て日


2005年 4月分


2005年4月30日土曜日

今日のよかったこと:自転車の鍵が見つかったこと。今日のマヌケだったこと:その鍵が自転車の錠にささった状態で見つかったこと。つまり、もともと施錠していなかったのだ。いや、恥ずかしい恥ずかしい。自転車にしてみれば「三週間も放ったらかしだなんて失礼しちゃうわ」ってところだろう。

練習後の夕食は「じゃんじゃか」の焼き肉。ジョーヘニョ、肉Z、ガリクソン、俺の4人で、俺以外はみな実家か職場が宇和島にあり、秋の県民文化祭の演奏会が宇和島で開かれるのが決まったばかりということもあって、宇和島ローカルな話題が多くなる。それと、鉄道好きの肉Zとガリクソンがいるから、列車事故の話。

先日ガリクソンにテープを借りて観た『スウィング・ガールズ』はたいそう面白かったので、さっそくDVDを注文した。で、この映画の話をしていたら、ガリクソンが「だけど、あの子たちなんで音楽室から追い出されたとき泣いてたんすか? 補修をさぼる口実で練習してただけだから やらずに済んでよかった、なんて言ってたのに。」と聞いてきた。ああ、きっとこの男は、嘘とか強がりとか皮肉なんてものとは無縁なのだろう。直情径行、正直な奴なのだ。


2005年4月29日金曜日/みどりの日

今日も天気がよかった。どこかへお出かけしたいが、妻が目イボをつくってコンタクトレンズが使えず、車の運転ができない (メガネで過ごすぶんには平気らしい) ので、近所の公園まで歩いてピクニック。それだけのことだけど、娘は大喜び。太陽と土があればいつまででも楽しく遊べる子供の『お楽しみ能力』を、俺たちも見習いたいものだ。


2005年4月28日木曜日

いかんいかん、ずいぶんと更新をさぼってしまった。

今日の徒歩通勤の帰途、ちょっと疲れて息があがってきた頃に思いついたこと・・・

Google で「パソコン CPU 心臓部」を検索してみると、「CPUこそパソコンの心臓部だ」というような記述がWeb上にたくさん見つかる。また、前川武弘『これならわかるマザーボードの仕組みと設定』(ディー・アート)なんて本をみると、まずもってカバーに「自分のパソコンの心臓部ともいえるマザーボードの機能をご存知ですか」と書かれている。だけど、血液を循環させて体中の器官に酸素と栄養を送るとともに老廃物を回収するという、心臓の役割を考えると、電源ユニットこそ、パソコンに限らずすべての電気製品の「心臓部」の名にふさわしいのじゃないかと思う。電気製品の中を見ると、プラス電源ラインに赤い電線、マイナス電源ラインに青い電線を使っていることがよくあるが、これなど動脈と静脈のアナロジーとしか考えられない。

パソコンの電源ユニットから出ているケーブルの束が臍帯みたいだと、妻は思うらしい。確かにそんなふうに見えないこともないな。つながっていく先が「マザー」なのがちょっと変だけれども。


2005年4月27日水曜日

17日に催した「松山市民コンサート50周年を祝う会」のスタッフ打ち上げ。二番町「みの吉」で寄せ鍋だ。席上でも話が出たが、普通のおじさんおばさんの中にも、絵やら生け花やら歌やら語りやら、実にあっと驚く才能の持ちぬしが往々にしているものだ。「能ある鷹は爪を隠す」というやつだな。俺は当日の写真係しかやっていないから何でもないが、いろいろな人がそれぞれ自分にできることをやった、その結果の「祝う会」の成功を、みんな本当に喜んでいた。


2005年4月24日日曜日

坊ちゃん列車に乗って道後公園に遊びにいったら、NHKの『俳句スペシャル』という企画をやっていた。一般参加者に公園で俳句を詠んでもらって、選者にライブで入選作を選ばせるという企画だ。道後公園だけでなく、京都の宇治公園とか、全国を結んで生放送しているらしい。

じつは、俺は俳句というものが苦手だ。五七五の形に収めないといけないというのはすべての定型詩がそうだから仕方ないとしても、「歳時記」に取り決められた季語を必ずひとつだけ含まなければいけないというのが気に入らないし、なにより、ストレートな感情表現を禁じ手にして「もの」を介して表現しないといけないというのがイヤだ。約束事ばかり多いから敷居が高い気がしてしまうということもあるし、感じたことをモノを介して遠回しにミニマムに表現し、それについてお互いにああだこうだ批評し合うという、閉鎖的なコミュニティの内側でこそ可能な様式化された楽しみ方が気持ち悪いと思っている。それなら、心の動きをストレートに詠める短歌のほうが、俺は好きだ。

だが、俺のそんなタワゴトなどどこ吹く風、お昼どきの道後公園では、老いも若きも色紙とマジックインキを手に句作に勤しんでいた。わが妻みろりもさっそくエントリーして、色紙を4枚ももらってきた。こういうときには、お楽しみにはとりあえず首を突っ込んでみるというみろりのやり方のほうが、ありもしない自分を守るために屁理屈をこねる俺の生き方より賢明だ。だから、俺はとりたててみろりの邪魔はしない。

なにしろいい天気だった。こんなにいい天気の日曜日に、なにも言葉など弄ばなくても、ただそこに座って缶ビール片手に風景の美しさを味わっていればいいじゃないかと、俺は思った。ふと見上げると、頭上の、開きかけたベニハナミズキの花が、何か大切なものをそっと握りこんだ手のひらのように見えた。

掌に 何を包むか 花みずき

あ、一句できてしまった。が、即座にナンセンス神経が発火・・・

みそ汁に 何を入れるか ハナマルキ

この二句を並べて投稿してやりゃあよかったな。ソフトクリームを買ってもらってごきげんの娘は「あつい日は アイスクリームが くるよね〜」という傑作をやすやすと作り出している。そして松山会場の特別賞を受けた作品はどこかの小学生の「夏めくや 唐揚げ 丸くて でかい」だった。うーん、負けた。しかし自分の感性をストレートに出す子供たちのほうがいいものを作るというのなら、あの「歳時記」の膨大な蘊蓄はいったい何なんだ。やっぱり、俺には俳句の世界はわからない。

われと来て 遊べや やる気のない あひる
われと来て遊べや やる気のない あひる

しかし、すばらしい晴天に恵まれて、電車代+弁当代くらいの出費でいい休日を過ごすことができた。ありがたいことだ。晴れた日はそれだけで楽しい。できることなら、曇りの日も雨の日も同じように楽しめるような、前向きの感性の持ち主になりたいものだ。


2005年4月23日土曜日

本番2ヶ月前になってコンサートの予定をいろいろ変えないといけなくなった。あ〜あ。


2005年4月22日金曜日

ブレッドボードで実験回路を組んでいると、実験の内容とは無関係に決まったパターンの回路を作る必要が出てくる。たとえば、クロックとリセットの機能と、LEDを光らせてデータをモニターする機能だ。そこで、それぞれの部分を独立したユニットとしてユニバーサル基板に実装しておいて、必要に応じて接続して使うようにすれば、手間も省け、ブレッドボードを広く使える。

というわけで作ってみた。左のがLED表示ユニット、右のがクロック&リセット信号ユニットだ・・・って、どっちがどっちかは、見りゃわかるか。

こんなものを作ってみた

LEDを点灯させるにしても、データの流れを乱さないためにも、LED直結ではなくバッファを介すべきだと思ったので、74HC04のNOTゲートをバッファとして使うことにした。とすると、74HC04はNOTゲート6個入りなので、6個のLEDを接続できるということになる。いつでもどこでも常に6本の信号線を使うならいいが、使わない線を放置しておくくらいの手抜きはしたい。それで、ゲートの入力を1MΩの抵抗でプルダウンしてある。

クロック&リセット信号ユニットのほうは、5Hzくらいの矩形波を発生する自動クロックと、ボタンを押している間だけ “H” になる手動クロックを切り替えて使えるようにし、ボタンを押している間 “L” になるリセット回路と一緒に実装した。CR時定数回路を使いチャタリング対策をする関係上、シュミットトリガインバータを使う必要がある。それで74HC14を使っている。ここを間違えて74HC04を使ってしまうと、見た目には同じように動作しているようで、手動クロックをフリップフロップに食わせた結果がおかしくて、頭上に「?」が出てしまうことになる。


2005年4月20日水曜日

ちょっと用があって外出した時に、母なる自然の呼び声にしたがって、コンビニでトイレを借りた。職場の狭い部屋からも切羽詰まった生理現象からも解放されて、路上で自転車のチェーンを直している小学生に手を貸したり、古本屋をのぞいたりして、雨上がりの街で俺はしばし解放感を満喫した

(ズボンのジッパーが開放感を満喫しているとも知らずに)。

なるほど、月曜日 に俺が自力で考えついたつもりでいたレジスタ回路は、フリップフロップの定番応用回路だったのね。「D-ラッチ」という立派な名前までついている。んで、本当にレジスタとして利用される回路は、これをさらに発展させた「D-フリップフロップ」という回路らしい。ふむ。こういうことはイモヅル式に理解していくに限るな。


2005年4月19日火曜日

あーよく歩いた。仕事が済んでから、文京町から美沢のダイキEXに歩いて行って、そこから湊町の家まで歩いて帰ったからね。けっこう汗もかいた。

「天才てれびくんMAX」のCD《MTK the 9th》を iPod に入れてある。朝の出勤のときに、このアルバムの2曲め「明日への叫び〜SHOUT IT LOUD」を聴きながら出発すると「よっしゃぁひとつ俺もがんばったろかい!!」と元気が出てくるのだ。ド・ラングザン望と堀江幸生がボーカルを担当しているが、とくに幸生くんの声がいい。二人ともちょっと音痴だけど、トレーニングを積めばけっこういい歌手になれるかも。ぜひこれからも二人で組んで歌ってほしいね。杏奈先生とジョアンの歌う7曲め「ココロ磁石」は思わず涙が出そうなくらいいい歌だ。(けど、歌が済んで曲が終わる最後の音にガックリくる。なんだこのピッチの揺れは・・・。)その他、懐かしい「ホーリー&ブライト」、シュールな歌詞とブログレなサウンドの「ヴォヤージュ±」などなど。全曲聴くと40分。徒歩通勤の所要時間ぴったりなので、最近、仕事の行き帰りにはこればっかり聴いている。


2005年4月18日月曜日

RS-フリップフロップのことを勉強して、コンピュータのメモリとかレジスタとかの原理がわかった気になった。家にあったありあわせの部品を使って、2ビットのメモリの実験回路をブレッドボードで組んでみた。回路図はこちら。 写真中央下のプッシュスイッチ (SW3) を押した時点で、左下のトグルスイッチ (SW1&SW2) の状態が右上の二つの LED に反映され保持される。 SW1 と SW2 をいじっても SW3 を押すまでは LED の状態は変更されない。それだけのことなのだが、汎用のゲートICだけを使って組むと、写真のとおりリード線だらけだ。ブレッドボード用のリード線としては、専用品を使わずに、市販のビニール被覆銅線を切って両端をハンダで固めたものを用意して使っている。しかし IC を3個使う回路となるとさすがにリード線が底をついて、一部分クリップコードで間に合わせてある。もっとたくさん用意しとかなくちゃ。(ブレッドボード用リード線の準備には、ジャンクからの部品とり同様、ハンダこて使いの練習という意味もある。)

2ビットのメモリ回路の実験
2ビットメモリの実験回路
リセット機能がないので、実用にはならないな

話は変わって、そろそろハナミズキのシーズンだ。下の写真は通勤の途中に自宅近所の通りの木を撮影したもの。高い角度から狙ったので面白いアングルになっているでしょう? 後ろに写っているのは私立高校の校舎で、通りとは生け垣を境にして接している。そんなところでデジカメを天にかざして写真を撮っていると、このご時世だから、ひょっとして不審人物あつかいになってしまうかもしれないな。気をつけないと。

近所のハナミズキ


2005年4月17日日曜日

高島屋のローズホールで「松山市民コンサート50周年を祝う会」を催した。前半に一時間ちょっとのコンサートをやり、後半に会食。出席者は80名弱。コンサートは山下俊輔・宇高靖人ギターデュオ、それから大澤宣晃のピアノ。パーティの締めくくりに愛媛合唱団。いい会になった。いやあやっぱり音楽は生に限るわ。俺は写真係だったので、あんまりごちそうは食えなかったけど。

アワのクマ

閉会後、スタッフ一同、高島屋一階のカフェラ・ディイタリアでほっと一息 (委員長お茶代ごちそうさま。そのうち何かでお返しします)。Eさんの注文したマキアートの泡がクマちゃんだったので、さっそく写真をとって妻にメール。俺のカプチーノの泡は普通に (?) ハート模様だった。

いやそれにしても、デパートの一階ってのは ラフレシアンの巣窟という感じで、不用意に足を踏み入れるとたいへん疲れる。


2005年4月16日土曜日

娘が6ヶ月のときにはじめて「くるりん」に乗りに行ったことを思い出した。息子がそろそろ6ヶ月になるので久しぶりに4人で乗りにいった。息子はこのとき、俺のひざの上で熟睡中で、写真には写っていない。やっぱり、ゼロ歳児には観覧車の面白さはわからんわなあ。

ca310024.jpg

いよてつ高島屋の地下には、いや、およそデパートの地下という所にはたいてい、計り売りのお菓子を丸く陳列して回転させるワゴンというかロータリーというか、そういうものがある。お隣に二人目の孫が生まれたお祝いを持って行くので、上の子へのお土産のお菓子を娘に選ばせた。30年以上昔の子供の頃に、俺も京都の大丸の地下で同じような作りの売り場を見て、まるで夢の国のようだと思ったものだ。俺の両親もみろりの両親も、こんなところでお金を使うことを許すような人たちではなかった。それでも俺はこのお菓子の計り売りの近くを通り過ぎるたびに、なんだかノスタルジックな気持ちになるのだ。


2005年4月15日金曜日

ハードディスクの不調で空回りしているような音ばかり立てていた iPod だが、パソコンに接続して一晩放っておいたら、起動するようになった。初期化して音楽データを転送しなおしたら、一応マトモに動いている。が、やっぱり手動リセットはかからないので、どこかがおかしいのは確かだ。電池が減ったころにまたおかしくなるような予感。


2005年4月14日木曜日

自転車の鍵が見つからず、仕方なしにまた徒歩通勤するようになった。それでまた iPod で音楽を聴きながら歩くことが多くなったのだけど、どうも昨日あたりから妙なノイズが入ると思っていたら、今朝とうとうフリーズしてしまった。どうもハードディスクまわりの不調らしく、マニュアルに載っている方法ではリセットがかからない。さいわい保証期間内なので明日にでも修理に出すことにする。

torus-1.png

トーラス、つまりドーナツの表面のような浮き輪のような曲面のことだ。単純な形のようでいて、専用のCGツールではなく汎用プログラミング言語処理系 (今回の場合は Chipmunk Basic) を使って描こうと思うと、意外と難しい。右の小さな画像は、一見ちゃんと描けているようだけど、実は見える面/見えない面の判定に一部失敗していて、ちょっと変なところがある。30分くらい考えてテキトーに作ったプログラムだったので、ちょっとパラメータを変えるともう全然ちゃんとしたものが出てこない。下図は、同じプログラムで少しパラメータ (視点の位置) を変えて作図しようとして失敗したもの。こりゃ、もう一度イチから考え直しだな。

heta-p.png

しかしこれ、ちょっとシュールな感じのイメージだな。俺がコンピュータの画面上に描いたのでは単なる失敗だが、同じ画像を、画家がカンヴァスの上に描いたとしたら、また別の意味を持ってくるんじゃないだろうか。


2005年4月13日水曜日

昨日うっかり薄着をして出かけたのが災いして、腹をこわしたらしい。そんなわけでガリクソン練習は欠席。


2005年4月12日火曜日

一日中、やたら肌寒かった。土曜日に吹奏楽の練習場に自転車を置いて帰ったのだけど、なぜか鍵が見あたらない。困った。

娘の4歳の誕生日。夕食後、三越のソルシェで買ったケーキでお祝い。ケーキのキャンドルを一年前は上手に吹き消せなかったが、今年はタイミングも狙いもバッチリ。しっかり成長しているということね。


2005年4月11日月曜日

仕事から帰ってしばらくガリクソン練習。ガリクソンとキリシマさんがいる所へ俺が行くと、てなさく=ボケ、キリシマ=ツッコミ、ガリクソン=受けまくるお客さんという構図が成立してしまい、トーク番組みたいになってしまって練習にならない。こりゃいけない。しかしガリクソンのおかげでサックスを吹く時間が増えたのはありがたいことだ。

夕食後は、ジャンクから部品をとったり、昨日の実験回路を解体して部品を回収する作業。ユニバーサル基板の再利用はさすがに無理だ (未使用部分を切り離して使い回すことはできる.) が、その他のバーツはほとんど回収できた。なにしろハンダ付けの技術が未熟なので、毎日でもハンダこてをいじる時間をとったほうがよい。音楽と同じことなのだ。

どうもいろいろな部品のうちでいちばん使い回しのきかないのがユニバーサル基板のようなので、サンハヤトのICB-288 (65×40ミリの紙フェノール製ユニバーサル基板, 一枚78円) を50枚と、ブレットボード (1,680円) を若松通商の通販で発注。


2005年4月10日日曜日

初めてのロジック回路実験は、無安定マルチバイブレータ、つまりは発振回路の実装だ。回路図としては下の画像の通りで、まったくどうということもないのだけど、参考にした本 (白土義男『たのしくできるやさしいディジタル回路の実験』東京電機大学出版会) に出ていた回路図を改良して、発振状態と停止状態の切り替えスイッチをつけたところが自分なりの工夫だ。(この時定数だとだいたい35Hzくらいで発振する。R (150kΩ) を 330Ωに替えると 10kHzくらいになる。電源は、使わなくなった ZIPドライブの ACアダプタを利用した。) ロジックICの理屈を理解した上で、自分で回路図を書いて何かを作るというのはなにしろ初めてなので、ちゃんと動いたときにはうれしかった。といっても、いきなりちゃんと動いたわけではなく、電源周りのハンダ付け不良があったり、ICの7番ピンの接続を忘れていたり、フィードバックのCとRを入れ違いに配線したりしていた。なにしろ、こちとらビギナーなのだ。実装結果は左の写真の通りで、出たとこ勝負で配線を始め、配線ミスの修正を繰り返した結果、シンプルなはずの配線が、ずいぶん不格好なものになってしまった。

失敗だらけのヘタヘタな実装

回路図
今回作ったものの回路図はこれ

子供の頃からずっと、こういうことがやりたいという思いだけはあった。十年前に事故で死にかけたとき、病院のベッドの上で思ったことは「退院したらまた吹奏楽をやるぞ。それと『初歩のラジオ』をまた購読するぞ」だった。つまり、命を拾ったときにやりたいと思ったこと=生きてるうちにぜひやっておきたいことが、楽器を演奏することと電子工作だった。その音楽にハマったのだって、もとはといえば、あの誠文堂新光社の雑誌『初歩のラジオ』のレコードレビューで冨田勲の『惑星』に出会ったからだ。つまり、電子工作への興味は音楽を演奏することへの興味より古いということになる。しかしながら、小中学生だったころの小遣いではおいそれとは部品が買えず、高校生になってからは音楽をやることに力を注ぐようになったので、実際にものを作った経験はあまりない。いまになってそういうことにも手が出せる状況になってみたら、『初歩のラジオ』も『ラジオの製作』も休刊して、『トランジスタ技術』はプロ向けの専門誌になっている。ホビーとしての電子工作そのものがすっかりマイナーなものになってしまった感じだ。

だけど、こんな面白いこと、やっぱりやらずに死ねませんわ・・・と情熱を燃やしつつ、話は変わる。

午後から、例年どおり吹奏楽団のメンバーと花見に行った。団員全員に向けたアナウンスができなかったので、今年はいままでになくこじんまりとしていた。途中から雨も降り、二時間くらいで解散となったが、それなりに楽しかった。ガリクソンの作ったサンドイッチと妻の作ったフライドチキンが大変おいしかった。


2005年4月9日土曜日

娘の幼稚園の入園式。昨年度はプレ保育の「もも組さん」だったが、今年は正規の3〜4歳児のクラス「あか組さん」だ。妻と娘が入園式に出ている間、俺は息子を連れて街をうろうろ。ベスト電器でデジタルマルチメータを買った。電流計としては使えないが、周波数やデューティ比やコンデンサの静電容量が計測できるというので、アナログテスタと併用すれば便利そうだ。式が終わったと連絡が入ったので園に戻る。保護者も先生たちもみんなスーツ姿だった所へ登場した俺は、ネクタイこそしていたものの、普通のカーディガンだったので、ちょっと気後れしてしまった。

天気がよかったのでドライブを兼ねて昼食は高浜の観光港ターミナルビルのうどん屋さんに行った。

途中のレデイ薬局で、娘にニコニコ話しかけてくれるおばちゃんがいて楽しかった。店内に、あるドリンク剤が「当店の超おすすめ品。ものすごい疲れに!」というPOPとともに陳列されていた。このドリンク剤には、薬屋の店員にそうまで書かせる何があるのだろうか。ちょっと興味を引かれる。

昼食後、懸案のご飯茶碗を買いにフジグランに行った。ちょうどいいタイミングで、瀬戸物の売り出しをしていた。これだけいろいろなお茶碗が並んでいて、それでも選べないとしたら、そりゃきっと選ぶ側に問題があるのだ・・・とかなんとか、わけのわからんことを言いながら、3人それぞれに気に入ったご飯茶碗を購入。

そういうわけで、いい一日だった。


2005年4月8日金曜日

寄り道してトミタ電子に行き、はじめてのデジタル回路実験のための部品を買った。C-MOSゲートIC4個、三端子レギュレータ1個、抵抗器7本、コンデンサ4個、DIPソケット3個、ユニバーサル基板2枚、トグルスイッチ2個。1,500円くらいだった。

きょう買ったパーツ

このパーツショップの店番のおねえさんは、口数こそ少ないが的確かつ丁寧でまことに好ましい。いつもいく理容室のおねえさんもそうだが、無駄な愛想が一切ないにもかかわらず無愛想な印象を与えない、きょうびなかなかに貴重な人材だと思う。さて、その貴重な人材が、パーツを紙袋に入れてくれたのだが、それが

クマちゃんの袋

こういう袋。わが妻が狂喜しそうなクマさんデザインだ。大きさといい柄といい形といい、これはどう見ても《東芝セミコンダクタ製 6 シュミットトリガインバータ IC TA74HC14AP》の入っている袋ではない。だもんで、仕事帰りにコンビニに寄ってチョコレートを買って帰って詰め替えて、パソコントラブルのお詫びも兼ねて妻に手渡したのだった。

して、そのパソコンのトラブルは結局 OS の再インストールでどうにか収拾。データが消えていなかったのが不幸中の幸いだった。


2005年4月7日木曜日

妻子の帰省中に「あぷあぷ」に行って買ったジャンク扱いの AX34 Pro マザーボード。バックアップ用の電池の新しいのに変えても、時計が電源を切るごとにリセットされてしまっている。他のCMOS設定も保存されていないみたいだ。なにせ動作保証なし1,480円の品物だから、文句の持っていき場もない。妻のマシンを一挙にCeleron 700MHzにパワーアップしてやろうと思ったのだけど、そんなわけで果たせず、元のMMX 233MHzのマザーボードに戻しても、どうしてもLAN接続の設定だけは復旧できなかった。ネットワーク周りのトラブルは事態をややこしくする要因がたくさんありすぎてなかなか直せない。デバイスドライバは正常に動いているみたいで、DHCP経由のIPアドレスの取得やルーティングの設定はまともにできているようなのだ。ということはOSか、あるいはパーソナルファイアウォール設定が悪さをしているのだろう。まったく、頭が痛いなあ。

うううむ。頼みもしないアップグレードを勝手に始めて、しかもその作業が失敗して、システムが一時的にせよ使えなくなるというのは、もしも俺が同じことをされたら絶対に怒り狂っているはずのことなので、責任を感じる。またしてもブルーな一日の終わりとなった。

kusonzi.jpg
そんなこんなで、本当にいねいてくそんじた一日だった.


2005年4月5日火曜日

夕方、またまた1階でガリクソン練習していたら、シャッターを押し上げて妻が俺の携帯電話を持ってきた。家に置き忘れていたのだが、何度もうるさく鳴るので持ってきたという。見ると、市民コンサートのアベさんからの電話だ。うっかり機関誌づくりの打ち合わせの日だということを忘れていた。そんなわけで30分ほどでガリ練を抜けてそちらへ向かった。それにしてもガリクソンの練習熱心には頭が下がるよ。


2005年4月4日月曜日

Amazonのマーケットプレイスに何度出しても売れ残る本が何冊かあったので、見切りをつけてブックオフに持って行った。年度替わりの時期だけあって、ブックオフもオフハウスも所狭しと品物が並んでいて大変だった。いや、俺が大変だったわけじゃなくて、店の人が大変そうだった。

自宅でご飯を食べる茶碗がもともと不揃いで数も少なかった上に、ちょうどいい大きさのものが割れてしまっている。そろそろ買い替えようと思っているのだけど、オフハウスにはご飯茶碗やどんぶり鉢は出ていない。コーヒーカップやお皿や湯のみは無数にあるのになあ。ご飯のお碗はなかなか不要品として出てこないらしい。まあ確かに、贈り物になることも少ないだろうな。なんといってもご飯茶碗はいちばん基本的な食器だから、ちょっと割高でも、長く使えて飽きのこない品物を根気よく探そうと思う。

前の《RG vs UWF》シリーズをひそかに楽しみに観ていたNHKの『天才てれびくんMAX』だが、今日から新シリーズになって、お気に入りの出演者たちが軒並みいなくなった:有沙女王さま (中村有沙)、幸生くん (堀江幸生)、杏奈先生 (白木杏奈)、それから卓也 (井出卓也) もいなくなった。ひょっとして、杏奈先生と幸生くんにしても卓也となっちゃんにしても、前シリーズでは引退興行の記念として「ロマンスあり」の役回りだったのかな。いや、お気に入りが軒並みいなくなるといっても、実はこの番組でいちばんのお気に入りのキャラクターはゴルゴ松本だったりする。なんといっても、この人のキャラ立ちが番組の生命だからな。あー、あと、甜歌の髪がストレートになってかわいさアップしていた。ふむ、しかし、村田ちひろとド・ラングザン望も中学2年生だから今年限りだな。


2005年4月3日日曜日

昼メシにトマトソースのスパゲティを作った。ベーコンとブナシメジも入って、パスタ大盛り。妻子にも好評で、実際なかなかうまかったぞ。実はこれ、妻子が帰省しているときに一人で作って食おうかなとも思ったけど、どうせなら皆で食ったほうが楽しいからと延期していたのだ。

てなさくのお手製、トマトソースのスパゲティ

夕方、散歩しようと外出準備をしていたところへガリクソンが現れた。例によって一階の喫茶店を借りて練習したいが時間になっても女将さんが現れないし、家 (うちの隣) を訪ねても返事がないという。電話してみたら女将さんはちゃんと家にいた。女将さんの家のインターホンが故障しているのを、ガリクソンが知らなかったのだ。ヴァイオリンを練習しているというガリクソンの同僚を紹介された。都合で昼休みに練習できなくなり、夜に自宅でやるわけにもいかず、練習場所を探しているところらしい。なるほど、それならこの店でガリクソンと一緒にやればいいかもしれない。って、俺の店じゃないから勝手なことは言えないが。


2005年4月2日土曜日

松山は「野球拳発祥の地」を自称している。なんでも、まだ野球が日本に伝来して間もない頃に、高松のチームと試合をしてボロ負けして、くやしまぎれに打ち上げの席で始めたものらしい。野球の発祥の地ならともかく、野球拳じゃあんまり自慢にも何もならない気がするが、コミュニティセンターでは「松山春まつり」の一環として「野球拳全国大会」なるものが開催されていた。

野球拳全国大会はこちら

吹奏楽の練習。練習場所の駐車場には桜をはじめとしていろいろな花が咲いていた。晩飯はR33沿いのジョイフル。ポークソテーのソースがやたらに辛かった。6月の演奏会の段取りを皆で相談する。賛助出演者が多いので、準備段階で気を使うことも多く、なかなか大変だ。


2005年4月1日金曜日

もう4月。あっという間に4月である。エイプリル・フールである。ちょっとだけ蘊蓄を傾けておくと、その昔 (ローマ時代?) ヨーロッパのどこかの国で、暦法が変わったことを知らずに古い暦の新年の祝いをしている人たちを笑ったのが、エイプリル・フールの始まりらしい。そんなわけで、これはもともと、嘘をつくお祭りというより、人をかついで無駄足を踏ませるお祭り、なのだそうだ。

ところで、ここ松山に限らず日本の各地で、各種年中行事をひと月遅れで祝う習慣がある。ひな祭りを4月3日、七夕を8月7日という具合だ。お盆なんか本当に全国一斉にひと月遅れだ。これはしかし、世間の人々が言うように「旧暦」に則っているわけではなく、あくまで単なるひと月遅れである。というのも、日本の旧暦と新暦の間に、簡単に日付の対応がつくはずはないのだ。日本の旧暦は太陽太陰暦というややこしい暦法で、新月の日を文字通り新しい月の初め (朔日 = ついたち = 月立ち) とし、立春つまり太陽黄経が315°になる瞬間を含む月を正月とする。ところがそうするとどうしても、何年かに一度、13ヶ月ある年ができてしまう。かつては、そのような年を閏年と呼び、その挿入された余分なひと月を閏月と呼んだ。このように、日本の旧暦は、「立春を年の始まりとする」という要請と「新月を月の始まりとする」という要請の間で無理矢理折り合いをつけたような暦法だ。しかしいずれにせよ、立春はいつも新暦の2月の初めなので、年中行事をひと月遅れでやっておけば、たしかに旧暦の節句から大きくははずれない。大きくははずれないが、やっぱりそれは少しヘンな気がするし、これを「旧暦」と呼ぶのは単なる間違いだ。なんとなくエイプリル・フールの起源に近いものを感じるな。旧暦なら旧暦で、ちゃんと計算された暦に則ってやればいいのにね。

そういえば、立春が年の始まりだという発想は「八十八夜」とか「二百十日」などの数えかたに痕跡をとどめている。そして、立春を年の始まりとするということは、とりもなおさず節分を年の終わりとするということだ。なるほど、豆をまいて鬼やらいだとか恵方に向かって巻き寿司まるかぶりだとかは、たしかに大晦日にこそ似つかわしい気がする。

えーい、このさいだ。蘊蓄ついでに六曜をやっつけておこう。一日一日に、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口のどれかが割り当てられているアレだ。この順で巡回しているようで、ところどころイレギュラーに跳んだりする。そのあたりが神秘的に見えないでもないが、じつはこの「イレギュラー」は旧暦のついたちつまり新月の日だけに起こる。これは「日」だけでなく「月」にも六曜が割り当てられているからで、たとえば先月が先勝の月だったら今月は友引の月で、朔日が友引になり、以下、二日が先負、三日が仏滅、・・・と続く。だから、旧暦に則って考える限り、完全に機械的に六曜がわかってしまう。その点、新暦の七曜 (月火水木金土日) と変わらない。だから、江戸時代までは六曜で縁起をかつぐ人はいまほど多くなかったらしい。そりゃそうだろう。「今日は火曜日だから縁起が悪い」なんてこと言う人は、まあ皆無ではなかろうが、あんまりいない。「今日は金曜日だからピアノのレッスンだ」とかいう人だったらいる。というか普通だね、それは。