て日々

2019年3月

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自炊というほどのことはしていないがきょうは三食とも家で自分で用意した。午後は大学でいろいろの作業。夕方に会議。

昨日までに勉強したアーベル群のノートをTeXで打ちなおしたり、スキャナで電子化したり。続きを考えるが、だんだん難しくなってきたので、そろそろまたテキストに向きあわにゃなるまい。テキストで勉強して、しばらくしてから自分で再構成して自習ノートに書く。書けなければまたテキストに戻る。無事に書けたら、まず続きを自分で考えて、進めなくなったらまたテキストに戻る。しばらくはそういうサイクルでゆるゆる進む。

しかし、そうのんびりとばかりしていられないのも事実で、連載原稿も本の原稿も書かねばならず、量子論の勉強もせにゃならんし、新年度の授業の準備もある。春休みののんびりした時期だからこそ、メリハリをつけて過ごさねばならんな。

宿を8時半にチェックアウトして、真っ白な富士山を遠くに眺めながら、旗の台から歩いて東工大へ行く。数学会2日目。それなりに講演をまじめに聴き、NMBくんと昼飯を食い、ヨリオカくんと少し数学の話をして、羽田空港でアーベル群論のノートを書いて、夕方の飛行機で松山に戻り、空港から直接ピアノのレッスンに行った。電車で宮田町へ移動してフジグランのリンガーハットで晩飯を食い、明日に備えて少し食材を買って帰宅。疲れたが、楽しい3日間だった。

何度も言っているとおり、俺にとっては、東京は人に会いに出かけるところで、住むところではない。しかし今回思ったのは、地方都市に根を生やした俺のようなオッサンはともかく、生き延びる道をこれから見つけねばならぬ若い人々にとって、もう東京にしかチャンスらしいチャンスはないのかもしれないってことだ。

旗の台にしても大岡山にしても、昔ながらの商店街が生き残っている。この懐かしめのムードは大好きだ。というのも、40年前なら、ちょっとした都市ならどこにでも、こうした商店街は普通にあったからだ。いま、こうした町並みは東京の私鉄沿線にこそ残っているが、地方都市となると、松山は言うに及ばず、京都でももう全然だめだ。

この現状、変えられるものなら変えてみたいが、俺ごときにさて何ができるだろう。

なんと昨晩はやはり俺が待合せ場所を勘違いしていたのだった。もうしわけない。NMBくんも数学会に来ているというので一緒に昼飯を食った。

そのほかにも沢山の人(カダさん・ミナミさん・USBさん・オーガさん・みぽさん・春さん・菊池誠(神戸の)・小澤正直先生・板井さん・Qちゃん・SATOさん、順不同)にお会いしていろいろな話ができて、まことに充実した一日だった。書籍展示場では安藤哲哉『ホモロジー代数学』(数学書房2010年)と山本義隆『小数と対数の発見』(日本評論社2018年)を購入。夕食は目黒でSATOさんたちと沖縄料理。

明日からの数学会年会に顔を出すため東京に来ている。大学時代の同期生のNMBくんと久々に夕食を共にする約束をしていたはずなのだが、約束の時刻から1時間たっても待ち合わせの駅の改札にNMBくん登場しない。仕方がないので野口五郎の往年の名曲《私鉄沿線》を口ずさみながら宿へと戻る。そういえば、このごろの駅には伝言板すらないのである。

如法さんのアドバイスを受けて、ひとまずスタイルシートに手を入れた。これでスマホでも読みやすくなったのではないかと思うがどうだろうか。

いいかげん「て日々」をスマホで読めるようにしたいと思っていたところへ如法さんから助力のお申し出を頂戴した。ありがたい。ただしこのサイトは何をやっているかを俺が理解できコントロールできることが前提のサイトだ。だから、如法さんから頂戴するソースも俺が読んで理解するまで利用しないことが前提である。如法さんは俺がもたもたしているのを見かねて手を貸してくださる。しかし沢山あるToDoのうちMathJaxの組込みくらいはなにも人の手を借りずともできるのだから、やってしまおう。というわけで、MathJaxのテスト: \[ 0\to A_0\xrightarrow{i}A_1\xrightarrow{\pi}A_2\to 0\\[12px] 0\to\mathrm{Hom}(A_2,G)\xrightarrow{\pi'}\mathrm{Hom}(A_1,G)\xrightarrow{i'}\mathrm{Hom}(A_0,G) \]

数式はスマホで表示するとどうしてもはみ出しがちなのだった。

昨日に引き続き少々肌寒い。といっても、寒いのは単にコートを着ずに外出しているからかもしれない。

他にあんまり書くこともないのでどうでもいいことを書くが、日記を見るとちょうど去年のいまごろ、ハードオフでネットブックASUS E200HAを買って、設定に四苦八苦している。そのときは「いずれ新しいMacBookを入手しようと思っている」なんて書いているが、その後5月までに、LevonoのIdeaPad Flex 10、IdeaPad 300、東芝dynabook R63/Tと、合計4台もノートパソコンを買い、そのうちで、Debian化したdynabookを物書き仕事にいま使っていて、もう当分MacBookに戻らなくてもこれでいいや、という気持になっている。で、その4台のうちLenovoの2台は子供らに使わせるために元家に置いてきた。E200HAはメンテナンスのためにたまに起動するくらいだが、起動するたびに、小型軽量でオシャレで魅力的だなあ、こいつにもう少しストレージのキャパがあって動作が安定してりゃ旅行用としてもっと活用できるのになあ、と思うのだ。

天気はよいが風が強いせいで外に出ると少々寒い。春は名のみの風の寒さや。

久々に研究室にnCoくんがやってきたので大学院のゼミの進め方を相談する。主たる研究材料を与える文献は別にあるのだが、どのみちツールとして必要となる理論を習得してもらうために、ひとまず、ゼミでは当分のあいだキューネン本を読み進める。その裏でnCoくんと俺がそれぞれ必要な基本文献を読む。最初の半年くらいはそうやって過ごす。

帰り道、食材を買うついでに、ちょっとだけ贅沢をしてパイ皮のつぶあん饅頭を買う。5個で300円。本当は同じメーカーの月餅を買いたかったのだが、そちらは5個で500円弱なので今回はつぶあんで我慢。夕食後にミルクココアを飲みながら2個食べた。休肝日。

夜、先日から読んでいたゴードン・ケイン『スーパーシンメトリー 超対称性の世界』(紀伊國屋書店2001年)を読み終えた。翻訳が硬くて少々読みにくかった。1999年の時点で著者は超対称性理論の予言を追認する実験結果が西暦2000年代の最初の5年以内にフェルミ研かCERNから報告されるだろうという希望的観測を語っているが、やや楽観的に過ぎたようだ。さらに数年遅れて、ヒッグス・ボソンは発見されたが、超対称パートナーの存在の決定的な証拠はまだ見つかっていないと思われる。1999年に2005年あたりのことを予測したこの本を2019年の時点で読む意義も少々疑問なのだが、そんなことは読んでみなければわからない。著者の科学論とくに理論物理における有効理論と根元理論の対比や人間主義批判、また基礎科学研究への投資の有効性を弁明する科学政策論は、一読する価値があったと思う。

朝、スーツ姿の見知らぬ男に《あなたは体格からみて忍者ではない。職業をお尋ねしたい。》と言われる夢を見た。夢の中では《そりゃまあコンピュータ技術者ですから》と答えて納得してもらったが、もちろん実際には俺はコンピュータ技術者では全然なく、大学の教員である。

雑誌『数学セミナー』4月号が届いた。位相空間論の連載が2年目に突入したわけだが、拙稿よりも注目してほしいのが菊池誠(神戸の)の新連載「数と論理の物語—不完全性定理について考えるための10の定理」だ。不完全性定理とその周辺の話題を専門家中の専門家が詳らかにする連載だから、ゲーデルの定理について何にせよ語りたい人は、今後はせめてこの菊池誠(神戸の)の記事を踏まえてものを言ってほしい。かく言う俺も新年度の後期に不完全性定理の話を大学院の講義でやるので、これは渡りに舟だ。というわけで、菊池さん、応援してるから‮‭この連載で遠慮なく火炎を吐いてくれ。

震災から8年が経った。大学正門には弔旗が掲げられていた。愛媛県では午後に小さな地震があった。

先週木曜日に引き続き、牧野書店からもう1冊、坪井明人・塩谷真弘・佐垣大輔『集合入門』をご恵贈いただいた。数学系の学科の1〜2年で学ぶ集合論のテキストなのだが、演習問題が中心の、薄いけれども手強そうな本だ。どうやら大学の授業の公式テキストとして編まれたものらしいが、巻末に解答が詳しいめについているから、ガッツのある人なら独習に使えるかもしれない。

月曜の夜はピアノのレッスン。ブルグミュラー18の練習曲は今度から15番「空気の精」になった。iTunesでダウンロード購入した参考音源を初めて聴いたときは、何をどうやって弾いているのかさっぱりわからなかったが、楽譜を見ると仕組みというか理屈はわかったので、いつもどおりゆっくりさらうことにする。

レッスン後、ひさしぶりにドトールコーヒーに行った。最近、夜はコーヒーを控えようと思っているのでロイヤルミルクティを頼む。松山市駅のこの区画もリニューアルするとのことで、ドトールも今月23日で閉店となるらしい。オッサンの行くところがどんどん少なくなるなあ…。まあ、ビルがリニューアルしたらまた新しく面白いものができると期待しておこう。

休肝日。

昨日とうって変わって小雨である。ピアノの練習をする。スーパーで米を買う。惣菜の調理をする。超対称性の解説本を読む。夕食は豆カレーに再挑戦。それなりに満足。

休日だからいいようなものだがずいぶん寝坊した。いつもの温泉には13時過ぎに行った。天気がよいので露天風呂は気分がよかった。

『量子論はなぜわかりにくいのか』を読み終えたので、本棚にある読んでいない本のうち一冊を手に取る。詳しいことはもう少し読んでから書くけど、世紀の替わり目あたりに出た、超対称性についての一般向けの解説書だ。訳文が硬くて少々とりつきにくい。だが俺の場合、はじめて読む書き手の文章についてはいつもそんなふうに文句を言っている気もするので、少々の読みにくさはこらえて進むことにする。

アマゾン経由で発注した古書が予告された刻限を2週間ほど過ぎてもまだ届かないので出品者にメールして返事待ち。安くもない代金をすでに払っているのだから、早いとこなんとかしてほしい。

天気はよいが寒いので、温かい中華スープを作って夕食にした。

いま読んでいる吉田伸夫『量子論はなぜわかりにくいのか』(技術評論社2017年)長澤正雄『シュレーディンガーのジレンマと夢』(森北出版2003年)の貸出延長をお願いしに県立図書館へ行き、それから大学に行った。午後に卒業判定の会議がある。まあ、この会議自体は形式的なもので、卒業要件をみたしていることを追認するだけだ。ともあれ、これでnCoくんもA7くんも無事に卒業である。

また別の本の話。牧野書店の新刊、尾畑伸明『集合・写像・数の体系 数学リテラシーとして』(牧野書店2019年)を版元からご恵贈頂いた。ありがとうございます。

この本、前半は普通に数学リテラシーとしての集合論入門だが、後半ではずいぶん本格的に、濃度の演算、選択公理、順序数、有限順序数としての自然数の体系などを扱い、集合論の中で実数までの数を構成するストーリーをきちんと展開したものになっている。集合論の公理や、選択公理がなければ有限と《デデキント有限》の同値性が示せないことや、一般連続体仮説から選択公理が導かれることなどにも言及がある。「数学リテラシー」の本でここまで書いているのは、近年には珍しい。よしんば実際の授業で使うのが前半の「ふつーの集合論」だけであったとしても、教科書の後半にこういう話が載っていることには大きな意味があると思う。ただ、われわれの教室で「集合と位相」の授業のテキストとして使うには、位相パートへの連携という観点から難があり、その点ちょっと残念だ。もっともそれはこの本の責任ではなく「集合と位相」という科目で《集合》と《位相》をひとつの箱に無理矢理収めているのがよくないのだ。それはともかく、われわれの教室の場合なら、この尾畑本の第9章までに相当する内容を2年生前期までに学んでいるはずなので、3年生か4年生のゼミで第10章「濃度の算法」以降をじっくりと読んでもらうのがいいように思う。

アティマクの章末問題のうち昨日までに解いたもの(第6問まで)を清書する。夕方、クリーニングに出したジャケットを引き取りに行き、タリーズコーヒーでソイラテを飲みながら吉田伸夫『量子論はなぜわかりにくいのか』(技術評論社2017年)を読む。ほうれんそうの白和えを作る。深夜、新たにアティマクの章末問題を第12問まで解いてノートに書く。休肝日。

可換環の一般論では膨大な単純計算を展開するかと思ったらだしぬけに極大イデアルをとったりする。初等的な側面と超越的な側面のギャップが面白い。ところが当方とにかく計算ができないので演習問題がけっこうつらい。まあそれでも、とにかくすべての問題に一通り目を通し手を動かしてみなくては。アティマク第1章の章末問題4は、一般の可換環に係数をもつ2つの原始多項式の積がまた原始多項式になるという問題。計算してるうちに何か見えてくるだろうと思ってゴリゴリやっていたが、さっぱりわからない。ちょっとカンニングすることにして、松坂和夫『代数系入門』(岩波書店)で整数係数の場合を読むと、係数を割り切る素数を使っている。一般の可換環の場合は素数の役割を極大イデアルにさせればいいだろう、と考えることくらいは、俺にもできる。それで、最初に書いたような感想になる。

とにかく代数については基本ができていないのだから、いきなりアティマクに食いついたりせず、まず松坂代数系入門のような本をていねいに読むことから始めるのが堅実なのだ。まったくそうだろうとは思うのだが、のんびりともしていられない事情がある。どうしてもアティマクを読まにゃならんわけではないが、代数に関する限りシロートの俺が、1年以内に、ホワイトヘッドの問題の独立性証明を(ひととおり読みました、ではなく、尾頭付きで)理解せにゃならん。2015年の7月にもWeaverの«Forcing for Mathematicians»を読んで試みたことだ。そのときは結局「ひととおり読みました」で終わったが、それでも、Extの定義をつかむのに、ほぼ1か月かかったし、理解したと思ったその内容も、4年のうちにすっかり忘れている。

一人でピアノの稽古をしていると、音に集中するより先に、いろいろの雑念が浮かび、ことに過去の恥ずべき行いの数々が思い出されて「うあああ」となる。友人のピアノ教師(くまもとのきょーこたん)によれば、これは「あるある」だそうだ。俺だけのことではないというならまあ、少し安心だが、これではなかなか練習にならない。「それでも楽器に向かう」以外に上達への道はないのだろうけれども。

というわけで月曜の夜はピアノのレッスン。お題はブルグミュラー18の練習曲の第14番《ゴンドラの船頭の唄》だ。練習を始めが11月26日と楽譜に書き込みがある。昨年の発表会直後に始めたらしい。いくらなんでも、そろそろ仕上げないとなあ。レッスン後、例によってジュンク堂に行くが、例によって何も買わない。その後、キスケBOXのエルベで食材を少し買って帰宅。

天気のせいということにしておこう。だらだらとやる気なく一日すごした。居眠りするたびに、奇妙な夢を見た。夕食は外食で、ミョンドンヤの石焼ビビンバ。休肝日。

朝、洗濯を済ませ、いつもの温泉に行く。

昼食は豆のカレー。昨晩から豆を水で戻して準備していたのだ。初めて豆を炊いたにしてはまあまあ美味しく炊けたと思うが、見てくれはあまりよくない。まあ、日を改めて再挑戦しよう。

昼食後は歩いて立花の井手神社へ。毎月最初の週末には、井手神社のおみくじを引くことにしているのだ。小吉。《学問:雑念が多すぎる勉学せよ》とはグウの音も出ない。きょうはそのあと、石手川公園から電車に乗って久米のハードオフに行った。それから電車で大手町まで戻って、今度は宮西のハードオフにも行ったが、どちらでも何も買わなかった。いろいろな店でいろいろなものを売っているが、俺にいま一番必要な《やる気》は、店では売っていない。

例年のあの業務は午前中に無事終了。ひと安心。

けさ、易経から《震来虩虩》(しんのきたるとき、ゲキゲキたり:地震が来たときは虎に狙われているようにビクビクする)という言葉を引用しようとして、《虩》が入力できなくて困った。そこで、夕食後に思い立って漢字辞典を買いに行った。学研の『漢字源 改訂第六版』を選ぶ。帯で「高校生にぴったり!」を謳っていて、そのせいか、外箱や背表紙に制服の女の子のイラストが入った「特別装丁版」である。まあそんなことはどうでもよろしい。このごろの漢字辞典は、それぞれの文字にユニコードの番号がついているので、パソコンで入力するときに助かるのだ。