て日


2006年 9月分


2006年9月30日土曜日

【息子】は日に日に言葉が達者になっていく。とくに食い物系の覚えが速い。まあ、そりゃそうか。きょう初めて「クマ」が四つ足動物一般を表す「ワンワン」から分離したと、妻が大喜びしている。

吹奏楽の練習。途中でいきなり、ポン!という風船の割れるような音 (単なる風船より大きな音だったが) とともに、天井の蛍光灯の一本が消灯、煙と焦げ臭いにおいが漂い始めた。古い建物で、いろいろな音楽団体がブカブカドンドンと空気を振動させるものだから、古い配線具の接続が外れてショートしたか、あるいはネズミが電線をかじって黒焦げになったのかもしれない。

練習後の晩飯は土居田のセブンスターの隣に先日オープンしたラーメンの「天下一品」だ。京都出身の俺にとっては、近所に「テンイチ」ができたのは大変うれしい。オープン後まもない土曜の夜でもあり。夜の町外れだというのに行列ができている。天下一品のラーメンの特徴はなによりも「こってりスープ」だ。味わいが深くて、最初の一口は感激するが、一気に食わないとしつこく感じることもある。だもんで、珍しく肉Zが食い物に敗北しているのを目撃した。


2006年9月29日金曜日

妻も早く帰ってきたしピアノのレッスンもお休みだしで、とってもゆったりした気分で一日が終わった。夕食は、俺が作ったスパゲティ。トマトソースは缶詰イタリアンカットトマトを使って作った。ニンニクがなかったのが不満だが、ベーコンとタマネギをたっぷり使い、コンソメを入れて、隠し味にマリーシャープスのペッパーソースをほんの少し入れたらおいしかった。ペッパーソースはたくさん入れると子供の口に合わなくなるから、ほんの少しね。パスタはディチェコ。ちょっと値が張るがこれが好き。ブイトーニは食べる分にはいいが茹でにくいし、トマトやカルボナーラならだんぜんディチェコのほうが合う。アーリオ・エ・オーリオとかペペロンチーノならブイトーニがいいかも。

一昨日から考えている数学の問題は、懸案だった問題が解けたところから、その解法を発展させて続編も思いついたし、なかなか面白い展開を見せている。当分楽しめそうだ。


2006年9月28日木曜日

昨晩はちょっと夜なべして18年来の問題の解答を書いて、缶ビールを飲んで寝た。寝室が狭いうえ、子供たち(とくに【娘】)の寝相が悪くどうしてもザコ寝状態になるので、あとから行くと自分の寝るスペースがない。すき間に割り込むように寝る。朝の冷え込みのおかげで、このところなんとも夢見が悪い。けさなんか、武装した男二人組に催涙ガスをかけられる夢をみた。

《夢:部屋にいると、外から「殺さずに生け捕りにするんだ」という声が聞こえ、銃のようなものを構えた男が二人、部屋に入ってきた。おそらく発砲するとしたら毒ガスかなにかだが、相手がマスクをしていないから催涙ガスだろう、ととっさに思った俺は、目を閉じて息を詰めて相手に体当たりをかまし、その銃のようなものを奪って部屋から逃げ出した。銃は小さなボンベがついていて「火気厳禁」なんて書いてある。まるで大工道具みたいだ。その銃で追っ手と戦っている途中で目が覚めた。》

年来の問題が解けたので、プチお祝いとして、今日の昼飯は寿司にした。エフコのパック寿司だけど。

いやいや、そんなことより、今日の晩飯のときの子供らのことを書かねば。どうもこのごろ【息子】が野菜を食べ渋って困っている。ママがなんとか食わせようとするがなかなか思うようにいかないので、いいかげんあきらめかけていたところへ、【娘】が「はい【息子】くん、これお弁当よ」とお皿の上の食べ物を小粋にアレンジして、まんまと野菜を【息子】に食べさせている。「お茶のおかわりはいる?」なんていっちょまえのことも言いながら、甲斐甲斐しく面倒を見ているじゃないか。これにはパパママ驚くやら感心するやら。いつの間にかお姉ちゃんの顔つきになったと最近よく言われる【娘】だが、なかなかどうして、中身もすっかりお姉ちゃんだ。


2006年9月27日水曜日

あーっと、さっきちょっと思いついたんですけど、18年前に聞いたあの問題、解けるかもしれませんよ、ヨネザワさん。って、読んでないだろうとは思うけど。いま考え中ですが、あと一息でカタがつきそうです。がんばってみます。

仕事の帰り道、エルベに寄る。たとえば水曜日なら「冷凍食品の日」という具合に、特売品が決まっていたりするわけだけど、平日の6時台前半にいくと、ありゃ、きょうは「美人の日」かな、と思うくらい、仕事帰りのきれいな女性がたくさん買い物をしている。って、この話はこれでおしまい。


2006年9月26日火曜日

ツチヤ教授が言うには、ネット上の数学談義で「可算選択公理は証明できるから公理と言えない」と主張している人がいたそうな。どういう勘違いをしているのかだいたい想像がつくけれども、もちろん、これは間違いだ。可算無限部分集合を含まない無限集合が存在するような集合論のモデルを構成でき、そのようなモデルでは可算選択公理は成立していない。田中尚夫『選択公理と数学』(遊星社) あるいはコーヘン『連続体仮説』を見なさい。

インターネット上で得られる情報には気をつけろという話だな。だが、じゃあどうすれば確実で信用するに足る情報が得られるのかという話になると、これまた簡単ではない。というより「こうすれば信用するに足る情報が100パーセント確実に得られる」最短コースなんてものがあるんだったら苦労はないのだ。知識と情報は自分の足で探し自分の手で掘り起こして自分で磨きをかけろ、とでもいうしかない。


2006年9月25日月曜日

萱町と大手町の交差点にバレエ教室がある建物の一階は、以前は寝具店だったようだけど、長らく空き家になっていた。そこへ、銀天街にあった中古レコード屋がひと月ばかり前に移転してきた。今日、仕事の帰りに寄ってみた。ロックやレゲエのCDが中心だが、ジャズも少なからずある。J-POPとかクラシックはほとんどなく、演歌は一切ない(と思う)が、桂枝雀の落語CDは数枚あった。枝雀落語はいま収集の真っ最中だが、今回は山下洋輔ビッグバンドの『Field of Grooves』を買った。ジャズのビッグバンドものはわりと見境なく好きで、こういう、普段ドライで時々リリカル、といったサウンドは特に好きだ。


2006年9月24日日曜日

県民文化祭吹奏楽公演の協議会合同バンドの練習日。通常は肉Zが出ている午前中の会議に代理出席したら、合同演奏の出演者の集まり具合が楽器によってまちまちで、テナーが二人余っているのにバリサクが一人も来ないと言っていた。そこで、俺が合同演奏だけタチヘニョさんの楽器を借りてバリサクを吹くことにした。タチヘニョさんにメールで相談したらさっそく楽器を持ってきてくれた。ありがとう。

練習場所は11月の本番と同じ松前町総合文化センターのホールだ。家から車で20分ほどのところで、天気もいいから、妻子に声をかけて呼びつけて、お昼には公園でピクニック。長大すべり台をはじめとしてたくさんの遊具があり、【娘】は大はしゃぎ。

そんなわけで、かれこれ4年ぶりくらいのバリサクだ。今回の演目はボロディンの《イーゴリ公》から「だったん人の踊り」で、誰が編曲したのか知らんが原調のまま吹奏楽編曲してあるので、E♭の移調楽器であるバリサクでは、シャープが6つもつく。それを初見で吹くので最初は戸惑ったが、音を出すのには以前ほど苦労しなかったから、なんとかなるでしょう。いつも乗せてもらっているガリクソンの車にはバリサクが積めないので、帰りは肉Zの車で送ってもらった。それで打楽器パートの高校3年生sndさんと同席し、初めてまともに口をきいた。トダさんとスギヤマさんをいい具合にブレンドしたような、見かけによらぬいいキャラクターだった。てなこと言っても、松山ウィンド団員それもかなり古い人以外には、どんな人物かわかりませんね、わはははは。


2006年9月23日土曜日/秋分の日

ある些細なことが原因で半日ほどふてくされていた。夕方になってこれではいかんと思い直した。託児所のイベント「虫の声を聴く会」がある。毎年この時期の土曜日に開かれるので、これまで俺は吹奏楽の練習に行っていて、参加したことがなかったが、今夜ばかりは家族と一緒に過ごすべきだと思ったので、吹奏楽の練習を急遽お休みして、俺もこの会に参加することにした。託児所のスタッフが作った「いもたき」を食って、西堀端へ夜のお散歩をして、フォルクローレの生演奏もあって、地味だけど楽しかったぞ。


2006年9月22日金曜日

昨日そういうことを書いたわけだが、きょう、普通に仕事にいって普通に仕事をしていたら、誰にも会わず、一言も口をきかなかった。そういうふうに過ごそうと思えばいくらでも過ごせる仕事なのだ。もちろんそれは精神の健康によくないから、自分から進んで人に会うようにすべきだ。

仕事が終わってからは、ピアノのレッスンに行ってO先生とそれなりに話をしたのだけど。


2006年9月21日木曜日

今日の午前中のうちに神戸にいる親戚のおっちゃんの家を訪ねる予定だったが、先方の都合がつかず延期となった。すこし時間があいたので、松山に戻る電車に乗る前に、京都駅前の旭屋書店に行ってきた。哲学にもコンピュータ関連書にも目もくれず数学書のコーナーに行ったが、それほど食指の動くものがなく、何も買わずに帰った。

仕事がらみの小旅行ではあったが、ずいぶんと気が晴れた。俺は家に閉じこもっていると大変にまずい。もっと外に出て人と話さないといけない。周囲の人が俺を普通に扱っているのと同じように、自分自身を普通に扱うことをおぼえないといけない。ほかの誰が言ったわけでもない俺自身への悪口雑言を、俺はどうしてしょっちゅう自分に投げかけているのか。夕方、いつもの医者に行ってそういう話をしたら「どういう理想像を描いているの?」とドクターに言われた。あ、それ、考えたこともなかった。だけど、言われたときとっさに思ったのは「仏さま=悟った人」だった。うーむ。そりゃ、難しすぎる。


2006年9月20日水曜日

学生時代から世話になっている先生の還暦の祝いが大阪であったので行ってきた。当然、京都の実家に泊まる。こないだの福岡行きと比べると、もうとんでもなく身軽だ。一人旅は楽でいいわ。

笑いバナナ
で、実家に行ってすることがこれかい!


2006年9月19日火曜日

mixiの哲学系のコミュニティからは脱退。俺は論争が好きでも上手でもないからな。

哲学好きの人というのは、問いを立てては答えを出し、出した答えをいったんご破算にしてまた問い直し、そういうことを延々とやる。ということは、問い続けることがその人にとっての楽しみなのだろうけど、だとしたら、そこで表立って問われていることよりも大事なこと、つまり問い続けることの楽しみという大事なことが、問いの内容とはまた別にあって、それが彼をして哲学好きの人たらしめている、ということになる。

これがたとえば数学なら、数や図形について考えることが楽しいという事実は、数や図形にとっては関係のないことだ。惑星や遠くの銀河系について調べることに天文学者が喜びを見いだしていようがいまいが、惑星や遠くの銀河系の知ったこっちゃない。このように、研究が研究者にとって主観的に楽しかろうがつまらなかろうが、ほかの分野でそのことが問題になることはない。しかし、哲学の究極的な目標は自分の生の現実のトータルな理解のはずだから、自分が問いを問い続ける存在であるという事実から目をそむけて、表向き別のことを、たとえば時間は観念的なものか実在的なものかとか、理念的なものは実在なのか言葉の上の約束事なのかとか、そういうことを延々と問うているのは、マチガイじゃないのかと思う。

問うべき唯一のことは《自分に問いを問わしめている「それ」は何か》ということじゃないのか。最近、そういうふうに考えるようになったので、哲学というものがずいぶんアホらしく思えるようになった。というわけで、最初に戻って、mixiの哲学系のコミュニティからは脱退した。


2006年9月18日月曜日/敬老の日

きょうは一日じゅう家から出なかった。少しピアノの練習をして少し洗濯をして少しお片づけをして少し論文の改訂作業をしたほかは、ずっと寝ていた。妻にも子供にも申しわけないグータラぶりだった。すまぬ。

昨日の日記、なんだかまぎらわしいが、市民コンサートの例会があったのは市民会館中ホール。ブラスバンドキャメリアが練習していたのはその隣の練習室という区画だ。「市民コンサート例会のリハーサルの時間にいったらリハーサル室にブラスバントキャメリアがいた」とか書いたので、まるでブラスバンドキャメリアが市民コンサート例会に出演してフラメンコを踊ったみたいな話になってしまった。それはそれで観てみたい気もするが、昨日は決してそういうことではなかったのだ。


2006年9月17日日曜日

市民コンサート例会日。今回は地元の廣川叔也+松村布美のフラメンコだ。ビデオ撮りを仰せつかっているので午前中のリハーサルにあわせて市民会館へ行く。リハーサル室で練習しているブラスバントキャメリアの連中に遭遇。ビデオ撮り係といっても、持っていたのは親ばかハンディカムだから、セッティングは一瞬で済んだ。そこで、空き時間に、隣の県美術館の「四大浮世絵師展〜中右コレクション」を観に行った。日曜で最終日だから、けっこうな入りだ。たくさんの浮世絵とたくさんの女の子の背中を鑑賞して回る。

広重の東海道五十三次のうち特に名高い「日本橋」「蒲原(雪景色)」「庄野(夕立)」、北斎の冨嶽三十六景のうち「神奈川沖浪裏」「桶屋の富士」「赤富士」などもみることができた。写楽が生で見れたのもうれしかったが、一番面白かったのは広重の「新板浮絵忠臣蔵」で、透視図法 (遠近法) をはじめとする西洋画の手法が用いられているのだ。あと、歌麿の「山姥と金太郎」の絵は、ある意味うちの【息子】とママそのものなので、あとで妻に見せて面白がろうと、カタログを買った。大変見応えのあるいい展覧会だった。

市民コンサートの例会場に戻る。フラメンコを観るのは初めてだが非常にいい。俺にとってはまったく初体験のサウンドだ。カンテの阿部真の声がいい。廣川のギターはいわゆるクラシックギターと比較してはるかに硬いサウンドで、時折ものすごい和音を鳴らすし、濱田のカホン (箱形の打楽器) はキックドラムとハイハットを同時に叩いたような音がする。そして、音楽に合わせて松村が踊るというより、ダンスと音楽とは完全に一体で、踊り手の靴音がリズムの要になる場面が何度もあった。一般向けチケットを発行したため、お客さんの入りもよかったし拍手も大きかった。そして、公演内容にはまったく関係ないけどついでに言えば、ビデオ撮りが80分のminiDVテープをちょうど一本使い切ったところで大変キリよく終わったのもうれしかったぞ。

そんなわけで、浮世絵とフラメンコという異色の取り合わせの一日だったが、どちらも面白くて満足。


2006年9月16日土曜日

日中は家にいてお片づけ。お片づけ済んだらジョープラ行こうねと朝のうち【娘】に約束をしていた手前、3時半頃からジョープラへ。その後妻子は幼稚園のパーティー、俺は吹奏楽の練習。なんだか慌ただしかった。

バーンスタインじゃ大栗じゃとすったもんだの末、ブルックナー (第四交響曲の第一楽章) に落ち着いた県民文化祭の出し物。俺にとっては事実上初めてこの曲を合わせる。ブルックナーはわかりにくいとばかり思っていたし、先週マエストロにCDを借りて聴いたけれどもやっぱり集中力が続かず、音楽の全体像がつかめなかった。しかし、マエストロ編曲は演奏していて気持ちがよかった。出だしの弦のトレモロをブラスのロングトーンに写しているので、ハーモニーの美しさがいっそう際立っている。ふむ。シベリウスの交響曲が好きだと言っている俺がブルックナーは嫌いというのも変だという気もしてきた。もうちょっとよく聴き込むようにしよう。

転勤のため退団していた鉄平八が復帰。ばうを小型にしたようなトロンボーンの女の子が入団。晩飯はびっくりドンキーでハンバーグプレート。


2006年9月15日金曜日

フジグランの4階でA4版の大学ノートと水性ボールペンを買って、1階のシアトルズに座り込んで仕事をする。普通の油性のボールペンで書くよりはるかに楽に書けるし、気が散ることもなく作業に集中できるので、かなりはかどった。家や仕事場で思うように仕事に打ち込めない一番の理由は、いろいろなものを置きすぎて気が散るということに違いない。

ピアノのレッスンではバッハのインベンション第1番がようやくマルになった。昨晩遅くに泣きそうになりながら練習した甲斐があったというものかもしれない。しかし、楽器を替えてから、左手の薬指と小指がいかに弱いかを痛感している。左手の人差し指は、11年前に一度腱を切っているので、これまた自由には動かない。しかし日常の作業に不自由するほどの後遺症があるわけじゃないのだから、これは言い訳にしかならない。長らくピアノを習っていて、どんな曲もろくに弾けないのは、ただ単に練習時間が十分でないからだ。


2006年9月14日木曜日

道行く人たちの服装も長袖が多くなって、もうすっかり秋だ。

システムの再インストールをして身軽になったMac miniに、あまり余計なものは入れまいと思うので、mixi station はインストールしないことにする。mixi に iTunes で再生したものが反映されなくなるが、誰も困らないだろ文句あっか。

と自分で言って思い出したこと。俺たちの業界でも、業務連絡用メーリングリストがいくつか稼働している。会合の告知などは、主催者が各メーリングリストに送り、場合によってはさらに親しい関係者に送ったりする。そこで、「重複して受け取られた場合どうぞご容赦ください」などと書くのがシキタリのようになっている。同じ内容の案内を何度も受け取ると不快に思ったり頭が混乱したりする人も実際にいるのだろうけど、しかし、複数の業務連絡用メーリングリストに加入していれば同じメッセージを重複して受け取るのはほとんど自然の成り行きというものだ。だから、俺としては一度くらい「重複して受け取られた場合文句あっか」と書いてやりたい衝動に駆られるが、度胸が足りないのでいまのところ実行に移していない。この場合に限らず、俺はこういうプロトコルとしての決まり文句に弱いのだ。いや、弱いといっても、コロッとヤラレるという意味ではない。むしろ、すぐにイヤになってしまって、自在に使いこなせないという意味だ。


2006年9月13日水曜日

昨晩、Mac miniのバックアップをとって、今日はシステムの再インストールだ。よけいなソフトウェアを極力入れないように、インストールするのは、本当に必要なソフトウェアだけにしよう。おかげで、いまのところ動作は快調だ。昨晩、新しくiTunes7がリリースされた。どうも iTunes Music Store が映画も扱うようになって名前も iTunes Store と変わったらしい。それで、それにあわせて iTunes も新しくなったわけだ。ディズニーの映画って俺はあんまり観ないけどね。

このところ、頭がぼんやりして集中力が続かないので、コマ切れでしか読めないけど、秋月龍みん(「みん」は玉偏に民)の『誤解された仏教』(講談社学術文庫)を読んでいる。「あの世も前世もない」とか「仏教は霊魂を認めない」とか、仏教といえば葬式と連想してしまう普通の人たちにはびっくりするような内容かもしれないが、秋月さんの本をはじめ、禅についての本を何冊か読んできた俺には、むしろ大変わかりやすい。

それと、先日古本を注文していた栗本慎一郎の『都市は、発狂する。』(1988年, カッパ・サイエンス) が届いたので再読。栗本の本はたくさんあるが、この本が一番面白いと俺は思う。もっともこれは実家に帰ればあるはずで、もう一冊買ったのは、福岡の陽介くんたちに贈ろうと思ったからだ。


2006年9月12日火曜日

久々登場の (もとBlue&White/いまBlack) G3くんで、次の定期演奏会のための参考音源CDを作っている。これから先も、ディスクを作るにはG3くんが活躍するはず。で、現在のメインマシンであるMac miniは、QuickTimeでMIDIファイルが再生できず、DVDプレーヤーも変な動きをして使えない。こちらもシステムの再インストールが必要かもしれない。


2006年9月11日月曜日

運動会の予行演習なのだろう、職場の近くの小学校で組体操をやっているのだが、バックに流れる音楽が、ビレッジビープルの曲だった。この話はこれだけ。

さまんさの家から段ボール箱一杯の古着が届いた。おかげでこの秋冬は子供服を買わなくて済みそうだ。ありがとう。きのう一日がかりでお片付けしといて本当によかったよ。


2006年9月10日日曜日

妻みろりが昨晩から別人のようにお片づけに邁進している。今日お出かけの予定のあった人には申しわけないが、昨晩からの雨の理由はそれだ。あまり熱心なので俺もつられて手伝った。おかげで、今日の夕食の終わる頃には、うちの中が見違えるようにきれいになった。おおっ!床が見える!・・・って、レベルが低いと言わないでくれ。なにしろ、小さい子供が二人いる家なんだ。広くなった部屋で子供たちは大はしゃぎ。うちの中で走り回れるのが珍しいらしい。


2006年9月9日土曜日

夕方から吹奏楽の練習。県民文化祭で、これまで練習してきた『吹奏楽のための神話』(大栗裕) がやれない可能性が出てきたので、代わりの曲を選ばないといけない。マエストロO久保の在庫一掃大蔵ざらえという感じの合奏となった。昔々、就職の決まった ぷれいん が楽団を去るときに、マエストロがブルックナーを編曲してきて演奏したことがあったのだけど、それを9年ぶりに採用することになった。

先週末、福岡のカフェ・ソネスに行って、その控えめで優しい佇まいを賞賛した俺だが、ソネスの作った本『Some Tenderness』の巻末にある「40人に聴く、愛する人にしてあげたいことは何ですか」には、はっきりと腹が立った。なぜなら、愛する人のためにする最善のことが「いまの等身大の自分自身を大切にすることだ」という意味の答えがあまりにも多かったからだ。40人も集まれば、一人や二人そういう阿呆がいるのは仕方がないが、無視できない数まではいてほしくないぞ。だって、愛する人のために何をするかと訊かれれば、どんなに嘘くさく聞こえようと「できることは何でも」以外の答えはあり得ないだろう。愛するとは、誰かのために、どんな形にせよ自分を投げ出す覚悟を決める、ということではないのか? そう考えれば、設問自体がオフザケだし、そんな設問に対する気の利いた答えなんぞは、愛を知らない人間が頭の中でこしらえた「テストの解答」でしかない。

あ、いや、だからと言って腹立ちまぎれに本を破ったりしてごめんなさい>妻


2006年9月8日金曜日

ピアノのレッスン。家で毎日クラビノーバをいじっているおかげで、レッスン室のピアノのキーが軽く思えるようになった。もちろん、たった2週間で指を動かす筋肉が鍛えられたということではなくて、単に感覚の問題なのだろうから、それだけでいままで弾けなかった曲が弾けるようになるわけではない。がんばりましょう。

クラビノーバに UA-3FX を接続して PowerBook 上の SoundStudio で俺のヘタヘタな演奏を録音し、Amadeus II で MP3 ファイルに変換して、こんなものを作ってみた (fire.mp3, MP3ファイル, 約640KB) 演奏がヘタなうえに季節はずれで申しわけない。

あと、Audacity というフリーソフトウェアを使うと多重録音が簡単にできることがわかった。もっとも、多重録音は簡単だが、演奏自体は簡単ではなくて、実際にやってみると自分の縦の線 (テンポ感覚とアインザッツ) の甘さがよくわかる。

それでも、もう何年も更新が止まっているてなさくDTMのことも、これからは、MIDIファイルの編集環境を整えるために腐心するより、演奏の練習をしっかりしてオーディオデータを直接扱うように方針転換すべきかもしれないと思えてきた。そもそも、俺の Mac mini はどういうわけか QuickTime Player がMIDIファイルを再生してくれないしな。

夕食は、ひさびさに砥部のゆうゆう亭で満腹。


2006年9月7日木曜日

外の空の様子が、すっかり秋ですなあ。

朝食時に【娘】がトイレに行こうとしているところに妻が声をかけたので、代わりに俺が「【娘】ちゃんはトイレでーす!」と返事した。それで思ったのだけど、「紀子さまは男の子だった!」とかいう頓珍漢な報道をするメディアがひとつはあって欲しい。・・・んなこと思うバカは俺だけか。

きょう買ったMacPeopleとMacFanの最新号、どちらもずいぶん分厚かった。WWDC2006の開催を受けてLeopard (来春リリースをめざすMac OS X 10.5) や Intel CPU搭載の最上位機種 Mac Pro のレビュー記事に力を入れているのと、両者ともにかなり分厚い冊子を付録につけているからだ。MacPeopleの付録冊子はOSの仕組みを解説したもの。MacFanのはiWork'06の解説本だ。MacFanにはそれにキヤノンのL判写真プリント用紙のオマケもついている。そういえば昨日だったか、新しいiMacとMac miniが発表された。Interl Core Duo搭載のMac miniは欲しいのだが、予算がクラビノーバに化けてしまったので、当分手がでない。


2006年9月6日水曜日

またしても体内時計がアレで、朝昼がつらい。とかなんとかいいながらいま23時50分。この時間に元気になったからといって、いまから昼間のダメダメを挽回しようとすると、悪循環に陥るからほどほどにしよう。

黒板くま
写真は本文とは関係ありませんってば

インベンションの2番をひとまず8小節だけさらう。


2006年9月5日火曜日

サッポロビールの「畑から百三十年」という妙な名前のビールは、味も濃いしアルコールも少し濃い。普通のビールと比べると、少し苦い。キリンの「秋味」も濃い味でアルコール分が多い。涼しくなる頃にはこういうのがよくなるというわけね。

おおっ、とうとうFreeDOS 1.0がリリースされたのね・・・めでたい。Webサイトのデザインも少し変わったような気がする。


2006年9月4日月曜日

今日の昼間は、旅の疲れで眠くて仕方なかったぞ。

今月下旬のとあるお祝いの席に出ることにしたので、幹事さんに「詳細を知らせてちょ」と言ったら、電子メールに案内状のPDF書類を添付して送ってくれた。ところがこれをプリントしてみると、どういう設定の違いのせいか、段落の末尾と全角スペースの前にびっくりマーク「!」がついている。書き出しが「前略!」で、本文の末尾が「草々!」そのあと「記!」が続き、「会費! 12,000円! ただし, 御同伴者様は8,000円, 中高生は4,000円!」とか「地下鉄御堂筋線中津駅から徒歩5分!」とかいう、フォーマルな案内状にはおよそ似つかわしくない活字風景となった。

しかしこれが「!」でなくて「?」だったらもっと変だろうな。「日時? 平成18年9月20日(木) 午後7時〜午後9時?」とか「中高生は4,000円?」とか「tel/fax 078-8xx-64xx?」とか・・・


2006年9月3日日曜日

博多二日め。子供たちを含めてみな早起き。朝食をとって荷造りをして、洗濯物やらお土産やらの、コマゴマしたものは、段ボールに詰めて宅配便で松山へ発送してしまう。朝の散歩がてら博多埠頭へ歩き、船で海ノ中道へ。マリンワールドでイルカやアシカのショーをみる。ショーは素敵だったが、マリンワールドの建物は順路がわかりにくく、ベビーカーで回るのはひと苦労だ。昨日のキャナルシティといい今日のマリンワールドといい、この街には、内部がわかりにくい建物が多いのかな。

海ノ中道から市街地には電車で戻り、ソネスのとなりの姉妹店、レストラン・イコネにいく。平岡陽介の個展もカフェ・ソネスもポルコ・ロッソもキャナルシティもラーメンもマリンワールドのラッコもいいけど、今回の旅行の最大の目的は、なんといっても、陽介くんのフィアンセのタマキちゃんに会うことだ。俺たち夫婦は、ポロシャツとジーパンの活動的な女性なんじゃないかと、なんとなく予想していたんだけど、ゆったりとしたドレス姿の、おっとりとした色白の人だった。九州南部の女性らしく目が大きくてくっきりした顔立ちなのだが、言葉が丁寧で聞き上手なので、押しの強さというものをまったく感じさせない。陽介くんもたいへん温厚な人柄なので、見事に「おっとり×おっとり」カップルで、周囲の人々にはすでに「老夫婦」と言われているらしい(彼らはまだ20歳代半ばだ)。

イコネの料理とソネスのコーヒーはたいへん美味しかった。福岡はいいところだと思うので、そのうち必ずまた行くことにしよう。(妻は「今度は海ノ中道ホテルに泊まるんだ」と意気込んでいる。)夕方の飛行機で松山に戻り、適当に夕食を済ませて、バタンキュー。


2006年9月2日土曜日

福岡/博多にやってきた。宿は紙屋町の、【娘】の言うところでは「にこにこホテル」。目的地は薬院のカフェ・ソネス。ピエールレコードのミニ・セールと平岡陽介の個展「徒歩と観察」が目当てだ。宿に荷物を置いてからバスに(乗るまでバス停周辺をひとしきりうろうろ迷走した末どうにか正しいバスに)乗り、薬院へ。カフェ・ソネスは評判どおりの店で、今の若い人たちの優しい部分を形にしたようなところ。押しつけがましいところの全くないこういう店が、街の一隅にそっと存在していられるのが、都会の都会らしいところだ。便利さや賑やかさは、あればあるに越したことはないけれども。

ソネス店内
福岡市薬院のカフェ・ソネス店内
5日まで、平岡陽介の作品を掲示している

カフェで遅めの昼食をとり、陽介くんはじめカフェの人たちとひとしきり歓談してから、天神のポルコ・ロッソへ行く。お気に入りの革リュックを修繕してもらうのも大事な目的のひとつだ。そのすぐ近くにアップルストア福岡天神があるが、子供を連れて行くところでもないので今回は寄らず。

宿に戻って一息いれて、【息子】が昼寝する間に、晩飯をどうするか考える。博多に来て、ラーメンを喰わずに帰りたくはない。といって、今日初めて来た街でガイドもなしに最適の店を見つける自信もないので、キャナルシティのラーメンスタジアムで手を打った。夕暮れ時の中洲の河辺を歩いて行く。妻みろりにとっては、キャナルシティのような旅先の複合施設でショッピングというのは、なかなか得がたい経験で、新鮮味があってうれしいものらしい。都会のいいところは優しくて押しつけがましくないところだと信じている俺には、キャナルシティは決して面白いところではないが、そういう賑やかな場所を知らずに育ち、成人してからは毎日仕事まみれの妻が、ここを面白がるのも、それはそれで理解できるのだ。だからコムサでの買い物にも付き合ったが、くたびれ気味の【娘】を抱っこしながらなので、こっちも結構くたびれた。

さて、俺には、九州はいい女の産地であるという、抜きがたい偏見というか先入観がある。そういう色眼鏡で見るものだから、往来する女たちがみんな魅力的に見えて困る。が、これはここが九州だからというわけじゃなくて、初めて来る大都市の繁華街だからかもしれない。


2006年9月1日金曜日

ピアノのレッスン。ツェルニーはいいのだけど、インベンションを弾くとき、なんか固くなっているのが自分でもわかる。まあ力抜いてくださいよと先生に言われるが、今日に限っては、家で一人で弾いているときも固くなっていた。新しい楽器のおかげで、楽器に触れている時間だけは長かったのだが、どうしたもんだろうか。