て日


2006年 6月分


2006年6月30日金曜日

今週からピアノレッスンのお題はバッハのインベンションだ。難しいけどがんばります。レッスン後、茜屋に行って、胃袋が破裂しそうなくらい麺を詰め込んだ。「ざるラーメン半額」の最終日のせいか、いつになく繁盛しており、マスターもいつもの美人さんも大忙しだった。


2006年6月29日木曜日

【娘】の幼稚園の参観日なので、11時半ごろ顔を出す。なにやらゲームをしている。【娘】は積極的に遊びの輪に加わるでもなく、さりとてユータくんやマーちゃんのように一人で輪の外に飛び出して平然としているでもなく、フワフワと着かず離れずにいて、周囲にいい具合にステオカれているようすだった。そのあたりの距離の取り方がいかにも俺たち夫婦の子供だ。こういうのを「将来苦労するからいまのうちにタタキ直しておこう」と思うか「どのみち将来は苦労するのだからいまくらい好きなようにやらせよう」と思うかは、親の考え方次第だが、俺たち夫婦は当然のように、後者を選ぶのだった。だって、叩き直すといっても、相手の方になにかしら準備ができていなければ、お互いにつらいだけだからだ。親として責任を放棄するつもりはないが、何事にも時期というものはあるはずだし。

イヒヒのビル
JR松山駅前にある古いビル
なぜかイヒヒと笑っている
古い漫画のロボットの顔のようでもある


2006年6月28日水曜日

まだ少しふらふらするなあと思いながら仕事に行き、早めに帰って少し寝る。夜になってから検温したが、シチズンの電子体温計では36.3℃のところをテルモの電子体温計では37.1℃という、けったいなことになっている。「どうもシチズンのは低めに出ると私も思う」とは妻の言葉だが、昨日はその低く出る体温計で38.7℃あったように思うんですけど・・・。まあ、ちゃんと検温するには水銀体温計でじっくり時間をかけて計るしかないんだろう。いずれにせよほぼ平熱まで下がったので、シャワーを浴びてさっぱりした。

この「て日」で俺は「仕方がない」という言葉を頻繁に使っているような気がする。たとえば今月は25日に一回使っただけだが、先月は4回使っているからな。どうも、投げやりで受け身な俺の姿勢が言わせているらしい。


2006年6月27日火曜日

羊羹だか麻雀の牌だかを並べる終わりのないパズルのような夢を何度もくり返し見て目が覚めると、熱が上がっていた。子供と妻が一段落して俺の番という、いつものパターンだ。仕事は何とかやっつけたが、帰宅後、体温はずっと38度台をキープ。ただ、頭がハイなので、しんどいという気がしない。


2006年6月26日月曜日

体がだるくて仕事にならない。


2006年6月25日日曜日

雨がよく降り、気温の上下が激しい。【息子】の体温もそれに負けじと、下がったかと見せかけて熱がぶり返す。妻と【娘】は微熱。仕方がないので今日は俺が買い出しをして飯の用意をした。

iMovieプロジェクトやら自作CDとDVDのディスクイメージやらで、G3くんのディスク容量が逼迫ぎみ。大容量のハードディスクを追加してやらんといかんかなあ。iMovieプロジェクトそのものをいつまで保存しておくべきかというのも、迷うところだ。最終的にムービーが出来上がったら(たとえばDVDのディスクイメージが出来上がったら)iMovieのプロジェクトを再利用する可能性は低いから、破棄してしまってかまわないようにも思うな。元の映像はminiDVテープに保存されているわけだし。実際、去年の第10回定期演奏会のiMovieプロジェクトは保存してないけど全然困らないもんなあ。というのも、第11回のiMovieプロジェクトはどういうわけか23GBもあるので、ハードディスク容量を圧迫して困るのだ。


2006年6月24日土曜日

吹奏楽の練習。今週も新しい楽譜だ。一応、「ミサ曲」というタイトルになっているが、カトリックの典礼というより、旧約聖書の時代 (というと長過ぎるが) のパレスティナとか、卑弥呼の時代の日本の、土俗的な祭礼を思わせる。その一方で、大変モダンなサウンドでもあるので、演奏している自分たちは楽しいが、これを演奏会のプログラムに載せたとして、はたしてお客さんがついて来れるかどうか、ちょっと心配だ。俺たちがちゃんと練習して自信を持って演奏すれば大丈夫かもしれない。例によってマエストロ編曲だが、両隣のパート譜と見比べると、俺があまり難しいことはできないせいか、テナーの楽譜はちょっと手心が加えられている気がする。もっとも、それは来週以降、全曲の楽譜が出そろってから判断すべきことかもしれない。なにしろ、「次回以降、メタルマウスピース (「ピータールー」で使ったオットーリンク7番のこと) を持ってくるように」という指示が出ているからな。

【息子】の熱が下がってきたと思ったら今度は【娘】が発熱。ううむ。


2006年6月23日金曜日

ピアノのレッスン。たっぷり二年以上かけてようやく紺色の表紙のポップス曲集が終わったので、来週からバッハのインヴェンションをやらせてもらう。


2006年6月22日木曜日

昨日も書いたとおり、【息子】がお熱である。仕事にいくには、医院に預けないといけない。ところが、妻はきょう早朝出勤である。俺が朝飯を食わせ着替えをさせて、医院まで連れて行くしかない。その足で、【娘】を幼稚園へ連れて行く。子供たちから解放されないことには自分の朝飯が喰えない。幼稚園を出てやれやれと思い、大街道のマクドナルドで朝飯を喰いながら『絵画で読む聖書』の続きを読んでいるところへ、幼稚園から電話だ。工作でハサミを使っていた【娘】が自分の指先を切ったらしい。出血がひどかったので医者に連れて行ったというので、急遽病院へ。幼稚園の先生に連れられて【娘】がベソをかいている。幸い、大きな怪我ではなかったが、幼稚園に戻って遊ばせるわけにもいかない。仕事をあきらめて家に連れて帰った。工作大好きの【娘】がハサミで怪我をしたのは初めてだ。けさ朝飯のときも、【娘】はまだひと口もつけていないご飯を茶碗ごと床へ落として台無しにしている。【息子】の熱といい【娘】のヌケサク具合といい、親のストレスが子供に報いているに違いないと思って、【娘】以上にこっちがしょんぼりしてしまった。


2006年6月21日水曜日

アルフレッド・リードの晩年の小品『アーデンの森のロザリンド』の解題のためにシェークスピアの『お気に召すまま』を読んだ。公爵のお嬢様であったロザリンドが宮殿を出て牧童に身をやつして森のそばの小屋に隠れ住むことで人間的な成長を遂げた点を重く見たリードは、この劇を「シリアスな喜劇」と評しており、自分の作品『アーデンの森のロザリンド』は、劇の特定の場面に関連するのではなく、間奏曲として使ってもらえればよいと言っている。「森のセレナード」という副題はそういう意味でつけられているらしい。それにしても、喜劇というものは、ああいう無理矢理な終わらせかたでよいものなのだろうか。

次に、中丸明『絵画で読む聖書』(新潮文庫)に取りかかる。これがまた「おもしれぇでかん。」五百ページを超える大作なのだが、夕方から夜にかけて、三百ページあたりまで夢中で読み、妻に「あたしゃあ明日は早朝出勤だし、【息子】はお熱だでおみゃあさまに医者に連れてってもらわにゃならん。それによぉ、【娘】も幼稚園へ連れてってもりゃーたぁで、おみゃあさまも早よぉ寝とくりゃーせ」と諭されて、渋々途中で本を閉じた。いきなり名古屋弁 (もっとも俺が名古屋に住んだのはたったの四年で、ネイティブでないから間違っとるかも知らんが) なのは、この本の登場人物が、アダムもイブもノアもモーセもダビデもソロモンもマリアもイエスも、そして「神たまん」も、みんな、名古屋弁そっくりの「カナン弁」で話しているからだ。しかし、正真正銘のクリスチャンが、聖書についてここまであけすけな解説をしていいものなのだろうか。


2006年6月20日火曜日

夕食後、五明までホタルを見に行った。街灯もない真っ暗な山間の里。天には北斗七星。田植えを済ませた田んぼの水面に、天の木星が映っている。田んぼの向こうの沢に、ぽつりぽつりと光るものが、たしかに見えた。だが、川辺へ降りて行く道がわからないので、近寄ってみるわけにはいかない。久しぶりに、真っ暗な夜を体験できて、俺はうれしかったけど、【娘】は暗闇と無数のカエルの声に恐れをなしたようだった。【息子】は五明につく前に車の中で眠ってしまっていた。


2006年6月19日月曜日

夕方、【娘】を医者に連れて行ったついでに、フジグランで久しぶりに自分用に服を買った。といっても、半袖シャツを2枚と、ノースリーブのアンダーシャツを4枚だから、ぜんぜんたいしたことはない。

昨日の夜から、10日の演奏会のビデオの編集をやっていた。編集といっても、カットする部分はほとんどない。iMovie HDを使って曲名のテロップと出演者のクレジットロールを入れ、チャプターマーカーをつけて iDVD でメニューをつける。それからディスクイメージを作ることになるわけだが、これはなにしろ、1時間50分のビデオ映像と音声を、DV形式からMPEG-1だかなんだかの形式へ変換するという操作だから、大変に時間がかかる。この段階になると、見ていてもしかたがないので、放って出かける。撮影は俺の親ばかビデオカメラで、タチバナさんの知り合いのベスさんがやってくれた。ベスさんにとっては初めて聴く音のはずだが、たとえばレクイエムの3楽章「聖なるかな」では、演奏が始まる前にちゃんとマリンバとシロフォンの男たちにズームしている。事前にプログラムノートを読んでおいてくれたらしい。ありがたいことだ。

演奏中に指揮者マゲーが投げキッスをした話題の部分は、客席から見たんじゃ、どこだかわからない。ガリクソンがフルートを構える右腕の脇を締めすぎだ。映像を見せて改善させよう。俺も時々あごが上がっていることがあるから気をつけよう。あと、演奏の途中で俺がハンドタオルでタンポの水分を拭き取る作業をしているところが大写しになっている。使っているのがブランドもののハンカチとか楽器専用のスワブとかならまだよかったのだが、二頭のライオンがビールで乾杯している子供っぽい絵のハンドタオルというのがちょっと変。あ、これ、黙っていたらわからないことなのに、書いちゃったよ。キーのメカニズムが入り組んでいてタオルが届かないところにたまった水分は息で吹き飛ばすのだが、これをやっているところの映像が、まるで楽器にキスをしているみたいだ。いずれにせよ、管楽器奏者のなかでは俺がとりわけ尻の据わりが悪いようで恥ずかしい。

ともあれ、無事にDVDができたので。試験的に何人かの団員に見てもらうことにしよう。


2006年6月18日日曜日

最近いろいろあったので、厄落としじゃないけど何かおまじないに身につけておきたいと妻が言う。ウマさんの店へ行って、ルビーのクロスのついたパールのネックレスを買った。なんか、奥さんが33歳のときに真珠をプレゼントするといいことがあるんだそうだ。

これを買いました: ルビーのクロスとパールのペンダント

ウマさんの店とは、宇和島に本店のある井上真珠店の松山店。大街道二丁目の、いよぎんATMとか歩人館とかの並びだ。ウマさんと、優しい旦那さまが親切に相談に乗ってくれて、肌の色や服のセンスに合わせてパールのアクセサリを見立ててくれる。楽天市場店もあるから遠方の方もどうぞ。

帰り道は銀天街(湊町商店街)のひとすじ北側を歩く。車も人も少ない、時代から取り残されたような静かな裏通りだが、最近になって若者たちが若者たちのために出している最先端なセンスの新しい店が並び、そうかと思うと、30年だか40年だか続いている二軒の鍋焼きうどん専門店も暖簾を守っている。新しさと古さの平和な同居が嬉しくて、俺たち夫婦はこの通りが大好きだ。あと、小さな子供二人と親二人で、はなまるのセルフうどんは難しいということがわかった。


2006年6月17日土曜日

朝食のとき【娘】が薮から棒に「みどりの海苔はあおのりっていうの?」と聞いてきた。木曜日の幼稚園の手作り給食がお好み焼きだったらしいのだ。「青のり」という名の、どうみても緑色の物体に意外性を感じたというのは、なかなか筋がいい。いつになくいい質問だ。いやいや、だからといって、アオノリをミドリノリ、交通信号のアオ信号をミドリ信号、おやつをお三時、「ジャックと豆の木」を「ジャックと豆の蔓」と言い換えましょうとかいう種類の近視眼的な合理性にとらわれた提言をしようというのではないぞ。俺は、子供たちにそういう「ちょっと変」を楽しめる人になってほしいだけだからな。

ころっと話は変わる。人が集まって組織的な活動ということをする場合には、お互いに迷惑になるような言動は慎むという最低限度のマナーを各自が守らないといけない。守れない人は立ち去るしかない。そういう人はたいてい、この集団の雰囲気にはちょっとなじめないなあ、というような形で自発的に立ち去るものだが、それすらできない人もたまにいる。迷惑な言動をくり返して、再三注意されたにもかかわらず改善できないとなると、申しわけないけど迷惑だからこの場から立ち去ってくれ、という話になる。ここで大切なのは、迷惑だからというのがご退場願う理由のすべてであるということで、その迷惑行為の背後にある、自ら顧みて軌道修正する能力の欠如とか、コミュニケーション能力の欠如とか、平たく言えばその人が集団になじまない「キモチワルさ」を問題にしてはならない。個人的な好き嫌いの話なら「キモチワルいから嫌い」でいいのだけど、組織運営という観点、ということはつまり権力を行使するという観点からは、行為に対する処罰がすべてで、人間の内面に踏み込んで裁いてはならない。逆に言えば、内面的にどれだけ「気持ちがわかり」同情したくても、実際の行為が目に余るものであって事実として他の人に害が及んでいれば、権力を担う者としては涙を飲んで処罰せざるを得ない。・・・って、この話、なんのことかわからないと思うけど、具体的にわかられても困るので、唐突にこれでおしまい。俺としては、人を裁くにせよ救うにせよ、我々はつい他人の性格とか個性とかについて語りすぎるという点について、用心すべきだと言いたいだけ。内面に踏み込むのは、我とわが手を差し伸べて相手を救う覚悟があるときだけにしよう。


2006年6月16日金曜日

ようやく給料が出たので、ベスト電器へCDのケースを買いに行き、ピアノのお稽古の時間にちょっと遅れたなあと思いながら音楽教室に行ったら、なんか教室の明かりが消えている。廊下のスケジュール表をみたら、お休みだった。あぁ、そういえば先々週そんなことを言っていたわい。奥で誰かがエレクトーンを弾いていたけれど、追加レッスンかなにかなんだろう。

月に一度の贅沢で茜屋にラーメンを食いに行こうと妻に提案したら、その前に本屋で林明子の絵本を買いたいという。それで、まず、【娘】の5歳の誕生日に京都のじいちゃんにもらった図書カードをもって宮脇書店へ。妻は自分のもらった情報と実際が違うというので、林明子の本は買わず、とりごえまりの『くまさんアイス』と、せきゆうこの『ぱくちゃん』を買った。俺は定期購読契約が先月で切れたトランジスタ技術7月号と、ファインマン&ワインバーグの『素粒子と物理法則』などを買った。茜屋ではざるラーメンというのと、冷麺を頼んだ。ざるラーメン2枚と冷麺1杯。いずれも2玉ずつだから、見た目にかなりのボリュームがあったが、4人で完食。【息子】がなかなかの食べっぷりで、世話をした妻が食べる暇がないほどだった。


2006年6月15日木曜日

中学生時代に、京都で、岩城宏之指揮の大阪フィルだったかな、ストラヴィンスキー3大バレエ組曲を聴いたのを覚えている。一曲め「火の鳥」の序奏の部分で、すでに、オーケストラ作品というのは作曲するのも演奏するのも大変なとんでもないものだなんだと思い知らされた。なにしろ、百人編成のどうしようもないバカな曲を書いたら、百人がかりでバカの再現をさせ、大ホールにバカ音を響かせることになるのだから。ところが、ストラヴィンスキーのバレエ曲では、百人近くの演奏者の役割が作曲者の頭の中で完全に整理されていて、整然たる秩序のもとで、原初的で暴力的なエネルギーの爆発を表現する。「ペトルーシカ」や「春の祭典」の途中の間抜けだったり野蛮だったりの印象を与えるところは、実は間抜けや野蛮とは正反対の能力によって生み出されているというわけだ。さて、昨日の新聞の一面に岩城さん死去のニュースがあったことに、古新聞を処分しようとして、さきほどやっと気づいた。享年73。合掌。


2006年6月14日水曜日

一週間前と同様に、子供を託児所から連れ出し、歩いて帰る。自分の荷物が少なかったので、先週よりも楽だった。車の少ない裏通りへ入って、マンションまでの道のりが50メートルを切ったころ、【息子】をだっこから下ろして歩かせた。【息子】はがんばって歩き、マンションのエントランスの階段も自分で昇った。俺と【娘】は階段の最上段に腰掛けて応援した。それは、客観的にはそれなりに微笑ましい夕暮れ時の光景だったはずだ。だが、エントランスホールの床に唾を吐いた不届き者がいたせいで、そしてたまたま俺がそこへ腰掛けてしまったせいで、主観的には気分がブチ壊しなのだった。ちくしょー(泣)

夕食時、例によって、俺と妻がしゃべっている横で、【娘】が自分のことを話したがる。この間までは、聞いてやるまで、大きな声でわあわあ言うだけだったのだが、きょうは急に「【娘】がしゃべりまーす」と宣言した。そこで妻と俺が話を中断して「はい、どーぞ」と聞いてやる。なかなか理性的ないい方法を思いついたものだと感心したが、何度か繰り返すうちに「しゃべりまーす。たこちゅう」とかなんとか、意味のないことをやりだした。すぐ悪ノリするのは、【娘】の悪い癖だ。

あっ、そうだ。忘れないうちに書いておこう。月曜日にへばったのは、土曜日の疲れを持ち越していたうえに、早朝の地震のせいで変な時間に起こされたからだった。地震について何も言わないと自分が忘れてしまいそうだし、読者に この地震いかが見ると、一言のたまはせぬほどの、僻僻しからぬ人の仰せらるること、聞き入るべきかは。返す返す口惜しき御心なり とか言われてもいけないからな。しかし、そんなことでいちいちへばっていてはいけないので、昨日、ばうの家へ夕食を食いに行ったついでに、その近所の薬局で養命酒を買った。


2006年6月13日火曜日

レンタルサーバのアクセスログに、いろいろなディレクトリ下の xmlrpc.php へのGETまたはPOSTアクセスが大量に記録されている、うちのサーバにはそういうスクリプトはないので。こりゃなんじゃと調べてみたら、マカフィーでLinux/Lupper.worm、SymantecでLinux.Plupiiと名付けられているウィルス、またはそれと類似の何者かによる、PHP処理系の脆弱性を狙ったアタックらしい。コンピュータウィルスというとWindowsプラットフォームばかりが騒がれるけれども、Linux/Lupper.worm の例にあるように、他のプラットフォームだって安全というわけではないのだ。むろん、Mac OS X だって例外ではない。気をつけよう。


2006年6月12日月曜日

1日の木曜日に書いたとおり、演奏会が終わってからへばる。しかもなか一日置いてへばるところが四十路である。気持ちが不安定になり、俺はほんとうにあの演奏会のステージに乗っていたのだろうかと疑念がおこる。差し入れのお礼のメールを送った人たちからは全然返事が来ないし、徹夜までして演奏会に間に合わせた掲示板は閑古鳥だし。ひょっとして、リハーサル後に倒れて家に担ぎ込まれ (俺の家は会場から至近距離にある)、翌日まで目を覚まさなかったとしても、お土産が家に届いていること自体のつじつまは合うし、録音データだって、誰かがイタズラで、リハーサルの録音を編集してエフェクトをかけて俺のパソコンに残していったのではないだろうか。なんというか、いつになく、本番の印象が希薄なのだ。

いまのところ、俺が確かに本番で演奏したと確信できる証拠はただ一つ、俺が本番でトチったと記憶しているちょうどその場所で、録音データでも確かにテナサクがトチっている。俺がその箇所をトチったのはあとにも先にもそのときだけだ。他の録音データを細工してそのようにトチらせることができるとしても、俺がそこでトチった夢を見たのであれば、そのことを知る人はいないわけだ。

撤収作業の忙しさにかまけて、わざわざ来てくれた妻の両親にも挨拶の一つもしなかったのが悔やまれる。早いとこ、本番聴いたよと言ってくれる人に会いたいものだ。


2006年6月11日日曜日

ほとんど外出もせず家で過ごす。録音データを編集してCDにする。録音はPowerBook G4でやった。編集といっても切り分けるだけだけど、Mac miniでやり、CDのマスターイメージを作って CD-R に記録するところは、PowerMacintosh G3でやった。なにもこの程度のことにパソコンを3台も使い分ける必要はないなあと俺も思うのだけど、Mac miniやG3くんを録音の現場に持っていくわけにはいかない。Mac miniの CD-R は書き込みが遅いし、PowerBookなんか CD-R ドライブが壊れているのに比べて、G3が快速なCD-R/RWドライブを2基も備えている。PowerBookのSoundStudioのバージョンが古くて、録音はともかく、編集中に何度もフリーズした。バージョンアップすればいいようなものだが、プロセッサの速度を考えると編集作業はMac miniでやるのが楽で、なんとなく自然にこういうことになった。家にストックのあったCD-R メディアが42枚だったので、2枚組21人前を案外早く焼くことができた。初回はこれくらいで十分。あとはケースとジャケットだな。

黄色いバラ
演奏会のときに妻の同僚にいただいたお花
ありがとうございます


2006年6月10日土曜日

定期演奏会当日。朝から晩までバタバタ走り回る。演奏のできは、客観的にはそこそこというレベルだろう。しかし、ここ2ヶ月ほどの練習で、指揮者にいつになく厳しく絞られ続けたおかげで、基本的なアンサンブル能力が向上したように思う。第一組曲とくに「ラグ」のプレイバックを聞くとそれがはっきりわかる。ただし、自分ひとりの問題としては、あいかわらず俺の出す音は音程がヘンだ。

音楽会での折り込みチラシは、ふつうだったら、配布元が、音楽会の主催者の指定する時間に指定する場所に行って、自分たちの手で折り込み作業をする。もちろん、チラシの配布元の人だけでは手が足りないから、主催者側の人間も手を貸す。自主運営の団体どうしなら、こういうのはお互いさまだから、協力を惜しまない。ところが今回、あるプロの音楽会マネージメント屋さんが、自分たちが運営する音楽会のチラシ4種類を、俺たちがリハーサルをしている朝のうちに来て、誰もいないロビーに置いていった。先日の愛媛ホルンクラブの演奏会のときも、そのマネージメント屋さんはチラシを会場に置き去りにして折り込み作業にあらわれなかった。その件を俺は知っているので、ひょっとして今回も来ないつもりかと、確認のために何度もその会社に電話したのだけど、誰も出ない。もしも本当に誰も来なかったら、このチラシは全部ゴミ箱行きだ。と思っていたところへ、折り込み作業の時間が来て、愛媛大学交響楽団の人たちが自分たちの24日の演奏会のチラシを持ってやってきた。彼らがいうには、なんと、ついでに折り込んでくれるようにそのマネージメント屋さんに頼まれたそうだ。驚いた。自主運営のアマチュア団体の相互扶助行為に甘えて、商売のためのチラシの折り込みを無償で学生さんたちに任せるなんて、プロのやることとは思えん。あきれたが、ここは愛大交響楽団の顔を立てて、一緒に折り込んでやることにした。しかし許せん。今度あの社長に会ったらきつく文句を言ってやるよ。


2006年6月9日金曜日

長らく入手困難だったKuipersとNiederreiterの本“Uniform Distribution of Sequence”とGoldbrattの“Topoi: the Categorial Analysis of Logic”がDoverからリプリントで出て、Amazonから届いた。うれしいうれしい。経済的に苦しいこの時期にわざわざ買ったのだから、ちゃんと読まねば家族にも申しわけが立たんぞ。

夕方から吹奏楽の前日リハーサル。これまでは本番の会場を使っていたけど、今回は金銭的な理由でそれはキャンセルして、いつもの練習場。5時に行ってみると、どういうわけか、ホールにカラスの死骸があった。死後数日たっているらしく、少々臭う。人が集まる前に管理人さんと俺とで始末した。第一発見者のアイちゃん(高校一年生)は、少々ショックを受けたらしく、その後しばらくベランダに出て青い顔をしていた。


2006年6月8日木曜日

先月13日にスパム攻撃を喰らって閉鎖していた松山ウィンドの掲示板をリニューアルオープンした。バージョンアップのたびにスクラッチから書き直すのも効率が悪いとは思うが、なにしろめったに手を入れないから、大きなバージョンアップをするときには、以前に何を考えていたのか思い出せなくて、ということは、自分が以前に書いたはずのコードが読めないのだ。今回はスクリプトにずいぶんたくさんコメントを残したつもりだけど、そんなわけで、やはり次回もスクラッチから書き始めるような気がする。

一昨日と昨日は、家にいてしかも目が覚めている時間はほとんどコーディングをしていたので、日記の更新が遅れてしまった。

それにしても tenasaku.com のサーバはいまだに Perl のバージョンが 5.005 だ。なんとかしてほしいよな。


2006年6月7日水曜日

帰り道、託児所の前を通ったので、子供たちを迎えにいって、徒歩で連れて帰ることにした。といっても、【息子】にはまだこの道のりを歩かせるわけにはいかない。【息子】を抱っこして帰るくらいはできるのだが、【娘】の歩くペースに合わせるのが大変だった。

路上のオーパーツ

写真は、【娘】が発見した、路上の顔。託児所の連絡帳によると、幼稚園から託児所に着いたとき、【娘】は折り紙を切って作った「まつ毛の長い、エヘヘの顔」を、足首に貼っていたらしい。「どこでどうして思いついたのか、それがとっても不思議です」とは、託児所の保育師さんの言葉。まったく同感。

深夜になってから日曜日の録音データを編集。Mac mini上のSound Studio 2.2.4でやったらとくにフリーズすることもなく普通に作業完了。自分の出した音でひどく音程が外れたりタイミングがずれたりしているところは、よく反省して金曜日のリハーサルで直そうと思う。CDを一枚だけ焼いたので、明日のうちに指揮者に届けることにする。


2006年6月5日月曜日

松山ウィンドの掲示板をなんとか演奏会までに再開しようと悪戦苦闘中。なんとか間に合うはずだ。昨日の録音データをいじる作業もあるんだけど、そちらは今日は手つかず。


2006年6月4日日曜日

【息子】がコーヒーをこぼしたおかげでみろりのケータイが使えなくなったので、銀天街のauショップに「なんとかしてくれー」と頼み込んだところ、修理代ン万円、データ復旧不可能という状態。修理代と機種変更の費用が同じくらいなので、W41CAに機種変更。今後もソニーエリクソンで行くぞ、と断言していたみろりだが、ペンギンの待ち受けムービーに惚れたらしい。俺がいま使っているW21CAの後継機種なので、さっそくカメラ機能を比較。デジカメとしての使い勝手はほぼ同じだが、CCD(デジタル感光素子)が変わったのか補正アルゴリズムが変わったのか、ほぼ同じ環境で撮影しても色合いがはっきりと違う。W41CAの発色はすこし青が強めなので、人を撮影するならW21CAの発色のほうがいい。

W41CAで撮った晩飯 W21CAで撮った晩飯
左がW41CAだけど、これじゃ違いがよくわからんな。
だけどW41CAのカメラにはあらかじめ
フィルター処理がされているようにも見える

吹奏楽の追加練習。合奏を録音したが時間がなくてプレイバックを聴けなかった。編集してCD焼いて指揮者に送ろうかと思って、帰宅後子供を寝かしつけてからその作業にかかったものの、疲れている上にサウンドエディタ (SoundStudio 2.2.3) が頻繁にフリーズするので作業中断。ふすまを開けて寝室へばたんきゅー。また明日。


2006年6月3日土曜日

【娘】を耳鼻科に連れて行くはずが、目の前で交通事故が発生。大急ぎで119番通報をしたり、妻が目撃証言をしたりでいろいろ大変だった。自転車で横断歩道をわたろうとしていた中学生がはねられたのだけど、さいわい軽い怪我ですんだ。俺は後部座席で助手席の後ろだったうえ、助手席の日よけが降りていたので、その時点での信号がどうだったかは見ていない。しかし、妻ともう一人の目撃者の証言によれば、中学生のほうが信号無視だったようだ。しかしいずれにせよ、ほんの一瞬タイミングが違えば、自分たちがはねていてもおかしくない状況だった。この二週間ほどの俺たち夫婦のドジ具合を考えると、「平穏無事」ということがいかにきわどいバランスの上に成立しているかということを思わずにいられなかった。


2006年6月2日金曜日

体内時計がズレている。毎日午後4時前後にえらく眠い時間がある。


2006年6月1日木曜日

六月である。10日に演奏会がある。演奏会直前にはどうしても気持ち的にも体力的にも息切れがしてくる。生活の疲れもいろいろとたまっている。でも、へばるのは演奏会が終わってからにしよう・・・

最初の反感を克服して『「分かりやすさ」の罠』を読了。なかなか面白かったので、てなさく読書欄#40として紹介。