て日


2004年 12月分


2004年12月31日金曜日

早朝に、フェリーで神戸に着いた。みろりの旧友ノブエさんが出迎えてくれた。雨だ。住吉のデニーズロイホで朝食をとったあと、ノブエさんは親切に俺たちを大阪駅まで運んでくれた。ありがとう。

京都の実家に着くと、ほどなく雪が降りだした。あれよあれよという間にあたりは雪化粧。京都の冬は寒いが、雪は珍しい。カメラ (じゃなくてケイタイだけど) をもって外へ出た。

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京都市内の雪は、それでもすぐに止んだが、丹波の山中の国道は帰省ラッシュと雪のために大渋滞だったらしく、弟一家は綾部から来るのに8時間かかった。これは普段の5倍以上の時間がかかっている。


2004年12月30日木曜日

昨晩宴会から戻ってiPodを使おうとしたら、うんともすんとも言わない。充電しようとしても何も反応がなく、どうしようもない。年越しの帰省を控えているので、初代iPodはお役御免にして、とりいそぎ40GBの第4世代iPodを買って来た。

最近すっかりW21CAに夢中!と思っていたら、MacintoshとW21CAの組み合わせではインターネットに接続できないことが判明。これは誤算だった。そこで、今回の帰省にはPowerBookを持たず、情報端末はW21CAとiPod (あとは親バカビデオ用のハンディカム) だけということにした。着替えは一足先に実家へ向けてひと山郵送してあるので、今回の俺の荷物は通勤用のリュックとカメラバッグとウェストポーチ (みろりサンタのクリスマスプレゼント。これがなかなかのお役立ちだった)、みろりの荷物は子連れお出かけ用ウエストバッグひとつに収まった。【娘】がいる上に、【息子】をベビーカーに乗せて運ばねばならないので、人間以外の荷物は極小にしないといけないのだ。


2004年12月29日水曜日

夜、こじんまりと飲みに出かけた。参加者は、パソコンインストラクター、手話通訳者、編曲家、数学者、鉄道マニア、高校野球マニア、以上6名。松山はそこそこ人口が多い上に、盆と暮れにはたくさんの帰省客を迎え入れて街全体が巨大な同窓会場みたいになるところだから、この時期は特に夜がにぎやかだ。そんな時に、どこに予約するでもなくいきなり夜の街に繰り出したのだから大変で、寒い夜風に当たりながら空席を求めてあちこちの店を覗き込み、知っている店に電話をかけまくらなければならなかった。だが、たまたま通りかかった三番町の玄海南店でタイミングよく空席ができたので、一も二もなく入り込み、焼肉を食って酒を飲んだ。電車で帰らなきゃならない手話通訳者を見送ったあと、次にカラオケ、と思ったら、どこも満室で1時間ほど待たねばならないので断念。ピカデリーサーカスで夜中まで飲み直した。ここは地下のこじんまりしたイギリス風のバーで、地味に飲みつつ語るにはちょうどいい。

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バーから出て階段を上ったら
1Fのウィンドウにクマの夫婦が座っていた。

いい感じに酔って家路についたら、アパートの前に救急車が止まっていてびっくり。急いで家に駆け上がり、妻子に「いま運ばれていったのはお前たちか?」とトンチンカンなことを聞いてしまった。どうやら、隣のビルに急病人が出たか何かのようだ。


2004年12月28日火曜日

近所の奥さんがやっている喫茶店。昼前に郵便局へ行ったついでに、久しぶりにコーヒーを飲みに寄ったら、定番メニューのサンドイッチセットの注文が思ったより多かったので、急いで食パンを買いにいってくれないか、と頼まれた。それで近所の業務用スーパーに行った。そこなら一斤102円の食パンがあるのだ。ついでにと思って店内をざっと見て回ると、ハイネケンやサントリーHOPSのロゴ入りTシャツが1枚98円で売られている。キャンペーンの景品の余り物か何かなのだろう。ハイネケンの白いTシャツは、たとえ一回着てダメになっても、98円ならまあ笑って済ませられるので、まとめて4枚買うことにした。サントリーHOPSの分は、襟付きで深い緑色。アンダーシャツにはならないが、なにしろ98円だから一枚買った。

サントリーホップスのシャツ

たわむれに娘に着せてみると、なんか神父さんとか魔法使いとかのガウンみたいな趣きで、寝間着がわりになりそうだ。


2004年12月27日月曜日

高橋麻奈『やさしいXML』を買って来た。利用するアプリケーション (たとえばMicrosoftが提供していた XML Validator) はWIN32またはUNIXでしか動作しないなど、プラットフォーム依存の内容があるにもかかわらず、そのことをきちんと明記していないので、大変がっかりした。XMLは他の本で勉強することにして、この本はさっさと古本屋行きだ。

W21CAで再生できる音楽ファイルをMacintosh (Mac OS X 10.2.6以降) で作る方法がわかった。(ここに書いたら過去ログに流れていくので, 別ページにも残しておきます)

【必要なもの】

  1. QuickTime Pro 6.5以降 --- Mac OS Xに標準インストールされている QuickTimeではエンコード機能が無効になっている. Apple のサイトで QuickTime Pro にアップグレードするべし!
  2. 音源 --- CDまたはiTunesの音楽ファイル. もちろん, これがないと話にならない. QuickTime Player で再生できる形式のものならなんでもよいが, 演奏時間5分くらいが再生できる限度のようだ.
  3. miniSDカードおよびメモリディスクリーダー/ライター --- データを書き込むのに必要.

【手順】

  1. 変換したい音源ファイルを QuickTime Playerで開く.
  2. QuickTime Playerの《ファイル》メニューで《書き出し...》を選ぶ.
  3. ファイル保存ダイアログでファイルの保存場所とファイル名 (日本語は避け, 半角英数字だけで短い名前をつける) を指定し, 次に《書き出し》ポップアップメニューで《ムービーから3G》を選び、その右どなりの《オプション...》ボタンをクリック.
  4. <重要> 現れたダイアログで、ファイルフォーマットを 3GPP2 にし, 《オーディオ》タブをクリック.
  5. <重要> 《オーディオ》プルダウンメニューで AAC-LC (ミュージック) を選択. その他の設定は放っておいてもいい.
  6. 《OK》ボタンをクリックしてオプション設定ダイアログを閉じ、ファイル保存ダイアログの《保存》ボタンを押す. ファイルの変換が開始される.
  7. 変換が無事終了したら, 念のために, できたファイル (拡張子は .3g2 になるはず) を開いて再生してみる.
  8. 問題なければ, できた .3g2ファイルを, miniSDカードの PRIVATE/AU_INOUT フォルダにコピーする. W21CA側からはこのフォルダは《PCフォルダ》としてアクセスできる.
  9. あとはW21CA上で (マニュアル通りに) データを振り分け, 再生すればよい.

試してみたところ、4分40秒の曲がほぼ1MBに変換された。とすると、CD1枚が16MBくらいか。128MBのminiSDカードなら余裕だな。W21CAに付属のヘッドフォンで聞いてみたところ、まあそれなりにいい音。もーQuickTimeさまさま。お試しください。


2004年12月26日日曜日

散歩がてら、近所のはなまるうどんに昼食に出た。先に立って歩く俺の後を追いながら娘が「パパあぶないよぉ」と、たしなめるような口調で言う。ところが言ったとたんに、当の娘が転んでしまった。すかさず「あ、ホンマや!」と俺。娘はケロッとした表情で「ね、言ったでしょっ」・・・これにはパパ・ママ大受け。

遊ぶムスメと即席お友達

家のすぐ近所に公園があるってのはいいね。コミセンのこども館で娘を遊ばせていたら、同じくらいの年頃の見知らぬ男の子と娘があっというまに意気投合。一言も言葉を交わさぬうちに、きゃっきゃっ言いながら一緒に走り回り、相手が笑えば自分も笑い、相手が転べば自分も転ぶ共鳴状態が出現した。

子供のお楽しみ能力は本当にうらやましい。そして実際、娘はよく転ぶのだった。


2004年12月25日土曜日

花

ふたたび (11月30日の日記参照) 家族で ばう の家にいった、というより、ばうのお母さんの店に昼飯を食いにいった。そのついでに、W21CAで近所の家の庭先の鉢植えの花を勝手に撮影させてもらった。上の写真は単なるサムネイルで、本来のデータは1280x980のSXGAサイズ(約480KB)だ。パソコンの壁紙として使えそう。明るいところで動かない被写体を撮る分には、W21CAのカメラ機能でこれくらいのものは撮れるわけね。きょうびの携帯電話は侮れない。ただし、専用のデジタルスチルカメラと比べると、レンズはどうしても小さくなるから、明るさが十分なところでないといい写真は撮れないだろうと思う。カメラの性能はレンズ部分が一番大きく左右するものだから、画素数だけでデジカメの性能を云々してはいけない。いいカメラが小さくならないのには、理由があるのだ。

さて、俺たちが食後のお茶でくつろいでいる間、【娘】だけは ばう に連れられて家に上がっていった。ばうのレポートによると、【娘】は大喜びで元気に二階に上がっていったが、階段を上がり切ったところで、二階にいた大きな犬のイッチョと目が会ってフリーズ。すごい勢いで階段を駆け下りて、ばうの脚にしがみついて店のフロアに戻ってきた。家の中に犬がいるというのは全く予想外だったらしい。

夜はいつものように吹奏楽の練習。今日は今年の練習納めなのだが、「展覧会の絵」の「二人のユダヤ人」「ビドロ」「古城」それからリードの「ラフーン」と、地味な曲ばかりやった。だが、合奏の首尾は上々だったらしく、マエストロはなかなか上機嫌だった。


2004年12月24日金曜日

W21CAの着信音はQualcomm PureVoice (QCELP, *.qcp ファイル) なので、Qualcommのサイトからコンバータをダウンロード すればパソコンで自作できる。Windows版, Solaris版, SCO版, Linux (i386)版, Classic Mac OS版がある。Mac版がClassicアプリケーションなのはちょっと気に入らないが、むしろあるだけでもありがたいとも言える。

なにしろクリスマスイブらしいことはここ数年ほとんどしていない。過去数年間のクリスマスイブの過ごし方を回顧してみよう。

1998年:婚約ホヤホヤのコトブキな二人。この年くらいは、どこかのレストランで二人でカンパ〜イなどしていてしかるべきだったのだけど、二人は姫原の焼肉屋に行った。知人の高校教師のT山君に会った。

1999年:結婚後半年くらい。この年こそ、どこかのレストランで二人でカンパ〜イなどしていてしかるべきだったのだけど、次の日に吹奏楽団の役員会兼飲み会をうちで開くことになっていたので、お片づけに勤しんでいた。みろりがてなさくにブルーナの象のぬいぐるみをくれた。

2000年:昼間、JR松山駅でサックスアンサンブルのミニライブを決行。夜は普通に吹奏楽の練習。曲はショスタコーヴィチの《ムツェンスク郡のマクベス夫人》という凶暴な作品。その後、何人かの団員が俺たちの家できしめんを食った。みろりがてなさくにパパスのマフラーをくれた。

2001年:吹奏楽団のメンバー数名がカラオケパーティーをしているところへ、演奏会のプログラム原稿の打ち合わせのためだけにお邪魔した。0歳の【娘】に、ミチコさんがタバサ・クレヨンのベビー服をくれた。

2002年:余戸の豊湯に行ったら大変すいていた。湯冷めして、翌日熱が出た。娘1歳。

2003年:前夜から熱があった。尻におできができて、北伊予の肛門科に行った。松山生協北伊予店のうどん屋でかやくうどんを食いながらみろりが仕事を終えて迎えにくるのを待った。その後ふたりで娘を託児所に迎えに行き、おとなしく家に帰った。娘に《ぽぽちゃん》の着せ替えお洋服セットをプレゼント。

さて、今年はどうかというと、子供の情操教育ってこともあるから、夕食後にみんなでケーキを食ったぞ。それに、子供らを寝かせてから、夫婦でベイリーズ・ミルクで乾杯した。あと、さきほどサンタさんがきて、娘の枕元に木製の《キャッシュレジスター》のおもちゃを置いていった。最近数年間では、今年がいちばんクリスマスらしかったかな。


2004年12月23日木曜日/天皇誕生日

予定通りW21CA入荷。「PCサイトビューア」は、「京ぽん」と同じOperaのBREW版アプリケーションだ。自分の掲示板にも書き込みができて、まことに結構。付属品の充電用のドックにはなんとUSBのコネクタが装備されている。しかしこういう新機軸の製品の常として、ドライバソフトウェアはWindows版だけしか用意されていない。Mac OS版が出るのは時間の問題とみた。まあ、待ってみましょう。で、それまでの間、パソコンとケイタイの間のデータのやり取りをどうするか。一応「携帯万能 for Mac」で最小限度のデータの吸い出しはできたが。しかし、転送が低速だしそもそもサポート外機種になってしまう。実際、SXGAサイズ (1200x960ピクセル) の画像などは転送できなかった。こうなると、miniSDカードを使う方が簡単でしかも手っ取り早い。さいわい自宅で利用しているマクセルのメディアリーダ UA20-MLT ではSDカードの読み書きもでき、しかもパナソニック製miniSDカードは最初っからアダプター付きだ。さっそく試してみた。W21CAでminiSDカードの初期化をし、写真データのコピーをとるところまではマニュアル通りにスムーズにできた。ところが、取り出したminiSDカードをSDアダプタに入れて、メディアリーダをパソコンに接続したら、パソコンが応答しなくなった。うわっ、ダメか (このカード4,800円もしたのにぃ〜) と思いながらマックをリセットしたが、再起動後は何の問題もなくカードにアクセスできた。メディアリーダとメディアの挿入の順番を間違えた (メディアを先にメディアリーダにさしていた) のがまずかったかもしれない。


2004年12月22日水曜日

市民コンサートの機関誌づくり。夕方6時30分開始なのだがなかなか人が揃わず、ということは必要なデータも揃わない。「これじゃしょうがないわねぇ」と女たちが忘年会の用意を始めてしまった。そ、それは原稿完成後の予定だったんじゃぁ? 食事した後で機関誌の編集なんかできるんかいな・・・と心配したのは俺だけのようで、みんなひとしきり食って歓談したらさっさと手際よく片付けをして、同じテーブルで台紙に原稿を貼付ける作業を始めた。タフだなあ。


2004年12月21日火曜日

今朝はまともな時間に起きた、と思ったら、夕方、暖房の入っていない仕事部屋で小一時間も居眠りしてしまったので、体が冷えきってしばらく動けなかった。ちと、疲れがたまってますな。


2004年12月20日月曜日

ものすごく寝坊した。はうあ・・・

妻や俺が時々使う「はうあ」という間投詞は、娘が赤ちゃんの頃、最初に発した喃語に由来する。息子の場合はこれが「へうう」になる。俺たち夫婦の間では、大変うれしいとか大変焦っているとか興奮気味のときに「はうあ」といい、困ったとかがっかりしたとか弛緩気味のときには「へうう」という。使い分けですな。

妻によると、託児所で避難訓練をして以来、娘は非常口表示灯を見るたびに「大人になったら逃げましょー」と言うようになった。娘の数々の謎な発言のなかでも、これが最大の謎。


2004年12月19日日曜日

ちと寝坊した。午前11時過ぎ、娘が元気いっぱいなのに、昨日の疲れが出た妻と息子が寝てしまったので、娘を連れ出してauショップへ出向く。W21CAの入荷予定を聞き、サンプル機を触らせてもらった。ちょっといじった限りではカメラもPCサイトビューアもまずまずの使い勝手なので、さっそく取り寄せてもらうことにした。木曜日に届く予定。

auショップではminiSDカードは取り扱っていない (置けば売れると思うんだけど...) ので、サイズや価格を確かめるためにフジグランへ。miniSDカードはものすごく高価なのかと思っていたが、64MBのものが3,000円弱なので、ひと安心する。娘と二人で昼食。《とんぐらみ》のキムチチャーハンを食って生ビールを飲み、さらに《めんた》のぶったまうどんを娘と分け合って食った。


2004年12月18日土曜日

クリスマス直前の土曜日ってのは、どうしてもいろんなことが集中してしまうようで。

朝から、幼稚園のクリスマス礼拝&パーティー。そのあと銀天街の「ジャックと豆の木」で昼食をとって午後3時前に帰宅。俺はすぐに再び外出して、いよてつ高島屋で娘へのプレゼントを買い、さらにその足で市民コンサート事務局へ。事務局の大掃除&模様替えのようすを見に行ったのだが、案の定すぐには帰れず、吹奏楽の練習の時間にずれ込みながらも作業終了まで手伝った。一時間遅れで吹奏楽の練習に行き、普段どおりみっちり合奏をした。今夜は吹奏楽団の忘年会なので、楽器を置きに一時帰宅しないといけない。帰り道で、託児所のクリスマス会に出向いた妻子からメールが届き、託児所に寄った。寝てしまった赤ちゃんとはしゃぎ気味の三歳児を妻一人で家に連れ帰るのは大変なので手を貸すのだった。そんなこんなで、ひょっとしたら、普段の平日より忙しいくらい。

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託児所のクリスマス会に備えて妻が作った「いないいないばあ人形」
これって、作った人に似るんだってさ
たしかにね・・・

俺などは、忘年会といえば《お座敷で鍋》とどうしても思ってしまうが、今年の忘年会の会場は三番町のD-Pocketだった。テーブル席で適当に分かれて座ったので、《ギャル席》《お姐さま席》《怪人席》《来賓席》《エキストラ席》などが自然発生。俺とらっきょさんとマエストロ夫婦が座ったテーブルは当然《おたく席》だ。らっきょさんが『ラフーン』について俺より詳しく調べていたのには驚いた。さすが蘊蓄の王さま。俺はマエストロに iPod を見せて説明をした。ベートーベンとマーラーとブルックナーとショスタコーヴィチとシベリウスとオネゲルの交響曲を全曲入れてもおつりが来る (というよりおつりのほうが多い) キャパシティと、膨大な数の曲の中から聴きたい曲をすぐに探し出せる操作性を目の当たりにして、マエストロもひとつ欲しくなったようだが、きっと堅実派の奥さんがうんと言うまいなあ。

午前零時半にお開き。眠くなったので二次会には行かず帰ることに。帰り道、大街道のゲーセンでUFOキャッチャーをしてクマちゃんをゲット。1プレイ200円のところ500円入れて3プレイできる、というのはよくあることだが、2回めの操作で景品が手に入ったってことは、ひょっとして100円損したってことかね。

景品クマちゃん
UFOキャッチャーの景品のクマちゃん
比較対象に文庫本を持たせました
景品にしちゃ大きいでしょ?


2004年12月17日金曜日

【娘】の幼稚園の先生からメッセージが届いた。最近めっきり口が達者になった【娘】は、幼稚園でもお友達と「おうちの人ごっこ」をして遊んでいるそうだ。ひめちゃんが赤ちゃん、先生がおかあさん、よっちゃんがおにいちゃん。「【娘】はおねえちゃんになる!」・・・先生が「よっちゃんは何歳のおにいちゃん?」ときくと、よっちゃんが「10さいっ!」「【娘】は何歳のおねえちゃん?」ときかれて、娘は「40さい!」・・・これには先生も爆笑したそうだ。

昨晩、娘が俺に「パパなんさい?」なんて訊くから、正直に「40歳」と答えたんだが、さっそくそれがこんなところで応用されている。

講談社から出ている「NHKおかあさんといっしょ」の雑誌の付録に、《五十音かるた》があった。床に散らばったかるたを片付けていると、部屋の隅から《あ》と《な》が同時にでてきた。「あな!」と叫ぶと、娘も一緒に「あな!」・・・「【娘】ちゃん『あな』って知ってる?」「知らない」というので、コップのふたにあいた穴、鼻の穴、ふすまの破れなどを指差しては、「あな!」「あな!」とやっていると、娘はペットボトルのふたを持って裏側を見せた。う〜ん、惜しいなあ。

とかなんとか「あな」探しをしているうちに、ピアノのレッスンの時間が迫って来たので、出かける前に養命酒を飲もうとすると、みろりが養命酒の瓶の口を指差して「これもあな!」と言った。いや、それは違う。俺の理解では《穴》は《面》にできた欠損で、しかもヘコミとはちがって、中が真っ暗だったりあるいは逆に向こう側が見通せたり、《面》の背後にある別の空間への通路という意味をもっている。だから、ペットボトルのふたもガラス瓶の口も、穴ではない。トイレにおしっこをしにいった娘は、壁にセットされたトイレットペーパーのロールの芯を横から指差して「あな!」という。うんうん、ペットボトルのふたよりはだいぶ穴らしい。さて、いよいよピアノ教室へ出かけようとすると、娘が玄関先までついてきた。すかさず、廊下に置いたベビーバスの底の栓をぬき、娘にのぞかせて「あな!」・・・火曜日に引き続き、今夜も教育テレビみたいなことをやってるパパだった。


2004年12月16日木曜日

日曜の昼にオンライン注文した Finale2005 アップグレード版がもう届いた。早っ。本家 MakeMusic! Inc. へのダイレクト発注だから、ひと月くらいは待たされる覚悟だったんだけどね。Finale 2004以来、Mac OS X ネイティブで動くようになって大変ハッピー。そのMac OS Xも、今日になって 10.3.7アップデート がリリースされた。

どうでもいいことだが、上記の Finale の Webサイト では、サンプル画像に Mac OS X版 と Windows XP版 がごちゃ混ぜに使われていて面白い。


2004年12月15日水曜日

家族で出かけるときにはデジカメを持って出るようにしているのだが、デジカメと携帯電話を両方持ち歩くよりは、最近のメガピクセルクラスのカメラを搭載した携帯電話に機種変更した方がいいと、しばらく前から思っていた。きょうauから届いたDMによると、新しいau携帯電話W21CAは、2メガピクセルのAFカメラを搭載し、2.4Mbpsのパケット通信に対応しているうえ、PCサイトビューアというWebブラウザでパソコン用のWebサイトを見ることができるという。それは聞き捨てならない。

また、DMには、PCサイトビューアで使うパケットはCDMA 1x WINのダブル定額サービスの対象外だと書かれている。ではどういう利用方法が定額の対象で、どういうのが対象外なのか、ちょっとはっきりさせておく必要がある。

さっそくauショップに行ってきた。ショップの店番はなかなかナイスな女の子だったが、まあそんなことはどうでもよろし。そもそもW21CAは18日リリース予定で、まだショップにはモックアップ(模型)すら入って来ていない。したがってPCサイトビューアがどんなものかはわからない。2メガピクセルのカメラは既存のW21SAの実機を使って試させてもらった。同じ実機で撮影したナイス店番ねえちゃんの写真を印画紙にプリントしたサンプルも見せてもらったが、まあまあ普通のスナップ写真として見れる。たとえばこのページとか「成長記録」ページのインライン画像として使う写真や、宴会の席のバカ写真をとったりするには十分すぎる画質だ。

音楽好きにとっては、W22SAのデータフォルダ40MB & FMラジオ機能搭載というのも魅力的だが、実はW22SAはデータフォルダが大きい反面、miniSDカードが挿さらない。miniSDカードに出費する覚悟があれば、データフォルダは20MBで十分だ。それなら、同じくFMラジオが聴けて、miniSDカードが挿さって、カメラ機能が優れたW21SAのほうがいい。

ダブル定額とPCサイトビューアのパケット料金の件についてはこうだ。ダブル定額はEZwebとEZメールのパケット通信を対象としたものであり、パソコンと接続してのデータ通信ではもともと対象外。PCサイトビューアは携帯電話に内蔵されたソフトではあるが、パケット料金の計算はパソコンのデータ通信と同じ扱いになる。なるほど、ということは、俺のように主に出張先でパソコンをインターネットにつなぐ目的で使うのであれば、ダブル定額のウマ味ははじめから全然ないわけだ。それならかえって話は簡単である。俺はもともとEZwebには興味はない。通信料がいくら安くても、ニュースにせよ何にせよ、有益な情報はたいてい有料で、情報料が割高だからだ。俺にとってはダブル定額はそれほど意味のない制度というわけだ。

こうして、2メガピクセルのカメラを搭載したWINの2機種、PCサイトビューアのW21CAと、FMラジオのW21SAに候補はしぼられた。どちらを選ぶかは、俺がどういう機能を望むかによる。FMラジオはしばらく使って感心したら使わなくなるかもしれない一方、PCサイトビューアは持っていればそれなりに便利に使うと思う。松山ウィンドの役員会など、打ち合わせの席で、「あれはどうなんだっけ?」と調べものをしたくなることは頻繁にあり、ああいまWebが見れたらな〜、とはよく思うからだ。先日、PHS派の松山ウィンド団員 (肉z) の持つ京セラのH"端末 (通称京ポンとかいうんだっけ?) を見せてもらったが、あれだけの表示能力があれば、わざわざパソコンを開かなくてもたいていの調べものは済んでしまいそうだ。しかし、PCサイトビューアはおそらくBREWアプリで、携帯電話では初めての試みのはずだから、初期バージョンにありがちな不安定なものである可能性も濃厚だ。しかしなにしろ実機がないので、試しようもないし、店の人も情報の提供のしようがないのだ。そんなわけで、(もうほとんど決まったようなものではあるけど) 最終的な結論はW21CAのリリース後に持ち越しということになった。

それにしても、W21SAのカラーリングはなんとかならんかったのかと思う。機能はすばらしいのだから、あとはデザインがよければ俺だってさっさと乗り換えていたところだ。白いやつは開くと操作ボタンが黒地にオレンジの刻印。黒いやつはボタンがダークグリーン系2色のだんだら模様だ。銀色のやつに至っては、フリップの一方、液晶画面の側だけがメタリックなペパーミントグリーン。たとえて言えば、七三分けの実直な銀行員が、紺の背広に黒いスラックスを履いているような感じで、全体に地味めのいい印象なはずなのになぜか微妙にツートンカラーというところがすばらしく変。俺のセンスからいうと、黒いのだけはまだ許せるが、実機の在庫 (というか売れ残り) はこの理解に苦しむ配色の銀のやつしかないらしい。


2004年12月14日火曜日

娘が駄々ばかりこねて困ると不平を言うのをちょっと止めて、自分の生活を振り返ってみる。予定表には片付いていないToDoがたまり、家の中には片付けきれないものがたまり、生活の疲れが体のあちこちにたまっている。自分の身の回りのことをないがしろにして生活環境を損ねていることに、大人は気づかぬ振りをしてやせ我慢もできるが、3歳の子供はどうだろう。「自分のことを後回しにして子供のために尽力している」と頭では思っていても、それで自分が苦しい目に遭って不機嫌になっていては、結局子供の気持ちも不安定になる。このからくりに気がつかないと、「育児ノイローゼ・スパイラル」に陥ってしまう。自己管理は誰も代わりにやってくれない。反省しよう。

クリスマスツリー
クリスマスツリー
オーナメント
オーナメント

クリスマスツリーのオーナメントを作った。広告チラシや古雑誌から切り抜いた写真やキャラクターをざら紙に貼り、その裏にティッシュペーパーを縒ったこよりのループを糊づけする。材料費ほとんどゼロ円。作るところを娘に手伝わせ、二人で飾り付けした。作りながら娘に説明をしているとき「ワクワクさんみたい」と思った。娘も同意。


2004年12月13日月曜日

今日はどういうわけか多方面に「すんませんもうちょっとだけ待っててください」と頼みながら活動する日だった。

一昨日のエンコーディングの話は、結局、SafariのデフォルトエンコーディングをシフトJISに変更してしまうのが一番無難な解決法なのだった。少々けったくそ悪いけどな。

夜。部屋でメールチェックしていたら娘がやってきた。昨日は龍が怖いといった娘だから、これも怖いのかと思って、そのとき飲んでいたキリンビールのラベルの麒麟を見せたら、やはり怖がった。けれども、あとで娘が母親とじゃれ合っているときには、缶を見せても「こわい〜♪」と言いながら顔は笑っていたので、「本当は怖くないんでしょ?」というと、笑いながらうなずいた。ううむ。娘はいま3歳8ヶ月だが、どうやら自分の弱さを演出して武器にする心理作戦を覚えつつある。しかし、そういうことは程々にしないと、大人になってこれをやる奴は周囲にすごく迷惑をかける。気をつけて躾けなくちゃ。

俺が子供だった頃 (およそ30年前)、俺の父親もよくキリンビールを飲んでいた。ラベルの麒麟の絵を、俺は怖いというよりなにか不思議なものを見る心持ちで見ていたものだ。麒麟は聖天子の出現に先立つ瑞兆だから、たしかに「不思議なもの」ではある。また、これは当時はめったに見る機会はなかったが、エビスビール(当時はまだヱビスビールと表記していたっけ)の蛭子さまも、キリンビールの麒麟と同様、ちょっと気持ち悪いような神聖なもののような (宗教学ではこういうのを「ヌミノースな感覚」というらしい) 不思議な感じがしたものだ。

最近の商標には、角が丸くて目が大きくて手足の退化した赤ちゃんのようなキャラクター (これまた娘のお気に入りのななみちゃんがよい例だ・・・あ、ななみちゃん誕生日が俺と同じ・・・) が登場することが多いが、そのかわりに、宮崎アニメとくに《千と千尋の神隠し》には、麒麟や蛭子さまから受けるようなヌミノースな印象が、子供向けに少々かわいくデフォルメされながらも、ふんだんに盛り込まれているようだ。


2004年12月12日日曜日

朝のうちに娘を自転車に乗せて郵便局に行き(中央郵便局は日曜日も午前中だけ郵便の窓口をあけている)、つぎに丸三書店へ。どこの書店もこの時期にはカレンダー・フェアみたいのをやるが、毎年ここは規模が大きい。例によって三日坊主めくりご教訓カレンダーを買い、さらに娘へのサービスとして《カードキャプターさくら》のカレンダーを買ってやろうと思ったら品切れだった。《ふたりはプリキュア》は一部だけ在庫があったが、なんか気に入らないから買わない。

午後、先々週のピアノの発表会のときにもらった花が枯れて、ダイニングテーブルに置いた花瓶が寂しくなったので、再び娘を自転車に乗せて花屋さんに行った。ガーベラを少し買った。そのとき妻は家で赤ちゃんに添い寝していたが、娘が悪い人に連れ去られる夢を見たらしい。悪い人って俺か?

花屋から戻ってもまだ妻が寝ていたので、Blue&Whiteで自分の作業をする横にPowerBook G4を置いて、娘に《千と千尋の神隠し》を観せることにした。前回 (11月3日) 、千尋の両親が豚になるところまで観たら、もう怖くて我慢できなくなった娘だが、どうやら、一度観たシーンは平気らしい。今回は千尋たちが床の雑巾がけをしている朝のシーンまで進んだ。でもやっぱり途中で怖くなったらしい。起きてきたママに「こわい〜」と訴える。なんで雑巾がけが怖いの? と思ったら、《龍がこわい》だそうだ。途中の湯婆々の部屋のシーンあたりで怖くなったが我慢していたのだろう。


2004年12月11日土曜日

最近になって、SafariのデフォルトエンコーディングをUTF-8に変更した。すると困ったことに、文字セット (エンコーディング) の指定をしていないサイトを開くと文字化けするようになった。もともとUTF-8は多言語混在を前提としたUnicodeベースのエンコーディングなので、最初に文字セットをUTF-8と仮定してしまうと、他のどんなエンコーディングを見ても、プログラムとしては「なんか変なページだなあ」とは思っても、他の文字セットなのかそれとも本当にいろんな文字種がごちゃごちゃに混在しているページなのか、区別できないのだ。ある程度自動判定してくれりゃあいいのにとは思うんだけど。

偶然なのかどうか、文字セットの指定のないページってのは、きまってシフトJISエンコーディングだ。あ〜あ。みなさんお願いですからWebページのHEAD部分にMETAタグを入れてエンコーディングを指定してやってくださいよ。シフトJISならこんな感じです

<head>
<title>タイトル</title>
・・・

この Shift_JIS のところは、7ビットのいわゆるJISコードの場合は iso-2022-jp、EUCコードの場合は euc-jp と書けばよいのです。頼んます。

しかし、職場で業者委託したWebページで、エンコーディングを指定するMETAタグをTITLEタグの後に記述したコードが納品されてきたのにはがっかりした。TITLEタグで日本語などの多バイト文字セットを使ってしまうと、多くのブラウザではその時点で自動判定でエンコーディングを決めてしまうから、そのあとでMETAタグでエンコーディングを指定しても意味がないのです。

ホームページ作者の皆さんにお願いしつつ、話は変わる。

吹奏楽の練習。《ラフーン》の初めての音出しだ。メランコリックな感じの曲だがなかなかかっこいい。この曲のタイトルはジェイムズ・ジョイスの 《She Weeps over Rahoon》という詩から取られている。Googleで調べたらすぐに原文が見つかった。全部で12行の短い詩だ。

SHE WEEPS OVER RAHOON - JAMES JOYCE

Rain on Rahoon falls softly, softly falling,
Where my dark lover lies.
Sad is his voice that calls me, sadly calling,
At grey moonrise.

Love, hear thou
How soft, how sad his voice is ever calling,
Ever unanswered and the dark rain falling,
Then as now.

Dark too our hearts, O love, shall lie and cold
As his sad heart has lain
Under the moongrey nettles, the black mould
And muttering rain.

例によって難しくてよくわからないのだが、冷たい土に音もなく静かに降る雨、愛する人を失った女の静かな嘆き、というムードだけは伝わってくる。それにしても、「ラフーン」とは何か。原文を読んでも謎は深まるばかり。雨がその上に降り注いだり、女がその上ですすり泣いたりできるからには、なにか「場所」のようではある。

Google検索で二番目にヒットしたサイト (神戸大学文学部の菱川先生のページ) を見ると、

Note: "[C]omposed in Trieste shortly after his 1912 visit to the grave of Michael Bodkin at Rahoon, Ireland. Bodkin was the Galway sweetheart of Nora Barnacle and the man whom Joyce used as the model for Michael Furey, whose memory Gretta Conroy evokes in the closing pages of "The Dead." (Fargnoli and Gillespie)

という注がある。どうやらアイルランドの地名らしい。


2004年12月10日金曜日

先日注文したメモリモジュール (PC100/168pin/256MBx2枚) が届いたのでさっそくBlue&White G3に装着した。元々あった128MB+256MBと4枚で896MBにすると起動しなかったので、128MBのモジュールを外して768MBで使うことにする。取り出した128MBのモジュールをiMacに挿そうと思ったがiMacにも空きスロットがない。さてどう利用したものか。

RAMが一挙に倍増したので、Jedit XでHTMLを編集する際に動作がもたつくことがなくなったように思う。ためしに、Jedit Xでこれを書きながら、Internet Explorerでプレヴューして、メモリ使用状況をアクテヴィティモニタでチェックしてみた。その状態で、実メモリを338MB少々食っている。そのなかで、実際にアクティブに使われている領域と、カーネルなどシステムの常駐プログラムのための固定領域をあわせるとおよそ200MBだ。先日までの実メモリ384MBの状態では、この状態でつぎにほかのプログラムを起動しようとしたら、実メモリ領域が確保できず、仮想メモリ (実メモリ上のデータのハードディスクへの一時的な退避) のお世話になって、そのせいでパフォーマンスが低下したわけだ。

たとえていえば、CPUが事務員さんで、ハードディスクは書類をしまうキャビネット、そしてRAMが机の上の作業エリア。どんなに優秀な事務員さんでも、作業する机がミスドのトレイの大きさだったら、いちいち書類をキャビネットから出したりまた引っ込めたりする作業に時間を取られてしまい、効率の良い仕事はできない。(しかもコンピュータのRAMは、机と違って同じ場所に複数のデータを重ねて置くなんて技は使えないのだ。)

というわけで、話を先月の30日に戻して、ばうの家のeMacは プロセッサこそ G4/1GHz で、Blue&Whiteとは比較にならない高速チップだが、なにせ実装しているRAMが128MBでは、どうにか OS が起動できる、という程度なんじゃないのかと思う。

はっ。この部屋がなかなか片付かないのも、同じ理由か・・・


2004年12月9日木曜日

自室にはいわゆるドラゴンブック、Aho+Sethi+Ullmanの " Compilers -- Principles, Techniques and Tools" のペーパーバック版と邦訳 I&II巻が並んでいる。娘はこれが気になって仕方がない。表紙が怖いかららしい。そして、Mac Fanの最新号の表紙モデルはゴジラだ。ダークな背景に真っ赤な文字と凶悪なゴジラの表情は、大人の目にもちょっと恐ろしい。夕食の用意をするママの邪魔ばかりする娘に、買ってきたばかりのMac Fanを見せ「ほらMac Fanも怒ってるよ」というと、本当に怯えた表情になって (ちょっとの間だけ) おとなしくなった。

娘はなにしろ《カードキャプターさくら》が好きだということもあるので、「パパの部屋には怖い本がたくさんあるから、勝手に入っちゃだめだよ」と言ってあるのだった。

いっぽう、同じ著者R. Sethiの『プログラミング言語の概念と構造』の表紙だったら、ママも娘も大喜びするはずだ。 この表紙をドラゴンブックの表紙と並べると面白い。(原書第2版では表紙がこうなったけど、これじゃ何の本だかわからんな)


2004年12月8日水曜日

冬らしい日がなかなかないね。おかげで、師走だという気がしない。それにしても、ぜんぜん書くことのない一日だった。仕方がないので、さっきディスクの整理をしていて出てきたメモ、9月27日の日記に書きかけてやめた「哲学癖な考察」を引用してお茶を濁すことにする。最初の段落は9月27日の日記の内容と同じだけど、大目に見てください。

昨日100冊あまりBOOK・OFFに持っていった本のうち、3冊は買い取りできないといわれ戻ってきた。その本というのは島岡譲治『和声の理論と実習』、山本哲士『学校の幻想・近代の幻想』、南海・津川・内田『あなたの中のパソコンストレス』だ。『あなたの中のパソコンストレス』は、実は妻のお気に入りだった本だ。どこが気に入ったかというと、ストレスに対する反応メカニズムを説明する例え話に「山に登る→クマに注意という標識を見る→気をつけながら歩く→クマに遭遇する→大慌てで下山する→宿で風呂に入ってホッとする」という経験の流れを絵入りで述べていたところだ。この絵に出てくるクマがなぜか可愛らしく友好的で、人間に握手を求めている (と、妻の目には映る)。クマに出会った人たちは両手を上げてバンサイしている。びっくりして跳び上がっているわけだが、これは妻の目にはもちろん欣喜雀躍していると見える。まあ、そんなようなわけで、この本はきっとわが妻のところにいたくて戻ってきたのだろう。同様に『和声の理論と実習』も「おまえもミュージシャンのハシクレなら和声の勉強くらいしろ」という意味で戻ってきたに違いない。

問題は、『学校の幻想・近代の幻想』だ。数年前に読みかけて途中で放置し、最近になって「もういいや」と思って売り払うことにしたのだが、戻ってきてしまった。読みかけた理由は、次のような直観を理論的に補強したかったからだ。

お勉強上手の学者さんたちは、学校が排除と選別と抑圧の機構だということに、フーコーやブルデューに教えられてはじめて気がついたらしい。あるいは、フーコーやブルデューが言うことだからこそ、それに耳を貸す気になったということかもしれない。いずれにせよ、学校が排除と選別と抑圧の機構だなんてことは、学歴階層の底辺にいる「不良少年」たちはとっくに感じ取っていて、ただそれを表現する言語能力を持てずにいただけのことだ。フーコーのような天才的な頭脳にしてはじめて、学者であると同時に「不良」であることもできた、というわけなのかもしれない。間違いなく、フーコーに学ばんとする山本哲士の論考は、この線上にある。

だが、竹田青嗣・西研の『よみがえれ、哲学』では、この観点を批判して次のように言う。結果的に排除と選別と抑圧の機構として機能しているという点は認めるにしても、学校 (公教育) の存在理由を全否定するわけにはいかない。なぜならば、自由で対等なプレイヤーによるオープンなゲームとしての政治や経済や文化の活動を実現するためには、ぜひとも社会の構成員に自由かつ対等な立場に実際に立ってもらわねばならないからだ。それが可能なはずだ、というのが近代化の理念というものだったわけだ。この意味での近代化は、いまだ実現していない。それでも、理念が間違っているわけではないのだ。そして、この理念の実現は教育によってのみ可能になる。フーコー流の異議申し立ての社会思想の最大の欠陥は、改善のためのビジョンを欠いていることだ。

自由経済や民主制度が健全に機能しない理由は出発点の不平等にある。改善するためには、「不良少年」たちに「不良少年」としての直観を保ったまま、自己表現の能力に磨きをかけてもらうことが必要だ。

いまのところ、自己表現の能力を身につけた「不良」たちは、「天才」と呼ばれてしまうことになっている。そういえば、BOOK・OFFで査定を待っているとき、店内には尾崎豊の『卒業』(だっけ? 正確なタイトルは知らない) が流れていた。尾崎豊が天才であったかどうか俺にはわからないが、「不良」としての生活感覚に見事な表現を与えて伝説の人になってしまったことは確かだ。

天才でも伝説でもない普通の人が、社会の表舞台での自己表現に巧みになるためには、せいぜい学校でお勉強をして「行儀よくまじめに」ならないといけないと、誰もが思っている。そこから先の自由や平等をいくら云々しても、それは出来レースであり、「仕組まれた自由」にすぎない。それはそうだろう。

政治参加するために、いま現在の自分の等身大の生活感覚を手放さなければならないと、人々が警戒していることこそ、最大の問題点だと、俺は思うのだ。そして、人々のその警戒はいまのところ残念ながら正しい。これから先、学校にまだしも存在理由があるとしたら、それはこの状況を改善するための具体的なビジョンを打ち立てることができるかどうかにかかっている。

まあそのようなわけで、今日は古いバックアップ用外付けFireWireハードディスクの整理をしている。データがかなり重複しているようだから整理のしがいがあるぞこれは。


2004年12月7日火曜日

PowerBookのドライブはCombo Drive (DVD-ROMとCD-R/RWを兼ねる) だが、Blue&White G3の光学ドライブは純正の24倍速CD-ROMドライブから差し替えたAOpenのDVD-ROM ドライブ (OAシステムプラザで買ったバルク品) だった。CD-R/RWドライブも持ってはいたものの、CDを焼く作業をしたかったら、いちいちマシンの電源を切ってネジ回しでドライブの交換をしなければならなかった。面倒だったので、これまでは、Blue&WhiteでCDを焼くことはほとんどなかった。

きょう、仕事帰りに、HARD・OFF宮西店で中古のメルコDVR-R42FBを見つけた。税込み6,300円。これはATAPI接続の内蔵DVD-R/RWドライブ (Macintosh用語ではSuperDrive) だ。ドライブは東芝製だから、Macintoshで書き込みができる可能性は高い。もちろんメルコもアップルも、そんな使い方はサポートしないわけだが、自己責任でやってみる価値はある。買って帰って自宅で試してみると、運よくMac OS Xがサポートするドライブであったらしく、少なくともDVDビデオの再生とCD-Rの書き込みはできた。とりあえずの目的にはこれで十分。そのうち機会があればDVD-Rの書き込みを試してみたい。

Blue&White がますます便利になってきたので、これまでPowerBookでやっていた作業のベースを一部 Blue&White に移すことにする。たとえば「てなさく世界」のデータも Blue&White に蓄積し、メールも今日ついにバージョン1.0が正式リリースされた Mozilla Thunderbird を使って、Blue&White に最終的にダウンロードするように変更する。

ただし、この「て日」は、一日の終わりに寝室で書くのが楽しかったりする。それに、これからのシーズンには、寒い自室の窓側に置いたデスクトップパソコンで作業するのはちょっと辛い。そういうときは、PowerBook を寝室に持ち込み、ネットワーク経由で Blue&White のディスクを PowerBook にマウントして作業すればいいわけだ。

DVDビデオの再生テストのために、一年ほど前に買って未開封だった歌劇『カルメン』のDVDをかけてみた。バルツァのカルメン、カレーラスのホセ、指揮はレヴァイン。いまのところ、序曲と「恋は野の鳥」と第2幕の冒頭のジプシーの踊りだけしか観ていないが、なかなかいい感じだ。これは、正月に実家に持って帰って観ようっと。


2004年12月6日月曜日

久しぶりに英語でテクニカルな話をした。久しぶりにオフィスの掃除をした。

託児所の近所の家のイヌ (かなり大きく精悍な黒い犬) が何者か (目撃者の証言によると、女らしい) にナイフで切りつけられたそうだ。怪しいやつが託児所の近所をうろついている可能性があるわけで、子供の身の安全のことを考えると心配でならん。

G3くんの増設DIMMを通販で買うことにして、いよぎんダイレクトで振り込みをしようとしたら、手続きの最後の最後で、サービス停止時間帯(毎夜23:55〜0:05)に入ってしまって、手続きを拒否されてしまった。そのこと自体は仕方がない。ただ、その手続拒否通知の画面に「ウィンドウを閉じてください」というメッセージとともに「閉じる」ボタンが表示されていたので、正直にそれを押したらウィンドウが閉じられ、しばらくして再ログインしようとしたら、「前回正常にログアウトしていないので10分ほど待ってから再度アクセスしてください」と言われた。ん? 指示された通りに操作しただけなのに、この仕打ちはナニ?(怒) まあ、石橋を叩いて渡るのはいいことなんだけどさ。


2004年12月5日日曜日

市民コンサートを含む四国労音の代表者会議が松山で開かれているので出席してきた。会議自体は昨日から続いているのだが、俺は練習があったので今日だけ参加。会場は濱作で、お昼には会議を終え昼食をとってお開きという、ちょっとぜいたくな会議だった。

自分の部屋がパソコンを設置できる程度には片づいたので、妻から奪回したBlue&White G3にMac OS X 10.3.6をインストールして使うことにした。CPUは PowerPC G3 (750FX) 800MHz。ハードディスクはATAマスタ20GBスレーブ160GBに増設ATAカード (StorageFighter II) の10GB。ビデオカードはATI RADEON7000/PCI。RAMが384MBとちと少なめだが、そのうち256MBプラスして640MBにしてやろう。いまのところ、けっこう快適に動いている。RADEONとLG StudioWorks CRTの組み合わせの画面表示が美しい。ビデオ編集にはさすがに使えないだろうが、DVDを観るくらいはなんでもない (光学ドライブはDVD-ROMに差し替えてある)。

実は四国労音の会議のあと千舟町のDOS/VパラダイスでRAMを買い足そうと思ったら、PC133のDIMMのストックがすでにほとんどない状態(PC2700とかPC3100が主流らしい)だった。256MBのものは一つあったが、店の人の話では、従来より高密度なチップを使っているので相性が微妙だと言うことだった。そうでなくてもサポート対象外のMacで使うんだから、冒険は差し控えて、RAMの増設は後日を期すことにした。

Blue&White G3をはじめとする、PCI PowerMac系列の長所の一つは、PC/AT互換機用のパーツがけっこう使い回せるところだ。ビデオカードはさすがにダメだが、DIMM (PC133) も、光学ドライブ (一般的なATAPI CD-ROMかDVD-ROM) も、FireWireインターフェイス (NEC製チップのやつ) も、Ethernetインターフェイス(Realtekの8139チップのやつ)も、サポート外とはいえ、普通のパソコンショップで格安で手に入るものが使える。うまく選べばCD-R/RW (Matshita製 ATAPIドライブ) でディスクのオーサリングもできる。キーボードはちょっと難しいだろうが、USBマウスは問題ない。どれもこれも、Macを正式サポートしている製品はそれだけで値段が倍くらい違うのだ。


2004年12月4日土曜日

本日のFortuneはシモーヌ・ド・ボーヴォワールの言葉:If you live long enough, you'll see that every victory turns into a defeat. (長生きすると, 勝利がことごとく敗北に転じるのを見る羽目になる.)

発送しないといけない郵便物があるので高島屋のマドンナ郵便局へ行った。みろりと息子は昼寝している。外は雨だが、娘は自分もついていくと言う。最近買ったクマさん柄の小さなこうもり傘が、娘は大のお気に入りなのだ。だが、100メートルも歩くと、案の定「だっこして♪」だ。高島屋の地下では北海道の食材の売り出しがあった。海鮮がてんこ盛りの弁当と鮭とばを買った。海鮮弁当は家で皆で分けて食った。鮭とばはビールのつまみにぼちぼちと食うことにする。

ウィンド入団当初に手に入れて長らく使っていた古いセルマーのC**マウスピースがなぜかパソコン部品の箱の中から見つかったので、今日の練習で使ってみた。数年前までは、このマウスピースにヴァンドレンの3+1/2のリードで、それこそ涙が出るほど苦労して吹いていたのに、いまではけっこう楽に吹ける。苦労がムダでなかったのならうれしいことだ。しばらくこの組み合わせでいこうと思う。ただし、ピッチの癖はそっくり昔に戻ってしまったみたい。


2004年12月3日金曜日

写真はみろりの作ってくれた今晩のおかず。ひき肉と野菜を油揚げで巻いて煮たもの。おいしかったぞ。なんか、全国各地の保育所の人気給食メニューを本だか雑誌だかにしたものがあって、みろりは最近それを参考にしておかずを作っているらしい。なるほど。子供は正直だから、栄養がどーたら言ったっておいしくなけりゃ食わないし、だからといって栄養や安全性をないがしろにもできないから、保育所の人気の献立というのは実は万人向けの献立ということになりそうだ。ただしその本には、「うちの一番の人気メニューは納豆ご飯です」なんてのも、堂々と載っていたりするらしい。

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あの方からふたたび (7月26日の日記参照) 厳しいメールが来た。しかも前回のような条件文 (if〜then〜else〜) じゃなく端的な通達らしい。残念だが、今度はもうしゃあないかもな。・・・以下、一度は思うところをいろいろと1800文字くらい書いたんだけど、思い直してばっさりカットして、結論だけ言えば、団員の意向を無視して役員が安直な方向性を打ち出しているわけではないということ。そして、ある程度の危険は承知の上でそれなりに慎重に準備しているつもりだということ。それだけ。俺にとっては、一緒に演奏してくれる仲間と聴いてくれるお客さんがいるということが大事なんであって、そのことを差し置いてまで貫き通したい筋など、他の4人の役員はいざ知らず、俺にはない。

『コンパイラの理論と実現』の古本を通販で買った。元々が新本より150円割安だった上に「あとで確認したらマーカーや線引きが多数あったので」と、売り手が1000円引きにしてくれた。どうも申しわけない。しかし、実際マーカーだらけだ。しかも、こういう場合の常として、どこを見ても、何を思って元の持ち主がこの箇所に傍線を引いたのかがさっぱりわからない。どうも、内容を十分理解しないうちに線を引いてしまった本を、用が済んだからと古本屋に売ってしまう人も、世の中にはいるらしい。本が泣いてる。


2004年12月2日木曜日

(前の日にあんな言葉を引用したわりに、この日は何も書かなかった・・・なにせ体調不良。ゲホ・・・)


2004年12月1日水曜日

毎年のことだがこのシーズンには風邪をひく。

さっきPowerBookを起動したら、ターミナルに表示された fortune が 《Keep a diary and one day it'll keep you. -- Mae West》だった。いい言葉だな。