て日々

2022年9月

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ずいぶん秋らしく涼しくなったので長袖シャツを着て出かける。そろそろ後期のゼミや講義の段取りなどなどを考える。第3クォーターの大学院の講義では、3年前と同じく、不完全性定理を扱う。9年前の9月に京都府立ゼミナールハウスで開催した合宿のテキストを今回も使用することした。とはいえ、このテキストは分量ばかり多いわりにバグだらけだ。合宿のときも熱心な参加者がいろいろ問題を指摘してくれたし、3年前の講義でもいろいろ気付いたことがあった。本来なら当然それらを踏まえてテキストをアップデートすべきなのに、どちらの講義の記録も、俺は不注意で紛失してしまっている。これは学者として教師として、あってはならない失敗である。だが失くしてしまったものは仕方がないから、今回またやりなおす。三度目の正直という言葉もあるから、今度はちゃんと記録を残すぞ。(二度あることはなんとかという諺もあるが…)

午後に学生との面談が一件あった。ピアノのレッスンは教室のスケジュールの都合でお休みだったが、家での夕食のあと、いつもの地下BALに行って夜9時まで飲んだ。常連仲間のヤマちゃんがいた。ヤマちゃんは人あたりのよい好人物で、京都出身で俺と同郷のうえ、俺より2年後輩で、洛南高校で吹奏楽をやっていたので、望月くんや杜若くんといった共通の知人がいる。おまけに学部こそ違え立命館の同窓生でもある。そんな人物にこの松山で出会うというのは、なんとも世間の狭さを感じる。

台風14号が来るというので、閉めきった家にこもって過ごした。ずいぶん警戒していたけれど、実際のところは、雨も風もたいしたことはなかった。水不足解消の降雨を期待したのだけど。きょうは家のすぐ裏を走る電車も一日運休していて、ときおり吹く風の音がするほかは、とても静かな日になった。その間に、大学の同窓会のメルマガの依頼原稿の下書きを済ませた。久々にポメラDM200を開いた。テキスト入力専用デバイスというのは作文環境としてなかなか快適だ。われわれと同世代の人々は、たいてい現役社会人の最後の10年というところで、大学の同窓会にかかわる余裕もあまりないだろう。だが、拙文をきっかけにしてなつかしい面々との交流が復活すれば嬉しい。もっとも、拙文には大学入学以後現在に至るまでのことをくだくだと書いただけ。

いつものように地下BALに飲みに行ったら、ちょいとしつこいお客さんと同席するはめになった。何をしに行ったのかわからない。

熱は一晩で下がった。とうとうコロナを貰ったかと思ったがそうでもなかったらしい。倅は朝ちゃんと自分で起きて模試へ出かけていった。俺の普段の苦労は何なんだろうか。それはともかく、きょうは大事をとって一日家でのんびり過ごした。おかげで体調は回復した、と思う。

夜になって発熱。晩飯も食わずに寝てしまう。

昨日に引き続き、Chi Tat Chong and Liang Yu, «Recursion Theory» (De Gruyter, 2015) の3.4節以降を読んでいる。少し不明瞭なところがある。このセクションで \(\alpha\) は admissible ordinal であるものと仮定されているのだろうか。そうでないと証明が通らないところがある。あるいは、一般の \(\alpha>0\) で通用するように証明を手直しできるのか、いずれにせよ、このあたりの話は他の文献での確認を要する。

所用で郵便局とスーパーに短時間出かけた他は、家でだらだら過ごした。Chi Tat Chong and Liang Yu, «Recursion Theory» (De Gruyter, 2015) の第3章を少し読んだ。さすがに3.4節以降はちゃんと手を動かしながら読まねばならんな。

午前中、毎年恒例の学内若手教員向けのLaTeX講習をやってきた。Beamerでスライドを作ったが、うっかり handout オプションをつけてコンパイルしたPDFを表示して喋っていたのは失態だった。

きょう、久々に非常勤先のメールアカウントにアクセスして、先週金曜日までに出さねばならぬ書類があったことを知った。講習が済んで、急いで文書を作っていたら、先月19日に訪ねてきた女子学生2人組が久々に来た。約束どおり、我妻幸長『Pythonで動かして学ぶ! あたらしい数学の教科書』森巧尚『Python2年生 データ分析のしくみ』(ともに翔泳社) を貸し出し、ついでに近所の定食屋で昼飯を一緒に食って、俺はそのあと非常勤先の大学へ書類を出しに行った。

夜、倅の帰りが少し遅かった。倅には夕食を出したが、電車の時間ぎりぎりになったので、自分は夕食をとらずにピアノのレッスンへ。まあ、そういう日もある。レッスン後はいつものように地下BALで軽く飲んで帰る。

きょうは絹田村子『数字であそぼ』第8巻(小学館フラワーコミックス)と集英社版『コンパクト版まんが日本の歴史』の第15巻・第16巻を読んだ。『数字であそぼ』の第8巻はこれまでより少し数学成分が濃いめで楽しかった。『まんが日本の歴史』第15巻は大正時代がテーマで、当時のエピソードとして、百円札を燃やして靴を探した成金のおじさんの話が出てきた。たまたま『数字であそぼ』にもその話が「どうだ明るくなったろうおじさん」として出てきていたのが、これまた面白かった。

午前中、Amazonプライムビデオで映画『マルコヴィッチの穴』(スパイク・ジョーンズ監督, 1999年)を観た。なかなか奇妙な映画もあったものだ。三島由紀夫『葉隠入門』を読み終えた。次はどうするかな。午後はいつものように地下BALで夕方まで飲んで、ひとつ歩いて帰ってやろうと地上へ出たら、日曜日だというのにGaraktaが開いている。となると、素通りはできない。というわけで、今日は少し飲みすぎた。

昼食はスパゲティ。夕食はポークピカタを作った。

倅は今週も模試のために学校へ行っている。俺のほうはどうも調子が出ない。手持ち無沙汰に街へ出て、東急ハンズでノートとペンを買ってみたが、さしあたり使うアテもない。夜は雨模様で、せっかくの仲秋の名月も観られなかった。

会議などのため大学へ行く。『金閣寺』に続いて、三島由紀夫『葉隠入門』 (1967年, 新潮文庫版) を読み始めた。が、どうも集中が続かない。夕食には唐揚げを作った。

倅の学級閉鎖は解除になった。朝、やる気なさげな倅を無理くり学校へ送り出す。来週火曜日のLaTeX講習に向けて準備を少しした。

仕事上のなりゆきで、時折は微積分や線形代数の問題を解くが、計算力がなくてなんとも情けなくなる。

先日から並行して読んでいた2冊、三島由紀夫『金閣寺』と山口尚『難しい本を読むためには』を読了。『金閣寺』を読んで、悪というものについて少し考えさせられた。うまく言えないが、ここでは、善の欠如でも権力の暴走でもない、もっと別種の悪が描かれている。自分の中の善悪の枠組みをゆさぶられて、なんとも居心地がよくない。が、読んでよかったとは思う。

『難しい本を読むためには』は、若者に向けて、難解な本にとりくむための正攻法を説く。その正攻法とは、全体と部分のあいだをいったりきたりするループ(解釈学的循環というそうだが)にうまく入り込むことだ。そのための具体的な方法が、日本の哲学者たちの本を題材として、くわしく述べられる。文章のなかのいちばん大切なキーセンテンスを見つけること。いま読んでいる部分の、全体の議論の中での位置づけをつかむこと。読んでいる自分にとって、著者の主張がなぜ重要なのかを指摘すること。抽象的な議論にあてはまる、ぴったりの具体例を見つけること。大変読みやすく有益な本だと思うので、みなさんもどうぞ。

倅が家にいると色々やりにくい。けどまあ仕方がないな。夕食にラーメンを作った。

ピアノのレッスンのあと、珍しくバーを3軒ハシゴした。まずいつもの地下BALに行った。その後、さる9月1日に再オープンした、あの Garakta Cafe&Bar に顔を出した。さらにその後、時間を延長してイベントを開催しているカズノさんの店にも行った。いずれも短かい滞在だったが、3軒も回るとさすがに電車は終わっていたので、タクシーで帰宅。ついこのあいだまで行きつけのバーといえばまつちかBAL一択だったが、この夏にカズノさんが店 (二番町のパルタジェ) を出し、さらに、かつて足繁く通ったGaraktaが復活して、立ち回り先が3軒にもなってしまった。ちと、計画的にやらねばならん。

台風が近付いているが、けっこう晴れていて、少し暑い。会議のために大学へ行く。

三島由紀夫『金閣寺』の第四章の大谷大学の記述に《古い煉瓦の門は、電車通りと、大学のグラウンドを隔てて、西の空にたたなわる比叡山に対している。》(新潮文庫版114頁)とある。北大路烏丸から見たら、比叡山はむしろ東の空にたたなわるはずだ。誤植でなければ、三島のちょっとした勘違いか。京都を離れてもう35年になるが、いまだに俺の方向感覚の根底には京都盆地の風景があると感じる。比叡山もさることながら、洛西の妙心寺や双が丘の近隣で育った俺には、北西の空に黒々と立ち上がった愛宕山が親しい。

深夜になってから、高校の倅のクラスが学級閉鎖になるとの報せ。ありゃありゃ。

いろいろの流れで山口尚『難しい本を読むためには』(ちくまプリマー新書, 2022年)と三島由紀夫『金閣寺』(1956年)を並行して読む。2020年12月12日の日記に、地下BALで突発的な「司馬遼太郎まつり」が始まったという意味のことを書いたが、今度はそれの三島由紀夫版である。これまで、俺は三島作品を全然知らなくて、子供の頃に親に連れられて山口百恵・三浦友和主演の映画『潮騒』(西河克己監督, 東宝, 1975年)を観に行ったことがあるだけだ。小学生だった俺にあの映画の意味がわかるわけもなかった。いまさらだが、原作を読まねばなるまい。

朝、古谷一行さんを追悼しつつ、映画『ジャズ大名』(岡本喜八監督, 松竹, 1986年)を観る。殿様(古谷)の上の妹を演じるのが神崎愛で、ラストのセッションに彼女が横笛を吹いて参加していたのが面白かった。神崎愛さんはもともとフルーティストになるための修行を続けていたところで仲代達也に見い出されて女優の道に入ったという人だ。いまもフルートと演劇の二足の草鞋で活動しているらしい。お転婆な下の妹を演じて大活躍を見せたのは監督の娘の岡本真実。タモリと山下洋輔が特別出演しているのも嬉しい。となると、ひょっとして原作者の筒井さんもどこかに顔を出していたりしないのだろうか。

昼食はナシゴレン。夕食はハタハタの丸干しと冷奴。

大学へ行き、昨日できなかった事務連絡を済ませる。大学生協で齋藤孝『齋藤孝の速読術』(ちくま文庫, 2010年)を買ってきて読み始める。速読術といっても、視線の動かし方とか呼吸法よりは、いかに効率よく内容をつかみ消化するかに力点を置いた解説になっていて、その点は参考になる。どうも俺にはそういうスキルが不足しているのだ。

夕食はハンバーグ。夜には地下BALに行った。きょうは映画『ジャズ大名』(岡本喜八監督, 松竹, 1986年)を観るつもりだったが、そんなわけで順延。とか言っていたら、主演の古谷一行さんの訃報が流れてきた。合掌。

朝のうちの激しい雨が小止みになったころ、県立図書館に行って、借りていた5冊の本のうち2冊を延長、3冊を返却。新たに3冊借りた。それから会議のため大学に行く。いくつか事務連絡すべき相手があるが、なにせ9月の大学教員は学会出張などで不在がち。いろいろ思うに任せない。

先日のスマホの機種変更のさいのauの策略でまんまとAmazonプライムに契約してしまったので、毒を食らわば皿までと居直って、いろいろ映画を観る。きょうは『鴨川ホルモー』(本木克英監督, 松竹, 2009年)を観た。面白かった。凡ちゃん役の栗山千明も、菅原先輩役の荒川良々もよかったが、なんというか、佐藤めぐみの演じた龍谷のリーダーがとても綺麗で素敵だった。京都のいろいろな風景も楽しめた。が、なにしろ昨日観たばかりの『翔んで埼玉』(武内英樹監督, 東映, 2019年)とどうしても比較してしまうわけで、『翔んで埼玉』の圧倒的なドタバタと比較して、『鴨川ホルモー』のバトルシーンの盛り上げ方には少し不満が残った。青春コメディもいいが、それより、オニ(式神)のバトルそのものの面白さをもっと前面に押し出してほしかった。うちの倅は、ワドルディやR2-D2のように小さくてワニャワニャとわけのわからん言葉をしゃべるキャラクターがことさらに好きなので、『鴨川ホルモー』のオニが飛び回るシーンを観せたら面白がっていた。