはならない事態が正しい意味で「失敗」と呼ぶに値するのだとしたら、避けねばならない事態を考えに入れて、そうならないために必要なことをちゃんとすること、つまり、失敗を適切かつ合理的に避けることが絶対に必要で、したがってまあみなそれぞれに、そんなことは言われなくてもやっているはずのことである。

いっぽう、ヤミクモに失敗を恐れる気持ちがあるということは、いわば心が失敗のイメージに魅了されている状態なわけだから、思わず知らず 憧れの失敗さま を招き寄せてしまうことになる。たとえば大舞台でアガって失敗するなんていうのは、どうもそういうことだ。アガることに関するこのロジックは俺としては非常に納得がいく。ところがこの話の上下を逆転させて《ヤミクモに成功を求める気持ちがあって、心が成功のイメージに魅了されている状態になったら、思わず知らず 憧れの成功さま を招き寄せてしまうことになる》という話にすると、ロジックとしては同型なはずなのに、なぜか受け入れられない。では、両者の違いはどこにあるのだろう。

俺が失敗さまに自分が思っているより深く魅了されているということなのかもしれない。あるいはいままでに現実に出会った「魅惑の成功さま」理論の何人かの信奉者たちが人間的にどうも好きになれなかったせいかもしれない。だがまあ、本当の理由は「魅惑の成功さま」理論が端的に間違っているからだろう。しかしそうすると、「魅惑の失敗さま」理論も同程度に間違っているとせねばなるまい。失敗するのは簡単で成功するのは難しいという現在の俺の発想を逆転すると、いろいろものの見え方が変わってくるのかもしれない。「魅惑の成功さま」理論の信奉者にならなくても、魅惑の失敗さまに奪われた心を取り戻すくらいのことはしてもよかろう。

夕方、とうとう妻もインフルエンザ発症。いよいよ難しいことになってきた。【娘】ひとりが、一日家にこもりきりでエネルギーをもてあましたせいか、妙にハイになっている。牡羊座さんの【娘】には、なにもしないで静かにしていることがやさしさである場合もあるということを、これから覚えてもらわないといけない。夜半から窓の外に大粒の雨の音。歩数計カウント10,010歩。

後日追記。この日、タマちゃんとの共著論文の改訂版を再提出。査読が遅くなって、俺は遅いなあどうしたのかなあと思いつつも、どこかの数学者がボランティア精神 (というより「お互いさま」という相互扶助の精神) で無報酬でやっているに違いない論文の査読をせっつくのも申しわけない気がして放っておいたのだ。一年たったから「そろそろどんなですか?」と編集者に打診して、さらに一か月してもう一度、編集者あてに「査読者さんにもっぺん様子をきいて、あかんかったら "査読やめてもええよ" て言うてみてください」なんてやんわり圧力をかけたら(英文のメールだから京都弁で言ったわけではない。が、誰かに やんわり圧力をかける と思うと、どうも気持ちが京都弁になる)、その次の週明けにようやく査読レポートが来た。俺はこんなもんだろうと思っているが、若くてエネルギーのあるタマちゃんはこののんびり具合に少々オイカリだった。なにせタマちゃんはこの論文が完成したあと、別のテーマでさらに2本の単著論文を書いてすでに査読を通しているのだから、「あっちの論文はどうなっちゃったんだ?」と思うのもまあ無理はないか。どうも俺とは時間の流れ方が違う。ともあれ、こんどは早く結果が出ますように、というか、受理されますように。(2009年11月5日)


2009年11月 1日(日)あめ

【息子】が40度近く発熱したので妻が医者につれて行く。診断結果はインフルエンザである。【娘】はインフルエンザの検査は陰性で、三日目の今日になっても典型的なインフルエンザの症状は出ていない。しかし、小学校の【娘】のクラスは一週間の学級閉鎖。【娘】と同じく一昨日欠席した3人はみなインフルエンザと診断されているそうだ。そして一昨日は念のため【息子】も幼稚園を休んでいるので幼稚園のルートからの感染ではない。素人判断をするわけにいかないが、こうなると、やはり【娘】から【息子】にうつったとしか考えられない。ところが、その【娘】は昨晩また熱が上がってフウフウ言っていたのに、朝になるとまた熱が下がってケロっとしている。不思議なやつ。さいわい俺と妻はいまのところピンピンしている。だから夜昼休まずの看病でも協力してなんとか対応できる。【娘】も起きているうちはいろいろと手助けしてくれるし、ありがたいことだ。

数学に関しては昨日の方向からのアプローチはあきらめてその前に考えていた方法に戻る。ひとまずきょうは暇をみては文献読み。たしかに研究集会まであと二週間ほどしかないが、焦ったからといってどうなるものでもない。

昨日さんざん悩んだことを今日になって整理してみると、なんか、こういう話になりそうだ。ω上の木を使う各種の強制概念(notion of forcing)にはそれぞれ融合補題(Fusion Lemma)と呼ばれる性質がある。これは、記述集合論で活躍するスケール(scale)という順序数値関数列と、おそらく深い関連がある。融合補題は、ある強制概念に属する木の列を収束させて、極限値の木もまたその強制概念に属するようにしたい、というときに用いられる。たとえばサックス強制(Sacks forcing)の場合、このことは次のように理解できる。サックス条件の集合は木全体のなす完備距離空間(カントール空間と同相)のGδ部分集合なので位相を変えずに距離を再定義して完備距離空間にすることができる。サックス強制の融合補題は、サックス条件の入れ子になった列 p0 ⊇ p1 ⊇ p2 ⊇ ... が、この再定義された完備距離のもとでコーシー列になるための条件を述べている。レイヴァー強制(Laver forcing)やマサイアス強制(Mathias forcing)など他の強制概念で、融合補題を同じように理解できるだろうか。

次に、スケールというコンセプトについて紹介する: スケール {φn} のついた点集合 A があったとして, A の点の列 {ai} に対応して得られる順序数の列 φn(a0), φn(a1), φn(a2), ... が 各 n ごとに十分先のほうで一定値 λn をとるならば, {ai} は A の点 (ここではそれを a と書こう) に収束し, かつ, 各 n ごとに φn(a)≤&lambdan が成立する. このスケールというコンセプトの意図するところはというと, Gδ でない集合は位相を保って距離を変えただけでは完備にはできないので, 位相も含めて具合のいいものに置き換えて完備な一様構造を定め, その一様構造のもとでコーシー列であるという条件を順序数の列の振る舞いで表現するというものだ. 実際, Gδ 集合に完備な距離を再定義する方法をすこし手直しすると, すべての Gδ 集合には自然数値のスケールがつくことがすぐに証明できる. このことから解析集合(analytic set)のスケールによる特徴づけまではほんの数歩である. さて, スケールをもちいた収束の保証で鍵になる "十分先のほうで一定値をとる" という条件を確保するためには, 単調非増加 φn(a0) ≥ φn(a1)≥ φn(a2) ≥ ... を要請すれば十分である. このあたりから強制概念の融合補題との関連が見えてくるように思うのだ. だが, まだ何も明確にはなっていない.

昨日は, そもそもサックス強制の融合補題を誤解していて, ハウスドルフ距離の意味でコーシー列になってさえおればよいと思い込み, その観点からの定式化を試みて失敗したのだった. (実際にはサックス条件の入れ子は *すべて* ハウスドルフ距離の意味で収束列, したがってコーシー列になるので, ハウスドルフ距離を使う条件づけは,がコーシー列であるという条件は, 極限がまたサックス条件になることを保証するには弱すぎる.) もっとも, 昨日本当に考えていたのはこんな大風呂敷ではない. サックス条件全体の空間のなすポーランド空間のボレル集合がある種のラムゼイ性をもつことを証明しようとして, そのために融合補題が必要だったのだ. しかし肝心の「ある種のラムゼイ性」の定義が確定していなかったので, 定義と証明を同時進行で模索する格好になった. 最終的な命題自体が正しいとは思っているが, 正しい証明を見つけるには, いまのところ対象に対するこちらの理解が十分でない.