て日


2004年 7月分


2004年7月31日土曜日

娘は口の中にブツブツがあってものを食べると痛いのに、ママが買ってきたマックフライポテトが食べたくて仕方がない。それで、食べさせると、痛いと文句を言い、食べさせないと、くれといって泣く。「食べると痛いとわかったら、ふたくちめからは食べるのをやめるか、痛いのを我慢してだまって食べるか、どっちかにしてよ」と言ってもわかってくれず、泣きながら食べ続けようとする。まるでコントみたいだが、世話する側としてはまったく笑えない。初めての経験なんだから仕方がないな。それに、大人になってもこういう態度で周りを困らせるやつはいる気がする。

ママも罪な食い物を買ってきたものだ。そんな悪いポテト、パパがやっつけてやる。ムシャムシャ・・・

吹奏楽の練習の後、明日の出番(吹奏楽コンクール中学校部門)をひかえたマエストロを激励する飲み会をコアな5人でこじんまりと開催。来年ぜひこの曲をやりたいとか、アマチュアとはいえ大人のやる音楽が中学生に負けるかよ〜とか、コアな話をした。その中で、8月の下旬にマエストロの中学校の演奏会に賛助出演して演奏するアルフレッド・リードの『春の猟犬』について話をした。この曲、深く考えずにタイトルだけみると、春の野山にイヌが走り回っているという安直な解釈しか出てこない。しかし、タイトルの由来を調べると、19世紀末のイギリスの詩人アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン (Algernon Charles Swinburne, 1837-1909) の詩にゆきあたる。「春の猟犬が冬の足跡を追うときには」で始まる高踏的で難解な詩だが、どうやら、厳しい冬の終わり、春の命の芽吹き、深い悲しみからの立ち直り、心の傷の癒し、などを歌っているらしい。イギリスといえば日本よりよほど緯度が高く、冬の厳しさには気候温暖な愛媛県の住人の想像の及ばぬものがあるに違いない。だから、春を迎えるうれしさもひとしおだろう。そう考えると、「春の猟犬」は、春の野山に駆け回るイヌなんてものではありえない。冬を追い払う春そのものが猟犬なのだ。「春は猟犬」というほうが、適訳かもしれない。

と書いてしまうと、しかしたちどころにナンセンス中枢が動き出す。「春は猟犬、やうやう白くなりゆく、やまぎは少しあかりて・・・」

いや、枕草子はともかく、このスウィンバーンの詩を踏まえるか知らずに過ごすかで『春の猟犬』の解釈はまるで違ってくる。中学生に負ける気がますますしなくなった。

【2004年 8月 2日 月曜日追記】『春の猟犬』のタイトルの話には続きがあります. 8月2日の日記を見てください.


2004年7月30日金曜日

俺と妻がそれぞれひとヤマ越えたら、またしても娘が病気になってしまった。熱が出て、頭や耳が痛いようだ。大人が自分の仕事に追い立てられているとき、一緒に暮らす子供も、敏感にストレスを感じている。ごめんよ【娘】ちゃん。


2004年7月29日木曜日

久々に「てなさく読書欄」を更新。今回は井上章一『アダルト・ピアノ』(PHP新書)と齋藤孝『呼吸入門』(角川書店)の二冊だ。最初はもっと簡単な読書メモ程度の気持ちではじめたこの「てなさく読書欄」だが、何人かに肯定的に評価してもらったりしているうちに、いつのまにか中身のあることを書かなくちゃという気持ちが起こってきて、かえって書けなくなってしまっている。ところが、読み返して見れば気軽に書いていたつもりの最初の数冊分のほうが面白かったりする。迷いだな。反省。

それでも「読書欄」は年に数回でも更新しているからいいほうで、「てなさくDTM」は3年近く更新がまったく止まっている。なにしろ、本はどこででも開いて読めるが、MIDIファイルを編集する環境はそうおいそれとは整わないのだ。しかしそれも結局のところ言いわけにすぎない。ええい、なんとかしなければ。


2004年7月28日水曜日

今朝は、娘を託児所に連れていく前にNHK教育テレビのおかあさんといっしょを見せた。いつものスタジオ撮りじゃなく、江戸時代の都市の風景を再現したセットで、時代劇ミュージカル仕立ての「むかしの町でポンチャラリン」というのをやっていた。グーチョコランタンのキャラクターが江戸時代にタイムスリップする。キヨコお姉さんはそば屋の看板娘だが実はくの一でもある。ゆうぞうお兄さんは飾り職人だが実は山のタヌキでもある。ナレーションはガタラットだ。子供たちが登場するのは最後の体操だけで、これも、弘道おにいさんがチョンマゲに脚半、子供たちは浴衣姿。これじゃあ、番組名も「おっかさんといっしょ」に変えないとなあ。

その続きで、かんじるさんすう1, 2, 3!を見た。12人でしりとり歌「こぶたぬきつねこ」を歌ったり、カードに子ブタやタヌキやの絵を描いたりの遊びの中で、12人で歌うと4種類の動物が3回づつ出てきてうまく全員に回ってオシマイという仕組みに気づかせる。それを足がかりとして、割り算の基本アイディアを伝えようという目論見だ。なかなか面白かった。これ、小学校1〜3年生向けの番組だそうだけど、俺たちが小学生だった30年前とくらべてよほど高度なことをやっているようで、感心した。

その後、ある文房具屋さんで、CASIOの小学生向け電卓NU-50というのを見かけた。分数の計算ができる。デモ機で試してみたら、

1と3分の2  プラス  2と4分の3  イコール  3と12分の17

となった。3と12分の17なんて帯分数があるものか。欠陥品なのかと思ったが、そうではなくて、小学生がはじめて分数の計算を学ぶときの計算の手順に従った表示になっているんだとも考えられる。実際、仮分数⇔帯分数変換ボタンを二回押せば、12分の53 → 4と12分の5 と、 適切な結果が表示される。なるほど、よくできている。が、値段がちと高くないかな?

帯分数の計算には、一度すべてを仮分数に直してからやる方法もある。こちらのほうが、掛け算や割り算へ発展させやすいのだけど、この電卓でこの方法を直接再現できるのかな。試してみりゃよかったな。俺は、小学校の算数に電卓を取り入れることに賛成だ。俺たちの小学生時代には電卓の代わりにソロバンがあった。ちょっと苦手だったな。いや、実は算数全般が苦手だったんだけど、それはともかく、ソロバンよりも電卓のほうがはるかに扱いやすいから、計算の基本原則の理解 (これは電卓には任せられない) とは違うところで、電卓を活用していままでできなかったこと (たとえば、たくさんの数値の繰り返し計算など) ができるようになることが期待できる。

もちろん、最初のうちは、すべてを手作業で計算して、原理と手順を十分に理解してほしいものだ。というのも、電卓は計算をしてくれるだけで、その分数計算の意味までは考えてくれないから。それに、最大公約数とか素因数分解とかいった数学的コンセプトに、約分とか通分とかの分数操作を通じて自然に慣れ親しむチャンスが、電卓の計算にすべてを任せることで奪われてしまいかねないから。

それと、学校教育に電卓を取り入れるなら、ぜひ「電卓で計算が出来る仕組み」について学ぶチャンスも与えてやってほしいものだと思う。科学技術はマジックではなく、謎のブラックボックスはどこにもないということを、子供たちにはしっかりと肝に銘じてほしい。


2004年7月26日月曜日

運転免許の更新にいった。写真映りをよくしようと思って、髪も髭もきちんとして行ったし、前の晩に鏡を見て、額にしわが寄るから目を見開くのはやめようとか作戦も立てていた。ところができ上がった写真を見ると、まあ、この髪この髭で目を細めていて、見るからに悪人づらなのは仕方ないとして、なんとメガネのフレームが変に歪んでいた。これは不覚。チェックしていなかった。おかげでなんかマヌケな悪人だ。だが映っちまったものは仕方がない。向こう5年間この写真で行こう。手続きが終わってバスで市内へ戻ったのが朝10時過ぎ。モタモタしていたら出勤がそれくらいの時刻になる日もあることを思うと、つくづく時間というのは使いようだ。

午後3時半ごろ、ある楽団員から非常に難しいメールが届いた。たまたまこちらも多少ヒマだったのですぐに返事を書きはじめたが、考え考え書いているうちに2時間経過。疲れた。

思うに、演奏団体であるからには、運営面のリーダーには同時に音楽的な要としての資質も要求される。プロかアマチュアかを問わず、ミュージシャンは音楽面で一目置いている相手の言うことしか聞かないものだからだ。その意味で、俺には楽団の運営を仕切る資格はない。それに音楽以外の面でも力が足りない。実務には疎いし、肝っ玉が小さくてドタンバでの冷静な判断力もないし。俺は結局のところ下手の横好きで調子っぱずれの音を出し続ける楽団のお荷物、楽器を持ったサルに過ぎない。役員として運営の一翼を担っている理由は、古株であることと仕事柄多少時間に融通が利くということに尽きる。それでも、役員のハシクレであるからには、批判はきちんと受け止めなければならない。だからミュージシャン失格とか運営担当者失格という劣等感から黙ってしまうのではなく、言うべきことを言うつもりで返事を書いた。だがそれにしても、俺が普段からもうちょっとしっかりしていればこんなにいろんな人に心配をかけなくて済むだろうにと思うと、情けなくて涙が出そうだった。

え?なんの話かわからん?まあそうでしょうね。


2004年7月25日日曜日

「おかばん」(みろりの参加している《おかあさんバンド》)のハンドベル演奏をビデオ撮影するところから始まって、前日に劣らず盛りだくさんな一日だった。夜は娘よりもひと足早く力尽きて爆睡。


2004年7月24日土曜日

今日は朝から夜までいろいろあって、気持ち的にくたびれた。吹奏楽の練習の後、皆はうなぎを食いに出かけたが (2004年 8月 3日 火曜日追記: あとで聞いたら、結局どこへも行かずオヒラキになったらしい)、俺はご相伴しようという気力が出なかったので直帰した。こういう夜は家でゆっくり休みたい。ああ、だけど、本当にくたびれているのはきっと、妊娠7ヶ月の重い身体をおして大活躍した妻の方なのだ。サポートしてやるべき俺がいつもクタクタで、まったくもうしわけない。


2004年7月23日金曜日

過去の日記を参照するときに日付まで指定できるようにタグをつけ直したぞ。たとえば昨年の8月26日の日記という具合だ。


2004年7月22日木曜日

騙るに事欠いて、差出人にわが妻みろりのメールアドレスを詐称したスパムを送り込んでくる奴がいる(怒)。 許せん。こういうメールは「ゴミ箱直行」よりさらに厳しい刑に処してやりたいところだ。っても、捨てる以外にやりようはないんだけどね。

髪を切りにいった。散髪してもらっているあいだは、じっとしている他ないけど、頭の中だけはいろいろと無駄な考えに忙しい。今日ちょっと考えたのは「本というものは本という字のホントの意味ではないよなあ」ということだ。そもそも「文章を書いた紙を読みやすいように束ねたもの」には「書物」あるいは「書籍」という堂々たる名前があるわけだし、「本」という字は「本当」「本番」「本来」「本気」「本上まなみ」「本田美奈子」等々(注1)の言葉に含まれる「もともと」という意味を担うもののはずなのだった。どこかでどうにかして意味がネジクレたわけだ。「さかな」という言葉がもともとは魚(うお)ではなく肴(さかな=酒を飲むときに添えて食べる物)を意味しているのと、まあ同じことなのだろう。

では「本」はいかにして「書物」の意味をもつようになったのか・・・なんだけど、散髪屋さんの椅子の上で頭で考えてもわかる話ではないと思って、そのときはそれで考察打ち切りにしたのだった。んで、あとで辞書を引きながら考えてみた。《大辞林》では、「もとになるもの。もとのもの。」という意義を述べ、枕草子第75段の「物語・集など書き写すに本に墨つけぬ」云々を引用している。とすると、印刷技術がなく書物を複製するためには手書きで写すしかなかった時代には「お手本」という意味で「本」という言葉が使われていて、そこから現在の「本=書物」という意味が派生したんだろうと考えられるわけだ。

というわけで、書物のことを本と呼ぶのは誤用だということになるのかもしれないが、しかし、今さら「本を読む」の代わりに「書を読む」という表現を常用する度胸は俺にはない(注2)。これは「さかな」と「うお」についても同様で、ちょっとくやしいが仕方がない。

もともと誤用あるいは転用だったものがいつのまにか本来の用法として認められるようになった例は、柳田国男『毎日の言葉』(新潮文庫 他) にいろいろと紹介されている。そのなかでとくに面白く印象に残ったのは、「くう(食う)」と「たべる(食べる)」の比較で、「食する」の意味をもつ語としては「くう」がもっとも一般的で、「たべる」は「たまわる(賜る)」に起源を持つ謙譲語だったというのだ。これを知ってからというもの、俺はなかなか他人に「どうぞ食べてください」とは言えなくなってしまった。かといって「お召し上りください」なんてのがさらりと出てくる柄でもなく、つい「食ってください」と言いそうになって困るのだ。

注1: 言わんでもわかると思うけど、最後の2例は冗談だ。そして、これも言わんでもわかると思うけど、俺としては本上のほうが好みだなあ。って、どちらかを選べなんて言われたことはないけど。

注2: っつうか、そんなどうでもいいことにこだわっているヒマがあるんならもっと読書しろってば。


2004年7月21日水曜日

職場の定期健康診断。数字でみるかぎり、自分で思っているほど不健康な身体ではないようだ。悪いのは頭だけなのね。胃ガン検診でバリウムを飲んできた。あまり気持ちのいいものではないな。9年前に大けがをしたときに病院でいろいろ検査をされた中で、CTスキャンがいちばん怖かったけど、胃ガン検診はそれに近いものがある。朝のうちに健診を済ませて、本当はそのあと散髪にいくつもりだった。だけど、胃ガン検診のときにバリウムと一緒に下剤を渡され、お昼前にこれを飲んでなるべく早く全部出しちゃってくださいと言われた。散髪の途中でモヨオシても困るので、髪を切るのは明日以降に延期。

さて、この場合のバリウムというのはBariumで、金属元素の名前だ。最近海外からValium (とかXanax) とかいう薬を格安で売りますという迷惑メールがよく来るけど、これはバリウム違いで、不安な気分を緩和する精神安定剤らしい。

土用の丑の日だもので、夕食はうなぎだ。例年どおり花園町の かね八 の前に出た屋台で買った。


2004年7月20日火曜日

娘が「飛んでったバナナ」を歌うと、途中から松ぼっくりの歌になって、「バナナが一本ありました/高いお山にあったとさ〜」云々と続く。面白がって何度も歌わせていると、「バナナが結構ありました〜」などのバリエーションが出てきて、皆で大笑い。それで調子に乗った娘が「バナナがきーぽー、かりばいこーい」とデタラメを歌い出し、パパのナンセンス中枢を直撃。さすがわが娘。


2004年7月19日月曜日/海の日

ベランダを掃除して小さなビニールプールを出して、娘に行水をさせた。とてもいい天気だった。っつうか、このところ、暑い日が続いて大変。


2004年7月18日日曜日

プリウスの試乗をした。っても、もちろん、俺が運転したんじゃないぞ。俺は免許だけは持っているが一度も公道を走ったことがないペーパードライバーだからな。そういえばこれもプリウスだね。どうやら PRIUS というのは ラテン語で PRIOR (前に) という単語がなんらか変化したものらしい。よくわからないけど。


2004年7月17日土曜日

吹奏楽の練習。先週ひと山越えて、これからは秋の県民文化祭に向けてイチから仕切り直し。序曲『ピータールー』のすべてのパートを、たっぷりの息を使い切って管いっぱい鳴らす練習を延々とやった。非常にしんどかった。酸素不足で、練習後しばらくは身体がしびれていたよ。ただ、これをやらない限り、息の使い方が改善されることはない。筋トレと同じで、楽勝でできるようなことをいくら繰り返してもトレーニングにはならないのだ。それに、ここ数週間は演奏会シフトで「きれいにまとめる」方向にクセがついていたはずだから、それをリセットする意味もあって有意義な練習だったと思う。


2004年7月16日金曜日

影山貴彦の『おっさん力』 (PHPエル新書)を読んだ。とても面白い。先日読んだ井上章一『アダルト・ピアノ』 (PHP新書)もそうだが、肩の力と油っ気が抜けていてそれでいて決して枯れてはいない、いまどきのおっさん (影山の言葉では《ネオおっさん》) らしい歳の取り方を提唱する本、だと思って読んだ。あと、歳のとりかたということで参考になった本といえば、20歳代半ばに読んだ、花井愛子の『おぢさん1年生』 (光文社文庫 / DigiPaで有料ダウンロード可能) だ。

いくつになっても「若いつもり」でいることは可能だし、俺も妻も、実年齢を知らせて相手にびっくりされることは時々あるが、だからといって、本当に若い人たちは、そんな俺たちを決して自分たちと同じには見ない。まずは、そのことを正しく認識しないといけない。それに『おっさん力』で影山が主張するとおり、年配の人間がいつまでも「俺はまだまだ若い。まだまだ現役だ。まだまだやれる」と言って頑張っていては、若い連中の成長の芽を摘んでしまう。ある意味では今後の俺のテーマは《ええ具合におっさんらしくなること》だといえる。


2004年7月15日木曜日

演奏会の録音データを編集してCDのマスターイメージを作る。ソフトウェアは例によってSoundStudio2.1とJam5だ。Toast with Jamはすでにバージョン6が公開されているのだけど、買い替えるかどうか考え中。

マスターイメージができたので、あとはひたすらToastでCDに書き込む。テスト書き込みした最初のCDを家のCDラジカセで再生してみる。市販CDにはもちろんかなわないまでも、なかなか悪くないと自画自賛。AppleWorksを使って曲目と出演者名の入ったCDケース用ラベルを作る。今回は書くことが多いのでグラフィックは省略。非公開の記念CDだけど、出演者だけでも45人いるから、パソコンでCDを作るのもそれなりに時間と手間がかかる。土曜日の練習に間に合うかな。

プレイバックを聴いて思ったこと。始めの3曲の指揮者は、通称29z (にくぜっと)。今回初めてウィンドを指揮してステージに立つのだけど、一曲目の『ディスコ・キッド』から、ちゃんといままでのマエストロ的サウンドとはまた違った29zサウンドになっている。『ディスコ・キッド』は俺も好きな曲だけに、本番に至る過程ではいろいろ文句も言ったけど、いい音でよく鳴っていて、指揮者29zの「いままでの松山ウィンドとは一味違うんだぜ」という決然たるアピールを感じる。もちろん、マエストロO久保も負けてはいない。今回のベルリオーズでは、金管楽器を客席の後ろに配置して、聴衆を取り囲むようにして演奏するという実験的なことをやったのだけど、客席の反応をみると、成功だったようだ。


2004年7月13日火曜日

娘が母親に毛布を巻き付け「しゃんぱちゅやしゃんしてあげるね (散髪屋さんしてあげるね)」と言って遊びだした。託児所で覚えた遊びに違いないが、娘は散髪屋さんがどんなことをするか知らないはず。どうするのかと思ったら、「はい、アーンして」と母親の口の中をのぞき込んでいる。それは歯医者だよ。


2004年7月12日月曜日

市民コンサート今年一番の目玉例会、工藤重典フルートリサイタル。プーランクのソナタやドップラー「ハンガリー田園幻想曲」を中心に、聞き応えのある曲が10曲以上。アンコールも3曲 (グルック、クレメンティ、荒城の月)。サービス満点だ。演奏のすばらしさは言うまでもない。丸太ん棒のような太い音から、線香の煙のように消え入りそうな弱音まで自由自在。伴奏のピアノ (ジェフリー・グライス) がまた知的にして軽妙かつ豪快で、工藤さんのピアノによく似合うスタイルだった。

終演後、レセプションに行く。千舟町の料亭「濱作」だ。この店の若女将も市民コンサートの会員で、例会場で記念品販売と花束贈呈に和服姿で華を添えてくれたあと、店へとんぼ返りしてレセプションの世話をしてくれた。ありがとう。

工藤さんのCDは2枚持っているが、段ボール箱の彼方にあって取り出せない。会場でCDが買えるのだけど、買ってしまうとレセプションに行くお金がなくなる。仕方がないのでサイン会への参加はあきらめ、レセプションの席でハンカチにサインしてもらった。

最後にもう一言だけ。今回の例会では中学・高校生向けにチケットを発売したので、少なからぬ数の生徒さんたちが来てくれた。それで初めて理解できたのだけど、上着のポケットに手を突っ込んでアーケード街を闊歩している目光鋭い女子高生たちばかりを見ていると、女子高生観が偏ってしまうと思う。


2004年7月11日日曜日

昼まで寝た。本当はずっとグータラしていたかったのだけど、妻が身重で運動できないため、娘も昨日一日外に出ていないはずだから、外出させてやらないといけない。それに、自分もなぜか急にうどんが食いたくなった。そこで、娘を自転車に乗せて南江戸のセブンスターへ。まず軽食コーナーでうどんを娘と分けあって食い、それから今日明日の食材を買い込む。ゴーヤ。ニラ。大豆もやし。カツオのたたき。豚コマギレ肉。ビールと枝豆と、切らしていた調味料も買い込んだ。カツオのたたきで一食。「中華風ゴーヤ玉子の素」を使って一食。大豆もやしとニラを豚肉と炒め、豆板醤かコチュジャンで味付したもので一食。つごう三食くらいなら、妻がダウンしていても俺が用意できそうだ。

夜、娘が熱を出した。このところ俺も妻もいっぱいいっぱいで、娘にはワリを食わせていたからね。こちらが一段落ついたことを、雰囲気から感じ取ったんだろう。そういうときは、当事者よりまず小さな子供から体調を崩すもんだから、大人はもうちょっといろいろ賢くなって、テンパらないようにすべきだと思う。

ところが、38℃の熱がある娘は妙にゴキゲンで、夜の救急病院の待合室ではしゃぎだす始末。お出かけできるのがうれしいのかもしれないが、はた迷惑じゃないか。困ったもんだ。夜8時過ぎに病院に行って、帰ったのは10時半。なかなか大変だった。


2004年7月10日土曜日

演奏会当日。

休日に限って娘が妙に早起きで、5時半に起こされる。4時間睡眠だが仕方がない。シャワーを浴び、散歩がわりに近所のローソンへ朝食を買いに行く。前日の天気予報では、ちょうど開演時刻の午後6時頃に雨と予報されていたが、朝のうちに雨が降り出した。ガリ君の車に乗せてもらって会場へ。昼には雨もやみ、カラリとした上天気になった。こういうところに日頃の行いが出る・・・って、日頃の行いがよいのは俺以外の誰かだろう。たぶん。

本番の演奏は楽しかった。三部構成で第2部に打楽器アンサンブルのステージを入れたので、管楽器の演奏者は体力的にずいぶん助かった。演奏のデキも悪くなかったと思う。

打楽器のワカさんが三津から上野町の生涯学習センターまで自転車で来ていたのにはびっくり。彼は11月の新居浜での出番にも自転車で登場しかねない。

ウチアゲ。こちとらもう40歳なんだし、ハメを外すのは若い人たち(20歳代)に任せよう。二次会はジョーやマエストロをまじえて6人でキーストンに行き、楽団の将来についていろいろと話し合った。俺は眠かったのと冷房の効きがよすぎたのとで、ほとんど沈没していたけどね。


2004年7月9日金曜日

学生時代に一度読んでいるはずなんだけど、広瀬立成『モノポール』(講談社ブルーバックス, 出版社品切れ中) を読む。先日の『真空とは何だろう』と同じ著者だから、例によって「常識をはるかに超える」だ。だが、1985年の本だけあって、写真で見る著者の姿が若い。って、それはどうでもいいか。電磁気学のクーロンの法則やマクスウェル方程式の形から、磁気と電気に対称性があると考えたのがモノポール (磁気単極子) 探求の始まりらしい。それは無い物ねだりだと、俺にはなんとなく思える。ところが、大統一理論はモノポールの存在が必然であると予言しているらしい。面白いものだ。俺としてはこれから先もっと勉強して、できれば「モノポール不存在の理由」と「超伝導のメカニズム」をぜひ理解したいものだと、いまは思っている。たぶん、後者より前者が難しいんだろうなあ。

演奏会の前日リハーサルだ。なにしろ今回の会場は、ホール自体はとてもいいのだけど、立地が不便。夕方、楽器と録音機材一式をもってタクシーで出かける。午後9時40分にリハーサル終了。樂長の新しい家がたまたますぐ近くなので、お邪魔して夜半まで楽団の役員会。帰宅してからいろいろとこまごました準備をする。自分は会場係だと自任しているので、明日は朝9時には会場に着いていたい。ガリ君が8時半に迎えに来る。本当は無理をせずさっさと寝ないといけないのだ。睡眠不足はよくない。だが妙に目が冴えてしまっている。午前1時半にようやく一段落ついて就寝。


2004年7月8日木曜日

きょうは日中とんでもなく暑かった。夕立のおかげで涼しくなったけど。身重の妻のかわりに夕食を作った。『ルドルフ』のおかげで早起きが苦にならないのがありがたいね。


2004年7月7日水曜日

誕生日。いよいよ40歳。後半戦というところですね。


2004年7月6日火曜日

なるほど。「テレビ絵本」の『ルドルフとイッパイアッテナ』で音楽を担当していたのは渋谷毅という人なのね。

同じプロダクション (だよね この会社は) に坂田明もいる。脳溢血か何かで倒れたと噂を聞いていたが、現役で活動しているようなのでひと安心。

娘は最近工作に凝っている。といっても、3歳児のやることだからタカが知れていて、大人の目には、紙をテキトーに切って、テープや糊でテキトーに貼っているようにしか見えない。だがまあ、いまのところはそういう作業を通して手先をちょっとずつでも器用にしていってくれればいいと思っている。ちょっとつきあって、紙をバナナの形に切ってやると喜んで「お皿作って〜」とおねだりしてきた。最初これを「お空作って〜」と聞きまちがえて、こりゃまた難しいことを言うなあと思った。


2004年7月5日月曜日

朝も9時近くなってから知ったのだけど、NHK教育テレビ「テレビ絵本」のプログラムは今日から斉藤洋『ルドルフとイッパイアッテナ』(講談社)の再放送だ。このプログラム、原作の面白さももちろんのこと、音楽と絵がまたすばらしい。音楽の担当者の名前は失念したが、絵はクロネコヤマトのCMでイラストを担当している堀口忠彦さんだ。みんな早起きして(っても7:20放送開始なんだけど)観なさい。よ〜し俺も明日からちょっと早起きするぞ。

という話を書くためにWebを検索してみたけど、ルドルフってファンが多いのね...


2004年7月4日日曜日

午後から夜にかけて、演奏会直前の追加練習。さすがに疲れた。これから10日までは演奏会に向けて心身のコンディションを整えないと。


2004年7月3日土曜日

吹奏楽の練習。練習場として借りている愛媛県婦人会館は俺と同じくらい古い(築40年)ビルだ。そのビルが、練習の時刻の直前に停電した。理由は配電設備に虫だかネズミだかが入り込んで電線がショートしたかららしいけど、真夏日でもあり、最上階のホールは暑くてたまらない。こういう日は「エアコンはともかく電灯がないと練習は無理だし」とかいってみんなでビアガーデンに行ってしまいたいところだ。だが残念ながら(?)、合奏が始まる頃には電源は復旧した。エアコンがかかり始めるのが遅かったせいか、いつものように冷えすぎることもなく快適に練習できた。


2004年7月2日金曜日

ひさしぶりに県立図書館に行った。これまでの3冊×2週間の貸出リミットが5冊×3週間に緩和された。あと、コンピュータで蔵書検索できるようになった。だが、室内に漂うオトナな雰囲気はいままでどおりだ。

6月24日の日記に書いた「電荷の慣性運動」の疑問に似た問題が、江沢洋『物理は自由だ2:静電磁場の物理』(日本評論社) にとりあげられている(p.20)。もっとも、こちらは電気双極子の慣性運動をめぐる「ルイス-トールマンのパラドックス」だ。そして、この本にはどうやらこのパラドックスの解決編はないらしい。うひひ、面白いじゃないか。

保江邦夫『Excelで学ぶ量子力学』(講談社ブルーバックス)は、「ネルソンの確率力学」という量子力学の新しい定式化にもとづいて、これまでは見ることができないと考えられていた量子の運動を視覚化する方法を紹介しているのだけど、残念なことに、付録CD-ROMに収録されたデータが、MacOSでもVirtual PC上のPC-DOSでも解凍できない。自己解凍プログラム形式で圧縮するにしても、なにもわざわざWin32のアプリケーションにすることはないだろう。DOSプロンプトで動作するコマンドで十分なんじゃないか。あるいはZIP圧縮したアーカイブを、オープンソースのZIP展開プログラムと一緒に収録するとかすれば、そのソフトが使えないMac派もどこかでZIP展開プログラムを入手すればいいわけだし。解凍してしまえば要するにデータ本体はExcelのブックなんだから、Macでも開けるはずなんだけど、残念だな。


2004年7月1日木曜日

太田浩一『マクスウェル理論の基礎』(東京大学出版会) を買ってきた。普通の科学者や工学者の味気のない文章にこのところちょっと食傷気味だったので、ゲーテの『ファウスト』(しかも森鴎外訳) の引用から説き起こす序文がとても魅力的に感じられた。値段(3,800円)が張るのでどうしようかと思ったけど、奥付けの著者紹介に小さく引用された狂歌が購入決断の決め手になった。

歌詠みは下手こそよけれ あめつちのうごきだしてはたまるものかは (宿屋飯盛)

これを発見したときには、書店で一人でニヤニヤと笑ってしまったぞ。・・・以下、なんのことかわからない人のために蛇足ながら解説。日本最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』の序文で、紀貫之が「力をもいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和げ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。」(大意:力なんか入れなくても、天地は動かせるし、神霊だって感動させられるし、異性も口説けるし、戦士の心だって癒せるんだもんね。それが歌ってもんさ)と豪語しているのを受けて「お前さん、天地だなんて、そんなもん動かしてどうしようってんだい」と、江戸時代の狂歌作者の宿屋飯盛がチャチャを入れているというわけだ。

もっとも、著者がこんなところへこの狂歌を引用した理由はよくわからない。凡庸な学者のように《和歌で天地を動かせるわけないじゃん》と思っていたら、歌詠みがいくら上手になろうが、ぜんぜん構わないわけで、《あ、ひょっとしたら動いたりして》と思うからこそ、ちょっと下手くらいがちょうどいいよという話になる。あるいは、どこかの大先生に「キミはどちらかというと文章が下手だね」と言われた著者が、「ええ、ワタクシが本気で上手な文章を書いて天地が動いたりしたらオオゴトですから」と居直ったという話かもしれない。

思うに、現代の芸術家は、芸術で天地を動かせると本気で思っていない時点で負けている。いまの時代、芸術で天地を動かし神霊を説得し人が殺せると、誰も本気で思ってないから、我が子がおゲージュツに打ち込むのを親がニコニコと応援できたり、大学に芸術学部なんてものがニコニコと存在できたり、大家が若い作家の作品をニコニコと褒めることもできたりする。だが、音楽でも美術でも文芸でも、本当の最先端はもっと危険なものだと、俺は思いたい。できれば科学もそうであってほしい。