て日々

2008年12月


2008年12月31日(水)くもり

なんだかんだで大晦日である。今年もいろんなことがあったが無事に年が越せそうでなによりだ。昼食には俺と【娘】でカレーを作った。【娘】がやるのに俺が助言をするというスタンスで、冷蔵庫の食材を確認し、スーパーへ買い物に行き、作り方をノートに書き出して確認し、食材を切って調理するところもやらせた。まあしかし、実態は俺が作るのを【娘】が手伝ったという形だ。二人でスーパーに行き、例によって子供の口にあう辛さのルウを選んだ。パパのお皿にはスパイスをかけて辛味を増やしたいと言うと「そういうのは自分のお金で買ってよね」と、【娘】が一丁前のことを言う。【娘】に持たせたお金はじいちゃんの財布から預かったものなのだ。仕方がないので自分のお金でGABAのガラムマサラとチリパウダーの小瓶を買った。できあがったカレーはけっこううまかったので、ガラムマサラは入れずチリパウダーで辛さだけをアップした。


2008年12月30日(火)くもり

【娘】はじいちゃんと二人で油谷のじいちゃんの実家へ日帰りドライブ。牛に餌をやったり畑仕事を手伝ったり、普段できない体験をしてきたらしい。

俺たちは妻の実家でホゲホゲと過ごす。昼飯に作ったチャーシュー丼は好評。買い物に行った帰りに散歩がてら寄った「ばり嗎ラーメン」はなかなかうまかった。松山のラーメン屋でいうと「炎やラーメン」に近い味でわりと好みだ。かかっていたBGMがピンクレディー、アン・ルイス、内藤やす子、山本リンダといった'70年代ラインナップであったのも好ましい。その後、年末恒例、妻のプリウスの車内清掃。小さい子供がいるから汚れはひどいが、初めてやったときとくらべると無駄な荷物が減っていて、掃除そのものはだいぶ楽になった。


2008年12月29日(月)はれ

年末は京都の俺の実家と周防の妻の実家に一年おきに帰省しているのだけど、いろいろの事情があって今年は妻の実家にやってきた。妻が【娘】と【息子】を風呂に入れた。【娘】が先に上がってきたが、なんと妻が【娘】のパンツを荷物に入れ忘れていた。俺とじいちゃんが急遽近所のメガマートに女児のパンツを買いに行った。婦人もののやさしい色のセーターの出物もあり、妻に似合いそうだとも思ったのだが、おっさん二人に女の子のパンツを買いに行かせるような人にプレゼントする義理はねえやと見てみぬふり。


2008年12月28日(日)はれ

クリスマスも過ぎてしまったからアレだけれども、定番クリスマスソング『諸人こぞりて』の後半「主は来ませり」の部分のこと。子供の頃、おれはこの「しゅわきませり」が日本語とは思えず、どこかの外国語だとばかり思っていた。クリスマスイブの街角に、ミッシェル・ポルナレフが登場して『シェリーにくちづけ』("Tout tout pour ma cherie")の節で「しゅーしゅーわ♪しゅわきませーりー♪」と歌うところを想像するとなかなか愉快だ。しかし『諸人こぞりて』はまだマシだ。10年ほど前にカトリック教会のクリスマス礼拝に参列したことがある。あの賛美歌『きよしこの夜』はカトリック教会では『静けき真夜中』というタイトルのもと、プロテスタント教会とは違う歌詞で歌われている。「静けき真夜中、貧し厩、救いの御子は、御母の胸に、云々」と、「御母」の存在を強調するところが、なんともカトリックらしい。それはいいんだけど、2番の歌詞が問題で、「静けき真夜中、御告げ受けし、羊飼いたちは、厩に急ぐ」の部分の「羊飼いたちは」が、メロディーラインとの兼ね合いで「ヒツジかイタチは」としか聞こえないのである。ヒツジかイタチか、どちらが厩に急いだのかは知らないけど、この両者を混同するなんてことがありうるだろうか。厳粛なミサの最中に、笑いをこらえるのにかなり苦労した。

話は替わって、ハードディスク内蔵DVDレコーダーというもののDVDドライブがイカレているようなので、パソコン用のATAPIドライブを接続してみたが、まともに起動しなかった。いつぞや試したところではDVDレコーダーのドライブをパソコン用に使うことは可能なのだが、その逆はできないらしい。DVDレコーダが起動時にファームウェアのチェックか何かしているのだろう。仕方がない。ハードディスクに録画したデータが惜しいからそのまま使うことにするが、こういうことがあるから、複合機器は避けたほうが無難なんだな。

DVDドライブを載せる金具
「お前なんぞに俺たちが治せるもんか」と
皮肉な笑みを浮かべるDVDドライブ固定用金具


2008年12月27日(土)はれ

家族そろって8時過ぎまでグーグー寝た。こんなによく寝たのは久しぶりだ。

さてさて、今年の正月に目標を立てた年間100冊以上の読書は、とても達成できない。そのときは、100冊読めなかったら罰ゲームとして牛の格好で来年の年賀状に登場するというのを提案したのだが、バカ写真を掲載するしないにかかわらず、年賀状の用意も全然できていない。二重三重に情けない。あらゆる種類の本をあわせても一年に100冊読めないなんて、もう学者の看板を降ろさにゃならん。ぶう。


2008年12月26日(金)はれ

研修に行っていた妻子と夕方に合流。フジグランの3階フードコートで晩飯を食ったのが5時過ぎ。帰宅して6時半には風呂に入り、8時に4人そろって就寝。


2008年12月25日(木)はれ

こういう場合のお約束として、エアコンのリモコンは、スペアを購入したあとで見つかった。朝、俺が二階にいると、妻がいつになく神妙な顔つきで上がってきて「てなぴゴメン」という。なにか面倒な用事でもあるのかと思ったら、そうではなくて、リモコンが思いもよらないところから見つかったという話だった。どこから見つかったって、妻のモバイルパソコンFM-V BIBLO LOOX U50XN(通称 るーちゃん)に挟まれた状態で、るーちゃんのバッグの中から見つかったのだった。妻の明日の研修に備えてるーちゃんを充電しようとしたら、るーちゃんがリモ子ちゃんをくわえこんでいたという話。もちろん、先日の大捜索大会のときに、るーちゃんのバッグの中も何度か確認しているのだけど、まさかるーちゃんが口にくわえてあっちを向いているとは思わない。

しかし、るーちゃんの気持ちもわかってやらんといかん。るーちゃんは昨年の夏に妻に見初められ(妻いわく一目ぼれだったそうだが)、昨年9月30日にうちにやってきた。だが「モバイル用限定」のため、めったに使ってもらえず、妻の寵愛を一身に集めているVAIOくんを日ごろからうらやましく感じていた。そんなある日、VAIOくんが不慮の事故『まる子』になってしまう。いよいよ自分の出番かと、内心ひそかに喜ぶ るーちゃん。しかしその期待もむなしく、見知らぬ新しいノート型マシンがやってきて、外人のくせにくまごろーなんて愛称をもらって愛玩される。おまけに、持ち主が違うとはいえ、自分と得意分野を同じくするEee PCの ごらぴーまでやってくる。「まったく、わたくしというものがありながらナンナノヨオ」と思ったに違いない。るーちゃんならずとも、そうなりゃ意地悪のひとつくらいしたい気持ちになるというものだ。

ことの真相

るーちゃんは外出時にこそ真価を発揮するのだから、来年からお勉強モードに突入する妻とは、ほどなく仲直りしてくれることだろう。リモ子ちゃんも無事でよかった。ただ、スペアのリモコンの代金として俺の財布から旅立った5,000円の、その後の行方は、杳として知れない。


2008年12月24日(水)くもり

そろそろ「て日々」の自動スクリプト化を考えなくちゃ。日付をもとにidをつけたり曜日をclass属性にしたり天気をアイコンにしたり、いまはすべてテキストエディタ上の手作業でやっているが、面倒なので前の日のタグをコピペして変更を忘れたりしてよろしくない。天気はともかく、日付と曜日をタグの属性にするくらいは自動化すべきだし、天気の入力ももう少し簡略化できそうだ。

下校時、アーケード街を歩いていた【娘】とクラスメートのひろかずくんに、知らないおじさんが無言でお菓子(ビスコとかチロルチョコレートとかそういう既製品のちょっとしたやつ)を手渡して去って行ったそうだ。子供たちは気味悪がり、「毒入りだったらどうしよう」と言って、お菓子を捨てて帰ってきたらしい。可能性としてはきわめて低いが本当におじさんが悪い人でそのお菓子が毒入りであった場合、貴重な証拠品となるべきものを捨ててしまったことになる。あるいは、そのおじさんが単に普通のいい人でお菓子が単に普通のお菓子であった場合、食い物を捨ててしまったことになる。そしてどのみち、帰り道に貰ったものをその場で食ってしまうのは、お行儀という意味においてマチガイなので、食べないと判断すべきであるというのは、そのおじさんがいい人か悪い人かという点には関係ない。結論として、食べないという判断をしたのは偉いけど、お菓子を捨ててきたのは偉くない。今度から、そういう時はもって帰って、かくかくしかじかと、親に知らせてほしいと思うのだった。一部始終は一応学校に報告したけれども、俺たちが子供だった頃に同じ場面に遭遇したら、間違いなく道々食って帰り、あとでそのことが知れて叱られる、というパターンだっただろう。世の中変わったもんだと思う。


2008年12月23日(火)/天皇誕生日はれ

妻子は朝から教会学校のクリスマス会へ。俺は別行動でコミセン図書館へ本を返しに行き、午後からは市民コンサートの運営委員会に出席。この一年を振り返るほかは、これといった議題もなく、会員拡大せにゃならんがどうすりゃいいか、という十年一日のごとき話で、眠くてたまらんかった。

済美のクロネコ
済美高校の横で見かけたクロネコ。
上を見上げて、なにかしきりに思案しているようだった。

夕食は茜屋でラーメン。エアコンのリモコン紛失問題は、結局スペアのリモコンを新規購入して解決。馬鹿馬鹿しいけど、背に腹は代えられぬ。


2008年12月22日(月)あめ

先週の15日に買った妻の新しいノートパソコンに名前をつけたいというので、俺が『くまごろー(・人・)』という名前を提案。妻は当初、クリスマスプレゼントがクリスマス前に届いたという意味で、『アウフタクト』(解説:たとえば「あわてんぼうのサンタクロース」の歌いだし「あわ」の部分のように、一拍めより先にメロディーが始まることを意味する音楽用語。日本語では「弱起」だから『ジャッキー』でもいいな)と命名したかったらしいが、俺がくまごろーくまごろーと呼んでいるうちに、こちらが定着。勝った♪ ちなみに、液晶にひびが入ったVAIOは、一応まだ動作はしているが、画面にちびまる子ちゃんが困ってる表現みたいな縦線が入っているから『まる子』と呼ばれている。俺のEeePCは、NHKの「ピタゴラスイッチ」から名前をもらって『ごらぴー』だ。


2008年12月21日(日)あめ

ひさびさに家族で外食。っても、なか卯の牛丼とうどんね。昼食後、大街道へでかけた。とにかくお金がないから、たいした買い物はしていないけど、みろりの知人が参加しているイベントで絵葉書を3枚と、書店で松山市の地図を買った。絵葉書は、暗くて暖かい色調で、ちょっと昭和っぽく懐かしい絵柄。地図は、最近いろいろなことがわかりだした【娘】の社会勉強のため。いずれ、愛媛県・四国・日本全図・世界地図と順に広い地域の地図を用意してやろうと思う。

【息子】が「あわてんぼうのサンタクロース」を歌うと、“クリスマスの上に落っこちたぁ♪”となる。そしてなんだかこのごろは、誰しもクリスマスに何もしないでいることが許されないような雰囲気で、世の人が挙げてあわてんぼうのサンタクロースになったみたいである。


2008年12月20日(土)はれ

昼間は快晴でポカポカしてた。生麺を買ってきて昼飯のラーメンを作り、チャーシュー(という商品名だったがハムとしか思えないもの)とモヤシの残りは夕食にも回した。

いつも通っているピアノ教室を運営する楽器店のショールームで、クリスマスミニコンサートという催しをやっている。俺も出演させてもらって演奏してきた。出し物はショパンのワルツ変イ長調作品69の1、別名『告別のワルツ』だ。今年の発表会の『幻想即興曲』は懲りたので、昨年の発表会で弾いた曲を出してきたのだ。今日の演奏のできぐあいは、自分ではもうひとつ納得いかないけど、去年よりはマシかなってところだった。今回の出番の特筆すべき点は、なにより、妻子が聴きにきてくれたことだ。普段は少しもじっとしていない【息子】は、音楽を聴く気になったときには、ぴたっと動きが止まって、本当に真剣に聴く。アニメとかでよく知っている曲だと喜んでジタバタするので困るが、音楽に対する興味と集中力という点では、【息子】には見所がある。いっぽう、【娘】はコンサートのあいだずっと眠そうにしていたけど、帰ってからピアノをポロンポロン弾いたり、紙にエンピツで絵と知っている歌の曲名を書いて「歌のプログラム」を作ったりしていたので、それなりに感じるものはあったらしい。


2008年12月19日(金)はれ

集合論の革命児ポール・コーエン(1934--2007)の1966年の著書"Set Theory and the Continuum Hypothesis"のDover版リプリントが出た。W.A.Benjamin版のリプリントに加えて、マーティン・デイヴィスの序論と、コーエンが(2006年の)ゲーデル生誕100年記念に寄せた"My interaction with Kurt Gödel: The man and his work"という文章も収録されている。

夕方にスイッチを入れたリビングルームのエアコンのリモコンが、いくら探しても見当たらない。子供が寝た後、夫婦で夜更けまでそこらじゅうひっくり返して探したがダメだったので、ブレーカーで電源を落としてある。今夜はまだ暖かくていいけど、早く出てきてくれないことには、暖房が入れられない。


2008年12月18日(木)はれ

朝、おもてが妙に暗かった。7時半に街を歩いていても、通り過ぎる車がみなヘッドライトを点灯していたくらいだ。冬至が近いとはいえ、こんなのは珍しい。よほど厚い雲が東の空を覆っていたのだろうか。日中はむしろ暖かくて天気もよかったのでいいんだけど。

右の向こう脛の筋、つま先をあげる筋肉がずっと痛かった。理由はきっと、ピアノの練習のときのペダルを踏む動作に悪い癖があって、普段余り使わないその筋肉に負担がかかったということなのだろう。かなわんなと思っていたが、ゆっくり風呂に入ったらだいぶ痛みが軽くなり、楽になった。そう。この数日、いろいろの理由で俺は風呂に入っていなかったのだ。

昨日の話、セネカは端的に「勇敢な人は幸いである、誇り高き人は幸いである、思慮深き人は幸いである」と言えばよかったのだと思う。だが、それを「なんの罪もない人を災厄が襲うのはなぜか」という永遠の疑問との関連で持ちだして、自分自身に対する厳しい倫理的要求を、そのまま他人にも向けるから、話がおかしくなる。


2008年12月17日(水)はれ

セネカの『「怒りについて」他二編』という本が岩波文庫で出たので、収録された「摂理について〜摂理が存在しながらも、なぜ善き人に災厄が起きるのか」を読んでみた。セネカは「善き神々がこの世を治めているのに、なぜ善き人が不運な目に遭うのか」と問う人に答えて語る。善を備えた人は不運を恐れず苦難に打ち勝つ。逆境の中にこそ人の美徳は現れる。勇敢な人は運命に引きずられることなく、むしろ運命に立ち向かい運命と歩みを共にする。そして、どのみち死はすべての人に訪れる。つづめて言えば、善き人は逆境にあっても決して不幸ではない。そういう内容だった。

帝政ローマの時代のことだから「善き人」というのは「優秀な人」「勇敢さ、高貴さ、思慮深さなどの好ましい性質を備えた人」であり、われわれの思い浮かべる「善良な人」「言行が適切で心のやさしい人」というイメージとは多分にズレがあるということは認めないといけない。思慮深く勇敢な人は運命に打ち負かされないと言われれば、まあ言いたいことがわからないわけではない。だが、そのような意見を、大地震で親を亡くした子供に向かって、俺はよう言わんし、わが子を通り魔に殺された親の前で、俺はよう言わん。では、そういう不幸な人が周囲にいなければ言うかというと、ネット掲示板で匿名性の背後に隠れて悪ノリする人たちみたいになりたくないので、言わん。そして、不幸な目に遭って泣く人は過去にも現在にも未来にも絶えずいるのだから、俺が「善き人は不幸ではない」という言葉を自分の意見として口にする日は、金輪際、来ない。だいいち、善人が災難に遭うのを見て、それについて何か気の利いたことがいえると思うほうが、どうかしている。

好い人にも悪い人にも、災難は訪れる。なんの罪もない人が酷い死に方をすることもある。そのことを俺はどうすることもできない。なんの落ち度もないのに運命のいたずらで酷い目に遭っている人に言うべき言葉を、俺は持たない。なにも言えず、絶句して呆然と立ち尽くすしかない。だけど、その人がなにか助けを必要としているのであれば、そしてそれが俺にできることであれば、手を貸せればいいなとは思う。実際には、それすら思うようにはできないのだけれど。

そういう文脈に置くと、セネカの弁論はまったくの詭弁だ。しかし、自分という人間がどうでありたいかと問われれば、やはり勇敢で高貴で思慮深い人でありたいし、逆境にあっても打ち負かされない強さをもちたいと思う。だから、己を厳しく戒めまた力強く激励する言葉としては、セネカは決して間違ったことを言っているわけじゃない。目標設定がちょっと高すぎるだけだ。それもそのはず。そもそもセネカは「ストイック」の語源となったストア派の哲人なのだ。


2008年12月16日(火)はれ

デスクの引き出しにPC-9801フォーマットの古いフロッピーディスクが入っていた。中身をチェックしてみると、就職直前の平成2年から就職後の数年間にわたって書いた数学のTeXファイルを集めたものだった。たとえば、1991年1月26日という日付のノートでは、一様位相構造の超準解析的な表現という general abstract なことをやっている。齋藤正彦の『超積と超準解析』を読んで、一様構造の超準表現について自分なりに考えたのだった。既に他の人がやってしまったことであるかとか、業績としてカウントされるかとか、そういうことにはお構いなしだったし、当該研究領域の全体的な展望のなかでの位置づけなんてことすら考えずに、ただ知りたい、わかったら面白いという気持ちでやっていた。当時の俺は26歳。まだまだエネルギーがあったのだ。とはいえ、いま読み直してみると、non-trivialに面白くなる手前で手放してしまっているようでもある。たとえばT位相の超準解析的な特徴づけを知りたいと当時思っていたし、ノートにも「いずれやる」と書いている。当時注目されていたローブ測度についても「次節で論じる」なんて書いている。どちらも今日に至るまでやらずじまいだ。これはあと知恵ではあるが、超準解析の一般論の general abstract な部分に限っても、位相空間のコンパクト化と超準解析的な広大化との関係など、やるべきこと、面白いことはいくらでもあったはずである。当時から、いろんなことに手を出しては中途半端なところで放り出すというスタイルで、それがいまの不甲斐なさにつながっている。

13日の日記で「広く浅くでいい」「ディレッタントに徹する」と言ったのは、結局はそのあたりの不甲斐なさに対する居直りである。けれど、この発言を数学の勉強をしない言いわけと思われるのは癪だ。だから、それなりに頑張らんといかん。若い頃のエネルギーはもうないかわりに、いままでより広い視点をもちたいものだ。先日「広く浅く」と言ったのは、「広くしたい」そのために「浅くなってもしゃあない」と言ったのであって、「浅くしたい」と言っているのではないのだ。

少なくとも、6日と8日の日記で吹いた大法螺をなんとかしないと情けない。恥ずかしくてなかったことにしたいくらいだがもう手遅れで、6日の日記を読んでかがみさんが集合論を勉強する気を取り戻すという、プラスの副作用がすでに発生している。こうなりゃあ、腹をくくって第17話:巨大石〜萌え萌えウルトラパワーと鏡に映った世界の秘密〜あたりから勉強しなおすとしよう。


2008年12月15日(月)はれ

うっかり妻のVAIOくんにものをぶつけて、液晶画面にひびを入らせてしまった。これから仕事と勉強に励もうとやる気満々の妻にもうしわけないので、クリスマスプレゼントを前倒しして新しいのを買うことにした。10時15分の開店とほぼ同時に南江戸のPCデポに滑り込んで、eMachinesのノートパソコンを買った。それが思ったより安かったので、自分用のEeePC 701SDも購入。電子辞書的+PDA的に使えたらいいなと思っている。しかし、こういうことしているとボーナスが“知らないあいだに”消えてしまうので、気をつけないといけないとも思う。

螺旋階段 螺旋階段
通りかかったビルの螺旋階段
螺旋階段は美しいと思う


2008年12月14日(日)はれ

昨晩は妻が疲れ気味だったので夕食の用意を交代した。冷蔵庫にあった鶏肉を使おうと、白菜と割り下とうどん麺を買ってきて寄せ鍋にしたら、妻にも子供たちにも大好評だった。野菜が多めに残ったので、白身魚の切り身と蕎麦麺を買ってきて、今夜は寄せ鍋第二段第二弾。何より用意と後片付けが簡単でいい。今日は読書の時間はほとんど取れなかったが、そのかわりピアノの練習をたっぷりできたし、妻の話すのをじっくり聞いてやれた。ので、それはそれでよいとする。


2008年12月13日(土)くもり

昨日に引き続き電車に乗り合わせた人の話。きょうは幼稚園の「クリスマス礼拝」の日だ。俺は幼稚園の行事に行くたびにさびしい思いをするので、今回は家で留守番を決め込むと宣言していたが、現地に出向いた妻から、プレゼント交換の品物を忘れたから届けてほしいという連絡が入ったので、急遽電車に乗って出かけることになった。朝10時過ぎの電車に乗ったら、向かいの席に、キャメル色のブレザーに赤チェックのミニスカートに黒革靴、ルーズソックスに金髪に、棚みたいな睫毛に白いアイラインという、古典的ジョシコーセーのいでたちの女が座っていた。制服だとしたら、このあたりの高校生ではない。あまりにも典型的かつ時代的だったので、ひょっとして10年前高校生だったどこかの奥様が当時の衣装でコスプレパーティーに出かけるところだったのかもしれない。

さて、街に出て、用事をすませると、これといってすることがない。大街道の明屋書店にいって講談社ブルーバックスが駆逐されているのをみてがっかりしたり、Coco壱番屋でイカフライとほうれん草のカレー400グラム2辛を食って空腹を満たしたりした。

カレーを食いながら考えたこと。俺は気が散りやすく、ひとつのことを深く追求することには向いていない。昨日の日記に書いたような座る力も集中力も足りない。だから「狭く深く」という方向性は自分にはとうてい採れない。かかりつけのお医者さんにも「画期的なことができる人なら、20代でやっているでしょ」とか「クリエイティブでありたくても結局は総論屋になってしまう」とか、いろいろいわれている身であるならば、二つ以上の選択肢があると思わずに「広く浅く」という方向を突き進むしかない。広さの不足を指摘されたら深さ志向だと言いわけし、深さの不足を指摘されたら広さ志向だと言いわけする、そういうイソップの蝙蝠みたいな考え方はきっぱりと捨てよう。深さを極めることなど、興味の拡散しやすい俺には到底できることではない。広さと深さという二つの次元に価値の優劣はない。そして「人生を賭するに値する何か」など必要ない。そんなものなくても、ちゃんと生きられるし「燃えていなければならない」「夢がなければ人生はむなしい」などというのは、俺のような平凡な人間にはむしろ有害な考え方だ。夢なんて、見ようと思って見られるものではないし、夢がなくてもじゅうぶん人生は楽しくかつ難しい。深くなれない俺は、そのぶん広さを追求しよう。ディレッタントに徹しよう。それだって、まじめに追求すれば決して簡単なことではない。

そのあと、歩いて庚申庵に行って考えたこと。子供が騒いでいるリビングルームでNHK松山放送局制作のテレビ番組がああだこうだ論じているのを見ていても、俳句はちっとも理解できない。だが、一草庵や庚申庵に行って、庭に腰掛けて心をほどくと、俳句に詠まれた世界が一挙に理解できるような気がするから不思議だ。街の喧騒から距離をとり、山に入り、海辺に佇み、森の道を辿り、世間からの解放、自然との合一を夢想する心持ちになって、それでようやく俳句が理解できるということなのだろう。だが俺たちは、俳句よりもっと簡潔に、俳句に劣らず深く、自然と呼応しあう表現を、すでに身につけている。たとえばこんなふうに

シュレーディンガー方程式
(波動関数の推移にかんするシュレーディンガー方程式)

アインシュタイン方程式
(重力場に関するアインシュタイン方程式, 宇宙項つき)

カントールの連続体仮説
(カントールの連続体仮説)

表現にこめられた自然への問いかけの深さといい一つ一つの語句から紡ぎだされるべき薀蓄の量と質といい、無駄なく凝縮された美しさといい、数式の形で表現された自然法則は、根本的なものになればなるほど、俳句に近いものになっていくように思う。

そんな馬鹿げた考察をしている俺のところへ、庚申庵の運営をするNPOのおばさまがお茶を運んできてくれた。ほどよい温かさで、濃くて甘みがあり、すばらしく美味しいお茶だった。ありがとうございました。


2008年12月12日(金)くもり

なにせお金の回りが悪くて、ピアノのレッスンの月謝を4か月分貯めていた。おおむね行き先が決まっているとはいえボーナスも出たので、懸案だった月謝の支払いを済ませに、夕方ふだんよりちょっと早めに出かけた。電車で楽しそうに会話する高校生の男女がいた。女子のほうは、通学バッグが俺の尻に当たるような位置(要するに背中側)にいたので顔を向けることもできず、観察しなかったけど、男子の姿をチラッと見ると、ものの見事に「東大顔」の男だった。俺の経験上、東大出身の、しかもテクニカルな仕事(学者や開発系)に就いている男というのは、世間の好む「ガリ勉くん」のイメージからは程遠く、長身かつ彫りが深くて、精悍さを知性で包んだような、いい面構えの奴が多い。まあ、それほどたくさんの例を見てきたともいえないけど、アムステルダムのレーベ(Benedikt Löwe)のもとで集合論を勉強している池上くんとか、九州にいる数学者の斎藤くんとか、半導体研究で日本とアメリカを行ったりきたりしているTetsuhisaさんとか。スポーツマンから汗臭さを抜いたようなイメージが彼らに共通するには理由があるように思う。というのも、体育会系のノリで勉強をスポーツ的に楽しむことができないようでは、かの最高学府にはとうてい到達できないのだ。なにより、1日8時間とか10時間とか、机に向かって勉強してすごすには、けっこう体力がいる。座る力も精神的集中力も体力のうちなのだ。まあそのようなわけで、あの「がんばっていきまっしょい」のモデルとなった松山市内の県立高校の生徒に違いないその男子に「君は東大に行く。顔に書いてあるよ。」と言ってやりたい気がしたが、気味悪がられるだけなので遠慮した。ちなみに、俺は東大出身ではない。(いまでいうセンター試験に相当する)共通一次試験をサボって「アンサンブルコンテスト」の地区予選を聴きにいって、吹奏楽部の後輩たちに心配されかつ試験会場の同級生たちを動揺させたくらいだからな。それでも実家の近所の私立大学の理工学部に合格したので結果オーライだったのだが、経済面および精神面で両親に申し訳ないことをしたと、今では思っている。


2008年12月11日(木)くもり

夜、お絵かき大好きの娘が「【娘】のびっくりじょうほう」と題した絵を描き始めるので何かと思ったら、今日、駅のベンチの下に32円落ちているのを見つけて駅員さんに届けたことを絵日記にしているのだった。大人はそれくらいのことは淡々と処理してしまって特に驚きもしないけど、一年生の娘にはまだまだ世の中はびっくりがいっぱいなのだ。それで、「パパがさいきんびっくりしたことはなあに」と聞かれて困ってしまった。最近驚いたこと、まあ、ないわけではないが、子供の頃に比べると、驚きとか新鮮な感動を味わう機会はたしかに減ったな。ふむ。子供の言葉には、考えらせられることが多い。

で、しばらくして話題は変わって、俺と妻が「国家的規模の文化的低迷から脱却するためにも、ドストエフスキーやらなにやら読まなきゃ」というような意味のことを話しているのを横で聞いていた【娘】が、ドストエフスキーっていうのは「誰かが空中に字を書いて、他の人がそれを読み取るゲーム」のことだろうと言い出した。ドストエフスキーという言葉から、何がどうなってゲームのことに連想が及んだのかわからないが、面白いから、空中に身振りで字を書く行為のことを今後「ドストエフスキー」と呼ぶことに決定した。


2008年12月10日(水)はれ

【息子】が水銀体温計を割ってしまったというので、図書館に寄った帰りに隣のレディ薬局にいって電子体温計を買った。張り込んでテルモにしたら、オムロンの倍くらいの値段である。それと養命酒を買って帰宅したら、行方のわからなくなっていた古いほうのテルモの体温計を、すでに妻が探し当てていたのだった。ううむ。で、【息子】は熱があるのに元気である。子供は、病気がちょっとでも快復しかけると、もう寝ているのがイヤになるのだ。自分にも覚えがある。


2008年12月 9日(火)くもり

6日に引き続き昨日もジャーゴンだらけのわけのわからん話を書いてしまったのは、6日の日記の最後に「元気が湧いてきた」と言ったその理由を説明したいと思ったからだ。だけど、説明しようとしているうちに全然別のアイディアの話になってしまった。で、肝心のその理由は一言でいえば「面白かったから」に尽きる。勢いでカラ手形を乱発したので、そろそろハッタリを言うのはやめて、ちゃんと考えることにする。確実な進展があったらまた何か言うかも知れん。

【息子】の熱は上がったり下がったり。日中、39度くらいまで上がったようだ。コミセンの図書館に本を返しにいくつもりだったが、心配なのでそれは明日に延期して早く帰ってきた。そしたら、【息子】の熱は38.4度だった。俺がこの熱を出したらもちろん天下御免で仕事も何もほったらかして寝るところだが、【息子】はピーク時から0.6度も熱が下がって楽になったのか、たいへん上機嫌だった。これなら図書館に寄って帰ってもよかったかも。


2008年12月 8日(月)くもり

【息子】が発熱。プール熱かもしれないので、明日は幼稚園を休ませる。プール熱というのは、頻繁にビリヤード場に行きたくなる病気ではもちろんなく、咽頭が腫れて熱が出る病気で、子供に多く、接触感染の恐れがある。別段プールでだけ感染するものではない。もっとも本当にプール熱かどうかは、明日医者で見てもらって判断するしかないが、なにやら幼稚園で貰ってきたに違いない。

【娘】が宿題の算数プリントをやっていないことが、夜9時を回ってそろそろ寝る時間になってから発覚。普段はたいてい日の高いうちにやっているのだが、今日に限って、遊ぶのに忙しかったのかもしれん。いずれにせよ、眠いからといって宿題をせずに寝ることは許されない。尻を叩くようにして「くりさがりの引き算」50題をやらせて、できたらすぐに「よくがんばったぞ、えらいな」とほめて寝かしつけた。

以下、一昨日に引き続き、わけのわからん話。

広く集合論の公理として受け入れられている、選択公理つきツェルメロ・フレンケル公理系ZFCは、いわゆる通常の数学の基礎づけには十分すぎるほど強力だが、基数と順序数の理論をはじめとする、専門的研究としての集合論においては、堅牢な足場ではあるがそれだけでは十分に強力とはいえない。たとえば連続体濃度が何か、という問題、言い換えれば「実数は全部でいくつあるか?」という問題を、ZFCは決定できない。また、古典記述集合論でいうPCA集合(現在の記号では \({\bf\Sigma}^1_2\) 集合)がルベーグ可測かどうか、ZFCは決定できない。

そこで、ZFCを補完する新しい公理が求められることになる。これまでに追求されてきた「新しい公理の候補」には、主に二つの方向があった。

1. 巨大基数の存在を要請する、いわゆる large cardinal axioms (以後lc)
2. マーティンの公理とその類縁、いわゆる forcing axioms (以後fa)

蛇足:20年ほど前までは、このほかに第三の道として、無限に長いゲームの必勝法の存在を主張する determinacy axioms が考えられていた。しかもそれがlcの階層との比較において「とんでもなく強い」と予想されていた。1980年代も終わり近くになって、その予想がくつがえり、determinacyがlcに還元されることがわかった。これが、近年のウッディンの理論へのプレリュードになっている。このあたりの事情についてはカナモリ『巨大基数の集合論』(シュプリンガー, 渕野訳または原著第2版)を参照。

このうちlcの仮説としての有効性は十分に確立されている。ZFCの無限公理や置換公理から導かれる「大きな集合が存在する」「たくさんの集合が存在する」という要請を強化するものであることもはっきりしているから、公理としての必然性も問題ない。いっぽう、俺はずっとfaを、無矛盾性証明の便利なツールではあるが、どちらかというとアドホックな性格のもので、lcと比較して公理としての必然性を欠くと思っていた。

俺がそういう印象を持つに至ったのは、たとえば集合論的トポロジーなどの分野でのマーティンの公理の用いられ方などを見てのことだ。集合論ではいろいろの命題の無矛盾性を、なんらかの順序集合(いわゆるforcing notion)を目的に応じてあつらえ、その順序集合(それは実はこれから作り上げられるジェネリック拡大に関する断片的な情報の集積と考えることができる)によるジェネリック拡大を考えるという方法で確立する。しかし数理論理学(の基本的な部分)の訓練を受けていないと、この方法を縦横に使いこなすというわけにはいかない。それでは、たとえば集合論的トポロジーの専門家にとっては、少々敷居が高いということになる。代表的なfaであるマーティンの公理は、応用上重要な各種のジェネリック拡大がもっている性質を、数理論理学的な議論を経ることなく導くことのできる集合論的な命題であり、無矛盾性は敷居のこちら側 (ジェネリック拡大を用いる集合論) で確立されている。敷居のあちら側では、マーティンの公理を仮定して「普通の数学」を展開すれば、数理論理学の知識がなくてもいろいろの命題、たとえばススリン仮説とか \({\bf\Sigma}^1_2\) 集合のルベーグ可測性などの、無矛盾性が証明できるということになる。

それはそれで結構なことであり、だからfaはそのためにあるものだとばかり、俺は思っていた。集合の世界Vで起こっていると考えられることを適切に表現した「正しい公理」でなくても、整合性が保証された「安全な仮定」でありさえすれば、無矛盾性証明には十分だ。だから、もしもfaがジェネリック拡大を用いた無矛盾性証明の代用として使われるだけのものであるならば、それをなにも新しい公理と言挙げするまでもない。そんなわけで、たとえばマーティンの公理を強化したfaであるMMとかPFAなどが、ゲーデルの予想どおり連続体濃度が \(\omega_2\) であることを導くと言われても、「そうですか、そりゃ面白いっすね」ぐらいにしか思っていなかったのだ。

しかし、俺のfaに対するこうした差別的な見方は、どうやら改めなければならない。

一昨日の日記に書いたとおり、新しい公理の候補として、一見するとfaよりもはるかに自然で必然的に思われるのが、基本的な数学的構造(の高階の理論)の不変性の要請である。(これを仮に absoluteness axioms と呼ぼう。以後aa。)そのような公理の例として、一昨日は「\(0^\sharp\) の存在」という仮説をあげた。これは通常はlcの一種と考えられている。それが (俺が先日デッチ上げた∞階算術なる怪しげなものの最小モデルに同定される) \(L\) の理論の不変性という意味をもつというのは、俺が自分のハッタリを例証しようとして言っているまでのことで、ヨタモノのタワゴトで終わらせずに、まじめな集合論研究者たちに評価してもらえる形の表現にするためには、定式化からなにから、もっときちんと細部を詰める必要がある。

いっぽう、たとえば「2階算術の標準モデル \(\langle\,\omega,\,{\cal P}(\omega),\,{+},\,{\,\cdot\,},\,{<},\,{\in}\,\rangle\) についての \(\Sigma^1_n\) 文で表現できる命題の真偽値が、可算鎖条件をみたすforcing notionによるジェネリック拡大に際して不変である」というタイプのaaは、すでに10年以上前から検討されている。そして、これはもともとfaとして登場してきたものである。もっとも基本的なfaであるマーティンの公理も、次のとおりaaとして定式化できることがわかっている。

マーティンの公理は次の命題と同値である:集合論的構造 \(\langle\,H(2^\omega),\,{\in}\,\rangle\) についての \(\Sigma_1\) 文で表現できる命題の真偽値が、可算鎖条件をみたすforcing notionによるジェネリック拡大に際して不変である. (バガリア(Joan Bagaria)による)

このあたりのことは渕野昌『Forcing Axiomsと連続体問題』[日本数学会誌「数学」第56巻第3号(2004年), 248-259頁]に詳しく紹介されている。要するに、マーティンの公理というfaは、実はジェネリック拡大という文脈におけるひとつのaaなのである。周りのみんながとっくの昔にそういう観点から研究しているというのに、いまごろ気づいて感激しているんだから、俺の目のなんとも節穴なことよ。いや、節穴はともかく、faがaaすなわち「基本的な数学的構造の不変性」という形に書き換えられるのだとすると、それは来るべき新しい公理への適切なアプローチだということになる。便利だけど必然性のない無矛盾性証明のツールにすぎないという差別的な見方は、このさい撤回する。いままでゴメンナサイ。


2008年12月 7日(日)はれ

久々に、サックスアンサンブルというのをやってきた。とある事業所の職員のための「クリスマス子ども会」の出し物だったので、主催者に頼み込んでうちの子供たちも参加させたら、【息子】がプレゼント抽選会で一等を当ててしまった。なんか申しわけないぞ。昨年の経験を活かして、タチバナさんがデフォルトで「歌のお兄さん」をやるので、今年もイデウエお姫さま+しおりちゃん+俺のトリオだが、先月の日記に書いたような経緯で、カルテットも一曲。たっぷり3ヶ月以上のブランクがあるので、思うようには吹けなかったが、俺の場合「思うように」吹くとただウルサイだけというもっぱらの評判なので、それはそれでいいのかもしれない。

昨日の日記の文章が少しおかしいところを手直しした。このページは日記ページで、本来なら日記の書き換えなんて絶対しちゃいけないのだけど、昨日の記事は通常の意味での日記ではないから、誤解を避けるために文章に手を入れる程度のことは許されるはずだ。論旨は変えないように注意した。いくつか長い注釈をつけたくなったので、それをここへ書く。

(12月6日の日記への注釈1) ここでは、理論という言葉は、数学(の一部分)を再現する形式化されたシステムという意味で使っており、自然や社会の現象に関する知識の記述とそれに対する筋道だてた論述の体系的な集成という通常の意味の「理論」ではない。以下同じ。戻る

(12月6日の日記への注釈2) ここで「と思う」と留保するのは、本当にそのようになるかどうかは未確認で、しかも高階算術の公理の選び方に依存するから。それに、集合論と高階論理ではそもそも言語が違っていて安直な同一視ができないことを思えば、この留保はさきに \(V_{\omega+\alpha}\) について語ったことにも当てはまる。といっても、集合論と高階論理の「本心からの/意図された解釈intended interpretation」の対応づけは明白なので、相互に関連づけ翻訳しあう方法を見つけることは可能なはずだ。そこをきちんと実行すれば、最小モデルが \(L_{\omega+\alpha}\) に「一致する」ような \(\alpha\)-階算術の公理を見つけることができるだろう。この段落では、それが分岐言語(ramified language)のpredicativeな式にかんする内包公理ということになるはずだ、という見通しを述べたまで。不可述的(impredicative)な内包公理を認めれば、最小モデルにおけるα階の対象の全体がVω+α∩OD \((V_{\omega+\alpha})^{\rm HOD}\) になることも考えられる。戻る


2008年12月 6日(土)はれ

この寒いのに唐突で申しわけないが、∞階算術というものを考えてみる。

1階算術(first order arithmetic, またの名をペアノPeano算術)というのは、個々の自然数 1,2,3,...をあらわす記号(型0の定数記号)と、不特定の自然数をあらわす変数(型0の変数)、それに基本的な演算記号である+と×と関係記号<と=からなる言語で表現された、+と×と<と=の基本性質(記号の定義といってもよい)を主張する命題と数学的帰納法の図式を公理としてもつ理論のこと。

2階算術は、自然数の集合をあらわす型1の変数と、自然数が型1の変数に属するという関係をあらわす記号∈を、1階算術に付け加えた理論で、公理として「これこれの条件をみたす自然数の集合が存在する」というタイプの内包公理(comprehension axioms)をもつ。内包公理は「これこれの条件」ひとつひとつに対応して無数にあり、一口に2階算術といっても、内包公理をどの程度まで認めるかに応じて、無限のバリエーションがある。

ある程度の強さをもつ2階算術は、実数論や、微分積分などの古典解析を解釈し実行できる。自然数を型0の対象とよび、自然数の集合を型1の対象とよぶのだが、実数は実質的に型1の対象と思うことができるのだ。

実数の集合をあらわす型2の変数をさらに追加して3階算術を考えることもでき、さらに一般に、n階の算術、任意に高い(ただし有限の)型の変数まで含めたω階の算術も考えられる。この型ω未満の対象というのは、ラッセル(B.Russell)とホワイトヘッド(A.N.Whitehead)のプリンキピア・マテマティカPrincipia Mathematicaの扱う対象であり、公理の設定しだいでツェルメロ(B.Zermelo)の集合論に相当するものにもなるだろう。「通常の数学」はほぼこの範囲内で記述することができる。しかしここで終わらずに、さらに、これらの対象を型に関係なく要素としてもちうる集合をあらわす型ωの変数を導入すれば、ここに \(\omega+1\) 階算術というものが考えられそうだ。

こうして、任意の順序数αに対して、α階算術というものが考えられるとしよう。その総体を∞階算術(あるいはOrd階算術?)と呼ぶとすれば、その最大のモデルは、すべての集合のクラス \(V\) にほかならない。このとき、 \(V_{\omega+\alpha}\) が型αの対象全体の集まりになる。

いっぽう、型αの対象の存在について「α未満の型のみの変数を含む式で定義される型 αの集合が、それぞれ存在する」という、可述的(predicative)な範囲での内包公理を認めるとすれば、∞階算術の最小モデルはゲーデルの構成可能的集合のクラス \(L\) になる。この場合、型αの対象全体の集まりは \(L_{\omega+\alpha}\) ということになる(と思う)

この∞階算術の最小モデルとしてのクラス \(L\) の性質が (強制法におけるジェネリック拡大などの操作に関して) 安定していて不変であるという想定は、ZFC集合論から導かれることではないが、集合論の公理に追加するにふさわしい「新しい公理の候補」といってよいだろう。(この主張をきちんと正当化するにはいろいろと細かい議論が必要であることはもちろん承知しているが、いまはとりあえずイメージを膨らませアイディアを展開する方向へ話を進めたい。)この「安定していて不変」というのをどう定式化するかにもよるけれども、「\(0^\sharp\) が存在する」という命題が、ある意味で \(L\) の性質の不変性を意味していて、まさにこの「新しい公理の候補」を集合論の言語で定式化したもの(のひとつ)になっている。ZFC集合論あるいはそれに「構成可能性公理(axiom of constructibility, \(V=L\))」を追加しても、 \(L\) がたとえば「弱コンパクト基数の存在」という公理をみたすか否かを決定することはできないのだけれど、\(0^\sharp\) が存在するという仮定のもとでは、 \(L\) のみたす(集合論の言語で記述できる)性質のすべてが \(0^\sharp\) という型1の対象に「書き込まれ」ている。 \(0^\sharp\) は、存在するとすれば、ジェネリック拡大その他の方法で破壊することはできないので、その存在は \(L\) の性質が安定していて不変であることの証拠になっている。

この「\(0^\sharp\) の存在」に相当する「新しい公理の候補」として、より一般に「数学的構造 \({\cal A}\) の上に建てられた∞階理論の最小モデルの性質は、安定していて不変である」という形の仮説について (それをどのように定式化するのが適切かという根本的なところを含めて) 検討してみるというのは価値のあることだろう。俺の考えでは、2階算術の最大モデルというべき \(\langle\,\omega,\,{\cal P}(\omega)\,\rangle\) あるいは \(\langle\,H(\omega_1),\,{\in}\,\rangle\) について、この仮説(内部モデル \(L(\mathbb{R})\) の性質の不変性)を集合論的に表現したのが、小規模にはprojective absolutenessであり、大規模には 「\(\mathbb{R}^\sharp\) の存在」あるいはそれに関連するいろいろな命題ということになる。

さて、\(\langle\,H(\omega_1),\,{\in}\,\rangle\) 上の∞階の理論の最小モデルとしての \(L(\mathbb{R})\) という発想までは、俺も(昨年「ルベーグ可測性にかんするソロヴェイのモデル」について静岡で講演した際の準備作業などを通して)自力でたどりついたのだけど、ウッディンはさらに一歩を進めて、\(\langle\,H(\omega_2),\,{\in},\,{\rm NS}_{\omega_1}\,\rangle\) についてその上の高階の理論のある意味での不変性について考察し、そこから \(\mathbb{P}_{\rm max}\) 理論や Ω-ロジックといった独自のアイディアを生み出した。それで、ついには連続体問題の解決というべき結果に到達したということらしい。

しかしもちろんウッディンが「∞階の理論の最小モデルの性質の不変性」などというトンデモな構想を語ったわけではなく、これはあくまでも俺の妄想、でなければ夢あるいはせいぜい画餅である。だが、ひょっとしてウッディンはこういうやりかたで、ゲーデルの不完全性定理と連続体仮説の独立性という、集合論に突きつけられた理論的限界を乗り越えようとしているのではないかと夢想することで、少し元気が湧いてきた気がする。

最近ずっとこの調子で、「て日」史上のわけわぁらん度の記録を更新中だな。


2008年12月 5日(金)くもり

明け方4時前、ひどい雨と風、そして雷。前線の通過。冬らしく寒くなりだした。朝、寒さに加えて、制帽が見つからないせいで、【娘】は学校に行くのに気が重い。電車を降りて歩くのすら、視線が中に泳いで、妙にゆっくりだ。困っている自分を誰にともなくアピールして救いの手を差し伸べてもらうのを待つという、甘えん坊の子供によくありがちな態度を、おそらくは無意識にだろうけれど取っている。帽子ごときに魂を奪われたようになっている姿を見ているこちらが、腹を立てて「そんなにイヤならいまから電車に乗って家に帰れ」と、改札を出たところできつい言い方で叱ってしまったが、今朝の【娘】の姿は、まぎれもなく俺の子供の頃の姿なのだ。もうちょっと根気よく、「大丈夫だ、なんとかなるから気にするな」と言えばよかったのだが、その言葉が出たのは、校門前まで行ってからだった。あとで反省して、帰りにはミスドでお土産を買って帰った。夜8時前、ピアノのレッスンが終わって帰宅するころには、【娘】は機嫌をすっかり直して【息子】と家で大暴れして母親を困らせていた。帽子は学校にあったそうだ。要するに、昨日の下校時に本人が学校に置き忘れていたのだ。小さな子供は、自分の目で見届けるまでは、いま直面している困難の原因がそれ以前の自分の過失にある可能性を受け入れない。困ったものだが、それだって子供の頃の俺の姿ではある。それに、ひょっとしたらこの歳になっても、あまり進歩していないのかも。

クリスマス前のミニコンサートでは、時間の都合で一曲しか弾けないというので、少し迷ったがショパンのワルツを弾くことにした。


2008年12月 4日(木)はれ

妻がとある地域保健政策にかんする研究プロジェクトに参加していて、ちょっとだけ忙しくなり始めた。それで、【娘】さんはじめての鍵っ子経験。夕方、出先での作業を終えた妻が【息子】を迎えにいった帰りに「そっちへ迎えに寄ろうか」と連絡をくれたけれど、まだ一年生の【娘】が初めての鍵っ子のところへ、残りの家族全員がそろって帰宅というのは、さすがにかわいそうなので、俺は別行動で歩いて帰宅。途中で寄り道して子供へのお土産に苺ポッキーを購入。【娘】は、あいかわらず忘れ物常習犯だし、不器用でしょっちゅう転んで怪我しているし、けさの通学路では、動き始めた中型トラックのすぐ手前を横切って、これにはこっちの寿命が縮んだけど、最近は自発的に玄関の掃除をしてくれたり、熱心に【息子】の面倒をみたり、とてもいい子で、ちょっといじらしいくらい。


2008年12月 3日(水)はれ

前の晩にウオッカを飲みすぎたせいか、はたまた風邪をひいたのか、どうも調子がよくない。普段は35分かけて歩くところを電車で帰宅。検温するが熱はないようだ。葛根湯を飲んで暖かくして寝る。


2008年12月 2日(火)はれ

先月13日に発注したDover版のY.N.Moschovakis "Elementary Induction on Abstract Structures" (初版はNorth-Holland Publ., 1974年)が届いた。ペーパーバックになると思いのほかスリムだ。これは、数学のいろいろな分野でよく使われる「ある集合Aを含み、かくかくしかじかの演算のもとで閉じた最小の集合 cl(A) を考える」というタイプの構成について論理学的・計算理論的に分析しようという「帰納的定義の理論」を展開している本。

大学時代に一番熱心に勉強したのが、同じくモシュコヴァキスの"Descriptive Set Theory"(North-Holland Publ., 1980年, 通称DST)というモノグラフだった。モシュコヴァキスという人はクリーネ(S.C.Kleene)に学んだ人で、集合論よりは計算理論のエキスパートなのだが、まさにその計算理論的観点から、1970年代に記述集合論の分野で大きな貢献をした。『DST』はその理論をまとめたものだ。その後、モシュコヴァキス最大の弟子の高弟であるケックリス(A.S.Kechris)が記述集合論の本来の流れに忠実に解析学や幾何学とのインターフェイスという方向へ進んだこともあり、モシュコヴァキス流の計算理論的な記述集合論は、あらかた開発され尽くしたあと廃れてしまったかのような印象を与えたけど、最近になって、新しい集合論との関連でリバイバルの機運が高まってきているように思われる。モシュコヴァキスの射影集合族とその拡張にかんする構造理論は、まちがいなく近年のウッディンのΩ-ロジック理論の礎石のひとつになっている。ウッディンも明言しているとおり、Ω-ロジック理論の要である"普遍ベール性"(universal Baireness)は射影集合の階層の超限への拡張と考えることができるからだ。我田引水的にこじつけるなら、集合論的な構造 \(\langle\,H(\omega_1),\,{\in}\,\rangle\) の一階理論が射影集合の理論と相互に翻訳可能であるように、\(\langle\,H(\omega_2),\,{\in}\,\rangle\) という構造の理論を翻訳する記述集合論的対応物を求めると、そこに普遍ベール性が浮上してくる、と言えそうだ。俺の言うことはいつもこう、予断とハッタリが多すぎていけないけど、Ω-ロジックの意味を理解し、さらにはもっと簡明な定式化を与えるためにも、計算理論と集合論との関連は、もっと追及されていいように思う。


2008年12月 1日(月)はれ

久石譲『感動をつくれますか?』(角川Oneテーマ新書2006年)は、いまや押しも押されもせぬ国民的作曲家となった久石譲が、宮崎駿の映画『ハウルの動く城』の音楽を担当してなにやら受賞した頃に書いた本だ。久石はここでプロのコンポーザーとしてきわめて実際的に仕事観を語っている。また、宮崎駿や北野武といった映画監督たちと一緒に仕事をすることで、双方にとって肯定的な相互作用が起こる様子も語られている。

われわれのような素人は、作曲のようなクリエイティブな仕事では「発露」だとか「啓示」だとか「霊感」だとかが創作の原動力になると思いがちだけど、久石は、求められているものを正しく見抜きそれにどう答えるか理性的につきつめて考えることの大切さと、コンスタントに仕事をこなし続けることの大切さを強調する。これまでの経験で身につけてきた知識と見識を総動員する知的プロセスが全体の95パーセントくらいを占め、それがあってようやく、あとの5パーセントの部分に感性の活かしどころができる、そういうものらしい。これは、トーマス・エジソンの有名な「1パーセントの霊感と99パーセントの汗」という言葉に通じる。ヒラメキと努力を数値的に正確に比較する方法などありそうにもないけど、(いわゆる「クリエイティブな仕事」に限らず、あらゆるビジネスにおいて)ヒラメキ対努力の比率は、これくらいなんだろうと思う。だとしたら、なんにせよ「その道のプロ」であるためには、95パーセント以上を占める「霊感以外の部分」を日々こなし続けられることが大切だ。

まったくの素人が霊的な作用で一夜にして天才になる、なんてことはありえない。霊感は(来るものとすれば)受け入れて用いる準備が万端整っている人のところにだけやってくる。だから、やっぱり普段何を考えどう行動しているかが、一番大切だ。といっても、一生懸命やったからといって霊感が助けてくれるとは限らないだろうけど、いずれにしても俺ももっと面倒くさがらずに努力しなくちゃ。

・・・とかなんとか言っていたら、ヨリオカくんからウッディンのΩ-ロジックについての最近の講演のスライドと、カダくんからもうすぐ出版される本(嘉田勝『論理と集合から始める数学の基礎』日本評論社2008年)が届いた。すばらしいタイミング。どうもありがとう。

夕空のアハハ
こういうものは携帯電話のデジカメでは撮れないので、イラストで表現。

夕方、空で星がアハハと笑っていた。金星と木星と三日月の邂逅。なかなか見ものだった。