予期しなかった帰省のためいろいろのことが滞っていた。妻に成り代わって家事をする。たまっていた洗濯を片付ける好機である。湯船の蓋と風呂床マットも天日に干す。図書館で借りた本も返却期限が過ぎている。夕方、子供たちを連れて返却に行こうかと思ったが、一時冷たい風が吹き雷が鳴ったので取りやめた。結局夕立は降らなかったけど。あと、書きためたメモから10日分の「て日々」を書き起こす。
学校から帰った子供らの算数の宿題を見る。二年生の幸星はものさしで長さを測ること。ミリメートルとセンチメートルを混在させた長さの表現は面倒だが、これは数の小数表記の理解への大事な布石だから丁寧にやってもらわにゃならん。しかし、それにしても1センチメートルとその十分の一の1ミリメートルという長さは8歳になるかならずの子供には扱いづらい。そろそろ老眼の進んできた俺にも少々つらい。インチや寸が単位ならそのあたり少しはマシなはずだ。このとおり人間の体のスケールにうまく適合しないところが、メートル法の唯一残念なところだ。五年生の幸花は、小数の掛け算と割り算をやっている。位取りで間違えさえしなければ、技術的には整数の乗除とかわりはないのだが、その位取りが面倒だ。慎重に小数点の位置を揃えて計算すればいいだけのことだが、たとえば「1リットルあたり1.4キログラムの蜂蜜が0.7リットルで、9.8キログラム」なんて間違った答えを出してしまったときに、「えー、そんなわけないな」と直感するセンスを養うことも大切なように思う。
夕食は手抜きをしてなか卯に行く。徳島での仕事を終えた妻は高速バスに乗って夜9時過ぎに帰ってきた。お疲れさま。
午前中は位相の講義。今日で5回目になる授業の終わり近くになって、ようやく位相空間の定義に入った。こりゃいくらなんでもマクラが長すぎたな。
今日は妻が泊りがけの仕事に行く。子供たちは午後4時半まで学校で過ごしてもらう。水曜日の午後は普段なら大学院ゼミがあるが、昨日書いたようなことで今日はおやすみだ。だから、子供たちのお残りに付加価値をつける意味もこめて、4時半に小学校まで迎えに行くことにした。帰り道に幸星が落し物をしたおかげで、親切な美人のママさんとお話ができたぞ。わはは。
子供らの晩飯にたぬきうどんをつくる。

章別の解答進捗表
キューネン本演習問題。第II章の問題の解答が揃った。第II章の問題は量的にも質的にも大変充実している。これにひととおり解答がついたというのはなかなかすばらしい。俺がつけた解答もいくつか載っているが、第II章の解答は概ね産総研の縫田光司さんの尽力に負う。ありがたいことだ。だが俺としてはすぐにでも構成可能的階層を扱う第VI章の問題に取り組まねばならない。かがみさんにも貢献してもらうことを大いに期待しているけれども、もちろん主には俺がやるしかないと思っている。また、第VII章の問題に田尻くんががんばって取り組んでいる。しかし第VIII章だけはいまだに前人未到の処女地である。
夫婦で早めに昼食をすませて郵便局へ出向き、ちょっとした用を済ませる。午後の卒業研究セミナーがH(K)くんの病欠で急遽お休みになったので、大学内のレストラン「セトリアン」で妻と今後の段取りを相談していたら、910くんからメール。ゼミのことを連絡することをコロっと忘れていて、20分ほど待ち惚けを食わせていた。あわててセミナー室へ駆けつける。
火曜日は学部のセミナーの日で、910くんはオブザーバとして出席しているだけ。大学院セミナーは水曜日午後の予定だ。だけど、「きょうできる?」と聞いたら、910くんはできるという。それから3時間ほど、新井本の2.2節の内容をやる。レジスター機械による計算という計算モデルを定義し、再帰的部分関数であることとレジスター機械計算可能性とが同値であることを証明する。セミナー終了後、縫田さんから頂いていたキューネン本の演習問題の解答を一気に5問も公開。夜にあと1問届いて、第II章はあと[58]を残すのみとなった。すごいすごい。それからようやく明日の授業の準備にとりかかり、10時ごろ帰宅。授業の前夜に慌てて準備している俺に比べて、前日に急に話を振られてちゃんと対応できる910くんは立派である。
朝、船が東予港に着く。妻の車で松山に戻る。生きるということについて考える。生きているということはいずれ死ぬということだ。だが、そのことが、生きることの価値を無にするわけではない。生きている間は生き続けなければならない。与えられた有限の期間のうちに、人生の中身を自分で作らなければならない。更にいずれの時をか待たん。他日を期すことはできない。
午後、幸花と二人でもう一度父の見舞いに行く。一生懸命話してくれるのだが、一昨日より少し状態が悪いこともあって、話の脈絡が何ともわからない。かなり痛みを感じるようだ。お医者さまが来て鎮痛剤を入れてくださったおかげで、そのあとは父は静かに寝入った。しばらくの間その手をとって、無言のまま肉親がそばにいることを伝える。いびきが聞こえ始めた。横柄でガサツなようで実は神経が細かい父は、会う人会う人に何かひとこと話をしないと気が済まない。だがいまは少し体を休めてもらったほうがいい。俺たちは今夜の船で松山に戻らにゃならず、そのための荷づくりもある。眠っている父に俺が「そしたら帰るわ。また来るし。」と言うと、父は目を開いて、「…に寄ってくれよ」と答える。すぐまた来いと言っているのか家で母に会って行けと言っているのか、どちらかだろうがどちらなのかわからない。
あとで妻に幸花が報告したところによると、「おじいちゃんは痛そうにしてたからパパは心配そうだった。だけど、大丈夫だよって顔をしていた」とのことだった。俺は心配というより、父が満身創痍の身でそれでも必死で生きようとしていることに、改めて驚きと感激を覚え、いろいろのことを考えさせられていたのだった。
そう遠からずまた必ず来なければならないと知りながらも、俺たちはひとまず松山に戻らねばならん。
昼過ぎに弟夫婦が息子のあっくんを連れて父を見舞い、実家にやってきた。リコちゃんは部活もあるため来れない。あっくんとうちの子供たちが、さっそく大騒ぎで遊びはじめる。おじいちゃんの病気のことはわかっているつもりでも、だからといってはしゃぎ回ることをやめる理由は子供たちにはないのだろう。それはそれで仕方のないことだ。だけど、あんまりうるさくされると看病疲れでまいっている母が昼寝もできない。近所の公園で遊んでこいと追い出したら、しばらくして、幸星がよそのうちの玄関先の門柱の上においてある石を勝手に動かして落としたと、あっくんが知らせにきた。幸い誰も怪我もなく済んだが、まったく世話が焼けるやつだ。
俺や妻が、よそさまの持ち物を勝手に触ってはいかんだろうと説教すると、幸星は「だって石は誰もいらないものでしょ」と抵抗する。誰もいらない石を自分が使おうとしている時点で「誰もいらないもの」とは言えなくなっているという自己矛盾に気づけと言うのは無理としても、一つ間違えば誰かが怪我をしたかもしれない危険性は注意しておかねばならん。妻が根気よく諭した末に「お姉ちゃんがあっくんとばかり遊ぶのが嫌で無茶をしてみせた」という供述を引き出した。そのあと幸星はしばらく一人で毛布をかぶって反省していたようだ。
従弟のケイスケくんと奥さんが見舞いの帰りに家に寄ってくれて、皆で積もる話をする。

妙心寺境内のこのあたりは
時代劇のロケーションでよく使われる
幸星の頭が冷えた頃あいを見て、俺がまた子供たち三人を連れ出し、今度は妙心寺に散歩にいく。今度こそ三人とも上機嫌である。途中で境内の手頃な石をひっくり返して幸星に見せる。石の下にはダンゴムシや小さな甲虫が住んでいる。その様子を幸星に見せて、誰もいらないように見えるこの石は、虫たちの家だから、虫に言わせれば、いらないどころかとっても大事なものだ。だから、幸星にとっていかにつまんないものに見えたとしても、「誰もいらない」というのは、幸星の勝手な思い込みかもしれない。それに、石がどうしてそこにあるか、本当の理由はわかんないじゃないか。だから、勝手に動かしたらだめだよ、と、再び説教。虫が好きな幸星のことだから、家の中で抽象的に諭されるよりも心に響いたと思いたい。
明日は学校の参観日だというあっくんがおかあさんと帰った後、今度は兄夫婦がやってきた。兄弟三人と母とで、夜更けまで今後のことをいろいろと相談する。
京都駅から母にメールすると、病院へ直行してくれという。父は衰弱しているが、兄の言葉から想像していたよりはずっと意識が明瞭で、上機嫌そうだった。それで、久しぶりに父と懇ろに話ができた。ただ、母によると、こんなに状態がいいのは珍しいことらしい。
空は晴れているが、風があり、ずいぶん肌寒い。
父は根っからの商人のようでいて、話の端々に「学者になりたかった」「物書きになりたかった」という叶わなかった夢が見え隠れする。いま、ホスピスで闘病する父には、四人の孫がみんな学者になるような未来が見えているらしい。その病床の父に「学者には俺がなった。幸花は作家になりたいと言っている。だから安心せい。」と伝える。まあ俺は実際には風上に置くとイヤな顔をされそうな三流学者でしかないのだが。
夜、東予の港から船で京都へ向かう。なんとも不安である。
大学院のセミナー。新井本の第2章に入り、再帰的部分関数の定義のおさらいをする。910くんは前原『数学基礎論入門』でこのあたりの話を少しばかり読んでいる。だが話が面白くなるのはここからだ。
夜、兄から電話。ホスピスに入った父の具合がよくない。いまのあいだに見舞いに行ったほうがよいとのこと。
H(K)くんの卒業研究セミナー。述語論理における導出原理。H(K)くんは9月卒業予定なのだから、できれば先へ進んでもう少し歯応えのある内容をやりたいところだ。
ようやく戻ってきた普通の日。普通に仕事をする。
昨日考えたような《すうがく徒の館》は夢物語だが、たとえばの話、周防大島温泉ホテル大観荘を会場にしてセミナーを開くくらいのことは、通常の営業努力の範囲内でできることだ。そして、そうすれば、俺が見た夢の実現はできなくても、そこへ集まった人たちと夢を共有することはできる。そういうところから活動を広げていくのがいいのだろう。
夕方には帰途につかねばならんので、午前のうちにいろいろの用を済ませる。町立図書館へ妻子が借りた本を返しにいくついでに、図書館前の公園で写真をとる。ツツジがきれいだ。

昼食は義父の作るカレー。これが実にうまかった。昼食後はのんびりペースで荷造りして、午後5時まえに妻の実家を辞する。

夕暮れの伊保田港から島影を望む
帰りは妻の車で伊保田港からフェリーに乗る。いつものコースだ。前回(→2011年10月10日の日記)もそうだったが、屋代島の海岸ぞいの道をドライブしていると、ここに《すうがく徒の館》という名のセミナー室つきの別荘を建てて夏場に若い学徒の合宿所として提供しようぜ、なんて、夢を語りたくなってしまう。そのためには、とにかく「大金持ち」というものにならねばならん…というところで前回は現実に返って、まずは(大学などあまりお金のかからぬ会場で)普通に研究集会を開いたり書物を著したりの自分にできる方法で学術の振興に寄与すべきだ、という、まことに順当なところへ話が落ち着いたのだった。もちろん、実際にはそうするわけだが、失敗を怖れるあまり小さくまとまりすぎていたこれまでの生き方を反省すべきだとも、今回は考えた。《魅惑の失敗さま》(→2009年11月2日の日記)に思わず知らず魅入られ続ける人生にはサヨナラしたい。もちろん、だからといって《魅惑の成功さま理論》の信奉者になろうというのではない。《すうがく徒の館》は無理だとしても、やりたいことはあるのだし、それに生きているかぎり新しいものに立ち向かうことはどのみち必要だ。なにしろ、動物が餌を食うのは、活動のためのカロリー摂取だけが目的ではなくて、代謝すなわち体内組織の更新のために、新しい身体の材料を必要とするからでもある。思考だって同じことだろう。もっと積極的に新しいものに目を向け、若い人から学ぶべきだ。身体はともかく、考えまではじじぃ化しないようにしたい。
とてもいい天気で、散歩にでも出ればよかったのだが、子供らの様子、義父母の都合、昼飯の段取りなどなどを窺っているうちに一日がみすみす終わってしまった感じ。さっさと出かけりゃあよかった。キューネン本の演習問題の解答集の更新作業くらいはしたのだが、全体としてはボケボケと過ごした一日だった。

夕食に出かけた道すがら見つけた赤い花
俺たちには、路傍の雑草に見習うべきことがある
その場所でただひたすらに生きることだ
昼飯は妻が作るこのあたりの名物瓦そば。夕食はジョイフル。
昼めしにフェットチーネ。茹でたほうれん草、刻んだトマトとハムとチーズ。ソースはゆず醤油とガーリックとオリーブオイル。皆に好評。
意外にも子どもたちが動物園行きを望まなかったので、午後は義父母に子どもたちを任せて妻と二人で徳山へ。マツノ書店で古本を買い、近鉄松下で義父にプレゼントするネクタイや自分のベルトを買う。

ネクタイの柄はこの通り
義父は立場上小さな子供とも話す機会があるだろうし
そういうときにツカミとして有効だといいなと思う
気になるお値段の方は、俺の普段着のシャツ4枚分くらい
先日の本代とこれとで、来月のカードの請求が怖い
夕食は義父の買ってきたランプ肉のステーキ。柔らかくて旨い肉だった。断酒中だが赤ワインも少し飲んだ。
昨晩マックスバリューでマイカを二杯買ったので昼食はイカスミのおじや。午後は子供らの散髪に付き合い、それからゆめタウン柳井へいく。

先日から和辻哲郎の『人間の学としての倫理学』を読んでいる。哲学史上の代表的な倫理学説を検討する部分がずいぶん難しくて困る。それでも、アリストテレスとカントを扱う第六節と第七節はなんとか読めた。しかし、そのあとのヘルマン・コーヘンを扱った第八節が、どうにも理解できない。
積分は無限級数が無限小と結合している総体性にほかならない。しかしかかる積分は数以上のものである。それは時間によって産出せられた内的内容だけではない。そこには空間の範疇による«外»の産出が含まれている。(岩波文庫版p.90)
法律学は、数学が論理学に対して持つと同じ地位を、倫理学に対して持っている。で、コーヘンは、法律学における«法人»の概念の内に、あたかも数学における無限級数のごとき機能を見いだす。…(岩波文庫版p.93〜p.94)
これは、いったいどういう意味なんだろう…
近代・現代の哲学的無限論を研究するしんじけさん ( @shinjike ) によれば、新カント派の哲学者ヘルマン・コーヘンはゲオルク・カントールとほぼ同じ時期に活動していた。数学理論の認識論という観点からいろいろな数学者の無限小概念を検討したようだが、なぜか数学史上真に重要なボルツァーノやカントールの学説については語っていないらしい。
その先は俺の推測だが、おそらく、カントール以前の数学に依拠しながら「個別」と「総体」の統一を語ろうとしたために、数列の個々バラバラの項を「足し合わせる」ことで統一しようとする無限級数のメタファーを借りることになったのだろう。そして、無限和と無限小の統一により変化の集積という時間的範疇の操作と面積の計算という空間的範疇の操作を実現する積分に注目した。そうしたい気持ちはわからんでもない。しかし、現代数学の見地からは、数列と級数には形式上の区別はない。ただ級数においては「これらの項を足し合せて一つの数へとまとめあげたい」という«願い»が記法に表わされているだけだ。だから無理にもと言われれば「無限個の項」を「足したい気持」が統一すると言えないことはないが、無限級数は収束するとは限らないのだから、そのような統一はしばしば不可能である。とすれば、このアナロジーが上策でないことは間違いない。
そう考えるとき、コーヘンがカントールの業績に言及しなかった(知りえなかった?)ことは大変残念だったと言わねばならない。コーヘンがカントールの集合論を知ったら、「要素と呼ばれる多数のものの統一としての集合」という端的なアイディアに、これこそ自分の求めていた数学だと喜んだのではないかと思われる。(なお、カントールのほうはコーヘンの著作を読んでいて、書評を発表してもいるらしい。)
そのように思っても、なお、「自我の根源において個別的・多数的・総体的なる人が見いだされたのである。」(p.96)と言うために数学的無限論の言葉を借りなければならない理由はわからない。もしコーヘンが現代に生きていたら、その数学用語の濫用を、ソーカルに槍玉に上げられていたかもしれない。実際、当時においてもそのような批判を受けていたらしい。
そして和辻哲郎によるコーヘンの紹介を読むにつけ、和辻が数学をどう見ていたのかも気になってくる。あまり数学の実際的な知識があったとも思いにくいのだ。まあ、どのみち本論にはあまり関係がないのではあるけれども。
夕方、子供らを連れて妻の実家へ。船は意外にすいていた。子供らもそれなりにおとなしくしてくれたので楽だった。ありがたいことだ。帰省ひとつにしても、5年ほど前と比較したら天地の開きがある。
午後は4年生ゼミ。0-1くんは新キューネン本の演習問題I.4.18。H(K)くんは命題論理のシーケント計算。H(K)くんが読んでいる『論理と計算のしくみ』(東京大学出版会)は結局のところ少々もの足りない。
新キューネン本の演習問題I.4.18とは次の問題: 【内包性公理と基礎の公理を使って \(\forall y\,[\,y\notin y\,]\) を証明すること.外延性公理や対の公理を使ってはならない.つぎに,外延性公理.基礎の公理.対の公理.和の公理,それに \(\exists y\forall x\,[\,x\in y\,]\) の,2要素からなるモデルを与えなさい.】前半は \(y\in y\) をみたす集合 \(y\) の存在を仮定して \(x=\{y\}\) なる集合 \(x\) を作ればそれが基礎の公理への反例になるという議論.\(y\) から \(\{y\}\) を作るには通常は対の公理と内包性公理を使うが.\(y\in y\) である場合は \(\{y\}\subset y\) なので対の公理を使わず内包公理だけで済む.後半は外延性と基礎の公理と \(\exists y\forall x\,[\,x\in y\,]\) の2要素モデルであることだけからでも,2つの要素の一方が空集合,他方が \(b=\{\emptyset,b\}\) をみたす集合 \(b\) と,構造が決まってしまう.そこであとは,求められているとおりの公理のモデルにその構造がなっていることを確認すればよいが,それは簡単だ.0-1くんは前半をどう示すか,そのプレゼンテーションのところで苦労しているようだった.H(K)くんや院生の910くんがやっている論理学の実際的なところをすっ飛ばして新キューネン本にいきなり取りついたのが仇で大変な思いをしているので,ゼミとは別に田中先生の『ゲーデルに挑む』を読むように指示し,またロングマンの英英辞典を薦めた.
夕方からは市民コンサートの機関誌作業。Microsoft Wordを使わないといけない。しかも市民コンサート事務所のパソコンに入っているOfficeは2007で、ユーザインターフェイスがそれ以前のものと全然違う。これはかなわん。どのみちWordを使うことが避けられないなら次回からはややこしいところは全部MacOS X版でやってやろうかしら。家族へのおみやげに美生柑3個とキリンフリー1本をいただいた。
「すうがく徒の本棚」への寄稿第一段として、昨年8月31日の日記に書いたワプナー『バナッハ=タルスキの逆説』の評に加筆修正して担当者の脳子に送った。次は小林章夫『コーヒー・ハウス』を再読して紹介文を書こうと思う。