て日々

2020年9月

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傘を差すほどではないが、小雨がぱらぱら。午前中は学生寮に関する会議に出席。午後は非常勤で請け負った後期の授業に関連した作業などなど。これからしばらくは、本務校と非常勤先のアカウントを切り替えながらTeamsやら何やらを使わねばならない。切り替えが簡単ならいいが、いちいちサインアウトしてサインインしなおす方法だから、ちょっと面倒だ。まあ仕方のないことなのだろうけど。

歩数計カウント12,354歩。

というわけで連休も明けて大学に戻る。午前中はスライド作りのうち連休中にやり残した作業。午後には学生との面談が2件。それと、先週金曜日から流れてきた大学院ゼミ。サイズ \(\aleph_1\) のホワイトヘッド群と \(\omega_1\) の定常部分集合の関連をめぐる重要な補題を、さてどう書いたもんかという議論。

水曜日は定例休肝日。夕食は家でスパゲティ。そのあとフジグランへ買い出し。歩数計カウント10,394歩。

長澤正雄『シュレーディンガーのジレンマと夢』を読み終えた。面白かったので、同じ著者の、より専門的と思われる『増補改訂版 マルコフ過程論による新しい量子理論』(創英社2015年)をAmazonで発注。

そのあと、久々にコミセンの図書館に行き、その近所のはなまるうどんで昼食をとり、いったん帰宅して昼寝してから、また散歩に出て、大街道から銀天街を歩き、いつものように地下BALで喋りつつ(途中でジュンク堂書店に行ったりしつつ)飲み、夜9時前に帰宅。歩数計カウント16,562歩。書店と図書館のほかには飲み食いするところしか行き場所がないというのは、本当をいうとちょっとナサケナイのではあるが。

連休3日目。午前中、自転車で出かけ、特に用事もないが余戸のマルヨシセンターまで行った。昼飯は土居田の天下一品。午後、堀端に行って久々にサックスを吹くが、ろくな音が出ない。歩数計カウント9,206歩。

ちょっと古い本だが、いま読んでいる『シュレーディンガーのジレンマと夢』はたいへん面白い。確率過程量子化という理論について、第一人者が軽妙な語り口で説明してくれている。いざこの理論の詳細を理解しようとしたら大変なんだろうけど、この本は楽しく読める。量子力学の定式化には、オーソドックスにはハイゼンベルク形式とシュレーディンガー形式があり、それからファインマンの方法がある。量子の行程の出発点と到着点があったとして、ハイゼンベルク形式とシュレーディンガー形式は途中を考えない。ファインマンの形式は途中のあらゆる可能性を考える。長澤の確率過程量子化はファインマンの方法に近いがだいぶニュアンスが違いそうだ。

このあたり、俺としては集合論の反復強制法の解釈のしかたと関連して興味がある。文字どおりジェネリック拡大を何度も反復すると思うか、あるいは逐次の拡大の可能性の集まりである半順序をいくつも複合させてひとつの大きな半順序にまとめあげるか。数学では両者は単に同等とされてしまうのだが、両者には、なんというか「波束の収縮」と「多世界解釈」くらいの隔たりがある。ジェネリック拡大の理論は俺には現在の情報から未来の可能性をどう考えるかという話と見られる。物理学では量子の観測に関連して、とうの昔からそういうことをいろいろ考えているらしいが、集合論ではどうだろうか。

連休2日目。きょうも朝から昼すぎまでは、スライド作成のため、ちまちまとパソコン作業。昨日と違って少し重めの昼食のあと、昨日と同じく県立図書館に行く。昨日「アレも借りればよかった」と言ったのは長澤正雄『シュレーディンガーのジレンマと夢』(森北出版2003年)だ。それと、J.D.バナール『宇宙・肉体・悪魔』(みすず書房2020年)など。

歩数計カウント12,045歩。

連休である。しかし、昨日の打ち合わせでの議論を踏まえてスライドを作り直し、さらに別の回のスライドの作成にも手をつけておきたい。そんなわけで、朝から昼すぎまではちまちまとパソコン作業。軽い昼食のあと、県立図書館に行く。先週借りた雑多な本は、落ち着いて表紙を眺めてみると、とても読めそうになかったので、いったん返却した。それで新たには何も借りずに退出したが、やっぱりアレとアレを借りればよかったと後で気がついた本がある。まあ、明日また行くことにしよう。

こないだの日曜の夜に、自分の社会性のなさ、人間音痴のことを思って、ツイッターにも「て日々」にもいろいろ書いた。そのとき確かに、酒なんか飲みに行くもんじゃないと思ったのだが、その後、いろいろな人と話をして、自分で心配するほど俺は人々から拒絶されているわけではないとわかった。ありがたいことだ。というわけで、午後はいつもの地下BALに行って、いつものメンバーと話をした。歩数計カウント12,178歩。

大学に爆破予告があったらしい。院生nCoくんが、念のため大学院ゼミを延期してほしいというので、そうしたが、特に何事もなかった。爆破予告は悪質ないたずら。迷惑な話である。午後は教材開発の打ち合わせ。昨日作ったスライドについて意見をもらう。そのあと学生との短かい面談などなど。歩数計カウント10,144歩。

自宅で例の教材のスライド作り。なんとか一段落したので夕方は散歩に出る。

松山市民コンサートの事務所の前を通ったら、この時刻にしては珍しく灯りがついていて、旧知の白石さんと松林さんの姿が見えたので、入っていって挨拶する。ここへ足を踏み入れるのは、2014年の「て日々」を休んでいた時期にケンカして飛び出して以来だ。室内の荷物が少し減ったほかは、ほとんど何も変わっていなかった。また戻って来ませんか、と言ってもらえて、ちょっと救われた気がした。いろいろな音楽家を招いて生演奏を聴くこの団体の趣旨を評価するに吝かではないし、機関誌づくりや何やかやゴチャゴチャ面倒なことに巻き込まれる心配さえなければ、戻ってもいいかなと思う。そんなようなことを少し話して退出。ジュンク堂書店に行く。本を3冊買い、ドトールコーヒーで吟味する。先週の水曜日にも書いたとおり、日没後にコーヒーを飲まないという自主的なルールをこの数年ずっと守ってきたのだが、その時はなんとなく、まだ帰宅するには早いなっていう気分だったのよ。それにこのルールは「水曜日に酒を飲まない」というルールほど厳格なものではない。まあ、大目に見てください。買った本のことは、また改めて。

夕食は自宅でラーメン。家にある材料で適当にスープを作ったら、豆板醤を入れすぎて辛かった。歩数計カウント11,277歩。

弁当を作って歩いて大学へ。学生との面談などなど。例の教材のスライド作りにようやく着手。風の具合がすっかり秋らしくなった。帰宅後、なんだか寂しいので部屋でジャズをかける。定例の休肝日。歩数計カウント8,533歩。

きょうは在宅。Teams経由の会議などなど。夕方には散歩がてら書店に行ったが何も買わず、ピアノのレッスンへ。クレメンティは次から第3楽章。

テレンス・タオの測度論のテキストがネットで公開されていることを、Shannon Labの田中社長からの連絡で知った。さっそくダウンロード。

歩数計カウント14,325歩。妙に多いのは午前中にも散歩に出かけたからでもある。

例年、この時期には学内向けのLaTeX講習会を開く。きょうの午前中がそれで、例年どおり、なんだかグダグダした喋りになってしまった。午後に教材開発の打ち合わせ。開講日が近付いているのでいろいろ急がにゃならんのではあるが、なかなか手が動かない。

きょうは自転車で出勤したこともあって、夕方の散歩を含めても、歩数はあまり伸びなかった。歩数計カウント9,699歩。

米沢富美子『ブラウン運動』を読み終え、続いて、カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学入門』を読んだ。

なにしろApple Watchが運動の記録を取っていて、朝も10時くらいになると「普段ならもっと運動している時間ですよね」という意味のメッセージをよこしてくる。仕方がないので、とくに理由もなくうろうろ歩く。

夜、詳しくは書かないが、とある出来事から、さすがに自分のアホさを痛感するなど。当分、お酒は控えよう。

歩数計カウント13,076歩。

午前中、シャワーを浴び、部屋に掃除機をかけ、米沢『ブラウン運動』の続きを読む。3分の2ほど読んだ。ランダムな揺動の積み重ねによる拡散と、滑らかな関数を想定した偏微分方程式と、この両者が関連しあうのは、不思議だがとても面白いことだ。それにしても、このごろ本に書いてある数式がぜんぜん頭に入ってこないのが致命的にまずい。

昼飯にはバジルのスパゲティを食べる。それから県立図書館に行き、雑多な本を5冊借りた。

それからいつものように地下BALで飲み、すっかり酔って帰りかけた黄昏時、堀之内公園で院生nCoくんを中心にした学生グループに遭遇。皆でモルックをやった帰りらしい。せっかくだから一緒に1ゲームだけやらせてもらった。

歩数計カウント9,197歩。

くもり空。雨の予報。傘をもって出かける。だいぶ涼しい。午後、大学院のゼミ。修論の下書きを吟味する。\(\mathbf{V}=\mathbf{L}\) のときサイズ \(\aleph_1\) のホワイトヘッド群がすべて自由であることの証明が、一応済んだ。夕食はひとりで來來亭。帰りの途中から雨が降りだした。

帰宅すると、Amazonで注文した本が2冊届いている。米田富美子『ブラウン運動』(共立出版1986年)と、カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学入門』(河出文庫2020年)だ。今年の1月26日の日記で、同じロヴェッリの『すごい物理学講義』に触れた。あの「講義」がいい本だったので、今回この『すごい物理学入門』も迷わず購入した。原題は“Sette brevi lezioni di fisica” で、単に「七つの短い物理学講座」といった感じらしく、また、2015年の単行本発行時のタイトルは『世界ががらりと変わって見える物理の本』だったそうだ。ふむ。「すごい物理学入門」という書名にしても、帯の「天才物理学者による」「誰もが感動する究極の入門書!」という煽り文にしても、河出文庫らしからぬボキャブラリの貧困さは、いったいどうしたことだろう。まあそれはともかく、ひとまず『ブラウン運動』から読み始め、第2章に入ったあたりで寝落ち。

歩数計カウント9,759歩。

学生との面談1件。学部の会議。小山慶太『物理学史』を読み終えた。夕方にはいつもの医者に行った。久々に通勤と通院に自転車を使ったので歩数は伸びない。歩数計カウント7,110歩。

小山慶太『物理学史』(裳華房2008年)を読み始め、第4章まで読んだ。定例休肝日。歩数計カウント8,675歩。

この2年ほど「水曜日には酒を飲まない」というきまりを守っている。そして「日没後にはコーヒーを飲まない」というきまりも、なんとなく守っている。それで、水曜日の夜は、水かお茶くらいしか飲むものがなくて、健康的といえば健康的なのだが、なんとなく寂しい。

ピアノのレッスン。クレメンティのソナチネ第2楽章。それとドビュッシー。先週あまり練習できなかったのでほぼ進捗なし。歩数計カウント12,531歩。

いろいろやる気が出なくて困る。歩数計カウント6,941歩。夜、倅が泊まりに来た。

お昼までに『エントロピーをめぐる冒険』を読み終え、散歩に出かける。台風10号が接近しているため、午後は雨が降ったり止んだり。夕方、蔵元屋に寄る。歩数計カウント10,593歩。

きょうは鈴木炎『エントロピーをめぐる冒険』(講談社ブルーバックス2014年)を読み始める。冒頭のサディ・カルノー登場のシーンがなんだか時代劇のオープニングみたいでかっこいい。エントロピー概念を歴史の流れに沿って学ぼうという趣旨の本で、公理的集合論でおなじみのあのエルンスト・ツェルメロも端役ながら登場する。大変面白い。

午後、城山に登る。本丸広場は人が少ない。それから地下BALに行き、いつものメンバーと談笑。歩数計カウント11,982歩。

母集団からの無作為抽出ということをわかりやすく表現するため、本町フジ2階のダイソーで、2色のBB弾500発×6袋と、キャニスターを買って大学に行き、CDSE職員の石川さんに手伝ってもらって写真撮影。キャニスターにいっぱいのBB弾が母集団。よくかきまぜてひと匙すくうのが無作為抽出。すくった部分を小皿にとって調べるのが標本調査。撮った写真を昨日からとりかかっているパワポのスライドに貼りつける。

大学院ゼミ、修士論文の下書きを読んで、いろいろの証明をたどり直す。これが3時間以上にわたり、すっかり夕方になったので、院生nCoくんと夕食に出かける。湊町のオレギョと、市駅前の焼き鳥鈴木。歩数計カウント12,465歩。

高水裕一『時間は逆戻りするのか』(講談社ブルーバックス2020年)を読んだ。表題のテーマに関連して物理学のいろいろな話題を渉猟する内容。面白かったが、文章が少々雑な印象を受けた。そして、こういう話は、本で読むより飲み屋でグラスを傾けながら話しこむ状況が似合う気がする。

歩数計カウント11,409歩。

きょうは家にいて、教材開発作業の続きと読書。ただし、Apple Watchに促されて散歩に出ること2回。なにしろ暑いから2回とも汗だくになった。

近藤宏樹『なるほど!毎日の役立つ数学』(さくら舎2020年)を読んだ。降水確率・保険・選挙などなど、身近な生活のなかに現れる数学を平易に解説した面白い本だった。文字式は使わず、考え方と共に典型的な計算例を示していて、なるほどこう書けばわかりやすいかもしれない、というヒントが得られた。著者は国際数学オリンピック3年連続メダリストとのこと。

歩数計カウント11,959歩。定例休肝日。

昼間はこまごました事務処理と、あと教材開発。夕方はジュンク堂書店に行ってからピアノのレッスン。クレメンティのソナタは第2楽章に入る。レッスン後は地下BALでビールを飲む。ちまちま歩き回って歩数計カウント12,466歩。

このごろは書店に行っても「読む本がなくて困っているわけではない」という事実に立ち返らされるばかりで、新たに本を買おうという気になかなかならない(←買わないとは言っていない)。少なくとも学術系の専門書に関しては学びたいものはすでにひととおり買ってしまっていて、読まれ学ばれるのを待っている状態だ。すでに何度も話題にしているとおり、このあとの人生でいままでに入手した本を読み終えられる気がしない。それに、学術系に負けず劣らず文化的・文芸的な領域でもまだまだ読書量が足りないわけで、どうも書店に行くたびに、自分の理想像と現実のギャップに打ちのめされる経験をすることになる。