て日


2006年 2月分


2006年2月28日火曜日

妻の仕事が早く上がったので、大街道の無印良品で待ち合わせ。妻がちょっとした買い物をするのにつきあったあと「千舟町食堂」で夕食。明屋書店へ行ったり、まつちかを腕を組んで歩いたり、しばし夫婦水入らずの時間を楽しんだ。その間、子供たちには託児所で待っていてもらった。子供たちを迎えに行く車内で俺たちは「いい時間が過ごせたから、いい気分を子供たちに還元しようね」と語り合ったのだった。

俺が託児所へお迎えに行くと、いつもユウキちゃんやシンタローくんが寄ってくる。ユウキちゃんは今夜はいなかった。シンタローくんが「わあ〜〜っ」と大声をあげながら駆け寄って来たので、「わぁ〜〜っ」と応戦。俺とシンタローくんとアミちゃんの3人で大声大会になった。俺は、いまこそ管楽器奏者の意地を見せてやるとばかり、ロングトーンで「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」と30秒くらい引っ張ってシンタローくんを撃退。保育士さんたちに感心かつアキレられた。横で様子を見ていた【息子】がワンテンポ遅れて「あー♪」と真似をしたのが可愛かった。


2006年2月27日月曜日

電子工作といえば、FCZ研究所というところが CirQ というオンラインマガジンを発行している。一部百円のシェアウエアだ。FCZ研究所というのは、名前は研究所だが個人ベースで、俺が小学生だった時分だからもう30年も前から、アマチュア無線関係の機器の製作と実験をしては、電波新聞社の雑誌『ラジオの製作』なんかに記事を載せていた。いまでも元気で活動しているのが嬉しいじゃないか。アメ横で買って来た小さなキットは、FCZ研究所が設計し、大阪のキャリブレーションという会社が製造販売しているものだった。

今月10日には自作派はいまにも絶滅しそうなようなことを書いた。たしかにかつての勢いはないが、細々とながらこういう趣味はちゃんと生きているようだ。たとえばGoogleで NJM2073 というキーワードで検索してみると、新日本無線のこのICを使ってアンプを自作している人たちのサイトがいくつかヒットする。


2006年2月26日日曜日

午前中から大街道の井上真珠店松山店へ。妻が楽天市場で注文したネックレスを受け取りに行った。本当は店頭でいろいろ相談して、色合いや粒の大きさを見立ててもらうのがいいのだが、今回はワゴンセールものをオンライン注文して店頭受け取りという形をとらせてもらった。朝のこととて、ウマさんはいなかった。ちょっとしたおまけを付けてもらって妻は大感激。

ピアノ教室の講師コンサート。5年以上もこの教室で習っておって、まだ一度もこの講師コンサートというのに行ったことがなかった。M先生は今年度限りで松山を離れるというから、最後の一回くらいは聴かせてもらうことに。三越で手土産を買い、開演直前に行ってみると、会場の市民会館中ホールはほぼ空席のない状態だった。M先生の出番は最初の一曲だけだった。だから前半を聴いて休憩に入ったところで帰って来た。

夕方から、晩ご飯の材料その他を買いに家族4人でスーパーマーケットへ。いろいろな実演試食販売をしていた。アサヒ本生の試供品をもらった。ラーメンの試食がいちばん人気みたいだった。俺と娘もご相伴にあずかろうと待っていたのだが、実演のおばちゃんてば、封を切った袋から、鮮度保持材を取り除かず麺と一緒に鍋に放り込み、3玉ばかり麺を入れ終わってから、煮え立った鍋から鮮度保持剤を箸で引き上げていた。それを見て俺は試食せずに退散。


2006年2月25日土曜日

どこぞから、簡易血糖値測定キットというものを借り受けたとかで、食前と食後の血糖値の違いを計ってみたいからどこかへごちそうを食いに行こうと、妻が言い出した。といっても、それほど大したごちそうを食いに行く余裕は、今はないので、昼食時に夢庵へ行った。俺はカツ丼と明太子大根サラダを食ったが、少し物足りないのですき鍋丼を追加。妻は普通に定食を食ったようだが、血糖値は食事の直前に68、直後に129、2時間後に97という値だった。案外、大きな違いが出るものだ。

夜はいつものように吹奏楽の練習。テューバ協奏曲の第1楽章を少していねいにやり、そのあとフォーレのレクイエムの新アレンジを第4曲まで。第7曲まであるこのレクイエムの中では、第5曲と第6曲がことさらに好きなので、新しい楽譜が上がってくるのが楽しみだ。名古屋みやげの手羽先味カールと八丁味噌プリッツはそれなりに好評。晩飯はココイチのカレー。


2006年2月24日金曜日

よほどオメデタイ自意識過剰な男だと(いや実際そうなのだろうけど)思われたくないので、昨日の話に補足しておこう。昨日、あの別嬪さんは「ああ、こんな風にしょんぼり歩いていたら、ほらこんな風にヘンな男に目を付けられたりしかねないから、こんなときこそ気を確かに持って、しっかり前を向いて歩かなくちゃ」と思ったのかもしれない。そして、それはある意味で、正しい判断だ。以上、この話題はこれで打ち切り。

今週は俺が家をあけていたところへまた【息子】が熱を出したりして、職場に迷惑をかけたから、何かお土産を奮発せい、と妻が言ったので、昨日、中部空港の売店で「桜くずきり餅」と「桜ラングドシャ春風のささやき」というお菓子を買って帰った。家族へのお土産はいつものみそ煮込みうどんだ。それに、吹奏楽団へのお土産もある。そんなこんなで、俺にしては珍しく、お土産だけで5千円近く使った。幸い、「桜くずきり餅」も「春風のささやき」も、妻の職場で大好評だったそうだ。「てなさくさんの株が上がったよ」と妻は言うが、お菓子がウケただけのことで、べつだん俺の手柄ではない。


2006年2月23日木曜日

今日の日中は、大須に行って半導体を中心にいろいろと電子部品をまとめ買い。昼食はみそ煮込みうどん。寺や神社が軒を連ね、雑多な商店街と電気店が並ぶ大須は、京都の寺町を思わせる。この街の雰囲気も大好きだ。どうも俺にはタイムスリップ願望があるらしい。

大須アメ横のパーツショップで結構な散財をしたので、せめて地下鉄代をケチろうと思い、名古屋駅まで歩く。三蔵(みつくら)通りを西へ歩いて行く途中、ビジネススーツ姿の背の高い女とすれ違った。何かつらいことでもあったのか、がっくりと肩を落として向こうから歩いてくるので、それとなく見ていたら、すれ違いざまに目が合った。若いが目元涼しく気品のある、なかなかの別嬪だ。目が合うと相手はハッとしたように背筋を伸ばし、軽く会釈をした(ように思う)。きっと「こらまた別嬪さんやなぁ。何のヤなことがあったんか知らんけど、あんたみたいな別嬪さんがトボトボ歩いとったらもったいないやんか。元気出しぃな」と、俺の顔に書いてあったのだろう。そのときは、俺も疲れてはいたが、欲しかったパーツがひと通り手に入ったのでいい気分だったのだ。その別嬪さんが一瞬でもつらさを忘れて「ああ私は若くて美しいのだから、うつむいていなくていいのだ」と前向きに生きる姿勢をとり戻したのであれば、俺の女好きも少しは役に立ったということになる。

まったく俺の気のせいかもしれないのだけど、名古屋の街を歩いているあいだ、すれ違いざま目が合うと会釈を返してくれる人が、この別嬪ビジネスウーマンの他にもたくさんいたような気がした。ひょっとしたら、俺の顔が、近辺でちょっと名の通った地回りのヤクザのお兄さんに似ていたのかもしれない。そうだとしたら、会釈を返す人の他に、後ろから刺してやろうと思う人もきっといるはずで、実は大変危険だったのかもしれない。無事に松山に帰って来れてよかったよかった。

中部国際空港セントレアには、なんと風呂屋がある。入湯料が900円とちと高いが、あいた時間で疲れを癒せるし、めったに経験できることでもないので、話のタネにと入ってみた。飛行場を見渡す展望風呂だ。

中部国際空港内の「宮の湯」
宮の湯の脱衣所から展望風呂を展望

今回の名古屋旅行は、二泊三日という限られた日程でありながら、大変有意義だった。仕事の面でもいい刺激になったし、名古屋の名物も、手羽先、台湾ラーメン、みそカツ丼、櫃まぶし、みそ煮込みうどん、きしめんと、ひと通り食えたしね。


2006年2月22日水曜日

名古屋二日目。朝のうちにヨリオカくんが新幹線で到着するはずなので、それまで栄近辺を少しうろうろする。ヨリオカくんと丸善で待ち合わせ、セントラルパークで昼飯に味噌かつ丼を食う。それから名古屋大学へ移動。きょうはわざと本山で地下鉄を降り、脇田書店などに立ち寄りながら歩いていく。大学に着いたら、ヨリオカくんがサカイくんとウスバくんを相手に研究報告をするのを横で聴く。テクニカルに込み入った話をかなりの高速トークで話すので、ついていくのが大変だが、まあそれは昨日の俺の研究発表もそうだったはずなのでお互いさまだ。

晩飯は、いば昇で櫃まぶし。久々に「EZナビウォーク」が役に立った。


2006年2月21日火曜日

名古屋にやってきた。午前10時半に中部国際空港に到着。名古屋駅に着いたのは11時過ぎだ。ひとまず昼食をとりたい。桜通口周辺をひとまずぐるりと歩く。名古屋駅周辺は、駅ビルが新築されて以来がらっと雰囲気が変わったと思っていたが、ハイウェイバス乗り場と発券所は昔のままだ。学生の頃、京都へ帰省するには必ずここからバスに乗って行ったものだ。懐かしい。懐かしいが、これは結局、おそらくは経済効果がどうたらいう理由でハイウェイバスターミナルまわりが駅ビル改装から取り残されたわけで、考えてみれば寂しい話ではある。

さて昼飯には、松坂屋近くのレストランで「期間限定トリノランチ」というのを注文。トリノランチというから、粟と菜っ葉とミミズと貝殻のすりつぶしたものでも出てくるのかと思ったら、普通のスパゲティ・ペスカトーレと普通のオニオングラタンスープと普通のパンと普通のサラダと普通のケーキと普通のコーヒーが出てきた。なかなか美味しいランチではあったが、これでは単なるニンゲンノランチだ。いや、トリノというからには、案外ナプキンにイエスさまの顔が浮き出ていたりしたのかもしれないが、そのときにはそこまで注意が及ばなかった。(何のことかわからない人は、Googleか何かで「トリノの聖骸布」という言葉を検索して調べてみてくださいな。)

トリノランチ
トリノランチという名の俺のランチ

ランチを食ったが、少し時間がある。納屋橋のヤマハに行ってやろうとビルの谷間を歩き出す。新しいビルが建ち並ぶ様子を見上げて、なるほど今日も世界は金持ちどものペースで動いておることよのうなどと苦々しく思いつつ、納屋橋のヤマハビルまで行ってみると、ここもビルの改装工事中らしく、足場が組まれビル全体が防護壁に覆われている。防護壁に貼り出された「平常どおり営業しております」の貼り紙に安心して入ろうとすると、「火曜定休」だった。ううむ。たしかに平常どおりだ。松山のヤマハが水曜日定休なのを全国共通だと勘違いしていた。まあ、お休みでは仕方がないので、そのまま地下鉄伏見駅まで歩き、鶴舞線で杁中へ。東山線で本山まで行って名城線に乗り換えれば名古屋大学前まで楽に行けるのだけど、なにしろ若い頃の一時期を過ごした思い出のある街だから、時間があるときは杁中なり八事なり覚王山なりから、散策がてら歩くことにしている。滝川町の民家で面白い標札を見つけたので写真を撮ってきた。

猛ブタ注意!
本当にブタがいるのかどうか、確認はできなかった

さて、今回の名古屋訪問の主たる目的は、久しぶりの研究発表だ。昨年秋から冬にかけて集中的に考えていたことをまとめて発表した。今年に入ってから少しサボっていたので忘れかけていた内容を、おかげで思い出すことができた。考えている間はトリヴィアルなことの積み重ねとしか思えなかった内容だが、数ヶ月の冷却期間を経た後で人前で話してみると、決して自明な話ではないと思えてきた。やはり論文にしてどこぞの学術論文誌に投稿することにしたい。

晩飯は今池の味仙。今池に行くなんて何年ぶりだろうか。店はかなり入れ替わっているが猥雑な街の雰囲気は昔のまま。これまた懐かしい。


2006年2月20日月曜日

【息子】が発熱。土曜日にお楽しみ会の会場で何かもらって来たらしい。病院に預かってもらった。日中40度近くまで熱が上がり、食事もろくにのどを通らない状態だったというが、帰宅後はよく食べた。しかし心配だな。


2006年2月19日日曜日

段ボール箱に一杯あまりの本を持ってBOOK・OFFヘ。その後、フジグランで買い物。キリンビールから最近発売された発泡酒「円熟」は、発泡酒にしてはなかなか上出来だ。夕食は牡蠣と河豚の鍋もの。


2006年2月18日土曜日

【娘】の通う幼稚園の「おたのしみ会」だ。あか組さんの演し物は「あか組レストランのコックさん」だ。朝食の目玉焼き、昼食のトンカツ、ディナーのライスカレーとデザートのアイスクリーム。かわいい名人コックさんが「コックは楽しいな」と歌う。【娘】はハナちゃんヨッちゃんと3人でアイスクリーム名人。歌いながら飛び跳ねてクルリと回る仕草は、こどもたちの発案だそうな。普段は音楽に全然反応が鈍い【娘】だが、けっこう上手に歌って踊っていたのでちょっと感激。あお組さん(最年長さん)のお母さんたちの劇に一同抱腹絶倒。

かつれつ亭湊町店で昼飯を食ったあと、県美術館の「ダリの宇宙とシュルレアリズムの巨匠展」に行った。本物のダリやマグリットなど、めったと見れるものではないので、【娘】にもいろいろ説明しながら見せてやったのだが、5歳になるかならずの子供には、さすがに難しいというより退屈だったかもしれない。

夜は吹奏楽の練習。人がちょっと少なかったがそれなりに有意義だった。


2006年2月17日金曜日

フォーレのレクイエムの解説文の一回目が昨晩マエストロ大久保からeメールで届いていたことに、今朝になってから気づいた。HTMLに整形して楽団のWebサイトにアップロードするのは俺の役目だ。先月12日のやりとり (杯の) がネタにされていて恥ずかしい。「ちゃんと相談には乗ってくれず、云々」というのは、客観的にはまったくそのとおりで、俺は普段どうでもいいことばかりに饒舌で、そのくせ本当に大切な場面では言葉が出なくなる。それでも、酔った勢いでグダグダ言ったことがちゃんと答えになっていたらしいから、自分で言うのもなんだが面白い。まあ大体において相談というものは「すでに相談者の意識の閾下で結論は出てしまっているが、その結論を選びとる踏ん切りがまだつかない」という場面において行われるものだからな。

マエストロの解説をHTML化するときは、いつも俺がタイトルの下に画像ファイルを一枚だけ貼っている。今回はなにしろああいう文面だから、選択に困る。菱川師宣の「見返り美人」を採用してアップロードしてから、百人一首の小野小町のほうがよかったかもしれないと思い直して変更。

ピアノのレッスンにいく前のひととき、市民コンサートの人たち3人と連れ立って、マツヤマ楽器のビルの3階にできたカフェに行ってみた。大人っぽく地味にオシャレなので大変好感がもてる。


2006年2月16日木曜日

いまでは稀少品になってしまったらしいサンヨーのLA4461を使って、アンプ基板を片チャンネル分だけ組み立ててみた。素人考えでユニバーサル基板上に組んで先月26日に作った電源につないだ。いつも使っているスピーカーをドライブしてみたところが、おびただしいノイズ。デジタルテスタで出力の交流電圧を測ってみると、30Vとか200Vとかいうあり得ない値を示している。なんだこりゃ。周波数は200kHzくらいだ。つまり、大変な勢いで発振している。グラウンド線の引き回し方をいろいろ変えてみて、これをどうにかフルボリュームでも10mVくらいにまで静めることができた。もちろん、もう一チャンネル分のアンプ基板を作り、さらに専用の電源回路をつけてシャーシに収めて、はじめて最終的な結果がでる。

こうしてほんの戸口あたりに立っただけでも、電子工作というのは奥の深い面白いものだとわかる。回路図には決して表れてこない電線の引き回し方の違いだけで、実際の回路の動作は劇的に変わるのだ。だから、数学者的発想で回路図のトポロジカルな特徴だけから現実の回路を組んだところで、十中八九うまく行かないだろう。しかしこのことを指して「現実は理屈通りにはいかない」などとは、俺は決して言わない。なぜなら、今回組んだ基板の最初の形がうまく行かなかった理由は、たとえば「プリアンプ回路のグラウンドを、電源回路から見てパワーアンプ回路のグラウンドの後ろに配線したことによって、プリアンプ回路の動作が不安定になったから」と、きちんと理屈で説明できるからだ。現実が理屈通りに動かないのではなく、自分が現実を動かす理屈をしっかり理解していなかったのがいけないのだ。

晩飯は空港通の「香港」


2006年2月15日水曜日

夜になってから、チョコレートが妻から一日遅れで手渡された。この一日遅れというタイミングが、俺たち夫婦らしくていいなあと、ふたりでウヒヒと笑いあう。読者のみなさんには何の関係もないことだけど。


2006年2月14日火曜日

きょうび、電気部品のライフサイクルは短い。いわゆるドッグイヤーだ。いや、イヌの耳ではないぞ。イヌの年齢、イヌは人間より早く年を取るというたとえだ。だから、パワーアンプ専用ICでオーディオアンプを作ろうと思うと、ICの入手可能性、データシートの入手可能性、それと求める性能との三つ巴の関係で難しいことになる。むしろ、最初の敷居は高いが、ディスクリート部品を使って作ることができれば、トランジスタのほうが部品の取り替えがきくから、困ることは少ないかもしれない。それに、いじるところが増えて面白いかもしれないではないか。


2006年2月13日月曜日

夜は市民コンサートの機関誌作り。K島さんとF谷さんが抜けた(って、F谷さんは来てたけど)あとに、あらたにF田さん(俺と同姓ではない)が入って、心機一転。


2006年2月12日日曜日

いい天気だ。【娘】の通う幼稚園がある教会の、115回めの創立記念礼拝の日なので、たまには俺も日曜学校につきあうかと出向いていった。子供たちが自分たちで飾り付けをしたケーキを食べたり積み木で遊んだりしている横で、ピアノをごにょごにょと弾いていると (バッハの平均率のハ長調の有名なプレリュード、半分くらい弾いて続きを忘れて沈没。恥ずかしい) やはり【息子】が興味津々で寄ってくる。

パパと【息子】とピアノ
幼稚園の教室にて
パパ「はーい、もうおしまいね」
【息子】「いやーん、もっとあそびたーい♪」

親指サム
ケーキの材料で、親指サム

いったん帰宅して昼食。用があって朝井田ダスキンへいったついでに、石井の明屋書店へ。福音館書店「こどものとも」収録の絵本、神沢利子と林明子の『いってらっしゃーい、いってきまーす』が単行本化されて2冊も陳列されていた。「こどものとも」版の古本を知人から頂いて持っているのだが、俺はこの本が大好きだ。保育園に通う なおちゃん の、これといってなんでもない一日の描写なのだが、街の風景が細部までしっかりと構想したうえで描かれている。まぎれもなく1980年代、昭和の末年の街角の風景だ。ちょっぴりのノスタルジーを感じながら、この架空の街の、なおちゃんの家から保育園までの地図を思い浮かべ、ページをめくる。見ていて飽きることがない。

次に、朝井田のDIKナーサリーへ。金切り鋏と薄いアルミ板を買った。静電気対策に電気部品ケースの底にアルミ板を敷こうと思ったのだが、落ち着いて考えてみればビールの空き缶を切って加工すれば用は足りるのだった。


2006年2月11日土曜日/建国記念日

市民コンサートの定期総会。そのあと、普通に吹奏楽の練習。夕食は美沢のなか卯で牛丼。夕食とそのあとのアホ話が練習後のなによりの楽しみなのだが、なか卯に長居はヤボだというので、北上珈琲店へ移動。23時半まで、合間に楽団運営に関するマジメな議論を挿入しつつ皆でダラダラと談笑。それはいいのだけど、北上珈琲店はさすがに専門店で、炭火焼ブレンド550円。保温ポットに入れて出てくる。で、アホ話に夢中の俺は、珈琲を一杯だけ飲んでポットの中のおかわりを飲まなかったということに、帰宅後 (というより翌朝) 気がついた。いや、この話はこれだけ。


2006年2月10日金曜日

ひさしぶりに県立図書館に行った。奥沢清吉『はじめてトランジスタアンプを作る本』(誠文堂新光社, 1977年)を借りた。トランジスタの動作原理から説き起こして、アンプの設計の仕方、電源トランスなどの部品の選び方、プリント基板の作り方等々、実際のオーディオアンプの製作の一切をやさしく丁寧に解説している本だ。語り口はやさしいけれどもレベルは決して低くないこの本は、古い本でもあり、現在は書庫に入っているけれど、驚いたことに、当初は県立図書館の「こども読書室」に配置されていたという。おそらく、中学生を対象読者に想定していたのだろう。いまはどうか知らないが、その当時の中学校の技術・家庭科では、3年生でラジオの組み立て実習をやった。俺は自分の分の他にクラスメートの分まで、3セットくらい組み立てた覚えがあるけど。そういう時代だったから、中学生相手にアンプの製作を手ほどきするというのは (この本を買って部品および工具を買いそろえる財力という問題を度外視すれば) 決して無茶な話ではなかったのだろう。

財力という意味では比較にならぬほど豊かになったいま、自分でアンプを設計し部品から組み立てる中学生というのは、いないことはないかもしれないが、かなりとんでもなく珍しい部類に入るのではないかと思う。インターネット通販のおかげで、部品が手に入りにくいということは必ずしもないが、どういうわけか情報が手に入りにくい。ネット上の情報はどうしても断片的だし、書店を探しても、かつてのアマチュア向け電子工作の雑誌「初歩のラジオ」「ラジオの製作」はすでにない。酒井智巳『はじめてつくるパワーアンプ』(技術評論社, 2005年)のように「とりあえず言われた通りに作ってみよう」というコンセプトの本はあるが、その次のステップに進もうと思ったときに困ってしまうのだ。アマチュア向けの電子工作の本は多少はあるが、おもなターゲットはオーディオでも無線でもなく、PICをはじめとするマイクロコントローラだったりする。

まったく、笹田無線のオヤジが嘆く (→昨年3月22日の日記) のも無理はない。そんなわけで、とっくに絶版になっているであろう、この奥沢清吉の『はじめてトランジスタアンプを作る本』はたいへん貴重な情報源だ。原理の部分はいまでも古くなっていないので、部品の型番などを改めて再刊してもらえないものだろうか。


2006年2月9日木曜日

とりあえず寒い日が続く。風呂上がりに、ひさしぶりに娘の耳そうじをした。赤ちゃんの頃と比べればマシになったとはいえ、あいかわらず耳あかがとても多い。目からウロコが落ちるとはよく言うが、わが娘の場合はまるで耳からウロコだ。いったい何を聴きながら暮らしたらこんなに耳あかがたまるのだろう。きっと俺や妻の小言が心に届く前に耳でブロックされて耳あかになっているに違いない。

ジェネリックな街角
写真は本文とはこれっぽっちも関係ありません


2006年2月8日水曜日

なにしろ、いま一番熱中しているのは桂枝雀の落語だ。米朝の「壷算」と松鶴の「天王寺詣り」を聴いてみたところが、枝雀との比較で何が違うといって、話のテンポがまるで違う。米朝と松鶴の録音がスタジオ撮りであることも関係するのかもしれないが、やはり枝雀は落語の芸を同時代の人々に楽しんでもらうためにはどうすればよいかという問題について考え抜き悩み抜いた人なんだと、改めて思うのだった。

落語を聞いていると、登場人物(たいてい長屋住まいの男)がアホなことを言うかやるかして、それに嬶(かかぁ)が冷静かつ適切なツッコミを入れるというパターンが、この国の文化的伝統として厳然としてあることがわかる。とすれば、最近少々下火になったとはいえ、テレビCMなどでこれでもかこれでもかと言わんばかりに展開されていた「イケてる女の最先端をいく行動に対し、ついていけない男がボケをかますことによってオチを担当する」というパターンが、われらが日本国の文化的伝統に忠実なものであったのだと気がつく。なるほどそうであったかと得心がいったのではあるけれども、「嬶が家事をしながらお父やんの帰りを待つ」という文化的伝統はこのさい廃棄処分にしようというご時勢であるからには、「お父やんはオチ担当」という文化的伝統の方も、できれば発展的解消の方向でよろしくご検討願いたいわけだった。まあ、当分無理だろうけど。


2006年2月7日火曜日

寒風がびゅーびゅー吹く。松山に春を呼ぶという椿まつりが終わった昨日から、とんでもなく寒くなった。例年なら椿まつりのあと数日間はことさらに暖かい日が続いて、松山市民に「ほれ言い伝えどおりじゃろ」と言わせるのだが、今年はちょっと例外的に寒い。

昨日の話の続きだけど、【娘】がママに「【息子】くんはママの宝物か」と聞いたのは(言い換えれば、「パパはママの宝物か」と聞かなかったのは)昨年の9月27日の日記に書いたような、母娘間の緊張関係のようなものが、娘の側からは少しばかり意識されているということだろう。そう思うと、面白がってばかりはいられないのだが、妻の方は自らを圧倒的に優勢であると信じて疑わない。もちろん、パパがママと娘のどちらかを選ぶ選ばないなどという話はあり得ないので、本当のところは優勢も劣勢もない。それでも、娘がこのさき女らしく成長したら、たとえそこに父親が介在しなくとも、母親としては心中穏やかでないだろうことは、容易に想像がつく。ま、それはともかく、これは娘がちゃんと成長している証拠ではある。


2006年2月6日月曜日

この19日にようやく1歳4ヶ月になるばかりで、乳離れも済まぬウンコタレだというのに、わが息子は案外モテる。託児所と幼稚園で娘の先輩になるA子ちゃん(5歳)は、わが息子を見かけると必ず「【むすこ】く〜ん、【むすこ】くん♪」とかまいに来てくれる。それにそもそも、生まれて2日目にひょんな縁でテレビ局の取材を受けることになった折に、産院に来られた女子アナウンサー(かなり美人)の、後日の妻へのお礼状には、「この時期に【息子】くんの誕生に出会えたことがわたくしの宝になりました。」とかなんとか書いてあった。母親や姉は言うに及ばず。年上にモテるに事欠いて、全国美人女子アナ番付に載ろうかという別嬪に「わたくしの宝」とまで言わせるとは、父親としては誇らしいやら腹立たしいやら。しかし、俺のことを宝とまで言うてくれる女の一人か二人は世の中におるじゃろうかと言ったところが、わが妻は心得たもので、「おるおる。ここにおる」と言って、わが娘に「パパは【娘】ちゃんの宝物ですか?」と訪ねたところが、娘は過たず「うん☆」と答える。嬉しいものだ。それで気を良くした俺が調子に乗って「【娘】ちゃん、ママにも同じこときいてごらん」とけしかけた。応えて娘が妻に言ったのが、「【息子】くんは、ママのたからものですか?」

娘の絶妙な受け答えに、しばし抱腹絶倒。子供のいる生活ってやっぱり面白い。

写真は、朝食時の娘の作品。ごはんがアハハと笑っている。

あはは丼


2006年2月5日日曜日

日曜日だが、妻は朝から県病院で研修。その間、子供たちは病院内の施設に預かってもらっている。俺の方は、昼まえに、吹奏楽の練習場に昨晩から置いてある自転車をとりに行った。肌寒いけれどもいい天気だ。夕方、宮西のHARD・OFFでラジカセのジャンクを物色していたところに妻から連絡。どこかに出かけたいという。子供たちのものを片付けるための整理棚が必要でもあったので、中央通のニトリへ。棚板可動式のカラーボックスを二つ購入。ただし遅くなったので組み立ては明日にでも。それに先立って、HARD・OFFでは1,050円で日立製CDラジカセのジャンク品を購入。カセットは家にテープがないから確かめようがないが、CDはちゃんと再生した。だから、単なるCDプレーヤーとして使うことは可能だ。しかし、肝心の音が良くない。これなら、自作アンプで中古スピーカーをドライブしてiTunesで音楽を再生しているほうがまだいいので、やっぱりこのジャンク品は解体して部品をとることにする。


2006年2月4日土曜日

普通に吹奏楽の練習。今日ははじめから3番のリードを使って楽チンに済ませた。マエストロO久保がフォーレのレクイエムの改訂版を作っているらしい。いっそのこと、こっちをメインプログラムにしたらどうかな。いや、冷やかしで言っているのではない。古参団員の一人いなかきんぐと同様、俺もレクイエムを楽しみにしているから、曲をよく知らない他の団員に配るために参考音源のCDを作っていった。CDを作ること自体は慣れた作業で、iTunesもあることだから、マスターを作るのは簡単だったが、Mac miniでは肝心のCD-Rの書き込みにどういうわけかずいぶん時間がかかる。午後からずっと(他のことをしながらではあるけど)それにかかっていたけれども、練習の時間までに13枚しか作れなかった。このぶんだと、演奏会のライブ録音を団員向けにCD化するときに備えて、現在隠居状態のG3くんを復活させる必要があるかもしれない。

練習後の夕食は久々に谷町のジョイフル。


2006年2月3日金曜日

目覚まし代わりに使っている契約切れの古い携帯電話の電池が切れたせいで、みんな寝坊。遅刻寸前だがどうにか30分で支度して出動。夕食はおなじみ茜屋のラーメン。ここへ行くのはきまって金曜日で、大人2人+幼児2人で行くが、たいてい大人4人分きっちり食って帰る。マスターといつもの店員のおねえさんにとうとう顔を覚えられてしまったらしい。


2006年2月2日木曜日

時間さえあれば先日CDを買った枝雀の落語を聞いている。普段の暮らしで耳にする伊予の言葉は、どことなし関西弁ベースとはいえ、やはり関西の言葉とははっきり別ものだから、京都育ちの俺には上方落語の浪花言葉はとても好ましい。先日買った4枚に収められた8席のうちでは、『鴻池の犬』がとりわけ好きだ。オーバーな表現と現代風の味付けが特徴と思われている枝雀だが、『鴻池の犬』のような人情噺もたいへん上手だったのだ。この話の、犬を受け取りにきた手代さんの意図を勘違いした質屋の旦那が、勘違いなりに筋を通して切る啖呵がいい。枝雀が自身の生い立ちを語る枕とセットになっているところがまた人情噺の味をいっそう引き立てている。講談もそうだが落語だって、口調ひとつで、侍にも丁稚にも、男にも女にも、老人にも子供にも、イヌにもネコにもならねばならない。ネタとなれば歌舞伎も浄瑠璃も浪曲も謡曲も都々逸もやらねばならない。そして、谷崎潤一郎の小説からと同様、上方落語の言葉遣いからも、関西弁というものが決して「えげつない」「コテコテの」「ベタな」ものばかりでないことが知れる。先日も書いたような気もするが、この話芸には学ぶべきものが多い。


2006年2月1日水曜日

今日から2月だが、話題は昨日の続きだ。電子回路用のCADソフトとして、GNU Electricというフリーソフトウェアがある。こういうものがMac OS Xではまだまだ手薄だなあと昨日は言ったのだけど、考えてみればMac OS X用のX11だってあるわけだから、Electricをコンパイルすれば使えないことはないはずなのだ。さっそくやってみた。まず、Mac OS X用のX11をmacmini本体に付属のソフトウェアリストアDVDからインストールする。ソフトウェアのコンパイルにはX11 SDKが必要だが、これはDeveloper Toolsをインストールしたときにすでに入っている。あとはLessTifの最新版をソースからコンパイルしてインストールし、次にElectricの最新版をコンパイル。とくに修正するところもなく、普通にできてしまった。MacSpiceというMac OS X向け電気回路シミュレータもあるので、「手薄」というのは俺の認識不足だったかもしれない。

Electric稼働中
GNU Electric稼働中
ちと縮小しすぎたけど、雰囲気くらいは伝わるかな
しかし、この配色はなんとかしたい