て日々

2009年3月


2009年3月31日(火)はれ

せっかく昨日は熱が下がってよかったと思っていたが、どうも風邪がこじれてやっかいなことになってきた。

頭がボーっとして数学どころではないので、モーリス・ルブラン『怪盗紳士リュパン』を読んだ。どうも、こういう面白い本を楽しんで読むことを世間では「読書」と呼んでいるらしい。だとしたら、俺はなにか道を間違えたのかもしれない。


2009年3月30日(月)はれ

体調がすぐれぬまま仕事に出かける。まことにのどかな気持ちのよい晴天で、明るい春の日差しが戸外を充たしている。しかし自分は大事をとってストーブに点火しずっと部屋でおとなしく仕事をしていた。

自宅の、将来は【息子】の個室になる予定の、現在は物置き部屋に、デスクトップパソコンが4台も放置されている。ひとつは通常のPCケースに移し変えたPowerMacintosh G3 (800MHz/MacOS X 10.4) なのだが、あとの3つが、どんなOSを入れたどんなスペックのパソコンなのだかも思い出せない。今夜、ひさびさに起動してみたら、ひとつはPentium-MMX 233MHzでOSはFreeDOS、あとの二つはCeleron 700MHzで、OSはそれぞれWindows XPとWindows 2000が入っている。ううむ。なにかよい使い道はないものか。


2009年3月29日(日)はれ

またまた38度超の熱を出してダウン。明日は休めないので、今日のうちにひたすら寝る。


2009年3月28日(土)はれ

昼飯は、先日職場近所のスーパーで買った中華の乾麺をゆでて、つけ麺にした。午後、妻と子供らは【娘】の幼稚園同窓会へ。卒園以来一年間会えずにいたハルカちゃんと再会して、【娘】は大喜び。集まった面々は一年のブランクをものともせず仲良しに戻って遊んだそうな。

その間、俺は別行動で、市民コンサート事務所のパソコンの面倒を見に出かけた。1.4GHzだかのPentium 4を積んでいながらああもパフォーマンスの悪い原因はメモリ不足。実際、RAMを384Mbしか実装していないので、Windows XPが起動するのが不思議なくらいなのだ。RAMを増設するためにも、まずはメモリモジュールの型式を調べないといけない。ケースを開けて調べてみると、PC133の古いDIMMで、スロットは二つ。この仕様のDIMMはもはや新品を手に入れるのは難しい。どこかで中古品を探すか、うちにある使っていないパソコンのモジュールを提供するしかないな。そう思いながらもDOS/Vパラダイスを見に行ったりもしたが、結局ソフマップの通販で一枚4,000円弱のバルク品512MB DIMMを買うことにした。これを2枚挿せば、パフォーマンスはかなり改善されるはずだ。

それから、丸三書店で文庫本を4冊買った。うち3冊は岩波文庫の古典的な哲学書(ウィリアム・ジェイムズとキルケゴール)だが、もうひとつはルブランの『怪盗紳士リュパン』である。どこかで読もうと三番町の羅座亜留をのぞいたが満席。いつものガーデンプレイスカフェに行ったが、座ったとたん文庫本のことはコロっと忘れて数学の続きをはじめてしまった。当面の課題は、一昨日までに理解した内容を、偏微分方程式の数値解析が専門で決してロジックや記述集合論に詳しくないTak教授にもわかるように書くことだ。


2009年3月27日(金)はれ

天気はよいが肌寒い。数学の続きをやろうと机に向かってもなかなか身が入らない。


2009年3月26日(木)はれ

なんだか一日いろいろあった。午前中は、【息子】の保育についてかねてから少々気がかりだったことを、夫婦で幼稚園に出向いて相談。ところが、プリウスのバッテリーがあがっていて起動せず、トヨタのレスキューに来てもらうはめになった。子供が車内灯をつけっぱなしにしたせいだ。おかげで妻がタイムリーに家を出られず、小一時間も遅れてのスタートになったが、園長をはじめ先生方が誠実に話を聴いてくださって、有意義な会談となった。昼食は妻と二人で花園町のCafé Cabaret。なにしろ、ここのシェフ夫婦が【息子】と同じ幼稚園だからね。ここのシェフ夫婦んとこの女の子が【息子】と同じ幼稚園だからね。 それから子供二人を託児所に迎えに行く(重い話になることを見越して幼稚園に連れて行かなかったのだ。) トヨタの店へプリウスのバッテリーの最終確認に行く。妻がトヨタにいるあいだ自分はブックオフに行く。掘り出し物が一冊あった。妻の携帯電話の修理に行く。そんなこんなで夕方六時。医者に行く時間になった。医者では鍼をうってもらった。帰路は徒歩で、宮脇書店で『崖の上のポニョ』の絵本を買った。

そんなわけで、数学をやる時間がほとんど取れなかった。


2009年3月25日(水)はれ

小学校の終業式。約束では娘に付き添って小学校まで行くのは今日が最後。いつもの通学路を歩きながら、新年度にも子供たちに待ち合わせさせるかどうかをモモちゃんのお母さんと相談する。午後に妻が電話で伝えてくれたところによると、娘の通信簿は1・2学期よりも良くなっていて、マルがいっぱいだったそうだ。いまの小学校は成績を数字で評価しないのかあ。しかし やったね、【娘】ちゃん。

午後すこし時間があったのでひさしぶりに道後の椿の湯に行った。そのあと伊佐爾波神社に行き、手を合わせてから神籤を引いたら小吉で、「待ち人:おそいが来る」「失せ物:出る、高いところの間」とあった。夜は市民コンサート機関誌の作業。きょうはいつもより人数が少なかったので普段より時間がかかり、9時半の電車で帰宅。

職場で机に向かっている間はもちろん、風呂屋の行き帰りにも、市民コンサート事務所からの帰りにも、昨日聞いた問題について考えた。案の定、Tak教授が言っていた問題は、\(L^1\) を数列空間 \(\ell^1\) に置き換えれば、以前から気になっていたソロヴェイの論文のリマークにあった問題に帰着される。一日がかりでそのことを確認して、布団にごろんと横になった。この問題を解くには、カントール空間とみなした \(\mathcal{P}(\omega)\) の補疎(co-meager)部分集合にかんするちょっとした組合せ的な補題ができればいいということろまでは、一昨年の夏に静岡でソロヴェイのモデルについてレクチャーしたとき、すでに確認済みなのだ。就寝する体勢でぼんやりとしていると、脳裏に3本の二進列が伸びていくイメージが現われた。なんだ。そうやればできるじゃないか。寝るのを中断してコピー用紙の裏紙にメモをとった。

(得られた結論)  通常の集合論の選択公理を従属選択公理(axiom of dependent choice)に弱め, さらに「数直線のすべての部分集合がベールの性質を持つ」という仮説 BP を付け加えた集合論 ZF+DC+BP のもとでは、ハーンとバナッハの定理は成立せず, 絶対収束級数のバナッハ空間 \(\ell^1\) は回帰的 \(\bigl((\ell^1)^{**}\simeq\ell^1\bigr)\) である. 通常の選択公理 AC を仮定する集合論ではもちろんそうではない.

昨晩Tak教授に聞いた問題を解くには、あとはこの結果を数列空間 \(\ell^1\) から関数空間 \(L^1\) に移植できればよい。ふむ。しかしそれだけではなく、BP を LM (「数直線のすべての部分集合がルベーグ可測である」という仮説) に置き換えられるか (これは置き換えられてしかるべきだ) ということ、そして、数列空間 \(\ell^1\) が回帰的でないという仮説から ω 上の非単項超フィルターの存在が導かれるか (これは導かれない気がする) ということについて、さらに興味がわく。明日、ひとまず今日得られた結果を TeX 化して、それからもう少し考えてみることにする。


2009年3月24日(火)はれ

大学の卒業式。謝恩されるほどのことはしていないがパーティーに呼ばれて行ってきた。

きょう仕入れた面白い話で、選択公理を弱めると、関数空間 \(L^1([0,1])\) が回帰的(reflexive)であることが他の集合論の公理と両立しうる、という結果があるそうだ。ハーンとバナッハの定理が成立しない体系ということになりそうだけど、ひょっとしたら決定公理ADから導かれたりソロヴェイのモデルで成立していたり、という話かもしれないので、自分でもちょっと考えてみたい。そういえばソロヴェイのモデルの原論文にはひとつ解釈に迷う話があって、\(\mathcal{P}(\omega)\) 上の不変積分が存在しないのでハーンとバナッハの定理はソロヴェイのモデルで成立しないと書いてあるのだけど、これが \(\mathcal{P}(\omega)\) をカントール空間の位相を入れたブール群とみなした上での関数空間としての \(L^1(P(\omega))\) か何かの話なのか、それとも \(\omega\) の部分集合の有限加法的測度があるかないかの話なのか、俺には判断できないのだ。\(\omega\) の部分集合に対して定義された有限加法的測度で各点を零化するものの存在が、たとえば「実数の部分集合はすべてベールの性質をもつ」という命題と矛盾するのかどうか、少し考えたけどまだ自分ではわからない。

翌日追記: 上の段落の後半に書いた問題の正しい解釈はたぶん前者 (ω 上の有限加法的測度の問題) であり, それを解決すれば前半の「関数空間 \(L^1([0,1])\) の回帰性が選択公理のない集合論とは矛盾しない」という証明も, きっとその流れで導ける. というのも, 後半の問題は, 有界数列全体のベクトル空間に∞-ノルムを入れたバナッハ空間 \(\ell^\infty\) 上の線形汎函数についての問題であり, \(\ell^\infty\) は 絶対収束級数のバナッハ空間 \(\ell^1\) の双対空間であるから. こう考えると, 第一の問題は函数空間, 第二の問題は数列空間で問われているのではあるとはいえ, 両者はひとつの問題の二つの側面である. しかし, 昨晩この部分を書いていたときにはこの関連には気づいていなかった.

それともうひとつ。コンパクト群の不変測度の存在は一般には選択公理に訴えることで証明されるが、存在すれば定数倍の違いを除いて一意的であり、具体的ないろいろのコンパクト群、たとえば行列群などについては、不変測度は具体的に計算できる。そういうある種の定義可能性をもつにもかかわらず、選択公理を使わないとその存在が証明できないのは、なんとも奇妙に思われる。実際のところ、コンパクト位相群の不変測度の存在というのはどの程度「選択公理」なのだろうか。たとえば、すべてのコンパクト群上の不変測度の存在から、数直線上のルベーグ不可測集合の存在が導かれたりするものなのだろうか。


2009年3月23日(月)はれ

またまたDover版リプリントの話。今回はMartin Davis教授編纂のアンソロジーThe Undecidableだ。辞書にも載っていないこのundecidableという単語は、もちろん「決心できない男たち」という意味の新しい言葉である。就職、結婚、出産などの人生の重大事に挑んで否応なく決断を迫られている女たちの周囲で、いかに男たちがのらりくらりと未決定の状態にとどまろうとするか。この本は、男たちのさても頑固な優柔不断さの典型例といえるようなさまざまな場面を、小説やドラマの台本などから選りすぐった作品集で、大貫妙子の詞や夏目漱石の『彼岸過迄』の一節など、日本の作品もいくつか収録さ...すみません冗談です。「決定不可能な数学的命題」という意味だ。副題はBasic papers on undecidable propositions, unsolvable problems and computable functions (決定不可能な命題と解決不可能な問題と計算可能関数についての基本文献) となっている。不完全性定理の最初の論文の英訳をふくむ、ゲーデルの論文5編、チャーチ2編、テューリング2編と、決定不能命題についての基本業績を集め、それらをフォローする初期の重要な論文、ロッサー2編、クリーネ4編、ポスト4編を配して、数理論理学と数理哲学の教科書あるいは自習書の用に供するもの。それぞれの論文の前には、編者デイヴィス教授の覚書がついている。米国価格は24.95USドル。お買い得ですぜ。

日本ではこういう本はなかなか作られないし、作ってもなかなか売れないけど、昨年は林&八杉両先生の訳と解説で『不完全性定理』が岩波文庫に収録されたし、ちくま学芸文庫Math&Scienceもそれなりに好調のようだから、まだ望みはある。


2009年3月22日(日)あめ

未明から強い風と雨の音。さぞかし花がたくさん散ってしまったことであろう。なんて、孟浩然の五言絶句みたいな話になってきた。

一家そろって松山に戻る予定だったが妻の体調がすぐれない。明日仕事や学校のある俺と【娘】だけが午後の船で松山に戻った。

伊予鉄道三津駅の新駅舎
新しく立て替えられた伊予鉄道三津駅の建物
古い建物の様式をそれなりに残している点は評価できる
けど、なんかやっぱりちょっと違う

冷蔵庫の残り物でいまから料理する気にもならんので、夕食はフジグラン松山3階のフードコートで適当に済ませた。となりのテーブルでラーメン食ってたじいさんは脚が悪くて杖が離せなそうだったので、【娘】の食ったぶんを下げるついでにじいさんのトレイを下げてあげようと申し出た。話を聞けば、八幡浜出身大阪在住のもとエレクトロニクス技術者で、普及し始めた頃のテレビを作ったり直したりの仕事をしていたらしい。俺が数学者のハシクレだと打ち明けると、じいさんは、8プラス8がいつもいつも16になるんじゃつまらんと思っていたが、電気の世界じゃ8プラス8が4になることがあるので面白いと思ってその道に進んだんじゃ、と楽しそうに話してくれた。つまり8オームの抵抗二つを並列に接続すると合成抵抗が4オームになるというあの話のことだ。

俺がしばらく話を聞いているあいだ、横で【娘】があからさまにつまらなそうな顔をして食器をガチャガチャ言わすので軽く張り倒し、あとで説教。だって、失礼じゃないか。いまでこそスーパーのフードコートで話し相手もなく一人でラーメン食ってるさびしいじいさんかもしれないが、言ってみりゃあ、こういう人たちががんばったおかげでいまの日本がある。そんなじいさんの食い終わったトレイを運ぶのを手伝ったりちょいと話を聞くくらいのことはしたってバチは当たらんぞい。


2009年3月21日(土)はれ

熱はなんとか一晩で下がったが体がふらふらして調子が出ない。おまけに妻も発熱。なにしに帰省したんだかわからんな。


2009年3月20日(金)/春分の日くもり

38度超の熱が出てダウン。ルーレットで1が出たら誰かの駒を三つ戻して自分は23日へ進む。それ以外が出たら一回休む。


2009年3月19日(木)くもり

仙台で買った銘酒『浦霞禅』を義父に飲ませようと、妻の実家にやってきた。

なんちゃらガ

玄関の引き戸に蛾が止まっていた。鷹か梟の目を思わせる擬態だ。近づくと羽を広げ、猫が怒った顔のような形になる。なんというか、どこでそういう知恵を仕入れたのだろう。この蛾にはフクロウやネコの知り合いでもあったのか。そういう経緯で種としての蛾の形態が決まるものだろうか。猛禽類や肉食獣の顔に似せた模様をもてば捕食されにくいという理由で形態が自然選択されるというのが仮に本当だとしても、じゃあ俺たちはその作戦で行こうと蛾が決断する場面があったとも思えない。いっぽう、すべてが偶然の産物だとしたら、猛禽類の顔ではなくて おかめさんの顔とか バカボンのパパの顔の模様の蛾が生まれることも同程度の確率でありえたはずで、そうすると、おかめさんやバカボンのパパの蛾もかつて存在したが、それらは捕食されてすべて絶滅した、と考えざるを得なくなる。つくづく、生き物の知恵というのは不思議なものだ。


2009年3月18日(水)はれ

なにせ可測基数のノートなので、今日は測度問題について書いた。可測基数という概念は測度問題にその起源をもつけれども、測度問題の話の流れの中でのその登場の仕方は、議論の本筋からすこし外れた、どちらかというとマージナルなものであった。そんな可測基数が、測度問題という故郷を離れて集合論の花の都で大活躍する。なんというか、一寸法師みたいな物くさ太郎みたいな木下藤吉郎のちの太閤秀吉みたいな坂本龍馬みたいな、なんだか御伽草子っぽいキャラクターである。一寸法師にしちゃデカイけどね。いつか、測度を軸に現代の集合論を概観する書物を書いてみたい。そもそもカントールが無限集合の研究を始めたのはなぜか、ルベーグが積分論を改革しようと志したのはなぜか、という話から、ヴィタリの不可測集合の存在証明、ウラムの問題、決定公理、可測基数、ソロヴェイのモデル、などなどが、一本の線とまでは言えなくとも、一本の樹木の形に、つながるように思うのだ。そういう話を単なるお話としてでなく数学的な細部も含めて、しかも通読可能な書物として、まとめ上げることが可能だろうか。もちろん、そのためにはたくさんの本を読まなけりゃならないし、文章を書くということについてもっと訓練をつまないといけない。


2009年3月17日(火)はれ

給料日になってようやく新しいUSBフラッシュメモリを購入。といっても千円弱の容量1GBのやつ。それでも、おかげでようやく、数学関係のデータを「てなさく世界」のローカルコピーなどプライベートなファイルと分離できる。

お昼まえ、散歩のついでに久しぶりに御幸寺山に登ってみた。下りてから膝が笑って仕方がなかった。一草庵の周りが公園として小ぎれいに整備されてしまった。なんというか、無粋なことをするんだなあ。ツーリストには訪れやすくなったけど、こうさっぱりと明るく広々としてしまっては、種田山頭火を偲ぶムードなど吹き飛んでしまいかねない。そうなると、ツーリストに訪れてもらう理由のほうが危なくなるんじゃないの。

可測基数と超冪と初等埋込みというトピックは、集合論の内部モデルと初等埋込みのカテゴリーを扱い、集合論の中でもとりわけ、代数化された美しい理論が展開されるところだ。ノートを書いているとなかなか楽しいが、いままで本当にいい加減にしか理解していなかったことがよくわかる。20年近くサボり倒したことを反省しつつ、今度のノートには、extender による 強可測基数 (原語は strong cardinal だけど、これを「強い基数」「強基数」なんて呼ぶ度胸はござらぬ) の特徴づけくらいまで書く予定で、そのために extender という術語をどういう日本語に移したものか思案中。

夜は市民コンサート機関誌の作業。いそいそ。


2009年3月16日(月)はれ

薄葉くんからいつものところに公開した三本のノートについていくつか有益なコメントをいただいた。ありがたいありがたい。コメントを反映させた改訂版を作らなくちゃ。


2009年3月15日(日)はれ

初等埋込み \(j:\,\mathbf{V}\rightarrow\mathbf{V}\) が存在しないことの証明を復習。これを、V_{j^\omega(kappa)+1}\subset\mathbf{M}\) をみたす初等埋込み \(j:\,\mathbf{V}\rightarrow\mathbf{M}\) の不存在の証明に書き換えることは簡単だが, \({}^{j^\omega(\kappa)}\mathbf{M}\subset\mathbf{M}\) をみたす初等埋込みの不存在の証明にはひと工夫いりそうな気がする。


2009年3月14日(土)くもり

幼稚園の卒園式。【息子】は送り出すほうだが、託児所で赤ちゃんの時から顔なじみのシンタロウくんやユユミちゃんが卒園児にいるので、【娘】もちょっとおめかしをして参列。妻は久々のスーツ姿で出発。俺は留守番だ。【息子】はおにいちゃんおねえちゃんたちが保育証書をもらうたびに起立して拍手してはまた座るということを繰り返して式場を和ませたらしい。子供なりに成長しているのだ。

けど、その後昼食に出かけたセルフうどん店(谷町のがんば亭)では、【息子】はママや【娘】と分けあって食べるということができず、食べきれないほどのうどんとおにぎりとおかずを独占しようとして、パパに叱られた。いつものように意地の張り合い状態に突入したので、パパだけが席を離れて散歩に出た。そしたら、それからはみんなで分けあって食べられたらしい。世話の焼けるやつめ。

一人でうどん店から出て、近くの明屋書店に行ってみた。専門書の棚も案外充実していて侮れないが、あの本は置いてなかった。少しいろいろの本をじっくり吟味してみたい気もしたのだけど、【娘】が俺の上着を持って外に出たと妻から連絡があったのですぐに引き返した。しかし、俺の姿を見つけられなかった【娘】は、俺がうどん店に着くまでに席に舞い戻っていたらしい。なかなか思うに任せない。

あと、きょうは久々にけっこうな時間をとってピアノの練習ができた。たいした進展はないけどね。


2009年3月13日(金)あめ

いつもの場所で『無限基数と定常集合』ノートと『玄妙基数と精妙基数』ノート正式版を公開。次は、可測基数がらみの「超冪と初等埋込み」に関するノートを作ることにする。そのあとは「定義可能性と構成可能宇宙」ってのが続く予定。先は長い。

妻が言うところの「仙台費」すなわち先月下旬の仙台への出張旅費がなかなか降りてこない。もちろん先週の「神戸費」もまだだ。仙台費さまがご降臨なさらないのは、瑞巌寺門前まで行きながら拝観料をケチってお参りしなかったせいかもしれない。しかし、拝観料をケチった理由だって、立替え出張で手持ちの現金に事欠いていたからなのだ。ううむ。


2009年3月12日(木)くもり

杉山亮という絵本作家が『おはなしめいろ』というシリーズを作っている。大きなポスターになっているやつもあれば、短いお話をたくさんの迷路にして絵本に仕立てたものもある。正しいストーリーをたどっていくとゴールにたどりつくが、道を間違えると話がオカシクなって袋小路にいきつく。たとえば『かぐやひめ』だとこんな感じだ・・・

かぐや姫は無事に出てこられるのか
みようみまねで作ってみたが
ちっとも面白くならない

先日、近所の書店でイソップ物語のおはなしめいろ絵本を見つけて購入。絵は佐々木マキだ。マジメな【娘】さんは、迷路というのは正しく通り抜けるためのものだとしか思っておらず、いまひとつ楽しめないみたいだが、もちろん「おはなしめいろ」は迷うところにこそ面白みがある。ときどき、こちらの笑いのツボを直撃するような袋小路があって楽しい。しかし、どうやって作っているんだろうか。


2009年3月11日(水)はれ

集合論のノート作りを再開。『無限基数と定常集合』と題した予備知識の部分だ。勉強するたびに思うのだけど、イデアルの(というかブール代数の)飽和数が正則基数であるという事実は実に単純明快に見えるのに、その証明は、場合わけがあったりなんやかやで明快さを欠く。理解できないほど難しい証明ではないし、読みきれないほど長い証明でもないが、アイディアが見えないのでわかった気がしないのだ。これには、なにか深い理由があるのだろうか。それとも単に俺の修行が足りないのだろうか。これに比べると、κ-加法的でκ-飽和なイデアルがあるような基数 κ は弱到達不能だというウラムの定理の証明はクリアーで、よほど記憶に残りやすい。イデアルの飽和数の話題は、古い話でありながらいまだに活発な研究の続く生きたテーマなので、敬遠せずにきちんと調べて書こうと思う。


2009年3月10日(火)はれ

昨日までのドタドタと明日からのバタバタにはさまれて、今日はこれといって予定のない日だ。天気は一転してぽかぽか春らしい晴天。明るい戸外を歩いていると、頭の中で往年の「PostPet DX」の音楽がつったらん♪つったらん♪と流れ始める。妻が自分のパソコン“くまごろー(・人・)”のRAMを増設したいというので、PCデポまでつきあった。大容量のUSBフラッシュメモリとか自分も欲しいものがないでもないが、お金がないので仕方がない。


2009年3月9日(月)あめ

この春退職される二人の先生の送別会の幹事をしてきた。会場は代官町別邸「橙」(←リンク先はホットペッパー.jp)だ。ドタキャンする人、泣き出す人、酔いつぶれる人なども出現したが、いい会場だったし、さいわい切れ者のブレーンというか、黒幕がいてくれたおかげで、円満にお開きとなった。飲み会の幹事なんて何年ぶりだろう。自分から幹事の名乗りを上げたのではあるが、こういうことは決して得手ではないのだ。懐具合もよくないので二次会以降は黒幕に一任して退散。


2009年3月8日(日)くもり

朝9時42分の新幹線で新神戸を出発。お土産は コーベアーサブレ だ。そのほかに【娘】には コーベアーのキーホルダー、【息子】にはJRの車両のデザインの「鉄道ボールコレクション」。午後1時過ぎに松山に到着。妻の車でそのままフジグラン重信へ。【息子】のリュックサックと【娘】の上履を買いに行った。けっこうくたびれた。帰宅して箱をあけてみると、サブレはけっこう無残に砕けていたが、【娘】も【息子】も自分へのお土産を喜んでくれた。よかったよかった。


2009年3月7日(土)はれ

神戸三日目。午前中はとくに予定がないので京都の実家に顔を出した。両親に、妻の進学のことやら新しい本のことやら、近況をなんじゃかじゃと話す。短い時間でいろいろ話したので、両親には「【娘】と【息子】が大学院で専攻科時代の恩師の退職の本を出したので買わないように」と受け取られたかもしれない。が、妻が頑張り屋であることは、俺の両親だってちゃんとわかっている。なので、安心するように>妻。

三宮と京都の間はJR東海道線で一時間くらいだが、周遊券を最大限利用するために、新大阪でいったん改札を出る。それと山陰線に乗っている時間をあわせて、片道一時間半。神戸に戻ったのは昼の一時過ぎ。いったん宿に戻って着替えをしてから、六甲アイランドのベイシェラトンに行く。ここで角田譲先生の退職記念カンファレンスとパーティーが開かれるのだ。午後2時の開始に少し遅れてウェルシ先生の講演の途中で会場に入る。ウェルシ先生が集合論の歴史のざっくりした解説を話し、次にハムキンスさんが Set Theoretic Multiverse というタイトルで話をした。グラウンド、マントル、コア、ベッドロックと、地質学から借りた用語を使って、複数の集合論の宇宙を行き来するというスケールの大きな話。「この世をば団子に丸め手に乗せて、ぐっと呑めども喉にさわらず」という狂歌を思い出す。

ジェネリック拡大された宇宙においてもとの宇宙(グラウンド・モデル)が1階の論理式で定義可能であるというのが、この話の前提をなす大切な定理だ。きょう初めて知ったのだけど、このことが証明されたのは世紀が改まってからあとのことらしい。というところで、話は急に十数年前にタイムスリップする...

かつて、角田先生がバウムガルトナー先生 (Prof. James Baumgartner) を招いて、強制法に関するサマースクールを開いたことがあった。会場は裏六甲の「スペースアルファ神戸」だった。俺は当時まだ学生だったかあるいは就職して間もないころだったと思うが、バウムガルトナー先生に「\(V\) は \(V[G]\) において定義可能なんですか?」と質問した。そしたら、「もちろんだ」という返事が即座に返ってきた。バウムガルトナー先生の弟子である宮元さんが、その答えを引き継いで「そうでないとしても、グラウンド・モデルの \(V_\alpha\) がジェネリック拡大の要素として入っているから実際上問題はないよ」と教えてくれた。俺がさらに「だけど…」と言いかけると、バウムガルトナー先生がなぜか「ミヤモトにわかるくらいだから君も大丈夫だ」とかなんとか言い出して、なんだか妙な形で話が終わってしまった。

いや、グラウンドモデルの要素がすべてジェネリック拡大の要素であることは当然で、実際上たいていの場合はそれで十分であることも、もちろん知っていた。だが俺の知りたかったのはクラスとしてのグラウンド・モデルの定義可能性だ。たとえばグラウンド・モデル \(V\) に一個のコーエン実数 \(c\subset\omega\) を添加した拡大モデル \(V[c]\) を考えると、両者の間に無数の (すくなくとも \(V\) における実数の個数と同数以上の) 中間拡大があり、それら無数の「宇宙」ひとつひとつが \(V[c]\) に対するグラウンド・モデルの資格をもつ。そういうことがあるので、一般論としてはグラウンド・モデルがジェネリック拡大においてクラスとして定義できないケースもあるんじゃないかと、漠然と思っていたのだ。

ハムキンスさんによれば、グラウンド・モデルは任意のジェネリック拡大においてクラスとして定義可能である。しかし、そのことが証明されたのが10年より前でないとすると、あのときバウムガルトナー先生に投げかけた俺の質問の意図が理解してもらえていなかったのか、バウムガルトナー先生は当時すでにグラウンド・モデルの定義可能性を証明していて単にそれを公表していなかったのか、あるいは証明は知らないけど正しいはずだとハッタリを言ったのか、いずれかだということになる。当時の俺はいま以上に語学力不足で引っ込み思案だったから、うまく話を続けられなかったが、もう少し食い下がるべきだったようだ。

それにしても、ハムキンスさんの Multiverse 理論と比べると、俺の \(\infty\)-階算術構想なんてまだまだスケールが小さいな。

カンファレンスのラスト、三つ目の講演は同志社の下嶋篤先生。従来の「情報源→経路→到達点」という情報の流れのモデルから、対象全体と各部分の相関において「全体のロジック」と「部分ごとのロジック」の照応関係を考える「チャネル理論」というモデルへの転換を提唱するという話だった。この話は、集合論研究者にはいまひとつウケなかったが、俺には面白かった。角田先生はこの十年ほどは菊池誠さんと共に、情報の流れという観点からみたデザインや設計の数学的理論を作り出す仕事に没頭している。角田先生もまた、集合論の枠の中に納まりきってしまうような小ぢんまりした人ではないのだ。

こうして、俺にとってこのカンファレンスはとても有意義だった。その後のパーティーも和やかに進行。吉田夏彦先生が来ておられたのには少々びっくりしたが、角田先生の親友であり俺の師であった故篠田寿一先生がこの場におられないのが、なんともさびしいことであった。

パーティー会場を辞し、三宮へ戻る電車でついウトウトして元町まで乗り過ごしてしまった。宿に帰ってひと寝入りし、夜中にムックリ起き出して日記を更新。電話に出れなくてごめん>家族


2009年3月6日(金)くもり

昨日の話のつづき。結果オーライとなったのでこのさい書いてしまうが、たてつづけの立替出張のおかげで預金残高がなかったため、ホテル代をカード払いにするつもりでぎりぎり足りる金額しかもたずに来たのだ。それなのにホテルが現金しか受け付けないというので、このままではやってきた第一の目的である、明日の角田譲先生の定年退職記念パーティーへの出席をキャンセルせざるを得ないと思った。それで今日、セミナーの会場でフチノさんヨリオカくんを相手にそのように愚痴ったら、彼らが一計を案じてくれて、皆を誘って夕食に出かけて俺がカードで支払いをし、皆から集金することにした。結果、明日のパーティー代と家族へのおみやげ代と、さらに来週月曜日の愛媛のスタッフの送別会の会費を出せる程度に現金が手元に残ったというわけ。もちろん、あとでそれ相応の金額の請求がカード会社からくるのではあるけど、その分にかんして実際に俺が出すのは自分の割り前だけだし、仙台行きと神戸行きの旅費はどうしたって年度内すなわち今月中には振り込まれるのだから大丈夫だ。なんというか、本当にありがたい。持つべきものは友である。

ワリカン作戦に協力してくれた同志の名をここに記して感謝の意を表したい。渕野昌先生、宮元忠敏さん、嘉田勝さん、依岡輝幸くん、酒井拓史くん、ウェルシ先生 (Prof. Philip Welch)、ハムキンスさん (Prof. Joel Hamkins)、ソウクプさん (Prof. Laos Soukup)。ご協力ありがとうございました。本当に助かりました。

ハムキンスさんの講演は、巨大基数公理プラスその他の組合せ原理の内部モデルを作る手法の紹介で、とても面白かった。まあ、内部モデル理論の専門家が本当に求めているのはもっと精密な構造理論を可能にするような内部モデルであることは確かだけど、これはこれで目の覚めるようなすばらしいアイディアで、そのおかげで以前にもまして内部モデル理論を理解したいという気持ちが強まった。ウェルシ先生に会うのは十数年ぶりだが、俺が It's been a long time! とひとこと言っただけですぐにわかってくれた。俺のことをよく覚えていてくれたらしく、それもまた、とてもうれしかった。

今日の研究発表は、やっぱりちょっとバタついたけど、時間内に言うべきことをちゃんと言えたし、水を打ったように静かだった仙台のときと違って、ソウクプさんが興味をもって質問してくれたし、自分から司会のブレンドルさん (Prof. Jörg Brendle)に逆質問をしてウケをとりつつ議論を深めることもできた。おかげで今日は昨日とはうって変わっていい気分で一日を終えることができる。


2009年3月5日(木)くもり

午前中仕事をして、午後は神戸へ移動。出張費の立替払いも、先々週の仙台に続いて今週の神戸と、ひと月に二回あるとかなりコタエる。仕事だもんで仕方がないが、なんだかんだで結局最後には妻に苦労をかける。貧乏はイヤだ、というか、早く振り込んでくれぇ〜>関係諸機関のみなさま。

なにせお金がなく、なにごとにも力技の解決はできないのでいろいろ工夫する。JR松山駅でカードで買った切符は周遊券だから、現地で小銭が減らなくて助かる。前回の仙台では土地勘がなくて苦労したので、何度も来ているはずの神戸だがインターネットでしっかり下調べをしてきた。羹に懲りて膾を吹くというやつだ。だから道に迷うことはなかった。ところが、妻に予約してもらったホテルの宿泊代がカード払い不可だとは知らなんだ。イタタタタ。そして、気がついてみると携帯の充電アダプタを忘れている。羹に懲りて膾を吹いて、やっぱり羹に油断している。あーあ。

ホテルの部屋で深夜まで明日の発表の準備をした。同じタイトルで発表するとはいえ、前回が微妙に専門外の聞き手ばかりだったのに比べて、今回は専門家ばかり、しかも一騎当千のツワモノばかりだ。当然こちらのしゃべり方も変えないといけない。EeePCの通称ごらぴーをもってきたけれど、前回のスライドを使いまわすのはやめる。発表にはホワイトボードを使うことにして、3ページのハンドアウトを用意する。


2009年3月4日(水)くもり

先日出た本と昨年出した訳書の紹介をするページを作った。tableでのレイアウトを避けてスタイルシートを使うようにした。スタイルシートのdisplay属性のinline-blockという値をGeckoやKHTMLがサポートしているので助かる。

本を出して、その紹介ページを公開した以上、本名を隠す理由もないので、作者ページも更新したよ。本の紹介ページには似合わないので書かなかったけど、『魅了する無限』って本は、前々からこの「て日々」を読んでくれている人なら「てなさくさんの頭の中には、やっぱりこんなケッタイなもんが詰まってたのかあ」って思ってくれそうな本です。そういうケッタイなものを本にして出してしまって、あいた隙間に今度は何を入れようかと考え中。

なんと、明日からの出張を土曜日からだと勘違いしていた。仙台行きのスケジュールと頭ん中でブレンドされたに違いない。明後日の発表の用意をせんならんけど、大丈夫なんかいな。いや、その前に旅費はあるんかいな。


2009年3月3日(火)あめ

季節の変わり目は晴れたり降ったり天気が移ろいやすい。


2009年3月2日(月)はれ

いままでの経験で身をもって知っているとおり、何事にせよすぐにあきらめたり腹を立てたりすると、後々ろくなことにならない。下の画像は、怒らないでほしいと他人にお願いするためのものではなく、いやな気持ちになったときでも、健気なクマちゃんが堪忍袋の口をギュッと押さえてくれるイメージを思い浮かべて、根気よくがんばろうという趣旨のものだ。

クマちゃんの堪忍袋


2009年3月1日(日)はれ

とてもいい天気なので外を歩くと気持ちいい。だけど、花粉も多いので長いこと外には出ていられない。なんとかならんもんかな。午後は家に一人だったので、ひたすら昼寝。晩飯にジャーマンポテト丼とでもいうようなものを作ったらなかなかうまかった。子供たちにお替りをリクエストされた。もっとたくさん作ればよかった。