て日


2003年 7月分


2003年7月31日木曜日

電器店から「iBook直りました」の電話。さっそく取りにいったが、動作チェックしても直っている様子がない。上の階のMacコーナーの店員さんに手伝ってもらって確認するが、直っていないどころかインストールCDからの起動すらできない状態になっている。おいおい。もう一度メーカーに送ろうかとも思ったが、修理伝票に「ディスクドライブが不調ですが他社製のハードディスクなので交換しません」とある。別業者にハードディスク交換をさせたことが故障の原因だと言われたら、返す言葉がない。保証の範囲外の修理にでもなった日にゃあ、新しいマシンが買えるくらい修理代がかかることもあるのだ (ACアダプタの交換で経験済みだ)。

思いきって、iBookを1万円で下取りしてもらってPowerBook G4に買い替えることにした。JCBで12回払い。それはまあいいのだけど、AirMacカードも増設メモリもiBookと互換性がない。くっそ〜、アップルにしてやられた気がするなあ〜。


2003年7月30日水曜日

夕食後、ひさしぶりに3人で温泉へ。この時期、風呂に入らずシャワーで済ませることが多いので、ひさしぶりの風呂できれいさっぱり。上がってから飲むビールのうまかったこと!

昨日書いた中古パソコンのスペックをアップロードした。早くも名乗りをあげている人が数名いる。さてどうしたものか。


2003年7月29日火曜日

発作的に自分の部屋の片づけに着手。パソコン工房製AT互換機と、Macintosh Performa6420があるのだけど、なにかと場所ふさぎだし、入院中のiBookが戻ってくればそれだけで用が足りるので、思いきって手放そうと思う。無料(送料その他実費)でいいから、誰かもらってくれないだろうか。明日にでも詳しいスペック(これです)を公開するから、興味のある人は連絡してください。(って、誰か見てるのかな。)


2003年7月28日月曜日

『永遠の少年』の感想をアップした。著者がエディプス王に、スフィンクスの問いに答えるかわりに「おまえにはそういう質問をする権利などない。二度と同じことを口にすると張り倒すぞ」と言わせたがっているところが、大変面白かった。

それに関連して出てくるロシアの昔話。魔女ババ・ヤーガの家にたどり着いた王子イワンに、魔女が「自分の意志か、それとも強制されてか」と問う。哲学者なら、必ずこの問いを真にうける。この問いを真にうけることによって構築されるのが倫理学だ。だが、イワンは違う。「英雄に向かってそんな口をきくものではない。俺は腹がすいている。食事がほしい。急いで仕度するんだ!」と叫ぶ。実に痛快だ。これは、もともとは「イワンはバカだからね」という意味で語られていた話なのかもしれないが、結局は、これが深い意味での「正解」で、魔女の問いはイワンに何かを考えさせるためのものではなく、ただやる気をくじくために答えようのない謎をかけているだけだということを、イワンは見破るわけだ。フォン・フランツはここで、俺がたびたび引き合いに出す『南泉斬猫』の公案 (3月10日の日記参照) に答えているように、俺には思える。もっとも、書物の中で答えても、公案の答えにはならないわけだけどね。


2003年7月27日日曜日

妻が仕事で早朝出勤してしまったのでなかなか大変だった。だが、体を動かして娘と遊んでいると、日常の生活のなかでいつのまにか溜まっていた気持ちの澱のようなものが抜けていく気がした。子どものいる暮らしは大変だが、子どものメッセージをマトモに受け止めることが、長い間には自分にとってもプラスになるんだと信じて、気長にいきましょう。

娘はそろそろ第1次反抗期で、なにかにつけて「イヤ」という。きょうも、風呂上がりに紙オムツをはかせようとすると、仰向けで手足をばたばたさせて「イヤ〜ッ」というが、心なしか顔が笑っている。「娯楽としてのイヤイヤ」という側面もあるということを、これではじめて理解した。さっそくそれを逆手にとって、親子三人で「手足バタバタ・イヤイヤ遊び」というのをやってみたら、大変楽しかった。遊び方は簡単。畳の上に仰向けに寝て手足をバタバタさせながら「×××いや〜っ」と叫ぶ。声に出してはっきり叫ぶのがポイントで、この×××には任意のものが代入できる。たとえば「休日出勤いや〜っ」「アイロンがけいや〜っ」等々。まったく生産的でないが、ぶつぶつ愚痴っているよりはよほど健康的なので、みなさんもぜひどうぞ。


2003年7月26日土曜日

いい天気だった。午前中のうちに3人で堀之内に散歩に出かけた。とても気持ちのいいひとときだった。娘の様子をQuickTimeムービーにしてアップロードしたのでそちらをご参照。

吹奏楽の練習。自分の音楽的な能力の低さと組織運営についての見識のなさを痛感する。修行が足りない。がんばろう。


2003年7月25日金曜日

ピアノのレッスン。ツェルニー100番練習曲の62曲目。複合リズムが少しややこしい曲。今週はあんまり練習しなかった (「できなかった」なんて自己欺瞞はやめだ) ので冷や汗もの。最初はゆっくりゆっくりの慎重というか臆病なテンポ設定で弾いていたけど、先生の指示どおりちょっと速めのテンポで弾いてみると案外弾ける。もちろん、ゆっくりで弾けないところ(ターンとかトリルとか)は速くしたからって弾けるわけないのだけど、このほうが全体の流れがわかる。そして、音楽の「弾いてもらいたがっているテンポ」に近づくと気持ちがいい。まあ、これは小さなことではあるけど、このことひとつとっても、先生というのはありがたいものだと思う。なにしろ、自分ではなかなかテンポを上げるフンギリもつかないのだ。

テレビで『魔女の宅急便』を観た。一度ビデオで観たっきりで細部を忘れていたのでそれなりに新鮮だった。覚えている部分もずいぶん記憶が書き換えられている。たとえば、最初に出会う先輩魔女はもっとイジワルなことを言ったように思っていた。ボーイフレンドのトンボのことを黒目黒髪だったと思っていた。『天空の城ラピュタ』のパズーのルックスと混同したらしい。キキの母親はもっと年輩の肝っ玉母さんだったと思っていた。これも何か他のアニメの登場人物と混同しているらしい。まったくいい加減な記憶だ。ところで、2歳の娘にはこの映画のストーリーはさすがに難しかったようだ。やっぱりトトロでないとだめか。その『となりのトトロ』だって、人間のドラマの部分たとえばサツキとメイのケンカの顛末なんかは娘にはまだわからないみたいで、一緒に観ているとそのあたりで退屈しだす。まあ、ゆっくり成長していってくださいな。


2003年7月24日木曜日

マリー=ルイーズ・フォン・フランツの『永遠の少年 --- 「星の王子さま」の深層』を読みはじめる。数年前に買って積んどく状態だったのだ。開いてみてびっくり。なんというか、俺のことが書いてある。俺の行き詰まっている現状がぴたりと言い当てられている。なんで今まで読まなかったんだろうという気がしてくる。


2003年7月23日水曜日

娘は最近『となりのトトロ』のビデオに夢中。一日一回観ないと気がすまないらしい。目がさめて寝室から居間に出てきて「トトロみる」といい、託児所から帰ってきて居間に入ると「トトロみる」という。居間のことをトトロ視聴室と思っているらしい。そういう俺も冷蔵庫のことをビール置き場と思っているから人のことを悪くはいえないが。

基本的な生活力を意識してつけさせないことには、俺たち夫婦の子だからきっと親に似て鬱病親和性(なんて言葉があるのかどうか知らないけど)が高くて苦労することになりそうだ。俺も妻も生活のリズムが乱調ぎみだが、子どもにはこれからは夜10時には問答無用で寝室に移動してもらうことにしよう。


2003年7月21日月曜日/海の日

ヒメヒマワリの花が開いた。

朝、目をさますと別室で寝ていた娘が先に起きていた。俺のベッドの端にもたれかかって、ふとんをひきずっていたので、引っ張り上げようとすると、娘は「ぱぱ、いや〜んの」と言い、次に力なく小さな声で「だめてぇ」と言った。「ダメ」と「やめて」を合成した言葉らしい。これは、先日の「いか〜ん」より、よほどいい。アクセントは最初の「だ」につく。力なくナゲヤリな調子でいうところがポイントだな。


2003年7月20日日曜日

iBookはバックライトの不調とハードディスクの故障のダブルパンチを喰らってふたたび入院。5年間保証に入っててよかったよ。4月に修理に出した時はLCDが新しいのになって戻ってきたんだけど、本体との接続部分か、ひょっとしたらマザーボードに問題があるのかもしれない。

iBookがないと、アンサンブル大会の録音データをCDに焼く作業ができない。修理が長引けば、市民コンサートの機関誌づくりにも影響が出かねない。さりとて、新しいマシンを買うほどの財布の余裕はない。早いとこ直って帰ってきてほしいもんだ。

バックライトが直ったら、ハードディスクを新しい、もっと大きいのに交換しよう。雑誌では80GBぐらいのが紹介されている。だけど自分がいま必要としているサイズってどれくらいだろうか。iTunes用に10GB、MacOS9用のパーティションがせいぜい10GB、後がMacOS X起動用のボリュームだとしたら、まあ全部で40GBあれば足りるかな。あるいはちょっと奮発して60GBってところか。大容量だと便利だけどバックアップが大変だし、電池のもちが悪くなったり動作音が大きくなったりしても困るのでドライブをよく選んだほうがいい。


2003年7月18日金曜日

ピアノのレッスン。「白い恋人たち」が通って、来週は「テネシーワルツ」だ。この歌、テネシー州の州歌にもなってる名曲。歌詞は、ある男が奥さんとパーティーに行ったら友達に会って、奥さんと友達をお互いに紹介したら、ワルツを踊っているうちにその二人がデキてしまって、結局自分が捨てられちゃった、という内容なのだ(女性が歌うと、夫を友達に取られる「悲しみがとまらない」路線になって、より悲惨度が上がる)。ううむ。そんな歌で州を代表していいんですか。テネシーのみなさん。

そんなことを考えながら、音楽教室から家に向かって歩いていると、ふと「ラストダンスは私に」と「テネシーワルツ」を続けて歌ったらいいんじゃないかと気がついて、歩きながら大声で笑っちゃった。

「ラストダンスは私に」は「誰でも好きな相手と踊ってきていいんだよ。けど最後の曲は俺と踊ろうぜ」と余裕を見せる男の歌。菅原洋一は「あなたの好きなひとと踊ってきてもいいわ♪」と女の立場で歌っていて、俺はそんな女いるわけねーよと思うけど、それはともかく、「ラストダンスは私に」で余裕を見せた直後に、ダンスパーティーで恋人を取られちゃいましたと「テネシーワルツ」を歌えば、演奏効果バツグンだね。


2003年7月17日木曜日

市民コンサートの例会がみろりの仕事関係の会合と重なってしまった。夜の8時に夫婦どちらかが娘を迎えに行かないといけない。俺が例会にいくとしたら、みろりが会合の担当を誰かに替わってもらうか、託児所でベビーシッターを引き受けてもらうか。いずれにせよ、急な予定の変更が誰かを襲うわけだ。シッターを引き受ける保育士さんは降って湧いた残業で職場に残り、旦那さんやお子さんたちの不興を買うだろう。そんなこと考え出すと、なんだか娘の存在を「貧乏くじ」とか「ババ抜きのババ」と思っているようでやりきれない。他所へババを押しつけて解決することはいくらでも可能。だけど、他所から引いてきたババではないのだ。早めに確認しておけばみろりの仕事は誰かに替わってもらえたのだから、ババの発生源は事前にきちんと連絡をとりあっていなかった俺たち夫婦。娘の存在を厄介がって他所へその厄介を押しつけるわけにはいかない。俺が例会を欠席して迎えに行くことにした。

共稼ぎ核家族で子育てをしっかりやるには、役割が固定されていないぶん、普段から夫婦間できちんと連絡をとりあってその時その時の役割分担をはっきりさせておく必要があるということだね。

さて、託児所に迎えに行くと、娘はうれしそうに「【むすめ】ちゃんのパパでしたっ!」と叫んだ。おんぶで階段を降りると喜んで「たのしいな」と言う。例会に行けなかったこともそれでじゅうぶん報われたと俺は思った。

というわけで、ぜんぜん違う話。

spwaveを使ってアンサンブル大会の録音データを解析中。後半の録音に入っているノイズの性質がわかってきた。少し頑張ってプログラムを書けばなんとか除去できそうだ。いっぽう、一曲目のデータを復活できるかどうかは不明。AIFFのファイル形式を勉強して、壊れたサウンドファイルからデータを復元できるかどうか試す必要がある。


2003年7月16日水曜日

晴天。風も爽やか。体調も戻ってきた。こんな日はどこか陽当たりのいいところへ出かけて... いや、仕事行きます。はい。

「スフィンクス」についてGoogleで検索していたら、hirax.netというサイトを発見。なにやら面白げだ。


2003年7月15日火曜日

メールチェックをしたら《The best ANTl-SPAM software for you, Tenasaku!》(訳: てなさくさん、最高の迷惑メール駆除ソフトをあなたに!)というタイトルのメールが入っていた。迷惑メールはお前じゃっ!

熱が下がったので仕事に行く。が、ぜんぜん調子が出ない。

今年はじめてクマゼミが鳴くのを聴いた。がぜん夏らしいムードになるけど、今日はむしろ涼しかった。


2003年7月14日月曜日

38℃ちょっと熱が出てしまったのでひたすら寝る。夕方、診療時間の終わった医院に頼み込んで診察してもらう。熱さましを処方してもらった。熱が下がったので起きて少し仕事をする。明日までにやらなきゃいけないことは2週間前からわかっていたのだ。先延ばしにし続けると最後の最後にはえてしてこういうことになる。


2003年7月13日日曜日

お昼ちょっと前に外出。昨日の写真を現像に出し、売れた古本を発送するために郵便局へ。例によって本屋にも寄り、それから出来上がった写真を受け取った。フレッシュネス・バーガーでビールを飲みながら写真と本を吟味しようと思ったのだけど、出てきたビールがなぜかずいぶんとぬるかった。こういうとき、入れなおしてもらうべきなのかもしれないけど、どうなんでしょうね。

3月10日の日記で扱った「南泉斬猫」という話。最初『碧巌録』に収録されていると言って、次には《岩波文庫版を買って調べてみたけど、「南泉斬猫」は『碧巌録』にはなかった。『無門関』にあります。》と書いてしまった。しかし、よく読むと、『碧巌録』の第六十三則「南泉、両堂に猫を争う」の段はまさしく「南泉斬猫」と同じ題材だ。うっかり見落としたらしい。ただし、その夜の趙州と南泉の対話の場面は『無門関』バージョンにしかない。


2003年7月12日土曜日

アンサンブル大会本番。

演奏は、不満な点は数々あるが、まあそれなりにうまくいった。出演していた俺が言うのもアレだけど、今回の目玉はMCジョーの企画した「歌謡チャンピオンと愉快な仲間たち」だったように思う。俺だったら絶対に思い付かない合奏形態だし、放っておいたら揃わないメンバーだった。MCジョーの企画力と指導力に脱帽。

俺は録音係を買って出たのだが、まわりもちで受付にも立たねばならない。自分の出番もある。それで、本番中はほとんど録音機材のめんどうを見れなかった。それが災いしてか、後半の録音はノイズだらけ。前半は音はきれいに採れたが、保存時にディスクエラーが起きて、最初の1曲だけはまともに再生できなくなった。休憩時間に一度データを保存して機材をリセットすれば防げた失敗。後悔先に立たず。


2003年7月11日金曜日

どこで覚えてきたんだろうね。娘(2歳3ヶ月)は最近、おそらく「いやだ」という意味でだろうが、「いかーん」と言うようになった。俺としては、これがまったく気に入らない。なぜか。「いやだ」は「自分が嫌がっている」という立場を明確に打ち出すが、「いかん」は「それは倫理的にイケナイことよ」なのか「俺はそんなの受け入れたくない」なのかが明確でない。つまり、私的な欲望と一般的な道徳意識とをごっちゃにして、自分のワガママを万人の一般意志であるかのように言いくるめる表現だ。そういうのが、俺は大嫌いなのだ。

朝、託児所に娘を連れていった。託児所は小さなビルの3階にある。あっくんが、お母さんのだっこで階段を登っていた。娘の階段を登るスピードが心なしかいつもより速かった。託児所に行くと、おともだちがたくさん。さっそく娘もあっくんも一緒に廊下で駆けっこを始めた。このバイタリティと《お楽しみ能力》はまったく羨ましい。帰ろうとする俺を、おともだち全員で元気にバイバイ見送ってくれた。子供たちにモテモテというのはうれしい。

夕方から雨が降りだした。傘を持たずに出かけた人が多かったようだ。帰り道に、高島屋のgentenショップのN野さん(6月28日の日記参照)が雨宿りをしながら本を読んでいるのを見かけた。きっと、彼氏か誰かのお迎えを待っていたのだろう。ブックカバーはgentenの店員さんらしく革製だったように思う。白をキーノートにした私服はスマートで清潔感に溢れていたし、シャンと背筋をのばして読書に集中している立ち姿はショップで見た聡明な印象をさらに補強してくれるように思えた。とてもいいものを見たと思ったけど、だからといって何がどうなるわけでもない。というわけでこの話はおしまい。


2003年7月10日木曜日

職場の朝礼でなにやら話をすると行って出かけた妻の代わりに、ベビーカーに娘を乗せて小児科医院へ連れていく。朝から暑い。さいわい、今日から託児所復帰OKとなった。薬局で薬をもらって託児所までベビーカーを押していき、郵便局と銀行に寄り道しながら徒歩で大学に行ったら、それだけで一日分の運動をしたような気分になった。朝早く起きたせいもあって大変くたびれた。まあ、だからといって苦労とは別に思ってなくて、待合室のママさんたちのさわやかな夏服姿を眺めるというささやかな楽しみもあるのだけどさ。

夕方は、自分が医者に行く番。月に一度行き、心身の健康状態を話してルボックスを処方してもらう。ここは待合の時間が長い。渡邊二郎の『英米哲学入門』を読みながら待つが、眠気が勝ってしまって全然頭に入ってこない。この数週間は娘の病気のせいで家事も回らず体力的にも気力的にも大変つらかった、そのせいで、いつもいちばん優しく接してくれる妻に、いちばんつらく当たってしまいがちだった。お医者さまの前でそう口に出して言って、そしたら、胸がちょっと痛くなった。


2003年7月9日水曜日

暑っ!

「てなさく読書欄」に竹田青嗣の『ハイデガー入門』の紹介を追加した。ということは、いずれは『ニーチェ入門』もやらないとだめだな。

先月の25日の日記に書いたようなことを、今日届いた本の中で、ヘーゲルがもっと上手に言ってくれている。いい気分だ。引用しよう。

こうして、目的や結論に心を砕いたり、哲学体系相互のちがいや評価にかかずらうのは、一見そう思えるほどむずかしい作業ではないことになる。その行為は、事柄にとりくむというより、つねに事柄の外へと出ていくことであり、その知は、事柄のうちにとどまって事柄に没頭する、というより、つねになにか別のものへと手をのばし、事柄そのものに身をゆだねるというより、自分のもとにとどまることなのだから。内容と実質についてあれこれ評価をくだすのがもっとも簡単なことであって、内容と実質がどんなものかをとらえるのはそれよりむずかしく、そして、もっともむずかしいのは、その二つを統一すること、つまり、内容と実質を表現へともたらすことなのである。(ヘーゲル『精神現象学』まえがき より, 長谷川宏訳, 作品社版, 003ページ)

1997年の「科学史研究」に、山川偉也『ゼノン4つの逆理』の斎藤憲による書評が掲載されたらしいのだけど、きょう大学の図書館で調べたら、うまい具合にその掲載号だけが蔵書から欠けていた。ちくしょーめ。


2003年7月8日火曜日

いやあ、それにしても昨晩は雷がすごかった。

昨日、サイトのリニューアルをした際に、古いコンテンツと一緒にメールボックス内の未読メールを削除してしまったらしい。仕事関係のメールがあったら大変だと思って調べてみたがそれは大丈夫だった。個人的な連絡のメールなどは調べようもない。確率こそ低いが、何か重要な連絡が入っていないとも限らんのだ。

ポルコロッソの革のリュックサックがようやく届いた。黒色にしたのでなんかランドセルみたい。だけど、大きさも必要にして十分。背負った感じも良好だ。早速明日から使うことにしよう。

娘は、母親と一緒にいるときだけ、どえらいワガママになる。特に、夜のちょっと疲れて眠くなっている頃がひどい。かといってどうすることもできない。是々非々でいくしかない。親って大変だわ。


2003年7月7日月曜日

誕生日〜♪ いくつになったかは秘密...なんて隠してもしょうがないな。39歳になった。《いい歳をしたお子さま状態》はまだまだ続きます。

日記も「てなさく世界」に統合し、サイトのデザインをリニューアルした。コンテンツは増えてないけど、全部のページを書き換えるのはけっこう苦労したよ。


2003年7月6日日曜日

娘の発熱はピークを過ぎたが今度は妻が微熱ぎみ。アンサンブルの練習どころでないので休ませてもらう。もっとも、自分が休みたかったというのがいちばん大きいかも知れない。妻も俺も、疲れがたまっていたのね。三人でひたすらぐーぐー昼寝して、目覚めたら三人とも気分がすっきりしていた。

Amazon.co.jpでどれくらい買い物をしたか、履歴を確認してみた。そしたら、今年に入ってから6月までに111,936円分発注している。恐れていたほどの額じゃないが、バカにならんね。そして、2月以降はAmazonのユーズドストアで古本を46冊売って6万4千円ちょっと回収している。というと、半分以上回収しているようだが、もちろん本を買うところはAmazonだけではないので、本当はもっとたくさん本代に消えていっている。回収率は3分の1にも満たないだろう。ちゃんと読んでやらんと、本が化けて出そうだな。


2003年7月5日土曜日

吹奏楽の練習。ショスタコーヴィチの交響曲第7番。吹奏楽向けにかなりカットしてあるがそれでも30分を超える長い曲になっている。ところどころ練習のために止めたりくり返したりしながら、全曲通した。ソロもあるし演奏するのが楽しい曲ではあるが、例によって体力勝負だ。アンサンブルの本番を来週に控えているが、娘の病気の事があるので明日のアンサンブルの練習は行けないかもしれない。


2003年7月4日金曜日

中島義道の『わたしの嫌いな10の言葉』の評文を書いた時から気にかかりだして、最近は齋藤孝の本やなんやかやを読みながら自分なりに考えていることがある。きょうはそれに関連して教訓的な体験をした。

郵便局で冊子小包の梱包をしていた。作業机にはハサミが一個しか用意されていない。俺が使っている横で所在なげに立っている男性がいて、俺がハサミを使い終えるのをこの人が待っていることは明らかだった。だが、使い終わってたまたま目が合ったときに、ひとこと「使いますか?」とはとっさに言えなかったし、相手もそれを期待していたように思えない。しかし、俺が筆立てにハサミを戻すと、やはりすぐにその男性が取って使い始めた。いや、実は目が合ったのは偶然ではない。ハサミが空くを待っているのが明らかだったから、手渡してやろうかと思ってそっちを見たのだった。

どうでもいいような小さなできごとなのだけど、あそこで「使いますか?」と言えれば、ずいぶんと気分が違っただろう。「俺ってば引っ込み思案だから」ということなのだが、性格的に引っ込み思案な人でなくても、電車で老人に席を譲れないとか、言うべきことがとっさに言えないとかいうことはあるだろうから、個人の気質の問題として片づけてしまわずにもうちょっと広い文脈に置いて考えてみる必要がある。意識して考えるより先に体が適切な解を選択して動けるかどうか。それが、開かれた身体的・心理的な構えというものだ。開かれた構えがないから、俺はたとえば電車で老人に席を譲れないし、路上で途方にくれている人を助けに行けない。そりゃあ、求められればできるだろうが、自発的には動けない。それではダメなのだ。

こういうことについて本を読みながらいろいろ考えているというのは《もって生まれた哲学癖》からしていることなのだけど、話題が話題だけに、考えるだけではいけないのも明らかだ。小さいことでも大きいことでも、心の中に善意があるだけではダメ。善意は心でなく体で持とう、ということだな。

娘のヘルペスは少し悪化していて、解熱剤が切れるとたちまち熱が40℃を越える。とにかく妻と交代で看病にあたる。どういう経過をたどる病気なのか知らないから、みずぼうそうのときよりも看病する側の不安が大きいな。日曜日のアンサンブルの練習は休まないといけないかも。


2003年7月3日木曜日

妻が早朝出勤だったので、託児所が開く時間まで俺が家で娘の面倒をみていた。いつになくおとなしく遊んでいるなと思ったけど、それほど気にもせずにいて、出かけようという段になって、娘の体が妙に熱いことに気づく。念のために測ってみた体温は、なんと39.3℃。慌てて医者に連れていった。どうやらヘルペスらしい。先週のみずぼうそうで体が弱っているところへ感染したのだろう。しかたなく、俺が一日家で看病した。

38℃くらいならケロっとしている娘も、39℃を超えるとさすがにつらそうだ。だが子供の場合は体の病気が気持ちにまでコタエることはないようだ。大人は自分の体が動かないことにうろたえ、弱気になる。それはつまり、社会から隔離され置き去りにされることへの不安というようなものかもしれないし、自己意識とか自尊心の基礎にしていた身体感覚に異常をきたすことで自分が崩壊しそうになるということかもしれない。いっぽう、子供は何も心配することなく《ただ単に》病気になる。この点は病気のなり方として大人も見習うべきかもしれない。


2003年7月2日水曜日

ひさしぶりに一日いい天気だった。洗濯物が喜んでたね。

職場近くのローソン平和通り2丁目店はポイントカードを発行していて、400円ごとのポイントを12ポイントためると「お楽しみプレゼント」がもらえる。時々弁当とか飲み物を買うだけなので半年ほどかかったけど、今日ようやく12ポイントたまった。今回の「お楽しみプレゼント」は「アイスキャンディーの素とカレー」あるいは「スイカとビワ」だ。迷わず後者を選んだ。今シーズン初のスイカ。

てなさく世界のリニューアル計画を始動。このサイトも近々そっちに統合するかもです。


2003年7月1日火曜日

いやあ、今週もポカをやっちゃいました。はずかしい&なさけない。

神や天使や悪魔といった神話や伝説の登場人物の知識をまとめた Dictionary of Pandaemonium というサイトをみつけた。“皆さんで作り上げて行くインターネット上の神話事典 ”を目指すそうだ。いろいろ面白い試みが自由にできるのがインターネットのいいところだね。

雨がなかなか止まないなあ。まあ、去年みたいに空梅雨で水不足になるよりは、梅雨時にしっかり降ってくれたほうがいいんだけどね。