て日


2006年 3月分


2006年3月31日金曜日

マエストロとその恩師がそれぞれ指揮する中学校を含む7校の合同演奏会があったので、仕事をちょっと抜けて聴きに行った。マエストロの学校の演奏は半分、というか「テレプシコーレ」一曲しか聴けなかったが、面白いサウンドだった。マエストロ恩師の中学校はポップス中心で、'70〜'80年代の、俺にはとても懐かしい曲ばかりだったが、演奏している生徒さんたちはどうしたって生まれていないわけで、それを思うとちょっと気の毒な気もした。それでも「襟裳岬」のテナーソロや「いい日旅立ち」の間奏のトランペットソロなど、健気に一生懸命演奏する子供の姿にはちょっと涙を誘われてしまった。

マエストロにしてもマエストロ恩師にしても、ひとりひとりはどうしても子供らしい音しか出せぬ生徒さんたちを取りまとめて、整ったアンサンブルを聴かせる手腕はたいしたものだ。そして、こうして7校もの学校が合同で演奏会を開けるほどに仲間が集まるのは、おそらくマエストロとマエストロ恩師が率いる部活動が充実していてこそであろう。たとえ吹奏楽コンクールで高い評価を得られなかったとしても、当事者である部員たちが充実した幸せな3年間を過ごせるのであれば、そのほうがよほどすばらしいことだと、俺は思う。

桜のトンネル
仕事場へ戻る道すがら、西堀端の桜

夕食は、一家4人で近所に今月できたカフェ。若い人たちの集う場所に俺たちがお邪魔するのはどうかとも思ったが、【息子】が若い人たちにいい具合に愛想振りまいてくれたので助かった。


2006年3月30日木曜日

あいかわらず体調がすぐれない。書きかけの論文を一本仕上げ、頼まれている別の仕事の情報集めをする。家にいると思うに任せないが、最近では著者自身がプレプリントをダウンロード可能な形で公開していることが多いので、ある程度の情報は集められる。もちろん、集めたプレプリントは読まないと意味ないのだけどね。近年、まえにも増して勉強ができなくなったけれど、他人の書いた論文を読んでわからなくなっているわけではないので、頭が悪くなったわけではなく、我慢がなくなったのだろう。


2006年3月29日水曜日

今度は俺が熱を出した。一日ひたすら寝て過ごす。夕方、汗をかいて目を覚ましたので下着を着替え、台所と寝室の掃除をした。


2006年3月28日火曜日

明け方に【息子】がちょっと気がかりな咳をしていた。心配なので医者に連れて行ったが、熱もなく食欲もあり、待合室で絶好調に。軽い風邪だが託児所OKとのことだったので、歩いて15分くらいのところを抱っこして連れて行くことに。ところが、その時分になって【息子】ちょっとおネム。そうなると、抱っこが重くてかなわない。自分の仕事用の荷物もあり、大汗かいて託児所までテクテク歩いて行った。あと数百メートル託児所が遠かったら、途中で力つきていたところだ。そしてその午後、かなりの大風が吹いたと思ったら、午前中と打って変わって寒くなった。


2006年3月27日月曜日

愛媛県ではじめて、スリーエフが千舟町四丁目にオープンした。俺もさることながら、妻が大よろこびだ。残業していると、先に子供を迎えにいっていた妻が職場まで拾いにきてくれたので、帰りに4人で寄ってきた。お弁当の時間ではなく、キッチンも仕舞っていたから、自慢の「手作り弁当」についてコメントするのは差し控えるとして、「ごっくん馬路村」がオープン記念特別価格だったのがたいへんうれしい。そのほか、「ひまわり牛乳」がおいてあったりするのも好感が持てる。

記念品
スリーエフのオープン記念品


2006年3月26日日曜日

昨日に引き続き、鼻腔拡張テープなるものを鼻先に貼っている。なんかアナグマみたいな感じの顔つきになる。


2006年3月25日土曜日

吹奏楽の練習。そのあとの夕食は最近改装した朝井田のココス。以前にも増してアメリカナイズされている気がする。俺を含む何人かが、包み焼きハンバーグというものを頼んだ。俺以外の人に評判が良かったところを見ると美味しいのだろうけど、なにせ最近鼻炎がひどくて味がわからない。鼻がつまると、味がわからないうえ、モグモグ噛んでいるうちに息が苦しくなる。食事の時間が苦痛だ。となると、人生がつまらん。だから、鼻炎なんてものは早いとこ治さないといけない。


2006年3月24日金曜日

ピアノのレッスン。M先生に習うのは今日が最後だ。お土産を持って行った。新しい先生はO先生。四月からよろしくお願いします。

夜は飲み会だったので二次会に同僚二人連れて松山バーガンディー再度襲撃。フランスワインを飲みながら話す。頭の回転が速くプラグマティックなY助教授と一対一だとどうしても気後れして言われっぱなしになる俺だが、教養が深いだけでなくメタフィジカルな(Yにいわせると「宗教的な」)志向に理解のあるI助教授がいたので、Y助教授にやり返すというか一矢報いることができてたいへん心地よかった。


2006年3月23日木曜日

今朝は、京都市内から長岡京だか高槻だかのイベント会場へ俺たち4人が自転車で行く夢を見た。ものすごい勢いでJRの線路を走って行くのだが、途中で道がわからなくなって、そもそもいまどのへんにいるのだろうと潜り込んだ建物が葬儀場で、見ず知らずの遺族の人たちに迷惑をかけた。次に入り込んだのが神社で、しかもなにか大きな神事の前日らしく境内中に結界が引かれており氏子一同集まって大騒ぎをしているところだった。俺はしまいには、宇宙からやってきた精神寄生体と戦うために剣をもってビルの10階くらいの高さから川へ飛び込んだりした。わけがわからん。

時々、生きとってもしょうがないような気持ちになるのに、そんな時でもなぜか「て日」の更新はせにゃならん気がするのだから、俺もつくづくアホだ。


2006年3月22日水曜日

微熱があり肩がこり頭痛がする。体調悪いが仕事を休んでよいほどではない。仕方なしに仕事に行き仕方なしに仕事をして仕方なしに帰ってくると、某健康食品メーカーのDMが郵便受けに。肥満率がどーたら書いてあるので、自分の身長に合わせた標準体重とやら(身長[メートル]の二乗×22)を計算してみて気がついたのだが、俺の身長は1.73メートル強、つまり、ほぼ √3メートルだ。両手を広げた幅はだいたい身長と同じだから、俺が4人で(というのはおかしな言い方だけど)両手を広げて四角く地所を囲えば、それがちょうど3平米ということになる。いや、それだけのことだけど。ちょっと時間も早いが、体調悪いからさっさと「て日」更新してさっさとメシ食てさっさと寝る。


2006年3月21日火曜日/春分の日

県立図書館に本を返しにいかねばならんのだが、体がだるい。ひとしきり昼寝をしてから熱を測ると37.2℃だ。なにもしないでおとなしくしていることにする。子供を連れて出かけていた妻は、デパートの化粧品売り場できれいにしてもらって帰ってきた。妻がきれいになると、夫はうれしい。うひ(惚)


2006年3月20日月曜日

なに? 土曜日の夜に鍵があいてたのは、ただ閉め忘れてただけなのね? 不用心なこっちゃな。


2006年3月19日日曜日

一昨日、昨日と、俺一人で夜に出かけることが続いたので、今夜の松山市民吹奏楽団の定期演奏会は聴きに行かないことにした。チケットは買ったし、同僚も出演しているのだけど、妻を手伝って子供の面倒を見ることを優先させてもらった。ごめん>アベさん。


2006年3月18日土曜日

午前中、幼稚園の卒園式&終業式。娘は第1年次の「あかぐみさん」だから、送り出す方だ。同じ託児所のアミちゃんが卒園なので、ささやかなプレゼントをもって行く。娘と妻はそれなりにフォーマルっぽい服装。妻がフォーマルを着ると「どこの中学生?」みたいになってしまうので、先日ウマさんの店で買った真珠のネックレスをして少し「大人」をアピール。俺は【息子】のお守り役だから、式場=礼拝堂には入らず、ロビーで待つ。式が終わってから、昼飯をいつもとちょっと違うところで喰おうと、道後へ。「おいでん家」で刺身と鯛飯にうどんのついた定食を食った。

夜は吹奏楽の練習。4分の2拍子から8分の6拍子に変わるところでテンポ感が失われがちであることを指摘して、マエストロが「交差点で信号が全部赤のときに曲がって行く車がある。どうも、あれをやっている奴がおるなあ」とかなんとか言ったときには、一同の頭上に「?」マークが飛び出した。あとで聞いたところでは今日はマエストロはちょっと不調で、財布を忘れて仕事に行ったうえ車がガス欠寸前。ガソリンスタンドに入ってから財布がないことに気づき、奥さんに連絡しようにも携帯電話は電池切れ。命からがら帰宅してから練習に遅れて登場したという。その話を聞いて皆と一緒に笑った俺だが、皆と晩飯を喰って夜11時半頃にアパートについてから、実は自分も鍵を忘れて出かけていたことに気がついた。先に気がついてくれた妻子が鍵をかけずに待っていてくれたので助かった。

の【娘】

買って帰ったキリン「円熟」を飲みながらぼーっとしていると、書きかけの論文で使った補題のひとつに、いままでの再帰理論を用いた証明とは違う、簡明な古典論的な別証明がつけられることに気がついた。大喜びでThinkPadを寝室に持ち込み、気づいたことをひととおり入力して、そのままバタッと寝た。


2006年3月17日金曜日

夜も更けてからヒメノさんの店に行って来た。二番町のグリーングラスビルの3階にある「松山バーガンディー」だ。バーガンディーというくらいだから、ワイン中心の小さいがオシャレな店。今夜はヒメノさんの知人たち三人がサックスを吹くというので出向いて行ったのだ。先にきていたヤマウチさん夫婦に挨拶をしてから、カウンターに場所を占めてひとまず一人で飲む。「カウンターの向こうから《何か飲みませんか》と聞かれたらまあ《ガソリン》と答えよう。嘘でも《レギュラーで?》くらいの切り返しは欲しい。そしたら答えはもちろん《ハイオク》だ」・・・とかなんとか、しょーもない作戦を考えながら静かに飲んでいると、あとからきて隣に座ったのが常連さんらしい女性。聞くところによるとヒメノ奥さんの中学校時代の後輩だそうだけど、長い髪に黒いターバンを巻いて登場したので、ヒメノ旦那さんが「なんやブラック赤ずきんみたいやな」と言う。

そこでガソリンの一件は横へ放り出して「ブラック赤ずきんちゃん」というのがどんな話か考えてみた。ブラックというからには、毒舌であろう。おばあちゃんの家に着いてドアを開けるなり「おばあちゃ〜ん、まだ生きてるぅ?」「おばあちゃんの目はどうしてそんなに大きいの?ベッドに寝たきりで、そんなに大きい目で何見るの?天井見るの?」「おばあちゃんはどうしてそんなに大きな口をたたくの?」・・・しまいに、おばあちゃん(というか、オオカミ)は泣き出してしまう。

しかし考えてみれば、この童話、オオカミの行動がよくわからない。というのも、赤ずきんが野原で道草をくっている(っていうとなんかヒツジみたいだけど)ところを、『いやいやえん』のオオカミみたいに、いきなり襲いかかって喰らってしまえばいいじゃないかと思うのだ。もとより相手は油断しているのだから、なにもおばあちゃんの家に先回りして誑る労をとる理由はない。おばあちゃんも喰いたいというのであれば、赤ずきんを喰ったあとで日を改めて出向いて行ってゆっくり喰えばいいのだ。病気の獲物は喰わない方がいいと俺ならば思うが、喰いたければ喰いたいで、相手は臥せっているのだから、取り逃がす心配はない。オオカミにはオオカミの流儀があるのかもしれないが、そうやって無駄な行動をとるから、うかうかとおばあちゃんの家で寝入ってしまって狩人に見つかる。

・・・ここまで考えたところで、話を戻すと、ぼちぼちサックスの合奏が始まった。見れば、テナーを吹いているのは、以前ウェーブにいて何度か県文祭の合同演奏で同席したホンダさんだ。ということはこの三人はもともとウェーブで一緒に演奏していたというわけで、それでヒメノ奥さんやヤマウチさん夫婦の知人ということならば、伊予高出身だったりするのだろう。「花」「星に願いを」「見上げてごらん夜の星を」等々、なかなか美しい合奏だった。ホンダさんの楽器はセルマーのセリーIIIで、ちょっと触らせてもらったところが、たいへんいい感じのレスポンスだった。

やっぱり音楽は生に限るねえとかなんとか隣の女性と話す。聞けば、ヒメノ奥さんと同じ中学校の部活の後輩で、クラリネット担当だったし楽器も持っているという。クラリネット吹きというのは、咽から手が出るくらい、いや、手が出るどころか腕が出て肩が出て顔が出て、しまいに上半身乗り出してもの言おうかというくらい欲しい人材なのだが、土曜日が仕事だというのでどうしようもない。

そんなこんなで、ひとしきり飲んで喰って話して帰って来た。料理はフランス式でおいしいし、お酒もフランスワイン中心で各種あるし、小人数の二次会サイトとしてお勧めできる。みなさんも「松山バーガンディー」どうぞよろしく。


2006年3月16日木曜日

ジョン・バーワイズの古い本《Admissible Sets and Structures》をAmazonのマーケットプレイスで見つけたので発注。三万数千円とビックリするほど高かったが、自分の勉強のためで仕方がない。この本、実は十数年前の学生時代にタダで手に入りそうなところで手に入れ損なっている。ある先生がもういらないから誰かにあげようと言ったときに俺とヨネザワさんが名乗り出て、ジャンケンだか何だかで俺が負けたのだった。一昨年だったか、ヴォート予想について名古屋で話をしたとき、ヨネザワさんに会ったので、譲ってくれと迫ったが、まだ読むからダメと却下された。Admissible Set (認容集合とでも訳すか) とその上に一般化された再帰関数やら無限言語やらというのは、今はもうほとんど忘れ去られたようなテーマだけれども、ヴォート予想との関連とか、いま現在取り組んでいる V=L のときの解析集合の性質の研究には必要な知識だ。それにしても、ヴォート予想はともかく、何でいまさら V=L のときの解析集合なの、と問われたら、まだあんまり詳しくは言いたくないが、いま取り組んでいる問題についてだいぶ理解が進んで、あらかた食い尽くしたケーキの最後の一切れがたまたまそこに残った、といったところだ。たいていそういうところが一番おいしくて、一番難しい。


2006年3月15日水曜日

LA4440を使ったアンプ基板。これまでに二つ作って実験して、ノイズの原因の大部分が配線のマズさにあると気づいたので、GNDラインの引き回し方を工夫し、入力にシールド線を使えるように部品の配置を変えて、三つめを作った。テストしてみたら、以前になかったノイズが出てきた。なんだこれはと思ったがどうやらアンプではなくデジタルオーディオプロセッサ(MSE-U33HB)から来る信号にすでにノイズが乗っているようだ。Mac miniからのライン出力につないでみるとノイズはほとんど聞こえない。なんのためのオーディオプロセッサなんだか。すごく音がいいわけじゃないけどまあ、こんなもんかなと思える仕上がりになったので、専用の電源と一緒に近々ケースに入れて使うことにしよう。

相変わらず部屋が片付かない。というか片付けていないのだから当然で、少しでも片付ければ、片付けたぶんだけはたしかに片付く。当たり前だ。さっきも、故紙に紐をかけたりプラスチックゴミを透明ゴミ袋に集めたり空き缶を拾い集めたり服を畳んだりしながら、片付かない片付かないウオォォォ・・・と言ってイライラしていたが、ふと気がつくと、やったぶんだけ確実に居心地よくなっているのだ。普段が散らかり放題なのも、時々手を動かせばそのぶんだけ居心地が改善するのも、まったく単なる当たり前のことなのだから、イライラするという心の動きは、まるきりエネルギーの無駄遣いということになる。同じことなら、イライラする前に手を動かせばいいのだ。後回しにしても労力の節約にはならない。こういう当たり前のことをいちいち自分に言い聞かせないといけないのが自分でも情けない。


2006年3月14日火曜日

昨日「魚の日」のスーパーで買った塩サバを焙って晩飯に食った。たいへんおいしかった。

久しぶりに紀伊国屋書店に行った。「ブルバキ数学史」がちくま学芸文庫に収録されたので購入。それと、ちょっと値が張ったが、志賀浩二先生の『集合・位相・測度』を仕事の参考に購入。学生時代に世話になった小澤正直先生が発見した量子力学的観測問題にかんする定理(小澤の不等式)を、科学ジャーナリストの石井茂が解説して本にした『ハイゼンベルクの顕微鏡〜不確定性原理は超えられるか』があった。小澤さん本人が書いたというなら驚きもしないが、他の人がその定理に惚れ込んで調べ上げて本にするのを見るのは、なんか妙な気分だ。Amazonのレビューも好意的だし、読んでみようかな。

いつだったか、俺が確率予報の的中率評価の方法について食後のお茶の話題にしたときには、俺の提案した方法を小澤さんが「でもそれは意外とナンセンスだよ」と、一言のもとに欠陥を指摘してしまった。確率予報の的中率を長期的な統計によって評価することはできない。その評価では、全観測データ中の雨の降る日の割合、たとえば20パーセントなら20パーセントを、ただ毎日くり返して言えばそれで最良の評価を得てしまうからだ。最近知ったことだが、そのことはすでに襲名直後の桂枝雀によって『日和ちがい』のマクラにおいて指摘されている。小澤さんが言うには、天気予報の評価にはシャノンの情報理論でいう情報量あるいはエントロピーという観点が不可欠なのだ。それはそのとおりだ。だが小澤さんがほとんど一瞬で俺の方法の欠陥を見抜いたのは、その問題について以前に多少なりとも考えた経験があればこそなのだろう。小澤さんは数理物理学者で、いまでは量子コンピュータの計算論的側面からの研究で重要な位置にある人なのだけど、数学会では数学基礎論分科会に所属している。学生時代に受けた彼の授業は、ヒルベルト空間の作用素の重複度理論をブール値集合論の観点から理解するという講義だった。もっと哲学的な、集合論における∈関係の意味についても独自の考察をしていたし、いろいろの逸話のある人で、要するに常人ではない。


2006年3月13日月曜日

夕方、託児所近くのスーパーへ頼まれものの格安食パンと自分たちの食材を買いに行った。月曜日は「魚の日」だ。なるほど、おいしそうな鮮魚がいろいろと並べられているが、「魚の日」ではなく「美人の日」に来てしまったのかと思うくらいお客の女性たちが綺麗だった。まあ、たまにはそんな日もあるのだろう。時刻が夕方6時半で、仕事帰りの人が多い時間帯ということもあるだろうし。


2006年3月12日日曜日

朝、白い小さなネズミたちが四匹くらい、家にやってくる夢を見た。ジャンガリアンハムスターよりちょっと小さいくらいのかわいいネズミたちで、しかもそのうちの一匹には天使の羽が生えている。なんなんだこのメルヘンな夢は。


2006年3月11日土曜日

吹奏楽の練習。フォーレ『レクイエム』の5曲目「アニュス・デイ〜神の子羊」の楽譜が配られた。前回('98年)演奏したときの楽譜とくらべて、音を少し薄くして各楽器の音色を活かし、より明るいサウンドになるように改められている。サックスは出だしと結びの大切なメロディーをユニゾンで吹く。アルトとテナーのユニゾンは音程の合わせ方が難しいのだけど、いい音がするようにがんばって練習しよう。お金がないので晩飯には行かずに直帰。


2006年3月10日金曜日

たまにはASAHI.COMでニュースでも読みましょうと、行ってみたら、恋愛相談ページに「セクハラと言われないアプローチは?」という相談があった。読んでみると、相談の主は40歳代の大学教員だ。開口一番「地方の大学に約10年勤務し、しばらく土地柄になじめなかったため、恋愛する気になかなかなれず、最近念願かなって東京の大学に移ってくることができました。」なんていう時点ですでにイケスカナイ奴だなあと思っていたが、自分の大学に非常勤で来る女性の学者が気になるが、大学というところはいまセクハラ問題に非常に敏感になっている、さらに「その方とは所属学会も一緒で、トラブルになると学会でも問題になる危険性があります。」そこで、「仮に相手が断りそうでも、セクハラで訴えられる危険性のない声のかけ方ってどんなものでしょうか?」とか「なお、私は自分の経歴に傷つけたくないので、懲戒処分(訓告のような軽いものであっても)のリスクを犯してまで恋愛・結婚するつもりはありません。」とか言うに至って、俺の頭の中に小さい星一徹が登場して小さい卓袱台を1ダースほどひっくり返したぞ。もちろん、アドバイザーの方はプロだから、最初に一言「自分の経歴に傷をつけたくない・リスクを犯してまで恋愛・結婚をするつもりはないということであればこの恋愛はあきらめた方が良いかなともと思います。」と言っておいてからではあるが、こういう相手にもできるだけ良心的に答えていた。なにしろ短気な俺が、仮にこんな相談を受けたら、きっとこう言う「アホバカおたんこナス。お前みたいな奴に恋愛ができるかボケ。死ぬまでヤモメでおれ。一人もんでおれ。学問と結婚せえ。それでええやないか。恋愛なんてものは、別にせんかったかて恥ずかしいちゅよなもんやないやないか。何が土地柄じゃ。何が念願かなってじゃ。自分を捨てられん奴に恋愛なんかでけん。プライド捨てて自分を相手の前に投げ出す覚悟のない男にどこの女が惚れるか。結婚したかったら見合いでええやないか。見合いはプライドが許さんか? 恋愛の方が高級やと思てるのか? お前、社会科学系の学者やったら、見合いよりも恋愛が高級やという発想が西欧近代のイデオロギーやということに気がつけよ。相手に惚れたんなら、素直に相手の前に自分を投げ出して惚れたと言えよ。真剣な気持ちが伝わったら、仮に断られるにもせよ、まともな女がセクハラじゃアカハラじゃと騒ぐはずないやろ。もしもお前が本気やとわかってもなおそういう言い草をする相手やったら、そんときは見る目がなかった自分の愚かさを恨め。わかったか、このクソボケあほんだら。」あ〜、スッとした。

わが妻みろりもこの相談を読んで「この人、いざというときに仕事も何もかも投げ打って家族を守ってくれるとは思えん」と言っていたぞ。


2006年3月9日木曜日

神戸3日目にして最終日。朝食は六甲道のミスド。コーヒーを飲みながらワインバーグ『電子と原子核の発見』を読む。11時ごろから、新井プロジェクトへお邪魔。自分の現在取り組んでいる問題に関連してSierpinski選集をひもといたり、J.Cichonのホームページを見つけ出してプレプリントをダウンロードし、カダくんミナミくん相手に「にわか輪講会」を開いたり。それなりに有意義だった。昼食はランスボックスの生協食堂。Larsonのセミナーを聴いてから、バスでJR新神戸駅へ。

帰りの電車ではずっと『電子と原子核の発見』の続きを読んだ。発見の歴史を述べることに重点を置き、発見に至った実験方法とその実験の意味を理解するために必要な知識をその場その場で補充する、という形式で書かれているので、物理学が実験の積み重ねで発展してきたことが強く印象づけられる。その観点から言うと、20世紀のはじめに物理学の革新をもたらしたパイオニアはアインシュタインとボーアではなくJ.J.トムソンとE.ラザフォードだということになるわけだ。一般向けの物理学の本はとかく理論偏重になりがちなので、実験中心の観点から書かれたこの本は貴重だし、またそれが当代随一の理論家によって書かれているということも大きな意味を持っていると思う。


2006年3月8日水曜日

宿は三宮にとった。三宮駅前のドトールで簡単な朝食をとりながら、カダくんにもらった論文下書きを読む。三宮では阪急とJRの駅が踵を接している。大学の最寄り駅、阪急六甲駅とJR六甲道駅になると、直線距離ではたいして離れていないが、高度差がかなりある。阪急が180円、JRが160円だ。貧乏旅行とはいえ20円の価格差を補ってあまりある高度差なので、阪急で行くことにする。ただし、阪急六甲から大学までの上り勾配もずいぶんきつい。神戸大学の学生は足腰が丈夫になるに違いない。阪急六甲駅に大きな書店ができている。欲しい本は無数にあるが、なにしろ貧乏旅行なので何も買わない。

昼食は瀧川記念館の食堂。見晴らしがいい。夜はお好み焼きの「ねぎ作」。昨日に引き続き、おいしいが、量が足りない。


2006年3月7日火曜日

神戸にやってきた。目的は神戸大学で開かれる Paul Larson (オハイオ州マイアミ大学助教授) の Universally Baire Sets についての講義を聴くことだ。もちろん、仕事で来ているのだから経費は職場もちなのだが、急に決まった出張なので、ひとまず立て替えておかねばならない。こちとら、先週末の小旅行をキャンセルしたくらいで、なにせお金がない。だから、お土産は期待せぬように。


2006年3月6日月曜日

ヤマハ松山店の向かいにスリーエフができるらしい。俺も妻もスリーエフのWebサイトで配布している壁紙(とくにあいばちゃんと山のくまさんが登場するもの)が好きなので、スリーエフの店舗にもいずれ行ってみたいものだと思っていたが、まさか先方からわざわざ出向いて来てくれるとは思わなかった。ありがたいことだ。

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次の写真は仕事からの帰り道でみつけた、古くなったコンクリートの柱。なぜか知らんが、豪快に笑っている。

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2006年3月5日日曜日

午後から一家4人でフジグランへ。必要最小限の食材を買ったあと、ミスドへ。プレミアのピングーランチボックスはきょうが最終日だ。いつもよりちょっと多めにドーナツを食って弁当箱をもらい、歩いて帰る。【娘】はゴネながらも往復ともちゃんと歩いた。そのうち必ず、パパと【息子】の3人で託児所へ行くということをしなければならない機会が巡ってくるので、がんばれば歩いていけるという実績を積み重ねておくのは大切なことなのだ。

夜は、昨日できなかった吹奏楽の練習。『レクイエム』の新アレンジでは、第2楽章の終わり近くにサックス四重奏だけになる部分がひとしきりある。その部分に近づくと、横一列に並んで座った4人の体からゆらりと紫色の煙が立ち上ってくるように感じられる。しかし、このテンポで7小節とちょっとの間ノーブレスというのはちょっとキツい。最後の方は酸素不足でヨレヨレになりかねない。まだまだ修行が足りないな。

(8日追記) テューバ協奏曲の合奏の途中で、テンポ設定の検討のため、マエストロO久保がガリクソンの楽器を借りてフルートのパートを吹き始めた。「きれいなメロディーやな」と、次にはウマさんに第1フルートのパート、肉zにソロパートを吹かせ、マエストロが第2フルートのパートをとって、しばし三重奏。二本のフルートとテューバという意外なアンサンブルの、思いがけず美しい響きに、一同ほぉ〜っと感激。


2006年3月4日土曜日

練習のない土曜日なので、家族で小旅行にでもと思っていたが、先立つものがないことに気づいて断念。

昨日作った安定化電源基板をケースに入れて(写真左)、テスト用負荷 (68Ω5W抵抗を1〜3本並列につないだもの) をつけてテストしてみたら、なぜか電圧が12.5Vに落ちている。なんでやねん・・・と思ったが、原因は電流を引き出すケーブルとバナナプラグの間のハンダづけ不良(写真右)。

自作電源ユニット こいつが犯人のバナナプラグ

ハンダづけ不良の結果として約2Ωの電気抵抗が発生していたせいで、負荷は 68Ω / 3 + 2.0Ω = 24.7Ω、そこへかけた電圧が約13.6Vなので、テスト用負荷 68Ω / 3 = 22.7Ωの両端の電位差は

13.6V / 24.7Ω = 0.551A
0.551A × 22.7Ω = 12.5V

ということになったわけだ。ハンダづけをし直したらちゃんとテスト用負荷の両端で13.5V出るようになった。この話の教訓は「ハンダづけは丁寧に。」それと「電気回路は、必ずしも思いどおりには動かないが、必ず理屈どおりには動く。」だ。


2006年3月3日金曜日

シャープの電源レギュレータIC PQ20RX11 を使って 13.5V 1A の安定化電源ユニットを作った。中途半端な電圧のようだが、カーステレオ用の電気機器を駆動するには、これくらいがちょうどよい電圧だ。で、PQ20RX11のデータシートを見ても、欲しい電圧を得る方法がはっきりとは書いていなかったのだが、このユニットを作ることでそれがわかった。少し工夫すれば、3.3V〜16.5V 可変の電源ユニットも作れそうだ。これが一つあれば、いろいろの実験に使えて便利だろう。だが作るとなると電圧計と電流計を備えた結構な大きさのケースに収めることになる。いまはどう考えても部品代が底をついているので、これはしばらくおあずけだ。その代わりに、これまでに買いためた部品で、アンプの基板を作ってみよう。


2006年3月2日木曜日

妻のみろりが林明子『こんとあき』(福音館書店)を購入。昨日届いた。昨晩、【娘】が寝てしばらくしても【息子】は目が冴えて元気いっぱい。ダイニングに出てきて歌まで歌いだす始末。仕方がないので【息子】をお膝に抱っこして、夫婦で『こんとあき』を吟味した。電車のドアにしっぽを挟まれたこんが食べかけのおべんとうを持ったまま平然と車掌さんに切符を差し出している絵をみて、ぬいぐるみ好きのみろりはさっそく悶絶。みろりのたっての希望により、今夜は俺が寝室で【娘】とみろりに読み聴かせた。

きょう、日中少しウトウトしていたら、空中を泳ぐように飛行する夢をみた。《助走をつけてジャンプしそのまま空中を滑る。はじめのうち、平泳ぎで進んでいたが、なかなかスピードが乗らない。魚のように体をしならせて進むほうがよいことに気がついた。高くは飛べないので一応は歩行者用の道の人間の身長程度の高さのところを進む。歩くよりはよほど速いが、カーブを切るのは大変難しい。》


2006年3月1日水曜日

一日じゅう雨が降った。こういう日はつい寝坊してしまうし、日中も眠くて仕方がない。しかし、そのわりに膝の痛まなかったのがありがたい。

いよいよ、Intel Coreを採用したMac miniが発売された。欲しいぞ。G4 Mac miniの上に重ねたいぞ。あと、iPod Hi-Fiというのはどうだ。俺はこれからiTunesやiPodに入れた音楽を、アンプを自作していい音で聴こうと思っているところだ。だからiPod Hi-Fiを買ってしまっては、目標を喪失してしまう。よほどお金と気力に余裕があればリファレンスとして買って「よーし、これを超えるものを作るぞ」とがんばれるのだけど、気力が中途半端な時に買うと、分解して中を調べて、元に戻せないなんて話になりかねないし、もっと気力に余裕のないときに買うと「あーもーいいや、これで十分」となりそうだから、よす。

アンプの自作といっても、ひとまず電源ユニットの自作からはじめないといけないと思って勉強中。半年ほど前にBOOK・OFFで105円で買った、丹羽一夫『便利な電源』(日本放送出版協会, 1979年)は、いまにして思えば大変いい買い物だ。