て日


2006年 7月分


2006年7月31日月曜日

【娘】が熱を出した。朝のうちは元気で、普通どおり託児所へ行ったのだが、託児所の朝のお散歩から戻ったときには38℃くらいの熱で、頭が痛いとも言っていたそうだ。仕方がないので、俺が午後の仕事を休んで医者に連れて行った。風邪をもらったのだろうとのお医者さまの見立て。薬を処方してもらい、家に連れ帰る。パジャマに着替えさせてしばらくすると【娘】は寝入ってしまい、やれやれと思ったら自分も夕方まで眠ってしまった。

ところで、昨日あんなこと書いた舌の根もまだ乾かんのに、今日の昼食はココ壱のカレーだった。ごめんよ>子供ら


2006年7月30日日曜日

ローソンのキャンペーンでミッフィーの絵皿のプレゼントがあるらしい。子供が喜ぶから、当分のあいだ、お昼の弁当はローソンで買うかな。

妻が書留を郵便局に受け取りにいくというので、ついでに家族そろっての散歩ということにした。ベビーカーに【息子】を乗せて、【娘】お姉ちゃんには歩いてもらう。天気がよくて気持ちがいい。日差しが強くて暑いが、けっこう風が吹いているので、日影に入ると意外に涼しい。


2006年7月29日土曜日

吹奏楽の練習。吹奏楽コンクール県大会のシーズンなので欠席者が多いが、人数が少ないのは程度の差こそあれいつものことなので、いつものとおりオンドリャ〜と練習する。出かけていた妻子が迎えにきたこともあって、練習後は珍しく流れ解散。

セミ
練習場の窓で見かけたセミ
たとえあと数日でも、精一杯生きてください


2006年7月28日金曜日

見上げてみれば、今日の空はきれいな青空だった。そしていま (19:40ごろ) 西向きのこの部屋の窓からは美しく涼しげな三日月が見える。網戸ごしだけどね。

ちかごろ、夫婦揃って pya! というサイトにハマっている。写真を中心に、ビデオやアニメーションを含めて、ネット上で見つけた面白いネタなど、いろいろと興味深いものを投稿しちゃあ、訪問者がそれにコメントしあうという趣向のサイトだ。笑えるネタはおおむね歓迎されるが、そういうものばかりではなく、マジメなメッセージを含むものや、ひたすら美しい風景の写真なども、可能な限り前向きに評価される。だから2ちゃんねるの嫌いな俺たち夫婦もこのサイトは好きなのだ。ただ「一杯のかけそば」的にイカニモな作品やあまりにストレートなメッセージ性のある投稿には、当然のことに懐疑的な意見を述べる人が出てくる。それで思ったのだが、ニヒルな見方、斜に構えた姿勢というものも、べつだん悪いものではない。どこかで村上春樹が書いていたが、カレーに対する福神漬けくらいの割合で、懐疑的な意見が入っているのが妥当だろう。

ただし、せっかく斜に構えて穿った見方をするんだったら、徹底的に穿ってほしいと思う。たとえば、童話『星の王子さま』を題材に「永遠の少年」元型について講義したフォン・フランツの『永遠の少年』だ。訳者の椎名恵子さんは、ちくま学芸文庫版のあとがきで、この本 (紀伊国屋書店版) を不倶戴天の敵と見なして、焚書にしなければ収まらないといった反応を示した人たちがいたと言っている。『星の王子さま』を心の友としている人はたくさんいるだろうし、そういうひとたちがフォン・フランツのこの分析に拒絶反応を示すのも無理もない。だが、その一方で、単に知的であるだけの一面的な知性に頼って、情緒的なものとの関わりを断ち、そのことによって、集合的なものへ回収される危険性 (ユング心理学の意味での母親コンプレックス) から己を守ろうとする態度 (似非哲学的態度) も、『永遠の少年』で完膚なきまでに批判的に分析されているのだ。思うに、何かにつけて冷静な皮肉屋を気取るニヒルな態度も、フォン・フランツのいう似非哲学に含めてよかろう。とすると、ここでは『星の王子さま』とその作者サン・テグジュペリだけではなく、それに対してつい「けっ」と毒づいてしまうニヒルなお兄さんたちも、槍玉に挙がっているのだ。どうせ穿つならここまで穿たないと。


2006年7月27日木曜日

妻ともども午後は休みをとった。アミティエでランチ、県美術館の「山寺・後藤美術館所蔵ヨーロッパ絵画名作展」を観覧。地味だけれどもいい絵が多かった。山形県の山寺後藤美術館に行ってみたくなった。美術館を出て海沿いのR196旧道を北へドライブ。波間に映える午後の太陽が美しい。iTunes Music Storeでダウンロードした高橋ピエールのアルバム Hannah nouveau をCD化してカーステレオでかけながら走る。これが大当たりで、なかなか素敵なリフレッシュタイムとなった。

あ、高橋ピエールの《ピエールレコード》が福岡ソネスでCDセールだって・・・。ソネスには義弟もいることだし、行ってみたいな。おーい、妻ぁ〜・・・


2006年7月26日水曜日

やっとこさ梅雨あけしたぜ。土用に入るまで梅雨あけしないなんて天気の神さまもオタワムレだよな。だが、暑くなり天気がよくなると、洗濯が楽しいぞ。


2006年7月25日火曜日

突然だけど、メンバーの不祥事で解散するとかしないとか揺れていた欽ちゃん球団の名前を、俺は聞き覚えで「ゴールデン・ボールズ」と記憶していた。こりゃまた思い切った名前をつけるもんだと思っていたが、本当は「ゴールデン・ゴールズ」というらしい。欽ちゃんの球団がゴールドというのなら、まだマトモな発想だわな。

ころっと話は変わって、萱町と大手町の交差点近く (そば吉の二〜三軒北側) にある「手打ちうどん政」はけっこう悪くないぞ。値段も手頃だ。冷やしぶっかけうどん大(2玉入り)と鯛ちくわ天ぷら一本食って、500円でおつりが来たしな。


2006年7月24日月曜日

夕方、萱町商店街の天神まつり夜市。今日は降らなかったが、ここ数日ずっと雨が続いたせいか、昨年よりもさらに出店が少なかった。だが近所の親子連れがたくさん集まってなかなかのにぎわいだ。ジャンケン大会に参加する妻と【娘】が列に並んで順番を待っている横にベビーカーに【息子】を乗せて立っていると、すこし前に並んでいた浴衣姿のおねえちゃん (ただしあくまで【息子】から見て...4歳くらいか) がやってきて、【息子】ににっこりと愛想をふりまいてくれた。ねたましいことに、【息子】は託児所でもどこでも、なぜかモテるのだ。その後、ベビーカーを押してぷらぷら歩いていると、八百屋さんの横に大きな白いイヌがいた。人によく慣れた利口そうなイヌだし、飼い主と一緒なので大丈夫と思って、【息子】に触らせた。基本的に怖いもの知らずの【息子】だが、さすがにビビっていた。そこへ、【娘】の手を引いた妻が「なんでシロクマがいるんかと思ったら、イヌやった」と言いながらやってきた。いくらなんでも商店街にシロクマは無理だ。そして、イヌが苦手な【娘】は、数メートル手前ですでに固まっていた。


2006年7月23日日曜日

妻は早朝出勤。子供たちも6時頃に起きてしまった。妻を送り出して、子供たちに朝飯を食わせてから、しばらく子供たちと遊ぶ。【娘】と【息子】は、ボールの取り合いをして大騒ぎ。8時をまわった頃、いまにも降り出しそうな曇り空の下を、ベビーカーを押し、【娘】の手を引いて託児所へ行く。俺一人で子供二人の面倒を一日見るのは無理と踏んで、妻が手配しておいてくれたのだ。子供を預けてから家に戻り、洗濯と台所の片付けをした。

朝食に作った野菜とベーコンのコンソメスープは子供にも大変好評だったし自分でも満足。沸騰したお湯に刻んだタマネギとピーマンとベーコンを入れ、それが煮立ったらトマトとシメジを入れる。それがもう一度沸騰したら、火を止めて顆粒状コンソメを、味を見ながら入れる。そのまま置いておき、食べる直前にもう一度火にかけて温める。あるいは、冷やしてもおいしい。昼食には、冷蔵庫に1/4だけ残っていたゴーヤを、タマネギとシメジ(このあたりはムダのないよう、徹底して使い回す)と冷凍の豚肉とで炒めた。普段はこれをオイスターソースで味付けするが、毎回おなじではつまらないので、今回はたまたま手近にあった焼き肉のタレを使った。これは半分くらいとりわけておいて、ラップをかけて冷蔵庫で保存。

昼の3時すぎにセブンスターに夕食の食材その他を買いに行く。お約束通りうなぎ蒲焼きを2尾。オクラとツルムラサキと青ネギとナメコ。久しぶりに冷奴にしようと、ゆず入り豆腐。それに花かつお。忘れちゃいけない、ビールと甘いカクテル。炊きたての炊飯器の釜に刻んだ蒲焼きを入れてまぶしにして、汁物は青ネギとナメコのみそ汁、副菜に冷奴。

妻が仕事に出ている。俺は (日曜日だから当然だが) 休んでいる。子供まで人に預けて昼間からビール飲んでグータラ過ごした俺が、仕事を終えて帰ってきた妻に さあ夕食を作れ なんて言ったら、そりゃあバチが当たる。というわけで、今日の妻はすっかり「オトーサン状態。」

それと、午前中に Flash 8 Basic が届いたので、セブンスターの前に宮脇書店へ足を伸ばして参考書を2冊購入。これは、俺にとってまるきり新しい分野なので、楽しみながら覚えていこうと思う。


2006年7月22日土曜日

(昨日の続き) ので、昼食がてら引き取りに行った。そしたら、【娘】と【息子】の託児所のおともだちと店で遭遇。面白い偶然というものもあるものだ。しかしその子は2歳半なのにずいぶんお行儀よかったなあ。【娘】の尻の据わりが悪いから恥ずかしい。昼食後、久米のトヨタにプリウスの部品交換 (ふた月ほど前にリコールが来ていたぶん) に行った。家に戻ると、マーク・ゴールデンバーグのCDが届いていた。結局、iTunes Music Storeで買うのをやめてCDを注文したのだ。郵便封筒の差出人のところに手書きで「Goldenberg」とあったから、ひょっとしたらマーク・ゴールデンバーグ本人の手書きかもしれない。わからないけど。それと、iTunes Music Storeで購入できなかった理由は、俺が .Mac のアカウント情報の氏名の「PHONETIC」(発音)欄をカタカナに変更してしまったせいだった。お手間とらせました>アップルさん

今日は午前中、久々に晴れ間が見れて嬉しかった。夕方からはいつものように吹奏楽の練習。ウォーミングアップと基礎練習に十分な時間を取ったつもりだったが、合奏が始まってみると、前半はヘボヘボだった。リードが合わないとこういうことが起こる。練習終了後、夢庵でうな丼を食った。といっても、土用の丑の日は明日だ。俺たち夫婦のシキタリによって、明日の夕食もうなぎになる予定。


2006年7月21日金曜日

思うところあって、Web用のアニメーション制作ソフトの定番 Flash 8 Basic を発注。

夕食に茜屋へ行ったら、夫婦ともども携帯電話を置き忘れて帰ってきたらしい


2006年7月20日木曜日

しかしよく降るねえ。7月も下旬なんだから、そろそろ梅雨明けしてくれよ。

【息子】は調子のいい音楽を聴くと体を左右に揺らせて「のる」。これは【娘】の同じ時期にはなかった反応だ。【息子】は生まれながらの音楽好きという感じだ。【息子】の成長に合わせてうちのオーディオセットをいいものに替えて行こうかなと思う。いっぽう、【娘】は【娘】で、音楽への反応は今ひとつだが、イマジネーションが豊かでクリエイティブな夢見る乙女で、それはそれでなかなかよい。


2006年7月19日水曜日

朝からひどい雨で、徒歩出勤(といっても、歩いたのは幼稚園からだからいつもの半分ほどの距離)でびしょ濡れになってしまった。まあ、職場に着いてしまえば、仕事自体は雨でも晴れでも同じことだけど。

原告モナリザ!
「モナリザ」の知らせに湧く原告団支援者たち


2006年7月18日火曜日

「侍女たち」についてフーコーは何を言っていたのか、確認しようと紀伊国屋書店に行ったら、ちくま学芸文庫「フーコー・コレクション」の第3巻『言説・表象』が出ていた。これの冒頭がまさに「侍女たち」というエッセーだ。こりゃいかん。買うことにした。その他に、フォン・フランツの『永遠の少年』も文庫化されている。結局、次の6冊を購入。『フーコー・セレクション3〜言説・表象』(ミシェル・フーコー), 『角の三等分』(矢野健太郎), 『永遠の少年』(M-L.フォン・フランツ), 『偶然の本質』(アーサー・ケストラー, 以上ちくま学芸文庫), 『「関係の空気」「場の空気」』(冷泉彰彦, 講談社現代新書), 『不幸なる芸術・笑の本願』(柳田国男, 岩波文庫)。

さて、ずいぶんもってまわった言葉遣いでわかりにくかったのだけど、「侍女たち」でフーコーがヴェラスケスの同名の絵について言っていることは、次のようにまとめられると思う。第一に、絵の中に画家が登場して、カンヴァスを前にしてこちら(絵を見ている我々)を見ていることによって、「見る/見られる」の反転、「描く/描かれる」の反転が示唆されること。第二に、絵の登場人物が凝視している「こちら」には(奥の鏡に映っているとおり)姫君の両親である王と王妃がいて、描かれた空間を見返していること。第三に、その王と王妃が、この絵に示された空間(の意味づけ)を決定する“中心”でありながら、絵の表象から排除され、不可視の位置にあること。フーコーはこれらの論点から、この「侍女たち」が古典主義時代の空間表象を特徴づける絵であると結論する。

絵を見る我々が、必然的に、絵の不可視の中心である王と王妃の視点に立つことになるのがポイントだ。客観的世界に対して超越的な立場に立つ主観性、それがまた絵の中から見られている、というわけだ。

フーコーはまた、(姫君がマルガリータ姫、二人の侍女がドーニャ・マリア・アグスティナ・サルミエンテとニエト、王がフェリペ四世で王妃がマリアーナ、という)登場人物の名前によって絵(表象されたもの)を言語の文法に従う言説(言い表されたもの)に置き換えようとする代わりに、固有名詞を抹消し、空間的な要素を画家がカンヴァスに写し取る手続き(はっきりそう言ってはいないが、絵画において 文法 に相当するもの)について語らなければならないと説く(少なくとも俺にはそう読めた)。 鏡の奥に映っているのは誰なのか知らないふりをしなければならないし、その反映に反映としての実在とすれすれのところで問いかけなければならないのだ。(p.25) このあたりが、フーコーが構造主義の思想家と称される理由だろうか。よくわからないけれども。

このことは、いつぞや静岡でシャガール展を見たときに書いたこと(→2003年9月5日)に通じるのかもしれない。いや、あのとき俺は単に、語る行為によって見る経験の代わりにすることはできないぞ、絵の「意味」についていかに饒舌に語っても、絵を見る経験が本物である保証にはならないぞ、と言いたかっただけだ。だがフーコーは、描かれる空間がどのように見られているか、その空間の見方の上に時代がどのような陰を落としているかを問題にしているようだ。


2006年7月17日月曜日/海の日

午前中、妻が友人の南蛮弁当さん(って名前なんだから仕方ないでしょっ)に会いに行っている間、俺と義父が子供の相手をする。午後、カレーを食って一息入れて、伊保田へ。松山へ帰るには、もちろん柳井からフェリーに乗ればいいのだが、途中停泊港の伊保田までいったほうが安上がりだし、子供たちを船で遊ばせる時間が大幅に短縮できて安心なのだ。帰省中、俺はほとんど家から出ず、飲んで喰って寝てばかりだった。何しにいったんだか。


2006年7月16日日曜日

昨晩2時まで頑張ったのに、今朝は5時前に目覚めた。シャワーを浴び、コーヒーを飲み、NHKのラジオニュースをダウンロードし、ピアノを少し弾いてFinaleで楽譜を少し書いて、7時前に出発。

船は少し遅れて出航。到着が遅れたせいだが、沖へ出てみるとガスがかかって視界が大変悪い。そのせいで遅れたに違いないとひとり合点する。昨年のこの時期にやはり船で柳井に渡った時にはiPodの選曲に迷ったと「て日」に書いたけど(→2005年8月7日)、今回はあまり深く考えずに冨田勲『ソラリスの海』から聴き始める。これはバッハのインベンションとコラール前奏曲をコラージュした作品で、霧のかかった静かな海の上を進む船上で聴いていると、無意識の海を渡ってヒトの精神の奥底へ航海しているような錯覚をおぼえる。

それから『シェエラザード』の第三楽章だけを、まずゲルギエフ、次にマゼールで聴く。この楽章のタイトルは「若い王子と王女」という。いろいろな解釈ができそうだ。俺にはこれが、高校生くらいの年齢の夢見がちな若い王子と、小学校に上がるか上がらないかの年齢の、若いというより幼い妹のお姫さま、と聞こえる。宮廷のバルコニーで夕空の月星を見上げながら物思いに沈む王子のところへ、「おにいさまったら、こんなところでなにをしてらっしゃいますの?ずいぶんさがしましたのよ」とかなんとか口ばかり一丁前に、幼い妹がやってきて、王子の気持ちを和ませるのだ。この幼い王女はヴェラスケスの「侍女たち」(フーコー「言葉と物」の口絵になっているあの絵)のお姫さまのイメージだ(文化圏が違う気もするけどな...)。次に語り手シェエラザードのテーマが聞こえ、若い王子のメロディーが重なる。聞き手のサルタンが、物語のなかの王子の姿に若き日の自分を重ね、荒んだ心を和ませていく様子が描かれていると、俺には思えるのだ。

ヴェラスケスの『侍女たち』...クリックで拡大
ヴェラスケス(Diego de Silva Velazquez, 1599–1660)
『侍女たち』(1656年)

クリックで拡大します
見れば見るほど不思議な絵...

このひとりよがりの解釈にすっかり満足して、次にピアソラ『タンゴの歴史』を聴く。まず工藤重典のフルートと福田進一のギターでオリジナル版。次にアルデルファイ四重奏団のサックス四重奏。工藤と福田のゴールデンコンビと比べると、こちらはどうしようもなく聴き劣りがする。そうこうするうちに、船は柳井に着いた。


2006年7月15日土曜日

連休なので妻子は午後から実家へ。俺は練習があるので遅れて明日行く。

ガリクソンが練習の出欠を保留にしていた。先週のことがあるからちょっと気になって「休まれんよ(伊予弁で、休んではダメの意)」とメール。あとで電話があり、今週は3日間連続で点滴を受けているとか。暑さにやられたらしい。先週のことは「気にしていない」というので(その真意はともかくとして)今週は休んでもらう。「行こうかどうしようか」なんて言っていたが、点滴しながら練習されちゃかなわない。

練習後、ヘニョ・肉Z・イデウエくんと俺で、“食べ市”で飲み食い。ヘニョに「もすかう」とか「カロリー麺」のことを教えた流れで、キスケBOXのi-Cafeへいって実物を鑑賞。肉Zは先に帰り、イデウエくんと俺は1時過ぎまでいて、「マッドニュース」を一通り聴いたところでお開き。ヘニョはそのままi-Cafeに泊まる。そろそろ皆で飲みに行きたいと思っていたが、来週はウナギ、再来週は肉と(俺の中では)決まっている。今夜は妻子に気兼ねもいらんので、飲みには最適だったのだ。


2006年7月14日金曜日

次に引用するのはYahoo!占いの「12星座占い」での、今日のかに座の総合運だ。

裕福な異性とのめぐり合わせがありそうな日でしょう。突然、食事をご馳走になったり、贅沢な気分を楽しませてもらえたりしそうでも、安易に受け止めず、慎重に構えてください。あなたが恋人募集中の場合は、異性からいきなり高価なプレゼントを贈られても、不用意に受け取らないようにしてください。仕事面では、あなたがキャリア志向なら、仕事に集中する力を高めさらに自信をつけていくことで、新たな魅力を演出することができるでしょう。

なに?裕福な異性とのめぐり合わせ?それはすばらしい。しかし俺は今日はほとんど誰とも会ってない。それで、ピアノのレッスンに行って、o先生に開口一番「先生って裕福ですか?」と聞いてみた。もちろん「はい裕福です」なんて返事が返ってくるはずはないし、返ってきたところでどうしようもない。それ以外に、俺がきょう口をきいた異性といえば、ピアノ教室の月謝を払いに行った楽器店のおねえさんと妻と娘だけだ。というわけで、残念。


2006年7月13日木曜日

大変いい天気で暑かった。夏ですねえ。妻の洗濯物の取り込みかたが気に入らず、何度言っても改善の兆しが見られないので、今後は俺が洗濯を担当することにした。夏場は洗濯物がよく乾くので気分がいい。っつうか、梅雨明けはまだか!

あとは、今年の5月15日に、Yahoo!ノートパッドに書き残したメモを引用してお茶を濁す。

携帯電話で音楽が高音質で再生できるようになったころに「お気に入りの音楽といつも一緒にいたい」という広告がどこかにあったように思う。そう思うのは勝手だけれども、いざiPodで実行してみて、これは案外危険なことかもしれないと思った。

徒歩通勤のあいだ、音楽がないと困るわけではない。歩いていればいろいろな音が聞こえてくる。情報収集などと意識することはないが、普段は聞こえてくる音を楽しみながら歩いていることに、イヤホンで耳を塞いでみて初めて気がつく。iPodを使いながら歩くと、音楽を楽しめるぶん、歩くこと自体の楽しみが減ってしまうわけだ。

「お気に入りの音楽といつも一緒にいたい」という発想は、つまり、何だったかのアニメの主題歌の「全身全霊、ぼくでありたい」という(俺の大嫌いな)テーマの変奏なのだ。「自分らしくありたい」という言葉は、同義反復である以上、それ自体としては何も意味しないが、その言葉をモットーとする人の態度決定にはつながるだろう。つまり「閉じようとする」「完結していようとする」あるいは「自分自身の世界の創造主であろうとする」という態度。

しかしながら、イヤホンを外して歩けばわかるとおり、われわれは聞いていないときにも聞いている。また、見ていないときにも見ている。

だとすると、イヤホンで音楽を聴きながら歩くことは、「無意識に耳に音が入ってくる」ことを避けるために「意識的に聞いている」ということでもあるだろう。いわば、意識にとっての「外」を亡き者とすることによって、意識の版図の拡大を目指している。

しかし、本人がどんなに自己完結を望んだところで、人間は「外」を必要としている。たとえば、現実の他者との関係をうまく作れない人、あるいは人とのかかわり合いを好まない人は、だからといって他者のない完全無欠の自己同一という神のような境地をめざすわけではない。かえって、妄想の中で他者との関係を作り上げてしまう。

本人の意識がどうであれ、ひとのこころも体も、外向きに開かれている。

それに、そもそも他者つまり外的現実のほうが、俺を放っておいてくれない。ローンの督促とか、会議の予定とか、虫歯のバイキンとか、台所のゴキブリとかのような形で、現実は俺たちに対応を要求してくる。クレジットカード会社や虫歯のバイキンにとっては、俺が「自分らしく」あるかどうかなど、はなから問題ではない。

ならば、最初から開かれていよう。

自分以外のものと対決しなければ、自分が自分であることすらできない。自分を見つける努力を放棄することで、ようやく自分を見つける(あるいは自分を新たに作る)ことができる。そういうものだと思うのだ。


2006年7月12日水曜日

mixiに「Mark Goldenberg」コミュニティがあったので、迷わず参加。そのコミュニティで知ったことだが、マーク・ゴールデンバーグ本人の公式Webサイトがある。最近の作品のサンプルトラック(MP3)がダウンロードできる。聴いてみると、往時の日本で人気を博したシンセ中心の音作りでなく、アコースティックでちょっと瞑想的なギターソロ。これがすごくいい。

で、新しいアルバムをiTunes Music Storeでダウンロード購入できるというので、さっそく試してみた。結果、おそらくiTMSの不具合で、何度購入ボタンを押しても「アカウントが変更されました」というメッセージが出るばかり。しかも、アカウント情報をいくら入力しても事態は改善されない。どないなっとんじゃ。そもそも、情報の変更なぞしとらんぞ(怒)。しかし、ひょっとしてiTunesがウィルスくんにやられて、クレジットカード情報を盗むための偽のダイアログが出ているんだったらシャレにならんな。


2006年7月11日火曜日

いままでずっとむき出しのままで使っていたLA4440アンプ基板を日曜日にダイソーで買ったアクリルのケースに収めた。なかなか面倒な作業だがそれなりに仕上がりの満足度は高い。といっても、あいからわずの素人仕事のうえ、なにしろ透明アクリルなので、配線の首尾の悪さは一目瞭然。

アンプをケースに
あ、換気口くらいあけとかないとマズいかも


2006年7月10日月曜日

昨日に引き続き、台風のおかげで妙に蒸し暑い。雨は降りそうで降らない。

昼食はココ壱番屋。期間限定黒カレーというのを食った。イカスミ入りの黒いカレーソースで、具はイカリング。なかなかうまかった。ライス大盛りにすればよかったなあ。


2006年7月9日日曜日

朝食後、妻子は教会の日曜学校へ。俺は郵便局に書留を受け取りに行き、その足で教会へ行く。その後、朝井田のジョープラに行った。ジョープラというのは昨年11月に閉店したダイエー南松山店のあとにできたショッピングセンターだ。ダイエーの建物をそのまま引き継ぎ、いま風に改装した店舗。ダイソーも ザ丼も かもとり権兵衛も、ちゃんと元の鞘に収まっている。まだ店舗が出そろっていないこともあって、お客さんの出足もいまひとつではあったが、これからも時々行くことにしよう。っつうか、【娘】がごねたので3階のデオデオに行けなかったのが残念。

ジョープラからの帰りの車で【息子】が寝入ってしまい、家に帰っても目覚めない。妻と【娘】がコミセンのプールに行こうと言い出した。が、【娘】の水着が見当たらない。タンスにしまったの、出したの出してないの、幼稚園に持って行ったの持って帰ったのと、妻と【娘】がもめだしたので、急遽俺が自転車で幼稚園へ。教会の会合に出ていた先生を捕まえて教室をあけてもらい、水着を確保。それで丸く収まったが、【娘】は意地をはって嘘を並べたし、妻は幼稚園へ持っていかせたことをうっかり忘れていた。喧嘩両成敗だ。しかしいずれにせよ、【娘】はママと一緒にプールを満喫したらしい。そして【息子】はママたちが帰ってくるまで目覚めることなく、ぐっすりお昼寝3時間。

夕方から、昨日買ったベビーゲートの設置作業にとりかかったところが、部品が足りず設置不可能。OFF・HOUSEに電話したところ返品OKとなったので、再び車でお出かけ。返品してお金を返してもらい、BOOK・OFFで絵本を何冊か買い、ベビーゲートはこのさい新品を買おうとジャスコへ。これまた妻が喜びそうなくまさん柄のシンプルなゲートを購入。帰宅したのは8時前。妻子が風呂に入っているあいだに、俺がラーメンを茹でたが、キッチンが暑くてかなわない。まず子供たち次に妻にラーメンを作ってやり、残ったスープを使って替え玉的に俺の分を作る。妻が子供たちを寝かせる傍らで、俺がキッチンを片付けた。汗だくになった。おかげで、シャワーを浴びたあとのビールのうまかったこと。

とにかく、前もって「今日はお前はこれだけのことをやるのであるぞよ」と知らされていたら、普段の俺なら泣いて嫌がったであろうくらい、盛りだくさんな一日だった。とかなんとかいいつつ話は変わる。

NHKのインターネットラジオニュースを保存するためには、シェルスクリプトでストリーム情報 (*.asx) を取得しVLCでストリーム (*.wma) を開き、メニューの操作でサウンドファイル (*.wav) に保存するという手順を踏んでいる。しかし、実はMacOS X版のVLC Media Playerにはコマンドライン版ツール (VLC.app/Contents/MacOS/clivlc) が含まれている。これをうまく使えば、ストリームの保存をシェルスクリプトで全自動化できそうだ。そう思って clivlc のヘルプ画面を表示させてみたが、コマンドラインオプションのヘルプのプリントアウトがなんと41ページもあった。決して、41個のコマンドラインオプションがあると言っているのではないぞ。それだけ高機能なソフトだということなんだろうけど、こりゃ大変だ。しかし、やってみる価値はあるので、少しがんばってみる。


2006年7月8日土曜日

家の中に風を通そうと表の扉を開け放しておくと【息子】が外へ出てしまって困るので、玄関にベビーゲートをつけることにした。まず、衣山のOFF・HOUSEに行ったが、ベビーゲートはなかった。妻の大好きそうなくまさん柄のカップ&ソーサー五客セットなど、食器をいくらか購入。いったん帰宅して昼食後、久米のOFF・HOUSEへ行き、金属製の頑丈そうなベビーゲートを購入。(この話には続きがある。翌日の日記を参照。)

吹奏楽の練習。今日は最初から終わりまでオットーリンクのメタルマウスピース。リードが「あたり」だったおかげか、ピッチもトーンも悪くなかったように思う。セルマーのC**と比較して、はるかに息がたくさんいるので、いい訓練になる。

練習後、谷町のジョイフルへ。食事の前に、最近オープンした明屋書店平田店に足を伸ばす。東長戸に住んでいた独身時代にずいぶん世話になった旧谷町店が新築移転した平田店は、石井店や空港通店とよく似たレイアウトだ。しかし、リニューアル後の明屋書店はどこも、品揃え的に俺の肌に合わず気に入らない。

夕食に来たのは、俺とガリクソンとジョーへにょとなかレまソという不吉な顔ぶれ。晩飯を食ってからあの人やあの人のことを「どーしたもんだろーねー」と話し合っているうちに、ついついレまソのペースに俺とジョーへにょが巻き込まれ、ガリクソンの練習に対する姿勢を批判する個人攻撃アワーが始まってしまった。ああ見えて気の弱いガリクソンには薬が効きすぎたようで、帰りの車で「休団しようかなあ」などと言い出す始末。だめだめ。そんな理由で休団したら、きっと二度と戻って来れないからな。しかし、言われて落ち込むだけ、ガリクソンには望みがある。帰りに、うちにあったクラシック系のフルートのCD(工藤重典、オーレル・ニコレ、クリスティアン・ラルデ)を貸し出す。まずは、理想とする音のイメージを持たないといけない。フルートといえば、うちにはハービー・マンとかヒューバート・ロウズとかジョー・ファレルとかスティーブ・クジャラとかジェレミー・スタイグとかもあるのだが、そのあたりをガリクソンに聞かせるのは、ひとまず自粛。


2006年7月7日金曜日

無事に42回めの誕生日を迎えることができた。なにせ中途半端な年齢だから、本人はあまりめでたいとも思っていなかったのだけど、実家の母や山口の義母からメールが来たり妻がケーキを買ってくれたりするもので、こんなのも悪くはないなと思い直したのだった。

バースデーケーキ バースデーケーキ
【娘】が選んでくれたバースデーケーキ
ブルーベリーがいっぱいのタルト


2006年7月6日木曜日

先日(今月2日)に書いたようなわけで、Mac OS X上のプログラム開発の手順を知りたいと思ったので、萩原剛志『Objective-C MacOS Xプログラミング』(ソフトバンク)、木下誠『Happy Macintosh Developing Time, Third Edition〜Cocoaプログラマのための技術解説書』(BNN新社)を買った。前者は言語の解説にフォーカスしていてXcodeの使い方やCocoaフレームワークの開発手順については詳しく書いていない。これはまあ、タイトルからして予想できるのでよい。しかし『Happy Macintosh Developing Time, Third Edition』は、内容的にはThird Edition(第三版)ではなくVolume Three(第三巻)というべきもので、その前の二冊、少なくともXcode対応を果たしたSecond Editionを持っていないと話にならない。Third Editionというから、前のエディションを上書きしてそれ自身で完結する内容を期待したが、見事にあてが外れた。これは、看板に偽りというか、紛らわしい表示というか、金返せというか。いや、そういわずに、将来高度なプログラミング技術を知りたくなったときのために手元においておこう。いずれにせよこれではXcodeでの開発手順ということについてなにもわからないので、あわてて、柴田文彦『Xcode2入門』(MYCOM)を追加購入。図書館で借りたアーロン・ヒレガス『Mac OS X Cocoaプログラミング』(ピアソンエデュケーション)はさすがに古いが、評判がいいので古本を手配中。

スクリーンセイバーの開発については、craneこと鶴薗さんの「Cocoaはやっぱり」に解説記事が記載されている。ありがたい。グラフィックス描画の基本的なところを勉強したら、何か作ってみよう。


2006年7月5日水曜日

北森嘉蔵『ヨブ記講話』(教文館)を読んだ。C.G.ユング『ヨブへの答え』とはまったく異なる視点からではあるが、同じ結論、つまり、旧約の神が自分自身を乗り越えるために生まれ変わらなければならないことをヨブの訴えが明らかにし、それが新約聖書のイエス・キリストの誕生と十字架上の死へとつながってゆく、という結論を導いている。その結論に文句をつける筋合いはない。だが、イエスが生まれ神が人間になって、ヨブの訴えは聞き届けられてめでたしめでたし、という話にはならない。なぜなら、いまでも世界中に、なんの罪を犯したわけでもないのに理由のない不幸にみまわれている人、現代のヨブたちが実際にいるからだ。俺のような野次馬はいうに及ばず、北森のような神学者にとってもユングのように牧師の家に生まれキリスト教文化圏のただ中にあった人にとっても、神に対するヨブの訴えはいまもまだ有効だ。そして、神さまは決して「ごめん俺が悪かったよ」とは言わないのだから、要するに人間たちが世の中を少しでもよい方向へ変えていくように努めるしかないのだろう。


2006年7月4日火曜日

NHKラジオのニュースがインターネットで聴けることに最近ようやく気がついた。URLは http://www.nhk.or.jp/r-news/ で、Windows Media Audio形式のストリーミングだ。Windows Media Playerでもいいが、Windows以外のプラットフォームに対応したVLC Media PlayerやMPlayerでも再生できる。とくに、VLCなら再生するだけでなく.wavその他のサウンド形式で保存もできる。ニュースなんぞ保存してどうするか、というのは、まあ、使い道は人それぞれということで(笑)。

きょうの昼間は眠くて仕方がなかった。


2006年7月3日月曜日

うっかり忘れるところだったが市民コンサートの例会日。俺はビデオ撮影担当。松本和将のピアノでベートーヴェン三大ピアノソナタ他。前半とくに『悲愴』ではミスタッチも多く、ちょっと心配したが、休憩をはさんで最後に弾いた『熱情』がすばらしかった。お客さんの拍手も正直なもの。


2006年7月2日日曜日

朝のうちに散髪。いつもの理容室ではなく近所の1000円カットの店に行った。シャンプーなし顔そりなしだから、あっという間に終わる。おかげで頭が軽くなった。

午後は家にいてお片づけ。夕食のあと、皆でキスケの湯に行った。

パソコンを使わない作業をする間もiTunesで音楽をかけておきたい、ということはよくある。そういうときでも、あれっこの曲は誰が演奏しているんだっけ、と気になることがある。パソコンの画面はスクリーンセイバーが作動中で、また、かけっぱなしのときはiTunesをデスクトップ上から隠してしまっていることが多い。そんなときに、いちいちマウスに手を伸ばしてiTunesを前面にもってきて曲を確認するというのは面倒だ。暗くした画面にiTunesで再生中の曲の情報だけを控えめに表示してくれるスクリーンセイバーというものがあればいいのだけど、ネット上でもなかなか見つからない。RSSフィードを画面表示してくれるスクリーンセイバー (RSS Visualizer) なんてものがあるくらいだから、それと比べればさしたる困難もなく実現可能なはずだし、自分で作れるものなら作ってみたいけれど、どうだろうな。


2006年7月1日土曜日

昼まえに強い雨が降り、そのあと晴れた。おかげで、透明な空気の中をつよい陽射しが照りつける午後になった。こういう日は世界が素敵な場所のように見えるんだから、俺も騙されやすいってことだよなあ。妻が【娘】を耳鼻科に連れて行っているあいだ、俺は【息子】を連れて宮脇書店へ行った。「電子工作大図鑑」(誠文堂新光社)を買った。雑誌『子供の科学』の連載を本にしたものらしい。いまでは、こういう記事を載せる雑誌は『子供の科学』だけになってしまったみたいだ。

夕方から吹奏楽の練習。指揮者の指示通りオットーリンクを持っていったが肝心の楽譜が上がってこなかった。オットーリンクを使うにはリードがまだ固いかもしれない。いまはヴァンドレン3番リードを使っているけど、セルマーのマウスピースで使っていいかげんヘタったくらいのリードのほうが、オットーリンク7番のような開きの大きいマウスピースにはいいのかも。