て日


2006年 5月分


2006年5月31日水曜日

久々に、思ったことをだらだら書いてみよう・・・テーマは「去勢観念に気をつけろ」だ・・・

フォン・フランツは『永遠の少年』で、似非哲学的態度を象徴する神話的キャラクターとして、オイディプスに謎をかけるスフィンクスと、イワンに「誰かに命令されてきたのか」と問いかけるババ・ヤーガをあげている。フロイト派ならこれらのキャラクターを「去勢コンプレックス」の表徴と認定するだろう。

たとえば、ある認識理論に「それは結局、主観的なひとりよがりの独我論なのではないのか」というコメントをつけることは常に可能だ。そして、その疑いを完全に払拭することはできない。どんな実存的信念にも「それは本心からそう思うのかそれとも誰かにそう思い込まされているのか」という問いかけをすることが常に可能だ。こうしたコメントはすべて、思想の勢いを削ぐための「去勢観念」と呼べるだろう。(去勢された観念ではなくて、去勢する観念ね。)

「それは本当にそうなんですかそれともあなたがそう信じているだけですか」というのも意味のない問いかけであり、ひとつの去勢観念だ。自由意志と運命についての形而上学的堂々巡りもそうだ。本気で相手にする必要はない。

講壇上の哲学者が講義の最後に「なーんちゃって」という可能性はつねにある。だが、講義を聴く側が最初からそれを念頭に置いておくというのも変な話だ。「この先生、じつは俺たちを煙に巻くために一芝居打ってるだけとちがうか」というのも、ひとつの去勢観念であろう。新理論を発表する学者に「それ、何の役に立つんですか?」と真剣な興味があるわけでもないのに尋ねるのも、そうだ。成し遂げたい何事かがあって、その目的に役立つものを探している人は、そのような問いかたを決してしないものだ。役に立つかどうかは、真剣に目的を果たそうとしている人が決める。「素朴な疑問」に出る幕はない。

また、言葉尻の揚げ足取りは、遊びでやっているうちは面白いし、相手の言っていることに茶々を入れるだけでこちらになんの持ちネタも必要がなくて楽ちんだが、それだけではまともな批評にはならない。そういうのも去勢観念に分類できるだろう。

去勢観念は合理性の旗印のもと、解けない謎をかけ、すべての積極的な主張を相対化して、その勢いを削ぐ。まじめに取り合ってしまうと、残るのは懐疑論だけだ。ユング派の考えでは、これは精神の独立を阻み原初的・集合的なものへと回収しようとする母親コンプレックスの働きである。まさしく、魔女の囁きというわけだ。フォン・フランツは、スフィンクスとババ・ヤーガを、主人公に囁きかける去勢者の例としてあげる。スフィンクスに似非哲学的な問いを問いかけられたオイディプスは、いともあざやかにその謎を解いてしまった。理屈っぽい態度で自分をガードし情に棹さすことを避けていれば母親コンプレックスの影響から逃れられるという誤った戦術 (似非哲学的姿勢) を、なまじスフィンクスを "退治" したことで周囲に賞賛されてしまったがために、まんまとスフィンクスの罠にはまって (スフィンクスは自殺したと見せかけただけだと、フォン・フランツは断定している) 、すべてをスポイルする母親コンプレックスに呑み込まれてしまう。いっぽう、ロシア民話の (馬鹿の) 英雄イワンは、お姫さまを助けるためにババ・ヤーガの家にたどり着いて、ババ・ヤーガに「自分の意志で来たのかい。誰かに命令されたのかい?」と問われる。オイディプスと違って、イワンの答えは痛快だ「英雄に向かってそんな口をきくもんじゃない。俺は腹が減っているんだ。すぐに食事の支度をしろ。」こうして、イワンは去勢観念と無意味な懐疑の誘惑を打ち破る。

もっとも、適切な確信に至るために懐疑論のあらゆる手口を知ることには、それなりに意義があるかもしれない。デカルトもフッサールもそうした。それがいわゆる方法的懐疑で、やみくもに懐疑論に陥るのではなく、ただ、その理路をきちんとたどり直すことによって、逆にすべての懐疑に逆らってどうしても残ってしまう確信を見つけ出そうというわけだ。

この話、俺は示唆的だと思うけど、たぶん「ファロス中心主義」とか「マッチョ主義」とか言われるんだろうなあ。まあ、俺としても、こういう話をするからには、もう少し精神分析学の言葉に慣れ親しむ必要はあるだろう。

ついでに言えば、独我論を積極的に徹底することはできない。「私は存在する。しかるに君は存在しない」という主張は、その「君」が存在しない限り、意味をなさない。たとえその「君」が「私」の一部分にすぎないとしても、それが、語りかけられるべき誰かであることに変わりはない。その誰かに「君は存在しない」と語りかけている以上は、その「君」が「私」でないことは確かなのだから、その時点で、「私」は語りかけられるべき誰かが「私」の外にいると確信していることになる。こうして、独我論の主張は背理である。


2006年5月30日火曜日

不注意から自転車を倒して、他人さまの車のドアに傷をつけてしまった。しょんぼり。


2006年5月29日月曜日

夕方、【娘】を耳鼻科に連れて行った。なかなかいい子で診察を受けていたので、おやつを奮発してやることにした。チョコベビーとジャガビー。そしたら、みろりからメールで、めでたく、 なめ が第三子出産。そこで、【娘】と【息子】 (と、おとなりのサキちゃん) が使ったクーハン (ゆりかご) を、皆で産院へ届けにいった。俺は産院のロビーで待っていたが、ママと一緒に病室に入った【娘】は、産後まだ体力が回復しておらずしんどそうな なめ をみて、自分のために買ってもらった未開封の ジャガビー を、なめにプレゼントしてきたそうだ。えらい。それで、産院を出てその足で ジャガビー をもう一個買いに行った。それで知ったけど、トーハトのオールパインはなかなかおいしいぞ。甘いばっかりのオールレーズンよりは、俺はこっちのほうが好きだな。


2006年5月28日日曜日

吹奏楽の追加練習。5時から7時まではいくつかのグループに分かれてセクション練習。そのあと合奏。さすがに、昨日のような浮ついた合奏にはならなかった。本番までに、練習はあと3回。できるだけのことはやりましょう。

おかげさんで、「てなさく&みろり掲示板」のブラックリストは順調に成長している。最後に手作業でリストを更新したのが23日で、その後だけでも14件増えているのだから、一日に2〜3件は、いままでと違うクライアントマシンを使って禁句を書き込みにくる迷惑なお客さんがいることになる。同じマシンからの書き込みももちろんあるし、ドメイン名を逆引きできないクライアントマシンからの投稿は一律お断りしているから、そういうのも含めると、一日10件くらいは、スパム投稿のアクセスがあることになる。しかし、いまのところけっして大きくない《それ言っちゃなんねぇ》語句リストで、それ以後のスパム投稿を阻止できているのだから、察するに少数のリピーターが毎日のように投稿に来ているという状態なのだろう。《敵》が増えてきたら難しくなることは目に見えているな。

スパムじゃない投稿をしようとして「DNSで逆引きできないからダメ」と言われた人もいるかもしれない。ごめんなさい。大企業や大学などの大規模なネットワークに一時的に参加させたマシンの場合は、いちいち名前を割り当てていない場合があるから、時々そういうことになる。そのネットワークの公式のプロクシを使えば書き込みできるはずだ。ただし、同じプロクシが以前に悪用されてブラックリストに載っていたらだめだけど。

それにしても、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とは罪な諺だ。当たる前にいくつ外れ、その外れた弾がどうなるのかも考えてほしいもんだ。俺たちの掲示板に、英語でバイアグラの広告を書いても仕方がないじゃないか。


2006年5月27日土曜日

演奏会本番2週間前の練習では気合いが空回りして、合奏がワヤくちゃになる。いつものことだ。例によって PowerBook を持っていって、ハードディスク録音ということをした。普段は FireWire接続の外付けハードディスクを使うのだが、今日は内蔵ハードディスク。おまけに電源の延長コードを忘れていったので、最近少々ヘタリ気味のバッテリー駆動だ。ちょっとマイクアンプのゲインを上げ過ぎて時々ピークを超えているが、音が割れるでもなく、まあまあきれいに録れている。それだけに演奏のアラが目立つ。明日の追加練習の参考にしよう。そして、演奏会当日までにはなんとしても楽団の掲示板を復旧しないといけない・・・ううむ。

本日は終了しました
『徳川』の閉店後に出る看板

夕食は衣山パルティ徳川のお好み焼き。11時までだから、いつも閉店までいることになる。それで、そのたびに、「本日は終了しました」の看板を見ることになる。 もちろん「本日の営業は終了しました」という意味には違いないのだが、「本日」が終了してしまったら、それはもう「昨日」なのであって「本日」ではない。俺はいつもこれを見て笑ってしまうのだが、一緒に行った仲間は、たいてい相手にしてくれない。


2006年5月26日金曜日

珍しく2ちゃんねるでの引用を経由してうちのサイトにアクセスしてきた人がいたので、引用先をチェックしたら、「アキレスと亀」に関するスレッドだった。「アキレスと亀」の問題は無限級数の和の方法で解決済みで、パラドックスでも何でもないと力説している人とか、さらに俺が山川偉也の『ゼノン4つの逆理』について書いた読書欄#6を参照して「ぜんぜん納得いかないなあ」と言っている人とか・・・。話がかみ合っているとは思えないので、そのスレッドの議論が哲学的無限論へと広がっていく可能性はない。きっとゼノンの逆理については、これまで二千年以上、そのスレッドと同じように、みんなが好きなことを適当に言う状態が続いてきて、これからも同じ状態が続くんだろう。仕方がないことだ。俺の読書欄を読んだ人が納得いかないというのは別にかまわないのだけど、俺の意見があそこで書いたことで尽くされていると思われるのはちょっと癪に障るので、6年前の「ゼノン日記」をまた人前に出せる状態に整えなきゃいかんなと思った。だけど、やりだすと、ちょっと文章に手を入れる程度では済まない気もするんだよな。

来年の年頭あたりをメドに、tenasaku.com を自宅サーバ化しようかなと思っている。かさばらなくて静かなマシン (Mac miniがいいかな) にルータ機能とWebサーバとメールサーバの機能を持たせて、いまレンタルサーバでやっていることを自分の家でやる。完全に自家用でそれほどの高性能は必要ないから、現有の機材に無停電電源をプラスする程度で十分だろう。それで、サーバの月々のレンタル代をケチれるし、サーバ運用でいま不便を感じているところ (Perlのバージョンがいまだに5.005だとか、深夜の0時〜3時のログが24時間後にならないと読めないとか) でも、好きなように設定できる。ただし、リスクはもちろん大きくなるし、勉強しないといけないこともたくさんあるし、メールサーバの管理をしないといけないなど、面倒も増えるだろう。それでも、やってみたいと思う。

夕食にはみゅんへんの唐揚げを2人前テイクアウト。


2006年5月25日木曜日

ちょっと用があってコミセンに行ったので、来週の授業の準備をしようとカフェレスト北斗に入った。すると、俺以外にはもう1グループ先客がいるだけだった。中年のおじさんおばさん計4名。そのうちの一人の女性がその場を牛耳っている感じだった。もちろんそんなことはどうでもよいのだけど、その女性が他の3人に「今年は千年に一度の666の日がある。2006年6月6日。一応気をつけといたほうがいいわよ」と言っているのが耳に入って、大変気になった。

そんなこと言い出したら、毎年6月6日の6時に気をつけないといけないし、毎月6日の6時6分に気をつけないといけないし、毎日6時6分6秒に気をつけないといけない。気をつけようにも、たいていその時間には俺はまだ寝ている。最近、毎朝の起床時間はわりと正確に6時45分なのだ。

先日書いたように思うけど、「ヨハネの黙示録」にいう獣の数字666は、悪魔一般を表す縁起の悪い数というものではなく、黙示録執筆者聖ヨハネにとって悪魔の化身であった誰か、おそらくローマ皇帝ネロの名前を、数字であらわしたものだ。つまり聖ヨハネは「わかる人にだけわかってもらえればいいけど、この悪い魔獣というのは、あいつのことだよ。」と書いているのだ。そう考えると、メールサーバのAPOP認証やバイナリファイルのMD5チェックサムと同じで、666という数字に神秘的な意味合いを読む込む必要はないとわかる。

メッセージの受け取り手のほうに、送り手の持っているデータ (この場合なら悪役の名前) の見当があらかじめついていて、あのデータの数値のチェックサムは666だよ、というメッセージを受け取ったら、受け取り手は自分の思い当たるデータの数値から、送り手と同じ手順でチェックサムを計算して、間違いない、たしかにそうだ、と確認ができる。しかし、チェックサムからデータそのものを逆算はできない。そういう仕組みだ。おそらくは、魔獣を誰になぞらえているのか書いておきたいが、書くと当局に取り締まられてしまうとかいう事情があったにちがいない。数値のチェックサムを送ってデータの整合性を確認するというのは、安全でない通信路を介してのパスワード認証のさいに現代でも使われるソフトウェア技術だ。

だから、べつだん666が神秘的な力をもった数字だというのではない。というわけで、2006年6月6日にはそれほど用心する必要はないと俺は考える。聖書で特別な意味を持つ数は、むしろ7と12で、この二つの数は666なんかより遥かに頻繁に登場する。

今日は7回目の結婚記念日。なのだが、「て日」によると、これまで結婚記念日にそれらしいことをしたのは一昨年に「らんぷ亭」へ夕食を喰いにいったことくらい。今年はせめて、子供たちが寝てから二人でお酒飲んでウヒヒと笑おうと思っていたが、仕事疲れのせいか、妻は子供たちと一緒に先に寝てしまった。ふみゅ。俺もそろそろ寝よう。


2006年5月24日水曜日

Webのブックマークをサーバ上に保存しておけるBookまーくという無料サービスを使ってみようと思っているところ。自分専用のブックマーク集のほか、公開ブックマーク集が作れるというのがミソ。まだ作りかけだけど、http://pub.bookmark.ne.jp/tenasakuで公開するから見てくださいな。

みろりがモデムケーブルを探してくれというから、そのついでに、久しぶりにVisorとCLIEを押し入れから引っ張りだしてきた。いろいろな事情で使わなくなって、気がついてみれば、PalmOS搭載PDAという製品カテゴリーそのものがすっかり過去のものになってしまっている。ほぼ同じくらいの大きさでWindows XPで動く端末が実現してしまったのだから仕方がない。それに、このごろではパソコンを自在に使いこなせる人以外にとっては、携帯電話こそが主たる情報端末、いわゆるデジタルハブになっている。だが、俺は携帯電話でメモを入力しようという気にはならない。小説やなんかのような長文を携帯電話の画面で読めたら便利だろうとは思うけれど、俺の携帯W21CAではそれも思うに任せない。そこへいくと、青空文庫でダウンロードしてきた文書をVisorで読むというのは、Visorの日本語フォントが汚いことを別にすれば大変快適だ。そして、WindowsCE機のモバイルギアもそうだったけど、Palmにはなかなか捨てがたい味がある。


2006年5月23日火曜日

先日、「てなさく&みろり掲示板」に付け加えた《ブラックリスト機能》と《言っちゃならねぇ語句リスト機能》は、完璧ではないまでもある程度の効果をあげているようだ。これまでに10回ばかり、スパム書き込みを撃退しているらしい。それでも、何度かはスパム投稿を通してしまっていて、けさみると2件、同じ犯人のものと思われる書き込みがあった。それを削除処理するついでにブラックリストを確認すると、自動的に追加されたドメイン名が6件あった。禁句を含むメッセージを投稿して拒否されブラックリストに載ってしまったというわけだ。ご苦労さま。ヤブヘビになってはいけないから、詳しくは書かないが、これからスパム対策をもうちょっと強化するつもり。松山ウィンド掲示板も復活させないといけないしな。

さて、けさ喰らったスパムはYahoo! BBユーザのマシンから書き込まれていた。といっても、スパムの犯人がYahoo! BBのユーザだという意味ではない。おそらくは、ADSL が急激に普及しだした頃にYahoo! BBに加入したユーザで、セキュリティ意識の低い人が、十分な自衛策をとらないままネットにマシンを直結しているのだろう。犯人はそういう無防備なマシンに侵入して、そこを足場に俺たちの掲示板にアタックしている。そうすればアシがつかないからだ。悪知恵だけは働くわけだが、俺たちの掲示板みたいなところにバイアグラの広告を投稿した結果としてバイアグラがちょっとでも売れるなんてことはあり得ない、なんてことは思わないらしい。

あるいは、バイアグラなしでは生きられない (と思い込んでいる) 人が世の中にはいて、いかなるルートからでもいいからとにかくバイアグラを手に入れたいと願っている、とかそういうことは、まああり得ないでもない。しかしそうすると、スパム投稿者はもっぱらそういう気の毒な人を食い物にしているということになり、またセキュリティ対策をなおざりにした結果として不正ユーザに足場を提供した人も、スパム書き込みを放置している杜撰な掲示板管理者も、無意識のうちに弱いものいじめに加担していることになる。許せない。気をつけないといけないな。


2006年5月22日月曜日

夕方、仕事をしていても眠くてしかたがない時間がある。生活のリズムの一環なんだろうけど、なかなかつらいものがあるぞ。早めに帰ると、みろりも【娘】も眠いだなんだ言っている。似たもの一家だな。それでも【娘】は近所の八百屋「バナナ館」までのお使いを、俺に連れられて歩いて往復できた。成長したよなあ。それに【息子】も、ママの運転する車で家まで帰ってきて、車を降りてからマンションのエントランスの階段を上ってエレベータに乗って玄関に入るまでは、自分の足で歩いたんだぞ。これで、家に入る前に玄関で靴を脱いでくれさえしたら完璧だったんだけどなあ。


2006年5月21日日曜日

西条総合文化会館までNHKの『BSどーもくんワールド』の公開録画を観に行ってきた。西条総合文化会館は美しい流れのほとりにある、わりと新しいホールだ。俺たちが結婚する前の年 (1998年) の、愛媛県県民文化祭吹奏楽公演がおこなわれた場所だから、俺もみろりもこのステージには乗ったことがある。楽屋が狭くて大変だった覚えがある。公開録画の申し込みはがきを受付で座席指定券と交換してもらってから、開場までに1時間くらいあったので、近所のフジ西条店でお弁当とお茶とビールを買って、流れのほとりでピクニック。天候にも恵まれて、いい気持ち。

『BSどーもくんワールド』には、 どーもくんも ななみちゃんも 出ているし、テツ&トモも出ているのだけど、彼らがステージに登場したときよりも、ゲストの つのだりょうこ (NHKおかあさんといっしょの 先代のうたのおねえさん) が出てきたときのほうが、客席の反応が断然よかった。お客さんの拍手というのは正直なものだということ、それと、ステージに乗るということは、お客さんの目の前に別世界 (というか非日常の世界) を作ってみせることなのだということを、今日は学んだ気がする。

そして、吹奏楽の追加練習。演奏会が近づいてきて、練習が厳しくかつ楽しくなってくる。楽しいけどつらい。つらいけど面白い。面白いけど難しい。難しいけど楽しい。以下同様。


2006年5月20日土曜日

みろりが午後だけ仕事に行くので、【息子】は託児所預かり、【娘】と俺は留守番。なんだけど、キャメリアホールでチラシはさみの作業がある。仕方がないので【娘】を連れて行く。その後、コミセンのこども館で少し遊ばせ、ローソンでおやつを買って帰った。家でしばらく過ごしたあと、今度は【娘】を自転車に乗せて宮脇書店へ行った。

みろりにプレゼントするつもりで買った本3冊、村上春樹+佐々木マキ『羊男のクリスマス』、糸井重里+村上春樹『夢で会いましょう』、沖幸子『ドイツ流 美しいキッチンの常識』。【娘】の本『世界名作アニメ絵本:しらゆきひめ』。俺の本2冊『フーコー・コレクション1〜狂気・理性』、ヘーゲル『精神哲学』(長谷川宏訳)。落ち着いて読みさえすれば、長谷川訳のヘーゲルは面白い。ただしその「落ち着いて読む」時間と場所の確保が難しいんだけど。

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コミセンで見かけた花

5歳になった【娘】は、いつのまにか、南江戸セブンスターのアイスクリームを、こぼしてベチャベチャにしたりせずにきれいに食べられるようになっている。俺が自分の見たい本を探しに書店の中をひとまわりしている少しの間なら、こどもの本のコーナーのベンチで絵本を見ながら上手に待っていることもできるようになった。つまり、それなりに成長しているのだ。成長していないのは俺たちの子供を見る目のほうかもしれない。

さて、みろりの仕事がけっこう長引いたため、珍しく吹奏楽の練習に行くのが遅れた。ウォーミングアップに時間が割けないと、合奏に参加しても調子がなかなか上がってこない。後半は普通どおりだったけどね。練習終了後、演奏会実行委員会の打ち合わせ。当日の役割分担を中心に、夜中過ぎまでああだこうだと話す。さすがにくたびれた。本当はリハーサルの段取りも決めたかったのだけど、話が長引くのを見越したのか、マエストロ夫婦は実行委員長 (俺だ) に呼び止められる前に練習場から姿を消していた。ううむ。


2006年5月19日金曜日

外へ出ると、空気がムワっと蒸暑い。前線が北上して、このあたりは太平洋高気圧の勢力圏内に入ったのだろう。

iPod の空き容量がそろそろ心許ないけど、かまわずに家にあるCDをどんどん iTunes にコピーする。クラシック・サクソフォンの CD とか、ヨーロッパ古楽の CD がいろいろと入力されずに残っていた。そういえばザバダックの CD も何枚もあるのに、iTunes に入れてあったのは『桜』一枚だった。


2006年5月18日木曜日

Apple純正キーボードを買い足して、いままで Mac mini で使っていた古い方をG3くんに回した。


2006年5月17日水曜日

給料が出たのでまた本を何冊か。山崎武也『気品の研究』(PHP研究所)は、表紙に惹かれて買ったが、大衆の感情におもねる単なる愚書。日本聖書協会『アートバイブル』。聖書からハイライト部分の引用と、たくさんの美しい図版。とても美しくしかも分厚いので、どうせビックリするような値段だろうと思ったら、意外にも2,800円。マルティン・ハイデガー『形而上学入門』(平凡社ライブラリー)。あれ?この本を買うのは2度目か、ひょっとしたら3度目。瀬戸明『存在と知覚〜バークリ復権と量子力学の実在論』(法政大学出版局)。ゴリゴリの哲学書。

聖書の物語を知りたいと、妻が折に触れて言う。折に触れてしか言わないのがミソで、聖書ならうちに何冊もあり、子供を教会学校に連れて行ってるのだから学ぶチャンスはいくらでもあるのだ。まあ「折に触れ」ないとなにもしないことにかけては、俺も妻に負けていないから、そこは理解して、その気になったときに手に取って眺められる本として『アートバイブル』を買ったわけ。

バークリは無限小解析の批判者だったんだけど、量子力学とは和解できるんだろうか。

夕食はフジグランの《カプリチョーザ》初めて入ったが、なかなかいいぞ。

フジグランでは京都のどっかの商店会の「みやびこだわり市」というのをやっていた。知ってのとおり、俺はこの「こだわり」という言葉が肯定的に使われることがどうも気に入らない (気持ち悪い) という妙なこだわり (俺の理解では、こだわりはすべて妙なもの、他人にとって気持ち悪いものなのだけど) をもっている。だからちょっと笑ってしまったというのは、よくも悪くも京都ほど こだわり の多い街はないからだった。なにしろ《130年ちょっと前まで、1100年ほどのあいだ、都だった》ということが、この街のすべてなのだ。その文化的蓄積には確かにすばらしいものがあるが、なにしろ都であった期間の一割以上の年月がすでに経過しているのだから、いまを生きている人には、そろそろ目を覚ましてほしい。俺が太秦という京都の中でも平安京より古い文化遺産を守る地域に生まれ育ったこともあって、京都の《こだわり》に対して別の意味でこだわってしまうのだった。


2006年5月16日火曜日

五月も中旬だというのに肌寒い日が続く。それに今日も小雨のぱらつく空模様で、こういう日は気分も晴れない。デスクワークは眠気との戦いとなってしまう。

朝、母親がいくら急かしても、【娘】は玄関に座り込んでグズグズしている。あんまりモタモタしているものだから、俺が無理矢理立たせて尻をどやしつけたんだけど、【娘】はそのことで怒っていたらしく、幼稚園に着くなり、えらい勢いで画用紙に字を書き始めたそうだ。担任のメグ先生が「うわっこりゃあ怒ってるわぁ」とひと目でわかったぐらいの剣幕だったそうだ。そのことを帰る前に妻から聞いていたので、なけなしのお金で小さなお土産 (ファミマで売ってるカルビーのスティックポテト「じゃがびー」だ) を買って帰った。それで、俺はお尻を叩いたことを謝り、【娘】はグズグズしていたことを謝って、みんなで仲直りのポテトを食った。

娘の怒りの手紙
娘の怒りのメッセージ
パパは んんこぶりぶりですから、云々と書かれている

久しぶりにG3くんにディスプレーとキーボードをつないで起動してみた。ひとまずTiger (Mac OS X 10.4) をインストールした。一応ちゃんと使えているが、キーボードが古いサードパーティ製ADBキーボードで、しかもUS配列なのが難しい。で、このマシンの使い道はもちろん、演奏会後のCD焼きである。Mac mini の内蔵スーパードライブよりも G3くんに載せた東芝とNECのDVD±RWドライブのほうがまだしも高速だからね。東芝製ドライブはDisc Burnerにも対応しているが、実際にはToast with Jamを使う。


2006年5月15日月曜日

少々肌寒かったので、今日は長袖シャツにジャンパーまで着て出かけた。おととい、翌日も練習だからと、楽器も自転車も練習場に置いて帰ったら、昨日は自転車の鍵を忘れて練習場へ行ってしまったので、きょうは仕事場まで徒歩で往復する。徒歩だと、片道40分弱。なにしろ給料日前だから電車代もケチるのだ。改装が済んだロープウェイ街は夜に通ってもなかなか素敵だぞ。


2006年5月14日日曜日

フジグラン松山で母の日企画の「おかあさんの絵展覧会」が開かれていて、【娘】の描いた絵も展示されているというので、家族揃って見に行った。そのあとは、あまりお金もないので、食品売り場の試食を冷やかして回った。お酒とかピザとかウィンナーとか、いろいろとつまんでいき、売り場のいちばん奥まで行くと、ハーゲンダッツの新製品の試食販売をやっていた。これこそ【娘】の探し求めていた試食に違いないと思った俺は、「ほらあのお姉さんに『ください』って言ってごらん」と、【娘】の背中を押して促したのだが、たまたまそのとき【娘】は、山積みになったトイレットペーパーのパッケージに手をついていた。結果、トイレットペーパーの山が倒れて、試食販売のお姉さんを直撃・・・。まあ、ものがなにしろトイレットペーパーだから、大事には至らなかった。「すみませんすみません」と謝って、大慌てでペーパーを積み直したあとに、「・・・というわけで、アイスクリーム下さい」とは、さすがの俺にも言えなかったので、怪訝顔の【娘】の手を引いて、そそくさとその場を立ち去ったのだった。

今週も、夜は吹奏楽の追加練習。フジグランから直接練習場へ行ったので、昼間のポロシャツ姿のままだ。それで地下室でセクション練習をしたので寒くて仕方なかった。後半はいつもの3階ホールで合奏。フォーレ『レクイエム』の最後の審判の場面をくり返し練習したのだけど、今日はたまたまユーフォニアムが一人もいない。先月1日の日記に「レヴィアタンの役」と書いたあのパートを担当するのは、だからサックスとテューバだけ。バリトンサックスとテューバは俺より1オクターブ下で、俺とユニゾンなのはユーフォニアムだけだと思っていた (アルトサックスは1オクターブ上かと思っていた...冷静に考えたらあり得ない) ので、指揮者に「今日はここ俺だけだよな」と言ったあと、もう一度演奏してみると、どうやらアルトサックスもテナーとユニゾンだ。心なしか、さっきよりアルトの音がでかい。イデウエくん (シオリちゃんは今日はお休み) が俺に無視されたと思って「あたしもここにおるんじゃゴラァ」とアピールしているに違いない。こりゃいかん。それにそもそも、楽譜の指定はフォルティッシモなのだ。負けずにこちらもさっきより大きな音で吹く。するとイデウエくんの音がまた大きくなる。こちらも負けずにやり返す。そんなわけで、くり返すたびに音がでかくなっていった。(あとで本人に聞いたら、その辺りのことはぜんぜん意識していなかったそうだけど。)


2006年5月13日土曜日

連休前後から、生活時間がズレがちだ。なんだか、夜中に目が覚めることが多くなった。寝相の悪い子供たちに蹴られて目が覚め、なんとなく眠れなくて、よせばいいのにパソコンの前に座って、それで掲示板が荒らされていることに気がついて応急処置に追われたりする。おかげで昼間がつらい。そこへ持ってきて、妻子のいない雨の土曜日なんてことになると、歯止めもなにもかからずひたすら寝てばかりとなる。妻子は幼稚園の日帰りバス旅行で倉敷に行っているのだ。

それでも昼過ぎには起きだして、メシを喰ってシャワーを浴びて、少しだけ掃除をし、少しだけピアノの練習をした。いま稽古している大人向けのポピュラー曲集がそろそろ終わりなので、次はバッハのインヴェンションか「クラヴィーア小曲集」をやらせてもらおうと思っているところ。5年越しやっているツェルニー100番もそろそろ仕上げたいな。

そして吹奏楽の練習。チューナを使って自分のピッチを検討してみたところ、思ったほどひどくはなかった。たまたま今日に限ったことかもしれないし、合奏のときには全く違う吹きかたをしてしまっている可能性もあるけど、あまり気にしすぎて修正過剰にならないようにしなくちゃ。もちろん、替え指を使って修正しなければどうにもならない音も確かにあるのだけどね。


2006年5月12日金曜日

過去一週間分の tenasaku.com のアクセスログから「てなさく読書欄」の各ページのリクエストを抽出してみる。GoogleとかYahooとかの検索サイトから来たアクセスについては、Refererを見てみれば、どういう語句を検索してきたかがわかる。夏目漱石の「こころ」に対する引き合いが圧倒的に多い。理由は明らかだ。はっきりいって不愉快だから、てなさく読書欄#16からは、ごくわずか残っている感想文らしい部分をきっぱり削除することにする。ここで俺が紹介したかったのは夏目漱石の「こころ」ではなく青空文庫なのだからな。あ、それとも、わざとトンチンカンな感想文を置いておくというのも面白いかもしれないな。「Kつながり」でカフカの『城』の感想文とか、とにかく、丸写ししたら読んでないことがすぐバレるような偽感想文を置いておくのはどう?

あと、仁村ヒトシの『モテるための哲学』(てなさく読書欄#22)の引き合いも数件あった。お互いがんばろうね(苦笑)

それにしても、ろくにピアノの練習をする間もなく、また金曜日だ。まあ、ぼやいていても仕方がない。ちゃんと考えて、なんとか練習時間を確保しよう。

(とかなんとか言いながら寝てしまった、翌13日未明)・・・先日「てなさく&みろり掲示板」のスパム対策を強化したと思ったら、今度は松山ウィンド掲示板がやられてる。機械的なアクセスで、短時間のうちに、毎回アドレスを変えて連続ポストという、ちょっと手強いケースだ。アクセスログを見て対策しようにも、間借りしているレンタルサーバは毎日午前零時から三時間のアクセスログは翌日にならないと見れない仕様。まさかそれを見越して来ているんじゃあるまいな。


2006年5月11日木曜日

5日に柳井で買った本は無事に届いた。それと、県立図書館に行った。ローラ・ウォードとウィル・スティールズ著『天使の姿〜絵画・彫刻で知る天使の物語』(新紀元社)というのを借りてきた。たくさんの天使の図版が並び、それぞれに解説がついている。「受胎告知」の図像もずいぶんたくさんある。やはり一つのお約束として向かって左側にガブリエル、右側にマリア、という配置をするものらしい。ただ、例外はもちろんある。78ページの16世紀のフランドル派の絵と、91ページのフィレンツェのオルサンミケーレ教会のレリーフでは、ガブリエルが向かって右側だ。あと、面白いのは、92ページに掲げられた、15世紀前半フランドルのロベルト・カンピンが描いた「受胎告知」で、建物の中で聖書(イザヤ書)を読んでいるマリアに、向かって左から大天使ガブリエルが呼びかける型どおりの構図なのだが、その建物というのが、どう見てもこりゃゴシック様式のキリスト教会だ。十字架こそ描かれていないけれども、なんか話が前後しちゃっている。

時代が下るとともに、「受胎告知」の大天使ガブリエルは女性の姿で描かれることが多くなる。また、16世紀頃から、それこそ森永のエンゼルみたいな、子供の姿の天使が描かれるようになるが、14世紀くらいまでは天使はたいてい青年の姿だった。このあたり、ヨーロッパ史のなかでの子供に対する視線の変化というフィリップ・アリエスの議論との関連がありそうだ。イスラム教の天使の図版もある。そもそもムハンマド (マホメット) にクルアーン (コーラン) の啓示を授けたのも、ほかならぬ大天使ガブリエルなのだ。イスラム教の宗教画では天使はどことなく東洋的な姿形をしており、頭にターバンを巻いていたりする。面白い。


2006年5月10日水曜日

朝から雨で、いやんなるくらい湿気が多い。

先日投稿した2本の研究論文のうち1本目について、「2002年に公表されたこれこれの論文にあんたのやったことはすでに実質的に含まれておるぞ」というレポートともに、不採用通知が来てしまった。残念だが、東欧圏における実数の集合論の研究者層の厚さを考えれば、じつはこれは驚くにあたらない。しゃあないから、改めて勉強し直しだ。つくづく、思而不學則殆であることよのう。


2006年5月9日火曜日

きょうは、学生さんから非常に鋭い質問が2つ立て続けに出た。それなりに一生懸命答えた。こういう日は、疲れはするが気分はよい。


2006年5月8日月曜日

小川洋子の「博士の愛した数式」を読んで、むちゃひさしぶりに「てなさく読書欄」を更新。映画館では見なかったが、DVDが出たら買うことにしよう。深津絵里も出ていることだしな。

【息子】の熱は一晩寝たらちゃんと下がった。風邪をひいたとかじゃなくて、疲れと情報過多からくる知恵熱のようなものだったのだろう。


2006年5月7日日曜日

昼間はほとんど何もせずぐーたら寝ていた。夕方から吹奏楽の追加練習。地下室で木管のセクション練習だ。黴くさく寒く残響が多い。いかにも地下室。練習から帰ったら、妻子がさきに帰宅していた。【息子】が熱を出している。俺が帰宅するとすぐに、【娘】が「【むすこ】くんおねつでた。おてていっぱいあつかったんよ」(【息子】くんお熱出た。お手手いっぱい熱かったんよ) と報告してくれたのだが、俺には「おゼゼいっぱい使ったんよ」と聞こえた。【息子】を医者に診せるのに金がかかったのかと勘違いしてしまったぞ。いや、バカなことを言っている場合ではない。一昨日には風が強い中で水遊びをしていたから、それで風邪をひいたのかもしれない。いや、頭を打ったせいだったら大変だ。いずれにせよ、帰宅したとたんに熱を出すということは、家に帰って安心したということなのだろう。

【息子】も不調だが、tenasaku.com のサーバも不調だ。この文章が公開されるときには復旧しているわけだけど。


2006年5月6日土曜日

吹奏楽の練習。演奏会が近いうえに、終了後に楽団の総会があるので、連休中といえども休むわけにいかず、妻子より一足早く松山へ戻った。合奏開始時にはまだまだ部屋が暑かったこともあって、楽器のピッチが普段と違う。それが俺だけのことでなく、全員の楽器がそれぞれちょっとずついつもと調子が違うので、みんななんだか不安になる。しかもきょうの合奏はあのデリケートなフォーレのレクイエムのみだ。どうも最後まで調子が出なかった。それに連休の疲れもあって、こういう夜はみなで飯を食っていてもなかなか気分が晴れない。


2006年5月5日金曜日/こどもの日

午前中、妻子は柳井のショッピングセンターへ「アンパンマンショー」を見に行った。そういえば昨日は山口のアーケード街をマジレンジャーが歩いていたな。テレビのヒーローたちは連休中も忙しいらしい。俺はどこかの珈琲店で勉強をしたいと思ったが、柳井駅前のレトロ通りのはやし珈琲店は連休中とて休業。

そこで、昨日に引き続き、古書店をのぞいてみた。ユングの「変容の象徴」の筑摩文庫版や小型版口語訳(1954年〜1955年改訳版)聖書など、よさげな本数冊を見つけた。持ち合わせがないので取り置きしてもらい、銀行のATMへ行ったところが、山口銀行も広島銀行も東山口信金も、連休中は他の銀行のカードは使えませんとつれない態度。困ったが仕方がない。外はいい天気で、レトロ通りは人も車も少なく静かだ。あわてることはない。なけなしの千円札をくずしてセブンイレブンで缶ビールを買い、商工会館前の広場で一息つく。妻から「アンパンマン終わったよ」の連絡を受けたころに、古書店に戻って、銀行振り込みするので本を宅配便で送ってほしいと話をつける。偶然にも店主のご婦人は妻の実家の町内の人らしく、二十年ほど前になけなしの小遣いをもってよく店に来ていた中学生のみろりちゃんのことを覚えているとか。それで、寝ている【息子】の番を俺が交代して、今度は妻と【娘】がその店へ。俺の貧乏のおかげで(?)みろりは思いがけず旧交を温めることができたわけだ。

午後、ちょっとの間、水遊びに興じる【娘】と【息子】。だが、いつぞや、プリキュアの秘密アイテムを身に着けたから空を飛べると思った【娘】が飛び降りて怪我をした (→05年10月8日の日記) あの段差から、【息子】が誤って転落。頭を打った。すぐに大泣きしてしばらくして落ち着いたが、やっぱり心配なので妻が医者に診せにいく。念のためレントゲンも撮ったが、大丈夫だったようでひと安心。角の立った溝の縁に当たらず、平らな底で頭を打ったのがまだしも幸いだ。こいつ悪運が強いぞ。

今回の帰省でも、たくさんの写真を撮ったので、後日「成長記録」にアップします (ただしレントゲン以外。)


2006年5月4日木曜日/休日

気持ちよい快晴で行楽日和。皆で山口県美術館へ行った。出し物は「ウィーン美術アカデミー名品展」だ。なかなか見られないすばらしい絵画ばかり集めた展覧会ではあったけれど、【娘】がごねたので、ゆっくり見て回ることができない。子供をおんぶした状態で駆け足で見て回った。そもそも【娘】は展覧会に入る前からご機嫌ななめだったので、娘を背負ったまま美術館のトイレで用を足すという、めったとできない経験を俺はさせてもらった。

こういう美術展で16世紀から17世紀ごろのヨーロッパの絵画を見ると必ず思い浮かぶ疑問がある。それは、なぜ近世から近代にかけて、光が向かって左側から差し込んでいるような構図の絵画ばかりが描かれたのか、ということだ。右側から光が差し込んでくる絵をあまり見たことがないのだ。それと関係があるに違いないと思うのだけど、聖書の受胎告知の構図は、たいてい、マリアが向かって右側で大天使ガブリエルが左側に配置される。なぜなのだろう。

娘の新しいシャツ
娘の新しい服の襟にはママの大好きそうなロゴ

疑問を抱きつつ外へ出る。来るたびに思うが山口の街は静かで住みやすそうだ。名古屋から松山に移ったときにも、テンションが下がった気がしてほっとしたが、山口は松山よりさらに落ち着いた大人の街という気がする。帰りは、【娘】をおばあちゃんに預けて駅前通りの古本屋をのぞいた。店の前まで本をごちゃごちゃに積み上げた怪しい古本屋のオヤジさんと、ちょっとした文化談義をしたりね。実家にある筑摩世界文学大系に一冊だけ(いやもう一冊足りなかったように思うが思い出せない)欠けていたハイネの巻が手に入ったのがうれしい。


2006年5月3日水曜日/憲法記念日

船で柳井へ渡り、妻の実家へ。迎えに来てくれた義父の車で聴いたのだが、NHKでアニメソング特集の長時間番組をやっていた。オープニングを飾る一曲目は順当にも「鉄腕アトム」のテーマソングだ。この曲を40年以上も折に触れ聴いてきた俺だが、「♪ゆくぞーアトムー」の「ゆくぞ」と「アトム」の間にブレスも休符もないということに、今日はじめて気がついた。「じゅうまんばりきだ」も同様だ。子供が歌うと息が足りないからどうしても「ゆくぞー(ブレス)アトムー(ブレス)」とコマギレ状態になるが、オリジナルではもう少し長いフレーズの取り方をしている。これに気がついて、ラジオと一緒に歌いながらひとりで興奮状態。

今回は妻が昼過ぎまで仕事だというので、俺と【娘】がひとあし先に行く段取りだった。おばあちゃんちについたら、さっそくお昼ごはん。普段ならパパひとりが聞き役で【娘】と【息子】とママが我勝ちに話をするところを、このときばかりは【娘】ひとりがしゃべり役で、パパとじいちゃんとばあちゃんが感心して聴いてくれるのだから、【娘】はすっかりいい気分。こうやって落ち着いて聴いてやれば、それなりにきちんと尾ひれが、じゃなくて、辻褄が合った話をしていることがわかる。成長したなあ。その後、夕方にママと【息子】くんが到着するまで、【娘】のワンマンショーは続くのだった。


2006年5月2日火曜日

朝のうちにひと雨降り、夕方には晴れ間が戻った。おかげで、涼しくさわやかな夕暮れ時になった。昨日と同じく歩いて35分の帰宅だが気分が全然違ったな。

さて話は変わる。10年ほど前までは、電話ボックスというものは、エッチな広告の掲示板を (もちろん合法的にではなく) 兼ねていたものだが、電話ボックスが絶滅に瀕しているこのごろでは、行き場をなくしたエッチな広告が、電子メールをはじめとするありとあらゆるチャネルを通じてみなさまのご家庭に届くことになった。通常使っているメールアドレスと楽団用のメールアドレスに1日100通くらい。仕事のメールアドレスに100通くらい。いつもは使っていない Yahoo! メールに1日20通くらい。うちのBBSでもイタチごっこが始まっているし、さっき気がついたら、最近めっきり使わなくなった GREE のメールボックスにまで、そういうのが1通、しかも同じものが2回来ていた。迷惑メールはサブジェクトと差出人を見たらだいたい判断ができるから、もちろん読まずにゴミ箱直行だ。いちいち怒る気もしない。しかし、マトモな用件のメールをうっかり削除していないか心配ではある。


2006年5月1日月曜日

さて、5月である。昨日も汗ばむような夏日だったが、今日もそれに劣らず暑い。長袖のシャツの袖をまくって過ごした。半袖でもよかったかもなあ。歩いて35分の道を帰ったら大汗かいた。帰り道、外の空気は湿度が高そうな感じだった。明日あたり天気が崩れるかもしれない。そうするとまた肌寒くなるかもしれないから油断できないぞ。