て日


2003年 8月分


2003年8月31日日曜日

日曜日には、銀天街の東端のハーゲンダッツ前で、えひめイヌ・ネコの会が子犬と子猫のケージを並べて里親探しをする。電器店にCDのケースを買いに行く道すがら、娘に「【娘】ちゃん、ほら、ニャンニャがいるよ」と見せてやると、子猫のケージに貼り付いて、「にゃんにゃ〜♥」と離れない。仕方がないのでその場は妻に任せて自分だけ電器店へ買い物に行った。賃貸アパート住まいの俺たちはペットは飼えないのだが、わが娘にも小さないのちを慈しむ心が(ある程度は生得的なんだろうけど)育っているというのはありがたいことだ。

帰り道、あの方とあの方が仲むつまじく手に手をとって銀天街を歩いているのを目撃。すばらしい。


2003年8月30日土曜日

鉢植えのヒマワリが終わったので、二つの鉢にそれぞれ萩とイエローマジックを植えることにした。イエローマジックという花は初めて知ったのだけど、黄色から白へ(あ、逆だっけか)花が色を変えるものらしい。面白そうだ。んで、冬になったらチューリップを植えるんだい。

買ってきた苗を鉢に植え替えていると電話がかかった。市民コンサートの機関誌の記事に日付の間違いがあったらしく、急遽訂正作業に入るということ。どうやら自分がまいたタネのようなので、あわてて手伝いに行く。あいにく妻は研修の予定があったため、娘を作業場へ連れて行ったので、かえって邪魔になったかもしれない。ごめんなさい。

吹奏楽の練習後、7月のアンサンブル演奏会の録音を何人かの団員に聴いてもらった。ハードディスクの不調で音が飛んでいたり、ノイズだらけだったり、とても16ビットのデジタル録音とは思えない音なのだが、まあ、これはこれで意味があるだろうという結論になったので、帰宅後、ちょっと夜なべしてCDマスター用のファイルを作った。次回はもっとうまく録音するぞ!


2003年8月29日金曜日

MacOS 8.x と 9.x のJavaVMである MRJ (Mac OS Runtime for Java) は JDK 1.1.8 準拠で、そのせいか、JDK 1.4.1 でコンパイルしたアプレットは MRJ では動作しない。アプレットを開発する場合、公開バージョンのコンパイルには、javac へのオプションとして-target 1.1を食わせた方がいいようだ。

PowerBook G4 12インチ(MacOS X 10.2.6) のClassic環境でApple Applet Runnerを起動してアプレットを走らせるのと、MacOS X ネイティブの appletviewerとか Apple Applet Launcherで走らせるのとを比較すると、ものによっては前者の方が快速であることがある。これ、どういうことなんだろうか。


2003年8月28日木曜日

ハエはすごい。

職場のトイレにハエが飛んでいた。ハエというのは、不潔でうるさいし、小さいし、頭が良さそうでもないし、行動様式も人間の行動と比較するとずいぶん単純に思えるし、尊敬に値するところが全然なさそうだ。それで、「このトイレには今日もチンケなつまらぬ虫が飛んでいることよのう」と思いながら用を足していたのだけど、その行動の単純さを「まるで機械みたいだ」と表現しかけた時に、いや、ちょっと待てよ、と考え直したのだった。

たしかに、人間やイルカやキツネに比較すれば小さくて単純でアホな生き物ではあるが、「機械みたいに単純」というのは正しくない。それどころか、ハエのような機械があったら、それはモノスゴイことなのだ。

なにしろ、ハエは飛ぶ。それなりに障害物を避けながら (アホだから時々壁にぶつかっているが)、かなりのスピード (たしか昆虫の中でも最も速い部類) で飛ぶのである。空を飛ぶ自律的システムとしての完成度はかなり高い。そして、エネルギー効率が高く、しかも (当たり前のことだが) 環境にやさしい。なにしろ、燃料はウンコである。廃棄物をここまで有効に利用する技術を人間は実現していないから、機械に空を飛んでもらうには何かしら石油燃料なりなんなりを燃やす必要があって、それだけでずいぶん大がかりなものになる。

そして、ハエは小さい。あのレベルの自律的システムを人間が作ったら、それはかなり大きなものになるはずだ。アシモとかアイボとかのように、ヒトっぽくあるいはイヌっぽく形を作って、ゆっくりとでもヒトっぽくイヌっぽく動かせば、それはそれなりにヒトっぽくイヌッぽく見える。そこには確かに工業技術の精髄が結集しているのだが、あれはやはり、いまのところは、ヒトやイヌのサイズだからできることにちがいない。テクノロジーの最先端の話題にそれほど詳しくない俺だから断言はしないけど、アシモにせよアイボにせよ、ハエのサイズで作れと言われたらお手上げなんじゃないだろうか。ましてや、アホとはいえ空を飛ぶ自律的システムをあのサイズである。

おまけに、ハエは増える。これはもうダメ押しだ。俺だってハエにはあまり増えて欲しくはないが、自己複製に適した環境を自ら探し出して勝手に増えるというメカニズムを仕込んだ機械など、いまのところ人間には作れない。バイオテクノロジーで既存の生物の自己複製システムをそっくり拝借するというのがせいぜいのところ。まあ、コンピュータウィルスという自律的自己複製システムがあるにはあるのだが、あれは機械じゃなくデータだけの存在だからできるものにちがいない。

一寸の虫にも五分の魂というが、トイレでブンブン飛ぶしか能のないハエにしてからが、これだけすごいのだ。もっと高度な動物の行動とか、もっと小さなゾウリムシとか、あるいは植物の光合成のシステムとかの話になったら、もっともっとすごいことになる。

まったく人間業ではない(笑)。


2003年8月27日水曜日

Symantec MacCafeの古いCD-ROMが出てきた。確か、今では跡地も100円パーキングになってしまっているかつてのS電機で、当時としても破格の1,500円で投げ売りしていたものを買ったのだ。まだMacOS8.0が出るか出ないかの時期で、俺はいまの湊町の家ではなく、木屋町か、ひょっとしたら山越に住んでいた頃の話だ。MacCafeは、MacOS向けのJava開発環境だったのだが、APIがJDK 1.0.2 準拠だった。当時すでにMRJ 2.0 が出ていて、MacOS上のJava環境も JDK 1.1 準拠になっていた。ましてや、Java2 SDK 1.4.2 がリリースされている現在ではまったくお話にならない。ただ、サンプルプログラムに気に入ったのがあるので、引っ張り出してきたわけだ。(そのサンプルは、Googleで検索してみたところ、ここに公開されていた。アプレットの開発者とこのサイトとの関係は不明。みたところ、MacCafe 1.2に添付されていたソースファイルから生成したアプレットらしい。MacCafe 1.5ではもう少し動きが滑らかになるように改良されている。) ノートン先生のシリーズで有名なSymantecは、今では開発ツールから撤退しているのだが、THINK PascalとかSymantec C++とか、定評のあるMac向け開発ツールの発売元だったのだ。今は昔の物語。

夕食は、ブタの薄切り肉を茹でてタレを付けて食う、要するに冷しゃぶ。喜夢知家(きむちや)のおかみさんに教わった食い方 (コチュジャンを三杯酢で伸ばし、ニンニクを加えてタレにする) をためしてみたら大変うまかった。


2003年8月26日火曜日

Adobe Photoshop Elements 2.0を買った。妻に描いてもらった絵にちょっとだけ細工をして、自分のPowerBook G4のための壁紙を作った。絵柄はこんなのだ。

yaruki.png

ネットでは初公開かもしれない。かなり昔から妻みろりの脳内に棲みついている「やるきのないあひる」だ。会議や研修のときに、妻の手元の資料やメモ用紙にこのキャラクターが現れたら、それは、あなたのせっかくの熱弁も何も、妻の耳には入っちゃあいない、ということを意味する。そこにある妻のボデーはヌケガラで、幽体離脱したタマシイはおそらくチョウチョになってお花畑で遊んでいるはずだ。あと、デスクワークのときにこれが出たら、ちょっと疲れている証拠だから、叱ったりしないでお茶でも一服つきあってやってください。

ちなみに、うちではたまに、こいつが実体化してそこらへんをぺたぺた・ぐぁっぐぁっと歩き回ってます。


2003年8月25日月曜日

んげげ。次の市民コンサートの例会日は仕事の出張予定とカブッてるじゃないか。本番の舞台進行係とウチアゲの幹事まで引き受けたのに、いまごろ気がついた。アホですな。これで3回連続、市民コンサートの例会を聴きそびれることになる。いや〜ん。

『入れたてJava』でも『NewはやわかりJava』でもそうだけど、工学系のテキストでは、「概念」という言葉を「概要」という意味で使っている。これにはちょっとなじめない。けど、辞書によると、この言葉は「ある事物の概括的な意味内容」と「事物が思考によって捉えられたり表現される時の思考内容や表象,またその言語表現(名辞)の意味内容」という2通りの意味で使われているらしいので、工学系テキストの用法だって別に間違いではないのだ。そもそも、英語のconceptやドイツ語のBegriffの訳語として作った言葉に「概」の字が入っていることが間違いなのだろう。


2003年8月24日日曜日

漢字の表記まで含めて俺と同姓同名の人がインターネット上にどれくらい登場しているか、Googleで調べてみた。そしたら、350件弱のヒットがあった。そのほとんどが、ジャーナリズム研究者で著書も一ダース以上ある東京の有名私立大学の教授のことだった。それから、病院の副院長が一人。社長さんが三人。写真家だか画家だかが一人か二人。陸上競技の選手が一人。もちろん俺のことも仕事関係で多少は出ているが、圧倒的に、他の人の方が多いのだ。どうでもいいことだが、ちょっとクヤシイ。

妻が役所勤めをする町の町議選があった。妻は朝から夜まで投票所のスタッフとして休日出勤。夕方には、娘を(昨日もちょっと話の出た)隣の奥さんに見てもらって(というより、その孫のシュンちゃんと娘が遊んで)いるあいだに夕食の支度をした。作った料理は5品目。気がついたら一時間半も経っていた。ずいぶん頑張ったもんだ。メインは、牛肉とピーマンとマイタケの炒め物。なかなかおいしかったぞ。


2003年8月23日土曜日

マンションの隣の区画の奥さんが1階の喫茶店を経営しているんだけど、今日の午後、サックス吹きの人がその店に営業に来ていた。神戸で長年活動していた人だそうで、今年になって松山に戻ってきて演奏活動の拠点を探しているらしい。商売の話の合間に、自前のジャズカラオケをバックにサックスやフルートの演奏を聞かせてくれた。「ミスティ」とか「朝日のようにさわやかに」とか「スペイン」とか。

夜は4週間ぶりの吹奏楽。なんだかんだで3回も練習が抜けたからね。いやぁ、やっぱり俺はこれがないとやってられませんわ。


2003年8月22日金曜日

やたら暑かったのと、寝ている間にスジを違えたせいか一日中肩が痛かったのとで、なんかダメダメな気分になってしまった。けどまあ、思い出してみれば、夕食の用意で火傷しかけたことと、そのわりに分量が少なくて物足りなかったことを別にすれば、それほど失敗はしていないはず。気分的なダメダメに根拠があるとは限らないということか。


2003年8月21日木曜日

PPMファイル形式というものがわかったので、ためしに「マンデルプロト集合を描画してデータをPPM形式で標準出力に吐き出す」プログラムを作ってみた。得られた結果をGraphicConverterでJPEGファイルに変換すると、たとえばこんなかんじ。ソースファイルはこんなかんじだ。20年ほど前の、まだ学生だった頃にFM-11のF-BASICでマンデルブロト集合の全体像を描くのにまる2日かかったのを思い出すが、PowerBook G4だと、同じパラメータ設定なら、俺の拙いプログラムでも1秒かからない。


2003年8月20日水曜日

また勘違いしてた。JavaVMのバイトコードの解説が載っているのは「いれたてJava」ではなくて「はやわかりJava」(井田昌之, 共立出版)のほうだ。学生向けのJava解説書で、出版社も同じだから、うっかり思い違いしちゃったよ。ごめんなさい。

昨日も書いたように、パソコンはアイロンほどではないがかなりの高熱を発する。この熱を何かに利用できないかと思っても、熱というのは不便なもので、リサイクルしようにも一ヶ所に集めたり保存しておいたりができない。なんでだろう? と思ったのは俺が最初ではない。産業革命の時代以来、物理学者たちがこの問題をきちんと考え続けた結果として、熱力学という物理学の分野がある。そのことを書いた一般向け解説書『熱とはなんだろうか』(竹内薫, 講談社ブルーバックス)を読み始めた。「熱を出さないコンピュータは作れるか?」という問題もちゃんと扱ってある、というより、その話から書き始めている。この本は、そのうち読書欄でもっと詳しく紹介しようかな。

この二・三日天気がいいので洗濯してて気持ちがいい。スキッと乾いてくれるからね。


2003年8月19日火曜日

PowerBook G4は熱くて平坦な金属板なので、アイロンを連想させるが、実際にアイロン台の上でズボンをプレスできるか試してみたところ、ほとんど効果はなかった。重さも熱も足りなくて、アイロンの代わりにはならないようだ。

ちょっとだけ昨日の続き。PNM (カラーの場合PPMという形式になるらしいが) のJPEGへの変換には、コマンドラインの cjpeg コマンドが使える。これは、JPEGライブラリをソースからインストールすればついてくるユーティリティだ。昨日の例で問題になったガンマ補正は、scanimageコマンドの側である程度はできるようなので、スキャナの操作を半自動化するスクリプトは AppleScript なりシェルなりで書けるように思う。

先日買ったJava入門書は人為的で不自然な例題ばかりでとにかくやたらにまどろっこしいので、情報工学系大学生向けの教科書『いれたてJava 第2版』(溝口文雄 & 大和田勇人, 共立出版) を買ってきた。第2版といえども JDK 1.2 の頃のもので (現在は1.4.x)、ちょっと古い。ただ、基本のところを簡潔に要領よく書いているし、例題はなんと「WWWブラウザの実装」だ。こういう具合に、実際に動くソフトウェアを作りながら解説するのがベストだと思う。180ページに満たない薄い本だが、ひとまずはこれで十分。一つ難をいえば、著者は大学の先生なのにちょっと作文が下手だ。さすがに、何を言っているかわからんということはないけれども、一つの文でたくさんのことを言い過ぎなんだな。ま、それはともかく、いい本には違いない。図書館で見たところ、第1版にはJavaVMのバイトコードの解説まであったが、さすがに第2版ではそれは姿を消している。そういう細部もわかれば面白いし、どこぞで何ぞの役に立つかもしれないから、第1版も手に入るといいな。

「夏まつりの思い出」に始まり「ポストモダン思想」で終わる愚考

先日の「夏まつり」のとき(今月2日の日記を参照)にデジカメで撮った写真をプリントするために、L版の写真用プリンタ用紙を買いに行った。名刺サイズの紙があったのでそれも買う。写真の刷れるプリンタ (たとえば、うちのはキヤノンのPIXUS 50i) があれば、AppleWorksのドロー環境で名刺が作れる。それで作ってみて考えたのだけど、ビジネスの現場では名刺のあるなしで人の評価が変わったりするんだろう。初対面の人にサッと名刺を出すのがマナーというものなんだろう。だけど、それじゃあっていうんで、プリンタとパワーブックを常に持ち歩いてオンデマンドで刷った名刺を手渡すということをやったとしたら、やっぱり信用は貰えないはずだ。あらかじめ用意してあるものをサッと出さないといけない。目の前で作られたんじゃ名刺の価値が下がる(ような気がする)。一歩引いて距離を置いてみたら、おかしな習慣だ。ビジネスというものは常に合目的性と合理性を求められるものだが、そのビジネスの現場での「信用」を構成する要素のひとつひとつは、名刺とかハンコとかネクタイとか、あまり合理的とは思えないものなのだ。まあ、それを言い出せば、そもそも「貨幣=お金」なんてものにしてからが、ひとたびその価値の根拠を問うてしまえば、とたんに価値がわからなくなるもので、そういうものを中心にまわるビジネスの世界の習慣にも、「みんながそう思っているから」というより深い根拠など、もともと存在しないのだろう。言語のシステムが究極的には「恣意的」なものであるのと同様...(以下省略)...


2003年8月18日月曜日

いやあ、G4にして何が速くなったって、iTunes4のAACへのエンコードが速い速い。平均して8倍速から9倍速くらいで変換するから、CD一枚をものの7〜8分でiTunesに取り込んでしまう。面白いからどんどん変換する。iPodは10GBモデルだからあんまり頑張ると泣きをみるんだけどな。

MacOS X でスキャナを使ってみたという話...

自宅で使っているスキャナはキヤノンのCanoScan FB636Uで、写真をディジタル素材化したり、印刷原稿をOCRで取り込んだりとか、けっこう重宝している。MacOS X向けドライバがリリースされたのはいいけど、なぜか「Adobe PhotoShop 7.0またはAdobe PhotoShop Elements 2.0との組み合わせでご使用ください」となってしまっている。たしかに、PhotoShop Elementsなら買ってもいいなと思っているところではあるけどさ。ドライバ全体を公開しろとはいわないけど、ちょっと太っ腹に、ドライバのヘッダファイルとインターフェイスのドキュメントを公開してくれれば、汎用のスキャンプログラムを自作しようという人が必ず出てきて、エンドユーザーもメーカーも幸せになれると思うんだけどなあ。

いや、よく調べもしないで「公開されてない」と断言はできないから、もうちょっと調べよう...

困ったときのGoogleだのみで検索したら、canon-fb630u という名のSourceForgeプロジェクトがあった。現在は SANE (Scanner Access Now Easy) というオープンソースプロジェクトに統合されているらしい。そして、MacOS Xもサポートするプラットフォームに含まれている。ありがたいことだ。だが、いずれにせよ、Canon-fb630uプロジェクトのページに「Simon dismantled his FB630U to see what chipsets were used in its construction, since Canon were unwilling to divulge any technical specifications.」とあるからには、キヤノン自身は何も情報公開しておらず、有志が自分の手持ちの機材を解体して中身を調べたということだろう。ソフトウェアAPIを公開することがハードウェアメーカーにとってどれだけの損失になるとキヤノンが判断したのかはわからないが、残念なことだ。

さっそくsane-backend-1.0.12をダウンロードして、makeしてみた。CanoScan FB636UはUSB接続するタイプだから、先にlibusbをインストールする必要があった。名前こそバックエンド(ユーザの目に触れない内側の意味)だが、一応はターミナルで操作するスキャン用コマンドがインストールされるから、コマンドラインに慣れているユーザならこれで十分。試しに写真をスキャンしてみた。出力はPNM (ピクセルごとのRGB数値の配列に、必要最小限のヘッダをつけたファイル形式)なので、GraphicConverterを使ってJPEGに変換したのが次の画像。

スキャンした写真

右側の白い領域はスキャンする範囲に余裕を持たせた結果できた余白なので構わないのだが、よく見ると右端に黒い線が入ってしまっている。どうしてだろうね。それと、元の写真と比べて発色が暗めになった。ガンマの設定をいじらないといけないみたいだ。

結論としては、ハードウェアメーカーが情報公開に消極的であったにもかかわらず、オープンソース・ソフトウェアのおかげで、ともかくも、MacOS XでもCanoScan FB636Uを使った写真の取り込みが可能となったというわけ。めでたしめでたし。

ちなみに、純正のキヤノン製ドライバをインストールしてGraphicConverterで使ってみたら、プラグインとして登録され、Aquireメニューから呼び出せば、スキャナのダイアログは出る。ただし、スキャン中にアプリケーションが異常終了するので、使い物にならない。メーカーの動作保証の範囲外だから、これはまあ仕方がない。しかし、対応アプリケーションがAdobeのあれとあれだけ、というのも、こうなるとちと疑わしいな。


2003年8月17日日曜日

妻が日曜出勤。といっても午前中だけなので、娘を託児所に預けるまでもない。それに、そもそも託児所は移転作業のため本日休業だ。俺が面倒を見ることにした。朝食にはリクエストに答えておにぎりも作ったし、図書館の児童書コーナーにも連れていった。11時過ぎになるとさすがにちょっと疲れた。ベビーカーを押して散歩に出て、「こんこん湧水」なら娘にも飲めるかなと思って自販機のボタンを押したら、隣の「クールサイダー」のボタンを押してしまっていた。斜視のせいか、こういうことを時々やる。しかし、2歳の娘にサイダーを飲ませるわけにはいかない。俺もサイダーなんか飲みたくない。さて、小銭はあと130円だ。何か他にないかなあと、サイダー缶片手にベビーカーを押しながらウロウロ。30分ほどぐるっと町内を一周してコミセンへ。ロビーの自販機で「爽健美茶」を買って、さあ飲めと娘の方をみると、いつのまにかベビーカーで寝入ってしまっていた。それが12時過ぎごろ。家に戻ってベッドに運んでも起きない。なんとその後3時過ぎまでの長いお昼寝タイムとなった。昨日までの帰省のあいだ、子供なりに緊張して疲れていたのかもしれないな。


2003年8月16日土曜日

昨日のディスクイメージのトラブルは、イメージをマウントせずCD-Rに焼いて、そのCDをマウントすることで解決。焼いたCDも自動的にはマウントされなかったが、MacOS X 標準のディスクユーティリティを使えばマウントでき、同じくディスクユーティリティで初期化したUSBディスクにデータをコピーして事無きを得た。しかし、カーネルパニックの原因がわかったわけではないので、不安は残る。DiskCopyで「フォルダのイメージを作成」ではなく「装置のイメージを作成」したのが失敗だったのだろうか。よくわからない。

というわけで、松山に帰ってきた。フェリーもわりと混んでいたし、いろいろあって帰り道ではけっこうクタビレた。


2003年8月15日金曜日

お盆休みでピアノのレッスンもないので妻の実家に来た。

以前のTDK製の通信ケーブルがMacOS X に対応しないので、新しいUSBモデムケーブルを買った。今度のは、型番がUSB-cdmaで、なんか「そのまんまやがな、もーちょっとヒネリなさい」と言いたくなるようなIO-DATAの製品。メーカーのWebサイトからドライバをダウンロードしたら、MacOS Xでも高速パケット通信ができる。さっそく試してみたら、調子のよいときは下り9.1kB/secくらい出たから、CDMA2000x1の144kbpsか、少なくとも64kbpsは出ている。実売価格4800円だったから、結果的にいい買い物。

USBメモリーディスクのフラグメントを解消しようと思って、バックアップを取って初期化したら、バックアップからの復元の途中でカーネルパニックが起こる。DiskCopyでマウントしたイメージからの読み出しのときになにかものすごく例外的なことが起こっているらしい。松山に帰ってからMacOS9で起動できるマシンを使って復元すればたぶん大丈夫なので、データが消えるとは思わないが、かなりイライラさせられた。

夕食は、義父が海に入って採ってきたアワビとウニとサザエ。美味美味。


2003年8月12日火曜日

マーティン・デイヴィス『数学嫌いのためのコンピュータ論理学〜何でも「計算」になる根本原理』(コンピュータ・エイジ社) を読み始める。コンピュータの理論的背景にある記号論理の歴史を、ライプニッツからブール、フレーゲ、カントール、ヒルベルト、ゲーデル、テューリング、とたどっていくもので、先駆者の伝記的エピソードが話の中心ではあるが、基本的な数学的アイディアも、それなりにかみ砕いて、しかしきちんと提示している。面白いが、翻訳がときどきおかしい。なにより、訳文の校正がずさんだ。数学好きの高校生なら知っているだろう l'Hospital (ロピタル) の名を「ロスピタ」と書いているとか、「少数」と「小数」が混同されているとか、そういう話。縦組みの文に数式を埋め込むときの記号の使い方にも異論の余地があるし、それに、そもそも数学が嫌いな人にこの本を薦めるのはどうかと思う。(原題は「Universal Computer」直訳すれば「なんでも計算機」で、「数学嫌い」というのは訳本にしかない)。だが、それでも面白いから、数学好きの人にはお薦めしたい。


2003年8月11日月曜日

台風が通り過ぎたあとしばらくしてから、けっこうな量の雨が降った。時間差攻撃とはねえ。

iBookでひと騒動あった後には、またしても妻のVAIOが不調。数字の2と3と8がキーボードから入力できない。NumLockしてテンキーパッド化した他のキーからも同じ数字が入力できないので、ソフトウェア的におかしいのだろうと思うけど。あ、そうか。こんなときこそ、Live CDでLinuxを起動してやれば、不調がハード的な物かどうか確認できるよな。...と思ってCD-ROMドライブからの起動を試してみたけど、BIOSの設定のせいか、あるいはCD-ROMドライブがPCカードスロット経由の外付けだからか、CD-ROMを無視してハードディスクからいつものWindowsが起動してしまった。だが、さきほどの数字が入力できない問題は解消している。まったく、謎なことをするパソコンだ。


2003年8月10日日曜日

昨日のこと。自分は喘息っぽく咳がでるし、妻は頭が痛いと言い出すしで、結局練習を休んでしまった。練習後、事前に約束していたとおり、N嶋さんがパソコンをとりにきた。こっちの部屋のパソコン2台とディスプレーを処分したので、少しはスペースができた。次は本とCDの整理だな。

今日のこと。台風一過で天気がいい。郵便局に行く用があったので、高島屋にいった。妻が化粧品を買うあいだ娘と遊んでやる。その後、銀天街をあるいてベスト電器へ。先月のアンサンブル大会の録音で懲りたので、録音用のハードウェアを再検討することにした。ポータブルMDレコーダーで録音しながら、モニター用の光出力をPowerBookで受けてさらに録音するという方法はどうだろうか。いや、これだとMDの音質に刈り込まれてしまうかもしれないなあ、とか、いろいろ考えながらオーディオコーナーを見て回る。ケーブル一本にしても、1メートルのRCAケーブルが、高いヤツだと2万円とか平気でする。上を見たらきりがない。結局なにも買わずに帰った。

銀天街を逆向きに帰る途中、明屋書店に寄った。一時期何冊も持っていたJava関係の本を、2年ほど前に全部売り払ってしまって、今ごろになってまたJavaを勉強し直す気になって、売らにゃあよかったと思っても後悔先に立たず。仕方がないので分厚めの入門書を1冊だけ買う。UNIX USER9月号に、Gentoo LinuxのPowerPC 版Live CDがついている(i386版もある)。これも即刻買うことにした。

いい天気の中、気持ちよく散歩ができてよかった。日ごろ当たれない日光にふんだんに当たれただけでもありがたいことだ。

帰宅してさっそく、Gentoo LinuxのLive CDでPowerBookを起動してみた。KDEやGNOMEの統合デスクトップ環境は、もはやMacOSやWindowsとくらべても遜色がない。これだけのものが無償公開を前提としたオープンソースで作られているんだから、たいしたものだと思う。

夕食後、車で温泉に向かうが、途中で娘が爆睡しはじめた。お昼寝してないからなあ。駐車場で車から降ろそうとしても起きないので、あきらめて帰る。帰りの路上から、松山夏まつりの花火が見えた。


2003年8月8日金曜日

今週末のアンサンブルの出番は先方の家でご不幸があったので急遽中止。合掌。


2003年8月7日木曜日

なかなか咳がやまない。

市民コンサート運営委員会のあと、皆でビアガーデンへ。日が暮れてから行ったし天気もよくなかったので、ちと爽快さには欠けたものの、ビールも料理もうまくてそれなりに満足。

竹内敏晴『思想する「からだ」』の紹介をアップした。斎藤孝の本ともども、竹内敏晴の本も、もう少しまとめて読んでみようかと思う。


2003年8月6日水曜日

おかしいなあ、今日は散髪に行くつもりだったのになあ...

新しいPowerBook G4のAirMac Extremeカードの電波の入りがよくないと金曜日に書いたけど、単に俺がアンテナの接続をきちんとしていなかった (プラグが半分しか入っていなかった) だけだった。きゃ〜ごめんなさい。ちゃんと接続し直したら、iBookのAirMacに比して遜色ない感度になった。これで「こっちの部屋」でもPowerBookが使えるぜぃ(^^)v

我らがマエストロO久保は、学生時代の先輩(たとえば託児所で一緒のミオちゃんのお母さん)から「ヒコちゃん」と呼ばれていたようだと妻が教えてくれた。「オークボだからヒコちゃんだなんて、そんな安易なアダ名は俺はいやだな」と言ったが、妻には通じなかった。つまり、妻は大久保彦左衛門忠孝を知らないらしい。三河以来の古参の旗本で、将軍家光にも歯に衣着せずにものが言えたという江戸初期の「天下のご意見番」は、その後、子分の魚屋一心太助とともに、芝居や講談の登場人物として大衆に親しまれたわけだが、そうした「お話」の流れが、どうやら俺が子供だった30年ほど前のテレビ時代劇にまでは、受け継がれていたようだ。他にたとえば、俺と同世代の男の子(当時)の間には、たとえ塚原卜伝という名前は知らなくても、「囲炉裏で鍋物をしているところを背後から斬りかかられたとき、少しも慌てず鍋のフタを楯にして身を守った武道の達人のじいさん」のイメージが、共有されているのではないかと思う。だが、俺より9歳年下で、あまりテレビを見せてもらえずに育った妻にはそうしたイメージが共有されていないし、おそらくもっと若い人たちにはなおさら共有されていないだろう。

その一方で、俺たちは、「ミニモニ。」の名前の後に「。」が付くのが正しいのかつかないのが正しいのかを知らないし、その母体である「モーニング娘。」が何人のユニットなのかいまだにわからない。単に新しいのが苦手というだけではなく、伝説と化した石原裕次郎や美空ひばりの魅力も、あんまりわからない。

「日本の神話」がどうした「新しい歴史教科書」がこうした、という以前に、こういうところで、世代間に共通の「イメージ」を形成していったほうがいいんじゃないかな。あ、それって、たとえば「水戸黄門」とか、宮崎アニメか...

ここまでの結論をムズカシク言えば、こうなる。テレビから流れるメッセージは紛れもなく大衆の自己イメージの源泉なのだけど、世代を超え時代を越えて生き残るイメージを生み出す力にかんしては、口伝や文章による「お話」にかなわない。映像ベースのイメージはその映像を見たことがない人とは容易に共有できないからだ。それに、マスコミだって商売である以上、新しいものを次々と作り出さないといけない。この二つの要因のおかげで、テレビ的なものは、社会をどこまでも均質化・一様化・大衆化すると見えて、実は世代間のギャップを深める役割も果たしているように思われる。こうした傾向に対抗して社会をまとめ上げる「大きな物語」が (神国日本の物語にせよ経済成長の物語にせよ) 失われているのは、ある意味じゃあ、いいことでもあるが、もっと「ちいさなお話」のほうから、世代間のギャップを越えた「庶民の自己イメージ」を回復する道があるのではないだろうか、と。


2003年8月5日火曜日

しばらく前に買ったDVDをようやく繙いて、フェリーニの『道』を見た。ニーノ・ロータのテーマ音楽は前々から知っていたけど、この映画は泣かせる。夏風邪も手伝って、もう鼻水だらけだ。

《頭の悪い女ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)は、母親の手で、厄介払い同然に、粗野な大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)に売りわたされる。ザンパノはジェルソミーナと巡業を続けるうちに、自分でも気づかないまま、少しずつ人間的なやさしさを学んでいくが、結局は自分の罪の深さを乗り越えられず、後ろ髪を引かれながらも、哀れなジェルソミーナを捨てていく。そして数年ののち、偶然にジェルソミーナの最期を知ったザンパノは、自分にとってジェルソミーナがいかにかけがえのない存在だったかを初めて知り、絶望のうちに号泣する。》おおまかなストーリーはこのとおりだが、一度見ただけでは、リチャード・ベイスハートの演じる綱渡りの男の意味が(「神さまの目から見れば、この世にあるものはすべて、たとえ道端の小石だって何かの役に立っているんだ」という感動的なセリフを別にして)いまひとつ理解できなかった。だが、「気狂い」と名付けられ、背中に羽根の飾り物をつけて空中を舞うことをなりわいとするこの男は、ジェルソミーナに希望を語り、歌を教え、ザンパノに殴り殺されることによって、ザンパノにも人間らしい心があることを教え、最終的にはザンパノの救いとなる。つまり、この男は、天使でありキリストなのだ。ニブイ俺は、このことに、特典映像の淀川長治の解説を聞いて初めて気づいたのだが。


2003年8月4日月曜日

夏風邪ひいちまったかもしれん。咳が出る。のどが痛い。うううむ。


2003年8月3日日曜日

毎日いい天気で暑いね。

午後、マエストロの指導するM2中学の吹奏楽部の出番を聴く。年に一度の吹奏楽コンクールだもんで、会場はいっぱいの人出。ほとんど空席もない。おまけに出演の中学生たちが臆面もなく席取りをするし・・・。これ、毎年のことなんだから、県民文化会館のメインホールを会場にするように変えりゃあいいのに。んで、入場料を少し取ってさ。京都府じゃあ、20年以上前から吹奏楽コンクールの入場は有料だったけど、お客さんはそれでも入るんだから。


2003年8月2日土曜日

PowerBookの増設メモリを交換してもらいにいった。いくつか試したが、結局同じメーカーのPC2700仕様のSO-DIMMがうまく動作した。値段も昨日買った使えないメモリと同じで、結果オーライ。

iBookに入れていたAirMacカードとPC100仕様のSO-DIMMについてはさっそく買い手がついた。新品価格の半額ぐらいで買ってもらえたので大変ありがたい。

夜は、妻が役場勤めをしている町の夏祭りにいく。妻は踊り連のメンバーとして出場する。娘の世話があるので吹奏楽の練習を休んでつきあう。やぐらの上に太鼓とチャンチキが乗ってお囃子を奏でる、要するに盆踊り。夜店がたくさん出て、花火も上がって、それなりに楽しかった。ただ、残念なことに、盆踊りにつきもののフリーセ・・・(以下自粛)・・・。

いや、それは冗談として、面白かったのは、町の商工会青年部の若い衆が、生ビールの樽を背中にかついでノズルを片手に「ビールいかがですかぁ」と人ごみのなかを売り歩いていたことだ。車の給油じゃあるまいし、ちゃんとコップが出てくるのだが、そこはお約束どおり「ひとつ下さい」といって上向いて口を開けたら、若い衆はウケてくれた。


2003年8月1日金曜日

さて、PowerBook G4につけるAirMac Extremeカードと増設メモリを買わなくちゃ。夕方からパソコンショップに行った。

PowerBookは外装がアルミだからか、iBookと比べるとAirMacの電波の入りがよくない。しかしまあ、使えているのでオッケーとしよう。問題は増設メモリ。店の人に選んでもらったはずが、装着して電源を入れても、「ポー♪」という警告音がなるばかりで起動しない。はてなと思ってメーカーのWebサイトで調べると、12インチPowerBookの適合製品のリストに、買ってきたメモリの型番が載っていない。あわててパソコンショップに電話したがすでに営業終了で、妙に明るい声の留守番電話が出るばかり。明日にでも交換してもらいに行こう。

昼間の留守の間にNTTなんちゃらいう会社からBフレッツの件で電話。工事の段取りが決まったかな。しかし、携帯に電話してくれるものとばかり思っていたのだけど。