て日


2004年 10月分


2004年10月31日日曜日

朝、黄疸治療のため入院している【息子】に妻が母乳を届けに行くというので、俺も見舞いについていった。念入りに手を消毒し滅菌ガウンを着てNICUへ入る。【息子】を抱っこして、ガラスの向こうにいる妻と【娘】に見せる。俺が行く前には息子はコットで泣いていたが、抱っこしてしばらくすると泣きやんで眠そうな顔になった。かわいい。経過は良く、明日の検査で問題がなければ退院できるらしい。ひと安心。だがそれにしても、新生児は数日会わないと顔つきがずいぶん変わるものだ。

病院を出て、昼飯をココスで食ったあと、コンテナを買い足しに三津のコーナンへ。妻と【娘】を駐車場で待たせて俺だけで手早く買い物を済ませるつもりが、【娘】が自分も行きたいと主張。仕方なく連れていくと、【娘】はペット売り場でワンコやハムスターに興味津々。なかなか帰れなかった。だが、執拗に「出せ出せコール」をするプレーリードッグの姿を見て【娘】がちょっと怖くなった頃合いに「帰ろうね」といって連れ出したら、抵抗しなかった。


2004年10月30日土曜日

愛媛フルート協会の演奏会。小編成アンサンブルからフルートオーケストラまでの、フルートづくしの演奏会だ。俺は録音を引き受けた。リハーサルでは、なんかそこらへんのお姉ちゃんたちが集まってフルートを吹いているなあ、という風にしか見えなかったのに、いざ開演してみると、ステージには颯爽たる美女軍団が登場した。これだから女はいやだ〜♪

中嶋さんと木下さんの吹いた、ドップラー《勇壮なワルツ》がなにせ素晴らしかった。この曲、一卵性の双子の姉妹に同じ服着せて演奏させたいですね。なるべく同じ身振りで動いてもらって・・・そんなことを思わせるくらい、息ぴったりの演奏だった。フルートオーケストラで使われたバスフルートは、普通のフルートよりオクターブ低い音の出る、水道管のような太い管。生で聴くのは初めてだ。ジャズに似合いそうな音色で、実際、A.C.ジョビンの名盤《波》なんかで大変美しく使われている。

録音は、セッティングとレベル合わせをしてスイッチを入れたら、あとは何があっても放っておくしかないので、今回はビデオ録画も手伝うことにした。だが、ビデオはステージを固定アングルでずっと撮っているだけでは面白くも何ともないからと思って、ズームやパンを使って少し変化をつけようとしたら、これがなかなか大変だった。録音と違って、一瞬も気が抜けない。さらにこれを編集してちょっとでも見栄えのするものを作りだすなんて芸当は、とても俺の手に余る。ヘタに手を出さないことにしよう。


2004年10月29日金曜日

出張から帰ったら、次のような匿名メールが「メール送信フォーム」から届いていた。

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Emacs21.3.50でjapanese-egg-wnnが使えないと言う事ですが、解決しましたでしょうか。

もしかしたらleim-listが読めてない辺りに問題があるかも
知れません。(load "egg") の次行辺りに (load "leim-list") を入れてみてください。
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さっそく ˜/.emacs を書き換えて試してみたら、見事に新しい Emacs 21.3.50.1 で Tamago が動いた。いやあ、どなた様かは存じませぬが、おっしゃる通り、幸せになりました。ご親切にありがとうございます。

後で気付いたが、Tamagoを使うことにすると、toggle-input-methodC-^ C-^にバインドするとちょっとまずいことになる。ひとまず C-c C-^ に変更したが、これだって安全かどうか...

実は仕事が一段落して解散したあと、京都の近鉄百貨店5階の旭屋書店で広瀬雄二『やさしいEmacs-Lisp講座』を買って、「のぞみ」と「しおかぜ」の車内で読みながら帰ってきた。この先、Jedit XとEmacsのどちらをメインのエディタとして使うかはまだ決めていないが、こりゃどちらもなかなか面白いことになりそうだ。

松山に帰ってみたら、【息子】は黄疸の治療のため入院中。【娘】はくたびれて眠っていた。昨晩までに引き続き、大人だけの静かな夜となった。


2004年10月28日木曜日

Rubyの正規表現 (鬼車) について勉強する必要があると思って、研究会からの帰りに円町のニノミヤ京都本店に寄ってみた。この店の3階にはパソコン関連書籍を沢山取りそろえているようだけど、ざっと見た限りRuby関連書籍が一冊もなかった。正規表現関連書籍は見つかった限りでは4冊。オライリーの本格的な『詳説正規表現(第2版)』と『正規表現デスクトップリファレンス』。その他の2冊は、正規表現ビギナー(?)のための本のようだった。

その一冊に「Perlプログラムのコメントを除去する正規表現」として s/#.*$// なんてのが紹介されていたのには少々がっかりした。というのも、TEXでの類似の問題にいま取り組んでいて、コメント開始記号 % の前が \ ならコメントにならないが、 \\ と二つ並べばコメントになり、三つだとやっぱりコメントにならない (以下同様)、という判定に苦心しているところだからだ。

TEXの場合はそれでもクォート(引用記号)の問題がないからまだ単純だ。Perlプログラムの場合は、"#" のように、引用符の間に # が出てきたら、コメント開始記号として扱ってはならないのだが、「引用符の間にある」、ということの判定は大変難しい。引用符 " の間にある \" は引用符ではないが、\\" となっていれば最後の " は引用符だ。つまり、TEXのコメント開始記号の扱いと同じ。しかも、Perlのクォートは途中に改行を含んでもよいから、余計にややこしい。上記のシンプルな正規表現 s/#.*$// は、そんなことはお構いなしに # から行末までを見境なくばっさりカットしてしまう。だから、たとえば、この正規表現を用いたプログラムに、この正規表現自身をデータとして食わせると、かんたんに誤動作してしまうのだ。

「引用の中ではない」とか「直前にある \ は偶数個」なんて具合に、文脈に依存して同じ文字列でも扱いが変わるというのは、形式言語理論でいうところの「正規言語」ではない。しかし応用上大変重要なトピックではあるので、どこかで系統的に研究されているんだろうとは思うんだが、そのあたり、どうなんですかね。

コロッと話は変わる。晩飯には、兄と父と3人で近所のフォルクスへ行ってステーキを食った。兄の車はwill vsだった。兄も俺と同じく見かけはなかなか歳をとらないタイプだ。が、お互いもう若くはない。


2004年10月27日水曜日

どういうわけかAppleのターミナルアプリケーションではキーボードから control-\ が入力できない。そのうえ、METAキーもない。(いや、本当を言うとMETAキーは設定すればいいだけのことだけど。)Emacsを使うにあたって、この二つが効かないとちょっと不便だ。というのも、日本語入力メソッドを呼び出すコマンドが C-\ にバインドされていて入力できず、代りに M-x toggle-input-method と打ち込むためには、METAキーの代りに ESC を押さないといけない。PowerBookやiBookのユーザ、あるいは他のノートパソコンのユーザでもわかると思うが、ノートパソコンの ESC キーは位置的にも大きさ的にも、ちょっと押しにくいのだ。だいいち、 C-\ のかわりに ESC x toggle-input-method<RET> では、面倒くさすぎる。

それでどうするかというと、 ˜/.emacs ファイルを編集して toggle-input-method ファンクションのキーバインドを変更するわけだ。初期設定では C-^ にはなにも割当てられていなかったので、C-^ C-^ を入力メソッド切替えに使うことにした。これで、ターミナルからでも快適にEmacsを使えるようになったぞ。

こういうときに役立つEmacs Lispの技を解説した本を、謎の東洋人でありわが業界の大先輩でもある数学者の渕野昌先生が出している。『Emacs Lispでつくる』(日本評論社)だ。Emacsユーザのみなさんはひとつ是非どうぞ。しかしこの本、「数学基礎論と集合論の第一人者・渕野昌」より「謎の東洋人・渕野昌」の側面が強く出ているように思う。なにしろ、序文で挙げた文書処理の例が、「西脇順三郎の全詩集を収めた複数のファイルから『坂』というキーワードを含む行を検索した結果」だったりする。その他の引用文も、須賀敦子『トリエステの坂道』だったり、ミヒャエル・エンデ『鏡の中の鏡』(のドイツ語原文)だったり、なにしろ引出しが多くて大きいのだ。俺も時々は引き出しが多いと言われることがあるが、渕野先生は引出しの数が4倍、各々の引出しの大きさが縦横深さとも3倍くらい。合せてざっと100倍以上の容積がある。とてもかなわない。(短期戦なら、『論語』や『臨済録』や A.C.スウィンバーン『カリドンのアタランタ』あたりで対抗できるかもしれないけど、そういう小賢しいレベルの話ではなさそうだ。)

その謎の東洋人・渕野昌を含む集合論研究者の会合が今年も京都で開かれている。つまり去年の10月28日の日記に書いたのと同じ系列のやつだ。そのために、実家の母と交代するような形で俺が京都にやってきた。実家の周辺もちかごろは変化が激しいなあ。


2004年10月26日火曜日

台風や地震で沢山の被害者が出たのに、俺のようなどうでもいいような奴がたいした被害も受けずに無事に生きている。こりゃ、ちゃんと生きんと申しわけないというかもったいないというか・・・とかなんとか思っていたら、新潟地震の被害者への伝言を伝えるNHK安否情報を悪用したオレオレ詐欺が出たらしい。阪神大震災のときには雨よけの青いシートを法外な値段で売りさばいた奴がいたというし、まったくどうしようもないろくでなしがいる。そんな奴らこそ、地割れに呑まれちまえばいいのに。


2004年10月25日月曜日

娘を医者に連れていったら午前中いっぱいかかった。夕方には迎えに行かねばならない。街へ出たら、ついでの買い物も忘れちゃいけない。二人めを育てるのは大変さ倍増だな。


2004年10月24日日曜日

朝いちばんに本棚の組み立てと設置を完了させ、本の収納に取り掛かった。壁一面が全部本棚になったかっこうで、本を入れるだけならお釣がくるほどの容量があるが、CDやら楽譜やらパソコンの部品やらがあるから、本のために割けるスペースは半分くらいだ。部屋の片付けもなかなか一筋縄ではいかないが、それでも廊下に出した段ボール箱はなんとか一掃した。

本棚設置完了
お片付け完了はいつの日か

息子はなにしろ生後6日目だから寝て起きて泣いてを繰り返すシンプルライフ。娘は親にかまって欲しがったり弟をかまいたがったりだ。見かねて俺が娘を散歩に連れ出すこと2回。朝のうちに忘れ物を取りにも行ったから、つごう3回、娘とふたりで外出している勘定だ。子供のめんどうを見るのもこれまた一筋縄ではいかない。しまいに娘は38.5度の熱を出した。ショックが早いうちに表に出てくるのはいいことだけど、どっち転んでも親は大変なわけね。昨日・今日とこれだけ大変だったのに、明日は普通に仕事がある。しかも、この状態は当分続く。体力いるよなあ。


2004年10月23日土曜日

いやあ、大変な一日だった。まず、朝のうちに、母子が退院した。久々に家にパパとママが揃ったうえ、弟までやってきたので、娘は大はしゃぎ。一日じゅう走り回ったり弟にじゃれついたりで大活躍 (大暴れともいう)。泣き出した弟をあやそうと抱きあげて、大人たちを慌てさせたりね。夕方には妻の両親もやってきて、夕食に「銀のさら」の寿司を食ったのだが、大人5人が囲める食卓はこの家にはないので、畳に車座になって室内ピクニック状態。ほかにも、Amazonマーケットプレイスで売れた本を郵便局にもっていったり、義父に手伝ってもらって本棚の組み立てを再開したり、盛りだくさんだった。

娘にしてみたら、弟に優しくしたら大人が慌てて止めにくるし、邪険にしたら叱られるし、弟と離れて遊んでいたらうるさがられるし、ママはかまってくれないし、あたしゃどうすりゃぁいいのよ状態だったのだろう。疲れもあってか夜には大変不機嫌になって、泣きながら寝入るかっこうになった。誰だって、家族が増えたら、自分のアイデンティティの拠り所も再構築しないといけないのだよ。初めての経験で辛かろうとは思うけど、乗り越えてくれぃ。

さすがに吹奏楽の練習どころではない一日だった。うちではそんなことで大騒ぎしていたのだが、新潟ではなんと連続大地震で大きな被害が出たらしい。なんか自然災害の多い年だ。


2004年10月22日金曜日

火曜日に生れた【息子】は、生後2日目にしてテレビ出演してしまった。掲示板を読んだ人はわかると思うが、とべ動物園のホッキョクグマ・ピースの育ての親の高市さんが最近出版した著書をNHKのローカルニュースでとりあげるにあたって、読者の代表として妻が感想を語ったのだ。タイミングよく息子が生まれたので、産院での母子の映像を撮影してもらい、今日の夕方放映された。もちろんきっちりビデオに撮ったし、取材を受けることが決まった時点でハードウェアエンコーダも買ったので、ハードディスクにコピーして、誕生の記念として大事に保存しておきたい。

Emacsネタの続き。

昨日書いたフォントセットの件は、以前にインストールしたGNUフォントのファイルを ˜/Library/Fonts に残しておいたことが関連しているらしい。これらのフォントを別の場所に退避させてから Emacs.app を起動すると、デフォルトで Monaco ベースの16ポイントフォントセットが選択される。つまり、昨日書いた ˜/.emacs の設定は不要だ。

いつのまにか、新しいEmacs21.3.50.1でTamagoが起動しなく (入力メソッドとしてjapanese-egg-wnnが選択できなく) なってしまっている。Tamagoを再インストールしてもらちがあかない。何度かEmacsソースツリーの再取得→ビルド→インストールを繰り返しているうちにこういうことになったようだ。俺には直せないよ〜。MacOS X Pantherに含まれていたEmacs21.2.1 (/usr/bin/emacs) に同じソースからTamagoをインストールしたらちゃんと使える。だからまあ、無駄にはならないか。Tamago (というかEgg) は連文節変換で快適なのだけど、たとえば逐次検索 (I-search) の語句を入力するのに使えない (俺の設定のしかたが悪いだけかもしれないけど) から、日本語の長文を編集するときに不便しそうだ。いっぽう、quail-japaneseは単文節ごとの変換だから一見効率が悪いようだが、これに慣れれば誤変換も少なくなるだろうからかえって効率はよくなろうし (というのはSKK派の常々主張していることだね)、もちろん逐次検索にも使える。それぞれに一長一短がある。

ところで、Jedit Xの正式版が先日リリースされたね。AppleScript対応はこれから実装されるそうだ。俺としてはシェルスクリプトとの連携ができるようになるのを期待している。PerlやRubyでフィルタを作れれば強力な編集機能が簡単に実現できそうだし、編集中のファイルに対してシェルコマンド (たとえばplatex) を実行することも必要なわけだから。Jedit XにはMac OS X時代のEmacsを目指して欲しい・・・けど、実質ひとりで開発しているんだからそれはムリかな。しかしJedit系列のソフトはすでに日本のMacユーザにとってのデファクトスタンダードで、英語圏でのBBEditの占める位置を日本で確実に占めていると俺は思う。


2004年10月21日木曜日

朝、妻の病室を訪ねたら息子に授乳しているところだった。さっそく、ちょっとだけ抱っこさせてもらった。小く軽い手ごたえが新鮮だ。いや、新生児としては重いほうのはずなのだけど、こちとら、3歳のおねえちゃんを日々抱っこしてて、14キロの重さに慣らされているからね。夕方におねえちゃんを連れて再度訪問した。弟と直接対面したおねえちゃんは大興奮。さっそくサービス精神全開になってママを慌てさせた。おねえちゃんはちょっと風邪ぎみなのか、よく咳こむので心配。

今日の午後はGNUプロジェクトのCVSサーバに接続できなかった。メンテナンスだろうか。さっき気付いたのだけど、CVSリポジトリからコピーしてきた新しいバージョンのEmacs21.3.50.1では、フォントセットとしてMacintosh用16ポイントフォントセットというのがあった。(Carbonアプリケーション版で)これを選ぶと、文字はちょっと小振りになるが、アンチエイリアス処理がされて綺麗で見やすい。スクリーンショットを置いておくから比較してみてください。最初からこのフォントセットを使用するように˜/.emacsで設定できるといいのだけど、どうやるんだろうか... Emacsのヘルプ機能 (M-x describe-fontset など) で得た情報をもとに、当て推量と見ようみまねで

(set-frame-font "-apple-monaco-medium-r-normal--12-120-75-75-m-120-mac-roman")

という一行を ˜/.emacs の先頭に書き加えたらうまくいった。いや、これが本当に正しいかどうか自信はありませんがね。(この件については翌日の日記を参照してください)


2004年10月20日水曜日

『【娘】の成長記録』を『こいつらの成長記録』に変更。といっても、いまのところ新しいページを一つ追加してページの名前を暫定的に変えただけ。

ずっとMicrosoft Entourageを使っていたから気づかなかったけど、いつのまにかApple Mailアプリケーションが壊れていた。リソースファイルがフォルダごとごっそり消えてしまっている。ディスク関連のトラブルだったら洒落にならないなあ。いちどシステムを綺麗に掃除してディスクを再フォーマットして再インストールすべきかも。う〜む。


2004年10月19日火曜日

イマイチ意味不明な夢を見て、「はてな?」とか言いながら目を覚ますと、午前5時過ぎ。妻がどこかに電話をかけていた。どうやら陣痛が始まっているらしい。いそいそと支度を済ませた妻は、タクシーに乗って6時前に入院。俺は娘が目を覚ますのを待ち、朝飯を食わせ、雨の小止みになったスキをついて自転車で託児所へ出発。そうしたら路上で携帯電話に連絡が入った。「9時1分に男の子を無事出産。3862グラム。母子ともに元気。」

託児所に一言告げて、お姉ちゃんになった娘を連れて病院へ。新生児室のガラス越しにも聞こえる大声で、生まれたばかりの息子が泣いている。顔つきはお姉ちゃんの赤ちゃんの頃によく似ている。だが、泣き声はお姉ちゃんとはえらい違いだ。お姉ちゃんの産声は、叱られた子ネコがしょんぼり鳴いているような「ふにゃあ」って声だったからね。

夕方、仕事が一段落したので再び病院へ。妻の両親が来ている。じいちゃんの運転で託児所にお姉ちゃんを迎えに行き、取り急ぎの買い物を済ませて病院に戻り、一旦お姉ちゃんを置いて、俺だけ先に帰宅。妻の両親は俺を送った後、明日の仕事に備えてしまなみ海道経由で山口に帰るのだ。俺は、応急処置的に家の片づけをして、JR松山駅へ。今度は、俺の母親が来る。妻の入院中と、退院後しばらくの身体の自由の効かない間のヘルプをしてくれる。駅で母を迎えてタクシーでまたまた病院へ。一日のうちに両方のばあちゃんに会えたお姉ちゃんは大はしゃぎ。俺は、大したことはしてないけど、けっこうくたびれた。だが何にせよ、新しい命が元気に生まれてくれたのはうれしいことだ。


2004年10月18日月曜日

引き続き部屋の模様がえ作業。分解してあったスチール書棚とパソコンデスクをしばらくぶりに組み立てた。北側の壁に並べた二つの棚は妻専用の収納スペースとして提供する。いっぽう、俺用のスペースとしてたとえ南側の壁一面を棚にしても、段ボール箱に入れて廊下に積んだ本全部は収まらないように思われる。まあ、やってみないとわからないのではあるけど、最終的には、収まりきらない本を思い切って処分する必要があるかもしれない。


2004年10月17日日曜日

けっこう苦労した予告通り午後1時半ごろ本棚が届いた。鴨居の高さとの兼ね合いが心配だったので1台だけ組み立ててみた。案の定、ほんの数ミリだけ鴨居につかえて壁にぴったりつかない。仕方がないので、急拠足のところを削ることにした。竹原のディックにいくと、うまいぐあいにディスクグラインダーと電動ジグソーが各980円という出物があった。普通ならどちらか一方でも5,000円はするところを、防塵マスクと手袋とゴーグルまで揃えて6,800円で済んだ。電動工具を使うなんて中学校の技術家庭の授業以来ざっと25年ぶりだ。部屋じゅう木屑の黄色い粉塵だらけにして5mmくらい削ったら、どうにか壁におさまった。グラインダーは騒音がすごいので夜に続きをするわけにもいかず、今日のところは1台でおしまい。


2004年10月16日土曜日

懸案だった本棚を買いに三津浜のアウトレットショップに行った。すばらしい晴天。いい気持ちだ。三つ並べると南側の壁にぴったり収まる手頃な棚が買えた。明日配達されてくるから頑張って片づけましょう。

鈴木大介さんのエッセーが更新されて、四国ツアーの話が掲載された(パート51)。俺も写真にちょろっとだけ写っている。が、道後の市川バナナ店と土橋のバナナ館の写真のほうが、明らかに扱いが大きい。よほどインパクトが強かったらしい。それにしても、この2枚の写真も、道後のからくり時計の写真も、携帯電話のカメラで撮ったとは思えない写り具合だ。アングルも光の加減も、シロートとは思えないね。

夕食は《からし屋》にいった。ひさしぶりだ。


2004年10月15日金曜日

俺が普段使っているPowerBookでは、ターミナルを起動すると自動的にちょっと気のきいた引用句を表示してくれるように fortune というプログラムがインストールしてある。それがさっき吐いたのが次のセリフ:

A lady is one who never shows her underwear unintentionally. -- Lillian Day
試訳: レディーっていうのは, 下着を他人に絶対に見られたりしない人のことよ. わざとでない限りはね.

最後に "unintentionally" (うっかり) という一語がついているところがミソなのだが、「intentionallyに (わざと) 見せることもあるかも」という、そのニュアンスをひとつのセンテンスで日本語に直そうとすると、どうしても「わざと」が「見せる」の前に来てしまって、原文の粋な感じが薄められてしまう。それで二つのセンテンスにわけて訳してみたが、それこそわざとらしい表現になった。難しい。

夕食は《炎や》にいった。ひさしぶりだ。


2004年10月14日木曜日

なんか急に肌寒くなった。暖かくして寝ないとカゼをひくかも。


2004年10月13日水曜日

疲れがたまるとヌケサクになってしまってろくなことがないというお話二題。といっても、まあたいしたことではない。

朝、郵便受けを見たら注文していた古本が届いていた。妻の運転する車で出かけるときに、チャイルドシートを移動させる必要があったので、何の気なしに本の入った封筒を車の屋根に置いて、うっかりそのまま出発してしまった。そして、3キロくらい走ってから「あれ?本はどうしたんだっけ」と気がついた。引き返すと、家から1キロくらい離れた路上に落ちていた。ここまで封筒を屋根に乗せたまま走ってきたんだからたいしたもんだ、なんて感心している場合ではない。本は何度かタイヤに轢かれたらしく、かなり傷んでいた。(貝塚先生ごめんなさい。)さいわい読むぶんには支障なさそうだったので、補修して読むことにする。

市民コンサートの機関誌作りの作業日だ。本当は職場から市民コンサート事務局へ直行するつもりだった。ところが、職場で受け取った原稿の電子メールをノートパソコンにコピーするのを忘れていた。サーバに残ったメールを受信するためには一旦帰宅しないといけない。なんのために重い目をしてノートパソコンを持ち歩いているんだか。まったく、疲れがたまるとろくなことがない。とはいえ、機関誌作りそのものは、いつになくスンナリと終わった。よいことだ。

二つとも、結果的には大きな実害もなかったし、ちょっとしたミスと言って済ませられないことはない。失敗そのものよりむしろ、自分の失敗に気づいたときのうろたえ方、気の持ちように、疲れのたまってきた悪影響が出ている感じだ。なんとかしなくちゃ。

先日から見当たらなかった俺の自転車の鍵が、なぜか託児所にあった。なんで?


2004年10月12日火曜日

先に出かけていた妻が携帯メールで「託児所の謝金払うから、3枚ほど貸して」と言ってきた。まつちかのATMで3万円引きだしたが、これをすんなり渡したんではヤボだ。ここはぜひ一発かまさないと、と思って、財布の小銭を確認したら、1円玉2枚、5円玉2枚、10円玉2枚、50円玉2枚、100円玉2枚、500円玉1枚。なんだこれは。全ての金種があるくせに、3枚そろったものはひとつもない。結局3万円をふつうに銀行の封筒に入れて渡したけど、せめて封筒を3枚使えばよかった・・・

まつちかの宝くじ売り場では「またまた出ました2億円〜やっぱりここで買わないと!」という看板を出して、5日の日記に書いた俺の“理屈”を補強してくれていた。


2004年10月11日月曜日/体育の日

今日も、もっぱら部屋のお片づけ。妻の本の整理ができる段階になったので、またBOOK・OFFに本を売りに行った。売りに行こうと思うと、やっぱり妻の運転する車に乗らなにゃならん。そうすると、やっぱり娘を連れていかにゃならん。娘を連れていくと、どうしても、娘の遊びの要素が入ってきて、結局、片づけと家族サーヴィスの二本立てとなる。子供のいる家庭では避けられないこととはいえ、これはかなりキツい。ただし、妻の提案で陽の当たる公園で弁当を食ったのは気持ちよかった。それに、この3日間で、この部屋の片づけはけっこう進捗した。まだ先は長いが希望がもてるね。

「【娘】の成長記録」を更新。もうすぐ「二人の成長記録」にリニューアルしなくちゃ。


2004年10月10日日曜日

昨日のBOOK・OFF行きをきっかけに、家のおかたづけ再開。使いそうにない段ボール箱を処分するだけで、かなりスペースに余裕ができた (ように見える)。

先日、テレビでちょっとみたNHK趣味悠々「カンフー・フィットネス」の講師陳静さんのかっこよさに惹かれて、書店でテキストを買ってきた。なにしろ俺は美人には弱い。いや、それはともかく、慢性的な運動不足だから、それこそ太極拳を習おうかと思っているところ。俺の場合は、セロトニン神経系を鍛え直すことが最大の目的だから、筋トレ中心のエクササイズよりも呼吸と姿勢を大切にする太極拳かなにかのほうがいいと思うのだ。


2004年10月9日土曜日

ロシナンテの中華そば午前10時半ごろに、保免のロシナンテへモーニングを食いに出かけた。11時から2時までは中華そばも食えるらしい。妻がさっそく注文した。すると、しばらくして出てきた中華そばの丼に入っていたチャーシューの、まーデカイことデカイこと。店がパン屋だけに、俺なんか一瞬「なんでラーメンにロールケーキが・・・」なんて思っちゃった。これはかなりすごい。スープの味つけは、俺の好みからいうとちょっと甘めだが、久米の麺工房茜屋の味つけにも近く、妻の好みの味だったらしい。これまたおいしいちょっと太めの棒餃子もついてくるから、ランチタイムにはぴったり。パン屋の喫茶室で出てくるラーメンだからといって、決して侮れないですよこれは。ちょっと古風な店の作りもいい感じだし、さっそくお気に入りに追加だ。

って、いくらおいしいパンとラーメンを堪能したからって、そのあと吹奏楽の練習が終わるまで何も食わないのは、やっぱりどうかしているよなぁ・・・


2004年10月8日金曜日

だいたいが、金曜日は他の日より用事が多いものなんだけど、今日に限っては、来週月曜日の仕事を前倒しでしないといけないし、いままでにたまった仕事もあるし、ピアノのレッスンもあるし、市民コンサートの機関誌づくりの作業日だしで、ずいぶん忙しかった。なにせ、せっかく朝に妻が作ってくれた弁当を、ようやく食ったのは、夜8時の市民コンサート事務局でだったんだから。まあしかし、たまにはそんな日もなけりゃ嘘だわな。


2004年10月7日木曜日

Emacsを再コンパイルした勢いで、w3mも再インストール。バージョン 0.4.x はなぜか妙に不安定で、俺のPowerBookでは動かなかったが、最新バージョンは 0.5.1 で、いまのところ安定して動いている。w3mというのは、テキストベースのWWWブラウザで、文字情報中心の調べ物のときは、SafariやIEやMozillaのようなマルチメディア対応の大規模なブラウザソフトよりもこちらのほうが軽快でラクチンだ。しかも今回はApple純正のターミナルエミュレータとの組み合わせだから、フォームへの日本語入力も可能。自分たちのBBSへの書き込みだってできる。こりゃ便利だわ。

パソコン作業中に辞書を引く用があるとき、簡単な調べ物程度なら、ERGOSOFTの電子辞典ビューアで大辞林と新英和・和英辞典を検索して済ませてしまうことが多い。これはEGWORD13を買ったときにバンドルされていたソフトで、EGWORDそのものはちっとも利用しない癖にこの辞典ソフトはしょっちゅう利用している。もちろん、いちばんよく使うのはEGBRIDGEだけどね。で、それがどうしたかというと、この電子辞典ビューアを起動して、検索語句をなにも入力せずに検索ボタンを押すと、「空虚」という語句を検索してくれるのだ。なかなか洒落が利いている。って、この話はそれだけ。

とかなんとかいっていたら、いよいよPowerBookの電源アダプタの具合が悪くなってきた。先日注文した代替品はきょう配達されることになっているはずなんだけどなぁ。


2004年10月6日水曜日

お前さんたち、そんなに「ふれあい」が好きか? という話。

俺としては、ふれあいを奨励する連中の気が知れん。試しに「触れ合い」と表記してみたらわかるとおり、なんかベタベタしていて、俺には気持ち悪い。(ただし、若くて綺麗な女たちとの触れ合いだけは歓迎。) お役所あたりには、ふれあいが大好きな人がたくさんいるらしい。ためしに Googleで「ふれあい文化センター」を検索したら、2,570件ヒットした。これがすべて別々の施設だったら恐ろしいが、幸いそういうことはなかった。所詮はお遊びなので、600件めまでで調査は打ち切ったが、「ふれあい文化センター」という名の公営施設は少なくとも24件あることがわかった。

参考までに(って、何の参考なんだか...) それら24施設を列挙しておくと

という具合だ。これらのうちでは、福岡県春日市のふれあい文化センターへの参照が圧倒的に多く、次いで石川県穴水町の のとふれあい文化センター、大きく差をつけられて、秋田県仙北町、大阪府吹田市、大阪府高槻市などが続く。わが実家に近い右京ふれあい文化センターなどは、オープンして日も浅いためか、ほとんど引用されていない。

そうか、みんな「ふれあい」が大好きなんだなあと思いつつ、思い立って今度は「ふれセンター」を Googleで検索してみたら、これまた1,260件のヒットがあった。あ〜もぉ、好きにして・・・(-_-; まあ、「ふれ愛文化センター」で1件もヒットしなかったのが不幸中の幸いだが、これも時間の問題かもしれない。

世の中に「ふれあい○○」「××工房」「△△物語」「□□庵」がこれほどあふれているところを見ると、みんなやっぱりスキンシップとか手作りの味とか心を震わせる物語とかこぢんまりした和風カントリームードとかに飢えてるんだなと思う。役所に提供してもらえるとか金で買えるとか思えないものばかりだけどね。あっ、人里離れた山村に50坪程度の土地が買えるお金があれば、庵だけはなんとか買えそうだな。

余談だが、「大辞林」によると、「こぢんまり」は《小+ちんまり》なので、「じ」ではなく「ぢ」を使って表記するのが正しいらしい。とかなんとかいいつつ、話はコロっと変わる。

今夜は、昨日に引き続いて、松山地方祭の子供たちの提灯行列につきあった。子供たちと調子をそろえて「ワッショイ♪ワッショイ♪・・・」と、久しぶりに腹の底から声を出した。娘は0歳のときからママに連れられて祭に参加しているが、4回目にして初めて、皆と調子をあわせて「ワッショイ♪」が言えたり、提灯を持って自分の足で歩いたりできた。当分はこの街から離れないつもりなので、娘にはこれからもこんなふうに地域に溶け込みながら成長していってほしいものだ。


2004年10月5日火曜日

昼休みに職場から自分のサイトにアクセスしたら、カウントが27000でけっこうキリがよかった。

宝くじの話。

毎回のように大口当選を出している店で買うと、あなたにもラッキーが巡ってくるだろうか。あたかもそう思わせようとしているような売り場もたくさんある。「第△△回☆☆☆宝くじ、一等1億円この売り場から出ました!」と大きく掲示して「ホレごらん、ウチで買えば当たるんだよ」と力強く宣伝するわけだ。つられてわざわざその売り場に足を運ぶ人もいるだろうし、逆に「ついこのあいだ大当たりが出たんだったら、当分同じところからは出ないからやめとこ」と考える人もいるかもしれない。

では、毎回のように大当たりを連発している売り場があったらどうだろうか? 松山市内の某所にそういって宣伝している売り場がある。それが嘘でないとしたら、どう考えればいいのだろう。そんなミラクルなことがあるのだろうか。冷静に考えれば正解はこうだ。以下、話を簡単にするためにくじは売れ残らないものと仮定しよう。もしも世の中に宝くじ売り場がたった一つしかなかったとしたら、その売り場が大当たりを出す確率は100パーセントだ。当たり前だ。では、宝くじ売り場が2つだけで、両方が同数のくじを売りさばいていたとしたらどうか。大当たりの出る確率は、もちろんそれぞれ50パーセントずつということになる。全体の3割を売る売り場があれば、その売り場が大当たりを出す確率も3割だし、売り場のシェアが8割なら当たりを出す確率も8割ということになる。

つまり、たくさん売れば売るほど、当りくじを売る確率もそれに比例して増す、というだけの話。だから、松山市内某所のラッキーな売り場について合理的に言えることは、おそらくものすごい量を売りさばいているに違いない、ということくらいだ。

買う側としても、たくさん買えば買うほど、それに正確に比例して、当たる確率も増える。もちろん、全部のくじを買い占めれば確実に当たる。ただし、そんなことをしたら確実に損をする。(あ、いかん、つまらんダジャレだ。) 少なくとも県の保健協会や赤十字病院に寄贈された健診車「宝くじ号」の値段と同じか、それ以上 (くじを売る側のとり分) の損をするわけだ。

したがって、宝くじで確実に得をする唯一の方法は、宝くじの制度を運営する側に回ることだ。実際、それに近いことをやる人は後を絶たない。それで、たとえば8月の初旬に場末の飲み屋で飲んでいると、甲子園の出場校の一覧表が隣の席から回ってきたりする。だがしかし、そんなことしてる所を警察屋さんに見つかると、たちまち手が後ろに回るという仕組みになっている。

以上の考察はまったく野暮なものである。宝くじを買う人は、見込まれる利益を最大化するための計算をして合理的に買っているわけではない。運だめしで買っているだけだ。高校野球トトカルチョにしたって、たいていの参加者は小銭を使って遊んでいるだけで、賭けること自体の面白さでじゅうぶん元を取っているといえる。利益を生む合理的な投機がしたい人は株か何かをやるだろう。

くじというものは、富をいったん一ヶ所に集約し、次に全く不公平かつ恣意的に再配分する。この配分の不公平さが、かえってくじの魅力なのだ。では、それはどうしてだろう。言い換えれば《賭けの魅力って何だ?》

俺にはなんとなく正解がわかっているけど、ここでいきなりそれを書くと「可哀想に、てなさくさんもとうとう・・・いろいろ悩んでたみたいだけど」なんて言われるのがオチなので、よす。まあみなさん考えてみて下さい。

関連があるようなないような話だけど、今日から明後日まで、松山地方祭だ。つまり、市内の神社で一斉に秋祭り。明後日には阿沼美神社や道後でケンカ神輿が出る。毎年これがテレビのニュースで報道されたりもしている。結構盛り上がるのだ。今夜も、仕事帰りの市内電車が、大街道の交差点で神輿のデモンストレーション合戦のために足止めを食ったし。で、われわれの町内はハデな大人神輿は出せないが、子供たちが提灯行列で練り歩いたりはする。今夜がそれに当たっていたので、妻と娘が町内会の組長さんのところへお邪魔していた。妻と娘に合流し、ビールをご馳走になった。いろいろ面白い話をうかがうことができた。が、こうなると来年からは少しはお手伝いしないといけないだろうな。

え? 宝くじと神輿とどういう関係があるかわからん? あははは・・・


2004年10月4日月曜日

プリウスがやってきた。でかい。小柄な妻に3ナンバーは似合わないよなあ。

愛媛県というのは古代史学の観点から見てなかなか面白い重要ポイントらしい。合田洋一『聖徳太子の虚像 -- 道後来湯説の真実』 (創風社出版) という本を買ってきた。聖徳太子が道後温泉に湯治に来たというのは実は作り話だという新しい説を展開している本だ。古田武彦の学説を敷衍して、そもそも聖徳太子という人物の実在性にも疑問の余地があるという話になっている。たいへん面白い話なのだが、いまのところ俺にはこの学説の真偽を評価できるだけの知識はない。

ところで、著者の合田さん、本の奥付で住所まで公開して、日本書紀原理主義者みたいな人たちのテロに遭ったりしないのだろうか、他人事ながらちょっと心配したりして。父が古代史マニアなので、この本は自分がざっと読んだら実家に送ってやろうと思う。

もう一冊。これは古本を手に入れた。山田昌弘『現代日本フツーの恋愛』(ディスカバー21) だ。社会学者で東京学芸大助教授(当時)である著者が、学生たちへのアンケート調査の結果をもとに、 (1995年ごろの) 大学生たちの等身大の恋愛感覚を描き出す。その結果、恋愛に関する常識が実態を必ずしも反映していないこと、そして、1957年生まれの著者の世代と、今どきの学生さんたちとの間には、恋愛をめぐる態度や感じ方にそれほど大きな違いは見当たらないことが証明されてしまう。この本のことは、1998年ごろにタミゾウが運営していたWebサイトへの寄稿で紹介したのだけど、先方のサイトのリニューアルの際にデータが消えてしまい、俺もいつのまにか本を手放していた。パオロ・マッツァリーノ『反社会学』を読んでいるうちに、この『現代日本フツーの恋愛』を思い出し、買い直したというわけ。


2004年10月3日日曜日

先日注文し損ねた中公クラシックス版『論語 I』を買おうと思って、宮脇書店松山店に行った。身重の妻が大儀そうにしていたので、娘を連れ出し自転車に乗せていった。そしたら、絵本コーナーから離れられなくなった。そのまま2時間少々が経過し、元気を回復した妻が買い物にでたついでに、車で書店まで見に来てもらった。それで娘の付き添いを交代してもらって自分の本を選び、ようやく脱出できたのだった。白川静『常用字解』そのほかを買った。『論語 I』はなかった。

11月7日の「県民総合文化祭吹奏楽公演」では、アーノルドの「オーケストラのための序曲《ピータールー》」をやる。この曲のタイトルの元になったのは、19世紀イギリスの歴史に残る事件「ピータールーの虐殺」だ。1819年8月16日にマンチェスター郊外のセントピーターズフィールドで開かれた、選挙制度改革を求める民衆の政治集会が、騎兵隊によって鎮圧され、11人の死者と(100人の女性を含む)400人ほどの負傷者が出たという事件。事件の背景についてもうちょっと知りたくなったが、『春の猟犬』 (の典拠である『カリドンのアタランタ』) のときと違って、資料は買うまでもなく、公共図書館にたくさんありそうだ。ただし、今日は図書館には行けなかった。まあそれはともかく、この曲のいちばんの魅力はなんといっても、最初と最後にあらわれる美しい主旋律だ。マエストロが「宗教的な集会」と勘違いしたのも無理はない。たいへん魅力的な曲なので、みなさん11月7日には新居浜まで聴きに来てください。

英語に堪能な人は、ピータールーの虐殺に関する資料を集めた このリンク先 をみてください。この英語は俺にはちょっと難しい・・・


2004年10月2日土曜日

娘の気管支炎はケロっと治ったらしい。すばらしい回復力。例によって、娘の遊びにつきあって疲れた頃に、吹奏楽の練習の時間がやって来る。天気も思わしくないし、妻は車の運転どころじゃないしで、電車に乗っていくことにした。楽器と楽譜その他一式と傘を持って歩いていると、大手町通りに出たところへちょうど電車が通りかかる。大荷物抱えてダッシュした。そういうことをする気力のある日は、身体が疲れていても何とかなるもんだ。練習が終わってからドッと疲れるんだけどね。


2004年10月1日金曜日

一昨日から熱が出ていた娘は今日の診察で気管支炎と診断されたらしい。親の不摂生は子供にまっさきに響く。反省しなくては。

ふだんAmazonにずいぶん世話になっているが、数年前まで愛用していた紀伊国屋書店BookWebを久々に利用した。BookWebのほうが落ち着いた印象を受ける。画像なしのリスト表示ができるから、テーマを絞りこんで本を選ぶときはAmazonよりこっちのほうが便利だ。それに対して、Amazonは古本があれば安く買えるし、新品1,500円以上なら送料もかからない。一長一短というわけだ。で、BookWebで中公クラシックスの「論語」と「荘子」、それから、岩波文庫の「春秋左氏伝」を買った。が、論語が二巻ものだとは知らず、第二巻だけを注文していた。不覚だ。